●そもそものスタート
写真大学の2年の秋に部活の連中と中央線の奥多摩方面に遊びに行った帰りのこと、通学定期を利用してキセルをすることにしました。当然初乗り分をしか買わないのです。そのまま無事に着くかに思えましたが、阿佐ヶ谷を過ぎたところで検札係がやってきたのです。今だったら検札係をかわすぐらいわけはないのですが、なにせまだ20才でしかなく、経験に乏しかったために相手の思う通りに操られてしまったのです。
検札係を相手に初乗り切符を見せれば、当然キセルと思われるのに、正直にそれを提示しました。そこで精算をしたのでは検札係としても面白くないと思ったのでしょう。そこで罠をはられてしまったのです。
検札係に「どこまで?」と問われた私はその期に及んでもなんとか逃げたいと思い、次の駅名『高円寺』と告げました。すると「それなら降りて駅で精算してください」と言うのです。
しめた! と思った私は高円寺に着くや、一旦ホームに降り、ちょっと走って隣の車両からまた車内に戻りました。これで新宿の改札を定期で出られる、と安堵したのですが、乗ってすぐに肩を叩かれて、振り返ると
嬉しいそうな顔をした検札係がいました。
しまった! と思いましたが、もう間に合いません。「一旦もとのところに戻りましょう。お仲間もいることですし」まさに鬼の首でも取ったような顔をしていました。それでも最後までごまかそうと考える私は、戻るや検札係の目を盗んで、友人のひとりに定期券を預け、新宿での落ち合う場所を決め、検札係に従いました。彼のいうお仲間とは私の友人たちではなく、キセルのバレた他の乗客たちのことでした。
その『お仲間』たちと一緒に中野駅で降ろされ、そのまま駅長室に連れて行かれました。ひとりづつ『取り調べ』を受けるハメになりましたが、私は本名も住所も学校名も言う気はなかったし、不正乗車を認める気もなかったのです。なにせ定期券はもってないし、私を私と証明するものは一切持ってないのですから。
他の『仲間』は早々にキセルを認め、規定通りに運賃の3倍を払っていました。しかし私は「定期を持ってないのに、一体どうやってキセルをやるのか教えてもらいたい」と言って、断固キセルを認めなかったのです。
ところが相手は「キセルを証明はできないが、どうみても極めて怪しいことだけは間違いない」と言い、結局は3倍を支払わされてしまいました。
未熟が招いた失敗でしたが、あの検札係の罠が悔しく、こうなったら支払わされた金額の3倍を取り戻してやろう! そう固く決意した私は以降の『不正乗車極意修得時代』に突入することになったのです。
◆簡単キセルの典型とその危険性
前述のように、通勤通学定期券と初乗り切符利用のキセルが、最も簡単でかつポピュラーな手口ですが、同時に最も捕まりやすいという危険性を持っています。なにせ捕まった時に、言い逃れのできない物的証拠を持参しているのですから始末が悪い。しかし折角定期を持ちながら、キセルのチャンスをミスミス逃がす手もないので、多くの人たちがチャンスを最大限利用しているのでしょう。
と言ってもこんな手口での不正乗車など、金額的には大したことない方が圧倒的です。休日などに遠出をした時に、多少高額になるだけで、ほとんどは都内での100円にも満たない金額の不正なのです。ところが次に紹介する2種類の定期利用のキセルは、金額的に月とスッポンの開きがあります。
◆高額罰金のバカバカしさ
長距離通勤者が考える最もオーソドックスなキセルは、乗車駅から初乗り区間の定期と、下車駅の初乗り区間定期との併用で、その間を浮かすという手口です。これは距離によっては相当の金額になります。しかしこれの恐ろしいのは、それが発覚した時です。
なにせ罰金は単なる3倍とは違って、その期間の休日も含めて、毎日キセルをしていたとみなされて計算されるのですからたまったものではありません。しかもいつからいつまで利用していたかの証拠が、鉄道会社側に残ってしまっているのですから逃がれようがありません。またこの手口は高額ということで相当な悪質ですから、いつの間にかマークをされてしまうのですから怖いものです。
