2009-10-16
借金の「リスク」と銀行の「陰謀」と不動産の「価値」について
「10年以上のローンはだめです - Chikirinの日記」という記事について、ちきりんさんもたまにはわけわかんないこと書くのだなと思って見ていたら、気づけばなにかものすごい量のブックマークがなされており、しかも、こともあろうか「なるほど」とか言っちゃってる人が多いようなので、ここはひとつ相変わらずカネまわりの話には疎いはてなーどもにどこがおかしいか教えてやろうと思った。
借金は「リスク」か
みんな、最長でも10年のローンで払える範囲のものしか買わない、というまっとうな判断に戻るべき時なんじゃないかとちきりんは思います。
10年なんて短すぎるって?
よく考えてください。家以外ならそんな長い期間返せない大借金はしないでしょ。なんで家だとそんなにリスク不感症になるんでしょう。リボ払いとかよりよっぽど“無茶な借金”って気がしますけど。ちゃんと十分な頭金を貯めて、借金の期間は10年で済むくらいになってから“それで買える範囲の”物件を買えばいいんです。
10年以上のローンはだめです - Chikirinの日記
おかしい。
何故家を長期のローンで購入するか。それは単に長期間住むからである。逆に何故車を35年のローンで買わないかと言えば、同じ車に35年も乗らないからである。車を35年のローンで買って、実際には5年周期くらいで乗り換えたらローンの残高がどんどん増えていってしまうから、借りるほうも貸すほうもそんなバカな真似はしない。それだけの話である。
そもそも、普通カネを借りることを「リスク」とは言わない。リスクとは一般的に損失を負ったり危険に遭ったりする可能性を指す。当然カネを借りれば金利というコストは発生するが、それはわかりきったものであって、別にリスクとは呼ばない。返せない場合は自己破産することになるが、別に損はしない。そうした場合に損をするのはむしろ貸した側である。つまり、リスクを負っているのは借りた側でなくて貸した側だというアタリマエの話。カネの貸し借りをするときに、借り手と貸し手のどちらにリスクがあるかと問われ、借り手と答える人など見たことも聞いたこともない。借りた側が負ってるのはリスクなどではなく、ただの負債である。
要するに、ここに述べられているのは単なる印象論である。長期間にわたって借金を返さないといけないというプレッシャーのもとで生活するのは嫌だという単なる印象が、リスク云々という言葉を使ってあたかも合理的な判断であるかのように言い換えられているに過ぎない。
住宅ローンは銀行の「陰謀」か
この単なる印象論は、そもそも「そもそも35年ローンなんてのは、“銀行と住宅会社と不動産会社の陰謀”」だという、いかにもワイドショーウケしそうな稚拙と言っていい陰謀論に展開される。
なにがそんなに「陰謀」的かと言えば、以下のような点だそうだ。
お金を貸す金融機関はこういうことが分かってます。貸す瞬間だけバランスしてるけど、その後は不動産の価値は常に借金額よりも相当低いことは、もう常識です。
10年以上のローンはだめです - Chikirinの日記
不動産の価値が下がって、借金の額面を下回ることを知りながらカネを貸すのが「陰謀」だと。
これもおかしい。
担保価値が不足していることがわかっていながらにカネを貸すことが、一体どういった「陰謀」なのか。上述したとおり、貸したカネが返って来ずに損失を被るのは貸す側である。損失覚悟でカネを貸して差し上げたうえに陰謀呼ばわりをされては、さすがに銀行が気の毒だ。
あまりにもアタリマエのことを説明することになるが、銀行が担保の不足にかかわらずカネを貸すのは何故かと言えば、その借入人本人の返済能力に期待しているからに他ならない。住宅ローンには審査があって、収入がまったくなく返すあてがない人や、収入があっても安定しない人、潰れそうな小さい会社に勤めているような人には審査は下りないことになっている。繰り返すが、返ってこなかったら損をするから。なにが「陰謀」なことがあるか。
不動産の「価値」
で、こちらもアタリマエだが、個人の側が何故多額の借金を負ってまで家を購入するかといえば、金利分のコストを考慮してなお、購入する家に相応の価値があるからだ。
「10年もしたら、不動産の価値が半分」というのはあながち間違いとまでは言わないものの、極めて一面的であると言わざるを得ない。これは単なる清算価値の話であって、使用価値を一切考慮していないからだ。
考えてみて欲しい。一体どこの誰が、自分の住んでいる家の清算価値に興味を払うだろうか。現に自分が住んでいるのに。住んでいる家の市場価値が下がると、その人にとってその家の価値が下がるだろうか?損をするだろうか?そんなはずはない。売るわけではなくて、住んでいるのだから。その人にとって意味があるのは、住家としての価値である。これが使用価値だ。
私は別に突飛なことを言っているわけではなくて、企業会計原則に照らしても事情は同じだ。減損会計の基礎講座に以下のように書いてある。
(1)資産の収益性が低下した特殊状況下においては、使用価値(CF)が帳簿価額(RW)を著しく下回る状態が想定されているので、そのことを「所与条件」として設定し、ケース1では正味売却価額(TW1)が次の関係にある状況が示されている。
使用価値(CF)<正味売却価額(TW1)<帳簿価額(RW)
「減損会計基準意見書」(四2(3))では、使用価値(CF)と正味売却価額(TW1)とを比較して、「いずれか高い方の金額」を選ぶことを求めている。したがって、この場合は、「正味売却価額」が選択される。
(2)ケース2の場合は、次の関係にある状況が示されているので、使用価値(CF)が選ばれることとなる。
正味売却価額(TW2)<使用価値(CF)<帳簿価額(RW)
減損会計の基礎構造
意味がわかるかどうか不安だが、要するに資産の評価を見直すときは、清算価値と使用価値の高いほうを採用して良いよと書いてある。
家の使用価値とは言うまでもなく住むことであり、これは賃料相場を参照すれば簡単に貨幣単位で言い表せる。家を買うことのメリットは家賃を払わなくても済むようになることだ、とでも言えばわかりやすいだろうか。
ということで、例えばあと30年住める家の使用価値は、30年分の賃料相当額の割引現在価値に等しい。さっき適当に20万くらいの家賃相当額で割引率を4%に設定して現在価値を計算したら大体40百万円くらいになった。まあそんなものだろう。ついでに言えば、これに好みの内装・外装にカスタマイズすることで得られる満足感や、長く住むことで愛着などの貨幣化できない価値もアドオンされる。
この価値は、清算価値と違って、10年そこらでいきなり半分になったりはしない。1年経過すると、1年分減るだけだ。何故減るかと言えば、その家を1年分消費したから。アタリマエの話だ。確かにこれを売ろうと思えば価値は一気に下がるが、仲介者のマージンを考えればなにも不自然なことはない。なにがどう「バランスしない」のかさっぱりわからない。普通このくらいの計算は何も考えずとも感覚的にわかるものだ。だからみんなローンを組んで家を買っている。それをあれほど乱暴な理屈で切って捨てるのは、人をバカにしすぎである。
もうワケがわからなすぎて、一般人を煽動するためにわざとやってるのではとさえ思う。負債を嫌う心情は理解するが、レバレッジは非合理ではない。負債を上手に活用する方法は十分検討に値するものだ。
割引現在価値について
割引現在価値がわかんない人は、、
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