中国で65名の脱北者と2名の支援者が拘束された。人民日報は中国政府の立場をこう伝えている。「中国は『大使館駆け込み』や『学校駆け込み』を組織した『蛇頭』を法に基づき厳重に処罰していく。中国国内で摘発された朝鮮人不法入国者に対しては、中国は一貫して国内法・国際法・人道主義の原則に照らし、適切に処理している」。支援者に対しては厳罰、脱北者に対しては「国内法・国際法・人道主義の原則に照らし、適切に処理」ということだ。これまでの経緯からみて、後者は第三国経由の韓国行きを意味する。
気になるのは、この65名を集めた北韓民主化運動本部が「北朝鮮人権法の施行にあわせ、脱北者100人を集め外国公館への駆け込みを図り、中国政府の脱北者政策の変化を狙おうとしたが、中国側に連行されてしまった」と説明していることだ。脱北者を政治的に使い、失敗したということになる。これはまずい。「団体の公式方針とは関係のない、個人レベルでの活動だった」との説明もあり、同時に発表された団体としての公式声明も北朝鮮人権法にはふれていないが、脱北者の支援はもっと慎重にやってほしいものだ。
主としてソ連側の史料に基づいて書かれ、ソ連、中国、北朝鮮を中心にしたアジアの冷戦史。
著者は中国革命と前後してソ連と中国のあいだで「パワー・シェアリング」が行われたことを明らかにしている。ロシアの北朝鮮専門家であるワジム・トカチェンコによれば、ソ連は朝鮮とベトナムの安全保障を中国に任せた。中国の冷戦研究者である沈志華は、朝鮮半島はソ連、ベトナムは中国が担当することになったと見ているという。いずれにせよ、中国共産党はアジアの共産党の中で特権的地位を占めていたことになる。
北朝鮮は当初はソ連の傀儡国家にすぎなかった。著者は、憲法、軍隊、指導者までソ連が決めていた、というロシアの歴史家アンドレイ・ラニコフの説を引く。朝鮮戦争の際、スターリンは金日成の開戦計画を承認する立場にあった。戦線が膠着すると中朝は停戦を求めたが、スターリンは応じなかった。しかしその後、金日成はフルシチョフのスターリン批判には同調せず、むしろ国内でソ連派や中国派を粛清して独裁化を進めた。ソ連の傀儡国家として生まれ、朝鮮戦争では中国の支援で敗北を免れた北朝鮮が、なぜソ連からも中国からも自立した国家になりえたのかは大きな謎だ。
核開発に関しては気になる問題が提起されている。ソ連は1946年から1947年にかけて核開発に多大な資源を投下し、100万人から200万人程度の飢餓を生み出した。中国は1950年代後半の大躍進政策で核開発を進め、2000万人から3000万人の餓死者を出した。北朝鮮でも、1990年代には核開発と飢餓が同時に進行した。因果関係があるのではないか、というのだ。
著者の本来の専門はソ連史だが、近年は『朝鮮戦争の謎と真実』や『金正日に悩まされるロシア』の翻訳を手がけている。実績のある研究者が北朝鮮に関心を向けてくれることは喜ばしい。
出版:中公新書、2004年9月
推薦度:★★★★★
北朝鮮が韓国の支援米を有償で販売している、というニュースは読み方が難しい。記事によれば、韓国統一部は「北朝鮮は、国際機関が支援した食糧も、国定販売価格(1キロ=46北朝鮮ウォン)で提供している」と説明した。しかし10/22のロイターの記事は「WFPは支援食糧が北朝鮮国内で販売されていることを否定した」と報じている。どちらが本当なのかわからない。北朝鮮は現在急激なインフレに見舞われており、コメの価格は1キロ1000ウォンを超える、という情報もあるので、1キロ46ウォンで販売しているなら無償に近いかもしれない。しかし、誰でも買える場で販売しているのではなく支配層にのみ引き渡しているのであれば、援助者に対する背信行為と言っていい。いずれにせよ、判断を下すには情報が少なすぎる。