なぜマークされてしまうのでしょうか。
長距離通勤者は距離が距離だけに、朝が早く帰りが遅いのが普通です。以前は改札に駅員がいて、乗車区間と顔を覚えられてしまいました。朝早く帰りが遅いのに乗車区間が近いことから、まず怪しまれることになり、やがて尾行がつくようになります。しかもそうそうすぐには捕まえてくれません。不正期間が長くなればなるほど罰金が大きくかさむだけに、相手もじっくり捜査をする余裕があるのですからたまりません。ですからいざ逮捕ということになると、罰金金額が数千万円になったりするのです。
◆手の込んだキセルの発覚とそのごまかし
さして長距離でなくとも、私鉄とJRとの併用や地下鉄との乗り入れだと、いろいろな不正乗車が可能になります。例えば京王帝都と都営地下鉄新宿線とが乗り入れをしていますし、また京浜急行と都営浅草線も同様です。
前者の一例を紹介すると、まず都営線の定期だけを購入し、京王線は初乗りの回数券を利用するという手口があります。まず自動改札になっている今でも利用できる方法ですが、朝、京王線改札を回数券で通り、乗車します。そのまま地下鉄直通で、都内のある駅の自動改札でなしに、係りのいる改札を定期券で通過します。帰路はその逆になるわけですが、自動改札の行き届いた現在は難かしいと考えるのは間違いです。朝、京王線改札を回数券ではいったあと、それは帰路までポケットに入ったままですから、帰りにひとつ手前の駅でそれを使って一旦改札を出、すぐにまた次の回数券でその駅に入り、いつもの下車駅で出れば済むのです。
他方、定期はというと最初の日だけは前述してあるように、自動改札を通さず、係員口から出ます。逆に帰
りは敢えて自動改札を通って置くと、これが翌日に生きてくるのです。
今の自動改札は出る時には入った時の印字が必要です。つまり入改札の記録のない定期では出改札ができない仕組みになっています。ですからこの例でいくと、京王線では回数券を使っているために、手にした定期券は入改札の記録がないので、都営新宿線の改札を出ることができません。ですから初日だけ係員口から出させてもらいます。ただしいつも係員口を使うと怪しまれることになります。でもその心配はないのです。帰路にちゃんと自動改札を入っているので、翌日の朝、自動改札を出ることができるのです。
さらに倹約をしたいなら、回数券の利用方法を再考する必要があります。これは自動改札を通過させると日時が印字されてしまうので、係員口の利用を勧めます。そうしておけば帰路にそのまま、その駅を出る時に使えます。しかも再度狙いは係員口です。なぜなら係員がいたら手渡せばいいし、もし隙があればそのまま出て、それを翌日に利用できるからです。この手口は定期券2種類利用と違って発覚の心配が少ないのです。
次に紹介する手の込んだキセルは定期もなし回数券もなしの手口です。小田急線や京王線はきちんと新宿まで買ってありさえすれば、新宿駅中央東口まで、JR地下道を利用することができます。
ここから話は複雑になります。地下道を利用するだけではなく、当然ながらJRの切符を持たないまま、JR線に乗れるわけです。ここからが問題なのですが、京王線なり小田急線の定期を持ってさえいれば、JRの定期を持っているのと同じ権利を有しているに等しいのですからありがたいものです。日本中どこからの
帰路も出口を保証されていることになります。ただし帰路を考えるなら地下通路への自動改札を通ったあと、一旦中央東口を出て、もう一度中央東口から入り直しておく必要があります。
さて次は定期ではなしに、京王か小田急の普通乗車券で地下道経由でJR線に乗った場合です。この京王なり小田急の切符が帰路に生きてくるので、財布の中に大切にとっておくことです。そしてJRの駅を出る時は切符を紛失したことにします。もともと買ってないのですから、なんの損もありません。例えば東京駅で出
