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作品名:プロメテウスの呪い 作者:ブリブリ仮面

最終回   2


川上が言っていた通り、俺はあいつの写真など一枚も持っていなかった。
しかし悪霊井上良子撃退のためには、どうしても川上の写真が必要だ。
これは盗撮するしか手がなさそうだ。デジタルカメラは全く知識がないので、カメラ屋に行って見てくるか。
確かEosってのがあったから、望遠レンズ選んでもらって、そいつに決定するか。
ん、ケータイの着信音・・・・・・・冴子か・・・・・・・・・・・・・なんだクズ子かい。

「なんか用か。」
「下北沢にいるから、すぐ来て。」
「いんや、駄目じゃ。これから人と待ち合わせしてる。」
「ナンバープレート、プリントアウトしたから見れば。」
「エッ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

畜生め、恐喝罪で訴えてやるぞ。
下北沢でクズ子を拾い、結局約束どおり葉山マリーナまで行かされる破目になった。

「お前、陸運局に行ったのか。」
「あっ、探偵屋さんに頼まなくってもいいんだ。それならタダで済むよね、ラッキー〜〜。」
「悪魔め・・・・・・・・・・・・・」

葉山マリーナまで時間が掛かるのを知ってか、悪魔は暢気にいびきを掻いて寝てしまっている。
もう彼此3時間ほどTVRタスカンSを走らせただろうか、悪魔が目を覚ましてあくびをしている。

「キャーーーーー海、海、海〜〜〜ヨットがカワイイ〜〜〜。」
「葉山行って何すんだよ。」
「FMつけて〜、78.9メガヘルツ〜〜。」
「そんなのネットで聴きゃあいいじゃん。」
「ドライブして海を見ながら聴きたかったの〜〜。」
「お前の好きなJ-popは掛かんねえぞ。」
「ボビー・コールドウェルの『カム・トゥ・ミー』だ〜〜、素敵ぃぃ〜〜〜。駕龍君は知らないでしょ。」
「俺様がな、AORの帝王と呼ばれた男だっての知らないだろ。」
「それ、ボズ・スキャッグスじゃん。」

やっとのことで葉山マリーナまで辿り着いたのだが、悪魔はヨットに乗りたいと言い出した。

「そんなの知るかよ、調べてから来いよな。もう5時過ぎてるからダメだろ。」
「な〜んだ〜、駕龍君はクルーザーの運転とか出来るのかと思った。」
「アホかよ、そんな免許持ってる訳ないだろ。」
「つまんないの〜、じゃ、お食事してから帰ろう。」
「お前さ、こんな遠くまで何しに来たわけよ。」
「今度はさ、朝早く出発すればいいんだよね。」
「お前さ『太陽がいっぱい』て映画知ってるか。」
「知ってるよ・・・・・・・あ〜〜〜そんな事考えてたんだ、この悪魔め。」
「どっちが悪魔だよ。」
「駕龍君みたいな悪魔が、この間の爆弾テロみたいのやるんだよ、きっと。」
「どこの爆弾テロよ、海外だろ。」
「エ〜、知らないの、テレビ見なかったの〜。」
「テレビは見ない主義なんだよ。」
「30人以上の人が亡くなってるんだよ。ほんとに知らないんだ。」
「知らん。それどこでよ。」
「東京じゃん、新聞くらい読んだら〜。」
「新聞は読まない主義なんだよ。」
「バッカじゃないの〜〜。」



悪魔を乗せたドライブはなんとか終り、解放されたのは午後11時過ぎだった。
途中、レンタル店に寄って、古い映画のDVDを借りて来た。タイトルは『女房の殺し方教えます』・・・・だ。





デジタルカメラは、池澤が高性能の望遠レンズ付きカメラを持っていたので借りて、川上を大学から呼び出し、見事30枚以上の全身と顔写真の撮影に成功した。
これで悪霊退治実行に向け、準備万端整ったわけだ。

冴子と逢ってから3日が過ぎたので、そろそろ誘いをかけてもよさそうな頃合いだ。
バイトはやってそうにないので、今の時間なら家にいるかもしれない。

「もしもし、駕龍ですけど。」
「あっ、駕龍さん、こんにちは。」
「この間のオルゴールの件なんだけど、今日は時間あるかな。」
「うん、大丈夫ですよ。」
「帰りはそんなに遅くならないから。この間止めた所へ迎えに行けばいいんだよね。40分くらいで行けるけど。」
「あっ、あの?、これからシャワー浴びてからなので・・・・・・・2時間後くらいがいいな。」
「うん、オッケー、オルゴール忘れないでね。それじゃ。」
「うん・・・・・・・・・失礼しま〜す。」

ウヒヒヒ・・・・・・シャワーだって・・・・・・・・・・・・・・じゃ、俺様もシャワー浴びることにするか・・・・ウヒヒ。



2時間後、マンションの前で冴子を乗せ、目的地自由が丘までTVRタスカンSを走らせた。
20分ほどで到着し、駐車場から歩いて10分ほどの所の地下にあるジャズクラブへ冴子と共に入った。
丁度ピアノトリオの生演奏が始まる直前らしく、ステージは準備に追われていた。
予約済みの一番奥にあるテーブルに座り、軽い食事の注文も済ませた。
彼女はお酒が飲めないそうなので、自分もソフトドリンクをオーダーして冴子と合せる事にした。
そして・・・・・・・・・・

「演奏が始まると音が聞こえなくなっちゃうから、例のオルゴール見せてくれるかな。」
「うん・・・・・・・・・・・・・・・・これ。」
「じゃ、開けてみようか・・・・・・・・・・」
「うん・・・・・ちょっと怖い曲なの。」

