さらに、工業製品であるガラス窓や暖房効果に優れる赤レンガ壁と暖炉や石炭ストーブが一般化して、住居が清潔になり、冬場の暖房水準が向上して、低温による体力・免疫機能低下が抑制され、そもそも病気になりにくくなる。体温がほんの少し上がるだけで、免疫機能は劇的に向上するし、逆に体温が少しでも下がれば、免疫機能は大きく低下する。
赤レンガ壁や暖炉の材料である赤レンガもガラスも、産業革命による石炭使用で、19世紀に廉価に大量生産されるようになったものである。シャワーも、石炭の普及と鋳鉄管の普及で19世紀に一般化し、人々を清潔にした。
また、都市では、産業革命で廉価になった鋳鉄管と赤レンガやコンクリートによって、上下水道が整備されて、消化器系疾患が激減した。さらに重要なのは、産業革命の申し子である廉価・大量の繊維製品によって、清潔で多様な衣服が供給され、体温維持と清潔さが向上したことだろう。
物の大量生産について「エントロピー」で考える
このように、産業革命、換言すれば工業化の進展は、繊維製品のみならず、鋼鉄、鋳鉄を始めとする金属製品、赤レンガ・コンクリート、ガラス、および鉄道と汽船を、廉価・大量に社会に供給して、民衆の暖衣飽食と公衆衛生インフラを支え、死亡率を大きく低下させて、結果、人口爆発を生じさせた。
これらすべての製造工程は、エネルギーを爆食する。これは、大量の石炭使用によって初めて可能になった。産業革命とは、単にクラークが述べるように、勤倹貯蓄・知的指向型の文化の社会への浸透だけで発生したのではなく、石炭という化石燃料を人類史上初めて大量使用したことと相まって、可能になった。英国に石炭が存在していなければ、18世紀の幾多の発明は、元来、産業化のしようがなかった。
そもそも、物を生産する、特に大量生産するということは、どういうことだろうか? この問いは、物理的にも、経済的にも、なかなか深淵なものを含んでおり、すぐに的確に答えられる自然科学者や経済学者はそう多くないだろう。これは、エネルギー、特に熱力学上の概念であるエントロピーというものを、単に工学的にではなく、人類社会との絡みで理解しないと答えが見えてこない。
エントロピーというのは若干分かりにくい熱力学上の概念だが、無秩序さの指標である。例えば、鉄鉱石を考えると、不純物がほとんどの鉱石の中に鉄成分が多少含まれているわけである。これが、エントロピーが高い、すなわち高い無秩序状態である。この鉄鉱石から高純度の鉄成分を取り出して鉄製品にする、すなわち秩序化=低エントロピー状態にするためには、高温のエネルギーを投入して溶解し、鉄成分のみを分離する必要がある。
この高温を大量に得るには、それ自身が低エントロピーのエネルギー源が必要である。