朝鮮民主主義研究センター

脱北者支援にたいする小ずるい批判(2005年1月29日)
どん底からの脱出は成長とは言えない(2005年1月25日)
二つの「北朝鮮発」怪情報(2005年1月22日)
中国で正体不明者が韓国国会議員の記者会見を破壊(2005/01/08-2005/01/14)(2005年1月15日)
家族単位耕作制が3月に実施?(2005/01/01-2005/01/07)(2005年1月 8日)
アムネスティ・インターナショナル『朝鮮民主主義人民共和国の人権と食糧危機』(2005年1月 4日)
「北朝鮮政府高官」発の怪文書(2004/12/25-2004/12/31)(2005年1月 1日)

2005年1月29日

脱北者支援にたいする小ずるい批判

オルタナティブ運動情報メーリングリスト(AML)に変質する脱北者支援という評論文が投稿された。アジア太平洋戦争に関わる発言が多い半月城氏によるものだ。

彼は、一時期流行った強引な「企画脱北」は破綻した、脱北者支援は現在ではほとんどビジネス化している、と論じることにより、脱北者支援をうさんくさいものとして印象づけている。しかし「変質」した脱北者支援を本来あるべき姿に戻すことを訴えているわけではない。彼は「脱北問題の根本的解決は、もちろん北朝鮮住民が貧困苦から抜けだすことにあります」と、北朝鮮経済が回復すれば脱北者はみんな帰るかのように論じている。いま現に存在する脱北者は視野に入っていない。中国政府が脱北者を強制送還してもかまわないし、韓国政府が脱北者に対する定着支援金を減らしても問題とは考えないのだ。もともと脱北者支援には関わっていないし賛成してもいない人物が「変質」を語るのは小ずるいと言うしかない。

石丸次郎氏は、以前は北朝鮮国内で食えなくなって中国に出てきた人が大半だったが現在は自由を求めて脱出する例が多い、と指摘している(『北朝鮮難民』講談社現代新書)。脱北者支援より前に脱北そのものが「変質」しているわけだ。北朝鮮経済が立ち直れば脱北者問題は解決する、だから北朝鮮を援助すべきだ、という主張はますます成り立たなくなっている。脱北者問題は経済問題ではなくて人権問題であり、脱北者たち自身の希望に沿う方向で解決が摸索されるべきものである。

今週の北朝鮮(2005/01/22-2005/01/28)

2005年1月25日

どん底からの脱出は成長とは言えない

(書評:河信基『金正日の後継者は「在日」の息子』)

韓国銀行の統計(PDF)によれば、北朝鮮経済の成長率は1999年6.2パーセント、2000年1.3パーセント、2001年3.7パーセント、2002年1.2パーセント、2003年1.8パーセント。5年連続のプラス成長だ。2004年の穀物生産量は423.5万トンで、過去10年間で最高となった

このような状況の中、河信基氏の『金正日の後継者は「在日」の息子』は、2002年7月の「経済管理改善措置」によって加速された北朝鮮の市場経済化を称揚し、高度成長の可能性まで指摘してみせる。

北朝鮮の市場は2004年7月時点で平壌に40箇所、地方に300箇所あり、さらに増え続けて北朝鮮経済の新動脈を形成しつつあるという。市場にはあらゆるものがあふれている。河氏は新興成金が登場している状況すら肯定的に描き出す。韓国からの支援米が「人気のブランドとなって高値で取り引き」されている、1万円から2万円の化粧品が飛ぶように売れている、「市場経済とは無縁の平等社会に生きてきた人々が、売り手と買い手に分かれて貨幣経済を日々学習しているのが北朝鮮の新しい姿である」(135ページ)。

2003年の韓国との交易は12.9パーセント増の7億2000万ドル、中国との交易は38.7パーセント増の10億2355万ドル。両者で北朝鮮の対外交易の7割を占める。成長を続けるこの二つの国との関係が北朝鮮経済に良い影響をもたらしている。河氏によれば、金正日は2001年1月の訪中によって改革・開放への転換を決意した。2004年4月の訪中の際には、中国は経済援助を拡大するとともに中国民間企業の投資受け入れを認めさせた。中国製品は北朝鮮の市場を席巻し、北朝鮮は中国の植民地になってしまうのではないか、という懸念すら聞かれるほどだという。

