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情報産業に明日はあるか 山本一郎 (イレギュラーズアンドパートナーズ代表取締役)

失敗に終わった公式ウェブサイト

 アメリカでは、新聞社の売上が漸減し利益体質が磨耗する現象が、出版業界と同じく03年ごろから表面化しており、各社さまざまな経営努力を払って失いつつある紙媒体の威光と利益率を保とうと躍起になっていた。何より、新聞を発行し続けることは装置産業であり、製造業と構造を等しくしているため、このシステムを維持するには規模と利益が必要なのである。

 西海岸に本拠地を置くある新聞社は、新聞記事読者をネットに奪われ始めている現状に危機感を抱き、97年に他社に先駆けて新聞記事を丸ごとネット上で閲覧できるようにし、そこに個人情報を入れさせ課金をする形で紙からネットに事業構造をシフトさせようとした。その後、これらの動きを見た多くの新聞社は、同様の手段を使って公式ウェブサイトを作り、そこに自社の新聞記事を掲載しコラムを載せ、新聞を買ってくれない読者にも自社の記事がリーチするような構造を作り上げた。決して少なくない金額の投資ではあったが、結果だけで言うならば、これらの試みはすべて失敗に終わり、ただ赤字を積み上げるだけの結果に終わっている。

 同様に、09年第1四半期に経営危機に直面し、資金調達に走った米国のある地方新聞社の現状で見てみよう。ここの定常読者は08年各四半期平均で約25万部、最盛期であった1970年代に比べて約3分の1に読者数が落ち込んでいる。1人当たりの売上は毎月2500円相当、その売上のほとんどは新聞購買代金と新聞経由での広告利用に対するロイヤリティの収入であり、新聞広告の出稿は売上全体の26%と、全米の新聞でも比較的堅調な状況であった(それでも経営が苦しいのは間違いないが)。

 彼らが地域の売上で依存していたのは地域情報や、地場産業である牧場関連の産業ニュースであったが、主要なニュースソースの閲覧の市場をウェブに奪われ始めたと気づいたのは03年に入ってからである。それまでは、具体的な販売部数の低下は緩やかなもので、特にこれといった事情があったわけではない、という。競合紙も等しく部数を減らしているようで、州を代表する大手の弁護士事務所を通じて新聞社同士の合併も企図したようであったが、掛け声倒れに終わっている。

 経営、財務で見る限り、新聞社単独としては、彼らはできることはほぼ全部やっている。新聞記事の絞込みや、それに伴うページ数の削減、広告営業のウェブ化、新聞とウェブの広告の共通化(メディアクロス)といった営業面での改善はもちろん、雇用しているジャーナリストの整理や歩合給化、バックオフィスの改善、購買している通信社記事の値段交渉、売上の少ない販売スタンドの統廃合といった、後ろ向きなリストラ努力は常識的な範囲で行い、遊休物件の売却と経営陣の報酬カットまで行っている。どちらかというと、有力とはいえ発行部数の少ない地方紙の割に、経営再建のために打った手は非常にスピーディーで経営努力という観点ではほぼ満点の内容と言える。

手を打つほどにコストがかさむ

 さらに、彼らは新規の読者を開拓するためにできる限りのことはやった。都市部を中心に、野外イベントや野球・バスケのチーム情報を提供するフリーペーパーの発行を行い、一時期は刷り部数23万部前後、手取り部数18万4000部と本紙に迫る発行部数と読者を獲得した。また、ウェブでの情報提供も積極的に行い、現在でも地域情報だけでなく共和党系シンクタンクや元州知事から寄稿されるコラムなど全米規模の政治記事からスポーツ記事まで、網羅的に情報を提供して人気を得ている。

 経営的な合理化努力や売上を増やすための弛みない活動を続けているにもかかわらず、経営面では08年に債務超過に陥り、地域の有力者など新聞社を支援するグループから約20億円の追加出資と約43億円の低利融資を受けたが、それら資金的な援助が充分に行われているにもかかわらず、月次決算ベースで2億4000万円の営業赤字に転落した。

