財務省と手を握った民主党「脱官僚」の行方
2009年10月5日 フォーサイト
「脱官僚」のシンボル・国家戦略局の形が見えないうちに、民主党の大方針は固まった。これで“本丸”の公務員制度改革は進むのか。真夏の総選挙は、民主党の歴史的大勝に終わった。
敗軍の将・麻生太郎首相は選挙翌日、「自民党に対する積年の不信や不満」を敗因に挙げた。つまり、自らの責任ではなく、小泉・竹中路線の行き過ぎた市場原理主義、安倍・福田両氏の相次ぐ政権投げ出しなどが要因、と言いたかったのだろう。
しかし、この分析は直ちに覆される。選挙後間もなく行なわれた産経FNN世論調査で、自民党の敗因として最も多く挙げられたのは「麻生首相の判断や言動」だったのだ。漢字が読めない、発言がぶれるなどの失態があった。
だが、より本質的には、政策は官僚に任せきり、昔ながらの関係団体バラマキ予算を作りあげ、官僚の言いなりに天下りは容認、といった政治姿勢が、国民の不信を増幅させたのだろう。
小泉改革への怨嗟が足を引っ張った、との見方も一面的だ。たしかに、格差拡大、地方置き去りなど、負の側面への批判は強かった。しかし、官僚=族議員=特定業界の利権構造に切り込み、古い自民党政治に終止符を打つ取り組みに関しては、国民の多くは、むしろもっと進めてほしかったはずだ。
小泉改革が問題だったのではなく、負の側面に有効に対処できないまま、正の側面は一気に逆行させた麻生自民党の無節操ぶりこそ、最大の問題だったのだ。
結党以来の危機に陥った自民党は、ここで軌道修正できるだろうか。
“治外法権”の剥奪
自民党の惨状を尻目に、霞が関では、政権交代という荒波を何なく切り抜けようとしている面々が意気盛んだ。筆頭格は財務省である。民主党が、霞が関との全面戦争を回避し、「財務省と手を握って、厚生労働省・国土交通省・農林水産省を叩く」可能性が高いことは、八月号拙稿でも指摘したが、残念ながら、これは既定路線となったようだ。
さらに、「財務省による国家戦略局乗っ取り」(経済官庁官僚)という観測も流布している。「国家戦略局」は、民主党が「脱官僚依存」のシンボルとして新設する部局。官民の人材を結集し、政治主導で、国家ビジョンの策定や予算の骨格づくりを担うことになっている。
担当大臣には菅直人衆議院議員が内定したが、政治家以外の主要メンバー候補として、現役の財務省幹部や、財務省OBのシンクタンク関係者らの名が取り沙汰されているのだ。
問題はそれにとどまらない。背景には、もっと大きな“裏取引”がある。民主党はマニフェストで「国の総予算二百七兆円全面組み替え」を掲げた。一見すると、予算査定を預かる財務省との対決必至と映るかもしれないが、真相は正反対だ。
実はここに、財務省と民主党の“裏取引”が隠されている。ポイントは、「二百七兆円」は予算の一般会計のみならず、特別会計も含んでいることだ。
特別会計とは、社会保険料や特定目的の税などを財源に、一般の予算とは独立した経理管理が行なわれる会計で、年金特別会計、社会資本整備事業特別会計などが代表例だ。特別会計も一般会計も予算であり、予算案として財務省がとりまとめ、国会の議決を経て成立する。
ところが、事実上のしきたりとして、特別会計は、例えば年金特別会計なら厚生労働省といったように、各省庁の“治外法権”になっている。予算案策定の段階でも、財務省主計局による査定は、基本的に一般会計に限られ、特別会計は財務省の厳密な査定の対象外、と扱われているのだ。
そして、今回の“裏取引”の内容は、その“治外法権”の剥奪である。つまり、民主党政権と財務省が手を組んで、特別会計の「全面組み替え」に踏み込むことだ。財務省は、民主党政権に協力する代わりに、政権のお墨付きをもらい、国家戦略局を隠れ蓑に、特別会計に鉈を振う権限を手に入れる。
一方の民主党は、財務省の助けを借りて、厚生労働省などの特別会計の無駄を暴きたて、国民にアピールするポイントを稼ぎながら、同時に、子ども手当などに必要な財源を捻出できる。ここで、両者の利益は完全に一致したのだ。
政権発足を前に、九月七日、民主党の直嶋正行政調会長らが、財務省の丹呉泰健事務次官らを呼びつける映像がテレビで報じられた。険悪な雰囲気を匂わせる映像だったが、おそらく、水面下で手を握った上での“お芝居”だ。
