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石川哲央法律事務所

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9/14 Dream Fighter

オナニー。

それを覚えたのは中学生の頃だった。それまでずっと無邪気で純真な幼少時代を過ごしていた僕にとって、オナニーとは大人への片道切符のように感じられた。それまでの人生と違う、何か特別めいたものを感じていた。

どんな国家でもどんな組織でも、そこに何かの集まりがあるのならば歴史が存在し、その歴史の変換点が存在する。前にも一度話したと思うけど、僕は、「変換点」というものはその時その時にリアルタイムで感じられるものではないと思う。あくまで、過去を振り返ってみて「ああ、あの時が変換点だったな」そう感じるものこそが本当の意味での変換点なのだ。

よく、ドラマチック性を盛り上げるために「今、歴史が変わる時!」などという煽りを目にするが、それは大いなるまやかしだ。変換点とはある意味結果ありきの究極の結果論で、過去を振り返った時にしか存在しないのだ。リアルタイムで感じられる変換点などまやかしでしかない。

今、こうして33歳となり、自分の中のチンケな歴史を振り返ってみると、やはりどうして、「オナニー」というものが決定的な変換点になっているのだ。それは単純に性器を摩擦するという行為を覚えたという意味合いでも、性的な興味が爆発するようになったという意味合いでも、異性に興味を持つようになったという色気づいた感じでもない、ただ単純に「許された」という意味合いでの変換点だった。思いのほか、僕の中でオナニーというのは重くて深い。

幼少時代の僕は、貧しく、ファミコンや自転車すらも買ってもらえないような家庭に育った。着てる服もいつも同じで、給食費すらも払うのが困難な時もあった。そんな生活を続けているうちに、子供ながらにも「僕の人生、こんなもん」という諦めにも似た気持ちが芽生え始めていたのだ。

つまり、このような貧しく何も面白くない僕の人生ってやつはこんなもんで、これから先もずっと続いていくのだろう、人生なんて上手くいかないもの、まあ、人間の生き様なんてそんなもんだ、そう考えていたのだ。

言い換えれば、僕の人生において幸福だとか、喜びだとか快感だとか、そういった喜ばしい何かがあってはならない、そう感じていた。クラスメイトたちがファミコンを買ってもらっただとか、家族旅行で遊園地に行っただとか、そういった喜びは僕の人生において許されていない、不遇の幼少時代がそう感じさせるまでに至るのは簡単なことだった。

その思いを大人になるまで引きずり、僕の人生に喜びは許可されていないから、と恋することも趣味に没頭することも、あるいは誰かを楽しませることも諦めて生きていたのなら、今頃さぞかし立派な世捨て人ができているか、もしくは既にこの世にいないかなのだろうけど、あいにく僕は存在しているし、それなりに喜びを味わっている人並みの人生だ。

それもひとえに、「オナニー」という存在が僕の人生全てを許してくれたからだ。中学時代にオナニーを覚えた時、こんなに気持ち良い行為があっていいのだろうか、と漠然とした不安を抱えてしまったのだ。

おそらく、多くの男性がオナニーを覚えた時、「こんな不埒なことをしていてはいけない」「オナニーし過ぎるとバカになるんじゃないだろうか」などと思い悩み、やっていてはいけない、それでもしたい、などと思春期の熱い思いとの間に揺れ動くオナニー欲みたいなのに翻弄された経験があるだろう。

僕もそんな思いも確かにあったのだが、それ以上に「こんな気持ち良くて喜ばしいモノが僕の人生にあっていいはずがない、許されるはずがない」とオナニーを信じられない気持でいた。

しかし、オナニーは寛容だった。僕のような人間でも、オナニーをしようと思えば少しばかり周囲に気を使うだけでオナニーをすることができる。何度となく喜ばしい気持ちになれるのだ。

僕は許された。

幸福なんてあってはいけない、きっと人生なんてうまくいかないものだと思っていた。喜ばしく輝かしい出来事があるなんて許されないと思っていた。けれども、オナニーはそれを許してくれたのだ。なんとも救われた気持ちになり、サッカー選手がゴールを決めた時みたいに天に祈ったものだった。

そうやって中学時代にオナニーを覚えて以来、おそらく人一倍、いや人八倍はオナニーをしてきたように思う。33歳になるこの日まで休むことなく、一日に何度も、いつだったかは世界記録に挑戦して一日に37回したくらい。こうして爆裂オナニー人生をばく進中の僕なのだけど、一つの疑問というか、願いというか、ある種の不安の芽みたいなものが少しばかり地表に顔を覗かせるようになったのだ。

それが夢精だ。夢精というのは読んで字のごとく、夢の中で精が出てしまうというもので、女性の方にはあまりピンとこないかもしれないが、男性、特に思春期な男の子に稀にある生理現象だ。まあ、このNumeriを大橋のぞみちゃんみたいな純粋な子が読んでて「ムセーってなあに?」とかキョトンと聞かれちゃったりするといけないので簡単に説明すると、まあ、僕ら男ってのは日々精子ってヤツが製造されているわけで、それをまあ、性行為なりオナニーやらで定期的に排出するようにできている。

しかし、思春期などに爆発的に製造されたり、性行為もオナニーもせずに排出しないでいると、タンクがいっぱいになってしまい、寝てる間にデロデロデローとでてしまうことがあるのです。これがいわゆる夢精というやつで、一説によると最高級の快楽らしいのです。

なんでも、やっぱ寝てる間にタンクがいっぱいになって出ちゃうっていっても、それはオシッコが漏れたりウンコが漏れたりみたいな機械的な排出ではなく、やはりこう、性的興奮を伴って排出されるらしく、多くの場合が物凄くエロい夢を見て排出されるらしいのです。

僕ら戦士が想像などを駆使してオナニーする場合、やはり限界があっていくら想像力逞しくともそれは仮想であると心のどこかで諦めてしまっています。けれども、夢精は違って、夢の中で起こってる出来事は、その時点、その個人においては完全に現実なのです。結果、オナニーや性行為では得られれない極上の快楽が身を襲うようです。

ここで、夢精を体験した若者の話を聞いてみましょう。

「いやー、ビックリしましたね、憧れのアイドルが出てきて、何故か告白されちゃってね、まあエッチなことしたんですよ。けっこう清純派アイドルなのに、あっちの方が意外と凄くて、いやー幸せだったな。朝起きたらパンツがビッショリで驚いちゃいました(笑)」

(笑)じゃねえよ、と憤りたくなるのですが、やはり夢精というものはものすごいらしく、憧れのアイドルが出てきたりするみたいです。僕らも普通のオナニーでそういった想像はしがちですが、それはやはりバーチャルな行為、驚くべきは、その時、彼の中ではそれが完全に現実だ、という部分にあります。そこに夢精の素晴らしさがあるのでしょう。

次に別の知人の夢精体験談を聞いてみましょう。

「いやーやっちゃいました(笑)ずっと片思いだった女の子が出てきましてね、けっこうイチャイチャした後にいよいよするぞーって時に暴発、目が覚めちゃいました。家族に内緒で真夜中にパンツ洗いましたよ」

なるほど、こちらは片思い中の女性が出てきて、いよいよというとこで暴発してしまったようです。どうも夢精ってのはその人の本質というか、その人が最上級と位置付ける性的欲求が如実に表れるようです。おまけに皆が夢精体験談を語る時には(笑)をつける傾向にあり、少し気恥ずかしくもあり、それでも嬉しい、みたいな感情の揺さぶりが感じ取れます。