 一見成功したかに見られたフリーペーパー関連事業は、展開して2年以上を経過してなお広告収入での売上貢献では追いつかず、累積赤字は17億円にも及んだため、地元のケーブルテレビ会社からの経営支援を仰ぐ形で連結決算から切り離した(その後、支援に回ったケーブルテレビ会社も赤字に転落した)。

 また、オールジャンルでの掲載コラムなどが充実し好評を博していたウェブサイトも開始以来一度も黒字になることはなく、これも大手メディアネットワークがバックボーンを支え、記事更新はこの新聞社が継続して行うという条件つきで売却に合意し、事実上の事業撤退に追い込まれている。

 それ以外にも、新聞社主催のイベント事業や、地元読者向けの物販事業などを展開してきたが、物販事業単体こそ黒字になっているものの新聞社全体の赤字基調を救うほどの規模には到底ならず、適切な合理化努力を払っても新聞自体の購読者数低迷を補うには至らない、苦しい台所事情が垣間見える。この経営努力を行っている間に、競合していた新聞社が破綻し事業停止しているが、これらの新聞社の読者が流れてきて購買層に乗り換えたようには見えなかったという。結果として、08年1年間で約9%の読者が新聞の購読をやめてしまった。

 新聞事業の低迷を見越して、その新聞事業で培った強みを活かして新規進出しようとした各事業が赤字のまま浮上することができず、ただでさえ細った体力を新規事業の失敗で削ってしまうという悪循環は、経営危機に陥ったアメリカの新聞社各社に共通して見られる。穿った見方をすれば、ネット時代が到来し、新聞の読者がネットに奪われているので、競ってウェブに進出して情報をネットで提供したが、そのコストをまかなうための広告事業すら黒字に転換せず、逆にウェブで見られるがゆえに有償読者離れを促進してしまい、やればやっただけ赤字を垂れ流す構造である。

 これでは何のために環境に適応しようとしたのか分からない。手を打ち、できる限りのことをやろうとしたにもかかわらず、手を打つほどに展開するコストがかさみ、保有するキャッシュを食い潰し、結果として身売り、破綻に追い込まれる新聞社に共通しているのは、情報の無料化に伴う顧客離れである。

無料記事は購読の拡大にまったく繋がらない

 経営再建の指導にあたったメディア産業に強い経営コンサルタントの試算によると、新聞に限らずアメリカの情報産業全体でコンシューマー(一般国民)の情報支出は年間4%から6%程度下落しており、新聞購読など有料情報の摂取や、コンサートチケットなどのイベント支出を真っ先に削る傾向がある。世の中はもはや無料で閲覧できる時間潰し的な情報に溢れており、個人的に本格的な興味を持ち金を払ってでも読みたい、知りたいという情報分野はホビー、実際に参加するスポーツ、アカデミックなど特定の分野に限定されつつある、というのが実情だ。

 逆に、大学などでの生涯学習やMBAを含むビジネストレーニング、外国語習得や会計、法務といったビジネススキルの市場はいまなお伸びており、情報産業全体の産業構造は大きく変容し始めている。誰もが等しく新聞を読み、社会や時事一般において共通の関心領域を持つ時代は過ぎ去った。政治や経済などハイエンドな情報と、スポーツ情報や芸能などボトムの情報との乖離は大きく、その中間の情報を幅広い層に対して提供することが使命とされた新聞社のビジネスは、もっとも金を払ってもらえないサービスになっている危険性が高い。

 読者が求める専門性のある高度な情報(医療やビジネス、政治、国際情勢など)は、必ずしも地回りをして取材を進めている新聞記者が持ち合わせているとは限らない。逆に、読者の求める専門性の要らないカジュアルな情報(芸能やスポーツ、エッセイなど)は、ネットで無料で出回っているため、新聞記者を雇える価格では読者が買ってくれない。新聞業界のジレンマは、新聞を発行し維持するための費用を捻出するだけのコストをどう読者に負担してもらうかを考えた場合に、通常のリストラや経営努力の延長線上では均衡する点が見当たらないことにある。

