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社説

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新型インフル―流行を賢く乗り切ろう

 新型の豚インフルエンザの流行がいよいよ本格化し始めた。

 全国の医療機関から報告された1週間の患者数の平均が先々週は12.92人になり、「注意報」の基準10人を初めて超えた。前週からほぼ倍増である。

 北海道で38.96人と「警報」の基準である30人を超えた。愛知、福岡、神奈川でも20人を超え、沖縄、東京、大阪など都市圏を中心に広がっている。

 今年初めの季節性インフルエンザのピークは約38人、昨年は約18人だった。同じような規模になりつつある。さらに拡大しても不思議はない。厚生労働省や自治体、医療機関は、対応を急ぐ必要がある。

 ワクチン接種も始まった。だが、最優先の医療従事者を対象に、予定通り昨日から始めたのは23府県だ。最も遅い東京都は来週になる。すみやかに接種態勢を整えてほしい。

 子どもへの接種は12月からの予定だが、患者の急増と重なると医療現場が混乱しかねない。あらかじめ、対応策を考えておく必要もあるだろう。

 接種の順番などについて問い合わせが殺到して、医療機関の大きな負担になっている例も少なくない。副反応を心配する人もいる。厚労省や自治体は、ワクチンの有効性と限界なども含めて、できるだけ丁寧に接種にかかわる情報を提供すべきだ。

 厚労省は、専門家会議の合意に基づき、接種回数を1回とすることを検討中だ。1回ですめば大勢が受けられる。有効性を確かめて決めてほしい。

 もっとも、ワクチンで感染が完全に防げるわけではないし、免疫ができるには時間がかかる。さまざまな対策を総合的に進めることが欠かせない。

 とりわけ気がかりなのは、子どもの重症例が目立つことだ。入院患者の大半は中学生以下で、5〜9歳が4割を占める。脳症になったり呼吸機能が落ちたりして、急速に悪化しやすい。

 子どもの患者が急増した北海道では、医療機関がパンク状態になり、外で何時間も待つ例もあった。医療機関は連携して、重症患者を診る態勢を整えておく必要がある。

 医療機関をマヒさせないためには、流行を分散させることが大切だ。それには、私たち一人ひとりの行動がかぎを握る。手洗いで予防し、感染したら外出を控え、せきエチケットを徹底して人にうつさないようにしたい。

 不要不急の受診は控え、まず電話してから受診するなど、受診者のマナーも忘れないようにしたい。

 学級閉鎖などが広がっている地域もある。学校や地域で催しが多い季節である。場合によって行事の中止という判断もあるだろうが、過剰に反応せず平静な社会生活の維持を考えたい。

 正確な知識と入念な準備で、流行を賢く乗り切ろう。

国際離婚紛争―親権や面接権の議論を

 100人を超す子どもたちが日本へ「拉致」された、と欧米諸国から声が上がっている――。

 作り話ではない。国際結婚が破綻(はたん)した後、日本人の元配偶者が居住国から子どもを不法に連れ去ったとされるトラブルが、国際問題化している。米英加などで計百数十件に上っており、「日本は子の拉致を助長する国だ」との過激な批判すらある。

 帰国した日本人の元妻から無理やり子どもを取り返そうとして、米国人の元夫が逮捕される事件も起きた。

 背景にあるのは、国際離婚の際の子どもの扱いについて定めたルールの違いだ。81カ国が加盟する「国際的な子の奪取の民事面に関するハーグ条約」では、子が国外に連れ去られた場合、元の居住国へ戻すことを原則とし、加盟国政府は返還の協力義務を負う。

 主要8カ国で締結していないのは日本とロシアのみで、加盟国と非加盟国の間で多数のトラブルが起きている。

 16日にはルース駐日米国大使ら欧米の大使が法相に加盟を求めるなど、海外からの圧力は高まる一方だ。岡田克也外相は「前向きに検討したい。ただ、世論がどう受け止めるかということもある」と記者会見で語った。

 文化も法も異なる国の間で、離婚後の子の親権や監護権に関する紛争をどう解決するか。ハーグ条約という共通ルールに従うべきだという主張には説得力がある。現状では日本から海外へ子を連れ去られた場合も、自力救済しか手段がない。日本人による国際結婚は着実に増加しており、年間4万件を超えている。条約加盟を避け続けるのは、現実的ではないだろう。

 その一方で、解きほぐさなければならない課題も山積している。

 今、欧米各国との間でトラブルとなっているのは、元妻が日本人というケースが大半だ。元夫による家庭内暴力の被害を訴えて、逃げるように帰国する場合も少なくない。海外で窮地に陥った母とその子をどう救済するのか、という問いかけは重い。

 欧米と日本の法や慣習のギャップもある。米国などでは離婚後に親が子と面会する権利は厳格に定められているが、日本では民法に明記されていない。両親が親権を持つ「共同親権」も日本では認められず、親権決定で母親が優先される傾向がある。裁判所が子の強制的な引き渡しにかかわることも少ない。現状のまま条約に加盟すれば、木に竹を接ぐような事態になる。

 忘れてはならないのは「子の利益」を最も重視するという大原則だ。離婚後も両親とかかわりを続ける権利をどう尊重するか。国際結婚に限らず、なおざりにされてきた問題である。

 国の内外を問わず、両親の離婚に直面した子どもたちの幸せについて、真剣に議論する時が来ている。

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