「ん、んん……」

朝日が部屋に差して、僕は目を覚ます。

僕はエッジ。小さな村で鍛冶師として修行をしている身だ。
ずっと見習いで親方についていくばかりだったけど、少し前に僕にも鍛冶のパートナーができた。
でもそのために『パートナーとの絆を深めるため工房に寝泊りしろ』って親方に言われて自分の部屋を追い出された。
それで今は工房を寝床にしている。今ではもう慣れたけど。

「すぅ……」

近くから寝息が聞こえてくる。僕のパートナーはまだ寝ているらしい。

「おはようディナ。朝だよ」
「……ん? ああ、おはようエッジ……」

軽く身体を伸ばした後僕が声をかけると隣のベッドから身を起こす。

彼女の名前はディナ。彼女こそが僕のパートナーだ。
僕らの村に迷い込んできたサプレスのはぐれ召喚獣で、そのまま成り行きで僕の護衛獣になった。
僕は召喚師じゃないから、ちゃんとした誓約じゃなくてあくまで形式上だけでしかないけど……

僕より少し遅れてディナも身体を伸ばしてからベッドから出る。

「それでエッジ、今日はどうするの?」
「今日もいつものように武器を作ろうと思っているけど……」

ディナが僕のパートナーになってすぐに、僕らの村で代々封印されていたゴウラが蘇るという騒ぎがあった。
色々あってゴウラの事件もひと段落ついたけど、まだ鍛冶師としての腕前は親方に及ばない。
だから鍛冶の腕を磨く日々は終わっていない。むしろこれからと言ってもいい。

「よく飽きないわねぇ……あたしはそろそろ休みたいんだけど」
「継続してやり続けないとならないからね。それに、ディナもこの前の親方がやっているの見たでしょ」

ゴウラの呪いでベルグ親方はしばらく寝込んでいた。
今ではその呪いもなくなって、休んでいたブランクを埋めるかのように武器をガンガン作っている。
それでこの前少しだけ親方が鍛冶をしているのを見たけど、まだまだ僕らよりずっと高い所にいるって改めて実感した。

「まあ確かにエッジもあたしも上達したけど、親方にはまだまだ及ばないわね」
「はっきり言うね……」
「でも重要なのはそこじゃなくて、少しくらいは休む日があってもいいんじゃないかって言ってるの」
「僕はまだ平気だけど……」

むしろ、親方の仕事ぶりを見てやる気がわいてきたくらいだ。

「毎日毎日ハンマーと向き合って……まるでハンマーが恋人みたいに」
「ハンマーが恋人、って……!」
「違うの?」
「違うよ! 僕をそんな奇人か何かみたいに……」

ところで、ディナにはちょっとした特殊な秘密がある。
こうやって言い争いをしていると、そろそろ出てくると思うけど……

「それで、って、ちょっと……」

話の途中で不意に驚いた表情を見せて、光がディナの身体を包む。
光がおさまるとレオタードのような服装が、黒色から白色へと変わる。
表情も、睨むような釣り目から緩いものへと変わる。

「ごめんなさーい!」

姿が変わった後、ディナは開口一番に謝る。

今のディナは『天使』の人格のディナ。その証(?)として天使の輪も羽根もある。
ディナは悪魔と天使が融合した、サプレスでも珍しい存在らしい。
二つの人格がせめぎ合いをしていて、人格が入れ替わると外見も変化する。
普段は悪魔の方が出ている事が多いけど、なにかあると天使の方に切り替わる。
今では村人の間では周知の事として当たり前のようになっているけど、初めて見る人は驚く事が多い。実際僕だって最初はすごい驚いた。

「ああ、いいよ……」

こうやって悪魔の方のディナの言った事を天使の方のディナが謝罪する、という事はよく起こる。
悪魔のディナも悪気があって言っているんじゃないって分かっているし、もう何度も経験しているからそんなに腹は立たない。

「それにしても、エッジさまは男の方なのにハンマーが恋人だなんて……」
「ハンマーと僕が男って事が何か関係あるの?」
「あっ、いえ何でもないです……」

顔を赤くしているけど……何で? 何か変な事でも想像したのかな?

