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                    マカロニ      

                     10月3日マカロニとの出会い

     10月3日仕事帰りに車にはねられた子猫が国道のど真ん中にうずくまっていた。最初は自転車で通り過ぎた。
    ぐったりとしていて動いていない。慌てて引き返し、せめて手厚く埋葬してあげようと自転車で車道に出た途端、

          キキキキ〜ッ!ドカッ!!!

      私が原チャリに轢かれた。
    相手は学生さんであったが、何せこっちが悪い。最寄の交番で待ち合わせようとゆうことになったが、どうやら飲酒
    らしく、その後彼はバイクに多少傷が付いたまま姿は現さなかった。(ごめんなさいね)自分も腕と足に打撲を負った。
    猫は生きていた、外傷の程はよくわからないが、とにかくぐったりしている。

     近所中の動物病院をまわったが何処も開いていない。大都会ならともかくこの閑静な住宅街に救急動物病院など
    あるわけない。とりあえずセンチな感情になっても仕方ない。家に連れて帰り様子を見るしかない。いわゆる、「今晩
    が山。」というわけだ。包んだ上着を外してよく見てみると生後2ヶ月前後と言った感じだ。とても耳が大きく、垂れている、
    目には目ヤニが固まり開かなくなっている、この大きさまで育って目ヤニが溜まる程の栄養失調になるはずはないと
    思ったが、応急処置で温めたお湯をカガーゼに浸して拭いてあげた。

     

    拾ってきた直後のマカロニ。

  耳がとても大きく垂れ耳の猫である。ぐったりしていて反応が無い。

  この時思ったことは顔がとても小さく、耳が大きい猫なので、メスなら

  「ミミ」、オスなら「マカロニ」という名前を付けようと思って調べてみる

  とオスでした、ちょっと残念。メスならとてもベッピン猫ちゃんだったのに♪



           10月3日 当日明け。   悪夢の始まり・・・。

     当日明け、朝一番で街で一番の規模と施設の整った動物病院に連れて行く。

    血液検査、レントゲン、触診の結果、外見とはうらはらに最悪の検査結果が出る。

    ・ 頭蓋骨亀裂骨折。
    ・ 上、下顎骨粉砕骨折
    ・ 左眼球破裂
     
     大きな怪我はこんな具合だ。
    とりあえずできる処置は鼻からの栄養剤と点滴による抗生物質と鎮痛剤の投与ぐらいだ。脱水症状と白血球の減少が
    あったが、内蔵などには奇跡的に何のダメージも無い。
   
     自分の動物に対する経験上、骨折や眼が片方潰れるくらいの怪我は、恐ろしいほどの回復力で骨はつながり、すぐに
    走り回るものだが、今回のマカロニに関しては事の深刻さが解った。担当ドクターは女医の人で、今後の経路についての
    話をした。

     「今現在でも危篤に近く、危険な状態ですが、『もし』助かった場合、想像を越える苦痛を猫自身、24時間体制での介護
    を飼い主が負うことになります。左眼球はまず最初に摘出しなければならず、メチャメチャになってるアゴの骨は成長して
    から再建する手術をしたとしても元には戻りませんし、物を食べれるかもわかりません。脳へのダメ−ジも当然あるでしょうし、
    ・・・・・、今後の24時間体制での入院費、手術費用でも相当の負担は出ます。」
    「・・・・どうなされますか?」

     大体の今後の想像はつく、でも片目しか見えなくて、一生流動食しか食べられなくても、体に麻痺とかが残っても、家で
    飼っているヨタとビッコ引きながら追い駆けっこぐらい出来るようになるかもしれない・・・・。迷いながらも決意は拾った時
    から決まっていたので、

    「前向きな治療をお願いします。」

    と自分が答えると、ドクターはニコリと微笑んで、

    「それを聞いて安心しました。それではこの猫ちゃんと共に頑張って治療に取り組みましょう。」

    とても良いドクターに出会えたのではなく、とても献身的に、飼い主と汗をかいてくれる病院と出会えたと思い、感謝した。
    決意は拾った時に決めた訳なので、マカロニが鎮静剤で眠っているとこを命名書と共に写真を撮った。ドクターはこういう
    申し出にもキレイに写真が撮れるように配慮してくれた。


              

             生命維持の処置が成され、鎮静剤で眠るマカロニ。

               10月4日  更なる悪夢

     この日の朝方まで深酒をしていた。自分だって人間だ。お店には応援してくれる友人が来てくれたりした。カンパまで募って
    仕事して、自分にはセイゼイいつもより原価をかけてウマイ料理を造るくらいしかできないのだが、自分だって何時に何があるか
    はわからないご身分。でも、助けたい!なんとかしてあげたい!

     この日の夕方、マカロニの面会に行った。

    ドクターから詳細が告げられた。定期的に恐ろしいほどの激痛が走り、泣き喚くそうだ。破裂した右目が腐敗して圧迫されている
    のだ早急に摘出手術をしなければならないが昨日の今日でできるわけもなく、麻酔のリスクもある。
     そして詳しい検査の結果、無事に見えた右目も眼底の網膜はく離で絶望とのこと、そして何より意外な結果が出る。体にアザの
    一つの外傷もないのに、垂れていた耳の先は壊死を起こしていた。ドクターも見落としそうになったのだが、先があまりに黒く尖った
    尻尾の先は、なんと壊死を起こし骨がほぼ丸見えになっていたのだ。
    聴力もほとんど反応が無い。何かがおかしい・・・・。

     マカロニは昏睡状態で、「車道の車輪の通過点に居た。」、壊死が起きるということは何日も前から車に轢かれて、その場にいた
    ことになる。この子猫が、「顔の先だけ車に跳ねられ」「耳の先だけ轢かれて」「耳の先だけ轢かれて」、それでいて、トコトコと車道
    に出てきた所を自分に拾われたわけである。ぺッチャンコになる確率ならナンボでもあっても、こんなことあるはずない・・・。

