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20歳の囲碁名人が誕生した。井山裕太さん。林海峰さんの23歳の最年少記録を44年ぶりに塗り替えた。
初めて挑んだ昨年は、第一人者の張栩(ちょう・う)名人にあと一歩及ばなかった。そのくやしさをばねに、今年は挑戦者決定リーグを8戦全勝で突破し、七番勝負では4勝1敗と圧倒した。
いまの囲碁界は、30歳前後の実力者がリードしている。名人位は失ったが、まだタイトル四冠を持つ張栩十段(29)、山下敬吾棋聖(31)、羽根直樹本因坊(33)らだ。そこへ平成生まれの若者が切り込んだ。棋戦はさらに活気づくだろう。
囲碁は古代に大陸から伝わったとされる。「源氏物語」にも登場するし、戦国武将も盛んに打った。江戸時代には幕府に保護され大きく発展した。
近代以降は他国に先駆けてプロ組織の整備が進んだ。日本は長く、囲碁が最も盛んで最も強いと自負してきた。
だが、20年ほど前から韓国、中国に猛追され、いまでは立場が逆転した。
様々な理由が指摘されている。
大がかりな国内棋戦が日本ほど多くない中韓では、若い棋士に国外を目指す気持ちが強い。一方、日本では、充実している国内の棋戦が重視されがちだという。中韓の若手は集団で序盤の打ち方を徹底的に研究し、効率的な戦法を身につけて強さにつなげているようだ。
日中韓などのトップ棋士が競う国際大会は年に5回ほど開かれる。そこで活躍する新名人の姿を見たいというのがファンの期待だろう。本人も「世界で戦う」という目標を掲げている。
だが、東アジアの国々はただライバルというだけではない。
日本棋院の九段77人のうち10人以上は海外生まれ。ほとんどが台湾、韓国、中国出身で、少年時代に来日し、修業した。いまはそれぞれの国・地域で育つ棋士が増えたが、日本の若手との交流は盛んだ。ともに腕を磨き合う関係には変わりがない。
アマチュアも含めれば囲碁は、欧州、中南米など約70の国・地域で親しまれている。日本で学んだ指導者もいるし、海外で普及に努める日本人棋士も少なくない。インターネットで国境を越えて対局する人も増えている。
「名人」という呼び名は、織田信長が囲碁の上手な僧侶をたたえたことから始まった、という説もある。時代時代で制度は変化したが、第一人者を敬意を込めてそう呼ぶ歴史は数百年に及ぶ。「その名に恥じないように」と語る新名人にも、歴史を受け取り、次代に受け渡す責任感がにじむ。
黒白の石だけで、盤上に無限の可能性を描き出すのが囲碁の魅力だ。それは世界に広がり、時を超えて受け継がれる。若き名人の誕生を機に、改めて囲碁文化の豊かさを見直したい。
こんなに市場と投資家、監督当局をあなどったやり口は珍しいだろう。証券取引等監視委員会は、仏大手証券BNPパリバの東京支店に金融商品取引法違反で行政処分などを下すよう、金融庁に勧告した。
不正は2件ある。第1は昨年11月、東京証券取引所の取引終了間際、ソフトバンク株に大量の買い注文を出して取引を成立させなかった作為的相場形成の疑いだ。
パリバは同株にまつわる複数の金融派生商品(デリバティブ)契約を結んでいたが、この日の相場の終値が決まれば、大量の現物株を買い付けてデリバティブ契約を終わらせる必要があった。そこで、大量の買い注文を高値で出し、「買い気配」のまま値がつかなくなるよう工作したとされる。
動機はデリバティブ解消に伴う様々な負担の回避にあり、貪欲(どんよく)に利益を狙ったわけではないという。しかし、市場への投資家の信頼を踏みにじる行為であることは間違いない。同支店は02年にも終値の操作で業務停止命令を受けている。内部管理体制は一体どうなっているのか。
東証では、いろんな銘柄の終値が異常に乱高下する現象が頻繁に起き、かねて問題視されてきた。パリバは氷山の一角だろう。監視委や東証には厳重な監視を求めたい。
不正の第2は、昨夏に破綻(はたん)した不動産会社アーバンコーポレイションが発行した転換社債(CB)をパリバが引き受けた際、秘密の裏契約をしていた問題に由来する。
この契約でアーバンは調達したはずの300億円をパリバに渡し、パリバはCBを株式に転換して市場で売った金額の9割をアーバンに渡すことになっていたという。差額の1割がパリバに入る。アーバンは結局、必要な金額を調達できず、経営破綻した。
この件で、パリバは昨年11月に金融庁から業務改善命令を受けたが、その際にパリバが提出した報告書に事実と異なる記載がいくつもあった。売買審査など管理体制も報告書とは裏腹に、ずさんなものだった。
だが、意図的に事実を隠した「虚偽報告」だったのかどうかまでは、わかっていない。監視委は、パリバが業務改善命令に違反した点を重視しているが、このアーバン事件の全体をみれば、市場と投資家を裏切った不正という印象はぬぐえない。
勧告を受けた金融庁は、厳正な処分を下すべきである。
不正の背景には、目先の成果を重視する報酬体系の問題もあるという。金融危機後、主要国間で報酬規制が議論されているのは当然だ。
中長期的な業績に連動させるように改めるなど、常識にかなった報酬体系に手直しすることも必要だろう。