昨日、都内で石丸次郎氏が講演し、北朝鮮は今どうなっているのか、我々はどう向き合うべきかを語った。主催は"拉致被害者家族の声をうけとめる 在日コリアンと日本人の集い"実行委員会。
中国では脱北者の駈け込みが相次いでいる。韓国入りする脱北者も年々増えており、昨年は1281人、今年は8月末の時点で1339人になっている。しかし、石丸氏によれば、脱北そのものは以前に比べて減っている。ピークは1998年から2000年で、現在はその10分の1程度だという。中朝双方が警備を強化したことや、食糧事情が好転したことが背景にある。
ただし、脱北の減少は以前の北朝鮮の復活を意味しない。送還された脱北者が外部世界の情報を持ちこんだため、北朝鮮の民衆は今や中国や韓国の豊かさを知っている。ビデオCDやビデオテープがヤミ市場で安く出回っており、ビデオレンタルの業者まで登場しているという。情報統制、思想統制はすでに破綻している。
石丸氏は国交正常化にも言及し、そのための条件を挙げた。歴史の精算が行われること、東北アジアの平和や南北統一に寄与すること、核問題や拉致問題が解決すること。そして、北朝鮮の民衆に利益がない正常化なら無意味だ、と述べた。
拉致問題がなかなか進展しない理由については、北朝鮮の国家機構が機能不全に陥っているのではないか、と推測。金正日も認めた問題なのだから解決は可能だ、と楽観的な見通しを語った。
アメリカの議会が可決した北朝鮮人権法に対し、韓国などから批判が出ていることについては、成立の経緯を誤解しているのではないか、と疑問を投げかけた。条文は「北朝鮮転覆法」と見られないように修正が繰り返され、政府に対する法的拘束力も排除されたという。
先日の内閣改造で内閣官房参与を辞めることになった中山恭子氏が、10/12の講演でアメリカの北朝鮮人権法に触れた。「日本こそこうした考えをみんなで持ってもいい」と言ったそうだ。まさにその通り。金正日政権に対する圧力として検討すべきなのは経済制裁だけではない。
今後、多くの脱北者がアメリカを目指すことになるだろう。その場合、日本政府や韓国政府が何もしないでいるわけにはいかない。イラクに対する軍事攻撃には協力するが北朝鮮に対する人権圧力には協力しない、などということはありえない。しかし日本でそのことについての議論がほとんど行われていないのは残念だ。
北朝鮮経済を中国経済と比較しつつ分析し、改革の方向性を探る。
1965年以降、北朝鮮の農業経営は分組管理制が基本になっていた。分組というのは協同農場における最小単位で、10人から15人によって構成される。生産手段と生産計画を割り当てられ、生産物のうち生産目標の分が国家に納付され、超過分は国家に買い取られる。この制度は1996年に改められ、分組の構成が家族、親戚単位になり、生産目標を超過した分は分組が自由に処分できることになった。著者はこの方向をさらに進めて集団農場の土地を個別農家に分配することを提案する。中国は各農家が経営を完全に請け負う制度を導入したことで農業生産を拡大させたという。
企業制度に関しては、「大安の事業体系」と呼ばれるシステムが採用され、企業における意思決定を党委員会が掌握している。しかし経済責任は支配人が負うことになっており、意思決定の責任主体と経済計算の責任主体が分離している。著者はこれを最も本質的な問題点として指摘し、企業に自主権を与えて「企業らしい企業」にすることを提案している。
北朝鮮の商品価格は政策的に決められており、価値を反映していない。その結果、エネルギーや原材料の価格が過度に低い、農産品の政府買い入れ価格が消費者への販売価格より高い、といった問題点を生みだし、価格を経済の効率性の基準として使うことを不可能にしている。そこで著者は市場価格の拡大と計画価格の縮小を主張する。
