トップ頁 > WEB連載 > WEB連載 情報産業に明日はあるか > 第2回 大手新聞社が倒産する日
翻って、我が国の新聞業界の実情を考えると、欧米の新聞社を先行事例として経営危機が表面化する大手全国紙が出るまで、なお数年の猶予があると考えられる。現在、経営合理化の一環として各社がコストセンターとなっているバックボーン、販売店や輸転機の共有化など、個別具体的な経営努力を結実させつつあるが、実部数の低下状況や利益水準の変容を含む新聞社の経営状態が公開されていないため、明示的に経営判断を外部が下すことは困難である。
我が国の新聞業界の業界再編については、すでにさまざまな報道や書籍でその取り組みについて語られているのでそちらに譲るが、産業全体の利益水準を最低限でも保ち、国民の知る権利を担う公益性ある新聞業界が報道の質を下げずに社会的使命を全うするための、より包括的な議論をする余地はいまなお残されている。
私の前著『情報革命バブルの崩壊』でも一章を割いて、情報産業の危機的な経営状況について詳述しているが、本書ではもう一歩進めて、我が国の情報産業、とりわけ新聞や雑誌などの売上に依存する活字メディアの苦境発生のメカニズムについて改めて解説を加えておきたい。
情報産業の経営的な退勢は、実際のところインターネットが爆発的な普及を遂げる2000年前後よりも前に、すでに発生している。情報産業が経営困難な状況に追いやられたのは、ネットだけが原因ではない。もともと、新聞の発行部数は80年代からずっと漸減していたし、出版を取り巻く事業環境もネット時代の幕開け前から決して芳しいものではなかった。
ただし、ネットでの情報摂取は手軽で即時性がより高く、無料であることが多かったため多くの読者を獲得してきた側面は否めない。新聞は毎日朝夕刊行され、その普及は即時性の高さと記事の質の高さによるところが大きく、効果的かつ安価に全国に対して情報を提供するために、紙の質を落として提供されてきた歴史がある。その購読者が新聞を読む理由そのものは、新聞を読む習慣があることと、テレビ欄や3面記事などエンターテインメント性を新聞に求めたことによる。
間接的なデータにすぎないが、海外も国内も新聞において精読率が高いと思われる記事は芸能とスポーツ、事件、テレビなどの放送欄であり、新聞が業界として得意としてきた政治や社会、経済といった分野については、新聞によって差はあるが25%程度しか目を通さない。ある大手新聞社の読者調査の結果では、新聞ごとの論調の違い(革新的かどうかなど)を理由に新聞を購読している層は全読者の15%にすぎず、しかもその過半が50歳代より上の読者であった。
それより下の年代層、日本でいうポスト団塊層以下の世代になると、スポーツ紙や夕刊紙を購読する割合が高くなり、さらに現在の40歳代前半から下では、雑誌すらまったく読まなくなる傾向が強くなる。新聞という媒体そのものが、読者と一緒に歳を取っていく状況が明らかになっている。
では、30歳代以下がまったく新聞を読まないかというとそうでもなく、実際に新聞の記事には極めて高い信頼を寄せている。各メディアの信頼度調査では、「新聞を信頼する」と答える層は年代を問わず圧倒的に高い。新聞の支持率は80%を超え、次いでテレビ、雑誌という状況になっている。ただし、若者が「新聞記事」に触れる媒体は、紙としての新聞ではなく、ウェブで読む新聞である。
かなりの割合の国民が新聞記事の内容を信頼しているのに、肝心の新聞を購読しなくなった理由は、ネットで新聞記事を読めるようになったからだけではなく、新聞紙に掲載されている情報のうち、読者が読みたいと思う記事が全体に比べてわずかだからである。新聞を購読している読者は、各年代を通じて1日に新聞を読む時間がだいたい15分から30分程度であると回答している。その程度の時間を新聞読みに割いたところで、配達された新聞を読み切れるはずがない。
地方では、全国紙と地方紙を併読している読者の割合がデータ上2割近く存在するはずであるが、新聞を読むのに使う時間はやはり1日30分に満たない。新聞紙面を埋めるために、さまざまな内容の記事を盛り込んでいるが、肝心の読者はそのラインナップについていっていないのが新聞メディアの実情ではないだろうか。
実際、比較的新聞をよく読む私ですら、毎朝届く新聞の隅から隅まで読むことはない。1面を読み、政治面と国際面を読んで、たまに社会面と文化面を読む程度である。パッケージとしての新聞紙は、読者のニーズに全て沿おうとして、結果として煩雑なメディアになってしまっている危険性が高い。
一方、新聞の代替となるウェブでは、世間一般では名前も聞かないような企業が新聞記事や雑誌記事をデータとして無料でユーザーに閲覧させている。実際に彼らが収益を上げる事業は、サイトに掲載された広告だったり物販サイトへの誘導だったりする。
彼らは安値でウェブに記事を調達してきてその記事を無料で読者に提供することで、サイトにやってくるユーザーを増やすことを目的としている。いわば、街頭で配っているちり紙と同じ感覚で、新聞記事を扱っているに等しい。社会的使命を果たすために高給の新聞記者が日夜駆けずり回って執筆している新聞記事は、その質の高低とは関係なしにタダ同然の安値でウェブ関連企業の事業拡張の撒き餌として使われているわけだ。
