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【社説】

「鞆の浦」勝訴 ポニョも喜んでいる

2009年10月2日

 広島県福山市・鞆(とも)の浦。昨年大ヒットした宮崎駿監督のアニメ映画「崖(がけ)の上のポニョ」の舞台になった。その海や町並みの歴史的景観価値が司法のお墨付きを得た。ポニョもきっと喜んでいる。

 シンボルの常夜灯、国内でも珍しい「雁木(がんぎ)」と呼ばれる階段状の船着き場、そこから続く町並みは江戸時代の風情を色濃く残す。

 対岸の島々が織りなす瀬戸内の穏やかな風景は、その昔、朝鮮通信使に激賞され、宮城道雄の代表曲「春の海」のモチーフになった。そして、刻々と変化する海の表情が、宮崎監督を魅了した。

 そんな鞆の浦の歴史的、文化的景観価値を広島地裁は「国民の財産ともいうべき公益」と認め、広島県と福山市による湾の埋め立てと対岸への架橋を差し止めた。

 国民共有の財産である景観を守るべく、景観法が全面施行されて四年になる。だが、景観価値は環境価値以上に指標化や数値化が難しく、何を、どう守るべきなのかを一律には決めにくい。

 景観の価値、利益に関する司法判断としては、東京都国立市の住民が都市景観を守ろうと高層マンションの上層を撤去するよう求めた訴訟がある。最高裁は二〇〇六年三月、住民側の上告を棄却した。だが「景観利益は法的保護に値する」との判断も示している。

 広島地裁の判決が、より抽象的な歴史的景観にまで踏み込んで、その価値を認めたことは、全国の公共事業やまちづくりに、大きな影響を及ぼすだろう。

 歴史的景観価値の重要性は、世界遺産ブームを見れば明らかだ。ドイツ・ドレスデンのエルベ渓谷は、架橋のために世界遺産の登録を抹消された。観光価値だけではない。ソウル市の中心を流れる清渓川は、上を覆った高架道路を取り外し、暗渠(あんきょ)から自然河川に復元されて市民の憩いの場になった。景観重視は世界の流れだ。

 宮崎監督が言うように、公共事業でまちが劇的に発展するというのは幻想だ。判決を多くの自治体が潜在力として持っている歴史的、文化的景観価値をどう認め、守り、利用すべきかを住民主体で考える契機にしたい。

 景観法が定める景観計画づくりには住民提案制度がある。これを機に一歩進めて、住民が景観価値を評価し、活用法などを提案できる仕組みを確立してはどうだろう。住民がその歴史と今に誇りを持てるまちが育てば、ポニョも、もっと喜んでくれるだろう。

 

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