米国こそが「対米自立」を望んでいる
記事が出て10日以上経つが、護憲派団体はどこも声明も出さないし、ウェブ上でもほとんど問題にされていないようである。

「「法制局長官も官僚」国会答弁禁止へ…小沢氏」(読売新聞10月8日)
「憲法解釈 内閣法制局長官の答弁禁止 小沢氏が意向」(朝日新聞10月8日)

自公政権がこんなこと言い出したら大騒ぎしていただろうに。私は、衆議院選直後に、今後、左からの政権批判はほぼ消滅するんじゃないか、と書いたが、その通りになっているようである。

私が言うより、前防衛大臣補佐官の森本敏先生に解説してもらおう。


集団的自衛権を政治的にどう実現していくかは、依然として、安全保障・防衛政策の重要部分ですが、これを解決する方法は三つしかないのです。

 一つは、いわゆる“解釈改憲”で、従来の解釈が間違っていましたとして解釈を変えることです。これは総理が国会で答弁するだけではなく、内閣法制局としての統一見解が必要でしょう。ですから法制局としてはどう対応すればよいか判断を迫られます。このように憲法の条文は変えないが、従来の解釈を変えるという“解釈改憲”といった方法です。

 しかし、この方法はあまり感心しません。政権が替わるたびに解釈を変えますと、野党が政権をとると、また引っ繰り返されるという事態を生みかねません。憲法は変わらないのに、解釈の変更によって政策がコロコロ変わるのは、むしろ諸外国の信頼を失うことになります。ですから、これは議院内閣制の王道としては本来とってはならない方法だと思います。

 そこで第二の方法として考えられるのは、具体的な法律の成立をもって実現可能にするという形です。これは、日本の領域外に自衛隊を出す場合の一般的な基準に間する法律、すなわち“一般法・恒久法”です。正式名称で言えば、“国際平和協力基本法”という法律を2009年の通常国会で通して、それによってこれまでできなかったことを法律上可能にするという方法です。こちらのほうが議院内閣制の下では合法的な感じがします。

 しかし、この場合に問題なのは「その法律自体が憲法違反ではないか」として、違憲立法審査権を行使される場合であり、それに対する対応を検討しておく必要があります。

 第三の道は、憲法改正しか残されていません。しかし、これには時間がかかります。

 従って、現実の問題としては、一と二を併用した形が良いのではないかと思います。すなわち、従来の解釈と違う説明を政府が行うことによって、具体的な法律の形でこれを実現し、さらに憲法改正時に正しいあり方を憲法条文の中に書き込むという手順にして実現するという方法しかないと思います。」(森本敏『日本防衛再考論』海竜社、2008年5月、191~193頁。強調は引用者、以下同じ)


民主党はそのうち海外派兵の「一般法・恒久法」を出してくるだろうから、内閣法制局の答弁禁止というのは、その前段階ということだろう。「憲法改正」に至る方向性自体は、自民党も民主党も何の違いもない。当面は「憲法9条」が残されても(残ったままの方がたちが悪いとも言えるが)、海外派兵して戦死者が出ることが常態化すれば、国民は自然と改憲を選ぶだろう。

それにしても、リベラル・左派の間では、自民党と民主党の安全保障政策は違う、と思っている(思い込みたがっている)人が多いようである。

豊下楢彦「日米安保における「対等性」とは何か」(『世界』2009年11月号)で、「麻生前首相の肝いりで設置された」という、諮問機関「安全保障と防衛力に関する懇談会」が、麻生前首相に今年8月4日に提出した報告書の主張について、以下のように述べている。

「(注・この報告書が)憲法解釈から防衛の基本原則に至るまで変更せねばならない(注・とする)理由はどこにあるのであろうか。それは言うまでもなく、核・ミサイル開発を続け、「抑止が働くかどうか」が懸念される北朝鮮という「直接的な脅威」の存在である。同時に、米国の影響力が低下し「世界に対する関与が減る」恐れが出てきたことである。従って、「米国に守ってもらう」のではなく「共に守る」という領域に日本も踏み込む必要がある、ということなのである。現実には、在日米軍は日本防衛ではなく世界戦略を任務としているのであるが、それは別としても、従来の枠組みを突破することが自己目的となっているからであろうか、およそ現実に合わない「方針」が提起されている。」


豊下はこのように述べた上で、鳩山政権の掲げる米国との「対等性」なる言葉に期待する。豊下は、報告書の主張と鳩山政権の掲げる安全保障政策は、断絶しており、だからこそ鳩山政権に期待しているようだ。だが、断絶ではなく、連続しているのである。「「米国に守ってもらう」のではなく「共に守る」という領域に日本も踏み込む」こと、これが、鳩山や小沢が言う「対米自立」であり、米国との「対等性」ということだ。