最後に友人の西川君の体験談を聞いてみましょう。

「会社の食堂で味噌汁飲んでる夢見たら夢精してた」

狂ってる。狂い咲きに近いほどに狂ってる。なんで味噌汁で性的興奮を得るのか皆目わかりませんが、たぶんそれが彼の性的欲求の到達点なのでしょう。(笑)などをつけない実に堂々たる振る舞い。こりゃアッパレだな、と大沢親分が出てきそうな勢いです。

とまあ、様々な夢精体験談を聞くに、やはり夢精ってのはオナニー以上の快楽で、その人にとっては極上の興奮と快楽を約束してくれる、なんとも素敵な物みたいなのです。

しかしながら、こんなにも素敵な夢精なんですけど、恥ずかしながら僕にはその経験がないのです。そりゃあ、オナニー覚えてから日に8回とかムチャクチャしてますからね、ご飯って1日三食なんですけど、それより多いんだからそりゃもう異常と言わざるを得ない。でまあ、当然ながら夢精ってのはあくまでタンクがいっぱいになって排出されるものですから、そんなに強烈にやってたら貯まるもんも貯まらない。結果、この年まで経験することなく過ごしてしまったんです。

僕はね、自分で気づいてますよ。明らかに一般の男性に比べてオナニーの回数が多い。オナニーの世界記録も持っている。言うなれば少しばかり「俺はオナニーに関しては人とはちょっと違うよ」という自負がなかったといえばウソになります。けれども、そんなオナニーキングたる僕が、実は夢精をしたことない。これって結構恥ずかしいことで、サッカーの神様ことキングカズが実はオフサイドのルールを良く分かってないみたいなもんじゃないかと思うんです。

というわけで、これじゃあイカン、ということで33歳にして夢精に挑戦すべく、オナニーを全くしない禁オナニー生活を行ってみました。その模様をどうぞ。

1日目
たいした苦しみはない。家にいてふと時間が空くとまるで習慣のごとくオナニーに手を出しそうになるが、「危ない危ない」と逃亡中だった福田和子容疑者のように独り言を呟くことを何度か繰り返す。夜寝ていても夢精はもちろん、エロい夢も見なかった。

2日目
非常に危ない状態に陥る。家にあるエロ本を無意識のうちに手にしていることが何度かある。自分の中でのオナニー欲の高まりというか昂りを感じずにはいられない。あまりにも危険なので、部屋に散乱していたエロ本を押し入れの奥深くに封印する。ついでに光子がエロいので漫画版のバトルロワイヤルの単行本も封印するその夜もエロい夢は見なかったが、夢の中に母さんが出てきて「がんばりなさい」と言ってくれた。

3日目
エロ本を封印したことにより新たな弊害が巻き起こった。パソコンを触るとすぐにでもユアナントカホストとかいうエロい動画に繋ごうとする。これじゃあイカンということで「お気に入り」から削除したのだけど、Yahooで検索してまで行こうとする始末。危なっかしくて見ちゃいられないのでルーターを封印してインターネットに繋げなくした。夢は普通に魔術師と殺し合う夢見た。

4日目
ネットもできず、ボーっとテレビを見ていると、今度はエロDVD(以前にamazonなどで購入したもの)を再生しようとするから恐ろしい。プレステ3にDVDをセットしようとしていてハッと我に帰るから完全に意識がないのだと思う。これも危険なのでエロDVDを封印する。ついでにエロDVDライブラリの中にあった、ダムの放水を延々と映しているだけの、なんでこんなもの購入したのか全然わからないDVDもついでに封印した。僕はすぐにDVDのパッケージをベロベロにして捨ててしまうので、全てのDVDをメディアだけの状態で剥き出しで封印。これはエロ本と違ってかなり省スペースだった。その夜の夢は日本のお金が紙幣価値が失われてしまい、新たに僕の体毛が紙幣として流通する夢だった。

5日目
非常に危険な状態である。エロ本もネットもDVDも、全てのエロメディアを封印したが、ここまで貯め込んだものが凄まじいらしくAKBという単語を聞いただけで、一人の男優を沢山の女優が取り囲んでエロいことをするハーレム系のエロビデオを思い出してしまいビンラディンになってしまう状態。これは夢精も近いと期待で胸が躍る。その夜見た夢は忘れた。

6日目〜8日目
目立った変化なし。ただ、どんどん性に関して鋭敏になっている自分がいる。夢精はなし。

9日目
変化はないが、少しだけエロい夢を見る。僕が近くのパチンコ屋でパチンコを打っていたらゲリラが突入してきてあっという間に店を占拠される夢で、こういった夢を見る場合、たいてい僕はゲリラに動じることなく「CR倖田來未LIVE IN HALL」を打っていて、怒ったゲリラが「テメー!」とか襲いかかってくるのをパチンコ玉一つで応戦、あっという間にゲリラを倒し、涼しい顔でまたCR倖田來未を打つ、人質になっていた美人の女店員が「素敵」となるのがパターンなのだけど、この日の夢はゲリラに占拠されて人質になった女店員がゲリラにエロい事されるのを物陰からジッと見ていた。夢がエロくなってきた傾向はあるが、夢精には至らず。

10日目
かゆ うま

11日目
もう限界だ。苦しいだけで全然夢精に至らない。僕はもう夢精を諦めた。もう無理なのだ。土台、僕に夢精なんて極上の快楽が許されているわけがない。そう、僕は許されていないのだ。オナニーで感じたアレもまやかしの許しに過ぎず、やはり僕の人生には喜びなど許されていないのだ。僕はもうオナニーをする、二度と夢精など夢見ることはないだろう。

僕はエロDVDの封印を解き、たくさんある円盤のようなDVDの束から適当に手にとりバタバタとおぼつかない足取りでプレステ3にセットした。もう僕はやれることはやった。10日も我慢すれば十分だろう。もういいいんだ、夢精できなくたっていいんだ。ふと、頭の中で声がした。

「あなたはよく頑張ったわ、我慢しなくていいのよ」

母さん!

「いやいや、夢精なんてそんないいものじゃないよパンツ汚れるし(笑)もう我慢せずにやっちゃえやっちゃえ!」

友人たち!

「君は昔から堪え性のない子だった。でもな、それだから君は素敵なんだよ、恥じることはない、やってしまいなさい」

恩師の先生!

「味噌汁飲んでたら夢精した」

西川君!

これまでの僕の人生を取り巻く皆の声が走馬灯のように頭の中を駆け巡った。夢精できなくってもいい、もし神というものが僕の人生において快楽を許しているのならば、そんな許しなどいらない。何故なら僕はこんなにも多くの人たちに許されているのだから。

「母さん、先生、西川君、僕、やるよ」

10日間我慢させたブツは既に限界だった。おそらく、すぐにその貯蔵物を吐き出し、朽ち果てることは容易に想像できた。おそらくこれはオナニーなんてものにはならないだろう、たぶんDVDが画面に映し出されたらすぐにでも果ててしまうだろう、いや、もう観なくても出てしまいそうだ。それでも、勝手に出てしまうより、せめて少しでもエロい画面を見てから出したい。そんな思いが、遅いプレステ3の起動をさらにノンビリなものに感じさせた。

やばい、だめだ、出てしまう、ああ、でも画面も映りそうだ。はやくきてくれ!はやく!はやく!

