「Barred Birthday」 episode.1 「Barred Birthday」 episode.2 「Barred Birthday」 episode.3 ◇ラッキードッグ1 ジャンカルロ誕生日ショートストーリー 「Barred Birthday」 episode.3 監修:Tennenouji そして10日がやってきた。時計の針が0時をさすと同時に―― 「おめでとうございます! われらがカポ!! あたらしき組織のカポ!!」 「ドン・ジャンカルロ!! カポ・デル・モンテ!! 新しい時代!!」 歯が浮いてそのまま入れ歯になっちまいそうな、役員たちのお世辞、そしてこのわざとらしい拍手! ……これが、俺の誕生日を告げた。ワーオ。 デイバンホテルのフロアを借り切って行われているそのパーティーは、禁酒法の終焉とダブっているせいか、これでもかとシャンパンのグラスとボトル、カクテルのボウルが並ぶバッカスの宮殿――酔っぱらいのエルサレム、そしてげろと二日酔いの生まれいずる地エデンの園な有様だった。 そこに、ペンギンみたいな礼服の役員と重役、そしてわざわざNYや州外からもやってきたお偉いさんたちが集まって、マジで写真に見た南極のペンギンの群れみたいだった。 「こんな目出度く素晴らしい日はありませんな。二代目。よいカポぶりですぞ」 「これでデイバンも安泰、デル・サルト顧問もこれで心置きなく隠居を――」 「いやいやいや。良い時には良いことを続けませんとな。我らの高貴な血を後生に伝え、更なる発展の礎をつくるのもカポのつとめですぞ、デル・モンテ殿」 ――ア、ソウ。 俺はにこやかな顔で無言のままうなずき、ほとんど口をつけていないシャンパンのグラスを掲げる。おお、拍手、また拍手。割れるような満場の拍手!!……いつからCR:5は共産党の集会場になったんだろうね。 その会場の上席のすみっこで、カヴァッリ顧問が苦そうに空気を吸っている。……結局、なんの手も打てないままこの日を迎えてしまい――俺が縁談を全部蹴っ飛ばして、またしても役員たちの不評を買ってしまうのを覚悟している顔だった。 ちなみにアレッサンドロ親父は、NY連合のお偉方と別の場所で会談中とのこと。俺の誕生日に先代が居ないのは、また文句を言うヤツがいそうだったが――連合の口うるさい爺さんたちを引き受けてくれたオヤジ、愛してる。最高の誕生日プレゼントだ。 そろそろ1時……ごめん、爺様――さて。そろそろだ……。 このあと、どこかのお節介がわざわざNYの大聖堂くんだりから呼んだ司教サマがやってきて、ありがたい祝福と説話を俺に下さるらしい。それがすんだら……お待ちかねタイム。別の部屋に移動して、俺と役員のお偉方だけで、オメデタイお話し、と……。 俺は、細いシガーをつまみ、すかさずどこかの兵隊が火をつけてくれたそれを吸う。 ……見たことのない兵隊。たぶん、新しい幹部への推薦待ちをしている若い衆のひとりだろうな……でも、ごめんよ。今夜はもう、そういう話は出来ないと思うヨ。 「そういえば……幹部会の諸君が見あたりませんが――」 「アア。あいつ……彼らなら、心配ない。俺と、デイバンへのプレゼントを用意してくれてンのさ。もうすぐ戻る、予定」 何だか勝ったような笑みを浮かべている役員の背後から……。 「失礼。二代目――カポ・デル・モンテ」 ペンギンの親玉みたいな、火をつけたら一ヶ月くらい燃えていそうなくらい太った老人が俺の前に進み出た。……ボンドーネのジジイが行方不明になってからこっち、役員会の仕切りをカヴァッリ顧問と争っているとかいう役員の重役、ガルデルリ氏だ。 「――やあ。今夜はありがとう。多忙な中、俺の……」 俺がもう100回くらい繰り返した言葉を、にやにや顔で聞き流した老人は、 「司教様がそろそろお見えになりますぞ。そのあとですが……ご予定はありませんな?」 予定があるっていったらどんな顔するだろう、このグリース缶じじい。 「失礼。カポ、デル・モンテ。斯様な場ですが……これ、おまえも挨拶をせんか」 その肥満ペンギンがそっと声を厳しくすると、その背後から――真っ白なバラのつぼみをひっくり返したような、小さなドレス姿が進み出て俺にお辞儀した。 ……あー。ガルデルリんとこの、孫娘かなんかか。抜け駆け、ごくろーさん。 ……あー。なんか、おびえちゃってるし。この子。……まだ子供じゃん。 ……無理もないか。会ったこともない野郎、マフィアのボスにいきなり会わされて、しかもちょっと前は野良犬とか悪態つかれてた俺なんかに引き合わされて、下手したら俺に食われて公認レイプだもんね。そりゃ怖いよね。 俺は、その小さなレディににっこり笑ってやり――そして、その目で会場をぐるり見回す。……あー、いるいる。なんか場違いなお嬢さんたちが。 家族や、奥方を連れてくるのといっしょに……ラッキードッグに掛け合わせたい娘さんたちを連れてきている外道が、けっこういるなぁ……。 ――俺を見て、ぎこちなく笑っている子。なんかやる気まんまんで、妖艶な笑み、ってやつを浮かべようと頑張ってる子。