◇ラッキードッグ1 ジャンカルロ誕生日ショートストーリー
「Barred Birthday」 episode.1
 監修:Tennenouji

 なんだか、シマシマ模様が見えた。
 なんだろ、これ?
 そんなことを思いながら――俺は目を覚ました。
「――…………。ん、ん……」
 目を覚ましたのかどうかもわからない。あたりは真っ暗で、自分がまぶたを開いたのか、そもそもほんとうに眼が覚めたのかもわからなかった。
 ……えっと。
 ……俺はジャンカルロ。デイバンのちんぴら。
 ……ここは――なんだっけ。
 ……なんで、俺は寝てたんだっけな。なんで起きたんだろう。
 俺は真っ暗闇の中、ぼんやり考える。そういえば、さっきは何でこんな真っ暗な中でシマの模様が見えたんだろう?
 俺は身を起こそうとして、
「う、わっ……」 
 なんか、蛇が――いた。暗闇の中に、居た。
 見えないのに、わかる。
 小さいのか大きいのかわからないが、なんかキモイ蛇だ。目のところに包帯が巻いてあるくせに、こっちを見て笑っていやがる。ヘンな蛇がいて、俺を見ていた。笑っていた。蛇って笑うっけか?
 だいたい、なんでこんなところに蛇が居るんだ?
 ……まあいいや、咬まないんなら蛇くらい――

 ひやっとした感触が俺を撫でて……俺は、ハッとした。

「……! しまった、今日は計画の――」
 俺は暗闇の中ではね起きる。この夜は、脱獄の決行日だ、ここマジソン刑務所から脱獄――しかも、ここにぶち込まれた仲間たちをつれて……! チャンスは1回、ミスったらすべてが吹っ飛ぶ最大の勝負…………。
 ……仲間? 仲間…………。
 そう、仲間。CR:5の幹部たち。
 ベルナルド、ルキーノ、ジュリオ、イヴァン。俺の大切な仲間で、二代目ボスの俺の部下で、そしてオトコのくせに俺の大切な…………。
 ……幹部? 部下? あれ…………。
 ……俺は、デイバンのマフィアCR:5のチンピラで、なんでそんな俺が幹部サマを仲間、って……二代目……?
 だめだ、また真っ暗闇だ。なにもかも、わからなくなった。
 ――覚えていない夢みたいな、あやふやな考えばかりが浮かんで、消えてゆく。
 ……そっか、俺はムショの中で幹部になって、ほかの幹部たちをつれて脱獄を――脱獄、そうだ。今夜、あの秘密の洞窟を使って……。
 ……そうか、真っ暗なのは、もう、あの洞窟にいるんだな俺は。
 ……あれ……ほかのやつらは?
 ……誰もいない。居るのは……あの蛇だけ。
「なんだよ、これ……いったい、なに――」

 おたんじょうび、おめでとう。

 誰かが、言った。……あの蛇か?
 
「……ああ、そうか。誕生日か。俺の……」
 ハハ、すっかり忘れてた。そっか、誕生日か。
 自分の誕生日のことなんてすっかり忘れていた。ずっと昔から、何年も、自分の誕生日なんて気にもとめなかった。俺も、周りの人間も。誕生日を思い出すのは、ポカやってオマワリにとっ捕まって調書取られるときだけだった。
「……去年は、それどころじゃなかったしなあ」
 去年の誕生日は、俺が気づきもしない間に通り過ぎていた。
 幹部たちをつれての脱獄、逃亡、そしてデイバンでの抗争――相棒と一緒に、GDのギャングどもと派手にやり合った。
 ……相棒――
 ――ベルナルドの手伝いをしながら仕事を覚えて、敵の目論見と仲間の疑いに挟まれてヘロヘロになっていたベルナルドを支えて……。
 ――ルキーノにくっついて男をあげようとジタバタして、あの野郎といっしょにしまいには敵の本拠地に二人きりで殴り込み……。
 ――ジュリオと行動して、ギャングどもを血祭り……。
 ――イヴァンの相棒になってデイバンの町を、あの白い…………?