対外経済関係は「自立的な民族経済の建設」という基本政策の下で最小化されてきたが、1980年代に変わり始めた。1984年に合弁法を制定して在日コリアンとの合弁事業を始め、国際分業についての見方を修正してソ連など他の社会主義国との経済協力を強化した。1991年には経済特区として「羅津・先鋒自由経済貿易地帯」を設置した。しかしいずれも成功しなかった。著者はその原因を中国の改革開放と比較しつつ分析し、労働党が経済特区政策を公式に支持しなかったこと、改革なしに開放だけを実施しようとしたこと、市場としての魅力がないこと、政治的に不安定と見なされたこと、在外同胞による投資に対して優遇策を取らなかったこと、といった問題点を挙げている。
一言でいうなら、本書は北朝鮮経済に対して市場経済化という処方箋を提示する本だ。しかし単にそれだけではなく、北朝鮮の基本的な経済制度、従来の経済改革の歴史を中国と比較しつつ手際よく整理している。「分組管理制」「大安の事業体系」といった重要なキーワードは囲み記事で解説されており、学術書でありながら読みやすい。北朝鮮経済の研究書はこれまでにもいくつか出版されているが、本書は最も質が高くて刺激的な本だと言える。北朝鮮に関心を持つすべての人に薦めたい。
出版:社会評論社、2004年8月
推薦度:★★★★★
在韓米軍の削減に関連して、韓国の国会で野党のハンナラ党が「北の脅威」を繰り返し強調している。在韓米軍の支援がなければ1時間でソウルの3分の1が破壊される、戦争が起これば中国が40万人の兵力で北を支援する、等々。結果として在韓米軍の削減は2005年から2008年に延期された。しかし、北朝鮮が南に侵攻するおそれは現時点ではゼロに近いし、侵攻した場合に在韓米軍が応戦しないという想定は無意味だし、中国の参戦もありえない。荒唐無稽な主張が多すぎたように感じる。
昨年12月の北京会談、今年4月の大連会談について、出席者の一人として事実を明かす。
基本的な内容は若宮清氏の『真相』と同じだが、若宮氏が出席していない大連会談に関してはいくつか興味深い事実が記されている。話し合われたのは拉致問題だけではなく、9時間のうち6時間は核・ミサイル問題だったというのだ。山崎拓氏が核・ミサイル問題、平沢氏が拉致問題について主に話したという。核・ミサイル問題に関して何が話されたのか、著者ははっきりと語っていないが、小泉再訪朝の際に金正日が「非核化が最終目標」「核凍結提案は国際的な検証を伴う」と発言したことにその成果が表れているという。さらに、(1) 経済制裁法案を止めてくれ、とは頼まれていない、(2) 人道支援の話は一切していない、(3) 拉致被害者家族の帰国で拉致問題の幕引きを図るという話はしていない、と世間の誤解を解いている。二番目の点は若宮氏が書いていることと違う。実際に人道支援が決まったことを考えれば、平沢氏よりも若宮氏のほうが事実に近いように思える。
本書により、先日の内閣改造で山崎拓が首相補佐官に就任した意味もわかってきた。大連会談の論功行賞ではなく、核・ミサイル問題の担当としての就任なのだろう。
出版:PHP研究所、2004年10月
推薦度:★★★★★
1990年初頭から現在に至る米朝協議の歴史を追う。取材対象は主にアメリカ政府の関係者で、実質的にはアメリカの北朝鮮政策の歴史になっている。