パッと画面が切り替わる。

きたぞ!きた!本気でやばい!もう出る!ああああああああああ!

「これが黒部ダムの放水です、ゴゴゴゴゴゴ」

だあああああああああ、これDVDが違うじゃねえかああああああああ!

と思った時には時既に遅く、なんかぶっ壊れた蛇口みたいにデロロロロロロロロとなってました。画面からはダムから勢いよく水が放水され、僕の下半身からもなんか放水されてた。本気で全身の力が抜けた。せめてエロいDVDを観て朽ち果てたかった。

こうして僕の夢精チャレンジは儚い結果となり、人の夢と書いて儚い、まさにその通りだね、と自分を慰めることしかできませんでした。まさか10日も我慢してダムの放流で朽ち果てるとは思わなかった。

僕らはどんなに不遇な人生であっても、大抵の人が何かの幸福を許されている。それがオナニーであったり恋であったり、家族であったり人それぞれ、それを甘んじて受け入れ許されていると感じることこそ幸福に生きる秘訣なのではないだろうか。

夢精にチャレンジして華々しく散り、ダムの放流で果てた僕であったが、そんな不幸な事件があっても、それは「ダムで抜くことを許された」と受け入れなければいけないのだ。思い返してみると、この不幸な事件が明らかに転換点であり、僕はダムで抜くという新しい分野を開拓した。それから何度かやっているが、なかなか、ダムの放流もエロい。けっこう艶めかしい。

やはり許されたのだ、と感じつつ、今日もダムの放流でオナニーする僕。味噌汁でやる日も近いのかもしれない。


8/14-16 40時間ゲームライブ

終了しました。


7/27 ハリー・ポッターと謎のプリンス

さてさて、既にシリーズ何作目かも忘れてしまいましたが、巷ではハリーポッターの新作映画が話題のようで、なんか「物語はいよいよクライマックスへ!」などとガシガシとテレビCMなどが流れています。

そうやってハリーポッターの新作映画が公開されると思いだすのが「ハリー&ポッター、見てもないのに映画レビュー」なわけで、1作目からずっと公開に合わせてハリーポッターシリーズを1ミリも観ていないのに内容をレビューするという荒技に出ていたものでした。

凸凹刑事コンビハリーとポッターが巻き起こす痛快アクション活劇は多くの支持を得、「賢者の石」では巨大企業を相手に、「秘密の部屋」では謎の殺人事件を相手に、「アズカバンの囚人」ではネット宗教という新たな形態の宗教を壊滅させ、「炎のゴブレット」ではベトナム戦争の悲劇によって巻き起こった壮大な復讐劇を阻止しました。ハリーとポッターの活躍は凄まじく多くの感動を我々に届けてくれたわけなのです。

そして前作の「不死鳥の騎士団」ではちょっと不思議な、タイムスリップにまつわる事件を描きました。この作品を公開するや否や、読者の皆様の反響たるや凄まじく

「面白かったです!感動しました!」

という賞賛が1名より。

「つまらない、死ね!」

という率直かつ的確な意見が12名より。

「ハリーポッターをバカにするやつは許さない!謝罪してください!」

なぜかすごい怒ってらっしゃる方が2名。

「ハーマイオニーたんの胎盤食べたい!」

頭が狂ってらっしゃる方が1名。

合計で16名の方からの反響メール!あまりの量に僕のメールボックスがパンクするかと思いました。このシリーズに対する読者の皆様の関心の高さが伺えます。

そんなこんなで、やはり今回もやってきました。7月15日より日米同時公開が始まったハリーポッターシリーズ最新作「ハリー・ポッターと謎のプリンス」、なんでもテレビCMを見る限りではこれは完結編の1個前のものらしく、ここからラストに向かってクライマックスが始まるとか。というわけで、「見てもないのに映画レビュー:ハリー・ポッターと謎のプリンス」をどうぞ!クライマックスはここからはじまる!

見てもないのに映画レビュー
「ハリー&ポッターと謎のプリンス」

オープニングは冬山から。おそらくチョモランマとかそういった類の世界的な高山だろう。フル装備をした一団が、数にして10人程度の一行がトボトボと延々と続く真っ白い斜面を登っていく。

吹雪はより一層強くなり1メートル先も見えない状態に。一団の先頭に立つ謎の男が顔を覆う真っ白な雪を払いながら「クッ!」と呟く。サングラスを覆った細かい雪を払うと、男の視線の先に奇妙な氷柱が映った。

「あれだ!」

先頭の男が後に続く一団に指示する。しかし、猛吹雪のためかその声は届かない。仕方なく先頭の男が滑る足元を顧みず氷柱に駆け寄ると、一団も氷柱の存在に気付き、一斉に走り出した。

真っ白い息を吐きながら氷柱に駆け寄る男。近づくと、やはりその氷柱はデカく、ゆうに5メートル以上ありそうなものだった。先頭の男以外の一団は、ざわざわとリュックから様々な計器を取り出し、大きさを測ったり雪の中に何かの電極を突き刺したり、放射線測定機みたいなのを取り出して慌ただしく動いている。

先頭の男は、氷柱の表面にこびりついた雪を手で拭い取る。厚手の手袋がガサガサと音を立てるが、かなり強固にこびりついているのかなかなか取れない。男はさらに力を込めて削り取るように表面の雪を取り去った。

次第に白濁した雪が除去され、透明な氷柱の表面が見え始める。男がさらに氷柱の中の存在が露わになり始めた。

「おい!」

男が一団に声をかける。一団は慌てて計器類を雪の上に置き、皆で一斉に雪を削り落し始めた。徐々に露わになる氷柱。それは氷柱の中で氷漬けにされた人間のようだった。足が見え、手が見える。余程の恐怖なのか、手は何かを訴えかけるかのような形で固まっている。

「くっ」

件の男が狂ったように表面を削る。するとついに氷漬けにされた人間の顔が明らかになった。

ダーン!

それは断末魔の表情で硬直するポッターだった。一団が慌ただしく動き、さらに計測を続ける。その中心で男がサングラスを取りながら口を開いた。

「ポッター……」

その男とはハリーだった。

ブワっとカメラアングルが引き、氷柱と一団を小さく映す。雪山は雄大かつ白銀の世界を映し出しているが、さらにカメラが引いても、銀世界は変わらない。それどころか、グーグルアースみたいに地球全体を映すまでカメラが引いても、陸地の部分は真っ白なままだった。そう、地球全体が真っ白。一体何が起こったのかドキドキしていると、その真っ白な地球をバックにデデーンとタイトル表示。

「ハリー&ポッターと謎のプリンス」

場面は変わり、今度は緑豊かな地球の様子。またグーグルアースのように、今度は逆にブイーンとアップになっていき、アメリカのロサンゼルスをクローズアップする。

「なんだ!?チャイナタウンで殺し?」

「窃盗は他の課に連絡してくれ!」

「おい爺さん、電車賃貸してやるから早く帰れ!」

「いつもすいません、旦那」

「おい!誰か交通課の応援に行ってくれ!」

怒号が飛び交う喧騒のロス市警内。次々と警察署内の面々を映しながらスタッフロールが表示される。相変わらずこの辺のセンスはピカイチだ。

そんな慌ただしいロス市警にあって、一人だけデスクに座り携帯電話片手にピコピコとやっている男がいる。ポッターだ。ポッターは少し大きめの体を安っぽい椅子に預け、器用に携帯電話のボタンを押していく。そこにハリーがやってきた。

