桃源上海芝居案
●登場人物●
ランシャオ(主人公/売れない男娼/21歳)
ヴィリウ (ランシャオの義兄/マフィアのボスの娘婿/28歳)
リンディエ(ヴィリウの妻/マフィアのボスの娘/24歳)
●舞台●
下手は空間。
下手三分の一の場所についたてが置いてある(外界)。
ついたてから上手側はランシャオの娼館内(内界)。
簡素なテーブルと、ベッドだけが置いてある。
<第一幕>
●第一場●
スーツの男(ヴィリウ)が、タバコを吹かしながら舞台下手側に立っている。
ランシャオ、下手からよろよろと登場。
服は着乱れており、頬には痣がある。
ランシャオ「畜生! 男娼は人間じゃねえってのか!」
ランシャオ、空中を足で蹴る。
スーツの男は顔色を変えず、タバコを吹かして立っている。
ランシャオ「ランシャオ――男娼――男娼! 売れなくて、賞味期限も切れかかった男娼! 畜生ッ!」
ランシャオ、スーツの男に気づく。
そして彼に一歩、二歩と近づくと、下から顔をのぞき込み、挑発的に問う。
ランシャオ「すました顔しやがって……あんたも僕をばかにしてるんだろ? なんとか言えよ! 僕にだってプライドくらいあるんだからな!」
スーツの男、答えない。
だが、ランシャオの顔を見て、わずかに目の色が変わる。
ヴィリウ 「……シャオラン?」
ランシャオ「は? ……あんた、なんで、僕の昔の名前を……?」
ヴィリウ 「俺のことを覚えていないか。ヴィリウだ」
ランシャオ「ヴィ――リウ!? 僕の義兄だった、あのヴィリウってのか? あんたが!」
ヴィリウ 「……」
ランシャオ「信じられない! まさか、八年もたって再会するなんて……。あんた、あの後どうしたんだよ! いきなり田舎を飛び出して、ぷっつり音信不通で……」
ランシャオ、ヴィリウを舐めるように眺める。
ランシャオ「しかし、あんたがあのヴィリウねえ……信じられない! 良いスーツ着てるじゃん!」
ヴィリウ 「……」
ランシャオ「ずいぶん羽振りが良さそうじゃん? 今は何してるのさ、ヴィリウ――兄さん」
ヴィリウ、タバコを投げ捨て、足で踏みにじる。
ヴィリウ 「今は王碧鳳と呼ばれている」
ランシャオ「王碧鳳!?」
静寂。
ランシャオ「嘘だろ!? あんたがあの王碧鳳?! この上海を支配する、マフィアのボスの娘婿の――碧鳳?!」
ヴィリウ 「まあ、な」
ふたたび静寂。
ランシャオ、慌ててポケットを探る。
そして紙片を取り出しヴィリウに手渡す。
ランシャオ「あ、これ、僕の名刺。あんたが今王碧鳳なら、僕は今、ランシャオって呼ばれてるんだ。藍色の暁って書いて、ランシャオ」
ランシャオ、娼館を指さす。
ランシャオ「ほら、そこ――その掘っ立て小屋で男娼をしてる。――その、よかったら……。ま、顔出してよ! 昔話でも……」
ヴィリウ、冷たくランシャオを一瞥。
ランシャオ「あ、そ、それじゃあ僕は行くね! 気が向いたら、いつでも訪ねてきて!」
ヴィリウ、答えない。
ランシャオ、ヴィリウをちらちらと振り返りながら、娼館に駆け込む。
ランシャオ、娼館の中に入ると、頭を掻いたりその辺をうろうろしたりと所在なさげに歩き回る。
その間、外ではヴィリウが新たなタバコに火をつけ、娼館内をじっと眺めている。
それは、ランシャオの独白が終わるまで続く。
ランシャオ「ヴィリウ――王碧鳳? あいつが、僕の義理の兄だったあいつが、この上海を支配するマフィアのボスの娘婿? 嘘だろ……」
ランシャオ「だってあいつは、優柔不断で、情けなくて……笑っているしか脳のない男だった。それなのに……僕と離れていた八年の間に、大出世かよ。信じられないっつうの」
ランシャオ、ポケットの中を探り、紙片を取り出す。
娼館の外では、ヴィリウも同じ行動をしている。
ランシャオ「僕、なんであんなことしちゃったんだろ」
ランシャオ「あれじゃまるで、抱いてくれって言ってるみたいなものじゃないか。……はは」
ランシャオ「あいつ、結婚してるんだぞ? この街の大ボスの娘と……」
ランシャオ、紙片を握りしめ、床に投げる。
ランシャオ「……何考えてるんだろ、僕。ばっかみたい」
暗転。
ヴィリウのタバコのしばらくの間火だけが残り、消える。
●第二場●
ヴィリウ、ランシャオの部屋の前に立っている。
タバコを吹かしている。
ランシャオは気づかない。
部屋の中で服をたたんだり、ベッドに腰をかけ、ぼんやりと宙を眺めていたりする。
ヴィリウ、タバコを投げ捨てて足で消し、ランシャオの部屋の戸を叩く。
ランシャオ「はーい。お客さん?」
ヴィリウ 「……」
ランシャオ、戸を開けて驚く。
ランシャオ「ヴィリウ――兄さん!?」
ヴィリウ 「約束通り、訪ねてきた」
ランシャオ「あ――…、い、いらっしゃい」
ヴィリウ、ランシャオに導かれて部屋に入る。
ランシャオは落ち着かない様子でヴィリウを案内する。
ランシャオ「ま、まさか、本当に来てくれるとは思わなかったよ」
