日本郵政の西川社長が更迭され、その後任に斎藤次郎・元大蔵次官が決まった。彼は16年前の細川政権のとき、小沢一郎氏と一緒に「国民福祉税」を打ち出して失敗し、自民党が政権を奪回するとともに事務次官を事実上更迭された。かつて日銀総裁の候補になった武藤敏郎氏を「天下り」だとして拒否した自民党が、民間企業の日本郵政の社長にその先輩を起用する無定見には、あきれるしかない。
この人事に象徴されているように、郵政民営化とその巻き戻しは、経済政策としての合理性と無関係なところで行なわれてきた。もともと小泉首相が2005年の総選挙で民意を問うた郵政民営化は、当時すでに政治的な争点としての意味はなかった。高橋洋一氏も指摘するように、財投改革で資金運用部を廃止したため、自主運用で利益を上げることは制約の多い国営のままでは無理だったからだ。

特に融資のノウハウをもっていないため、融資部門を整備して、8割以上を国債に依存している資金運用を変えないと、巨大な赤字を抱えるおそれが強い。このような「国営金融」が巨大なシェアを占めることは民業を圧迫し、金融イノベーションを阻害するばかりでなく、郵貯の資金が国債の大量発行を支えて日本の財政赤字の歯止めのない拡大の一つの原因になっている。だから郵貯の民営化は、すでに終わった財投改革の不可避の結果だったのである。

日本郵政の経営問題としては、池尾和人氏も指摘するように、実は郵貯よりも郵便事業のほうが大きい。従業員数でみると、連結で24万人のうち郵便局会社が11万6000人、郵便事業会社が9万6000人と、この2社だけで日本郵政グループ全体の88%を占めるが、売上は両方あわせても2兆1000億円と、連結売上高の20%にもならない。封書やはがきは電子メールの普及によって激減し、年賀状でやっと黒字を維持している状態だ。

だから郵政の民営化というのは、日本の金融システムにかかわる問題というよりは、巨大化した斜陽産業をいかにして救済するかというローカルな問題であり、総選挙で争うようなテーマではなかった。しかし政治的には、全国特定郵便局長会(全特)は自民党の最大の集票基盤の一つであり、それを破壊することは田中角栄以来つづいてきた自民党の利権構造を壊す重要な意味があった。小泉氏が郵政民営化を争点として衆議院を解散したのは、むしろそうした政局的な意味のほうが大きかった。

これに対して多くの自民党議員が造反し、一部が国民新党などとして離党した原因も、彼らのいうユニバーサルサービス云々ではなく、全特という強固な集票基盤を誰が継承するのかという争いだった。亀井静香氏も郵政族議員ではなく、小泉氏の「小さな政府」路線に対する反感から郵政民営化を逆に争点にしたにすぎない。当初は郵政民営化に賛成だった民主党が途中から反対に回り、国民新党と政策協定を結んだのも「構造改革が格差を生んだ」というワイドショー的な宣伝が選挙に効果があると踏んだからだ。

このように郵政民営化は、最初から最後まで経済政策としてではなく、この巨大組織をいかに政局に利用するかという争いだった。その結果、ただでさえ経営危機に瀕している日本郵政が、民営化による効率化ではなく、逆に「国営化」の道を歩む結果になった。過剰なユニバーサルサービスによる赤字は、最終的には国民負担となり、ただでさえ大きな財政赤字をさらに拡大する結果になろう。