10年度予算概算要求締め切り日の15日夕、厚生労働省10階大臣室にいた長妻昭厚労相に、平野博文官房長官から電話が入った。
「マニフェスト(政権公約)工程表の重要3項目以外は入れないでほしい。これは内閣の方針です」
長妻氏は「子ども手当」「年金記録問題への対応」「雇用保険拡充」の重要3項目をはじめ、「診療報酬増額」「肝炎対策」など大半がマニフェストに明記された14項目を求める腹だった。それが平野氏から3項目以外は拒否され、残る11項目は金額を示せない「事項要求」にとどまり、予算化の有無は年末に先送りされた。
衆院選で「国民の生活が第一」を掲げた民主党は、公約に社会保障政策をズラリ並べた。しかしいざ政権を握ると、財政上の制約から「あれもこれも」は難しく、優先順位をつける必要が生じつつある。「7割は長妻の所管。あいつはマニフェストを一人で抱え込んだ」。長妻氏に近い同僚議員は同情する。
年金記録問題の追及に加え、「居酒屋タクシー」など官僚の無駄遣いを暴いてきた長妻氏だが、最初にぶち当たった壁はマニフェストの政策経費をひねり出すための09年度補正予算の削減だった。「無駄ゼロ」を唱えた長妻氏も、足元の「査定」は勝手が違った。
13日昼。仙谷由人行政刷新担当相は長妻氏を呼び、ものすごいけんまくで迫った。「子育て応援特別手当は公明党が始めたものだ。切らないとだめだろっ」
同手当は1254億円を投入し、3~5歳の幼児に1回限り3万6000円を支給する制度だ。麻生政権で公明党が主導し、12月に始まる運びだった。既に受け付けを始めた市町村もあり、混乱を懸念した長妻氏は支給停止に難色を示した。
それでも翌14日には停止を受け入れ、「国民、自治体におわび申し上げる」と会見で陳謝した。長妻氏が折れたのは、内閣を挙げてマニフェストを実現する財源探しに奔走し、その多くは厚労省関連だったからこそだ。
それが概算要求は3項目に絞られ、残る11項目、1兆円超は事項要求となって宙に浮いた。藤井裕久財務相は16日の会見で、「断固査定する。ほとんど実現できないだろう」と語った。だが、11項目には、復活が決まっていたはずの「生活保護の母子加算」も含まれる。16日朝の閣僚懇談会で、長妻氏は「事項要求分も含め、予算の配慮を」と訴えた。その後、周辺に「母子加算復活は政府のメンツがかかる」と漏らした。
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「ミスター年金」長妻氏が厚労相に就任し1カ月。国民の期待を背に入閣した長妻氏の動静を追った。
毎日新聞 2009年10月18日 東京朝刊