「景観の価値」を重視した判決が出た。
瀬戸内海の景勝、鞆(とも)の浦(広島県福山市)の埋め立て架橋工事をめぐり、反対派住民らが知事の埋め立て免許差し止めを求めた訴訟である。
広島地裁は「鞆の浦の景観は、国民の財産というべき公益で、事業はこれを侵害する」と差し止めを命じた。景観のために大型公共事業を止める初の司法判断だ。
客観的に判断するのが難しい景観の価値について、公共事業での軽視を戒めた意義を評価したい。
鞆の浦は、奈良時代からの寄港地として知られる。江戸・明治の商家や史跡があり、年間約100万人が訪れる観光地である。
問題の事業は、1983年に持ち上がった。狭い道が多い港町の混雑緩和や下水道を整備する狙いがある。
地元地区から出た市長が、5年前、推進を訴えて初当選し、県とともに着手しようとした。しかし国の段階で、前の金子一義国土交通相が慎重な姿勢を示して、審査が棚上げになっている。
一方で、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の諮問機関が中止を勧告し、文化人らが反対を表明するなど波紋が広がっていた。
景観と利便性のどちらを重視するか−。判断は難しい。下水道がほしい、渋滞から解放されたい、という住民の願いも理解できる。
鞆の浦の場合、行政に両方の折り合いを付ける努力が足りなかったのではないか。
判決は「計画の必要性や公共性の根拠について、調査や検討が不十分」と結論づけた。反対派が提案した、橋の代わりに山側にトンネルを通す案や、ほかの工法による下水道の整備を排除した−とも指摘している。
計画策定から26年もたつ。この間に土木技術は進んでいる。なのに、一度決まったら止まらない大型公共事業に特有の問題点が、ここにもあったようだ。
町並みは、そこに暮らす人々の高い自治意識によってこそ守ることができる。自らの利益や便利さは少し犠牲にしても、地域共通の価値観を大切にする意識だ。
賛成、反対に分かれて対立しては、展望は開けない。この際、広島県は控訴をやめるべきだ。架橋に代わる新たな方策を考え、住民が一体となって町づくりに向かえる環境を整えてほしい。
景観保護は長野県にとっても身近な問題である。自治体にも民間事業者にも、いっそうの配慮が求められる時代になったことを肝に銘じたい。