ヴィリウ 「……」
ランシャオ「あ、す、座って。お茶入れるからさ」
ヴィリウ 「……」
ランシャオ、気まずい雰囲気の中お茶を入れる。
ヴィリウ、それには手をつけない。
ランシャオは焦って話し始める。
ランシャオ「な、懐かしいね。こうして、あんたとまたお茶を飲む日が来るなんて……あっ!」
ランシャオ、お茶をこぼす。
ヴィリウ 「そんなに怖がるな」
ランシャオ、組んだ両指を胸の前で絡ませながら、うなずく。
ランシャオ「でも兄さんすごい変わっちゃって、別人みたいで――あの、だから…」
ヴィリウ 「お前は変わらんな」
ランシャオ「……そんなことないよ」
ヴィリウ 「そうか? 俺は一目でお前だと分かったぞ」
静寂。ランシャオ、ヴィリウをおずおずと見る。
ヴィリウ 「――親父に、売られたのか」
ランシャオ「え? あんたの父親にってこと?」
ランシャオ、首を振る。
ランシャオ「違うよ。そうじゃない」
ヴィリウ 「ではなぜこんな所にいる?」
ランシャオ「それは……」
ランシャオ「親父をかばうことはない。あいつはそういう奴だからな」
ランシャオ、驚いて顔を上げる。
ランシャオ「実のお父さんを、そんな風に……。それに、本当に違うんだ。僕は、自分で田舎から出てきた」
ヴィリウ 「そうか」
ふたたび静寂。ヴィリウ、タバコを取り出す。
箱から一本だけ抜き取り、灯をつけながら、問う。
ヴィリウ 「で? いくら欲しいんだ?」
ランシャオ「は?」
ヴィリウ 「金だろう」
ランシャオ「え……」
ヴィリウ 「金額を言え」
ランシャオ「な――なに言って……?」
ヴィリウ 「いくらでもくれてやるよ。だから、この街から出て行け」
沈黙。
ランシャオ、拳を握りしめる。
ランシャオ「――ばかにするなッ!」
ヴィリウ 「……」
ランシャオ「金? 僕を舐めるんじゃない! 誰が義兄の施しなんか……!」
ヴィリウ 「ではなぜ俺を誘うような真似をした。俺に抱かれたかったからか?」
ランシャオ「は――…っ、うぬぼれるのもいい加減にしろよ! 誰があんたになんか!」
ヴィリウ 「ではやはり金だな」
ランシャオ、言葉に詰まる。
しばしの静寂。
ランシャオ「僕は、そこまで堕ちちゃいない」
ヴィリウ 「どうだかな」
ランシャオ「なら言ってやるよ! 誰よりもみっともなくて、優柔不断で情けなかったあんたに憐れみを請うほど、堕ちちゃいない!」
ヴィリウ、目を細める。
ヴィリウ 「なんと言った?」
ランシャオ「聞きたいなら何度でも言うさ! 昔のあんたは情けなくて、笑っているしか脳がなくて――んッ!」
ヴィリウ、乱暴にタバコを消すと、立ち上がり、ランシャオを引き寄せてキス。
ランシャオ「な――なに、考えて……っ」
ヴィリウ 「義弟として扱ってやろうと思ったが、お前はそれを望んでいないようだな」
ランシャオ「な……っ!」
ヴィリウ 「抱いてやるよ。抱いて、その生意気な口をきけないようにしてやる」
ランシャオ「っ!」
ランシャオ、激しく抵抗する。
だがあっけなくベッドに押し倒される。
ランシャオ、気弱になり、訴える。
ランシャオ「こんな――やめてよ。……僕たち、兄弟なんだよ?」
ヴィリウ 「血の繋がっていない兄弟に、なんの意味がある?」
ランシャオ「っ……!」
ランシャオ、ヴィリを睨み上げる
ヴィリウ、かすかに目を細め、ランシャオのあごをつかみ上げる。
ヴィリウ 「気に入らないな。昔から、お前は気に入らない目つきをする」
ランシャオ「知るか……っ」
ヴィリウ 「だが、お前はもう、俺のものだ」
ヴィリウ、ランシャオにキスを落とす。
暗転。
ヴィリウ、立ち上がり、ネクタイを直す。
ランシャオ、着乱れた服で、ベッドの下に膝を抱えている。
ヴィリウ、財布を取り出し、ベッドの上に紙幣を投げ捨てる。
ベッドの上には紙幣が数枚ばらまかれる。
振り返りもせず、ヴィリウは娼館を出て行く。
ランシャオ「あはは、はは……」
ランシャオ「僕は何をしてるんだ? 僕は何を――期待してたんだ? セックス? ――違う。昔の縁故に甘えた優しさ? ……違う。――金? 金……」
ランシャオ「あいつの言うとおりだ。僕は、この街から――この狭い娼館の中から出て行ける金、自由になれる金が欲しかった」
ランシャオ「義兄だったあいつ、金持ちになったヴィリウに金をもらって、ここから出て行きたかった」
ランシャオ「僕はなんて……なんて、情けないんだ」
ランシャオ「プライドもへったくれもありゃしない」
腕を伸ばし、ベッドの上の紙幣を握りしめる。
そしてたかだかと紙幣を持ち上げると、天を仰ぎ、やぶく。
ランシャオ「あいつからの施しなんて、いらない」
ランシャオ「僕は僕自身の力で――プライドで、生きてゆく」
暗転。
ランシャオ「僕の、賞味期限が切れるまで」
仮台本、第二幕終了――第三幕以降へ
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