そういうビジネスに取り組んでいるネット関連企業と、従来の情報産業の延長線上で経営している新聞社との間でまともな競争が成立するはずがない。ましてや、ネット関連企業は証券市場を通じて低い資本コストで資金を調達する術を持っている。ここで集めた資金は事業計画で将来的な黒字を約束しているが、だいたいにおいて将来の広告収入や物販手数料といった収入見込みと引き換えに、多くの見込み客を集めるための仕組みを必要とする。その主要な手段のひとつが、新聞記事や雑誌記事など有償刊行物の記事を持ってきて掲載することにあるのだ。
そのような戦略で成功しているのは、我が国ではYahoo! JAPAN(ヤフージャパン)であり、実際にニュース関連を扱うYahoo!トピックスは、ユーザーをかき集めるための重要な仕掛けのひとつになっている。Google(グーグル)もデジタル化できる記事は可能な限りキャッシュとしてサーバーの中に溜め込み、広告ネットワークのアルゴリズムの一部として活用している。
使われる新聞記事は、それに関心を持つ層のサンプリングとして利用されることになる。つまり、読者がYahoo!でIDを取り、Yahoo!トピックスで株式情報を閲覧していれば、そこにネット証券会社の広告が置かれることになり、必然的に株式情報に関心のある人は通常よりも高い確率で証券会社の広告をクリックするだろうと考えられるわけだ。
国内においては、Yahoo!の規模と収益性は群を抜いており、考えようによっては彼らが既存の情報産業に対する確信犯的なフリーライダー(ただ乗り)になっていると指摘することもできよう。もちろん、合法的な契約に基づいて新聞社、出版社などから記事の情報を提供され、読者に無料で閲覧させているのだから、何ら問題はないのだが、その記事を提供するために得られる対価だけでは、新聞社も出版社もその企業規模を維持することができない。
新聞社や出版社で上場し、資本を市場から集めている企業は少なく、必然的に資本を調達するための自由度やコストに関していえば硬直化している。ネットに記事を提供すればするほど、既存の情報産業は収益性を失して経営が立ち行かなくなっていくのだ。
コスト的にも産業構造的にも、既存の情報産業は活字であれ映像であれネットの利用法を再考しなければならない局面に来ていることは間違いない。逆に、ネット企業の側も、リーマン・ショック以降は市場の機能が低下しているため、奔放で楽観的な事業計画では、増資を引き受けてくれる投資家を見つけるのが困難になりつつある。
ネット関連事業では無料モデルを支えた広告収入や物販収入の成長鈍化が表面化し、黒字化が困難になったサービスの撤退が相次いでいる。今後はネット関連企業も統廃合が進み、Yahoo!のような極めて強いスーパーパワーを持つサイトと、オタク系をはじめとする趣味やビジネス・医療など専門性を軸とするカテゴリーキラーの専門サイトとに二極分化していくだろう。
このような情勢下で、新聞社のような従来型ビジネスを堅持するグループは、ネットで自由競争をしている環境に自ら入り込み、プレイヤーとして頑張ろうと考えてはならない。なぜならば、前述したとおり事業を展開するためのコスト構造がまるで違う上に、資本を自在に調達し赤字上等で経営をしているネット関連企業と同じ土俵で戦える素地がないからだ。アメリカの新聞社がウェブへの展開や適応を急いで、収益化にことごとく失敗した轍を踏むべきではない。
むしろ、新聞社など既存の情報産業が新興のネット関連企業と根本的にまったく違う分野での影響力を事業維持のために行使するべきである。経営の合理化はしっかり進めた上で、官公庁や政治に対して強く働きかけ、国民の知る権利と報道内容の質的向上を目指すための新たな公的な枠組みを構築することである。
あるいは、野放図にウェブでの情報が展開される状況を改めさせ、何らかの規制をネットでの事業展開や表現に対して加えていく方法で競争のルールを変更させることだ。行き過ぎた市場原理主義的な自由競争はある程度是正されるべきであり、報道の質を担保するだけの健全な情報産業の市場を作り上げないことには、真の意味での情報社会は到来しないだろう。
いま、我が国の情報産業に対して必要とされるのは適正な利益率であり、対価をきちんと支払って情報を得るという本来の情報の消費活動に立ち返るための処方箋に他ならない。既存の情報産業がネット時代の新自由主義的な自由競争の流儀で戦う必要は必ずしもなく、いかに無秩序なネットの現状を統制し公正な競争状態に導いていくかが、いま一番求められていることなのである。
山本一郎(やまもと いちろう) イレギュラーズアンドパートナーズ代表取締役
1973年、東京生まれ。1996年、慶應義塾大学法学部政治学科卒。2000年、IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作を行うイレギュラーズアンドパートナーズ株式会社を設立。ベンチャービジネスの設立や技術系企業の財務・資金調達など技術動向と金融市場に精通。2007年より、総予算100億円超のプロジェクトでの資金調達や法人向け増資対応を専門とするホワイトヒルズLLCを設立、外資系ファンドの対日投資アドバイザーなどを兼務。著書に『情報革命バブルの崩壊』『「俺様国家」中国の大経済』(以上、文春新書)、『けなす技術』『投資情報のカラクリ』(以上、ソフトバンク クリエイティブ)など多数。
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