「Barred Birthday」 episode.1
「Barred Birthday」 episode.2
「Barred Birthday」 episode.3

◇ラッキードッグ1 ジャンカルロ誕生日ショートストーリー
「Barred Birthday」 episode.2
 監修:Tennenouji

「……ジャン……ジャンカルロ、おい……」
「――ん、あ…………」
 目が、さめた。
 ここは、デイバンホテル――見覚えのある、天井。
 最上階の応接フロアのソファに、俺はぐったりと沈んで……そして、目覚めていた。
「あ、ああ……すまねえ、うとうとしちまった」
「大丈夫か? ……すまん、ここ数日、寝るひまもろくになかったからのう……」

 心配そうに俺の顔をのぞき込んでいた爺さんが、カヴァッリ顧問が首を振り、そして遠くに控えていた部下を呼んでコーヒーを持ってこさせる。
「少し部屋で休んでくるか? ……なんだか、うなされておったようじゃが」
「いや……なんか夢、見ちった。どんな夢か覚えてないけど」
「無理はするな。明日が本番じゃからな」
「いやあ、俺はまだ若いからへーきだけっど。すみませんねえ、お年寄りまでこんな面倒につきあわせちゃって」
「やかましい。……しかし、やっかいじゃのう……。まさか、おまえの誕生日をねらってこんな面倒が持ち込まれるとはな……」
「この日を狙ってた連中がいるんでしょ? 役員会のジジイ、おっと、老獪なるご面々以外にもサ」
 俺は身を起こして、ごしごし顔をこする。指に、かすかな涙の感触が染み着いて消えた。
「……すまん。役員会に根回しがたりんかったのは、わしとアレッサンドロの責任じゃ。……いまだに、おまえの二代目就任をよく思わん連中がいたとはな……」
 俺は、豪華でピカピカのテーブルに並んだカップをつまんでコーヒーをすする。……うまい。金のありがたみが身にしみる。
「なーんだかんだで、もう明日かあ。俺の誕生日ぱーちー、って名前のつるし上げ大会は」
「だから、そうはならんようにワシが……」
 カヴァッリ顧問の叱る声も、吹き消したろうそくみたいに消えてしまう。

 ――明日、このデイバンホテルで、俺の誕生日パーティーが行われる。
 本来は、身内だけでヒソーリ、ぱーっとやる予定だったそれが……。
「しっかし、例のムスメさんたちのほうが災難だよなあ。会ったこともねえ、こんな場末のヤクザの二代目の嫁にされるかもしれない、ってさ。俺なら身投げしちゃう」
「なにが場末じゃ、この馬鹿者!」
 あ、やべ。またスネをぶっ叩かれる……と思ったが――カヴァッリ顧問は、ふうっと重たい息を吐いて、またソファに沈み込んだ。
「……言っておくがな。おまえの代になって、今年の決算からこっち……CR:5は、うちの組はかつて無いほど大きくなっておる。アレッサンドロの頃よりもな」
「え、マジ??」
「ああ。おかげで財務局に目を着けられておるわけじゃが……。あいつらが――ベルナルドにルキーノ、イヴァン。ジュリオ。皆が、よくやってくれて居る、そしておまえ、ジャンカルロ。おまえが、皆をまとめてくれているおかげじゃ」
「そーなのかー。……あんまり自覚無いけど」
「アレッサンドロのころは、ああいう幹部たちはおらんかったからの……」
 爺様はしみじみと遠い目をして、コーヒーカップを舐めていた。
「ふーん……。ダメだな俺、自分ところの台所事情もわかってねえボスとかサ」
「そういうのは部下の仕事じゃ。しかし、の……。この頃合いで、おまえの結婚のハナシとはな……」
「景気がよくなるといろんなのが寄ってくるよねえ」

