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情報産業に明日はあるか 山本一郎 (イレギュラーズアンドパートナーズ代表取締役)

割高に設定され続けた広告コスト

 一方で、ファッション業界など雑誌広告のメインクライアントとなる業者も、90年代からの世界的な好況もあって売上規模を増やしていた。新興国の旺盛な需要の増大もあり、仏伊などを本拠地とするアパレルメーカーは特に利益水準を伸ばしていったが、その売上規模の増大があったものの雑誌やカタログへの広告出稿の割合を減らし続けた。世界的な需要は引き続き伸張し、今後も引き続き利益率の高い市場にアクセスできる状況があったにもかかわらず、計画的に出版業界への依存度を弱めていったのである。

 そういう景気の良い状況で広告予算も増やしているファッション業界が出版業界に広告を支払わなくなってきた主な理由は、顧客からの直接の反応が得られず、また印刷し書店に本や雑誌、カタログを並べるためのリードタイムが長くなりすぎていた点にあった。モード(トレンドを作る際のコンセプトとなるソフト的なもの)を決定してから市場に投入するまで、短くても7カ月はかかる。

 つまり、春物の流行を見極めるには、その前の年の秋物が消費者を虜にしている季節よりも前から、コンセプトワークや商品デザイン、顧客への訴求方法まで吟味を始める必要がある。しかし、往々にして著名ブランドでも、モードの読みを外すことがあり、色地や柄といった基本的なコンセプトは変えないまでも、売り方や見せ方は「間違った」と気づいた時点で少しずつ修正をかける必要に迫られる。

 この「最終の直線でのハンドル捌き」を考えた場合、雑誌に依存した広告宣伝で喰ってしまう2カ月ほどの編集期間というのはいかにも長い。試行錯誤の結果、クライアントはよりタイムリーで、顧客からの反応がダイレクトに得られる媒体として、ショッピングカード(既存顧客向けのダイレクトメール類)やネットを雑誌と併用した。やがて少しずつネットを利用した広告宣伝に各社シフトしていき、最終的に出版社の売上を喰い始めたのである。

 02年も終わろうかというころ、大幅な広告売上の減少に気づいた上述の欧州系出版社は、顧客の紙媒体離れを食い止めるために各種の調査を実施して、報告書を作成している。その中で謳われているのは、雑誌やカタログの販売部数の割に、割高に設定され続けた出版業界の広告のコスト高である。

 確かに、ネットで情報を公開し、ユーザーがネット環境を勝手に利用して閲覧してくれるウェブやメールでの広告宣伝のコストと、紙に印刷し、書店や契約した個人に配送する紙媒体のコストとを比較した場合、当然ながら顧客の反応ひとつ当たりのコストという点では高くなってしまう。その一方で、編集にかかる期間が2カ月から3カ月、月2回刊の媒体ではさらに長い4カ月という販売までのリードタイムの期間は「産業構造上、避けられない事情」として、問題解決が後回しにされた。

 出版社が契約していた経営コンサルタント会社は、広告を出稿していた企業各社の広告宣伝担当のマネージャーらに徹底的なヒアリングを行った。実際に業界に関わる800人以上の人物に接触し、広告宣伝における狙いや問題点を洗い出すことから始めている。

 その結果、従来は出版業界に求めていた広告出稿のあり方自体が変容していることが分かった。従来は、幅広く読者を抱え多くの部数を叩き出している出版社に対して、自社のブランドや商品を知ってもらい、そのイメージやフィットする感覚を読者に掴んでもらう広告活動が中心であった。したがって、具体的な品物を横断的に掲載してもらいながら、優れたブランド価値を持っている商品を提供しているという、包括的だがぼんやりとした広告を掲載することで出稿社も是としていたのである。

イメージ広告の浸透が売上に結びつかない

 余談だが、こんにちのテレビ業界が大手の広告クライアントを失いつつある理由と似通った事実として、マス媒体に対する広告出稿は大衆品を大量に販売する時代には最適であったが、媒体を通じたブランドイメージの浸透は、必ずしも売上に直結しない。その点に広告クライアントが気づいたのは、ここ数年のことである。告知の代替手段としてのネットがクローズアップされたのは04年以降のことだが、実際にはネットが普及するもっと前から、テレビコマーシャルや包括的な雑誌、ラジオなどでの広告宣伝が売上の増加を保証しないことに気づき始めていたのである。

