■「国際条約集 1997年版」 山本草二 有斐閣 1997年 P559
条約附属書
陸戦ノ法規慣例に関スル規則
第一款 交戦者
第一章 交戦者ノ資格
第一条【民兵と義勇兵】戦争ノ法規及権利義務ハ、単ニ之ヲ軍ニ適用スルノミナラス、 左ノ条件ヲ具備スル民兵及義勇兵団ニモ亦之ヲ適用ス。
一 部下ノ為ニ責任ヲ負フ者其ノ頭ニ在ルコト
二 遠方ヨリ認識シ得ヘキ固著ノ特殊徽章ヲ有スルコト
三 公然兵器ヲ携帯スルコト
四 其ノ動作ニ付戦争ノ法規慣例ヲ遵守スルコト
民兵又ハ義勇兵団ヲ以テ軍ノ全部又ハ一部ヲ組織スル国ニ在テハ、之ヲ軍ノ名称中ニ包含ス。
交戦者の資格と捕虜の資格の関係に就いては、次の解説が参考になるでしょう。
■『国際人道法の再確認と発展』 竹本正幸 東信堂 1996年 P157、158
戦闘員が敵の手中に陥ったとき捕虜として保護されるという規則は、
戦闘員の観念と捕虜の観念とを直結せしめ、両者を同一物の表裏として眺めさせることとなった。
一九世紀中の主要な関心が合法的な戦闘員の範囲確定の問題に向けられたのは、そのためであった。
その傾向は、一八九九年のヘーグ陸戦規則の構造そのものの中に、端的に表現されているといえよう。
すなわち、陸戦規則の第一章では、合法的な交戦者資格について規定し、
第二章で捕虜の享有する保護の内容について定めているが、何人が捕虜とみなされるかについて
全く言及していない。
第二章にいう捕虜は、第一章に定められた交戦者であることが当然のこととして前提されているのである
とくに説明の必要はないと思いますが、要するに交戦者の資格を満たしていない者には捕虜の資格が認められないということです。
そして、第一条の条文を読むと、正規軍は無條件で交戰者の資格が認められるようにも読めますが、実際は、正規軍も民兵や義勇兵と同じように、四つの條件を滿たさなければなりません。
■「戦時国際法論」 立作太郎 日本評論社 1931年 P54
上述の正規の兵力に屬する者も、不正規兵中、民兵又は義勇兵團に必要とする後述の四條件を備へざることを得るものではない。正規の兵力たるときは、是等の條件は、當然之を具備するものと思惟せらるるのである。正規の兵力に屬する者が、是等の條件を缺くときは、交戰者たるの特權を失ふに至るのである。
■「上海戦と国際法」 信夫淳平 丸善 1932年 P114
現交戦法規の上に於て認めらるゝ交戦者は、第一には正規兵、第二には民兵(Militia)及び義勇兵団(Volunteer Corps)にして(一)部下のために責任を負ふ者その頭に立ち、(二)遠方より認識し得べき固着の特殊徽章を有し、(三)公然兵器を携帯し、(四)その動作に付戦争の法規慣例を遵守するといふ四条件を具備するもの(正規兵も是等の条件を具備すべきは勿論である)
次の藤田久一の学説もよく引用されるようです。
■新版「国際人道法」増補 藤田久一 有信堂 2000年 P83、84
外国人雇兵や職業軍人を中心とした絶対王制時代、さらにフランス革命を契機に国民皆兵制度が普及した近代国家の初期の段階においては、交戦者資格をとりたてて問題にする必要もなかった。この問題が直接論じられたのは、普仏戦争での francs-rireurs の経験の後に開かれた一八七四年ブリュッセル会議においてであった。同会議では、組織された正規軍にのみ合法的交戦者資格を限定しようとする強力な軍隊を擁する国と、とくに敵軍の侵入の際または占領地域での人民の防衛の権利を認めようとする弱小国、あるいは民兵制度などを採用している国の主張が対立した(1)。この対立を妥協させる規定として採択されたブリュッセル宣言案九、一〇条は、ほぼそのまま一八九九年ハーグ規則第一章「交戦者ノ資格」一、二条となった。それによると、戦争の法規および権利義務は、軍に適用されるのみならず、次の条件を具備する民兵および義勇兵団にも適用される。すなわち、(@)部下の為に責任を負うものがその頭にある事、(A)遠方より認識しうる固着の特殊徽章を有すること、(B)公然武器を携行すること、(C)その動作につき戦争の法規慣例を遵守すること、である。なお、民兵または義勇兵団をもって軍の全部または一部を組織する国においては、これを軍の名称中に包含する(一条)。また、占領されていない地方の人民で、敵の接近するにあたり、一条により編成をするいとまなく、侵入軍隊に抗敵するため自ら兵器を操る者が公然武器を携行し、かつ戦争の法規慣例を遵守するとき(いわゆる群民兵[levee en masse ])、これは交戦者と認められる(二条)。