る時に紛失を告げると、窓口で「どこからですか?」と尋ねられます。もちろん正直に「新宿から」と答えて正規の料金を支払ってもいいのですが、キセルの極意を追求する身ならば、当然隣の駅名を告げ初乗り料金だけで出ます。そしてその帰路は当然初乗り料金で改札を通ります。なにせ帰路の出口は財布の中の、朝の切符が保証してくれているのです。
ここからはちょっと複雑になります。当時の私は仕事場が代々木にあって、撮影後にフィルムを京橋にある現像所に持っていき、翌日現像所に仕上がりを受取りにいってから、仕事場に向かうという繰り返しの毎日でした。小田急線の代々木上原に住んでいた関係で、小田急だけの乗車券で新宿まで出るとJRで有楽町にいき、乗車券を紛失したと告げ、東京駅からということで130円を支払い、有楽町駅を出ます。帰路は有楽町で初乗り130円を買います。代々木では小田急線の切符で精算すると130円を払い、手許には有楽町からの初乗り切符が残ることになります。そして夕方京橋に向かう時には、代々木から初乗り切符の130円で乗り、京橋は東京と有楽町の中間なので、今度は東京で下車し、朝の有楽町で買った130円切符で改札を出ます。現像所から家に向かう時は東京なり有楽町から初乗り切符で改札を入り、新宿では代々木からの初乗り切符で改札を出ます。
翌日は小田急の新宿までの切符で、そのままJRに乗り、有楽町では前日の東京からの初乗り切符で改札を出ます。当時は自動改札ではないので、日付けにまでは目がいかず大抵は大丈夫で、3種類の切符をそうやって順番に回して、初乗り切符以外の乗車券を購入をすることなく交通費を浮かせていたのです。
そんなある日のこと、手の中には前日の代々木からの130円切符があったので、それで代々木駅の改札を出ようとしました。前日の切符であっても、他の駅のものであればまだしも、同じ駅のものだったことが災いしたのです。めざとい改札係から私は声をかけられました。
「もしもし、お客さん!」
まずい! と思ったが私はその声を無視して、そのまま平然と歩き始めました。
一方、声をかけているのに、それを無視された改札係は、当然のように怒り心頭に発して、改札から飛び出すや、私を追ってきました。二重にまずい! これは久し振りに、また駅長室かな? と半分覚悟を決めたのです。
血相を変えた改札係が追いつくや、噛み付きそうな顔をして言いました。
「この切符で出たの、お客さんでしょ?」
突きつけられた、前日発行の代々木駅の初乗り切符を目にした私の口からは、自分でも驚く台詞が飛び出しました。それも至極落ち着いた声ででした。
「いえ、私じゃありません!」
実に毅然としていました。その態度に駅員は圧倒されたのか
「失礼しました」と頭を下げたあと、首を傾げながら改札に戻っていったのです。
私は振り返りたい気持ち、それに笑い出しそうになるのを、懸命にこらえながら平然と駅をあとにしました。
◆長距離旅行をただで楽しむ
私の妻の実家は新潟です。結婚当初は毎月のように東京新潟を往復していましたが、この費用がバカにならないのです。大学2年の時に検札係の罠にひっかり3倍の料金を支払わされて以来、その3倍を取り戻そうという決意で始めた不正乗車により、もうとっくに3倍どころか30倍は取り戻していましたが、合理化を計りながら運賃値下げどころか、常に赤字の尻拭いを利用者に押し付ける国鉄は許せない、などという理由をこじつけ、いよいよキセルの技術修得にのめり込む私は、この長距離高額旅費を如何にして無料にするかに没頭していったのです。
当時はまだ新幹線はできていず、在来線の《特急とき》を利用することが多い私たちでした。妻は意外に弱気でしたので、キセルはもっぱらひとりの時でしたが、例によって初乗り切符で乗車しました。検札係をうまくかわすには大体が席の移動でした。私の乗っている車両に検札係が入ってくると、私は席を立ちトイレにでもいくようにして、既に検札の終わっている車両に移動します。なにせ私は旅行時にも、ほとんど手ぶらですから、一見して席の移動には見え難いのです。
やがて下車駅の『東三条』に着きます。当時の私は改札を通らずに小荷物の受け渡し所の中や、トイレ脇から外に出ました。改札口には出迎えの義父がいて、ホームの方に目をやっていますが、私はいつもその後から姿を現しました。義父はびっくりしながらも、私に懇願するのです。