「よう、また携帯か!?」

ポンっとポッターの肩に手をかける。ポッターは携帯の画面を隠すようにして顔を上げた。

「いや!まじで今いいところなんだって!」

「なんだ、また出会い系か?」

「まじで!もうちょっとでこのココルルって女落とせるんだって!」

あまりに夢中のポッターにハリーもウンザリ顔だ。

「出会い系もいいが、女子中高生には注意しろよ!お前を逮捕しなきゃいけなくなる。あと、さっきから課長がカンカンになりながらお前を睨んでるぞ」

「ヒィ!」

課長は透明な板で仕切られたブースの中で葉巻を咥え、ジロリとポッターを睨みつけていた。

場面は変わり、警察署内の休憩所。ハリーがマックスコーヒーを二つ購入し、一つをソファに座ってうなだれているポッターに手渡した。

「ひゃあ!冷たい!」

「まあ元気出せよ。減俸くらいたいしたことじゃないだろ」

「そうだけど……」

「そんなにいいのか、出会い系サイトって?」

その言葉にポッターが敏感に反応した。

「いや実はさ、俺もあまりいい思いはしたことないんだよ。とんでもなくセクシーな女と出会えるっていうんでアリゾナくんだりまで出かけて行ったらグランマみたいな女が待ってたりよ」

「そりゃ散々だな」

「あと、モバゲーっていうサイトなら中高生食いまくりっていう噂を聞きつけてさ、どこか分からないから、ほら、同級生の吉田っていたろ、土建屋の次男坊、あいつがそういうのに詳しいっていうんでモバゲー教えてくれって聞いたんだよ」

「ああ、あの吉田か」

「それで教えてもらったらモバゲーじゃなくてモバゲイでさ、ゲイのためのSNSとか書いてやがるの。男の股間のアップがトップにあってよ!あやうく掘られちまうところだったぜ。ピーターラビットもビックリさ!」

まあ、この辺がハリウッド映画特有のアメリカンジョークというやつでしょう。試写会では主に白人女性を中心に笑いが巻き起こっていました。

「まあ、あまりのめり込まないようにな。俺たちは刑事なんだから……」

ハリーは渋い顔をしてポッターを諌めることしかできなかった。

「出会い系ってのはまるで自分が自分じゃなくなるような感覚がある。自分でデザイナーだよって女に嘘をつけばその瞬間に刑事の自分は消え、デザイナーの自分が生まれる。まあ、別の自分が生まれるってところが魅力なんだ」

ポッターは少し真面目な顔になって語りだした。

「別の自分……」

眩しいばかりの夕日が休憩室に差し込んでいた。

「ご休憩中のところを申し訳ありません!」

そこに制服の警察官が、まるで背骨に針金を通したような姿勢の良さでやってきた。

「管内で殺人事件発生。至急現場に向かってくれとのことです!」

それを聞いてコーヒー缶をゴミ箱に投げ込むハリー。

「よしいくぞ!」

「おう!」

ロサンゼルスの街並みをパトカーが駆け抜けていくのだった。

-------------------------------------------------

「ひどい殺し方するねぇ」

死体を前にしてポッターは楽しそうに笑った。ハリーはというと、まるで死体から目をそらすかのようにモーテルの中を見回していた。

「おい、見てみろよ、ハリー」

何かを見つけたポッターは死体を見るようにハリーに促す。

「俺が死体を見れないの知ってるだろ!」

青い顔をして拒否するハリー。これさえなければ完璧な刑事なのに。

「いいから見てみろって」

ハリーは恐る恐るブルーシートに包まれた死体を覗き込んだ。

「右腕が……ない……」

「かなり乱暴に切り取られ、持ち去られたみたいだな」

「ということは、一連の事件と関連があるのか?」

「ああ、間違いないな」

ここ最近、ロサンジェルス管内では同様の殺人事件が多発していた。被害者はいずれも女性で、モーテルやホテルの一室で殺されている。被害者に共通しているのは、体の一部が持ち去られていることで、これまでに右足、左足、内臓、と持ち去られた3件の殺人事件が発生している。

「シリアルキラーってことだな」

「なんとも不気味な話だね」

そう語るハリーとポッターの傍らで、床に投げ捨てられていた携帯電話が怪しく光り、「メールを受信しました」とだけディスプレイに表示されていた。

--------------------------------------------

署に戻ったハリーとポッターは、捜査会議に参加していた。

「被害者は高野麻衣子、23歳、ダウンタウンのナイトクラブに勤めるダンサー。交友関係は派手だったと思われます」

制服の警官がキリッと立ち上がり今回の事件の被害者の報告を始める。その会議の席の最前列の中央に偉そうに座っている一人の人物がいた。

「あの偉そうなのは誰だい?」

ポッターがヒソヒソ声でハリーに尋ねる。

「あれか、あれは本店の管理官だろ」

「ヒョー、本店が出てきたってことは、俺達所轄はただの駒ですか」

「まあそういうな」

ざわつく面々を一括するかのようにジョニー管理官は言葉を発した。

「次、殺害時の状況の報告を頼む」

それを受けて2名の刑事が立ち上がり、メモを見ながら報告を始めた。

「被害者は出会い系サイトを利用、そこで知り合った男性とモーテルに入ったところを殺害したと思われます。死因は鋭利な刃物で腹部を刺されたことによる失血死。右腕は死後に切断され、持ち去られたものと思われます」

刑事が座ると今度は別の刑事が立ち上がり、報告を始めた。

「利用していた出会い系サイトをあたり、ログの提出を求めたところ、被害者は「プリンス」と名乗る男性と頻繁にメッセージを交わし、事件当日も会う約束をしていたようです」

ジョニー管理官が口を挟む。

「その「プリンス」なる人物については?」

刑事は待ってましたとばかりに報告を続けた。

「分かりません。ログから発信元を調べましたが、イラン人から購入した飛ばし携帯だったようです。所有者は全く無関係の人間でした」

一通り報告を受け、管理官がマイクに向かって口を開いた。

「この「プリンス」なる人物を一連の事件の最重要人物とし、各自捜査にあたってくれ」

ガヤガヤと300人はいるであろう捜査員が散らばっていく。その中にあってポッターだけが椅子に座り、ワナワナと震えていた。立ち上がって捜査に行こうとしていたハリーが気がつく。

「どうした?ポッター?」

「いや、なんでもない」

「なんでもないことあるか、顔が真っ青だぞ」

「実は……」

ポッターは周囲を憚りながら語り始めた。

出会い系サイトで大立ち回りを繰り広げるのが趣味のポッターは、そこで出会ったブスな女たちから「プリンス」の噂話を聞いていた。なんでも「プリンス」は異常に金持ちであることをアピールして女どもを釣っているらしい。しかしながら、中にはプリンスに会いに行くと言ったまま帰ってこなくなった女もいて、そういったネット空間にありがちな都市伝説や怖い話レベルの噂話として語られているらしい。

「俺もサイトで会ったブスに言われたよ、プリンスには気をつけるようにしてるって」

出会い系サイト好きのポッターは許せなかった。自分の大好きな聖域を汚されるばかりか、プリンスの存在によって女性が出会い系サイトは怖い物と認識するのが大きな痛手だった。