これらの規定から判断しうることは、ここにおける「軍」とは正規軍のことであり(しかしその定義は与えられておらず、各国の定めるところに委ねられている)、それは無条件で当然交戦者の権利が認められ(2)、民兵および義勇兵団には右の四条件が、そして群民兵には二条件がみたされた場合にのみ交戦者資格が認められることである。これは、交戦者資格について、いわば無条件の正規軍と条件付の不正規軍(兵)という二元構想が戦争法上確立されたことを意味しよう。このことは、当時の戦争において正規軍間の戦闘が一般であり、不正規軍によるゲリラ戦は例外とみなされていた状況および西欧諸国中正規軍を中心に自国軍を編成する国が多数を占めていたことを反映している。このように、不正規軍は正規軍より不利な条件ではじめて後者とならぶ交戦者の権利を得ることができたといえる。
この解説も一見すると、正規軍は無條件で交戦者の資格が認められるような印象を受けますが、よく読むと次のように書かれています。
「これらの規定から判断しうることは(以下略)」
これらの規定とは、ハーグ陸戦法規第一条、第二条のことですから、要するに明文規定を前提にした解説ということになるでしょう。国際法は明文規定だけでなく、不文律も含むものですから、これだけから正規軍は無條件で交戦者の資格が認められると判断するのは早計ということになります。
現に註釈には次のような解説があります。
■新版「国際人道法」増補 藤田久一 有信堂 2000年 P90
(2)これは、正規の軍人の指揮する軍艦および航空機にも該当する。なお、正規の軍人は一般に制服着用を必要とするが、軍艦、航空機はそれに一定の外部標識を付ければ十分である。
つまり、正規兵も制服が必要ということになります。これは、交戦者の資格の内「遠方ヨリ認識シ得ヘキ固著ノ特殊徽章ヲ有スルコト」に該当します。このことから明文規定上は無條件でも不文律においては、無條件ではないことがわかります。
では、交戦者の資格を持った兵隊に与えられる特権とは、どのようなものなのでしょうか?
■「戦時国際法論」 立作太郎 日本評論社 1931年 P54
所謂交戰者たるの特權の主要なるものは、敵に捕らへられたる場合に於て、俘虜の取扱を受くる
の權利を有することに在る(ハーグ陸戰條規第三條第二項参照)。俘虜の取扱を受くるの權利は、
戰時重罪人として處罰されざること及び國際法規及條約の認むる俘虜の地位に伴ふ一定の取扱を受くることを確かむるものである。
つまり交戦者の特権とは次の二つということになります。
(a) 戦時重罪人として処罰されない
(b) 国際法規及条約の認むる俘虜の地位に伴ふ一定の取扱を受けることができる(捕虜の待遇の保障)
なぜこの二つが必要なのでしょうか?
もし (a) だけの場合はどうなるでしょう。
この場合は戦時重罪人として処罰されることはありませんが、
捕虜の待遇は保障されませんから、仮に捕虜になったとしても、殺されてしまうかもしれません。
もちろん裁判なども期待できないでしょう。
またその他さまざまな虐待(食糧を断つ等)をうける可能性も考えられます。
次に (b) だけの場合はどうなるでしょう。
この場合は、捕虜の待遇は保障されるので、むやみに殺されることはありませんが、戦時重罪人として処罰(当然死刑の場合もあり)されることが考えられます。
つまり兵隊が敵に捕まった場合に、その命を保障するためには、どうしても上記二つの
権利が必要であることがわかります。
逆に言えば、捕虜の資格がない場合は次の二つの可能性が考えられることになります。
(c) 戦時重罪人として処罰(当然死刑の場合もあり)されるかもしれない
(d) 国際法規及条約の認むる俘虜の地位に伴ふ一定の取扱を受けられない(殺害されるかもしれない)