アサヒ・コム プレミアムなら過去の朝日新聞社説が最大3か月分ご覧になれます。(詳しくはこちら)
核のない世界をめざす。地球温暖化問題に真正面から取り組む。単独行動主義はやめ、国際協調と対話でさまざまな問題にあたる。彼の発した「チェンジ」のメッセージが、それほどまでに世界の人々の心を揺さぶったということだろう。
ノーベル賞委員会は今年の平和賞に米国のバラク・オバマ大統領を選んだ。就任から1年もたたない政治指導者に贈られるのは極めて異例のこと。授賞理由のなかで委員会は、オバマ氏が「大統領として国際政治において新たな機運を作り出した」と、核廃絶構想をとくに評価した。
世界が直面する気候変動に果敢に挑むなかで、「建設的な役割を果たしている」とも評した。
粘り強い交渉で中東和平合意や、北朝鮮の核危機の回避をもたらしたカーター元米大統領に、平和賞が贈られたのは02年だった。地球温暖化問題で国際世論を盛り上げたアル・ゴア元米副大統領には07年に授与した。
いずれにも、当時のブッシュ政権への批判がこもっていた。
オバマ大統領への授与は、グローバル化が進み、国際協力なしに対応できない地球規模の問題が深刻化する世界での、米国の新たな指導力に期待を示したものと言えるだろう。
確かに、オバマ大統領の登場で国際社会の様相は大きく変わった。
9月には国連安全保障理事会で議長をつとめ、「核のない世界」を目指す決議を採択する立役者となった。米ロ間では、戦略核兵器削減に関する新条約が年内に締結される見込みだ。核実験した北朝鮮、核開発疑惑のあるイランとの対話による打開もさぐっている。地球温暖化では国連の枠組みのなかで対応する姿勢を強調してきた。
難題ばかりだ。どこまで成果に結びつくかは未知数な部分が大きい。アフガニスタン戦争も出口がなかなか見えない。ノーベル平和賞を受賞したからと言って、国際社会の複雑な利害対立が解けるわけでもない。
だが、それも承知で委員会は、オバマ流の国際政治こそ、初の授賞から108年の間ずっと後押ししようとしてきたものだ、とたたえている。
むろんオバマ大統領が無謬(むびゅう)であるはずもない。それでも、希代の指導者による挑戦を頓挫させることは、世界の公益に大きなマイナスとなる。
オバマ大統領は来月12日に日本を訪れ、鳩山首相と会談する。日米同盟は今や、日本や極東の安全保障だけでなく、地球規模問題への対応で力を合わせていく同盟である。
とくに、核廃絶に向けた戦略は日米の緊密な協力が欠かせない。オバマ大統領という「世界の資産」を最大限生かしていくためにも、首脳会談を大事にしたい。
近隣外交の上々の滑り出しである。
鳩山由紀夫首相がアジアで最初の訪問先に韓国を選び、きのう李明博大統領とソウルで会談した。
「新政権はまっすぐに歴史を正しく見つめる勇気を持っている」。首相は会談や記者会見でそう語った。
李大統領は「真心と開かれた心で韓日関係を未来志向的に発展させる立場だと高く評価する」と応じ、日韓の協力強化をともに確認し合った。
鳩山首相が強調したのが、戦後50年にあたる1995年に出した「村山談話」だ。「談話を(日本の)政府・国民がたいへん重要だと理解することがまず非常に重要だ」とした。談話重視は当然のことだし、それを隣国で発したことを評価したい。
この談話で、日本はアジアで行った植民地支配や侵略への深い反省を表明した。社会党の村山富市首相の名を冠してはいるが、当時の連立政権には自民党も加わっていた。閣議決定を経た政府の公式見解だ。
なのに、自民党やその後の歴代政権の中には談話をうとましく思い、否定しようとする人々がいて、アジアの国々からの不信を招いてきた。米国もそうした動きに眉をひそめてきた。
戦後60年の05年には小泉純一郎首相も村山談話を踏襲する「小泉談話」を出した。だが、靖国神社参拝にこだわり近隣外交を台無しにしてしまった。
政権交代を果たした鳩山内閣として、そうした自民党流のアジア外交の曲折を抜本的に清算したい。そう意気込んでいるに違いない。
「靖国に参拝しない」と言うだけでは足りない。この地域の近現代の歴史をどう見るのか、戦後の日本は何を反省し、教訓としているのか。鳩山首相には常にそこを意識し、一貫した発信に心がけてもらいたい。
国家の指導者として歴史をかえりみることは、過去にとらわれた行動ではない。歴史を直視し、それを踏まえて節度と良識ある態度で臨む。それでこそ、隣国とのわだかまりを解き、互いに信頼を深めていくことができる。
それは、近隣諸国と手を携えて未来を切り開いていく土台であり、日本にとっての外交戦略でもあるのだ。
来年は日本が朝鮮半島を植民地として併合してから100年である。歴史を踏まえつつ、関係を前に進めよう。韓国にも同じ姿勢を期待したい。
そうした態度は、日本と韓国の間の懸案を解決するのに必要なだけではない。地球温暖化対策やアフガニスタンの民生支援といった国際舞台での日韓協力でも、北朝鮮の核放棄を進展させるためにも求められる。
きょう、北京で日中韓首脳会議が開かれる。下旬には東南アジアを舞台に一連の国際会議もある。歴史の直視はここでも大切な視点となる。