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トヨタ自動車は29日、米国内で販売した8車種の乗用車など計380万台をリコール(無償の回収・修理)する見通しになった、と発表したが、政府の需要喚起策などの後押しで業績が上向きかけてきた同社にとって、大きな痛手となりそうだ。運転席に敷かれたフロアマットが、運転中に外れてアクセルペダルの操作を妨害し、深刻な事故につながる恐れがあるためで、マットが原因とみられる事故は複数報告されているという。「高品質で安全」のブランドイメージが傷つけば、シェア争いでも後退を強いられかねず、トヨタは慎重な対応を迫られている。【坂井隆之、ワシントン斉藤信宏】
リコールの対象となるのは04~09年型のハイブリッド車「プリウス」や07~10年型の中型乗用車「カムリ」など主力の乗用車のほか、07~10年型の高級車「レクサスES350」や07~10年型のピックアップトラック「タンドラ」など計8車種。
これまでトヨタは、米国市場で一貫して「故障の少ない安全性の高い車」「低燃費で環境によい車」とのイメージを築くことで販売台数を伸ばしてきた。米国産車の不振が続く中でも「安全性の高さと燃費を重視する消費者は車の国籍にはこだわらない」(トヨタ販売店主)との指摘どおり、着実に販売実績を積み重ね、新車販売台数では今年に入り、首位のゼネラル・モーターズ(GM)にも迫りつつあった。
ところが、今回のリコールで、トヨタ車への信頼は大きく揺らいだ。マットの不具合はアクセルペダルが戻らなくなるという安全性に直結する欠陥で、大事故につながりかねないものだった。実際に米メディアによると、これまでにマットが原因とみられる事故で5人の死亡が確認されているという。トヨタ側は「迅速に対応する」と強調しているが、消費者のイメージダウンは避けられそうにない。
米市場では、昨年の金融危機以降、ウォン安の恩恵もあり、韓国勢が急速に販売を伸ばし、日本車を脅かす存在に成長しつつある。かつては技術力に大きな開きがあった韓国車だが、09年には「北米カー・オブ・ザ・イヤー」を現代自動車が受賞するなど、技術面でも急速に日本に近づいている。マットが原因で4人家族が死亡した事故は米メディアで繰り返し報道されており、ライバルとのシェア争いにも影響が及ぶ可能性がある。
380万台ものリコールは過去に例が無く、トヨタの業績に打撃を与えるのは確実だ。
まず問題になるのが、リコールの作業に伴う費用。ユーザーへ通知する通信費に加え、ディーラーで接客や整備にあたる従業員の人件費もかかる。さらに問題となったマットを無償交換することになれば、「1枚あたり1万円程度の費用がかかる」(ディーラー関係者)ため、それだけでも億単位の出費となる。営業マンがリコール対応に追われれば、販売面の影響も大きい。
米メディアによるとマットが原因とみられる衝突事故は17件発生しており、訴訟などになれば費用は更に膨らむ。00年には米フォード・モーターの車種で死傷事故が多発し、タイヤの大量リコールに発展、数十億ドル単位の損失が発生した前例もあり、「訴訟社会」米国での安全をめぐる経営リスクは計り知れない。
トヨタはリーマン・ショック後の景気悪化を受けて09年度は4500億円の最終(当期)赤字を計上する見通しだが、10年度の黒字転換を目指し、今年度中に四半期ベースで黒字転換するシナリオを描いていた。
北米での販売回復がカギを握るとみて、連邦破産法11条を申請したGMやクライスラーがディーラー網削減などのリストラに追われる間にシェアを伸ばすことを画策していただけに、同社内では「あまりにタイミングが悪い」(幹部)との声が出ている。
毎日新聞 2009年10月1日 東京朝刊