「それはともかく、私も確かにエッジさまはちょっと無理しすぎていると思います」
「そっか……二人ともそう思ってたんだ……」

まだまだ鍛冶をしたいって意欲はあるけど、言われてみると筋肉痛がある気がする。

「分かった、それなら今日は鍛冶はやらないで休む事にするよ」
「すみません、そうして下さい」

用件が終わると再びディナの身体が光り、また悪魔の方の人格へと戻る。

「あたしが言った時は言い返したのに、アイツが言うと素直に聞くのね」
「うっ……」

それは二人のディナの作る場の空気の違いだけど……それはちょっと面と向かっては言えない。

「そ、それじゃ、何をしようか?」
「話題をそらしたわね……鍛冶じゃなければ、アンタのやりたい事に合わせるわよ」
「……それなら1日中家でゴロゴロしてようか」
「……はぁ?」

裏返った声で返事をされた。
一応、これでも真面目に考えた結論なんだけど……

「変かな?」
「アンタさ……もうちょっと年相応な趣味とかないの?」
「そうだね……釣りも好きだけど」
「アレは景品目当てでしょ! そうじゃなくて、本当に自分が楽しむためのものとか」
「う〜ん……そう言われてみると……」

思い当たるような事が……全然ない。

「前はリョウガと遊んでたりしたけど……特にこれといって好きな事はないかも」
「はあ……そんな予感はしてたけど、アンタって鍛冶以外にする事ないのね……」
「それなら趣味は鍛冶って事でいいんじゃない?」
「いいんじゃない、って随分いいかげんねぇ……」

今までも特にそれで困った事はないからよかったんだけど……

「うーん……」
「だから、そんなに悩まれても……」
「エッジ、起きた? お父さんが呼んでるわよ」

少し話がこじれてきそうなところで、タタンがやってきて僕らを呼んできた。
呼ばれるままに上の階へとのぼり、親方と会う。

「親方、なんですか?」
「お前宛に手紙が来てるぞ」
「手紙……?」

これまでは村の外に出た事がほとんどないから、村の外から手紙が来るなんて事は滅多になかった。
まぁ、ゴウラ封印のための魔刃集めであちこちを回ったから村の外の知り合いも今は結構増えたけど……

「差出人は……ザーネさんとビヨーンさんだ」

ザーネさんはフィレーネ族……まあ、分かりやすく言うと人魚の女の人だ。
そしてビヨーンさんは海賊。キャプテン・ビヨーンと名乗ってはいるけど、彼の手下という人を見た事がない。
僕らが魔刃を取りに行った時に彼らと知り合って、よく分からない内にこの二人はカップルとして結ばれていた。

「ここで手紙を開いてもいいのか?」
「特に問題ないと思いますけど……えぇと、結婚式の招待状、だって」
「何ていうか、汚い字ね……」

紙は多分ザーネさんが選んだもので、結婚式の招待状らしく綺麗な装飾の施された上質のものが使われている。
しかしそこに書かれているものはよく言えば荒々しく、文字だけ見れば果たし状の類と勘違いしかねない。
全体では強烈なアンバランスぶりを主張している。二人には悪いけど、ディナの悪態からフォローする事はできそうにない。

「それで、日程はいつ?」
「えっと……今日だって……今日!?」
「今日って……つまり今日?」
「うん、そういう事になるけど……」

ディナも僕も、理解するのに少し時間がかかった。

「それなら、行くなら急いで行かないといけないわね」
「そうだね。親方、すいませんが僕達はこれから出発します」

親方へ簡単に挨拶をして、急いで向かう事にした。

「いいな〜、私も行きたい」
「そうは言ってもタタンは招待されていないし……」

一応タタンとザーネさんはちょっと顔を合わせたくらいはあるけど、あの時ちゃんと挨拶もしなかったし。

「いいんじゃないのか? 行っても」
「親方?」
「今度は何が起こるか分からない未知の場所に踏み込むんじゃない。それならタタンを連れて行っても問題ないだろう」
「それでエッジ、場所はどこなの?」
「ええと、場所は……」