「駅員と私はみんな知り合いなんだよ、だから金は出すから、ちゃんと乗車券を買って乗ってきてくれよ」
そうはいかないのです。これは私のポリシーなのですから。
◆これが私たちの順法闘争
妻の親戚が松本にもいて、そこへ出向くことがよくありました。妻も私とつきあううちに感化され、キセルにつきあうようになりましたが、それでも私と一緒に行動するほどの度胸はありません。
松本に着くと私は例によって小荷物受け渡し所などの脇から、一旦外に出ると、入場券を二枚買い駅に入り、ホームのベンチで心細気な顔で待っている彼女の元にいき、パンチの入っている方の入場券を渡し、私は入ってない方の入場券で改札を出ます。そんなことはなんでもありはしません。
しかし当時の松本駅は他とは比較にならないほど、厳重でした。なにしろ駅のホームですら検札をやっていたりするのです。それだけ不正乗車者が多かったということでしょう。山男に悪いやつはいないなんて真っ赤な嘘で、海にいく男や女同様、山の好きな連中もキセル愛好家なのです。
キセルも奥義を極めようとなると、いろいろな試みもすることになります。妻も徐々に度胸がついてきて、一緒になってこんなこともするようになったのです。
新潟の帰路、できることならちゃんと席に座りゆったりと帰りたい、しかし、だからといって正規の料金は払いたくないと思うわけで、そこで指定席券だけはちゃんと買うことにしました。これなら席は確保できて
いるわけで、あとは検札係とどう対処するかだけです。
やがて検札係がやってきました。こっちが手ぐすねひいているとは知らずに、安易に通常通りの台詞で検札をしようとしていました。
「おやすみのところ、大変恐縮ですが、乗車券特急券を拝見させていただきます」
誰もが乗客は素直にそれに応じています。いつでもどこでもそれが普通なだけに、私たちの態度には検札係も一瞬言葉を失いました。
私たちのその時の台詞はこんなものでした。
「私たちは検札を拒否します」
「ど、どういうことでしょうか?」
「ですから、私たちは検札を断るということですよ」
「そんなこと言われても、私も検札が仕事ですから、はい、そうですかと引き下がるわけにもいかないんですよ」
「でも、いくら粘られても、私たちは見せませんよ」
すると検札係は国鉄法などの話を持ち出し、乗客は検札に乗車券を見せる義務があるというようなことを、言い出したので、とっさに私たちは
「これは私たちのいわば順法闘争だ」と切り返しました。そして
「いくら粘られても、時間の無駄ですし、ここだけで時間を費やすと、車両全部を検札できなくなりますよ」と言うと、検札係は時計をみながら
「大丈夫ですよ。一応その計算はしていますから」
と応じ、その後、なんと40分にも渡って、私たちに説得を試みるのでした。
どんなに時間をかけようと、私たちは検札に応じるわけにはいかないのです。なにせ無賃乗車なのですから。
最後に検札係は「なかにはあんたちのような人がいてもしようがない」
と捨て台詞を吐いて次の車両に移っていきました。
それにしても検札拒否という新たな手を得て、不正乗車には厚みができ更なる進歩につながったのです。もう乗車券を持っていなくても、乗車中の心配がなくなったのですから。
◆究極のキセル
なまじ切符や定期を持っているから、捕まった時に面倒なことになるのです。持っていないほど強いものはありません。ですから初乗り切符なんか、改札を通ったら捨ててしまった方がいいのです。それならいっそのこと、その初乗り切符も買うのを辞めてしまおう、なんてことを考えるようになりました。
これが『究極のキセル』です。
非公認の『同好会』があり段位が設定されていて、《名人》クラスになると、東京から西鹿児島まで、前後の初乗り切符だけという、つまり260円で本土の端まで行ってしまうのですが、私はその上をいくことになります。なにせ0円なのですから。これより上はありません。