「あれ〜〜〜・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「えっ、どうしたの・・・・・・・・・・・・」
「これ『カルミナ・ブラーナ』じゃん・・・・・・・・・・・」
「『カルミナ・ブラーナ』っていうの?・・・・・・・・」
「ああ、20世紀前半の名曲の一つなんだけどね。」
「やっぱりクラシックだったんだ。」
「エ〜〜〜、でもなんか変な気がする。俺もおんなじので騙されてるから。」
「駕龍さんも同じオルゴール持ってらっしゃるの。」
「ああ、デザインは違うんだけど・・・・・・アッ、製造年が同じ1812年だ。一体なんだこりゃ?。」
「なんか怖い・・・・・・・・・・」
「いや、ただの偶然だよ。気にしない方がいいと思うよ。」
「でも冴子はこのオルゴールに、ずっと何かを感じていたの。でもそれが何だか分からなくて。」
「あのさ冴ちゃん、これをネットで見た時どんな事が書いてあったか覚えてるかな。」
「うん、取り扱いに注意するようにとか、神様がナントカとか・・・・・余りよく覚えてないの。」
「最初の方に書いてある商品名とか、タイトルみたいなものは〜・・・・・・・・・・・・」
「うん・・・・・・・・・・確かパンがどうとか・・・・・・・」
「それってまさか、パンドラの箱って書いてあったんじゃないよね。」
「アッ、思い出した。パンドラ・・・・・・パンドラの箱だったよ。」
「エエ〜〜〜〜〜・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「それって何なの・・・・・・・冴子、怖いの嫌いよ・・・・・・・・・・・・・」
「いや、ごめん、別に怖いものじゃないから。冗談だから、気にしない方がいいから。」
「でも、何か意味があるんでしょ。」
「ああ、調べてみたんだけど、パンドラの箱ってのはギリシャ神話に出てくる話なんだ。オリュンポスの神々から贈られた箱をパンドラが内緒で開けたら、様々な災厄が出て来て世界を破滅させそうになったっていう神話なんだ。」
「え〜、冴子、怖いのいやよ・・・・・・・・・・」
「でも、箱の中にはたった一つだけ残ったものがありました。それは、希望と呼ばれました。めでたし、めでたしっていうお話だから。」
「ふ〜〜ん・・・・・・・・・・」
「だから気にする必要は全くない。このオルゴールは誰かの悪戯なんだよ。」
「うん、でも・・・・・・・・・・先生も同じようなお話をしてたから・・・・・・・・・」
「先生って、文学部の?・・・・・」
「うん、嶋谷助教授。」
「その人が、何か言ってたの。」
「先生はとても優しくて良い方で、冴子は先生が主催するサークルに入ってるの。毎週土日に葉山の別荘で特別な講義があるんだけど、冴子には少し難しくて良く解らないの。」
「へ〜、葉山に別荘ってすごいな、どの辺にあるの。」
「ちょっと小高い所で、すぐ真下に葉山マリーナが見えるの。でも誰にも言っちゃ駄目よ。」
「すごいな〜、冴ちゃんは毎週そこに行ってるんだ。」
「う〜ん、月に2回か3回かな〜。」
「でさ、覚えてる事でいいから・・・・・・・どんな講義をするの。」
「う〜んと・・・・・・・・神様の怒りが世界を滅ぼすとか、今世紀中に救世主が現れるとか、神様が自由な世界を再び創造するとか、ん〜〜〜あとは普通の講義。」
「・・・・・・冴ちゃん、それってさ、カルトっぽくないのかな。」
「ううん、先生はご自分を無神論者だって、いつもおっしゃってるの。」
「なんかすごい怪しそうなんだけど。」
「そんな事ないよ、冴子は先生が大好きなの。あと奥様がとても素敵な方なの。」
「まあ、そうだよね、大学の先生がカルト教団なんか作る訳ないよね。」
「冴子は先生の事信じてるの・・・・・・・駕龍さんの事も・・・・・・・・・」
「うん、ごめんな冴ちゃん。こんな話もうやめような、演奏始まったし、お食事も来たし、ごめんな。」



その日は遅くなると冴子の家族が心配すると思い、8時過ぎに店を出て、自宅マンションまで冴子を送り届けた。
冴子にはしつこく話をするのは避けたのだが、どう考えてもこのオルゴールはおかしい・・・・・・・・・・・・・





甘酸っぱい想い出になる筈だった冴子との初デートは、あのオルゴールのせいで苦い経験になってしまった。
しかしオルゴールの話題がなかったら、冴子を誘い出すのは難しかったかも知れない。
絶対に次のデートでの失敗は許されない。新たに作戦を練り直さなければならないだろう。
次回は冴子の好きそうな遊園地・・・・・・・・いや、やはり最強のデートスポットはディズニーランド以外にない。
『いつか王子様が』の話が出たので、最初のデート場所がジャズクラブになってしまったのだが、本来ならば遊園地を先にするべきだった。
でも自分が全く信用されていなければ、遅い時間のデートなので断られたかもしれない。という事は、自分は信頼を勝ち得たと考えてもいいのだ。
次は午前中からディズニーランドに行く約束をして、色々と会話をしたりとか楽しませてから明るいうちに家まで送るのが最善の策だ。
そして、その次のデートこそが第一幕の感動的なフィナーレになる、と同時に自分と冴子とのラブストーリー第二幕の始まりとなる。
決め手になるのは恋愛映画しかないか。『哀愁』とか・・・・・・・・・でもこれは大人の物語だから冴子には少々解り辛いだろうし、自分自身も恋愛映画は余り好みではない。
冴子が感動しそうな映画はやはり『小さな恋のメロディ』しかないだろう。しかしミニシアターみたいな所でも上映しているのかどうか。
しからば、冴子を我が家にお招きするのが一番手っ取り早いし、自宅ならばホームシアター・キッチン・寝室の3in1フル完備なのだ。