常夏の海洞窟、と書いてある。ザーネさん達と会った場所だ。
はぐれ召喚獣も出るけど、危険の多い場所じゃない。実際、前にもタタンを連れて行った事がある。

「分かった、大丈夫そうだからついてきてもいいよ」
「やった! ありがとうエッジ!!」

タタンはオーバーリアクションといってもいいくらい喜ぶ。
これまで危ない所に連れていってもらった時以上のはしゃぎぶりかもしれない。

「ああ、それから……」
「はい?」
「終わったら、その後は適当に遊んできて構わんぞ」
「えっ……?」

予想外の親方の一言に僕だけでなくディナも変な声をあげてしまう。

「ゴウラの一件でお前は随分とよくやってくれた。今日1日くらい休んで好きにしたらどうだ?」
「親方、でも……」
「休む時も全力で休め!」

普段は立っていても閉じている目を見開いて、凄まじい眼力を飛ばしてくる。
親方は強力な眼力を持っていて、その目で睨まれると反論ができなくなる。
正直、そのほとんどは使い道を間違っている気がするけど……

「お節介かもしれんが、そうでも言わないとお前は休みそうになかったからな」
「……分かりました、休みます。それじゃ、行ってきます」

ついさっきディナと話をしたばかりの内容を、親方にも言われるとは思わなかった。
僕らの会話を聞いていたのかは分からないけど、これでますます今日休む事へのプレッシャーがかかってしまった。


海洞窟へはブルニードに転送してもらう。
その前にオルカにも参加しないか一言聞いてみたけど、

『結婚式みたいな雰囲気はあまり好きじゃないから』

という理由で来ない事になった。


ブルニードに転送してもらった先は、招待状にも書かれていたように常夏の海洞窟。
転送が終わると潮の匂いがする。

「それにしても、こんなに早くあの二人が結婚するとは思わなかったね」
「あたしは別に、結婚式には興味ないわ……」
「え、そうなの?」
「休めそうだから来たというだけの話よ」

ディナの反応は思っていたよりも無愛想だった。
何というか、楽しそうにしていてもそれはそれで意外なんだけど……

「私はすごく興味があります」

しかしすぐさま天使と入れ替わり、今度は嬉しそうに語り始める。
天使のディナの方の反応はすごく予想通りという感じがする。

「急な話だったから、何もお祝いの品が用意できなかったのは残念ですが……」
「うん、それは僕も同感だよ」

せめて1日でも余裕があれば準備する事もできたんだろうけど……

「タタンは……」
「あたしは憧れるわ。どんな結婚式なのか、今から楽しみ」

タタンはすごく楽しそうに話す。
そういえば村の中でも結婚式を見た事はあるけど、村の外での結婚式は初めてなのかもしれない。
女の子だから結婚式にも憧れているのかな……?


「おお、来てくれたな」
「待っていたわよ」

転送された位置から少し歩いて、ザーネさんとビヨーンさんが待っていた。
二人ともいつもの普段着で、招待状を受け取っていなかったら結婚式を行うという事は分からなかったかもしれない。
一応貝殻や海草などを使った装飾が少しはなされているが、凝っているとはちょっと言えない。