もう一度森本に登場してもらおう。常識的な話だと思うのだが・・・。


「米国では、2007年2月、R・アーミテージ前国務副長官やマイケル・グリーン、カート・キャンベル、ジョセフ・ナイが、「日米同盟――2020年を見据え、アジアを正しく方向付ける」というレポートを発表しました。この中では、「ソフトパフーではなくスマートパワー」という概念を打ち出して、軍事力を思い切って効率的な規模に縮小し、国際公共財を使って地域を安定させると指摘しています。(中略)

 軍事力については、その必要性を認めつつも、それにより治安を維持し、戦後復興を行い、政治的・宗数的安定を図ることに専念するよう変質させることをねらいとするものです。治安維持のためには、ある程度の軍事力は必要ですが、圧倒的な軍事力があっても地域の安定を維持できないという意識が定着しつつあるということが、こうした概念発展の背後にあります。

 この概念が新しい米国政権に採用された場合、米軍は今よりも規模が縮小され、米国がゆっくりと世界各地から手を引いていくことも予想されます。これは、米国が同盟国と一緒になって、多国間の安全保障協力や安全保障的枠組みの中で地域の安定を維持するという概念と手法が採用されるようになり、そうなると同盟の意味がこれまでとは変わってくるということです。」(前掲書、61~62頁)


「米国は2008年の大統領選挙でいかなる政権が誕生しても、軍事戦略の大筋は変わらないと思います。

 もし民主党政権になっても、この米軍再編というトランス・フォーメーションのプロセスを進める必要があるという点では、国防総省の幅広いコンセンサスがあるからです。

 おそらく、いずれの政権になっても米国は国防費を削減し、米軍規模を減らし、海外から米軍を撤退し、米軍再編を進め、国際協調主義を進め、同盟国に貢献を追ってくるという一般的傾向を示すことになると思います。こうした全体の傾向の中で、民主党政権のほうがむしろ同盟国に具体的な貢献を一層、迫ってくる可能性が高いといえます。

 伝統的に共和党は、対外的に積極介入する傾向にあります。それにより力強い国際的リーダーシップをとろうとするわけです。それで自ら財政を負担して苦しむことになります。これに対し、民主党は、クリントン、カーター政権のように、やや内向きに閉じこもり、協調主義的になる傾向があります。その代わり同盟国に対しては負担増を求めるわけです。ですから、同盟国にとっては民主党政権のほうが手強い相手になるといえます。

 このような傾向があまり強い民主党政権になった場合、日米関係が冷える可能性もあります。具体的に同盟国に役割を果たさせて、それに乗じて自国の国内経済を重視するというのが民主党のやり方だからです。(中略)
 
 大統領選挙の結果、民主党政権になった場合、イラクにある程度の戦略拠点を維持するとは思いますが、米国は海外における軍事介入から、かなり手を引き、つまり自国内に閉じ込もることになります。アフガン・イラク戦争で疲弊した地上兵力の立て直しをするためでもあります。これはアジアの問題にも積極的に関与しないということであり、その分だけ米国は同盟国による一層の貢献を強く求めてくるということになります。」(前掲書、71~73頁)


共産党政権ならば話は変わってくるかもしれないが(多分変わらないと思うが)、(日本の)民主党主導政権が掲げる「対米自立」「米国との対等な関係」は、上述の、アメリカの負担を日本が肩代わりすることにしか帰結しないのであって、鳩山政権が掲げている「東アジア共同体」というのは、ここで言うところの「多国間の安全保障協力や安全保障的枠組み」だ。別に私はアメリカ陰謀論を採っているわけではなくて、上述の国際情勢認識は、日本の海外派兵を肯定する自民党や民主党の政治家には、ごく一般的なものである。

本来ならば強硬に反対していたであろう護憲派の市民運動や左派が、「対米自立」「米国との対等な関係」さえ掲げていれば、勝手に自滅してくれるどころか積極的な応援団すら買って出てくれるわけであるから、日本の民主党や米国の民主党からすれば笑いが止まらないだろう。

なお、森本は同書で、日米同盟、米韓同盟はあっても日韓同盟がないことを問題視し、日米韓の安全保障協力関係の構築、防衛協力ガイドラインの設定、朝鮮半島統一の前に韓国を日本に引き寄せることを提唱している。来年に本格化するであろう日韓の「和解」キャンペーンも、こうした文脈の中にあると考えるべきだろう。

by kollwitz2000 | 2009-10-20 00:00 | 日本社会
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