このテクニックを発見したのは、なんと弱気のはずの妻でした。ある夕刻のこと、私たち夫婦は新宿から正規の料金を払って乗車券を買い、池袋の混雑した改札出口にいました。
その時に妻はちゃんと切符を持ちながら
「この混雑だったら、切符なんか渡さなくても通れるんじゃないの」と提案したのです。
すぐにふたりして実験してみました。予想通り大成功でした。出る時が大丈夫なら、入る時も平気に相違ないとみて、帰路は切符なしに池袋の改札を通りました。なんのことはありません。案じてもいなかったのですが、まったく簡単でした。
しかし問題はそこからでした。もう深夜に近い時間だったせいで、新宿の南口改札は入ってくる客はあっても、出る客は皆無で、切符なしで通ろうとする私と改札係とはマンツーマンという状況でした。気の弱い妻は早々に諦めるとひとり精算所に行き、切符を紛失したと言い130円を支払い、それで改札を出ることにしましたが、気の弱くない私はそのまま構わずに、堂々と改札を出たのです。なんのことはない、まったく声をかけられなかったのです。混雑なんかしてなくても同じなのです。
以来、一切切符は不要になりました。なまじ乗り越し切符や期限切れ定期を出すから、声をかけられてしまうのです。そんなことを繰り返すうちに、どうしてどの改札係も声をかけないのかが分かってきました。簡単にいえばそのためのマニュアルがないからなのです。
彼等は職業柄いい目をしています。ですから切符の小さな日付けにまで、目がとまるようになっています。ところが切符も定期も持たずに改札を通る客など、それまで出会ったことがないので、一体何ごとが起こったのか、見当がつかず声をかけそびれてしまうのでしょう。
さて、こんなことをしているのは私だけかと思っていたら、ある日のこと浅草橋で妻と待ち合わせをしていた時のことでした。私は例によって切符なしで改札を出て、そこで妻を待っていたところ、私と似たような年令の男が、なんと切符も定期もなしに堂々と改札を通り抜けました。やっぱり、いるもんだ同好の志が、と妙に嬉しくなり、声をかけたい衝動にかられましたが我慢をしました。
●そして今
自動改札が首都圏内に完備されましたが、開始当初はまだ完全にはほど遠いものでした。しかし今やチェック機能が完備し、例えば定期を利用しての不正乗車はかなりやり難くくなったようです。つまり改札を通過させてない定期で、下車駅の改札をでようとすると、チェック機能に引っ掛かり改札を通ることができません。これでかなりの人たちがキセルを諦めたことでしょう。JRも年間に数十億かの増収になるはずで、まずはめでたいことです。
それにしてもチェック機能が完備した時の当局の発表を聞いて驚きました。通常の定期使用者で、キセルを一切したことがないという人は、なんと僅か11.2%だというのですから、びっくりです。不正率がそんなに高いとは、まさに脅威的ではありませんか。私だって精々7ム3ぐらいだと思っていました。そりゃあ、必死に
なるわけですよ、あちら側もね。
でもまだまだ抜け道はいろいろあります。当然、私が考えていることは前述の例でもわかるように、同好の志はいるわけで、その典型が切符紛失という手です。いつでしたか突然『乗車券を紛失すると3倍』のポスターが出てきたのが、その何よりの証拠でしょう。
改札のチェック機能が完備して以来、どういうわけか切符紛失者が激増したに相違ないのです。そこであちら側としても、なんらかの手を講じなくては、と思ってのことでしょう。でもこの手はほとんど効果がありません。紛失をした人間には何処から乗車したかの証拠がないのです。だから隣駅の名前を告げればいいわけで、3倍といっても390円でしかありません。ただしその390円をすんなり払ってはいけないのです。すんなり払ったら怪しいですよ。というのも、私は本当に隣駅からの乗車で切符を紛失したことがあるのですが、その時には3倍でなしに、そのままの130円でしたが、それすら払いたくなかったのです。
なにせたった今買ったばかりの、新品の切符をなくしたことに、腹が立っているのです。ですから私は駅員に噛み付きました。