こうやって、政治家には“メディア向けに見得を切るシーン”を与えて恩を売り、その陰で実はとる。これは、財務官僚にとって基本中の基本といってよい手法だ。
一方、国家戦略局を財務省に独占されては一大事、と焦るのが経済産業省だ。永田町では、民主党周辺のメディア関係者らが作成する種々の「候補者リスト」が飛び交うが、官僚の中では経産官僚が目立っている。
中には「改革をやりすぎ冷遇されている“筋金入り改革派”の名もあるが、そうかと思うと、役所が売り込んでいるのか、要領がよいだけの“省益・守旧派”の名も挙がっている」(元経産官僚)のだそうだ。
絵に描いたような“猟官運動”をする強者も現れた。経済産業省で秘密裡に結成された「民主党対策チーム」の筆頭格で、総理秘書官も経験している大臣官房審議官だ。政権運営に関する提案ペーパーを引っ提げて、「官邸での勤務経験がないと政権のサポートはできない」というセールストークで自らを売り込みながら、有力民主党議員を片っ端から訪ねている。
あまりの露骨さが民主党関係者の間で話題になっているが、中には、すっかり術数に嵌り「経産省にはアイディアマンがいる」と感心している議員もいるという。
期待薄の公務員制度改革
「脱官僚」の本丸、公務員制度改革事務局でも不穏な動きがある。麻生内閣で“改革急停止”の原動力となった松田隆利事務局次長が、選挙前から「民主党政権で自分は留任」と触れまわり、波紋を呼んでいる。松田氏については、昨秋以来の拙稿で再三指摘してきたが、旧行政管理庁の“庁益”優先の発想で、しかも、昔ながらの官僚主導のテクニックを駆使して、公務員制度改革の進むべき道筋を混乱させ、誤らせてきた。
「官僚主導」と「省益」の打破を唱える民主党政権が、一丁目一番地の公務員制度改革で、このような人物を担当幹部に留任させるというのは、笑い話の類としか思えない。
ところが、松田氏は「すでに民主党の中枢から留任のお墨付きを得たらしい」(公務員制度改革事務局員)。選挙前から旧知の民主党議員に積極的に接触するとともに、「公務員労組と手を握り、彼らの望む“改革”を進めることを約束して、留任を後押ししてもらった」(同)ようなのだ。
公務員労組の望む“改革”とは、「天下りはなくす代わりに、公務員は全員六十五歳まで役所で職を保障する」というものだ。
九月号の拙稿でも紹介したとおり、その全容は、人事院の「公務員の高齢期の雇用問題に関する研究会」(座長・清家篤慶応義塾長)が七月末に公表した報告書に示され、役所で職を保障するため高齢公務員用の仕事を用意する、といった信じがたい内容まで含まれる。改革どころか、新しい“役人天国”を創造しようという話だ。
公務員制度改革事務局では、すでに、「労組シフトの業務体制が敷かれた」(同)という。“清家プラン”実行を最優先課題として、松田氏の息のかかった職員を大量投入したのだ。
さらに、民間から登用されながら、この一年間で“松田氏の傀儡”に成り下がった立花宏事務局長と岡本義朗次長も、松田氏に続けとばかり、留任運動に邁進している。
忠誠心を示したいあまり、新発売の「政権交代紅白まんじゅう」を事務局内で配っているというから涙ぐましい。
政権交代の実現で、世間では「いよいよ脱官僚」との期待が高まるが、肝心の公務員制度改革事務局はこの有り様。幹部の自己保身と労組の増長が渦巻いているだけだ。
改革の行方を見限ってか、事務局にいた改革派官僚や民間出身者らは、次々に事務局を去り始めている。さらに「欠員は労働組合から補充されるらしい」(同)とのオチまでつく始末だ。
九月十六日発足の鳩山内閣で、霞が関改革はどこに向かうのだろう。当面は、国家戦略局にどういう人材が集まるのか、松田氏はじめ主要政策課題に関わる幹部人事をどうするのか、がカギだ。
人事をウォッチしておけば、今後の行方を占うことができる。
筆者/ジャーナリスト・白石 均 Shiraishi Hitoshi
フォーサイト2009年10月号より
※各媒体に掲載された記事を原文のまま掲載しています。
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