 ネット時代となり、消費者が多くの情報を摂取しながら吟味することが可能な消費行動へとシフトし始めると、イメージ広告そのものの浸透が、必ずしも店舗への集客や実際の売上に結びつかないことがより明確に分かってきた。というのは、欧州に限らず先進各国では次々と新しいブランドやコンセプトの商品を提案する新規企業が存在するが、これらの企業は割高な出版業界への出稿を早々に諦め、ネットを使った広告宣伝に特化することで既存有力ブランドの一角を喰って高利益率を叩き出していたからである。

 また、不調なアパレル業者各社は広告宣伝費を見直す中で、雑誌広告を取りやめても自社製品の売上に直接影響しないことが、経験則で分かってきてしまった。いままでは業界内での知名度を確保するなどの名目で、お布施のように雑誌媒体に広告を出していた企業が、徐々に広告を掲載する媒体ごとの広告効果をしっかり測定しようという動きに直結していったのである。

 これら広告出稿社側の広告費用対効果への危機感は、ブランドイメージの確立を目的に宣伝活動をしているだけでは駄目だ、という広告宣伝担当マネージャーらの考え方へと変容していった。各社同様の意思決定をした結果、自然と出版業界への広告出稿の恒常的な減少という形で表面化したわけである。

 具体的に特定の企業やマネージャーが、出版での広告宣伝活動を全面的に取りやめようと何らかのリーダーシップを取って広告費を削減したわけではなかった。実際には、1号当たりカラー8ページの商品広告を投下していたクライアントは、数年をかけて訴求すべき商品に広告掲載を絞り込みながら、4ページの出稿へと比率を落とした。各社だいたい似たような行動を取った結果が、雑誌を刊行している出版社の広告売上の減少という事象になったと見られる。

 そして、より良い広告効果の測定を、店舗への来客や商品への認知度、実際の購買動機などのデータに基づいて行い、最適な広告媒体への出稿を考えた結果、出版事業への広告費用の投下は費用対効果が薄いとして、各社ほぼ同時に雑誌やカタログへの出稿を減らしたことになる。

 この時点では、必ずしも主要クライアントから出版業界全体へのNOが突きつけられていたわけではなかった。出版各社も状況に気づき、雑誌への広告掲載やカタログの制作だけではなく、優れたウェブデザインを施したメディアクロス的な広告戦略の提案が行われた。改めて広告出稿元のニーズに基づいた広告枠の設定や営業提案が功を奏して一時的に売上が回復した媒体もあり、上述の欧州系出版社では、実際にサブブランドにおいて11社25ブランドを超える新規受注を確保し、売上も回復に向かったかに思われた。

雑誌記事とウェブサイトの連動を放棄

 その後、さらに悲観すべき大きな異変は2度発生する。一度は05年秋ごろ、もう一度は08年秋ごろである。世界的に出版業界は第3四半期に大きな受注をするが、秋物からクリスマス商戦にかけて、各社は併用していた紙媒体とウェブ媒体のメディアクロスを諦め、より効率的に告知できイメージどおりにすぐさま内容を改変できるウェブでの商品告知とブランドビルディングを構想し始めた。

 理由は2つある。ひとつは、雑誌記事との連動を前提に組成されたウェブサイトは、その素材から加工、投入まで、雑誌の発売の時期にあわせてウェブの更新スケジュールが組まれるために更新が遅れ、メディアクロス的な活動を行うころにはウェブ単体での情報発信に比べて情報自体が陳腐化してしまっていること。

 もうひとつは、ウェブ自体の問題でもあるが、良質なウェブサイトを作り展開することだけを考えた場合、雑誌広告に掲載する単価よりも遥かに安い金額で制作でき、展開できることにあった。雑誌記事の補助に位置づけられたデジタル関連広告は、納期や費用の面で雑誌編集の常識の範囲内で位置づけられ、デジタルが本来持つ柔軟性や即納性、価格面での比較的な安さというメリットを減殺してしまっていたのである。