河氏はITが北朝鮮経済浮上の切り札になりうると見る。北朝鮮はすでに光ファイバーケーブルが全国にはりめぐらされており、基幹網の整備は日米韓に劣らない。金正男を委員長とする朝鮮コンピューターセンターを中心としてソフトウェアの開発も盛んだという。人件費の安い北朝鮮の技術者を使ってソフトウェアを開発し、利益を挙げている韓国企業が紹介されている。

実に景気がいい話だ。しかし、このような分析には長谷川慶太郎の日本経済論とよく似た軽薄さを感じてしまう。

まず、5年連続のプラス成長という数字に対しては、その前にはマイナス成長の9年間があったということ、また、プラス成長の5年のうち3年は1パーセント台の成長にすぎないということを指摘しなければならない。やっと最悪の状況から抜け出したが低迷を続けている、というのが適切な表現だろう。高度成長の可能性にまで言及する河氏も「現在の北朝鮮経済は1970年代前半の水準とほぼ同等と見られる」「1990年代にソ連・東欧社会主義経済圏を失い後退を続けてきた経済危機から、完全には脱し切れていない」(150ページ)と認めている。瓦解する前の水準を回復することさえままならないのに「高度成長」を語ることはできない。

新興成金の登場を肯定的に捉えることにも強い違和感を覚える。経済が低迷したままなのに成金が増えているということは、それ以外の大多数はさらに窮乏化しているということだ。以前は国定で1キロ46ウォンだったコメの価格は、急激なインフレで昨年8月には1キロ420ウォンへとはねあがっている。食糧不足の状況で価格を自由化すればそうなるのは当然と言える。しかし河氏は、コメの価格が一般市民の手の届かない水準に達したことより、高騰した価格でも買える層がいることに注目する。河氏は少数の新興成金の視点で北朝鮮経済を見ているのだ。

北朝鮮のIT化に希望を托すのも根拠が薄い。光ファイバーケーブルがはりめぐらされていても、使われなければ意味がない。電力供給が安定せず、白物家電すら十分に普及していない北朝鮮では、一般市民がパソコンを使えるようになるのは遠い先の話だろう。一部のエリート層が使うだけならソフトウェア市場は成立せず、したがってソフトウェア産業も発展しない。韓国企業に安い労働力を供給するだけでは経済発展には結びつかない。韓国政府は「北朝鮮のIT産業は外国の先端先進技術と資本の導入など国際社会の助けが必須という点で核問題解決など国際社会との関係が改善にならない限り高い成果を期待することは難しいことと見込まれる」と冷静に評価している

北朝鮮経済に可能性がまったくないわけではない。中国や韓国との関係強化によって成長へと向かう可能性はある。中国や韓国の経済発展はアメリカや日本との関係によって可能になったものであり、同じことが北朝鮮に関して起こらないとは断言できない。しかし、中国からの投資を期待して2002年にスタートした新義州経済特区は、初代長官に任命された楊斌が中国で逮捕されたことで最初からつまづいた。韓国企業が進出する開城工業団地は昨年12月に生産が始まったばかりで、成果を論じるのはまだ早い。南北関係に依存したプロジェクトで、政治状況が変われば頓挫するおそれがある以上、積極的な投資は見込めないのではないか。北朝鮮の外資導入には1984年の合営法や1991年の羅津・先鋒自由経済貿易地帯のような失敗の歴史がある。体制が基本的に変わっていないのだから、同じ失敗が繰り返されるだろうと予想するのが理にかなっている。現時点で楽観論を語るのは難しい。

金正日の後継者については、河氏は金正哲による世襲を予想している。世襲を「民主主義的政権交代という選択肢が現実的にありえない北朝鮮において、権力の空白乃至は権力闘争をめぐる政治的不安定化を避けるための"必要悪"」(24ページ)として容認する。日本のメディアによく出てくる御用学者とよく似た「現実的な」発想だ。この発想が北朝鮮経済の厳しい現実を直視できなくさせているのだろう。

出版:講談社+α新書、2004年12月
推薦度:★★★

2005年1月22日

二つの「北朝鮮発」怪情報

北朝鮮から流出したとされる男女二人の写真が1/16にTBSテレビの「報道特集」で取りあげられ、斉藤裕さん、松本京子さんの写真と判定された。しかし数日後、写真の二人は韓国在住の脱北者であることがわかった。

