最後の希望
ヨタは生後一ヶ月になった、かわいい盛りである。兄弟達の尊い死によって得た生をはちきれん
ばかりに遊びまくっている。目に入れても痛くないとはこの事だろう、自分も野良猫を見ると思わず
「ヨタの親かなぁ・・・」と思いつつも、変わらぬ元の生活にひたしんでいた。
ヨタはすでにトイレも覚え、キャットフードもガツガツ食べるようになった。しかし、そんな安息の日々
もつかの間・・・。ある日、ヨタのお尻が汚れていた。どうやら下痢である、病院からもらった下痢の薬
も、飲み水やエサの新鮮さを片っ端から気を使ってみても、ヨタの下痢は直らなかった。そして、ついに
体重が著しく減りだした時、事件は起こった。
「きゃ〜っ!!!」朝から甲高い悲鳴が炸裂した、彼女が汚れたヨタの尻を拭こうとした時、なにやら
白い物体が肛門に付着していた、よく見ると何やらくねくね動いている。どうやら寄生虫のようである、
この時自分は内心ホッとした。「なんだ・・・、下痢の原因はこいつだったんだ・・・。」そんなものは田舎
では珍しくもなんともない。とりあえず虫下しでももらおうと動物病院にヨタを連れて行った。
先生が険しい顔をして、「ヨタ君は今日連れて帰っていいけど、明後日また必ず来てくれる?」・・・???
よくわからないがその日はヨタを連れて帰り、2日後に再びヨタを病院に連れて行った。
先生がホルマリンに入った寄生虫を見ながら、「ヨタ君非常に危険な状態だよ・・・」、!!!!!!はあ?
ヨタの腹の中にいる寄生虫は「犬列頭条虫」だった、人間だと10mにも達すると言われる、「サナダ虫」
である。おそらく親猫が犬のノミを持っていてそれがヨタに吸血した時に卵が入ったらしい、犬に憑くサナダ虫
が猫に憑くのは極めてマレで、当然「猫サナダ虫」とやらもいるらしく、犬に憑くサナダ虫の方がはるかに
デカイとのことだ。生後から計算すると、ヨタのなかでは恐らく1m以上にも達しているらしく、早くも肛門から
卵の入った自分の体を切り離し、それをノミが食べると他の動物に媒介していくわけである。顕微鏡では卵
の数は少なく、まだ成虫にはなってはいないのだが、あと半月ほどすると体長は3mにも達し、大型犬でも
下痢をおこし、衰弱する場合があるのだから、生後一ヶ月半のヨタなどひとたまりもない。
先生が「今すぐ決断しないと・・。」と言った、「何をですか?虫下し飲ませればいいんじゃないんですか?」
と自分が答えると、「虫下しは立派な劇薬で猫だと最低1・5Kg以上じゃないと中毒症状で死んでしまうんだ」
ヨタは多分1Kgすらなかったと思うが、とにかく選択肢は一つしか無かった、「このまま大きくなるまで待つ」
のだ、その間サナダ虫の嫌いな漢方薬を少しだけ飲ませるのだ。運が良ければその間に虫が死んで出てくる
。運が悪ければ衰弱死である。
なんで、なぜ?と思いながら家に帰る事にした、最後の一匹の命も近い日に消えようとしている。家に帰る
と再びヨタのお尻から白い虫体が何匹も出てきてる、「ちきしょう!ちきしょう!」と、涙をこらえて虫をティッシュ
で拭き取りひねり潰した。ヨタは痩せてはいるが家が落ち着くらしく、元気にカーテンにじゃれついていた・・。
寝る前に例の漢方薬を無理やりヨタに飲ませてその日は寝床についた。
次の朝、なんと奇跡が起きた!ヨタのトイレを見てみるとこの世のものとは思えないグロテスクな塊がトグロを
巻いていた、あわてて動物病院に電話してみると、どうやら私が漢方薬の分量を思いっきり間違えてたらしい。
それと、やはり犬に取りつく虫なので猫の、それも子猫の栄養不足の体内は、サナダ虫にとって過酷な環境で
あったらしい。何はともあれ漢方万歳!中国4千年に乾杯!。なるほど、よく田舎で庭木の毛虫にタバコ
の吸殻が入った茶色い水を霧吹きでかけてたっけ・・・、それに近いかどうかわからんが、こうしてヨタは一命を
取り止めたのであった。