僕は君の手料理を一度でいいから食べてみたかったんだ、とか言って・・・・・・・えっ、冴子はお料理した事ないの、とか言って・・・・・・・いや冴ちゃん、料理は真心を味わうものなんだよ、とか言って・・・・・・・
そして少し照明を落としたリビングルームで『小さな恋のメロディ』を冴子の肩を抱きながら鑑賞する。
まあ、なんて大きな隼人さんの瞳・・・・・・・それはね、冴ちゃんのお顔をよく見たいからなんだよ・・・・・
まあ、なんて大きな隼人さんのお口・・・・・・・それはね、冴ちゃんを食べちゃうためなんだよ・・・・ガオ〜〜ガォガォガォ〜〜〜。

シナリオは完成した。



『愛の夢』が鳴っている。誰からだろう・・・・・・・・・・知らない電話番号だ。

「もしもし。」
「も・し・も・し・・・・・・・・」
「もしもし、駕龍ですが。」
「駕龍隼人か!。」
「・・・・はい、そうですけど・・・・・」
「よう、駕龍、貴様なうちの娘をどうするつもりなんだ!!。エエ〜〜〜〜〜。」
「はっ、え?と、どちら様ですか。」
「どちら様じゃないんだよ!!!。」
「あ、あのう、失礼ですが、お名前は・・・・・・・」
「失礼なのは貴様なんだよ。一体何のつもりでうちの娘を誑かしたんだよ!。エ〜〜このクズが!!。」
「あの、おっしゃっている意味がよくわか・・・・・・・・・」
「ふざけるな!!!貴様などな、病院送りにするのは簡単なんだよ!!。エ〜〜このガキが、調子にのりやがって!!!。」
「あの・・・・・何の話なのか分からないんですけど・・・・・・・・」
「駕龍、貴様は命が惜しくないらしいな!!。ん〜〜〜このクソガキが〜〜!!!。」
「ですから、何かのまち・・・・・・・・・あ、もしもし・・・・・・・・・・・・」

ドスの利いた男の声・・・・・・・・・・・誰なんだ。
うちの娘と言っていたが、心当たりといえば・・・・・まさか冴子の・・・・・・・・・
クズ子と良子は・・・・・・・・・・・・・・

「もしもし・・・・・」
「はいはい、あたちクズ子ちゃんでちゅよ〜〜」
「馬鹿野郎!!!ふざけるな!!!」
「どうしたの駕龍君・・・・・・・・」
「いいか、真面目に聞けよ。この間、葉山に行って帰りが遅くなった時、お前の父親は何か言ってなかったか。」
「え〜〜、お父さんがなんて言ったって・・・・・・」
「いいか、真面目に答えろよ。俺について何か言ってなかったか。」
「駕龍君の事ならよく話するから・・・・・・・え?何なの、どういう意味〜〜。」
「お前の親父は怖い人なのか。」
「わけないでしょ〜〜〜。」
「俺の事も悪く思っていないんだな。」
「んなわけないでしょ〜〜〜あなたちょっとバ・・・・・・・・・」

夜遊び好きなクズ子の筈はなかった。それでは良子の方か・・・・・しかしあいつとは関係を持った訳ではない。

「もしもし、俺だ、俺。」
「お?う、ブルジョア君か、今日は飯食ったばっかりだから、またその内な。」
「電話で済むから、真面目に聞けよ!。あの女の事なんだ!!。」
「またかよ?、本当に病院行った方がいいぞ。」
「俺があの女とは全く関係がない、関係を持ったことなどないってのは本当の話だ。」
「うんうんうん、だからどうした。」
「あいつの周辺には変な男達がいるんじゃないかと思うんだよ。」
「うんうん、例えばお前とかな。」
「真面目に答えろよ!!命に関わる問題なんだ。あの女は一体誰なんだ。」
「プッ、命に関わるって何よ、真面目に話してみろよ。」
「あのな、お前だから話せるんだが・・・・・・さっき男から脅迫電話が掛かって来たんだ。」
「えっ、どんな脅迫されたんだ。」
「うちの娘に手を出したらただじゃ置かないとか、俺の命をどうのこうのってだよ。」
「お前さあ、他の女に手を出しただろ。」
「川上!!!お前はそうやって惚けて・・・・・・あの女を庇う理由でもあるのか。」
「あの女あの女って言ってるけど、何て名前なんだ。」
「お前なあ、知ってるのに何で・・・・・・・・・」
「井上良子だろ。」
「ふざけるな!!!最初から知ってるのになんで嘘を吐いたんだ!!!。」
「あのな、あまり言いたくなかったんだけどな・・・・・・・・」
「さっさと言え!!!」
「血の繋がった伯母の旧姓が川上だったわけよ。で、伯父の苗字が井上だったんだよ。伯父は優しくて物静かな人なんだ。」
「エッ・・・・・・・・」
「でな良子の奴はな、家が近かったもんで毎日俺の家に遊びに来て、年下の俺を苛めて泣かすのを日課にしてたんだ。毎日なんだぜ、つねったり叩いたり蹴っ飛ばしたり。あいつは生まれつきサディストなんだよ。」
「エッ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「それからお前な、絶対に俺が喋ったって言うなよ。解ったかな、金田一君。」
「エッ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ヨシッ!!解ったぁぁ!!!・・・・・・・」



それじゃあ、残ったのは冴子だけではないか。そんなまさか・・・・・・・・・・・・・
この間のデートで帰りが遅くなったのが父親か誰かの逆鱗に触れたのか。
しかし幾らなんでもあの言葉遣いは、堅気の人間とは思えない。