     それでもドクターは、「その可能性も考えたくはないのですが・・・。」と、言葉を濁すしかない。まっとうな人間がこの子猫が理不尽
    な人間に虐待される姿というのは想像するだけで当事者ならば精神に、これからの人間付き合いに支障を来たすのは当然だ。
    自分の場合はヨタのこともあったので納得はできるが、理解など出来る訳が無い。「ひょっとしたら物陰でマカロニがペシャンコになる
    姿を息を潜めて見ていたのかもしれない、自分がマカロニを拾ったことで、飽きた玩具を壊せない怒りで「くそっ!」と物陰で思って
    いたのいかもしれない、はたまた自分に追突した青年が・・・・」と、追求と怒りと不信感は募るばかりである。

     ドクターと何の会話ややりとりをした訳ではないが、この恐ろしい苦痛は昨日から始まったわけではなく、これからも残酷に続くので
    あれば、暗黙の了解的に、人間としての業を背負ってでも決断しなければならないのである。

    マカロニの苦痛を伸ばすかもしれない精神の葛藤の中で自分は、

    「今日一日考えさせて下さい。」

    と答えるしかなかった。もし、マカロニに謝ることができるならこの人間としての、「迷い」の決断だろう・・・。

                     10月5日   決断の日  

    悔しくもこの日は自分の友人の命日の日だった。名古屋から友人が来る日でもあった、毎年この日は若くして先に逝っちまった
   親不孝のアイツをしのび、当時の友人達と飲み明かす日である。

    午前中に病院に電話を入れた。担当のドクターは、「とても安定していますよ」と答えてくれた。その意味を理解しつつ、

   「もう楽にしてやりたいのです、どうかよろしくお願いします。」

    と、答えると、

   「そうですね、マカロニ君もよく頑張ったし、感謝してくれますよ。」

    とドクターは答えてくれた。こう答えるしかあろうがなかろうが、自分が一番癒された一言だ。この先生は私の傲慢だが、何度転生
   しても獣医であってほしい。言葉少なく飼い主の苦しみをケアしていただきたい・・・。

   「最後の夜は連れて帰って抱いて寝てあげたいのですが・・・、多めに鎮静剤をうったりはできないですか?」

   と自分が問い合わせると、そうしてくれるとのことだ。

    友人が名古屋から来るまでに病院にマカロニを引き取りに行った。鎮静剤と抗生物質でぐっすり寝ている、今晩は苦痛もなく寝てくれる
   であろう、明日になればまた苦痛に襲われ、このままだとずっとずっとそのくり返しなのだが・・・・。
   友人が来てまずは事の報告。「タイミング悪いけどお前も今日は見守ってあげてくれや。」と、当たり前のように威張って言った。
    この友人も何度も猫を拾って助けられなかった経験があるので無骨ながらのやりとりで、友人は納得してくれた。軽く飯を食べに行き、
   家で飲むことにした。この日は四人が集まり、当然店も臨時休業だ、友人は駄菓子屋の塩角煮を食べるのを楽しみにしていたのだが、
   それはまた来年のお楽しみということで、亡き友人をしのび、動物を飼う尊さを問い、己にもある幼初のころの残酷な虫殺しの経験を
   刻み、それでも自分がまずどう生きるかを酒を酌み交わし語った。

   「友遠方より来たる」の酒は普段の関西のボケ、ツッコミでなくこうでなくてはならない。

   深夜になり、マカロニが痛みでグズリ出したが、皆が一人一人マカロニの背中を交代で撫でてやり、その度にマカロニは落着いて寝て
   くれた。本当にみなありがとう。

               10月6日   長い闘いの終焉、マカロニの安息。

   昼に友人が帰った直後、マカロニの苦痛が始まる。

   病院にて麻酔後、筋弛緩剤投与。わずか一分足らずで眠るように苦しみから解き放たれる。

   家にてヨタと二人でお通夜をする。

    ここではWeb上での私の認識するモラル上、詳細は記載しません。


   

   
                 ヨタも黒ネクタイ着用で弟のマカロニを見送りました。


                      最後に。

     私は無神論者だ。しかしながら、友人、動物、あまりに多くの交わりを亡くしている。今回のことで仏壇を持とうと思って
    いる。命名書も書いたが、マカロニにはなぜか宗教的と言えども何か自分ができることはないかと思い、棺桶の中に
    直筆で、

     「興天無苦無極」

     と、お札に書いて入れた。

     文章表現だと似非コラムになりがちになるので、ここで多くを訴えたり、模索するのはよそうと思う。私が心底言伝えたのは、
     マカロニは確かに存在した。マカロニは精一杯生きた。マカロニは全ての苦痛に耐えた。
     私は最後までそれを見とどけた、「かわいそうなので、最後は付き添いません。」などということはこれを読んでくれた方
     にはしないでほしい。愛護関係の方も「なぜ生かしてあげなかったのですか?」と、思われるかもしれない。

      なぜなら、マカロニのおだやかな寝顔を見れたのは、「人間が犯した業は、私も背負った。」
  
           ただそれだけなのです。


    「私は忘れない、マカロニの耳にくっきり残った洗濯バサミの跡を・・・・。」

   だからこそ思う。

    「あなたが飼われているペットも、いつかその命が尽きる時が来ます。
        あなたには友人、知人、両親、多々あるかもしれませんが、そいつにとっては
          あなただけなのです・・・。どうか別れのときも側にいてあげてください・・・・・・・。
                  まるで出会ったときのように、自然に、抱き包んであげてください・・・・・。」



    END


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