「許せねえ!絶対にプリンスを捕まえてやる!」

珍しく意気込むポッターにハリーは一抹の不安を覚えるのだった。

--------------------------------------------

「これはどういうことだ、ポッター」

リトルトウキョーの入り口に当たる交差点、ポッターとハリーは隠れるように郵便ポストの影に身を潜めていた。

「おとり捜査ってやつさ!」

ポッターは快活に答えた。

「おとり捜査って、お前、あれ……」

プリンス逮捕に向けて意気込んだポッターは、早速出会い系サイトに潜入した。しかし、いつもの女漁りではなく、今度は女としてサイトに侵入し、そこでプリンスをひっかけようと目論んだのだ。

かくして、プリンスはアッサリと見つかった。ポッターの書き込みを見てメッセージを送ってきた男は多数いたが、その中で瞬時に「こいつがプリンス」と見抜いたポッターはたいしたものだった。なんでも、メッセージが発するオーラ、というものがあるらしい。

メールをやり取りしていくうちに、相手の男は自分が相当の金持ちであることを臭わせ始め、ハリウッドスターとも交流があるようなことを仄めかし始めた。これでは普通の女ならイチコロであろう。

ついに相手が自分の名前が「プリンス」であると明かした瞬間、捜査方針は決まった。会う約束を取り付け、待ち合わせ場所に現れたプリンスを重要参考人として引っ張るのだ。

ただ、それには待ち合わせ場所に立たせるのはポッターではマズい。こんな小太りなオッサンが立ってるだけではプリンスどころか、普通の男なら姿を現さない。そこで、署内から募って代役の女性を囮として立たせることにしたのだった。

「それにしても、もっとマシな囮はいなかったのかよ」

「本当は交通課のアイドル、マキちゃんに頼みたかったんだけどな、ビビっちゃって。それで物怖じしない彼女に頼んだってわけ」

待ち合わせ場所である交差点には、見たことないようなブスが佇んでいる。遠い東洋の国、日本でヨコヅナとして活躍しているモンゴル人のような顔立ちで、体格もヨコヅナに負けず劣らずだ。それだけならばまだいいが、御本人も囮捜査の囮として使われるということに発奮したのか、セクシーなランジェリーみたいな衣装を身に纏っている。もうムチムチというかブチブチというか、透けて見えるブラが異常に危なっかしい。どれくらい危なっかしいかというと、ブラの紐が切れそうなほどにパンパンで、登山映画で仲間が落ちそうな時の紐の状態みたいになっている。

「あんなの署内にいたか?名前なんていったっけ?」

「ああ、交通課のハーマイオニーさんだ。いわゆるお局ってやつ。年も40くらいだと思うぜ」

「ありゃないだろ」

こんな囮で果たしてプリンスは現れるのか不安だったが、それでもハリーとポッターは張り込みを続けた。しかし、約束の時間を過ぎてもプリンスは現れない。

「現れないな」

「ああ」

「やっぱあれじゃダメか」

「かもな」

「それでも、あんな意気込んでるハーマイオニーさんにもういいですとは言いにくいだろ」

「お前行けよ」

「やだよ」

「俺もやだよ」

そんな憂鬱な会話をする二人をよそに、雑踏に立つハーマイオニーさんはノリノリ、セクシーポーズで道行く人を悩殺というか脳殺していたりする。その瞬間だった。

キュルルルルルルルルル!

けたたましいホイルスピンと同時にシルバーカラーの車が交差点に躍り出た。そして巧みなドライビングテクニックでハーマイオニーさん(41)を助手席に押し込み、颯爽と走り去っていったのだった。

あまりの出来事にしばし呆然とするハリーとポッター。しかしすぐに我に返って

「くそっ!やられた!」

車を追うべく急いで愛車シボレーに乗り込むのだった。

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「捜査中のプリンスと思われる連続殺人犯に女性が一名拉致された。女性の名前はハーマイオニーさん、本署の職員だ!至急応援をまわしてくれ!」

無線を叩きつけるハリー、そのよこでポッターは呆然と街並みを眺めていた。

「なあ、ハリー、ロスの街は好きか?」

「は?こんな時に何言ってるんだ?」

ハンドルを握りながらイラつくハリー。そんなのはお構いなしに続けるポッター。少しポッターの様子がおかしい。

「ロサンゼルスの街は天使様たちの街だ。元々の語源は"El Pueblo de Nuestra Senora la Reina de los Angeles de la Porciuncula"で"ポルシンウラの天使達の女王"という意味。この街は天使様と女王様に守られているんだよ」

「何アホなこと言ってるんだ。クソッ!見失った!」

「だから俺たちが望むことはみんな天使様が叶えてくれる。この街にいる限りな。そこの角を右に曲がれ!」

犯人の車を見失ったハリーは、ポッターに指示されるままに車を走らせた。

「肝心なのは天使様の存在を信じることだ」

急に宗教がかってしまったポッターに戸惑うハリー、シボレーはロス郊外の街へと吸い込まれていった。

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「なんてことだ、本当にいやがった」

ロス郊外の国道沿いのモーテル。その駐車場に例のシルバーの車が乗り捨てられていた。ハリーはここまでポッターに指示されるとおりに車を走らせただけだった。天使のお告げというポッターの言葉に半信半疑ながらついていくと、そこには本当に犯人の車があったのだ。

「な、天使様のおっしゃるとおりだろ?」

そのポッターの得意気な表情にイラついたハリーは、銃を取り出し、ポッターの口の中に突っ込んだ。

「いえっ!なんでお前が犯人の居場所を知ってるんだ!?」

「ウッーウッー!」

口の中に銃を入れられているポッターは喋ることができない。手足をバタバタとさせていると、ハリーがすっと銃を外した。

「ビックリしたなあ。言うよ、言いますよ。天使様ってのは嘘で、実は大体分かってたんだよ。出会い系サイトで出会ったような男女が使うモーテルは限られてる。値段が安くて人目に付かない場所ってね。それでまあ、犯人の車が走り去った方向から考えて、このモーテルだろうなって見当はついてたんだ」

