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保育所には、子ども1人あたり3.3平方メートル以上の屋外遊戯場が必ず要るのか。庭は狭くとも、駅前に保育所があった方が便利ではないのか。
駅前の地価が高い大都市と、土地に困らない地方とではおのずと判断は違うはず。ならば、国が「3.3平方メートル以上」と義務づけるのではなく、自治体それぞれの判断で基準を決められるようにしよう――。
地方分権改革推進委員会(丹羽宇一郎委員長)が鳩山由紀夫首相に提出した第3次勧告は、そんな内容だ。
国による義務づけを見直し、自治体の自由度を高めるよう求めた項目は892に及ぶ。あわせて、地方の意見を反映させるための国と地方の協議の場の法制化も求めた。
この方向性は評価できるものだ。
分権委の勧告をこのまま受け取るべきなのかどうか、政府内には異論もあった。法律に基づく中立的な委員会であるとはいえ、自公政権の下でつくられた組織だ。政権交代したのだから、仕切り直すべきではないのか、という主張は分からないではない。
ただ、野党時代から分権推進の旗を掲げてきた民主党の路線と、分権委の考え方に大きな違いはない。民主党も政策集で義務づけの見直しをいい、総選挙マニフェストには、分権委が1次、2次の勧告で求めた権限移譲や国の出先機関の廃止を明記している。
分権委が積み重ねた論議をゼロからやり直すより、納得できるものは採り入れ、政策の早期実現を優先させる。このほうが建設的なのは間違いない。原口一博総務相が勧告に沿って、義務づけの見直しや協議の場の法制化に向けて直ちに作業に入るよう指示したことを支持したい。
同時に、分権に対する鳩山政権の取り組みをスピードアップするよう求めたい。かねて「地域主権」という言葉を使い、新政権が目指す政策の「一丁目一番地」だと繰り返してきた。その割に迫力が伝わってこない。
子ども手当などは政権公約に実現の時期を明示し、財源確保に躍起になっているのに、分権についてはほとんど具体論に踏み込んでいない。
国の権限や、廃止した出先機関の職員を自治体に移すには、事業費や人件費の財源も渡さなければならない。意欲的なお題目を語るだけで済んだ時代は過ぎた。具体的なプログラムづくりを急がねばならない。
民主党が主張してきた補助金の一括交付金への組み替えはいつ実現されるのか。どの権限、財源をいつ移譲するのか。疲弊する地方財政にどうテコ入れするのか。消費税をどう位置づけるのか。市町村合併を再開するのか。道州制に進むのか。将来像とともに、4年間の具体的な工程表を早く出してもらいたい。
新技術のソフトウエアが開発された。だが、それを悪用する著作権侵害事件が起こった。このとき、開発者にまで刑事責任が及ぶのかどうか。
ファイル交換ソフトの「ウィニー」をつくって公開したことで著作権法違反幇助(ほうじょ)の罪に問われた元東京大助手に対し、大阪高裁は一審の有罪判決を破棄、逆転無罪を言い渡した。妥当な判決だ。
ウィニーを使うと映画や音楽をインターネットを通じてやりとりできる。数多くのパソコンを経由してバケツリレーのように情報が伝わっていく。
ソフト開発では利用者に意見を寄せてもらい、改良していく方法も広まっている。元助手はウィニーの開発を02年春にネット上で宣言し、自らのホームページで無料公開した。効率よくファイルを検索できる独自の技術は評判を呼んだ。
元助手が問われた罪は、そのソフトを使って男性2人が無許可で映画などをネット上に流した著作権法違反を手助けしたというものだ。裁判では開発者に刑事責任が及ぶ範囲が大きな争点になった。
一審の京都地裁判決はソフト公開の時点で不特定多数の人々に悪用されるという認識があれば「有罪」とした。
これに対し、高裁判決は、幇助罪に問えるのは「開発者がネット上で違法行為を勧めてソフトを提供した場合」とする基準を示した。そのうえでソフト公開にあたって、元助手が違法なファイルのやりとりをしないように注意を繰り返していたことなどを挙げて、無罪とした。
違法行為に加担した事実がなければ刑事責任は問えないという判断だ。一審のようなあいまいな基準で処罰すれば、技術者の開発意欲は萎縮(いしゅく)してしまう。幇助の範囲を限定的にとらえ、開発者を尊重した判断ともいえる。
見逃せないのは、ウィニーを「著作権侵害の技術」と断定し、元助手を摘発した捜査機関の対応だ。高裁判決は一審の判断を踏まえて「ウィニーにはさまざまな用途があり、価値中立的なソフト」と指摘した。悪用の恐れもあるが、賢明な使い方もあるということだ。捜査機関は、この判断を重く受け止め、技術開発をめぐる捜査には慎重でなければならない。
ただ、こうしたソフトに著作権侵害の危険性がつきまとうのも事実だ。ネット上の著作権保護の新法づくりを一つの選択肢として、悪用を防ぎながらネットの長所を生かす道を探りたい。
深刻なのは、ウィニーを狙ったウイルスによってパソコンから個人情報の流出が続いていることだ。元助手が摘発されたことでソフトの改良ができなくなり、ウイルス対策もとまっている。無罪判決をきっかけに、この対策も考えるべきではないか。