人生終わったって感じでうつろな目の子。 ……オトコもつらいけど、女の子もつらいよなあ。 ……やっぱ俺、女の子泣かすのだけは、どーしても苦手だわ…………。 ……なんだーろな、なんか、昔っからそうだな、俺。エロイことは好きだったくせに。 その時だった―― 「……勝負」 ――ざわ、と会場の片隅が揺れた。そこに扉の開く音、そして……空気が、サアッと割れる音が俺の耳に届いた。 「――失礼。遅参、申し訳ありません。少し道が混んでいまして」 踵まで埋まる絨毯の上を大またに進んでくるその姿は……いまだに、俺よりもよっぽどル・オモ(大物)に見える伊達男、ルキーノの見参だった。 ルキーノは背後に、同じようにピシッと決めた伊達男の部下二人と、そして……お仕着せを着て何かのカートを押す、街の職人風の男たちを引き連れていた。 「やあ。誕生日おめでとう、我らがカポ、ジャンカルロ・ブルボン・デルモンテ」 「よう。今日は来てくれないのかと思って半泣きだったんだぜ?」 「ワンワン鳴く猫がいるか? ……すまん、用意に少し手間取ったが――注文通りだぜ」 「エクセレンテ。さあて、そろそろ……」 そこに、再び会場がざわめきに揺れた。 「……すみません、ジャンさ……――カポ、デル・モンテ。遅くなりました」 ……おお、いつ見てもすげえな、あいつ。周りにいたレディやちびっ子が、きょとんとした顔で、礼服で正装した美形の王子サマが実在して現れたのに見とれていた。 「よう、ジュリオ。待ってたぜ。……準備おっけー?」 「はい。言われたとおり、ここに――」 ジュリオも、背後に部下を引き連れていた。黒服の私兵たちが、手に手に、大きなバスケットを提げてぞろぞろと会場に入ってくる。中身はキラキラのキャンディーの山。 「オツカレちゃん。あとは……オ、あいつが先だったか」 今度は、会場は揺れなかった。そいつは、最初からそこにいたようなツラと雰囲気で――このパーティ会場の中では、異様に目立つフード付きコートを着た男が……。 「お待たせしました〜。では、お配りしてもよろしいですか?」 「おう。ぱぱっと配っちゃって」 その男は、色眼鏡の奥の目でニヤッと笑い……そいつ、掃除屋ラグトリフは、突然現れたその異形にあっけにとられている役員たちに、一枚一枚、何かのカードを配ってゆく。 「な、な……!? こ、こいつは掃除……!! カポ、これはいったい!? なぜ、このような席に、こんな汚らわしい……!!」 ラグトリフの「仕事」を知っているらしい役員が声を荒げたが……彼から、微笑みといっしょにカードを手渡されて、その罵声もフッと消えた。 「ああ、気にしないでくれたまえー。まあ、余興ってことでひとつ。それに、カレもうちの大事なメンバーだ。汚い、とかいう文句は……今後は、俺に言ってくれ」 シン、として……そして、さっきまでとは別のざわめきに会場は包まれた。 役員のペンギンたちは、俺を、そして遅れてやってきた幹部を、そして掃除屋を見……。そして、自分たちに配られたカードの意味に、ようやく気がついた。 「……こ、これは――ビンゴ・ゲームの? カポ、デル・モンテ、これはいったい!?」 額に青筋まで立てて、あのガルデルリ氏が俺に詰め寄ってきた。わかりやすいネ。 「言っただろう、余興さ。今日は、俺の誕生日だ。いっしょに楽しもうぜ、なあ?」 俺に肩を叩かれ、ガルデルリはギョッとして後ずさった。……さっきまで居たあの小さなレディは、もう今は汚いものからかばうような手で、その背後に隠されていた。 「た、楽しむ、と……まさか、このような場で下品なゲーム、など!?」 「すまないな。下品なのが大好きでさ――『あんたらの』二代目カポは、な」 俺が指を鳴らすと――掃除屋が、テーブルの上にドン!と、ビンゴボールの詰まったドラムを置いた。 「く、く……! 司教様もお見えになる場所で、なにを考えて……!?」 「聖書に書いてあったけ? 汝、ビンゴすることなかれ、ってさ」 ガルデルリ氏は、卒中起こしたみたいになって後ずさると……やっぱりペンギンの群れみたいな役員たちの輪に駆け寄って、何事かを話し始めた。 さあて、お次は―― 「……おう、すまねえ!! 思いっきり遅くなっちまった! クソ、飛ばしたんだがな!」 「待ってたぜえ、イヴァン。……おう、みんな、こっちこっち〜。カムヒア」 ……あー、このバカ、礼服に着替えるの忘れてる。まあいいけど。 イヴァンは、肩で息をしながら会場をずんずん進み――そして、立ち止まって背後に手を振った。 「おう、遠慮すんな。どんどん、ずずーっっと入ってこいって。今日はヨ、あんたらが主賓みてーなもんなんだからよ!!」 イヴァンの合図に……さっきの掃除屋よりも、この会場にはそぐわない人々の姿が――だが、俺にとっては胃袋からスウッと息が漏れるくらいホッとする、おなじみの姿がひとかたまりになって現れた。 to be continue…
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