「ねえ、本当に結婚式やるの今日なの?」
「待っていた、って言ってるし多分……」

ディナが横から耳元で聞いてきた。
あまりにいつも通りなザーネさんとビヨーンさんを見て僕も一瞬何かの間違いじゃないかと疑った。

指定された場所も常夏の海洞窟で、別にどこかの式場を用意したという訳ではなかった。
おかげでブルニードに転送してもらう事ができたわけだけど。

「あの、他の人は……?」

僕らが遅れたのではないかと心配していたけど、誰もいない。

「いない!」
「いないって……」

そんなに力いっぱい主張されても。

「俺たちの新しい門出を祝ってもらうべく誰かを呼びたいと思っていたのだが、あいにくとお前達の事しか思い浮かばなかったのだよ」
「えぇと、それって……」

二人とも友達いないんじゃ……と思ったけど何とか言葉にするのは止めておいた。

「ねえエッジ、あそこに……」

ディナが後ろの方に視線をやる。その先には、アクアエレメントが遠慮がちに物陰に隠れてこちらを伺っていた。

「……見なかった事にしよう」
「ひどいわね……」
「じゃあ、声かける?」
「話が面倒になるから嫌」
「私も声かけない方がいいと思う……」

僕らの意見が一致し、アクアエレメントの存在は全員で無視する形となった。

「でも、せめて進行役の人とか、仲人とかは……」

僕とディナ、それから飛び入りのタタンだけではちょっと人数が少なすぎる気がする。

「だからお前達にそれをやってもらいたいんだよ」
「呼んだのは進行役をやって欲しいからでもあるのよ」
「ええええぇぇっ? あの、祝辞とか何も考えていないけど……」
「男ならそれくらい即興で何とかしろ!」
「そんな事言われても……」
「まあいいんじゃない……進行役くらいなら」
「ディナ?」

話し合っている所で、ディナが割り込んできた。

「即興でいいって言っているんだし、あんまり気の利いた事言わなくてもこの二人はそれでもいいと思うわよ」
「なんか、ちょっとだけ言葉に棘があるような気がするんだけど……」

でもそうしないと結婚式は進行しそうにないし、やるしかないのかな。

「分かりました、やります」
「招待状に書かなくて悪かったけど、お願いするわね」


改めて、僕は二人の間に立つ。

「ええと……ザーネさん、あなたはビヨーンさんを生涯愛すると誓いますか?」

言葉なんて考えてきていなかったから、これくらいのありきたりな言葉しか思い浮かばない。
別に人が大勢集まっているわけではないから緊張するという事はないというのはせめての救いかもしれない。

「誓います」
「それではビヨーンさん、あなたは生涯ザーネさんを愛すると誓いますか?」
「ああ、誓うとも!」

洞窟中に響き渡るほどの大声でビヨーンさんは答える。

「それでは次は……ええと、そうだ、指輪の交換を」
「いいえ、私達が用意したのは指輪じゃなくてエビバサミよ」
「エビバサミ……」

タタンが明らかに落胆を含んだ声で呟いたのが聞こえた。

二人ともエビバサミを取り出して、相手に差し出す。
指輪にするのにはサイズが大きすぎるため、二人とも手首に装着する。
……不恰好ではあるけど、ペアルックっぽさはとりあえず出ている。

「それでは、これから……」

えぇと、次は何だろう……?

「次は誓いのキスだ」
「では、誓いのキスをお願いします」

ビヨーンさんの言った事を繰り返してるだけだから、進行役の意味がない気がするけど……

「ザーネ……」
「ビヨーン……」

顔を近づけていく。

「んっ……」
「んむむむぅぅ……」

口元をモゴモゴと動かしながら、なかなか離さない。

「うわっ、すご……」
「これは……刺激が強いわね……」

タタンとディナの二人も息を飲んで見守っている。

「んふぅぅぅ……」
「んっ、んぐぐぐぐ……」

ちょっとザーネさんが苦しそうな様子を見せているけど、ここで愛する二人に介入したらいけない気がする。

「ねえ、ほっといて大丈夫なの? なんかザーネさん苦しそうだけど……」

タタンが横からこっそり耳打ちしてきた。
ビヨーンさんが身体をがっちりとつかまえているから、あれでは逃れたくても逃れられない。
できれば割り込みたくはないけど、一度声をかけた方がいいかも……

「すみませんビヨ……」
「……むぐっ!?」

しかしそう思った矢先に、情熱的に張り付いていたビヨーンさんがいきなり離れた。

「むぐおぉぉぉぉぉ……」

言葉にならないうなり声を上げながらビヨーンさんが悶絶していた。

「ビヨーンさん、どうしたんですか?」
「し、舌を思いっきり噛まれた……」

口元を抑えて、随分と苦しそうにしている。

「ビヨーン、あんなにいつまでも口離さなかったら苦しいじゃない!」

どうやら、本当にザーネさんは苦しかったらしい。それで噛み付いたと……

「すまないザーネ、感動して思わず離す事ができなくなったんだ」
「反省してる?」
「ああ、もちろんだ。もうザーネの事を考えずにあんなに長くキスしたりはしない」
「……分かった。許してあげるわ」
「ザーネ!」
「ビヨーン!」