「ええ、もう1回払わなくちゃなんないの? なんとかしてよ、今買ったばかりで、また払うなんてさ」
逆に海からの帰路、子供連れで真っ赤に日焼けをした顔で、切符紛失を理由にキセルをした時など、少しも腹を立てずに隣駅からの5人分の代金を払ったものです。ですからすんなり払ったら、怪しまれること請け合いです。
あちらも必死でしょうが、どうやってもキセルはなくならないし、むしろ2種類の定期併用はもっと簡単になってしまったんじゃないでしょうか。以前なら改札係に顔を覚えられて発覚したのですが、機械は顔チェックまではできません。多分コンピュータ管理で同姓同名の多種類購入者をチェックしているかもしれませんが、それならそれで別名にして購入すれば済むことです。
その点、間違いなく激減したであろう手口は定期と初乗り切符によるキセルですが、これも簡単に復帰できるます。
通常、定期で乗車し、下車時は精算機で精算します。そのために帰路は自動券売機に定期を挿入し、正しい料金を支払わなければならなくなったのですが、ちょっと考えれば以前通りに定期を活用できるのに気付きます。
自動改札を通過した記録を消さなければいいだけの話です。つまり乗り越し精算する時に機械を使うと、その記録が消えてしまい、そのために帰路に自動券売機に定期を挿入し、改札同様の記録をしなければならなくなるのです。ですから乗り越し精算をする時に、係のいる窓口を使えばいいのです。そうすれば定期には改札通過の記録が残ったままになるのです。これは消さない限りずっとそのままで、私は数日間の旅行のあと、都内の駅を出ることができた経験で、それを知っています。
帰路は初乗り切符だけで乗車し、定期使用区間のどの駅ででも定期で改札をでることができるのです。
ただし気の弱い人は精算の機械があるというのに、係りのいる窓口にはいきにくいかも知れません。私にしても最初はその口実用に1万円札を使用したりもしました。自動精算機では1万円札が使えないからです。でも慣れてくると小銭でも平気になりました。まず何も言われるはずがありませんが、もし何か言われたら「私は機械を信用できないからだ」とでも答えればいいでしょう。
それにしても確実にキセルは減っているはずです。かく言う私にしても自動改札を切符も定期もなしで通れません。あんなものは力づくで通れるけれど、そういう乱暴な行為はキセル愛好家の美学に合致しませんからね。ですから僅かばかりの出費は仕方ないということにしています。それにここしばらくは定期を持つ身でしたので、定期と初乗り切符というオーソドックスな手口を愛用していましたが、通常勤務を辞めたために、定期とは縁がなくなったものですから、回数券利用を始めることにしています。
最後にちょっとした注意をしておきます。
女性にはあまりキセルはお勧めできません。とりわけ綺麗な方はなおさらです。なぜなら、鉄道関係は圧倒的に男性ばかりですから、改札も検札も綺麗な人に印象を持ちますから、記憶に残ってしまうので、キセル以前からある程度のマークをされてしまっているのです。自分ではあまり綺麗ではないと思っている女性も安心できません。男の好みというのは千差万別ですから、中にはマークしている職員がいないとは限りませんからね。男というものは改札などで立っている時に、男性客にはほとんど目が行きません。別にどうってことはないんですが、ひたすらいい女をマークするために立っています。
そこで今度はキセルをしようと考えている男性への注意です。まずいつも普通が第一です。相手の印象に残らないようにするためです。中肉中背で普通の眼鏡、地味なスーツとネクタイ、ワイシャツも白か淡い色のものがいいでしょう。つまりどこにでもいる日本のサラリーマン風が目立たなくていいんです。男の職員が目にとめる男というのは派手な格好をしている男かヒゲを生やしている男です。あまり背が高い男や低い男も極端だと印象に残ってしいまいますから、キセルはしない方が身のためでしょうね。
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