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ネクタイをとりどりお持ちの向きも、そのすべてを使う人は少ないのではないか。わが箪笥(たんす)を開けると13本あるが、たまにでも結ぶのは7本しかない。あとはいわばお蔵入りである▼それらの購入費は無駄遣いだったことになるが、違う考え方もできる。13本買ったから使えるものが7本ある、という解釈だ。いくら吟味しても、気に入るものだけを百発百中で買うのは難しい。ならば6本分のお金は、無駄ではなく「無用の用」だったと言えなくもない▼中国古典の「荘子」に次のくだりがある。人が足で踏む地面はわずかだが、だからといってそれ以外を削ってしまえば、もはや地面としての用をなさない、と。こうなると「無駄」もなかなか奥が深い。鳩山政権が吟味にてこずるのは、当然ともいえる▼民主党は、目玉公約の主な財源は無駄を見直して捻出(ねんしゅつ)すると訴えてきた。手始めに補正予算から3兆円を浮かせるという。だが、出費を削れば景気が再び底に落ちる心配もある。右に二番底、左に公約違反の奈落を覗(のぞ)きながらの、難しい細道が続く▼人は見かけによらぬというが、予算も同じかも知れない。実は理のある出費が穀潰(ごくつぶ)しに映ったり、反対に本当の無駄が、すまして化粧していることもあろう。見誤れば、ついてくるのは失政という結果である▼〈ハンドルの遊び無駄だと締め付ける〉と朝日川柳にあった。政権を見る目ももう「あばたもえくぼ」は卒業だろう。「あの失政も無駄ではなかった」と後で他山の石にされる余裕は、政権にも、むろん国民にもない。