ちょっとだけ言い争いをしてから、熱く抱擁を交わす。
この二人は喧嘩をしてもすぐに仲直りができる。
あんまり慣れたくはない光景だけど、現実問題として慣れてしまった。

「……はっ!」

いけない、あまりの事に思わず言葉を失って司会の役割を忘れるところだった。

「ええと、結婚式の続きをしたんですが……」
「ああ、そうか。今は結婚式の最中だったな」
「それでは次は……」
「次は、これから二人でハネムーンに行くのよ」
「えっ、もうハネムーンですか?」

という事は、これで結婚式は終わったという事か……
僕も詳しい手順とかは知らないけど、かなりのステップを飛ばした気がしてならない。

「ブーケ投げたりはしないの?」
「ブーケねぇ……この辺、花はほとんど咲かないのよ」
「何だったら、海草束ねてブーケの代わりにしてもいいが……」
「い、いい! やっぱりいらないわ!」

打ち上げられた海草を適当に拾っているビヨーンさんをタタンは必死で制止する。

「行くあてはあるんですか?」
「ここを泳いでいくと、海に出るの。それでそこからさらに先に進んだところに小さな無人島があったから、これからそこに行こうと思って」

という事は、今から泳いで行くという事か……
ザーネさんは何の問題もない。けど……

「ビヨーンさん、泳げなかったんじゃ……?」
「今日という日のために特訓していたのよ」
「また変な事に情熱を……」

ディナの悪態も燃え上がる二人の耳には届いていない様子だった。

「さあ行くぞザーネ、あの夕日に向かって泳ぐのだ」
「ええ、分かったわビヨーン!」

ザーネさんは術を解いて人魚の姿に、ビヨーンさんは服を脱いでフンドシ姿になってその場から泳ぎだした。
ザーネさんはともかく、ビヨーンさんも予想以上の速さで泳いでどんどん姿が小さくなっていく。

「どの辺で力尽きるのかしらね……」

どれくらいの特訓をしたのかは知らないけど、さすがに人魚であるザーネさんと張り合えるほどにはなっていないと思う。

「でも、ザーネさんがついていれば危険な事にはならないと思うし」

いざとなれば、ザーネさんが何とか助ける事ができるだろう。

「それにしてもエッジ、アンタ司会向いてないわね」
「うっ……」

確かにぶっつけ本番とはいっても、ザーネさんとビヨーンさんに引っ張られるままだった。
というか、僕がいなくてもあの二人で何とかする事ができたんじゃないかって気がする。


