家計を36万円痛める「CO2削減」:北村 慶(大手グローバル金融機関勤務)(1)

Voice2009年10月18日(日)18:00

「経済よりも環境」は世界で稀

 政権を獲得した民主党の地球温暖化問題に対する政策について、マニフェストをベースに考えてみたい。

 今年12月に予定されているコペンハーゲンでのCOP15(国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議)では、温室効果ガス削減の中期目標が議論される。

 それに先立ち、政府の中期目標検討委員会が2008年夏から、温室効果ガス削減のために生じる経済的負担を客観的に分析し、本年4月に2005年比4%減から30%減までの6つの選択肢を公表した。

 自公政権は6案のうち、「支援的な政策のみ(強制的な規制の導入なし)で最大限の削減を行ない、2005年比14%削減を実現」という選択肢を採用した。これに、麻生前首相による“政治決断”として太陽光発電の拡大政策をとることによる上乗せ分1%を加えた15%削減(1990年比では約8%削減)を日本の中期目標とすると公表した。

 これに対して民主党は、自民党等が非現実的だとして採用しなかった「2005年比30%削減(1990年比25%削減)」を中期目標とすることをマニフェストに掲げ、総選挙に臨んだ。

 併せて民主党のマニフェストには、「キャップ&トレード方式による国内排出量取引市場の創設」「地球温暖化対策税の導入検討」(以上、マニフェスト42番)、「再生可能エネルギーの固定価格買取制度の早期導入」「住宅用太陽光パネル・環境対応車・省エネ家電購入への助成」(以上、43番)が盛り込まれた。

 温室効果ガス削減の議論のポイントは、経済と環境のトレードオフをどう捉えるかという点にある。この点をめぐっては、「経済現実派」と「環境重視派」との2つの見方が存在する。

 経済現実派は、日本経団連などの産業界や経済産業省がその代表である。彼らは、二度のオイルショックを経て日本の省エネは世界で最も進んでおり、生活水準を低下させなければ大きな削減はできないと考えている。また、エネルギー効率の劣る東欧を吸収したEUや資源の大量消費を続けてきた米国と同じ土俵で高い削減目標を掲げることは、日本だけが経済競争上不利になると主張している。

 一方、環境重視派は、環境NGOや環境省がその代表で、高い削減目標を掲げることで新たなイノベーションが起こり経済的にもプラスであるとする。また、これにより、環境外交の場でリーダーシップをとることができ、中国やインドなど温室効果ガスを大量に排出している新興国からも、削減のコミットメントを取り付けることができると主張している。

 中期削減目標に関していえば、経済現実派は、2005年比4%減の選択肢(1)を主張し、環境重視派は2005年比20%減の選択肢(5)や30%減の選択肢(6)を主張してきた。

 こうしたなか、自民党・公明党連立政権は両派の中間の立場をとり、15%の削減を国の方針とした経緯がある。

 一方、民主党は選択肢(6)の2005年比30%減をマニフェストに採用した。党内に一定数存在するリベラル派の主張が党是として採用されたわけだ。

 新政権の下で、日本は世界でも稀な「経済よりも環境」という立場で政策運営が行なわれていくことになる。

GDPは6%下がる

 民主党政権の温暖化防止政策に対する危惧・疑問点は、以下の3点に集約されよう。1つ目の、そして最大の危惧は、国民の負担や経済に対する悪影響が大きすぎるのではないか、という点である。

 政府の中期目標検討委員会が公表した資料では、自民党政権の選んだ15%削減に近い14%削減の選択肢(3)の経済影響について、「2020年までの累積で実質GDPが0.5〜0.6%押し下げられ、失業者が11万〜19万人増加(失業率が0.2〜0.3%上昇)し、2020年の一世帯当たりの可処分所得が4万〜15万円押し下げられ、光熱費負担が一世帯当たり年2万〜3万円(13〜20%)増加する」と推計されている。可処分所得の減少と光熱費負担の増加で、家計の負担は年間7万7000円(推計の中央値)増加すると試算されている。

 これに対し、民主党の削減目標案30%(選択肢(6))では、「実質GDP(累積)が3.2〜6.0%下がり、失業者が77万〜120万人(失業率1.3〜1.9%)増加し、世帯の可処分所得が22万〜77万円(4.5〜15.9%)押し下げられ、世帯の光熱費負担増が年11万〜14万円(66〜81%)になる」と試算されている。家計の負担は、推計の平均値で、じつに年間36万円――月3万円――も増加する。

 これは、温室効果ガス削減を自助努力のみで実現するためには、家庭や企業のほぼすべての機器等を強制的に最先端のものに入れ替える必要があるためである。

 民主党は、こうした自助努力による削減――いわゆる真水――だけでなく、削減の一部を海外からの排出権購入で賄うことを想定しているため、家計の負担はこれよりも少なくなる、と主張している。

 しかし、排出権購入に伴う歳出が増加するため、国民負担の総額は変わらない。さらに、日本政府が排出権の大口の買い手となることが世界に知れ渡れば、投資銀行やヘッジファンド等から高値で購入せざるをえなくなる可能性もある。

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 2009年11月号のポイント
“これから半年、鳩山政権下で日本経済はどうなるか”特集[景気回復できるか鳩山政権]では、さまざまな角度から検証してみた。
財部氏はじめエコノミスト7人は一様に、マニフェストの経済政策を「景気を冷やす危険がある」と警告。経済同友会の桜井氏は“企業活動の自由度をもっと上げよ”と苦言を呈す。堺屋太一氏は“民主党がマニフェストを棄て豹変すれば、明治維新に匹敵する大変革を実現できる”とエールを送っている。その他、注目論文満載。

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