勇気を奮って冴子のケータイに電話を入れてみたが、圏外になっている・・・・・・・・やはり・・・・・・





また電話だ・・・・・・・・・・・・・・さっきのとは違う・・・・・・誰だ。

「もしもし・・・・・」
「あ、もしもし、駕龍君かね。」
「はい、そうですが。」
「日下部だけど。」
「あっ、先生、こんにちは。何か・・・・・・」
「今自宅にいるの。」
「ええ。」
「ちょっと、折り入って話したい事があるんだけど、いま都合がつくかな。」
「はい、特に用事はありませんので。」
「それじゃあ、大学の前のカフェで待ってるから。」
「はい、30分ほどで行けると思います。」

どうしたんだろう、日下部教授から呼び出されるなんて始めてだ。
何の話なのか・・・・・・・・なんとなく胸騒ぎがしてならない。
車で向かう途中、再び日下部教授から電話があり、カフェではなく大学近くの公園に落ち合う場所を変えると言われた。
普段会話をしている口調とは異なり、その緊張したような言葉遣いから、尋常一様の事態ではない気配を感じ取った。
公園の入り口に立ったままで待っていたらしい日下部教授は、自分が車で来たのに気付き、歩道まで出て来て話は車の中ですると言うのだった。
他人に聞かれてはいけない、大事な用件らしい。

「わざわざ、すまないね。」
「いえ、大事な話なんですか。」
「うん、そうだね、何から話したらいいかな。」
「自分が授業に出ていないからとか・・・・・・・・」
「いや、そうではないんだ・・・・・・・・・・・」
「では他に・・・・・・・・・・・・」

日下部教授は明らかにいつもと違い、口篭もっているのがはっきりと判った。

「何でも構わず仰って下さい。」
「大学内での事なんだがね・・・・・・ああ、先ず一つだけ忠告して置かなければならない。」
「はい。」
「他言は無用だ。」
「はい、分かりました。」
「私も多少混乱しているし、総ての状況を把握している訳ではない。それは今現在情報収集に追われている為なんだ。」
「ええ。」
「実はね、今うちの大学関係者は公安当局から色々と訊き込みを受けているんだ。」
「何か事件でもあったんですか。」
「う〜ん、何から話したらいいかな。君は先週、爆弾テロ事件があったのは知っているね。」
「はい、30人くらいの方が亡くなったとか。」
「公安はその捜査を進めているらしいんだが、犯人と思しき人物の住むアパートから、ある名簿が発見されたそうなんだ。」
「はあ。」
「その50名以上のリストの中に、うちの学生数名の名前と住所と電話番号が載っていたそうだ。」
「それは実行犯とか、共犯とか、そんな感じなんですか。」
「それがまだよく分からんのだよ。」
「自分も知っている人間がいるんですね。」
「まあ、それについても確かめたかったんだがね。」
「名前を言って頂ければ・・・・・・・・・」
「その前にね、なぜ君にこんな確実性の低い曖昧模糊とした話しを持ち掛けたかなんだが、何か知っているのではないかと思ったんだが。」
「え〜、全然知りません。まさか自分が疑われているとか・・・・・・・・・」
「君はよく過激な発言をするからね、それに宗教的な表現も時折用いるのは自分自身で分かっているよね。」
「え〜〜、まるっきりそれじゃ断定しているみたいじゃないですか。」
「いや、そうではなくて公安からも協力を依頼されているんだ。」
「他人を見たら殺人犯・・・・・・ですか。」
「私が君を疑っていないのは理解してくれるよね。」
「ええ、まあ・・・・・・・」
「だから何でもいいから、どんな些細な事でもいいから気が付いた点があれば教えて欲しいんだ。」
「はあ・・・・・これといって・・・・・」
「友人関係で怪しそうな人間とかいないのかな。」
「いないと思いますよ。そんな過激派とか思想犯みたいな奴とは付き合いもないですし。」
「学内ではカルト宗教が蔓延しているんだが、心当たりはないかね。」
「爆弾事件とカルト教団というと穏やかじゃないですね。」
「公安に聞いた所によると関連が深いらしいんだ。」
「え〜、そうなんですか。」
「そうか、無駄骨だったか。あ、君には貴重な時間を割いてもらって申し訳なく思っているよ。」
「あのう、うちの学生でリストアップされてる人間の名前は極秘事項なんですか。」
「それは今口外するのは差し控えたいんだけどね。」
「それでは仕方ないですね。中には逮捕者もいそうですね。」
「それがね、全員失踪している事が解ったんだ。昨日から今日に掛けて忽然と。」
「はあ?、雲を掴む様な話になって来ましたね。なんとミステリアスな。」
「うちの大学に男女合せて5人も共犯者がいるとは考えたくはないんだが。」
「きっと自分の知らない人達だから、公安当局からは何も言って来ないんでしょうね。」
「口が裂けても言わないと約束してくれれば、一応名前だけ言っても構わないよ。但しどこにもメモしないように。」
「3000人以上の中のたった5人ですからね。」
「経済学部の学生は一人もいないんだがね。」
「森下久美子の名前はありますか。」
「いや、ないね。藤原由加里・伊集院高照・葦原祐樹・都築冴子・高橋・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「エェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ」
「知ってる名前があるのか。」
「メモ見せて下さい・・・・・・・・・・同姓同名とか・・・・・・・・・・」
「それはこの中にはいないそうだ。」
「エェェェェェェェェェェェェそんなぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「それじゃあ悪いけどね、大学の方に行こうか。一応公安に連絡する義務も負わされてるからね。」
「エェェェェそんな、嘘だ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