「なら最初から言え!」

「メンゴメンゴ!」

モーテルの管理人に話を聞き、車の持ち主が入った部屋の鍵を開けてもらう。銃を構え、そっと部屋に入るハリーとポッター。部屋の中からはシャワーの音だけが響いていた。

目配せをし、ベッドルームに入り銃を構えるハリーとポッター、しかしそこに人の姿はなかった。ならばシャワールームかと、シャワー音がする方へとゆっくりと歩いて行った。

「そこまでだ!ロス市警だ!」

シャワールームの扉を蹴破り、一気に突入するハリーとポッター。そこには凄惨な光景が待っていた。

うつ伏せに床に転がるハーマイオニーさん。流れ出る血はシャワーのお湯に流され排水溝へと吸い込まれていた。それだけで犯人の姿はなかった。

「うっ!」

死体を見るのが苦手なハリーは吐き気を覚え洗面所へと駆けて行った。ポッターはマジマジとハーマイオニーさんの死体を調べている。

「見ろよ、ハリー、乳房が切り取られていやがる」

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「ばかもん!」

課長の怒鳴る声が捜査一課全体に響き渡る。課長のデスクの前にはハリーとポッターの二人がションボリと立っている。

「勝手に囮捜査をしたばかりか、署員を一人失う結果になるなんて、お前らは何を考えてるんだ!」

二人に反論の余地はない。

「管理官もお怒りだ!停職なんかで済むと思うなよ!解雇だ!解雇!」

怒りが収まりきらない様子の課長に、冷酷な顔をした管理官が口をはさむ。

「まあ、仕方ありませんね」

それを受けてハリーは懐から手帳と拳銃を出し、デスクの上に置いた。

「お世話になりました」

それを受けてポッターも同じように手帳と拳銃をデスクの上に置いた。

場面が変わり、警察署から出てくるハリーをポッターが追う。

「おーいハリー!どうするんだよ!これから!」

振り返らず、真っ直ぐ歩きながら返答するハリー。

「どうするもなにも、俺はまだあの謎のプリンスを追い続ける。刑事じゃなくなってもな。お前はどうするんだ?」

「田舎に帰ってグランマのやってるマカロニ屋を手伝おうと思ってるよ。刑事首になったって言ったらグランマ悲しむだろうけど……」

「お前は相変わらずだな。まあいい、俺は俺のやり方でヤツを追う」

「じゃあ、ここでお別れだな」

「ああ、元気でな」

別々の方向に歩きだすハリーとポッター。ポッターのズボンの後ろポケットに差し込まれた携帯の画面にはプリンスからのメール着信を告げるメッセージが表示されていた。

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まあ、あまり詳しく書くとネタばれになっちゃってまだ見てない人に怒られちゃいますので割愛しますけど、ここではハリーが独自に捜査をし、時には乱暴な手段を使ってプリンスの実態に迫ろうとします。それと同時進行で携帯メールを交わすポッターも描かれ、口ではああ言ってましたが、こちらも独自の方法でプリンスに迫ろうとする姿が描かれています。

そして、ついに、事件の核心へと迫ったハリー。プリンスの根城と思われる港の廃倉庫に到達します。真っ暗な廃倉庫に銃を構えながら一歩一歩進んでいきます。

突如、まるでハリーの到着を待っていたかのように倉庫内がライトアップされ、光の道のようにハリーを導きます。

「全ては、あのハーマイオニーの事件からだった」

暗闇に向けて言葉を発するハリー。ここまでの捜査で辿り着いた自分なりの結論を語り始めます。

「事件自体は何も感じなかった。殺されたハーマイオニーさんには悪いけどな。けれども、事件後、妙な違和感が残った」

錆びついた鉄が剥き出しの階段を一歩一歩、駆けあがっていきます。

「なぜ、所轄の刑事ごときの不祥事で、あんたが出てきて俺たちを処分したかってことだよ」

通路が終わり、小さな小部屋が現れます。少し叩いたら壊れてしまいそうなベニヤの板でできたドアが半開きになっており、さらなる闇へとハリーを導きます。

このシリーズいつものことですが、こうやって犯人を追いつめるシーンのハリーはかっこよく、さらに今回は刑事という職を捨ててまでプリンスを追いつめる姿に涙が出そうになりました。

「それに、あれが囮捜査だと知っていたとしか思えない手際の良さ。だから俺は薄々勘付いていたよ」

ギィィィィィィと音を立ててドアが開き、何やら部屋の中央に置かれている物体が目に留まりました。赤いマントのようなものをかけられたその物体は、人間一人くらいの大きさがありそうなものでした。

「問題は動機だ。エリートとして順風満帆な人生を歩んでいたアナタは、何か危険な冒険をしてみたくなったんじゃないか。それを出会い系サイトという舞台にぶつけた。プリンスとして暗躍し、女性を殺害する。そのスリルにアナタはのめり込んでいったんじゃないんですか」

ハリーはそのマントをバサッとめくった。

「ねえ、ジョニー管理官、いや、謎のプリンスさん!」

そこにはジョニー管理官の姿があった。隠れていたのだろうか、赤いマントを全身に被った管理官は、今まさにそのマントを取り去られ、顔だけをポッカリと出す格好になっていた。観念したのかその両の瞼は固く閉ざされ、ハリーの問い掛けに対しても一切応答しなかった。それでもハリーは続ける。

「あなたは出会い系サイトでプリンスとして生きる自分に別の自分を見出した。あなたにとって出会い系サイトとは知らない女に出会うことじゃなかった、別の自分、自分自身に出会うことだったんだ。そうなんじゃないですか?管理官?」

ハリーは目に涙を浮かべている。それでもジョニー管理官に反応はない。ただ重く両の瞼を閉じているだけだった。

「アナタにとって出会いってなんなんですか!?出会いなんてものは文字だけでやり取りすることでもインターネットを介して行うことでも、変に自分自身を偽ることでもない。もっと純粋で簡素な、心と心の通い合い、それが出会いってものじゃないんですか!?」

このシリーズのクライマックス。ハリーの持ち味、犯人を前にしての熱い演説が始まります。そして、いつもの名言が飛び出すのを待っていました。

「心の通い合いこそ本当の出会いでしょう、心が出会うことこそが本当の出会いでしょう!?そこに白人も黒人も関係ない!」

感動しました。

「あるね!」

しかし、そこに謎の声が聞こえます。いつもこのシリーズはこのハリーの決め台詞で解決し、大団円となるはずなのですが、なにやらおかしい。

「白人か黒人かってのは大いに関係ある!」

謎の声に驚くハリー。その反動でジョニー管理官の体がダラッと人形のように崩れ去ります。

ガタン!

薄暗いためよく分からなかったのですが、犯人と思われたジョニー管理官は既に遺体でした。というか、その遺体は首だけがジョニー管理官で、体の各部はつぎはぎだらけ、どうやら今までの連続殺人で持ち去られた被害者の体の一部を強引に縫い合わせたようなものでした。

「だれだ!」

ハリーの問い掛けに謎の声は続けます。

「俺は子供の頃、混血だってことで随分と虐められたよ。俺にとっては白人も黒人も関係大ありだった。お前がいつもそのセリフを口にするたび、白人でもない、黒人でもない俺は心を痛めてたさ」

「お前……」

暗闇に向かってあちこちに銃を構えるハリー、その表情はどんどん暗いものになっていきます。

「グランマは言っていた。俺は特別なんだって。けれども俺は自分がなんとも中途半端だと思ったものだよ。でも、俺は思ったさ、天使様が守るこの街でなら、自分は生まれ変わることができる。そう思って出会い系サイトを使い、そこに転がってる頭の男を使って体の各部を集めた。そうやって新しい自分を作ろうとしたのさ」

「まさか……!ポッター!」

暗闇から現れたその姿はポッターでした。なんと、ポッターが謎のプリンスだったのです。

「ハリー、やっと集まったよ。これで新しい自分になれるんだ」

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

地面が揺れます。

「ポルシンウラの天使達の女王よ!舞台は整った!今こそ新しい自分を我が手に!」

廃工場から光が立ち上り、やがてその光はロスの街を包みます。圧倒的な光は全てを凍りつかせ、駅前のロータリーでbBに載ってギャルをナンパしようとしていたチンピラが「なに、あの光?」「そんなことよりホテル行こうじゃん!」とナンパしながら凍りついていく様子が描写されます。

そしてハリーは薄れゆく意識の中で、天使と出会うポッターの姿を見るのでした。そう、世界が破滅へと向かっていく様子を感じながら。

おわり

次回予告
全てが凍てつく世界、そこに舞い降りた新しいポッターとは。ポッターの暴走を止めるために戦うことを決意するハリー。そして物語の舞台はいよいよ日本へ。1作目からの全ての事件が一つの線に繋がるシリーズ完結編!いよいよクライマックスは終息する!次回、ハリー&ポッターと死の秘宝を待て!


