まるで名探偵のような、冷静で明晰な口調。“九一分け”の印象的な髪形。湾岸戦争の際、息を呑む思いでテレビをつけた視聴者に、兵器や武器などの専門用語をたちどころに解説し、納得させてくれた江畑さんが60歳の若さで逝った。
1991年1月に勃発した湾岸戦争。多国籍軍がイラク軍を空爆、2月には地上戦が始まり、実質3日でクウェートは解放され、停戦が発表された。この間、米軍のトマホークやステルス機、パトリオットミサイルなど、数々の兵器が江畑さんによって詳細に解説された。後にも米国によるアフガニスタン攻撃、イラク戦争、そして北朝鮮の核実験やミサイル発射など、有事の際にはテレビ画面に登場した。
「わたしの専門は兵器とか戦争。それで飯を食っていますが、なければないほうがいいモノなんです。人命にもかかわることでもあるし、おもしろおかしく取り上げてほしくない」
94年、夕刊フジの取材に、江畑さんはこう答えている。兵器や技術については雄弁に語っても、外交や政治についてはピタリと沈黙する矜持の持ち主。関係者によると、個性的な髪形を民放のバラエティー番組で揶揄されて以来、ほぼNHK以外出演しなかったともいわれている。
葬儀・告別式は近親者で済ませた。後日お別れの会を開く予定。喪主は妻、裕美子(ゆみこ)さん。