朝鮮民主主義研究センター

2005年2月20日

ビクター・チャの「タカ派的関与政策」論

第二期ブッシュ政権で国家安全保障会議のアジア部長に就任したビクター・チャは、2003年にデービット・カンと共著で"Nuclear North Korea"という本を書いている。ビクター・チャはタカ派の観点から、デービット・カンはハト派の観点から、それぞれ北朝鮮政策を論じ、双方とも関与政策が最適だと結論している本だ。ビクター・チャは自らの主張を「タカ派的関与政策」(hawk engagement)と名付けている。タカ派であるにもかかわらず関与政策を主張する立場は興味深いものであり、第二期ブッシュ政権の北朝鮮政策を理解する上でも参考になりそうだ。そこで"Nuclear North Korea"に従って少し詳しく彼の見解を紹介してみたい。

北朝鮮脅威論

ビクター・チャは、北朝鮮が全面戦争を引き起こす可能性は否定する。米韓との戦力差は大きく、中露の支持も得られないだろうからだ。しかし、国際関係理論によれば、勝てる見込みが小さくても先制的行動に出るのが合理的と言える状況は存在するという。状況が次第に悪くなっており、何もしなければ全てを失うことが確実だと判断される場合だ。したがって北朝鮮が小規模な敵対行動に出る可能性はある。

リスクの高い「倍にするか、すべて失うか」という賭けは、勝っているギャンブラーにとってよいものではない。しかし数ドルしか残りがないギャンブラーにとっては魅力的なものだ。(26ページ)

北朝鮮に関しては1990年代に引き起こされた38度線付近での挑発行動やテポドン・ミサイルの試射が例として挙げられている。経済が破綻し、軍事力が衰退したことは、限定的な敵対行動へのインセンティブをむしろ高めたという。そうしなければジリ貧だからだ。

これは一種の脅威論だが、一般的な議論とは異なり、北朝鮮の軍事力を過大評価していない。そして軍事的に劣位でも脅威を与えることができるし、そうすることは合理的判断でもありうるという点を明らかにしている。

2000年に南北首脳会談や日朝首脳会談は、彼の観点からは、北朝鮮が本質的に変わったことを示すものではない。基本原則が変わったという証拠はない。したがって、近年の変化は戦術的なものにすぎないという。戦術的変化にすぎない以上、アメを与えて北朝鮮を経済改革へと誘導しても真の変化に結びつけることはできない。経済が回復すれば北朝鮮は元の原則へと回帰する可能性がある。

社会科学の行動理論が教えるところでは、行為者の意図の変化はそれをうみだす原則や価値の変化を必要とする。もし行為者の行動がそれに先行する価値や原則の変化に対応したものでなければ、それは戦術の変化であって意図の変化ではない。(82ページ)

では北朝鮮の基本原則とは何か。ビクター・チャは三つに整理する。

(1) 朝鮮民主主義人民共和国は朝鮮人民の真の代表であり、南の傀儡政権(アメリカの軍事的植民地)は朝鮮人民に対する究極の脅威である。(2) 南朝鮮の(政府ではなく)人民はアメリカ人とその傀儡に反対してでも北との統一を歓迎するだろう。したがって共和国は革命へ向けて南の同調者との共同戦線戦術を追求すべきだ。(3) 究極的には北は勝利するだろう。道徳的に正しく、38度線の両側で人民の支持を得るだろうからだ。(82-83ページ)

北朝鮮のイデオロギーは変わっていない、というこの指摘も的確なものだと思える。アメを与えつづければ北朝鮮を変えることができるかのような主張はたしかに根拠がない。

タカ派的関与政策

北朝鮮は依然として脅威だ、という立場を取りつつも、ビクター・チャは一般のタカ派のように封じ込めや孤立化を主張するのではなく、ハト派と同様に関与政策が最善だという。彼はタカ派にとっても関与政策が最善と言える理由を五つ挙げる。第一に、関与政策は「懲罰のための連合」を形成する最善の方法だからだ。すべての手段を尽くさなければ懲罰への周辺国の同意は得られない。第二に、今日のアメは最も効果的な明日のムチとして使える。アメを取りあげること自体が効果的なムチとなるからだ。第三に、関与政策は「悪魔の」アメリカ人に対する先入見を覆し、北朝鮮の支配層に亀裂を生じさせることができる。第四に、関与政策は北朝鮮の崩壊を早める。北朝鮮は改革を必要としているが、改革をすすめれば体制が崩壊しかねないというジレンマを抱えている。第五に、関与政策は体制崩壊後の南北統一のコストを低める。封じ込めや孤立化は現状維持の政策にすぎず、南北統一への道筋を示せないのが問題だ。

しかし2002年10月、北朝鮮は濃縮ウラン計画を認めた。もはやビクター・チャの観点からみて関与政策の前提は失われつつある。

私は濃縮ウラン計画が明らかになった後では関与政策が実行可能な選択肢だとは考えない。タカ派的関与政策は対象国の意図がある程度曖昧な場合に妥当なものだ。(……)しかし北朝鮮の今回の違反行為はいかなる意図の曖昧さをも取り除くものだ。この行為は重要な合意からの小さな逸脱ではなく、大規模で静かな離反だ。このような条件の下での交渉は、タカ派にとっては宥和に等しい。(155-156ページ)

北朝鮮が協調の道を取らないのであれば、タカ派的関与政策の観点からは孤立化と封じ込めが唯一の選択肢となる。具体的には、核やミサイルに関する物資の輸出入の阻止、麻薬取引の摘発、平壌攻撃を可能とする軍事力の再配置などだ。その一方で人道支援はつづけ、中国をはじめとする周辺国には北朝鮮難民の受け入れを要請し、アメリカも難民を受け入れる。