もしかするとパトカーに乗せられてしまうのかとも考えたが、大学内で簡単な事情聴取を受けただけだった。
これから先に本格的な取り調べをされるのかも知れないが。

しかしそんな事はどうでもいい、選りによってなぜ冴子が・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





翌日、駕龍は再び日下部を訪ね、解決しなければならない疑問点の解明に向けて動き出した。
最も気掛かりなのは、あの脅迫電話だった。
その件に付いては、今回の失踪事件とは無関係と考え警察には何も話していない。
しかし重要な緒となるかもしれないので、日下部にだけは事情を説明し協力を仰いだ。
日下部の話によると、失踪者の家族と何人か会って断片的な情報を得たが、冴子の父親は小児科医なのだという。
更にその父親は小柄で物腰が柔らかく、とても温厚篤実な人物なのだそうだ。
つまりあの脅迫電話を掛けて来たのは、冴子の父親ではない可能性が高い。
駕龍の頭はすっかり混乱し、心は迷宮に迷い込んでしまった。
一体全体誰が何の目的であのような電話を掛けたのか一向に解らず、脳の回転が止まってしまった駕龍は、カフェに入ってビールを呷り始めた。
そして何本か飲んでいる内に、ある人物の事を思い出した。
それは冴子が話していた、文学部の嶋谷助教授だ。
事件とは関係ないかもしれないが、冴子が慕う先生に兎にも角にも会ってみたかったので、大学に戻って聞いたところ、病気療養の為ここ10日ほど休んでいるらしい。
冴子の慕う嶋谷助教授がどんな人物なのかどうしても知りたかったので、日下部にそれとなく聞いてみると、朗らかで柔和温順な紳士そのもの、間違っても激昂するようなタイプではないらしい。
しかし駕龍はジャズクラブで冴子が嶋谷の話をした時から、敏感にカルトの臭いを嗅ぎ取っていた。
昨日、日下部の言っていたカルト教団と爆弾テログループが、密接な関連で結ばれているというのは本当だろうか。
だとすれば、冴子の身近にいる嶋谷を疑ってみるのも選択肢の一つとして可能だ。今はそれ以外に手懸かりがない。
駕龍はもしかすると自分も既に、この事件の渦中に捲き込まれているのではないかと考えていた。
嶋谷と冴子と自分自身を結ぶ線は何なのか。
もし爆弾テロとの関連があるとすれば、冴子の身にも危害が及ぶ恐れがある。
今後の行動は、慎重の上にも慎重を期する必要があると、自らの肝に銘じた。



冴子は何故、葉山にある嶋谷の別荘の事は内緒にして置いてくれと言ったのだろうか。
それは恐らく口止めされており、その別荘こそが秘密のアジトでありテロの策源地になっていると考えれば辻褄が合う。
とすれば、冴子は人質としてそこに幽閉されている可能性が大だ。
しかしこの事を警察に告げれば、冴子の身が重大な危険に晒されてしまう。
嶋谷と事件の関係については全く確証がなく、疑っているのは自分だけだからだ。
自分の身一つで行動して、確かな証拠を掴む以外に方法はないだろう。

最低限必要となりそうなビデオムービーは持っているが、高性能カメラがない。
これから買うのでは時間が無駄になるので、使い方がよく分かっている池澤の望遠レンズ付きカメラをまた借りる事にした。
昼間は自宅で寝ているそうなので、電話を入れたあと早速訪ねてみた。

「あ、先輩、おはようございます。」
「もう昼過ぎだぜ。」
「ついバイト先の習慣で・・・・・・カメラですよね、バッグに入れときました。」
「望遠レンズ、一番デカイやつな。」
「はい、全部入ってますから。」
「もしカメラ壊しちまったら、新しいの買ってやるわ。」
「えっ、そんな危険な盗撮なんですか。」
「アホか・・・・・・まあ、盗撮って言やあ盗撮だけど、エロじゃねえからな。」
「はあ・・・・・」
「後、お前ダーツ持ってたよな。」
「いっぱいありますよ、店からパクってきたのとか。」
「ハードダーツの一番重いやつ何本かあったらくれ。」
「ああ、先輩はシュート下手だったけど、ダーツは百発百中でしたよね。」
「余計なこと言ってねえで、早く出せや。」
「え〜と・・・・・・・・50グラムのハードダーツ・・・・・7本。」
「おう、上等、上等。」
「なんか先輩今日、すごい怖い顔してるけど何かあったんですか。」
「詳しい話しは出来ないけどな、お前にも無関係じゃないから、これから頼み事が多くなるかもな。」
「え〜、それって何なんですか。」
「バイトのある日でも構わないから仕事バックレて、俺の命令を優先してくれ。その日のバイト代の3倍払うから。文句ないだろ。」
「い〜〜〜〜〜先輩まさか本気で武装蜂起とか・・・・火炎瓶とか・・・・・」
「馬鹿かよ。とにかくこの問題が片付くまでは俺の命令に従ってもらうからな。」
「はい〜〜〜〜〜。」





駕龍はTVRタスカンSを駆り、嶋谷の別荘がある葉山マリーナへと全開で飛ばした。

今日は道が空いていた為か、3時間ほどで目的地に到着した。
辺りを見回し、冴子が言っていた小高い所にある別荘らしきものを探すと、マンション以外に数軒の邸宅が目に入った。
しかし住宅地図を調べても、嶋谷の名前はどこにも見当たらない。
冴子は一軒家の別荘と、リゾートマンションを混同していたのだろうか。
そこがアジトだとすれば見張りを立てている筈なので、無闇矢鱈に歩き回ると不審に思われ、顔も覚えられてしまう。
明るいうちは車で回って調べたほうが良さそうだ。
リゾートマンションは暗くなってから調べる事とし、先に3軒ほどある邸宅を車内から窺ってみようと思い、車をノロノロと走らせた。
しかしこの車はアイドリングでも相当な排気音が発生するので、何度も回ると怪しまれる。やはり2〜3回が限度か。

