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天声人語

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2009年10月14日(水)付

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 リアリズムの鬼と呼ばれた土門拳の写真集『ヒロシマ』は1958(昭和33)年に刊行された。被爆者の傷痕や、原爆症の苦悩を見すえた一枚一枚が、核の非人間性を、えぐるように告発している▼初めて広島入りした日を土門が回想している。戦後も10年余りが流れ、「忘れられた原爆を撮る」ぐらいの気分だった。だが広島に着いて驚き、狼狽(ろう・ばい)する。「僕などヒロシマを忘れていたというより、初めから何も知ってはいなかったのだ」と。そして憑(つ)かれたように広島に通い、写真集を世に出した▼その広島と長崎の両市が、2020年五輪に名乗りを上げると表明した。人々は歓迎ばかりではない。驚きあり、困惑ありと反応はまちまちなようだ。だが先行きの困難は承知で、試みるに値する招致ではないだろうか▼土門ではないが、「何も知ってはいない」人は世界に多い。核の唯一の使用国とて例外ではない。ヒロシマとナガサキが人々の胸に刻まれれば刻まれるほど、核廃絶の潮流は強まっていくと信じたい▼とはいえ世界の思いは単純ではないだろう。被爆した詩人、栗原貞子さんの一節を思い出す。「〈ヒロシマ〉というとき 〈ああヒロシマ〉と やさしくこたえてくれるだろうか 〈ヒロシマ〉といえば〈パール・ハーバー〉 〈ヒロシマ〉といえば〈南京虐殺〉……」▼このあたりをこえていくのは、実際的な段取りにも増して難しいことかもしれない。惨禍から75年の後。めざすのが名にたがわぬ「平和の祭典」なら、挫折しても値打ちはあろうというものだ。

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