6/25 40時間世界一周

「40時間ノンストップでゲームしつづけて入院した少年」
http://news.livedoor.com/article/detail/4195147/

ゲームのしすぎで入院したのはロシア・オムスク州に住む15歳の少年。この少年はダダをこねて誕生日にパソコンゲームを買ってもらったのですが、ゲームを初めて2〜3週間たった時点で少年の成績が著しく低下したため、両親は少年がゲームをすることに関して厳しく制限したそうです。おそらく、このときにゲームに対する欲求がかなりたまってきたものと考えられています。

そんな中、週末に両親が旅行に出かけることになり、ゲームを制限されることが無くなった少年はここぞとばかりにゲームに熱中し、いつの間にか意識不明になったとのこと。旅行から帰ってきた両親が目にしたものはパソコンの前でチョークのように顔が白くなっており、何をしても全く反応がない少年の姿だったそうです。少年の母親は冗談だと思っていたそうですが、白い顔がどんどん青くなっていったためすぐに救急隊員を呼び、少年は病院へ運ばれていったそうです。病院に運ばれたとき少年の血圧は著しく低下しており、状況から見て40時間程ノンストップでゲームをし続けていたのではないかと考えられてるとのこと。(livedoorニュースより)

頭おかしい。何食って育ったらこんな思考に至るのか皆目見当もつかないのだけど、そのあまりにロックな生き方、ゲーム禁止されてたけど親がいなくなったらフリーダム!で40時間もやっちゃう、もうこの生き方はカートコバーンの生まれ代わりかと思ったほどだ。「チョークのように顔が白くなっており」って部分とかマジ、イカスぜ!

頭おかしい、で思い出したのだけど、なんでもウチの親父が烏骨鶏というニワトリを飼いはじめたらしい。烏骨鶏というのは珍しいニワトリで高級食材として扱われているんだけど、どういう思考経路を経たら烏骨鶏を飼おう!なんていうことを思い立つのか理解に苦しむ。

それだけならまだいいのだけど、その烏骨鶏が産む卵ってやつもやはり稀少でけっこうな高級食材らしいのだけど、ウチのキチガイ親父、その高級な烏骨鶏の卵を毎日チキンラーメンに入れて食ってるらしい。やっぱり頭おかしい。この人狂ってるよ。

でまあ、そんなキチガイ親父と過ごした僕の幼少時代。当時の僕は「人生ゲーム」というボードゲームに夢中だった。時代はファミコンなどのテレビゲーム全盛だったんだけど、そんな高級な物は買ってもらえなかった我が家では、友人の三井君が「いらないから」という理由でくれた人生ゲームにたいそう夢中だった。

それこそ、弟と二人で連日連夜、狂ったように人生ゲームにはまっていた。あの、結婚イベントの後に自分の駒にピンク色の杭みたいなやつを刺すのが楽しくてな、おまけに出産イベントで子供の杭みたいなやつを刺すのとか楽しくて仕方なかった。

けれども、あまりにも夢中になるというか、それこそ病的なレベルまでのめりこんでいた僕たち兄弟を訝しく思った親父より「人生ゲーム禁止令」が出された。後世に轟くレベルの悪法の誕生だ。

多くの家庭ではファミコンに熱中するあまり親にファミコンを隠されたりという悲しい事件が頻発する中、我が家では人生ゲームを隠された。しかし、この行為は逆効果である。ちょうど、冒頭のニュースの少年のように、隠されることによって僕ら兄弟の人生ゲーム欲は抑えきれないレベルまで昂りを見せていた。

そしてXデイ。親父が飲みに出かけ、母親も町内会の集まりに出た時、かねてから隠し場所に目星をつけていた僕は、人生ゲームを引っ張り出して狂ったようにプレイした。もう、何度ゴールしてもまた最初から、無限のループと思えるほどに熱烈にプレイした。

しかし、僕はニュースの少年のようにバカじゃない。入院するまでやるはずがない。けれどもな、夜も深くなってきていよいよ人生ゲームにも飽きてきたんじゃねえって頃合いになってきて、別のゲームを始めたわけなんですよ。

それがまあ、人生ゲーム上では嫁や子供として扱われるピンクの杭を鼻の穴の中に入れるってゲームなんだけど、ただ、鼻の穴の中に入れるんじゃあつまらない。お互いに相手の鼻の穴の中に入れて、どこまで勇気を持って入れられるかって勝負をしたんです。

最初は弟の番。弟はピンクの杭を人差し指の上に乗せ、恐る恐る僕の鼻の穴の中へ指を突っ込んでいきます。

「やばい!怖い!」

チキンだった弟は、ソロリソロリと進んでいきます。

「もう無理!もう無理だって!これ以上は怖い!」

我が弟ながらなんと臆病な奴だろうと感じました。弟と気持ち程度突っ込んだピンクの杭をフンッ!と噴出させ、僕の番となりました。

「兄ちゃん、怖いからあまりしないでよ」

弱々しくそう言う弟に兄の威厳を見せつけねばならない、そう思いました。ピンクの杭を指の上に乗せた僕は、堂々と、それでいて思いっきり弟の鼻の穴の中に指を突っ込みました。

「ふげえ!」

聞いたことのないような弟の声と共に、指が第二関節くらいまで入ったような気がします。僕の指にも今まで感じたことのないような奇妙な感覚が伝わってきました。

「カッカッカッ!俺の勝ちだな!」

みたいなことを言って僕が勝ち誇っていると、弟が鼻を押さえながら目に涙を浮かべて言います。

「子供が取れない……」

僕らは、そのピンクの杭を子供が生まれた時に刺す意味から「子供」とそのまんまダイレクトに呼んでいました。

「取れない!一生取れない!」

取り乱す弟。その気狂いっぷりに動揺した僕は、

「そのうちウンコと一緒に出てくるって」

とかわけの分からないことをのたまってました。でまあ、フンッ!ッてやらせたり、クシャミが出るように逆の穴をティッシュでコチョコチョやったり、それでも全然出てこない。

こりゃあティッシュでコチョコチョやるレベルのクシャミじゃあ出てこないぞ、もっと盛大なクシャミじゃないと子供を取り出せない。そう考えた僕は、うん、バカだったんでしょうね、逆の穴にもう1本子供を入れようと画策しました。

「いいか、お兄ちゃんこと信じることできるか?」

「……うん」

「これからやることは非常に危険な賭けだ。それでもお兄ちゃんを信じられるか」

「……信じ…るよ」

弟の目に迷いはありませんでした。そして、このか弱き弟の信頼に応え、絶対に守ってやろうと誓った僕、もはや迷いはありませんでした。

「逆の鼻の穴を出せ」

「……」

フンッ!