一軒目を見ると、小さい子供4人が外で遊んでいた。多分ここは違うだろう。
ニ軒目は人影は見えないがカーテンやブラインドは閉じていないので、現在も人が住んでいるようだ。
三軒目は全ての窓がカーテンかブラインドで、外からは見えないように閉ざされている。シャッターは閉めていないので人がいるのかも知れない。
ここが最も怪しいのだが、表札は谷岡になっている。
この家が葉山マリーナを見下ろす最も高い場所に位置しているので、どこからも監視や撮影は出来ない。

マリーナの近くに下りて上を見上げると、その邸宅の二階部分が見えた。望遠レンズを通すと撮影も可能なようだ。
車の中に陣取り、デジカメでその別荘の監視を始めた。

1時間以上が経過したが、未だに人影は見えない。そろそろ日が落ちる時間だ。
薄暗くなって来たので今日はもう駄目なのかと思っていたところに、突然西側に近い窓のブラインドが開かれ男の顔が確認できた。
ブラインドを半開きにして庭の方を見ているようだが、ここからだと丁度良い角度で写真が撮れる。
30秒足らずでブラインドは閉じられてしまったが、10枚以上の撮影に成功した。
その中から目線がこちらの方に向いている写真を1枚選び、日下部教授に問い合わせるためノートPCからメールに添付して送信した。
数分後、日下部教授から電話が来た。やはりその男は嶋谷助教授本人だった。
自分が今どこにいるのかとか、この写真はどこで撮ったのかなど色々としつこく聞かれたが、いま東京にいると嘘を吐いた上、こちらから先に電話を切ってしまった。

嶋谷がいるのであれば、きっと人質となった冴子もいるに違いない。
仲間が何人いるのか全く判らないが、今夜明かりが消えてから中に入って調べてみるしかない。
腹ごしらえをしたり用足しをしたりしながら、明かりが消され辺りが寝静まるのを待った。

嶋谷の別荘2階の照明は、10時前に全て消された。
1時間くらい間隔を置き、車を50mほど手前にある空き地に停めて、嶋谷の別荘近くから様子を窺った。
別荘の回りは低い金属製の柵で囲われているだけなので、簡単に越えられそうだ。もし警報機が鳴ったら逃げ出すしかないが。
更に、空き巣や泥棒のようなテクニックはないので、どこも開きそうになかったら諦めるより仕方がない。

低い柵を越えたが警報機は装備していなかったようだ。
当然だが、ドアと窓と裏口全てに鍵が掛けられており、ガラスを叩き割らない限り中には入れそうになかった。
ふと上を見上げると庭には大きな木があり、二階のベランダ周辺まで枝が伸びているのに気が付いた。
その木によじ登り、ベランダ近くまで伸びている今にも折れそうな枝を伝って行った所、ベランダに飛び付けばなんとか端に手が掛かりそうだ。
下に落ちるなどと考えている場合ではない。中には絶対に冴子がいるのだ。
そして、渾身の力を込め反動を付けてベランダに飛び移った。右手一本が残り、なんとか落下せずに済んだ。
かなり広いベランダで、二つの部屋と繋がっているようだ。窓は全部で四つある。
東側から窓を調べてみたが一つ目と二つ目は鍵が掛けられている。
三つ目の木枠の窓に手を掛けたところ、相当なガタがあって半開きの状態になっている。
抉じ開ければ体一つ分くらいの隙間が出来るかも知れないので、音を立てないように両手で引っ張ってみた。
幾度となく押したり引いたりしていると、突然大きな音を立てて鍵が外れた。
この大きな音に、嶋谷は目を覚ましてしまっただろうか。開いた窓を元に戻し、ドキドキしながら10分以上待った。
どの部屋の明かりも点かず、物音もしないので音は聞かれなかったようだ。

取り敢えず鍵を開ける所までは成功したので、早速アジトの中へ潜入して捜索開始だ。





一応ポケットに入る小型の懐中電灯は持って来たが、今夜は月明かりが部屋の中まで差しているので今は使わない方がいいだろう。
最初に入った部屋は書物が沢山並べてあるらしく、机もあるので書斎のようだ。
この部屋は西側に近い方にある。寝室は恐らく朝日のあたる東側だろうから、そちらへは行かない方が良さそうだ。
冴子が閉じ込められているとすれば、一階の奥にある部屋か、或いは地下にも秘密部屋があって声が届かないようにしているのかも知れない。

書斎のドアを開け廊下に出ると、丁度真ん前が螺旋階段になっていた。
その狭い螺旋階段を降りると、左右に廊下が伸びており、ホテルの様な構造で南北に別れて幾つかの部屋があるらしい。
冴子がいるとしたら北側にある部屋か、地下の秘密部屋か物置の様な所に違いない。
東側を避け西側に行ってみると、一番奥の方に裏口がありその両脇にドアがあった。
一つはしっかりとした作りのドアなので部屋に通じていると分かったが、もう一つのドアは安っぽい丸のドアノブと軽いベニヤ合板で作られているらしい。
どうも部屋ではなく、物置か何からしいのだが懐中電灯で照らしてみると、回転式でドアをロックするようなツマミがついていた。
ドアノブを左右に捻ってもドアは開かないので、そのツマミを回してからノブを回したところ簡単に開ける事が出来た。
そしてドアを開くと目の前に急な階段のあるのが分かった。
ゆっくりと階段を降りていくと、またドアがあり、薄明かりが漏れている。
懐中電灯を点けて見てみると、一階のドアと同様に外から鍵が掛けられるようになっている。
これは物置ではない、地下にある秘密部屋であり、確実に中には人がいる。