 一般的に、ウェブで顧客への情報提供を行う場合、商品認知1人当たりの金額は3500円から高くても4000円程度がターゲットコストになるのに比べて、雑誌記事への広告出稿は倍以上の1万円を超える。新しいサブブランドの立ち上げに伴って、雑誌社などと特集記事などでのタイアップを行う場合では、さらに倍以上のコストがかかる割に、誰が読んでいるか分からないという状況も問題視された。

 つまり、読者に自社のサービスやブランドを知ってもらうためのコストは、ウェブのほうが圧倒的に安く、その構築自体もタイムリーで安価であるため、割高で情報提供までのリードタイムの長い雑誌広告に比べて優れている、という結論が容易に導き出せたのである。当時はウェブに広告予算を付けることに慎重だった企業も、効果が判明するや、雑誌から一気に予算を削ることをためらわなくなった。

 いまでこそ、ウェブでの広告は読者属性を限定して提供できる可能性が高まるなどの知識が常識になっているが、当初まだそこまでウェブでの広告宣伝の浸透度や費用対効果が雑誌などより高いことは知られておらず、ウェブでの成功例がある程度見え始めると、雪崩を打つように広告主が広告宣伝費をウェブへとシフトする計画を立て始めたのである。

出版不況は「活字離れ」が原因ではない

 世界的なウェブへの広告移行が潮流となり始め、雑誌への広告出稿よりもかなり安価に広告宣伝が完結するウェブ専業の広告サービスを行うポータルサイトが猛威を振るい始めると、メインの商流である紙媒体への広告出稿に対して補助的にネットを利用するメニューで顧客を維持してきた出版社は、広告の販売面で大苦戦をし始める。上述した欧州系出版社では、02年第3四半期にはグローバルで840億円の広告売上があったが、05年第3四半期には490億円、08年第3四半期には278億円の売上にまで低迷してしまった。07年には、一時的ながらグループ全社は最終赤字に転落したものと見られる。

 世界各地での発行媒体では、広告が埋まらないのでカタログは薄くなり、薄くなったカタログは読者離れを起こすという悪循環にはまり、最終的にファッション誌そのものの刊行ペースを落として中身を充実させるという方針も追いつかず、売上が減った雑誌や地域誌は廃刊に追い込まれた。

 出版を取り巻く環境は、実際に書籍や雑誌を提供する出版社の問題に限らない。これを支える流通、書店といった商流全体の細り加減にも影響をしている。読者が雑誌を買わなくなったという世間一般の情報リテラシーの問題もあるが、いわゆる「活字離れ」を現代社会が起こしているのかというとそれほどでもない。むしろ、活字による情報摂取のバイト数は引き上げられているのではないか、という分析もある。

 というのは、ネットやケータイで摂取する情報はかなりの割合で活字そのものであり、動画やイメージ情報の流通という点では全利用時間の1割にも満たないからである。将来的にネットでの動画が当たり前になり、コストが下がってネットでの動画視聴依存が高まる可能性はあるが、動画サイトが流行した07年以降、劇的に動画利用層が増えているかというと、せいぜい漸増ぐらいの状況で、いまなおネットユーザーが情報を摂取する際に利用しているのは活字である。

 ただ、情報の流通を支えるその活字が紙に印刷されず、ネット上で展開されるようになった。つまり、媒体が変わった。このとき、紙に活字を印刷し流通を通して販売し読者に届けてきた出版社や新聞社は、ネット上の活字の流通コストの安さと真正面から競争することになり、紙媒体で文章を作っていた機能、すなわち高い給料の記者や輪転機といった設備産業的な部分は収益性の観点から負担になる。ここに、ネットに広告宣伝を喰われている媒体の代名詞として、テレビ局、新聞社などのメディアコングロマリットの経営が苦境に陥る根本的な事情がある。

 ウェブ時代のマーケティングはノウハウ的にも大きな変容が見られるが、純粋に投資環境から見ると、従来のメディアがネットに適応できず、赤字を出し続けている理由も容易に想像できよう。

