「よぉ、おかえり」
そう口では言うものの、撩は相変わらず ソファに寝そべって蔵書を眺めていた。 いつもと同じ、相変わらずの風景。
「どうだった?冴子のガキは」
まさか父親似の面長だったら この先可哀想だよなぁ、なんて 勝手なことを言っている。
「ううん、可愛かったわよ。 どっちかっていったら冴子さん似かしら。 撩も一緒に来ればよかったのに」 「だって撩ちゃん、ガキなんて嫌いだもん。 それに前に冴子に子供が生まれたって抱かせないって 言われちまったしなぁ」
ああ、そうだ。事あるごとに言い続けてきた、 俺は子供は嫌いだと。 その真意が本心なのか照れなのかは判らない。 でも今は何でも悪い方にとってしまう自分がいた。
こんな仕事を続けている限り母親にはなれない。 それは、撩の重荷を増やすだけ。
冴子さんは子供が出来ても冴子さんのままだった ヒールが低くなり、コーヒーが飲めなくなった以外は。 おなかが目立ってきても 逆に身体のラインがぴったりと出るワンピースに身を包み 母親というよりも女でい続けていた。 だからあたしたちも今までと変わらず接することができた。
でも、病室で目にした冴子さんは 間違いなく母親そのものだった。 我が子の寝顔を眺める眼差し、 そっと髪を撫でるその手つきは あたしの知らない彼女だった。
そうやって彼女はどんどん前へ進んでいく。 冴子さんだけじゃない、美樹さんもかずえさんも。 そしてあたし一人が、母親になれないあたしだけが この場に取り残されたまま。 目の前に、超えられない高い壁があるような気がした。
「何くよくよしてんだよ、オバサン」 「お、おばさん?」 「だろ?槇ちゃんが父親になったんだから おまぁも立派な叔母さんだろうが」
そう・・・よね、あたしももう叔母さんなんだから そんな子供みたいに落ち込んでなんていられない。 っていっても、母親じゃない以上 何をどうすればいいか判らないのだけど。 でも、あたしの目の前にも道はある。 それは冴子さんたちとは同じところに 通じていないかもしれない。 だけど、その道を一歩一歩進んでいくだけだ。
「それをいったらリョウもオジサンよね」 「な、なんでだよ!」 「だってあたしのパートナーなんだから、ねぇ」
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