そしてゆっくり、ゆっくりとドアを開けてみた。
豆電球だけで照らされた薄暗いその部屋の中に、誰かがこちらに背中を向けて床に座り込んでいる。
懐中電灯で照らしてみると、ロープで後ろ手に縛られているのがはっきりと見えた。
そしてその背中には、二本のおさげ髪が・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
懐中電灯を顔の辺りに照らし、小声で呼びかけてみた。

「冴ちゃん・・・・・・・冴ちゃん・・・・・・・・・・・・・・」

自分の声に気付いたらしく、顔を徐ろに動かし、自分の方へと振り向いた。
やはり冴子だった。
すぐさま自分は冴子の傍へ近寄り、縛られたままの冴子を抱きしめた。

「冴ちゃん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

冴子は幽閉され極限的な恐怖に見舞われた為か、全く口を開く事が出来ない状態のようだ。
しかし大粒の涙を流し、何度も何度も鼻をすすっているのがはっきりと分かった。

「冴ちゃん、生きててよかった・・・・・・・助けに来たよ、お家に帰ろう・・・・・・・・・・・・・・」

だがそこへ突然部屋の明かりがつけられ、銃声が鳴り響いた。
驚いて入り口の方を見ると、嶋谷と中年の女、そしてその後ろには、AK-47自動小銃を持った男が立っていた。
そして、嶋谷は細長い葉巻を取り出し火をつけ、自分の顔をまじまじと見ながら言葉を切り出した。

「駕龍君かね。まさかここまで来るとは思わなかったよ。その勇気だけは褒めてやろう。」
「嶋谷助教授ですね・・・・・・なぜ・・・・・・・・・」
「なぜ?・・・・君はなぜ、わざわざ警告を与えてやったのに聞き入れなかったのかね。」
「やはりあの脅迫電話は貴方だったんですね。」
「その通り。私が指示して、この・・・・義弟の谷岡が君に電話したんだよ。谷岡はこの・・・・妻の腹違いの弟だ。」
「冴子をどうするつもりだったんだ。」
「この女は口が軽すぎる。言ってはならないこの別荘の事を君に漏らしてしまった。」
「口を封じるつもりだったんだな。」
「この女は知りすぎてしまった。しかし谷岡と私達夫婦を結ぶ証拠は全くない。邪魔なのは別荘を知っている5人の学生と、君だけだったんだ。」
「他の4人はどうしたんだ。」
「船の中で今ごろ・・・・・・・どうしてるかね、身動きが取れない状態なので、そのまま放っておけばいい。」
「冴子だけどうしてここにいるんだ。」
「最初に君を処分するべきだったが、私の過ちで君はまだ生きている。この女は君を釣る餌に使ったのだ。まさかとは思ったが、君の方から来てくれて手間が省けたよ。」
「30人以上殺してるから、5人や6人は朝飯前って訳か。」
「ああ、あれもね私の過ちで、谷岡が無計画にやってしまった。第一目標は国会議事堂だったんだがね。」
「お前も同罪だ。人殺しめ。」
「生意気な口が利けるのも今のうちだけだから、精々吠え立てるがいい。」
「残念だったな嶋谷助教授、この別荘は既に公安警察の知るところとなっているのが判らないのか。」
「君は下手な嘘を吐くのが得意みたいだな。この女が恋しくてここまで来たんだろ。つまり君はこの女のために命まで懸けようとしたのだ。だから公安は勿論の事、誰にもこの別荘の話はしていない。」
「俺がそんな単純だと本当に思っているのか。」
「ほう?、どういう意味か言ってくれるかな。」
「あんたにだけは言えんな。」
「では、ここで今すぐ若い命を捨てるかね。君が大切にしている幼な妻と共に。」
「あんたが爆弾テロの実行犯でなければ、死刑になる事はないだろうな。しかし学生6人を殺せば確実に極刑に処される。」
「なるほど、そうやって仲間割れさせたいのか。図星だろ。」
「何を言っても無駄なようだな。」
「その通り、私たち3人は神によって創造された真の兄弟だからだ。」
「お前らが崇拝しているのは、神などではない悪魔だ。」
「君は面白そうな学生なのに非常に残念だな。」
「悪魔崇拝者は俺の体に触れる事は不可能なのだ。」
「ほ〜、君の信奉する神がそう言ったのかね。」
「その通りだ、そしてその名を正義と名乗れとな。」
「言いたい事はそれだけか。」





俺も嶋谷も無駄なお喋りに飽きて来たようだ。
斯くなる上は先制攻撃に打って出るより生き残る道はない。
AK-47自動小銃を持っている男さえ倒せば活路を見出せる。
一か撥かやってみるしかない。
殺るか殺られるかの瀬戸際なのだ。

「覚悟は出来たかね、駕龍ご夫妻・・・・・・フフフ・・・・」

俺は足首にテープで巻き付けていたハードダーツを密かに2本取り出し、反撃の機会を窺っていた。
嶋谷が俺と冴子を指差し、自動小銃を持った男に指示を与えた。
今だ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
俺の右手から放たれたハードダーツは一本目が男の頬へ、そして怯んだ所へ二本目を放ち、見事右目を射抜いた。
そして入り口の方へ一気に突っ込み、喚きながら倒れている男のあばら骨をキックでへし折り、奪った自動小銃で中年女を動けなくなるまで叩きのめした。
しかし肝心の首謀者嶋谷は上に逃げてしまったようだ。上の階にはまだ武器があるので取りに行ったのかもしれない。
俺は冴子を左手で抱きかかえながら、右手にAK-47を持ち、階段を駆け上った。
一刻も早く外に出て車まで辿り着かなくてはならない。
南側のガラス戸に椅子を投げつけて壊し、庭に出る事が出来た。
回りに注意しながら冴子を柵の外へ放り投げる様にして出し、フラフラして駆け足の出来ない冴子を右肩に背負って50m先の車まで一気に突っ走った。
冴子を助手席に乗せてからエンジンを掛け、フルスピードで坂を下ってマリーナに通じる広い通りまで出た。
嶋谷は追って来ないのだろうか。自動小銃は冴子を背負って走っていた時、途中で落としてしまった。
近くに警察署か交番がないか探しながら、東京方面へ車を走らせた。