 その厄介ごとが持ち上がったのは、ほんの一週間前のことだった。
 本来は、組織のボスの誕生日ときた日には、幹部から顧問から役員から、シティのお偉いさんまで集まった盛大なパーティー。そこでカネとコネの話になるのが普通だが――うちは、CR:5は先代アレッサンドロの時代からその手のパーティーは自粛していた。
 しかも俺は二代目になったばかり、いっくらい景気はよくなったとは言え、組織も俺もまだまだ据わりの悪いアマちゃんだと……それは、アレッサンドロ親父もカヴァッリ顧問も、俺も、よくわかっていた。
 幹部の連中も、なんかプレゼントをくれそうな雰囲気だったが――そのあたりを説明し、今年は派手なのは禁止、と通達済み。
 だから、誕生日は身内だけでこっそり夕食会をやって済まそうとしていた――
 だが。
 いままで俺のことを敵視していた役員会そしてニューヨークの連合のお偉いさんどもがそれを許してくれなかった。
 ボスたるもの、盛大なパーティーで人望を見せつけるべきだと。部下からの捧げ物を受け取り、それに倍する贈り物を返す、それがボスだと……おっしゃる。
 しかも――誕生日を迎え、そろそろ三十路が近づいてきた(……考えると寒気がした)オトコが、組織のボスが、結婚もせずに独り身で居るのは組織の沽券に関わる、とあのジジイどもは仰っているということだった。
 そして――俺の誕生日パーティーには、役員やNY連合のお偉方が、高くつく贈り物といっしょに娘やら孫やら姪っ子やらの写真を持って、あるいはご本人を連れてお出でになると……カヴァッリ顧問も、それは止められなかったと……疲れた声で仰った。

「ホント、余計な世話だよなあ……」
「……まあ、その、な。アレッサンドロのヤツも結婚はして居らんし――おまえも、焦ることはないと思うのじゃが、あれだ。自分の血縁をおまえの嫁にして、うまい目を見ようと思って居る連中が、わしだけでは押さえられないほど居てな……」
「ハァ……ちょっとまえは、デイバンの野良犬だった俺のタネがそんなに欲しいかねえ」
「かといって、全部の縁談をむげに断ったらまた役員会との関係がこじれる。かといって、誰か選べば……その家の影響力が強くなりすぎる。……厄介じゃな」
「……あー、めんどくさ。だったらさ、俺、街でテキトーな子ひっかけてくる? それとも――あ。爺様んところのチビスケ、ロザーリアのお嬢なら、どう?」
「な……!!」
「あ〜〜。うそウソ、ジョークです冗談です! もー。そんなおっかない顔でにらむゥ」
「ぐ、ぬぬ……ふざけている場合ではないぞ!! 明日までに、何か対策を考えなくては……連合のほうには、アレッサンドロが話を通しにいっておるが……役員からの縁談を、なんとか先延ばしにしてでも――」

 ホント。まったく。冗談じゃない。
 俺がどっかの娘さんと結婚? あー、それはない。ない。
 ――そんなことになったらまさに破滅。みんなが不幸になっちまう。
 ……だって、ねえ…………。俺。
 ……あー、なんで俺、こんなことに。まあ、いいんだけどサ。ハッピーだから。

「しかし……一大事に、あいつら、ベルナルドたちはどこに行ったんじゃ……!? 幹部たち全員、今日の昼から連絡がとれんとはどういうことだ?」
 爺様は苛立ってコーヒーカップを置く。
 ……あー。ごめん爺様。それ、俺のせい。というか、俺の仕掛け。
 ……ごめんよ。まだ、言うわけにはいかない……というか、明日の本番まで、このことは秘密にしておかないとね。……爺様、知ったら絶対に反対するだろうし。

 俺の仕掛け――それが、さえたやり方とは思わない。
 だけど、明日のパーティに来る連中を、とくになんの罪もない娘さんを、俺はなるべく不幸にさせたくない。その方法は、ひとつしか思い浮かばなかった。
 馬鹿みたいな方法で、後で絶対、オヤジと爺様に小言をいわれること確実な仕掛け。
 だが、唯一の救いは……、
 幹部全員がその方法に賛成し、そして俺の指示通り内密に動いてくれていることだった。

to be continue…
「Barred Birthday」 episode.3