 例示したアメリカの地方紙の場合、新聞紙の購読者数の動態調査を細かく行っていくと、明らかな結論を幾つか導き出せる。ひとつは、ネットやフリーペーパーといった、お試しの無料コンテンツをいくら充実させても新聞紙の購読にはまったく結びつかないばかりか、これらの情報の摂取に満足した購読者はむしろ新聞紙を買わなくなってしまう、という点だ。

 読者が総体として摂取する情報量には限りがあり、ある特定の情報を知るために使うお金や時間はだいたい決まっている。バイト数で表すその総量は常に一定であり、ネットやテレビ、新聞など各種メディアがこれを奪い合っている状況で、無料コンテンツをぶつけて新聞の拡販に役立てようとしても、読者は知的需要をそこで満足させてしまい、有料読者として回帰する可能性は極めて低い状況にあるのだ。

 我が国の新聞社でも往々にして議論になる問題点であるが、国民の知る権利の充実を使命とする新聞社は、新聞記事の一部または全部をウェブ上で閲覧できるように公式サイトで無料記事を提供している。そのウェブサイトでは新聞記事を読ませる欄に併設する形で、新聞購読を促す広告が貼られているが、これらのウェブサイト経由で新聞が新規に購読される率はほぼ誤差と言えるほどの数値であり、驚くほど低い。ウェブサイトに新聞記事を読みにくる層は、そこのウェブサイトがどんなに記事が充実し質が高かったとしても、それを理由として新聞を新たに購読する行動を取らないのは明確である。

 フリーペーパーについても同様で、その地域のイベント情報などコアな記事を掲載したフリーペーパーを読んでいる層が、併設されたスタンドから有料の新聞を買う割合自体がゼロに等しい。有料の新聞を読んでもらうために、ウェブやフリーペーパーのようなお試し記事を手にとってもらい、ゆくゆくは有料購読者に繋げていこうという目論見自体が破綻していると言っても過言ではない。

 この他にも、欧米の新聞社ではさまざまな合理化努力を進めるにあたって、先進的な失敗事例をたくさん集積している。新聞紙を実際に読んでいる顧客の情報を精査した結果、新聞社のブランドに対するロイヤリティが高まり、ウェブでの閲覧や広告のクリック、物販サイトの利用など広い範囲で新聞紙とウェブの相互利用が高まったある高級紙は、新聞事業において紙媒体の効率の悪さが全社的な収益を圧迫していると判断し、紙による新聞紙発行を諦め、全面的にウェブにシフトしてしまった。ウェブ単体であれば充分黒字が見込めたし、輪転機やスタンドへの配送コストを考えると、減り続ける新聞購読者の将来見通しでは事業の存続が危ない、と考えたのである。

 ところが、結果は惨憺たるものであった。新聞紙の印刷をやめたこの新聞社は、ウェブの閲覧者自体もほぼ5分の1の22%にまで下落してしまい、頼みのウェブ部門さえ赤字に転落してしまった。読者は、新聞社としてのブランドを信頼してウェブに足を運び、記事を読み、そこのサイトで物販を利用していたのである。新聞社のブランドというものは、活字を読むリテラシーを持つ人が駅のスタンドや小売店で実際にマテリアル(=紙)の新聞を買い、記事を読むことで醸成されるようだ。たとえ赤字であったとしても、彼らはその新聞を買い支えようとする。

ウェブ進出に伴う多くのジレンマ

 ウェブだけになった新聞社は、信頼されるブランドとしてはすでに新聞ではなくなっている。ウェブが黒字であるから、尋常な経営判断として赤字の新聞をやめたいというのはまことに道理に適った判断ではあるが、その赤字の新聞紙を削ったら、黒字のウェブに人が流れてこなくなってしまった、というのは新聞業界の再編を考えるのに極めて重大な戦訓であり、ジレンマであると言える。

