余録

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余録:平成のあきかえし?

 「あきかえし」または「あきがわり」という古語がある。漢字で表すと「商返し」「商変わり」だ。その使用例に挙げられるのは、「万葉集」の「商返し めすとの御法(みのり) あらばこそ 我(あ)が下衣 返し給(たまわ)め」という歌だ▲この「あきかえし」、商契約の破棄のことである。歌は帝(みかど)の寵愛(ちょうあい)を失った娘が、愛のしるしに贈った品まで帝が返してきたのを恨み、慰みに詠んだ。もし商いを元に返すよう命じる法令があるのなら差し上げた下衣を返していただくのも仕方ないが……つまり帝への皮肉である▲土地売買や借金の契約をほごにする命令といえば中世の徳政令がある。だがこの歌で、古代にも同じような施策が繰り返し行われていたらしいことが分かる。歴史家は帝への恨みを軽妙な皮肉へと変えた娘の才気に感謝すべきかもしれない▲そんなに伝統があるならば--と思ったかどうかは知らない。だが言葉を額面通り受け取れば、「平成の商返し」を思わせる亀井静香金融・郵政担当相の中小企業向け融資などの返済猶予発言だ。それにもとづく法案検討が進められている▲いくら中小企業の資金繰り対策が必要でも、政府が私的契約を一律にくつがえすような施策表明に市場は仰天する。むしろ貸し渋り激化をはじめ逆効果を懸念する批判も相次いだ。最近になり当の担当相は「一律に借金を帳消しにすると言っていない」と商返しを否定してみせた▲結局、法案は商返しといっては大げさな現実的支援策になりそうな雲行きだ。だが日本の新政権を見つめる世界は、その金融経済認識を古代なみと思わなかったか。元に返そうとしても返せないものの一つに信用もある。

毎日新聞 2009年10月6日 0時01分

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