雇用対策で巻き返す菅直人 - 農林業と介護を受け皿にする構想
週末の政治番組に菅直人が出演して、雇用対策の問題で興味深い話をしていた。最初に、司会者の田原総一朗が菅直人に意味深で意地悪な一言をぶつけ、「どうも、たいへん出にくいところをようこそ」と切り出した。これは、国家戦略担当大臣の実権を奪われて、事実上失脚状態になっている菅直人への嫌がらせであり、田原総一朗の意図は、番組の対論で、菅直人が内閣の中で窓際に置かれ、予算編成にも政策決定にも関与できない現状にある事実を晒し者にする点にあった。菅直人の動きを封じている張本人の藤井裕久を最初に登場させ、目の前で順番待ちさせる屈辱を与えた演出も周到で悪辣だ。本来、職位は副総理の方が上であり、副総理が格下閣僚の政策論を黙って聞いていなければならない図はないのである。だが、さすがに菅直人は切り返しの名手で、窓際業務として与えられた「雇用対策」をテコに、本格的な「国家戦略」を印象づける政策構想を案出し、それを国民の前に披露する反撃に出ていた。メイクセンスなアイディアを提示して説得できる能力が、他の政治家と菅直人を分ける。菅直人は、これから年末にかけてヨリ悪化が予想される雇用情勢に対応し、さらに公共事業削減の余波で放出される建設業関係の余剰労働力の受け皿として、幾つかのプログラムを検討中であることを開陳した。それは同時に産業育成の具体政策にもなっていた。一つは介護、もう一つは農業と林業。
プログラムを実行する内閣の責任者は、厚生労働副大臣で、今週立ち上げる予定の「緊急雇用対策本部」の本部長となる細川律夫。プログラムの財源は、麻生内閣が緊急雇用対策」として基金に積んだ（まま国債を購入していた）７０００億円の残り。菅直人の議論で膝を打ったのは、現在の厚生労働省の「職業訓練」が、失業者にとって何も役に立っていない事実を正しく指摘した点だった。すなわち、「エクセルとか教育しても、そのスキルで就職できる場所がなければ何の意味もない」。この発言には、テレビの前の多くの視聴者が同感したことだろう。正鵠を射ている。政府の「職業訓練」や「就業支援」は、実効性の低い形式的なアリバイ事業で、官僚が「口実」のためにやっている上っ面だけのエクスキューズなのである。確かに、WORDやEXCELを使えない者も多いだろうし、使えない人は使えるようになった方がいいだろう。だが、、それが現在の雇用問題に対応する有効な対策になってないことは論を待たない。事務処理能力を必要とする仕事の需要が労働市場にあるわけではなく、逆に、事務処理の仕事がどんどん減って有効求人倍率が下がっているのである。政府が税金を使って「就業支援」をするのなら、その支援事業の結果、失業者が即仕事を始めて富を生産し、生活を維持しながら納税できるように措置しなければならない。つまり、安定して続けられる仕事を用意した上での「就業支援」や「職業訓練」を提供する必要と責任がある。
政府の雇用対策のプログラムは、雇用創出（産業創成）とセットになったトータルな構想として設計されなくてはならず、国民経済にとって必要な新産業への労働力配置策でなくてはならない。こうした発想は、新自由主義の論者には根本的に欠落しているもので、自民党政権にもなかったし、民主党右派の政治家にも見られない。菅直人は、農業以上に林業の再生とその方面への余剰労働力転用に意欲を見せていた。「この分野（農業と林業）は、公共事業の建設業に従事している部分と比較的親和性が高い」と言い、労働力の振り向け策に成功する可能性に自信を示していた。これは、地方の雇用の具体論を言っている。実際、全国平均の有効求人倍率は０．４２倍だが、秋田県は０．２８倍である。都会よりも雇用情勢の厳しい地方にとって、この菅直人の発言は期待を寄せられる福音に聞こえたかもしれない。民主党は、昨年末に出した「日本版グリーン・ニューディール」構想で、「エネルギー転換や農林漁業再生により、２５０万人の新たな雇用創出をめざす」と言っている。また、マニフェストでは、「間伐等の森林整備を実施するために必要な費用を森林所有者に交付する『森林管理・環境保全直接支払制度』を導入する」とも公約している。菅直人のサイトには、短いが「林業再生」と題された記事があり、路網を整備し、機械化を進め、集団化（林地の団地化）を進めれば、採算がとれて外材との競争に負けない林業を再生することが可能だと書いている。
もう一つの柱である介護への労働力の吸収だが、日経の記事では、介護・福祉事業の８月の就業者数が過去最多の２９１万人に及んでいて、前月から７万人増え、前年同月比でも２０万人増の勢いとなっている。介護の有効求人倍率は１．３３倍で、あらゆる業種で人が余っている中、介護だけが人手不足の状況となっている。問題は、従来から言われている介護労働者の待遇の悪さで、番組でもこの問題が取り上げられた。民主党は、マニフェストで賃金を月額４万円引き上げる対策を出している。介護の現場は人出不足でありながら、低賃金で重労働のため、これまで介護福祉士養成校も募集に対して定員割れが続いてきた。現在、強烈なペースで介護への労働力移動が続いているのは、低賃金で重労働でも他に選択肢がないため、やむなくそこに再就職の場を求めている膨大な余剰労働者の圧力があることを意味する。昨年の派遣切りと派遣村の後、ある若い路上生活者が行政の案内で介護の職を始めたが、そこで体を壊し、鬱病になり、再び失業状態に戻った例があった。湯浅誠が言っているように、仕事の量の供給も大事だが、質を改善しないと問題の解決にはならない。果たして、民主党の政権公約のレベルで介護労働の問題は解決するのだろうか。これに関連して、9/27の半貧困の集会に出席していた笹森清が、介護保険料の問題に触れていたのを思い出す。介護保険制度が始まったとき、保険料は月額２５００円の徴収だった。それが今は３倍の月額７５００円になっている。わずか１０年間にこれだけ保険料が上がり、逆に介護報酬が引き下げられたのは何故なのだろう。