 さらに、女性向けに特化した新聞や、ビジネスに特化した高級紙が失敗したり、日刊の新聞を諦めて週2回刊にして失敗したり、新聞社は各種経営努力をあらゆる方向に払っては見事に失敗している。これはアメリカだから失敗したのではなく、ヨーロッパでも我が国でも、新聞から情報を摂取するパターンが崩れた場合、ことごとく経営が失敗していると見るべきだ。右の事実は、惰性や習慣で新聞を読む層が何かのきっかけで購読をやめてしまうリスクを雄弁に示している。新聞社にできることは、ウェブに進出したり、若者に迎合するフリーペーパーなどの新媒体を作り出したりすることではなく、純粋に既存の購買読者に新聞を読むのをやめるきっかけや口実を与えないことなのだ。

 アメリカを代表する新聞社を含むメディアコングロマリットは、オンラインでの記事購読を有料化すると発表した。現在の新聞業界の問題点は、ウェブへの進出を含む経営合理化を進めれば進めるほど赤字がかさみ、無料の記事が充実するほど新聞購読者が減る、という強烈なジレンマに陥っていることだ。

 ウェブが収益の改善に寄与しないと分かったのだから、他社新聞社ほかメディア各社の戦略がどうであれ、自社の経営最適解を考えるとウェブ自体をやめるか有料化するしか企業を防衛できない、と考えたことは容易に理解できる。

 実際に、自社単独でのウェブ事業展開を諦め、IT系企業とタッグを組んで情報収入の確保に動く事例は数多くあるが、そこで発生するジレンマとは、情報に対するコストの捉え方にある。我が国では新聞記者を1人雇用するのに年間約1100万円の直接費用がかかり、社会保険やオフィス、交通費、取材費など必要なコストを含めると2500万円程度の費用がかかる。

 彼らを配置転換するなどしてウェブ部門を作った大手全国紙では、ほとんど同じコストのかかる人員を当初20人配置していた。帳簿上の年間コストは18億円にのぼり、さらにシステム投資も存在する。これらの新聞社公式サイトを経由して売上げられた収入はわずかに年間8000万円程度であって、やればやるほど赤字の状況であることは容易に想像がつく。

10億PVを超えるニュースサイトを4人で運営

 一方、一般的なIT企業がウェブを維持するのに必要なランニング要員は年俸わずか450万円程度が相場で、PV(ページビュー=視聴回数)が10億を超えるニュースサイト部門でもそれをハンドリングするのに4人程度で回している。この事業では、大手検索サイトの広告ネットワークを効果的に使ってようやく売上は年間1億2000万円程度、2500万円ほどの黒字でギリギリ回っているという状況にある。前述の新聞社のデジタル部門との間で事業競争力とかいう以前に、コスト体質がまるで違うことはご理解いただけるだろう。

 デジタル部門に進出して大いにPVを上げ、物販などで稼ぐ、というのは理想であるのは間違いないが、新聞社のコストの延長線上でデジタル部門を振り回しても未来永劫黒字になることはない。それだけ機動力とコストの違いは明確であり、ウェブへの進出はやるだけ無駄、という結論になるのは仕方のないことだと思われる。出版社のウェブ部門も構造上は新聞社のコスト体質とそう相違ない。

 ただ、両者の違いは2点あり、日本ではケータイ事業が比較的マネタイズ(収益化)が容易で、iモードが出始めのころからケータイ事業に進出していればケータイ向けの情報配信が億単位の黒字になっている雑誌媒体があるという点と、雑誌媒体では編集体制が機動的であるためウェブ担当をとりあえず1人2人割けば情報の提供をケータイ向けに展開したり、恥ずかしくない程度のウェブサイトを構築するぐらいは容易にできる点にある。それでも出版社全体で見ると赤字極まりないが。

 ウェブでの事業展開に限定して言うならば、新聞社や出版社は情報革命の名の下にその売り物である記事を勝手にネットで複製され、タダで読まれ、質の低い記事と煽りタイトルによる読者競争に巻き込まれ、無料でウェブサイトを開設して自らも無料で記事を提供しなければならない不利な競争に追い込まれた、ということに他ならない。

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