「みんな」の力が活きる
「ひとり」と「みんな」
「ひとり」より「みんな」の方が優れている。
この説はある局面ではYESであり、ある局面ではNOである。「ひとり」でやる方が向くこともあるし、逆に「みんな」でやる方が良い結果につながりやすいこともある。
例えば、何か新しいことを企画しようとしたとき。「大胆な着想」というのは、個人から産まれるものであろう。いろんな人の意見を聞いてしまうと、往々にして尖った発想が丸まってしまい面白くなくなってしまう。また、昔から「出る杭は打たれる」とも言われる。大胆な着想を「みんな」に提示したとたん、ダメにされることさえある。
だが、その着想を実行していこうとすると、「ひとり」の力では限界がある。実行に移すには、さまざまな障害が起こりうる。ひとりで、さまざまな視点から考え抜けるだろうか?どうしても「ひとり」の視点では偏りが出てしまう。人間には「思考のくせ」みたいなものがあるものだ。だから、いろんな観点から検証するには、他の人の視点が欠かせない。「みんな」でよりよい案にブラッシュアップし、「みんな」で実行できるようにしていく。こういう行為は「みんな」でやった方が良いのだ。
では、「みんな」の力が活きるためにはどうしたら良いだろうか?
単に大勢が集まっただけでは、「烏合の衆」になってしまう。それぞれ勝手に発言し、散り散りの議論になってしまうこともある。着想は良かったのに、「みんな」で集まって企画をブラッシュアップしようとしたら、異論続出。案を修正していくうちに、当初の着想で優れていたところが全てなくなってしまった。こんなことも起こりうる。間違った「みんな」の失敗例は枚挙にいとまがない。
どうすれば良いか?こうすれば絶対にうまくいくという方法は、おそらく無い。でも、こうした方がうまくいく可能性が高いという方法はある。
共感を得る
まず、あれこれ言ってもらう前に、「みんな」に対して、達成したい目標やその実現方法のアイデアなどを示し、共感を得ることだ。これは、発案者が行うかもしれないし、「みんな」のリーダーが行うかもしれない。あるいは、ファシリテーター(まとめ役)となる人が代弁して伝えるかもしれない。
重要なことは共感を得られるかだ。単に伝えるだけでは不十分。示された目標や実現のアイデアに対して、「なるほど、それができたら良いね。実現できるかもしれない。すばらしい」と心から共感してもらえるか。だが、一筋縄ではいかない。人それぞれ価値観が異なるものなので、共感を得るにもさまざまな手段が必要になる。メールで伝えるだけで共感してくれるかもしれないし、実際集まって想いを直接伝えることが必要かもしれない。あるいは一人ずつ会うことも必要かもしれない。場合によっては、多少言い方を変える必要もある。人によって、言葉の受け止め方が違うことがあるからだ。
こうして共感が得られたら、次は誰に参加してもらうかだ。自分に欠けている視点を補ってもらうためには、多様な参加者が必要だ。世間一般でどう受け止められるか?金銭的にどうか?短期的な視点では?長期では?デザインは?コピーやタイトルは?誰が反発する?さまざまな視点から考察が加えられるには、参加する人の幅が必要になる。
だが、多様すぎる参加者を一堂に集めても、会話にすらならないこともある。その人の使う用語が違うこともあるし、いくら共感してくれているといっても、共感してくれているポイントが人によって違うこともある。そうすると、集まったとしても効果的な会話にならない可能性が高まる。ひどい場合には参加者が分裂することも。そうすると「みんな」の力が活きることはない。
対話の準備とルール
対応としては、主催する側が事前に対話の準備をすることが必要だ。異なるバックグラウンドの人が集まるのなら、参加者同士がなじめるように、本題に入る前に時間を取るべきだ。話の進め方/振り方、議題の転換の仕方、ペースなども気をつけなければならない。場の設定も重要だ。Webのようなバーチャルな場で行うのか。実際に集まるのか。電話会議のような場か。分科会的な集まりと全体の集まりを組み合わせることも有効な手段だ。一度に全部の話をするのではなく、何回かに分けることも必要かもしれない。そうすることで、多様な参加者から有効な話を聞ける機会が設けられることになる。
さて、多様な協力が得られたとして、では参加者のルールはどうするべきだろう。
他の参加者を尊重しつつ、自分の意見を率直に表明すること。事実(ファクト)を無視しないこと。大きな目標の達成に対して前向きであること。他人事ではなく、自分のことのようにオーナーシップを持って考えてもらうこと。あと、何より大切なのは、「みんな」が「みんな」の力を信じることだろう。
こんなルールだろうか。でも、こうしたルールをしっかり守って、自身の意見を的確に表明できる人がどれだけ居るだろうか?実際には、共感して参加してもらったとしても温度差はあるし、議論の巧拙には個人差がある。これは事実として受け入れなければならない。主催する側の忍耐力が求められることもあるだろう。
一歩ずつ、よりよい未来へ
こうして書いていくと、「みんな」の力が活きるようにするのは、とてつもなく難しいことのように見える。確かに日本国の政策立案のように、1億人以上の「みんな」を相手に、そのバックグラウンドも置かれている状況も考え方もものすごく多様な場合には、とてつもなく困難だろう。でも、もっと小さな集団、例えば五十人くらいの集団だったらどうだろう?小さな会社。一つの部署。学校のクラス。サークル。あるプロジェクト。そういう集団であれば、多少バックグラウンドが違っていても、ここで挙げたようなことを実行することも可能ではないだろうか。
「みんな」の力が活き、企画をブラッシュアップして実現にもっていく。小さなことからでも取り組むと、仕事のやり方が、よりよくなることが実感できるだろう。これが会社全体に拡がれば、よりよい経営システムにつながるのではないだろうか?
羽物俊樹