それはさておき、僕らは取り残される形となった。

「何か、想像してたのと違う……」

タタンは不満を隠す事さえしないで、下手に刺激すれば爆発しかねない。

「まあ、結婚式に興味ないとは言ったけどね……」

ディナもそこは大体同じ気持ちらしい。
何となく嫌な空気が流れている気がする。

「えっと……」
「素敵ですわ!」

僕が何か言おうとしたら、ディナが天使に替わった。

「愛し合う二人の姿が素晴らしかったです! エッジさまも感動しましたよね?」

天使のディナは興奮冷め切らぬといった感じで、目を輝かせて迫ってくる。

「エッジさまもそう思いますよね?」
「えっと……僕は……」

安易な気持ちで天使のディナに同調してはいけないような、そんな気がする。
そしてタタンも、台詞の選択肢を誤れば不満が暴発しかねない雰囲気を発している。

そこで僕は……

「さ、さて、それじゃ今日はこれからどうしようか」

多少強引であっても、次の話題へ移す事にした。

「そうね……変な結婚式を見たうっぷんを晴らしたいわね」

すかさずディナは悪魔の人格へと入れ替わった。
悪魔のディナにとって、さっきの結婚式の事は早々に忘れたいらしい。

「親方が、結婚式が終わったら後は好きにしていいって言ってたけど……」

この場所でできるような事も、すぐには思いつかない。
真っ先に考え付くのは海で泳ぐ事だけど……

「あたし、水着持ってきてないわよ」
「あたしだって持ってないわよ」
「僕だって持ってきてないよ……」

僕が海の方に視線を向けるのを見て、ディナもタタンも海で泳ぐ事を最初に連想したらしい。
でも急な話だったせいで誰もその用意をしてきてない。

「それに、確か海には危険な生き物が棲んでいるって言ってたような……」
「でもザーネさんは前から普通に泳いでいたし、ビヨーンさんも今泳いでたし……」

そう考えると、本当に危ない生き物がいるのかどうかちょっと怪しい気がしてきた。

「それなら問題はどうやって服を濡らさないかという事だけね」
「じゃあいっそ、服のまま入るとか」
「濡れたまま帰るのはちょっと……」
「あたしも……」

僕は服を最小限まで脱いで入れば平気なんだけど、タタンとディナは女の子だからそうも言っていられない。
それでこの二人が入れないとなると、僕だけ海に入るのは気が引ける。

「それなら……靴を脱いで足元くらいまで入るのはどうかな?」

大きな生き物が接近してきたら分かるだろうし、波打ち際程度ならそんなに激しく濡れるような事もないだろうし。

「うん、それなら大丈夫そうね」
「エッジもたまにはいい事言うじゃない」

たまには、は余計だけど……

「それじゃ、入るとしようか」

靴や靴下を脱いで、それからズボンをまくって膝のあたりまで素足をさらす。

「うわっ、ここの水結構冷たい……」
「ホントね……今まで気付かなかったのがもったいないくらいね」

膝よりも深いところへは行かないでおく。
深いところには行けないけど、これだけでも結構楽しい。

「今度また来ようかしら。ね、エッジ」
「そうだね、その時はオルカや親方も呼んで……」
「そうだ、ブルニードも呼んでこようか?」
「ブルニードはどっちにしろ海水にはつからないと思うよ……」

タタンと話をしていて、いつの間にかディナと離れていた。
水の中にいる生き物か何かを観察しているようだった。

「あ、ディナもこっちへ……」
「痛っ!」

声をかけようとした時、ディナが短く悲鳴を上げた。
それから痛そうに右足をひきずるようにして水際からあがったので僕もそれに続く。

「ディナ、どうしたんだ?」
「わ、分かんない……なんか、むにゅっとしたものを踏んで、それで……」

海から上がって砂浜に座り込んで、右足を痛そうにさすっている。
その足を見るとくるぶしのあたりが腫れ上がっている。
海水の中を見てみると、何かの生き物が遠くへ逃げていくのが見えた。

「エッジ! 今はそっちを追ってる場合じゃないでしょ!」

そうだ、まずはディナをどうにかしないと。

「ザーネさんとビヨーンさんは……もう見えない」

あの二人なら何か分かるかもしれないと思ったけど、いないんじゃどうしようもない。
本当に泳いでかなりの遠くまで行ったようだった。
もしかしたらと思って大声を出して呼んでみたけど、戻ってくる様子はない。

「しょうがない……一旦村に連れて帰るから、タタンも手伝って」
「わ、分かった!」

応急処置の方法も分からないので、ここでは治しようもない。
村に戻って、誰か治療できる人がいる事を願おう。

「あたしが足持つから、エッジは肩を持って」
「分かった!」
「……あ、あれ?」

靴をはいて村に戻ろうとした時に、タタンが何か気が付いた。タタンと同じ方角、海の方を見るとザーネさんが戻ってきた。

「あれ? ザーネさん……どうしたんですか?」
「ビ、ビヨーンが溺れちゃって……」

ビヨーンさんを肩に担いで泳いできたらしく、ビヨーンさんはザーネさんの肩でぐったりとしている。

「どうしてよりによってこんな時に……」
「でもそれはビヨーンが泳げないからじゃないの! 彼ったらクリオネアが襲ってきたから私を助けるため必死に……」
「クリオネア……」
「お願いエッジ君、彼を助けてあげて!」

 

 


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