政権交代後、初の税制改正議論が8日の政府税制調査会でスタートした。民主党がマニフェスト(政権公約)に盛り込んだ自動車関連の暫定税率の廃止などを最優先して実施する方針だ。ただ、所得税の配偶者控除などの廃止や環境税導入など国民に痛みを伴う論点は先送りする見通し。10年度予算だけで7・1兆円の歳出増が見込まれる中、減税先行になりかねず、国の税制のあるべき姿を示せるかどうかが焦点だ。【斉藤望】
◆暫定税率廃止
「マニフェストに盛り込んだ自動車関連の暫定税率を最優先に実施していく」。政府税調の終了後、税調会長の藤井裕久財務相は記者団を前に宣言した。政府は揮発油(ガソリン)税や軽油引取税など4税目にかかっている暫定税率を10年度から廃止し、2・5兆円規模の減税に踏み切る考えだ。
第1次石油危機時の74年に導入された暫定税率では、ガソリン1リットルあたり25円、軽油は同17円、購入時の自動車取得税は自動車価格の2%分、車検時の自動車重量税は0・5トンあたり3800円が、それぞれ上乗せ徴収されてきた。
地方圏では自動車は通勤や生活手段として不可欠で、撤廃の恩恵は大きい。また高速道路の無料化とともに物流コストの低下で経済を全体的に活性化する効果もあるため、民主党は「内需主導に貢献する」と説明する。
ただ、課題も少なくない。地方税である軽油引取税や自動車取得税の暫定税率撤廃で、地方の減収分は8100億円。渡辺周副総務相は会見で「地方への手当てはしっかりやる」と宣言した。しかし、財務省は地方に財源を回せば国債発行の増額を迫られるだけに、簡単に容認できない。年末の決着までの限られた時間の中、大論争は必至だ。
財務省内には暫定税率の廃止に合わせて、環境税の創設を検討する考えがあったが、藤井財務相は「今年度は議論しない」と先送りした。
ガソリンの値下がりなどで温室効果ガスの排出量は増えかねないだけに、「政府の政策は整合性を欠く」との批判も出ている。
◆配偶者・扶養控除廃止
所得税の配偶者控除と扶養控除の見直しもマニフェストに盛り込まれていたが、来年度以降の議論として見送りが濃厚となった。
所得税の課税対象額は、実際の給与所得から基礎控除などが差し引かれている。年収700万円の夫婦・子ども2人の世帯では、給与所得控除(サラリーマンの必要経費)▽配偶者控除(38万円、年収103万円未満の配偶者が対象)▽扶養控除(38万円、収入のない子どもなどが対象)▽特定扶養控除(63万円、16~23歳未満の子どもが対象)などで課税所得は263万円と4割弱に圧縮され、所得税は16・6万円で済む。
配偶者控除と扶養控除を廃止(特定扶養控除は見直し対象外)すると、課税所得は339万円に膨らみ、所得税は25・1万円に増える。住民税を加えると15万円の増税となる計算だ。年31・2万円の子ども手当が導入されれば、大半の世帯は負担減になるが、子どもがいない夫婦だけの世帯を中心に負担増の世帯が200万世帯に上るとの試算を民主党は示していた。
自民党が「政府の配偶者控除廃止は主婦層の狙い撃ち」と批判する構えだっただけに、控除廃止の先送り方針は、来年夏の参院選を控えて「国民に不人気な議論を避けた」とも受けとられかねない。
政府は「控除の廃止はもともと子ども手当とリンクしていない。所得税の長期的な見直しの中で議論する」(古本伸一郎財務政務官)と説明するが、子ども手当に必要な財源は来年度だけで2・7兆円。給付と負担のバランスを欠いているとの批判も出そうだ。
◆租税特別措置見直し
民主党が「企業への不透明な補助金」だと批判してきた租税特別措置(租特)の見直しも待ったなしだ。租特は企業の設備投資減税や住宅ローン減税、離島振興のための航空機燃料税の軽減などの政策減税が積み重なり、約300項目、減税規模は7・4兆円に上る。
政府は税調内に租特見直しプロジェクトチームを設置し、来年1月の通常国会には租特の効果を検証する「透明化法案」を提出する。3年程度かけて見直し、1・3兆円程度の財源を捻出(ねんしゅつ)したい考えだ。
約300項目の中には年末から年度末にかけて期限を迎えるものが45項目に上る。企業向けの試験研究に関する法人税減税(2540億円)や中小企業の設備投資減税(2500億円)など、大型案件も含まれ、年末までに存廃の結論を出す必要がある。
政府は中小企業に配慮し、「研究開発など真に必要な措置は恒久化する」としているが、安易に認めれば1・3兆円の財源捻出は後退しかねず、政府はいきなり難しい判断を迫られる。
政府税調への一元化による内閣主導の税制改正は、理念としては買うが、実効性は疑問だ。メンバーの各省副大臣はいずれ各省や業界団体の利害を主張し始めるだろう。それが政治家だ。
自民党政権の時代は、自民党税調の下で有識者中心の政府税調が形骸(けいがい)化していると批判されたが、実は背後で政府税調が「あるべき税制」の議論を仕掛け、党税調が政治力でまとめる役割分担だった。新たな仕組みで鳩山由紀夫首相が調整力を発揮できるかは、壮大な実験だ。
自動車関連の暫定税率の廃止や「給付付き税額控除(税額控除しきれない低所得者への手当)」の導入など民主党の個別の政策は景気刺激の効果が高い。しかし、日本経済を活性化させるため、税制はどうあるべきかという大局観は不十分。法人税率をアジア新興国並みに引き下げ、日本企業の国際競争力を強化するなど、やるべき改革は山積している。
毎日新聞 2009年10月9日 東京朝刊