孤立化と封じ込めを進めようとするとき、鍵になるのが中国と韓国だ。ビクター・チャが分析するところでは、中国はアジアの大国になろうとしており、北朝鮮の核開発を阻止することはそのために資する。反米的な世論が強まっている韓国でも北朝鮮の核開発には拒否反応が強い。彼は韓国人に対し、北朝鮮の核開発を容認すれば同盟国であるアメリカからの支持を失い、海外の投資家の信用を低下させる、と訴える。

結局のところ、彼の政策論で肝心なのは関与政策をどこで終えるかだ。北朝鮮政府は今や濃縮ウラン計画どころか公然と核保有を宣言するに至っている。タカ派的関与政策を追求する余地はもはやないように思える。にもかかわらず、タカ派的関与政策の眼目である「懲罰のための連合」はまだできていない。今後も中国政府や韓国政府が「懲罰」に同意する見込みはまずない。関与政策を続けることはできないが、孤立化と封じ込めを実行する環境もできていないのだ。そうなればアメリカ政府は無為無策のまま過ごすしかない。

孤立化と封じ込めの内容は本書では詳しく語られていないので、国家安全保障会議でビクター・チャがどのような政策を推進していくのかはよくわからない。国家安全保障会議のアジア部長という地位がどれほどの重さなのかもよくわからない。ただ、彼の北朝鮮政策論はあまりに「現実的」で、大胆さがない、とは言えそうだ。

目次

  1. ビクター・チャ「弱いが依然として脅威」
    • パズル:北朝鮮問題を理解する
    • なぜ北朝鮮は脅威を与えるのか
      • 緩和する要因の欠如
      • 「倍にするか、全て失うか」の論理
      • 先制的/予防的状況の現実化
      • 北朝鮮の意思決定の枠組み
      • 北朝鮮の先制的/予防的論理の証拠
      • 太陽は北朝鮮を照らしているか?
    • 政策(予告):「タカ派的関与政策」
      • 弱いが依然として危険
  2. デービット・カン「脅威を与えているが、抑止が作用している」
    • なぜ北朝鮮は軍事的脅威ではないのか
    • 抑止と変化する力の均衡
    • 核兵器とテロリズム
    • なぜ狂った男の仮説が無意味なのか
    • 結論:理論的・政策的含意
  3. ビクター・チャ「なぜ我々は『タカ派的関与政策』を追求しなければならないのか」
    • 抑止は作用している
      • 強圧的交渉
      • 9/11後の現状
    • 北朝鮮軍の衰退
    • 問題の核心:意図
    • 「タカ派的関与政策」
    • ブッシュの北朝鮮政策
      • なぜタカ派的関与政策なのか
      • 批評家はどこへ行くのか? 人権とミサイル防衛
      • 強圧はどこへ?
      • 脅威を政策に合わせるのではなく、政策を脅威に合わせよ
  4. デービット・カン「なぜ我々は関与政策を恐れるのか?」
    • 北朝鮮は経済改革を進めている
    • タカ派的関与政策、なぜ早期崩壊は起こりそうもないのか
    • なぜ我々は関与政策を恐れるのか?
      • 私の議論の主要な要素
    • アメリカの政策に影響する主要な要因
      • 韓国と中国の役割
      • アメリカの朝鮮半島政策
  5. ビクター・チャ/デービット・カン「誇張の支配:2003年の核危機」
    • デフォルトの政策?
    • 危機の発生
      • 北朝鮮の核「告白」
    • 我々の(異なった)危機の評価
      • デービット・カン:「始まり」への回帰
      • ビクター・チャ:引き返せないポイントを越えたか?
    • タカ派的関与政策に何が続くか?
      • あらためて、なぜタカ派的関与政策をとらないのか?
      • 孤立と封じ込め
    • 危機についての最後の言葉
  6. ビクター・チャ/デービット・カン「誇張を越え、戦略へ」
    • 政策の概略
    • 長期の朝鮮政策
    • なぜアイデンティティが重要なのか
      • ビジョン
      • 懐疑的?
    • 最終的な考え方
投稿者 kazhik : 2005年2月20日 07:19
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ビクター・チャの「タカ派的関与政策」論
解説記事興味深く拝見いたしました。

>ただ、彼の北朝鮮政策論はあまりに「現実的」で、大胆さがない、とは言えそうだ。

タカ派的関与政策と言えるかどうか解りませんが、1997年に北朝鮮から亡命した黄長燁(ファンジャンヨプ)元朝鮮労働党書記の金正日政権打倒へ向けての動きが活発化してきています。
北朝鮮民主化同盟を結成し、金大中前大統領の親北太陽政策とは一線を画した金正日政権打倒のための、北朝鮮民主化勢力の結集を宣言しています。

手詰まり感の漂うビクター・チャ氏の論考よりも、金政権打倒を北朝鮮の民主化と捉える彼の道筋は、現実的かつより具体的に見えます。核問題は暗礁に乗り上げていますが、金政権の体制崩壊を内部的な力の醸成と外部的圧力により達成しようとしている黄氏に注目しています。

ネット上にレポートを書きました。
参考にしてみてください。


http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019560&tid=kldabaafffckdcbfmygcwbbv7o&sid=552019560&mid=36186

minow175のコメント(2005年2月26日 11:15)

「タカ派的関与政策」論のエントリ、かなり時間をかけたので、反応があって嬉しいです(^_^;

黄ジャンヨプ氏は『狂犬におびえるな』でも民主化の戦略を詳しく書いていますね。いずれ立ち入って検討したいと思っています。

ただ、黄ジャンヨプや金泳三のような老人がリードする運動には若手は集まらないんじゃないかな、という気はします。

kazhikのコメント(2005年2月27日 07:14)

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