第一のヤマ場は1994年の核危機。著者は1993年に北朝鮮との交渉の責任者としてロバート・ガルーチが指名された背景に核不拡散論者の台頭があったことを指摘する。当時国防次官補だったチャールズ・フリーマンによれば、アメリカ政府は不拡散論者のグループとアジア専門家のグループに分かれたという。前者は大量破壊兵器の拡散防止を最重要課題と見なし、そのためには戦争も辞さないという立場を取った。後者は安定を第一とした。ガルーチがこのような色分けに賛成していないことを記しつつも、著者はフリーマンの見方を支持する。著者はガルーチに「もし、カーター訪朝が成立しなかったら」と問いかけ、「クリントン大統領も引退後、同じことを言っていたが……核疑惑施設への空爆作戦を支持したと思う」という返答を得ている。
「テポドン」の発射実験などによって緊張が再び高まった後、米朝関係は再び動きだし、1999年のペリー報告によって対話路線が確定した。北朝鮮軍部で金正日に次ぐ地位を占める趙明禄が訪米し、次にアメリカのオルブライト国務長官が訪朝した。しかしクリントン大統領の訪朝は実現しなかった。政権内部で反対の声が強く、訪朝を推進したオルブライトは孤立無援だった。
著者によれば、ブッシュ政権の北朝鮮政策は「アーミテージ・ドクトリン」に沿って形成された。ペリー報告の対話路線とほぼ同じで、現体制の存続を前提とした政策だという。しかし2001年9月11日に同時多発テロが起こり、風向きが変わった。翌年1月、ブッシュ大統領はイラン、イラク、北朝鮮を「悪の枢軸」と名指しで批判する演説を行った。同年10月、北朝鮮はジェームズ・ケリー国務次官補に対して高濃縮ウラン開発計画を認め、米朝関係は名実ともに行き詰まった。北朝鮮が高濃縮ウラン計画を断念すれば米朝対話を再開する、というのがこのときのアメリカ政府のスタンスだった。しかし北朝鮮側が開き直ったことでそのもくろみは崩れた。
北朝鮮はNPTからの脱退とIAEAの保障措置協定からの脱退を宣言する。他方、日韓両国はアメリカに対して対話再開を働きかける。2003年1月、ブッシュは北朝鮮問題を多国間アプローチで解決していくことを決め、中国政府に協力を要請した。パウエルが江沢民との会談で三度しつこく協力を要請し、米朝間でやってくれ、としぶる江沢民に多国間協議を受け入れさせたという。そして4月に米朝中の三ヶ国協議が実現し、8月には六ヶ国協議へと発展した。この枠組みについて、著者は二つの見方があることを伝える。多国間では北朝鮮は威嚇的な発言を繰り返すことはできなくなる、というアメリカ政府高官の見方と、中国の影響力を大きくしてしまったのではないか、と懸念する米海軍系シンクタンクCNAのマイク・マクデビットの見方だ。
本書にしたがって10年間を振り返ってみると、アメリカの北朝鮮政策は無原則に揺れ動いていることがわかる。クリントン政権もブッシュ政権も同じだ。しかし、無原則に揺れ動いているが振幅は意外と小さい。戦争に踏み切ることはできず、対話を続けることもできない。私はブッシュ政権の北朝鮮政策を「強硬なエンゲージメント政策」と捉えるビクター・D・チャの分析(『アメリカと北朝鮮』朝日新聞社)が正しいと思っていたが、そうではなさそうだ。大統領選挙が終わっても大胆な政策が打ち出されることはないのかもしれない。
出版:日本経済新聞社、2004年9月
推薦度:★★★★★
アメリカの上院で北朝鮮人権法案が可決された。ThomasでBill NumberとしてH.R.4011を入力して検索すれば条文が読める。「北朝鮮政府は金正日の絶対的支配の下にある独裁政権であり、数々の深刻な人権侵害を続けている」という基本認識に立つ法案だ。私は軍事的な圧力には賛成しないが、この法案に示されているような人道的な圧力には賛成する。独裁政権には対話ではなく圧力が適切な政策だ。同様の法律が日本でも成立すればいいのだが。
他方では、上海のアメリカンスクールに駈け込んだ脱北者を学校関係者が中国警察に引き渡すという事件も起きた。成立したばかりの法律の趣旨にそって問題が解決されることを望む。