 ……あれ、おかしい……なんか、ごっちゃになってる……。
 なんだか、ヘンだ。俺は、誰と、その……相棒で、えっと……。

 ――また、あの蛇が俺を見て笑っていた。
「……おい。なんだよこれ? おまえがなんか、嫌がらせしてんのか? 俺の相棒は決まってンだろが、あいつ……」
 俺は、あのヘンな蛇を追い払おうとするが……腕が、動かなかった。……俺、まだ眠っているんだろうか……?
「……くそ、誕生日だっていうのに――」

 ……誕生日。俺の、誕生日――
 誰かが、お祝いしてくれた誕生日。
 いつだったかな、それ? ……俺は真っ暗な中で、考え……。

***

 甘くて、うまい。――それが、アタマの中をいっぱいにしていた。
 でっかいクッキーだった。両手で持ってもまだあまる、こんがり焼けたチョコチップクッキー。
 それを、俺は両方の手にひとつずつ持って交互にかじり、もそもそほおばっていたいた。
歯の抜けたところにクッキーが詰まるのも構わず、俺はむしゃむしゃ食べていた。
 伸びて黄ばんだシャツに、クッキーのかすがポロポロ落ちる。
 それを……白くてやわらかな手指が、そっと払った。
「……ジャンカルロ……」
 上の方から、聞き覚えのある声がした。クッキーみたいに甘くて、そのくせ悲しげで――あの指みたいにやわらかな声だった。
「ごめんなさい、誕生日なのに……そんなものしか、作ってあげられなくって……」
 俺は、クッキーのチョコにガンとばしていた目を、上げる。
 そこには、洗いすぎて色があせたようなエプロンドレスと、そして……クッキーを捨てて、手を伸ばしたくなるやわらかそうな胸の膨らみが、その上にはミルク色の肌が、喉が見えて……その喉は、かすかにふるえていた。
「ごめんなさい、ジャン……わたしは、もう……」
 俺を包むようなその声が、かすれて消えた。
 俺は……なぜか、泣き出したくなってクッキーをひとつ落っことしてしまう。
 その俺の顔を、髪を、あのやさしい手指がそっと撫でた。
「……ジャン、わたしの愛しいジャン……本当に、あのひとにそっくり……」
 俺を包む声は、かすかにほほ笑み、そして悲しそうだった。
「……ジャンカルロ……ごめんなさい、ごめん……ね……」
 俺をなでていた手が、上の方で……顔を覆っていた。その女のひとは、泣いているようだった。
 俺は……そのひとに、まだ持っていたほうの食いかけクッキーをかかげ、捧げるようにつきだした。
「…………!」
 そのひとは、声を詰まらせると――不意に、俺の身体は持ち上げられるような勢いで、彼女の両の腕に抱きしめられていた。
「……ジャン……! ありがとう……! ごめんね、ごめん……ね……」
 俺をやさしい力と、やわらかな感じが包み込んでいた。ミルクみたいな、石鹸みたいな、お日様みたいな匂い。
「もう、わたしはあなたを守って上げられない……」
 抱きしめられた腕の合間からのばした、みょうにちんまい俺の手が……そこだけ、日差しが当たっているような金色の髪に触れた。
 美しい金髪――こんな色、こんな手触りがこの世にあるなんて。
 俺の頬にキスをした唇が、ふるえて――
「……でも、大丈夫よ……。あなたは、あなたのことは……あの人たちが、まもってくれる。……アレックス……! テレサ……! お願い、この子を、どうか……神さま……!」
 俺を強く抱きしめた腕が……俺を、離した。
 泣き出しそうになった俺に、その俺の前で――そのひとは、自分のうなじに手を回すと、何かをはずして……それを、俺の首にむすんだ。
 ……古びた紐と、その先に結わえられた、金色の……リング。
「……これは、あなたのものよ、ジャンカルロ……。これが、あなたを……!」
 ふるえた声は、俺を抱きかかえた腕の中、涙にふるえていた。
「……あなたは、生きて……! 愛してるわ、ジャン……!」
 ――女のひとが、泣いていた。
 俺は抱きしめられた腕の中でもがき、その顔を見ようと……。
 ……記憶の中で、なぜだろう、薄れ消えてしまってもう覚えていないその顔を、見ようともがいて…………。
 その顔は、俺の…………。

to be continue…