「まいど1号」の憂鬱
正直,あまり気の進まない出張でした。東大阪の中小企業が作った人工衛星として名高い「まいど1号(SOHLA-1)」を取材するための大阪出張です。日経エレクトロニクス2009年5月18日号では,「1社に1台,人工衛星」と題して100kg以下の超小型衛星がエレクトロニクス業界に与えるインパクトについて特集しました。まいど1号は日本の超小型衛星の中でも特に有名な衛星です。私自身,以前に書いたNEブログ「日本の小型衛星ブームは本物か」で取り上げました。この特集で,まいど1号を外すわけにはいきません。
何しろ,中小企業が力を合わせて作り上げた衛星です。マスコミも「中小企業の希望の星」「ものづくり日本の底力」といったトーンで報道しています。普通なら取材の前に憂鬱になる理由はありません。でも,どうも話が違うようなのです。
今回の人工衛星特集では,30件程度の取材を行いました。取材の中で,まいど1号の名前が出てくることもあります。すると何か微妙な空気になる。そして決まって出てくるのが「あれはJAXA(ジャクサと読む。日本の宇宙開発を一手に行っている宇宙航空研究開発機構のこと)が作った衛星だから」という話です。まいど1号は表向きは東大阪宇宙開発協同組合(SOHLA)が開発したことになっています。しかし,実際には大部分をJAXA(とサポート企業)が開発しました。少なくとも,今回の特集でお伺いしたほとんどの取材先は,そう認識していました。事情をよく知る某企業の幹部に至っては「(東大阪宇宙開発協同組合はJAXAに)何から何までやってもらってお礼も言わない。あんな人たちとはつき合いたくない」とまで言っていました。
調べてみると,たしかにまいど1号に対する東大阪宇宙開発協同組合の関与はそれほど大きくないようでした。まいど1号の基になったのは,JAXAが2002年に打ち上げた「μLabsat」という超小型衛星です。まいど1号の設計は,μLabsatのものをかなり受け継いでいます。東大阪宇宙開発協同組合を構成する中小企業は,まいど1号の設計にはほとんどタッチしていません。衛星の構造体をJAXAから渡された図面に従って製作したり,衛星に使う一部のモジュールを納入したりした,というのが実態です。中には,外部のメーカーからモジュールを購入してそのまま納入した企業もあったようです。
東大阪への出張では,まいど1号プロジェクトの提唱企業であり現在は東大阪宇宙開発協同組合と袂を分かっているアオキと,東大阪宇宙開発協同組合をそれぞれ取材しました。いずれの取材先でも,さすがにJAXAの関与が大きいことは認めていました。東大阪の企業が何もしなかったというのは言い過ぎですが,せいぜい「JAXAがまいど1号を作るのを手伝った」という程度でしょう。
それがなぜ「中小企業が衛星を作り上げた」という話に化けてしまったのか。理由はいくつか考えられます。まず,それがマスコミにとって取り上げやすいストーリーだったからでしょう。美談として取り上げることで不況にあえぐ中小企業を少しでも元気付けたい,という動機は理解できます。また,「開発費の出どころ」も関係しています。まいど1号(と未完成に終わったSOHLA-2)の開発は,新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の基盤技術研究促進事業の中の「高度製造技術と革新的設計の融合による汎用小型衛星の研究開発」として2003年度から2007年度まで実施されました。総額7億円で,委託先は東大阪宇宙開発協同組合です。NEDOにとってまいど1号は「委託先である東大阪宇宙開発協同組合がJAXAから技術移転を受けて開発したもの」ということになります。
ほかに「中小企業製の衛星」はいくらでもある
まいど1号という名前が強烈なためか,この特集は編集部内でずっと「まいど衛星特集」と呼ばれていました(私が言い出したのではありません,念のため)。しかし,実際に出来上がった特集にまいど1号の話はほとんど出てきません。まいど1号だけをフィーチャーする必要はなかったからです。
これまで日本では100kg以下の超小型衛星が15基以上開発され,国内や海外で打ち上げられています。その中でも,千葉工業大学の「観太くん」,東北大学の「スプライト観測衛星」,香川大学の「STARS」といった衛星の開発には多くの中小企業が協力しています。また,宇宙関連ベンチャーであるウェルリサーチがソランのために開発した「かがやき」,東京大学発の超小型衛星ベンチャーであるアクセルスペースがウェザーニューズのために開発を進めている「WNI衛星」といった衛星もあります。大学の学生が中心になって開発した衛星でも,無線通信や回路基板,金属加工といった分野で高い技術を持つ中小企業が何らかの形でサポートしています。中小企業が関与していない日本の超小型衛星は1基もないと言っても過言ではありません。
では,まいど1号プロジェクトに意味はなかったのか。私はそうは思いません。何より,超小型衛星という分野があることを世間に知らしめた意義は大きい。正直に言うと,まいど1号がなければ,私が日経エレクトロニクスで人工衛星を特集するという無謀な試みに挑戦することはありませんでした。また,文部科学省と経済産業省はそれぞれ数十億円の予算を組み,超小型衛星に関連した産業の育成に乗り出しています。
東大阪に残ったものもゼロではありません。まいど1号の開発にかかわったJAXA宇宙実証研究共同センターのセンター長である橋本英一氏は「構造体を製作したアオキ,中央制御ユニットを担当した伊藤電子(とその下請けである八光電子工業やデュアル電子工業),搭載カメラを製作したシキノハイテック(注:もとは大阪にあったカネボウの電子関連事業で,シキノハイテックが買収)には宇宙開発のための技術を移転できた」と話します。その証拠に,まいど1号と共に打ち上げられたJAXAの超小型衛星「SDS-1」の開発の一部には,これらの企業が参加しているとのことです。
まいど1号の提唱者であるアオキ社長の青木豊彦氏は,その言動が「若干ドンキホーテ的」(ある宇宙関連技術者)ですが,「宇宙ビジネスを大阪に根付かせようという情熱はある」と橋本氏は評価します。まいど1号は実体が伴っていない面がありましたが,今後,「これがまいど衛星だ」と堂々と言える衛星がぜひ現れてほしいと思います。