国の介護事業の会計が、実際のところどうなっているか詳らかではないが、例の折口雅弘のコムスンの一件などを見ながら思うのは、介護保険制度を施行し始めた後、政府の政策が急速に新自由主義の方向に旋回し、本来、国が面倒を見なければならない分野を無理に民営化し、営利のビジネスとして煽って「産業育成」を図った点に根本的な問題があったのではないかという疑念である。介護を市場原理で回して民間事業者に金儲けさせ、同時に介護を受ける者も介護労働者も政府も全体がハッピーになるというモデルが成立するとは思えない。この分野は、教育や医療と同じように、民営事業ではなく公営事業が基本になり主体になるのが当然ではないのか。この制度の発足時点の思想の中身については不明だが、竹中平蔵が牛耳る新自由主義の政府となって以降、需要は多いながら低賃金に押さえ続けた介護労働者について、おそらく最初から外国人労働者を流入させる目論見があったのだろうと推測する。介護には国が予算を投じるべきで、制度そのものを再設計する必要があるだろう。また、介護労働力の不足についても、再設計の際は、低賃金が解消されて人が離職せずに定着するという前提で人数を計算すべきだろう。クローズアップ現代の放送を見たネットの感想で、「どっちへ進んでも３０代ニートは地獄だな。介護かホームレス」というのがあった。残念ながら、この言葉は実態を言い当てている。生きる上での選択として、介護は地獄だったのだ。失業者から介護労働者への流入も多いが、介護労働者から失業者に戻る流れも少なくないのである。
この同じ政治番組の最後に、『脱・霞が関で活性化 − ４千人の村が指し示す「地方分権」』という特集が組まれていた。長野県下伊那郡の下條村と泰阜村の二つの自治体の事例で、二つとも成功物語として華々しく紹介された。下條村は、前はガソリンスタンドの経営者だった村長が、職員を小売店の店頭に立たせる研修で意識改革を図り、これまでの無駄を一掃、職員数を削減し、さらに安い村営住宅を建てて村外から若い夫婦を移住させ、村の出生率を全国１位にする成功を収めていた。村の保育園は幼児で溢れ、新規に増床して増えた園児に対応していた。条件や制約が多く、村にとっては有益でなく負担になる補助金付きの公共事業に頼らず、生活道路の建設も村の住民の労力でやらせ、コストの低い下水道施設を選んで借金を減らす工夫をしていた。これは確かに成功物語で、出生率日本一の実績は大いに立派だ。しかし、村に移住してきた若い夫婦たちが、何で生計を立てているのかは説明されていなかった。隣の飯田市に仕事場があるのだろうか。村に働く場所を作ったのなら本当に評価できるが、住居費の支援で釣って、隣接自治体から若者を引っ張っただけではゼロサムである。それと、コスト削減のために村人が自力更生で（国交省の規格外の）生活道路を造る姿は感動的ではあったが、素人の手製の道路の耐久性や安全性は果たして大丈夫だろうかという疑問も残った。車が通行すれば道路は消耗する。補修もしなくてはいけないだろう。仕様が万全でなかったために損傷が激しく、修理の方に費用がかかるというような、社会資本としての不安はないだろうか。
二番目の泰阜村の事例はさらに意味が不明だった。映像で紹介された村の誇るべき美点は、診療所での高齢者の診察費がワンコインの５００円というだけで、他には特にテレビ報道の特集になるような制度や実績はなかった。終末期の医療で工夫をして、入院治療ではなく在宅治療に変えたため予算が云々という説明があったが、要するに、終末期の老人の患者を病院から自宅に帰し、それで浮いた金を高齢者の医療費の補助に当てたという話で完結している。 下條村と比べると、成功のレベルはく小さく、「地域主権」の成功事例を強調するコンテンツとしては、やや大袈裟に取り上げすぎた印象がある。この政治番組が、泰阜村を「地域主権」の成功モデルとして訴求したのは、村長が発した一言に理由があったように感じられた。「霞ヶ関から財源と権限を移せば、必ず地方は活性化する」。この言葉を村長に言わせて放送したかったのではないか。これは、橋下轍と猪瀬直樹と経団連が一貫して言い続けている道州制の宣伝フレーズである。「霞ヶ関から財源と権限を移す」。結構なことに聞こえるが、もし、本当に国から財源を移す措置が取られたら、泰阜村に下りる交付金は現在の半額以下になるだろう。泰阜村のサイトを見ると、村の財政の歳入に占める地方交付金の比率は４９％を占めている。猪瀬直樹や橋下轍が言っている「地方分権」は、国がこういう田舎の小さな自治体に無駄にカネをバラ撒いているから、俺たち（東京都や大阪府）の取り分が少ないのだという主張に他ならない。国から地方に財源を移管すれば、人口の多い東京都や大阪府の取り分が多くなるのは必然だ。「一票の格差」と同じである。だからこそ、全国町村会は道州制には反対だし、「地方分権」の政治標語にも慎重なのだろう。この放送は、「地方分権」の美辞麗句で国民を騙そうとする新自由主義の宣伝工作である。
