話題

文字サイズ変更
はてなブックマークに登録
Yahoo!ブックマークに登録
Buzzurlブックマークに登録
livedoor Clipに登録
この記事を印刷

正義のかたち:重い選択・日米の現場から/3 無期囚と文通する被害者長女

 ◇「償い」知り仮釈放願う

 8月末の岡山刑務所。無期懲役囚の井上保幸受刑者(51)に手紙が届いた。

 <一日も早い社会復帰を願わずにいられません。貴方(あなた)しかできない社会貢献をしていただきたい>

 自分が殺害した女性の長女(48)からだった。感謝と戸惑いが、ない交ぜになった。

井上受刑者から父親に届いた手紙を読む被害女性の長女。後方は亡くなった父親の写真=神奈川県内で13日、西本勝撮影
井上受刑者から父親に届いた手紙を読む被害女性の長女。後方は亡くなった父親の写真=神奈川県内で13日、西本勝撮影

 29年前、北九州市で起きた通り魔事件。1審判決は「冷酷な性格が改まるとは思われない」と井上受刑者を非難し、死刑を宣告した。

 <頭の中が真っ白になるというのは、この様なことだと初めて知りました>

 死刑を告げられた時の気持ちを、井上受刑者は記者にあてた手紙でそう表現した。だが、2審で無期懲役に減刑される。シンナーの影響で一時的に心神耗弱だったと認められ、裁判長は「反省の色がうかがえ矯正が不可能とも言い難い」と述べた。「紙一重」で生きながらえた。

 <本当にこれでいいのか、何か複雑な気持ちでした>

     ■

 被害女性の長女が井上受刑者と文通を始めたきっかけは、6年前の父の死だった。遺品の中から井上受刑者が父に出した手紙が見つかった。供養代が入っていた現金書留の中に便せんがあった。<奥様の尊い生命を奪ってしまいました。さぞかし御家族の皆様は憎んでおられると思います>

 謝罪が続いていたことを知り、驚いた。供養代を遠慮すると伝えたが、その後も毎年、書留が届いた。償いの気持ちが伝わり、返事を書くようになった。

 事件の時は19歳。遊びたい盛りで母とは衝突ばかりしていた。だが、年を重ね、母への思いは募る。29歳で長男を出産。そばにいてほしかった。

 3年前、亡くなった母と同じ45歳になり「まだ、いろいろやりたいことがあっただろうな」と実感した。そんな思いを井上受刑者への手紙にしたためると<改めて罪の重さを知りました>と返信が届いた。

 事件直後、井上受刑者の両親が涙ながらに謝罪に訪れ、家の前で土下座したが、伯父が「帰れ」と怒鳴っていた姿を今も覚えている。妹(46)からは「そういう(手紙を出す)気持ちになれない」と戸惑いを口にされたことがある。

 「でも、母が戻ってくるわけじゃないから」と長女は小さく言う。「どん底を味わった人だから……。その経験を生かした何かができると思う。いつまでも憎んでたら前に進めませんもん」。加害者の仮釈放を願う理由をそう説明した。

     ■

 被告の精神状態や更生の可能性をどう見るかによって、死刑か無期刑かの判断が分かれるケースがある。目には見えない被告の「内面」の見極めも求められる刑事裁判。08年に執行された死刑囚15人のうち5人は、1審では無期懲役だった。プロの裁判官ですら、判断は揺れている。【武本光政】=つづく

==============

 裁判員制度についてのご意見や、連載へのご感想をお寄せください。

 〒100-8051(住所不要)毎日新聞社会部「裁判員取材班」係。メールt.shakaibu@mainichi.co.jpまたは、ファクス03・3212・0635。

==============

 ■ことば

 ◇北九州通り魔強盗殺人事件

 北九州市の路上で80年2月、女性3人が刺され、2人が死亡、1人が重傷を負った事件。井上保幸受刑者の弁護側は、シンナー吸引による心神耗弱を主張し、3回の精神鑑定が行われた。1審・福岡地裁小倉支部は83年2月、完全責任能力を認めて死刑を言い渡したが、2審・福岡高裁は86年4月、最初の被害者殺害時の心神耗弱を認め無期懲役に減刑し、確定した。

毎日新聞 2009年10月14日 東京朝刊

検索:

PR情報

話題 アーカイブ一覧

 

おすすめ情報

注目ブランド