TBSの番組は私も見ていた。流出した写真を斉藤さん、松本さんの失踪前の写真と比較し、眼や鼻の配置や耳の形状などからみて同一人物だ、と専門家が判定していたので、信憑性は高いと考えていた。それがあっさり覆ったことには驚く。あらためて、北朝鮮情報は慎重に判定すべきだという思いを強くした。

北朝鮮で「自由青年同志会」という組織が反政府ビラを出した、という報道もあった。金正日を独裁者と批判し、改革と開放を訴えるものだ。トイレや橋の下に貼られたビラを同組織のメンバーがビデオ撮影し、韓国のNGOに提供したという。NGOのサイトで映像をみることができる

「自由青年同志会」という組織に何人のメンバーがいて、どのような活動をしているのかははっきりしない。ビラの内容が北朝鮮の一般市民の感情をどの程度代弁しているのかも不明だ。ビラを貼ったのも撮影したのも同じ組織というから、おそらく自作自演だろう。

RENKが北朝鮮の反政府落書きを伝えたことがある。2001年で、場所は今回と同じ会寧だった。それから4年経っても同様の落書きしか出てこないということは、あまり希望はないということを意味する。

今週の北朝鮮(2005/01/15-2005/01/21)

2005年1月15日

中国で正体不明者が韓国国会議員の記者会見を破壊(2005/01/08-2005/01/14)

韓国の国会議員4名が北京で記者会見を開いたところ、開始直後に正体不明の集団によって中止させられるという事件が起こった。

4名は中国政府に対して「脱北者の無害通行権を保証し、それらが希望する国へ行けるよう措置してほしい」と求めていた。しかし中国政府は、記者会見を無理矢理中止させたことを詫びるのではなく、「あろうことか不法入国を煽動しようとした」と4名を非難している。誰がどんな法的根拠で記者会見を中止させたのかの説明もない。被害を受けたのが野党の国会議員だったためか、韓国政府の反応も鈍い。まさに朝鮮日報が表現する通り「高慢な中国、卑屈な韓国」という経過になっている。

中国政府のやり方はいかにも野蛮だが、もう少しスマートなのが日本政府だ。4年前、VAWW-NETジャパンが主催した「女性国際戦犯法廷」をNHKが取材し、特集番組で取りあげようとしたが、放送直前に大幅な改変が行われた、という事件があった。これに関して最近、安倍晋三と中川昭一がNHKに圧力をかけていたという内部告発が行われた。安倍晋三は1/13の「報道ステーション」に出演し、「女性国際戦犯法廷」に北朝鮮の工作員が参加していたことを強調してみせた。だが、仮にそれが事実だとしても、政府高官が報道番組の内容に介入していいはずがない。拉致問題に関して功績がある人だが、今回の対応には失望させられた。

2005年1月 8日

家族単位耕作制が3月に実施?(2005/01/01-2005/01/07)

東亜日報に載った農業制度改革の記事は、協同農場の作業単位である分組を2,3世帯とする措置が今年3月から実施される、と伝えている。集団農業の体裁の下で家庭営農が事実上認められる可能性もあるという。

しかし、昨年出版された朴貞東氏の『北朝鮮は経済危機を脱出できるか』では、1996年の改革で分組の単位が家族、親戚単位になった、としている。どちらが本当なのか、よくわからない。

朝鮮新報のバックナンバーを調べてみると、青山協同農場 高まる労働意欲、強まる団結力という昨年11月の記事に現在の農業制度への言及があった。分組は10-15人からなっていて、2002年の改革で分配の単位が班(いくつかの分組により構成)から分組へと変わったという。これは東亜日報の記事と整合性があるように見える。

いずれにせよ、北朝鮮の集団農業が確実に解体へと向かっていることは確かだ。それが生産性の向上につながる可能性もある。関連する報道には今後も注目していきたい。

2005年1月 4日

アムネスティ・インターナショナル『朝鮮民主主義人民共和国の人権と食糧危機』

昨年発表されたアムネスティ・インターナショナルの報告書の翻訳。人権問題の観点から北朝鮮の食糧危機を分析する。

本書はまず、世界人権宣言や社会権規約(国際人権A規約)に記されている「食糧の権利」を掲げる。社会権規約の11条が食糧の権利を定めており、社会権規約委員会は1999年に食糧の権利をさらに明確化したという。「十分な食糧を得る権利は、すべての男性、女性、子どもが、一人または共同体において、十分な食糧またはその獲得手段に、物理的かつ経済的に常に接近できる場合に実現される」とのことだ。そして、北朝鮮政府がこの権利を保障してこなかったことを批判する。

