「病院までが何しろ遠い。夫がいなければタクシーを呼ぶしかないのに……」。今月初旬、たつの市役所前で知人と立ち話をしていた30代の主婦は、12月に予定している出産の話題になったとたん、表情を曇らせた。
現在、市内には産婦人科の病院がない。さらに助産師もいない。このため、主婦は姫路市内の病院まで、夫の運転する車で30分かけて通院している。だが、夫が運転できるのは仕事が休みの土曜日だけ。「いざ陣痛が起きた時、無事に病院にたどりつけるのだろうか」と今から不安で仕方がない。
市内の年間出生数は686人(08年度・市調査)。04年に民間医院が産科を閉診して以来、全妊婦が他市町への通院を強いられている。
市は地元出身の産婦人科医に開業を打診するなど医師のリクルートを続けているが、展望は開けていない。今年2月には京都市の民間産婦人科医院を誘致すると発表したものの、結局は実現しなかった。市によると、発表当時は市が土地を無償提供することで話がまとまっていたが、その後、交渉が決裂したという。
産婦人科医の確保は、全国の地方が共通して抱える課題だ。激務のうえ、常に医療過誤訴訟のリスクにさらされている産婦人科医を誘致するには、良くも悪くも、金銭面でいかに好条件を提示できるかにかかっている。今回は、この条件面で市と医院側が折り合わなかった。市は“破談”原因を明らかにしておらず、市民の一部からは「市が金を出し渋ったのではないか」との声も漏れ聞こえている。ある市民は「市への不信感を増幅させないためには、早期に実績を示すしかない」と指摘した。
民主党政権のマニフェストには「地域医療の崩壊を食い止め、国民に質の高い医療サービスを提供する」と盛り込まれている。具体策として「地域医療計画を抜本的に見直し、支援を行う」と挙げられているが、どう見直していくのかが決まるのは、これからだ。市幹部は「政権交代で研修制度が変更になるとの話もあるが、先は見えない。今は地道に医師を探していくしかない」とため息をつく。
市は今年度、「救急医療と小児科の充実」を目標に挙げ、老朽化が進む市立御津病院(御津町)の改築に乗り出した。だが、御津病院に産婦人科開設の予定はないという。市の担当職員は「御津病院は市の南部に位置している。産婦人科は市民が広く利用できるよう、あくまで市中心部の龍野町に民間誘致したい」と語る。これが単なる言い訳でないことを市民は祈っている。
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旧4市町の合併によって05年10月に誕生してから丸4年を迎えた、たつの市。この間、JR姫新線の本龍野、播磨新宮駅の周辺整備や揖龍南北幹線道路、道の駅建設などを進めてきた。だが、今夏に「脱公共事業依存」を掲げる民主党政権が発足したことで、地方自治体は発想の転換を迫られている。地域活性化、財政再建、過疎化・少子化対策、そして医療の再生……。地域の課題が山積している中、市は新時代に向けて、どう進んでいくのか。市政の新たな舵(かじ)取り役を選ぶ市長選は11日に告示、18日に投開票される。【谷田朋美】
〔播磨・姫路版〕
毎日新聞 2009年10月9日 地方版