非常に面妖な業界

 我が国の出版業界においても、よりカジュアルで安価な刊行物が書店のメインの売れ筋となり、従来出版業界が培ってきたビジネスの根幹を揺るがしている。もちろん、旧態依然とした取次制度など出版業界にはそもそも不利な商慣行がたくさん残っているが、それらをすべて差し措いたとしても、年間にベストセラーを何冊も生み出したとしても回収できないほどの年間赤字額を叩き出している出版社すら存在する。

 ある老舗出版社では、社全体で08年に52億円の最終赤字に陥った。個々のビジネスや媒体で見ると黒字で回っている部門も存在するが、抱えている人員や給料を各々半分にして固定費を4分の1に圧縮してもなお赤字である。これはかなり厳しいが、そういう厳しい数字を露呈している企業は日本にはまだたくさん残っている。リストラ目標が達成されても赤字の予測が立つ企業が存続できるはずがないのだが、非上場企業の多い出版業界において、苦境に陥った企業や部門があったとしても、なぜかどこからか資金が湧いて出る仕組みがあるようなのだ。

 創業家が土地を担保に金融機関から金を借りて企業に貸し付けているから存続しているのだとか、長年取引している某大手印刷会社が営業債権という形で支払いを猶予し続けているので事実上印刷会社の軍門に降っていて倒産せずにすんでいるのだとか、雲を掴むような話がまことしやかに流れてくる。

 出版業界では、事実かどうか判然としない困った事情がたくさんあるように思われる。というより、財務の点から言えばとっくに倒産している会社が、日本の出版業界にはゴロゴロしている。正直どうやって存続しているのか、金融業界が外部から数字を眺めたところで、どのようにして経営が行われているのかすらまったく理解できない。

 日本国内の出版事情は、製造業のオーバーストア現象と同様に、総需要が少なくなっているのに出版社自体の数が多すぎ、老舗ほど有利な取引条件で商売を回せているにもかかわらず、利益水準に比べて従業員の給料が高すぎるという共通の弊害を各社持ち合わせている。新書が売れるとなったら多数参入し棚を食い荒らし、ライトノベルが好調と知るとレーベルが乱立して、数少ないまともな作家の前に編集者が行列するといった趣である。

 単純な情報を掲載するだけの雑誌や書籍は文字どおりネットに顧客を奪われ、むしろ紙に印刷するだけ無駄であるにもかかわらず、業界の慣行で本を書店に送り込まないと経営が成り立たないので、いまなおおびただしい数の書籍や雑誌が毎日新規刊行されている。

 本来ならば、経済原理が働いて経営が不良となった出版社が続々倒れて業界の再編でも起きるのが筋であるが、前述したようによく分からない事情で赤字の出版社に対して不思議な経営支援が行われている形跡があり、結果としてみな苦しいまま、どこも大手が潰れない。擦り切れるようにして潰れる書店や取次や出版社がまれに出るが、そのたびに業界全体の危機が叫ばれるものの、抜本的な改善がどこか大手のお膳立てで進むような話も聞こえてこない。

 非常に面妖な業界であるが、同様に、業界的な病理からなかなか抜け出せず、泥沼の赤字に引き込まれそうな業界として、新聞業界が挙げられる。新聞という媒体は世界的に厳しい状況に追い込まれているが、ここ数年の新聞社の経営再建に関しての悪戦苦闘は、財務面から見ると実に驚くべきものである。

山本一郎(やまもと いちろう) イレギュラーズアンドパートナーズ代表取締役

1973年、東京生まれ。1996年、慶應義塾大学法学部政治学科卒。2000年、IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作を行うイレギュラーズアンドパートナーズ株式会社を設立。ベンチャービジネスの設立や技術系企業の財務・資金調達など技術動向と金融市場に精通。2007年より、総予算100億円超のプロジェクトでの資金調達や法人向け増資対応を専門とするホワイトヒルズLLCを設立、外資系ファンドの対日投資アドバイザーなどを兼務。著書に『情報革命バブルの崩壊』『「俺様国家」中国の大経済』(以上、文春新書)、『けなす技術』『投資情報のカラクリ』(以上、ソフトバンク クリエイティブ)など多数。

山本一郎(やまもと いちろう) イレギュラーズアンドパートナーズ代表取締役

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