次に食糧危機を引き起こした要因を三つ挙げる。「朝鮮民主主義人民共和国の経済システム内の制約」、旧ソ連との経済関係の崩壊、自然災害である。「経済システム内の制約」とは、耕作地が限られていることや土壌が肥沃でないことなどといった自然条件と、それを克服するためにエネルギーや肥料を大量消費する農業のやり方を指す。集権的計画経済の問題や主体農法と呼ばれる農業政策の問題に触れていないところに独自性がありそうだ。体制や政策に原因を求めるような分析は避けられている。

食糧危機の経緯を簡単に振り返った後、本書は食糧危機の背景にある人権問題を指摘する。出身成分制度や女性差別、移動の自由の制限、援助機関の活動に対する制約、表現の自由や結社の自由の欠如。これらの要因が食糧危機を助長したという。ただ、因果関係の立証は十分になされていない。出身成分によって配給の量が違う、と指摘されているわけではないし、移動の自由がないことで餓死者が増大した、と統計的に証明しているわけでもない。

さらに、食糧危機の結果として人権侵害が増大している、という指摘がなされる。飢えをしのぐために農作物を盗んだり中国へ脱出したりした人たちが公開処刑されている、子どもたちが栄養失調で苦しんでいる、売春に追い込まれる女性が増えている、中国に逃れた脱北者が不法入国者として逮捕、送還されている、等々。そして、国際社会は「対象となる受益者集団に確実に届くよう配慮しつつ」食糧援助を続けるべきだ、と訴える。食糧危機が人権侵害を増大させている、という認識に立つなら当然の結論と言える。しかし、受益者に届かない、という理由で撤退した団体もあり、本書もそのことを詳しく書いているのだから、これだけでは何かを言ったことにはならない。

最後の結論では、北朝鮮政府、国際社会、NGOなどに対する勧告がなされる。北朝鮮政府に対しては「反政府的とみなされた人びとを迫害するための道具として、食糧不足を利用しないよう、また食糧援助の配給に関し差別のないよう、保障すること」に始まり、20項目ほどの要求が掲げられている。ただ、「拷問及び虐待は許されない」「国連の人権分野の組織と協力すること」など、食糧危機と直接関係のない項目が多く含まれており、焦点がはっきりしない勧告になっている。

焦点がはっきりしない勧告しか出せないのは、食糧危機の原因を体制や政策に求める視点がなく、人権抑圧が食糧危機を助長したことも論証できていないためだろう。原因がわからなければ明確な改革案を提示することもできない。食糧危機にかこつけて人権抑圧を非難しただけ、という印象は否めない。人権団体の限界と言うべきか。


出版:現代人文社、2004年12月
原文:Starved of Rights: Human Rights and the Food Crisis in the Democratic People’s Republic of Korea (North Korea)
推薦度:★★★★

2005年1月 1日

「北朝鮮政府高官」発の怪文書(2004/12/25-2004/12/31)

朝鮮日報に北朝鮮の政府高官が書いたという手紙が掲載された。「金正日を助ける人は後日北朝鮮人民が審判するだろう」とのことで、とくに韓国政府の金正日政権に対する援助を批判している。しかし、この手紙の信憑性は疑わしい。第一に、北朝鮮の政府高官でなければ知りえない情報が何も書かれていない。すでに知られていることばかりで、韓国人でも書ける内容だ。第二に、北朝鮮には多くの反政府勢力が存在している、と言いながら、その闘いについては何も述べず、もっぱら韓国内の融和派を批判するだけになっている。韓国内の視点で書かれているように感じる。要するに捏造文書なのではないだろうか。

アフガン・イラク・北朝鮮と日本 掲示板沢村圭一郎氏がこの手紙を紹介したので、以上の観点から疑問を述べたところ、私自身が「金正日を助ける人」だと罵声を投げつけられた。信憑性を疑っただけで「金正日を助ける人」扱いである。つける薬なし、と言うしかない。