しかし突然、銃弾がリアウィンドウをぶち抜き粉々にした。
バックミラーに大型のバイクが映った。嶋谷に違いない。
10分足らずで追い付いてきたと言うことは、横に並ばれるのは時間の問題だ。
このハイパワーの車でも大排気量のバイクを振り切る事は不可能なのか。
そして遂に俺の真横に嶋谷はバイクをつけ、銃口をこちらに向け、不敵な笑みを浮かべている。
同じAK-47だ。連射されたら二人とも絶対に助からない。

俺は覚悟を決めステアリングを急激に右へ切り、体当たりで嶋谷をバイク諸共破壊する手段を取った。
大きな衝撃と共に、嶋谷はガードレールを越えて崖下に吹き飛んでいった。
しかし俺の車もコントロールを失い、ドリフトした状態から遂にはぐるぐると回転し、そして横転しながらガードレールにぶつかり崖下に転落してしまった。

そして海の底へ車が沈んでいくのが分かった。助手席では冴子が酸欠なのだろうか苦しそうにもがいている。
俺は冴子を、外されている車のトップから引っ張り出し、懸命に海面まで浮上しようとした。
そして俺の肺の中全ての空気を冴子に与えた。
それから間もなくして、意識が消えて行った。



どれくらいの時間が経ったのだろうか、いま俺は海を見下ろしているようだ。
大型クルーザーと小さいボートが見える。
小さいボートの上に冴子が横たわっているらしい。
そして冴子は苦しそうに水を吐いているのが判った。
助かったのだろうか。
俺はどちらにもいないようだ。しかし自分の命などどうでもいい。



俺は、この日のためにだけ今まで生きて来た。










ここはどこなのだろう・・・・・・・・・・・・・・・・何も見えない。
自分が海の底に沈んだことだけは、はっきりと覚えている。
でもさっきから女の声が聞こえる。天使なのだろうか。
自分は死んだら必ず地獄へ堕ちると信じ込んでいたが、違うのだろうか。

「駕龍さん・・・・・・・駕龍さん、聞こえますか。聞こえたら何か言ってください。」

あの世ではこんな感じで天使が囁きかけて来るんだろうか。

「駕龍さん、聞こえますか。」

ぼんやりと灯かりが見える。

「駕龍さん。」

この灯かり、長細い明かり、蛍光灯みたいな灯かり。

「駕龍さん、蛍光灯が見えるんですか。駕龍さん。」

あっ、女の顔が見える・・・・・・・・・・・・・・・・天使か。

「駕龍さん、私は天使じゃなくって看護婦の吉岡ですよ。駕龍さん、さあ目を覚ましてください。」
「エッ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「私の顔がはっきり見えますか。」
「エッ・・・・・・・・・・・・・・・」
「駕龍さん・・・・・・・」
「エッ・・・・・・・貴女は誰ですか・・・・・・・天使さんじゃなくて・・・誰・・・・・・・」
「看護婦の吉岡文絵です。あなたは病院にいるんですよ。」
「俺は生きていた時、よく他人に病院に行けと言ってたけど。」
「生きていた、じゃなくて、今も生きているんですよ。かすり傷で済んだんですよ。」
「エッ、嘘でしょ。海に落ちて死んだんでしょ。」
「私の顔がはっきり見えますか。」
「ええ、綺麗な方です。」
「お世辞が言えるようになればもう大丈夫ですね。」
「お世辞じゃなくって・・・・・・・・・・・ほんとに生きてるのか。」
「一週間も意識がなかったんですよ。余り喋ると良くないから、またにしましょうね。」
「ちょっと待って、冴子は、都築冴子は無事だったの。」
「駕龍さんの恋人の都築冴子さんなら、水を飲んだだけで全然怪我もなく、すぐ退院できたから安心してください。」
「あっ、恋人とかって・・・・・・・まあ、そうなんだけど。」
「都築さんは退院後も駕龍さんをお見舞いに毎日いらしてるんですけど、面会出来なかったものですから、毎日泣いてらしたんですよ。」
「そうなんですか。」
「今日からは面会できそうですから良かったですね。あとご両親と大学のお友達と先生が何回もいらしたみたいですよ。」
「あ〜、そうですか、でも一番最初に逢いたいのは冴子だな〜〜〜・・・・・・・・・・・アッ、そうだ嶋谷はどうなったか知ってますか。」
「あ〜、駕龍さんと同じ大学の先生だった人ですね。テログループの・・・・・・」
「まさか・・・・・・・・・・・・・」
「全身打撲と両足骨折で当分病院から出られないらしいんですよ。」
「そうですか。なんとなく良かったような・・・・・・・・・」
「何か必要なものとかあったら何でも私に言ってくださいね。駕龍さんの意識のない間ずっと私が担当してたんですよ。院長先生に無理を言って、特別に許可を頂いて駕龍さんの専属みたいな感じで。それから毎日下着を取り替えていたのも私なんですよ。ウフッ・・・・・・・」
「ああ、看護婦さん、それはどうもお世話かけちゃって。」
「これからは、文絵って呼んでいいんですよ。」
「エッ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あっ、それから言い忘れていたんですけど、都築冴子さんと同じで毎日面会に来ていた方がいるんですよ。
たしか森下さんて方だったと思うんですけど。あともう一人は井上さんだったかな。」

「エッ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





誰か俺を地獄へ送り返してくれ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・但し、女のいない事が最低条件だ。













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