「ふぎょん!」

こうして、またもピンクの杭を逆の鼻の穴に突っ込み、思いっきり取れなくなりました。

もうこうなると弟が泣き叫んじゃいましてね、一生鼻に子供入れて生きていく!とか訳の分からない決意を涙ながらに語るわけですよ。もううざったくなっちゃいましてね、ほっといて親父どもに人生ゲームやったことがバレないように片づけとか始めちゃってました。

そこに親父がご帰宅。その瞬間、玄関に駆けよる弟。開口一番。

「鼻に子供が入って取れなくなった!」

僕はこの時の親父のキョトンとした顔を今でも忘れません。でまあ、泣いちゃって何の説明もできない弟に変って、弟の鼻の穴に何らかの異物が混入したらしい、それは何なのか分からない、的な話をしておきました。ピンクの杭が入ったなんて言ったら人生ゲームやったことばれちゃうからね。どうせ一生出てこないだろうし、言わなきゃばれないって思ってました。

酔っぱらった親父は、

「そんなもん、ドライバー突っ込んだら取れるだろ、マイナスドライバー持ってこい!」

とか、意味の分からないこと言ってました。なんでマイナスやねん。あとはまあ、色々と荒療治をやってましたが、弟を愛する僕はその悲惨な光景を直視することができなかった。ただただ、玄関から漏れてくる弟の

「痛い!」

「それは無理!」

「ぎゃー」

みたいな悲鳴を聞きながら耳を押さえ、ジッと嵐が過ぎ去るのを待つことしかできなかった。

色々な治療をしたのですが、やっぱり取れなくて、諦めた親父が

「もう無理、お前、一生そのままで過ごせ」

みたいなことを言ったその瞬間、弟が

ハクション!

とした瞬間、両の鼻の穴から二つのピンクの杭がコロンコロンと、明らかに人生ゲームやってました!と鼻水まみれで新生物の繭みたいな状態で出てきました。

普通に鼻にマイナスドライバー突っ込まれる勢いで親父に怒られて殺されるかと思った。

子供に対する教育というか指導で、禁止するという行為は最も愚かな行為であると思います。禁止とは言葉を換えれば拒絶に他なりません。幼き日の僕ら兄弟も、ニュースの少年も、禁止されなければここまでの行為に及ぶことはなかったでしょう。

何事も禁止、で教育するのは簡単です。しかしながら、それは断絶であり、ただ一方的に禁止されたという思いしかそこには残りません。そうなる前になぜゲームをし過ぎるとよくないのか、世の中は楽しいことばかりやっていても成り立たない、そういったことをジックリ教え込むことこそ、真の教育と言えるのではないでしょうか。

ということで、今このNumeriを見ているインターネットキッズのためにもゲームをやり過ぎると良くない!ということを大人が体を張って見せつけねばなりません。それが教育というものです。ということで、

「中年が40時間ぶっつづけでゲームをすると死ぬのか!?スーパーライブ!」

開始日時 8月14日正午

終了日時 8月16日午前4時

40時間ぶっつづけでゲームをやり、その模様を動画配信にてライブ中継いたします。配信にはいつものラジオとは異なり、たぶんPeerCastというやつを使いますので各自で調べるなりして練習しておいてください。

放送内容
・40時間ゲームする
・親父が育てた鳥骨鶏の卵プレゼント
・途中、倒れたらそのまま終了です

ということで、40時間ゲームをするのはいいのですが、我が家にはゲームがほとんどありません。当日までに何本か買っておく心づもりではありますが、それでも足りない可能性があります。そこで、いらなくなったゲームを下さる方を募集いたします。

絶対に、新たに購入したりしないでください。ウチにあるけどもうやらないし、捨てるよりはいいから送ってやるか、程度でお願いいたします。ちなみに我が家でプレイできるゲームはPS3、PS2、XBOX360、PSP、スーパーファミコンです。送ってもいいよってかたはpato@numeri.jp「ゲーム送ってやるぜ」係までよろしくお願いいたします。

ということで、この夏、33歳になる予定のオッサンがひと夏のカゲロウとなる、乞うご期待!


6/8 Air/まごころを、君に

エヴァンゲリオンとはなんだ、と聞かれたらこう答えるだろう。それは恥であると。僕にとってエヴァンゲリオンとは恥でしかなかった。

6月27日より公開される「ヱヴァンゲリヲン新劇場版・破」もこれまでのエヴァンゲリオン同様、僕の心に癒えることのない恥を与えてくれることだろう。けれども、それが素晴らしいのだ。

エヴァンゲリオンとは、今からおよそ14年前の1995年、社会現象になるまでに大ブームを巻き起こした全26話からなるテレビアニメシリーズを指す。全く見たことない人のためにかいつまんでストーリーを説明すると、なんかすごい化け物が襲ってきて少年が無理矢理エバーに乗せられてドガンズガーン、根暗な女と元気な女も仲間に加わってドガンズガーン、元気な女のおっぱい見ながらオナニーして最低だっていいながら大人のキス、最後は観客席にいるキモオタの姿を映し出して「お前ら気持ち悪い」と時そば並みの見事なオチを見せつけてくれるってなもんです。

さて、そんなエヴァンゲリオンが新たな劇場版、全く新しい新作として「ヱヴァンゲリヲン新劇場版・序」が2年前に公開され、アニメ終了から14年の間にパチンコなどで新たなファン層を獲得していた同作品は大フィーバーを見せました。そして、その続編である「ヱヴァンゲリヲン新劇場版・破」が6月27日に公開されるわけですが、もちろん、今回も公開前からローソンをはじめ様々な企業とタイアップ、Docomoなんかはエヴァ携帯まで出しちゃうご乱心ぶり、もうすごいことになっちゃってるんです。

公開に向けてますます加速するエヴァ人気なのですが、こうやって「新たなエヴァ」が世に出る、つまりゲーム化したりパチンコ化したり、パッケージを変えただけのあくどいDVD-BOXが出たり、エヴァ側になんらかの動きがあるたび、ある一つの感情が僕の中で湧き上がってくるのです。

あれは、放送から2年ほど経った時分だったでしょうか。今から12年前ですから、ちょうど20歳前後の頃だったかもしれません。折しも世の中は空前のインターネットブーム。パソコンやインターネットが一般人にも浸透し始め、ちょっと頭の悪そうなお姉ちゃんまでインターネットなどと言いだした時代です。そう、急激にインターネット人口が増加した時期でした。

当時のエヴァンゲリオンはといいますと、テレビアニメ終了後も、その謎を呼ぶストーリーや最終2話の酷さなどが熱烈に話題で、その最終2話の酷さを補うために劇場版が作られたはずなのに、その劇場版すら製作が間に合わないという益荒男っぷり、さらに劇場版が作られるという、もうなんか色々な意味で熱い展開を見せていました。

当然のことながら、インターネットの世界でもエヴァに関する様々な議論がヒートアップしており、憶測が憶測を呼び、またその憶測が議論を呼ぶ、連鎖反応のごとき様相を呈していました。

思うに、エヴァンゲリオンは当時、全く新しいアニメだったのです。それは様々な伏線の放棄、多くを語らない世界観、予想するしかない壮大な背後関係、それらが全て投げっぱなしの状態で提示されたのです。それ以前にもそんなアニメがなかったのかと言えば僕には良く分かりませんが、普通ならそんな投げっぱなしのアニメ、わかんねーや、で終わってしまえば良かったのです。現に、多くの人がそうしてきたでしょう。けれども、エヴァには語る土壌があった。インターネットという土壌があったのです。

それまでは、別に意味不明なアニメでも友人間で語らうくらいが関の山だったでしょう。しかしながら、エヴァはネットを通して多くの人と議論できた。検証できた。そういった意味でエヴァはそれまでとは違う全く新しいアニメといえ、恵まれた環境であったのではないか、と思うのです。

ガンダムを好きな世代が、ガンダムについて多くの知らない人と議論する機会があったのかというと、おそらく一般人からしたらそんなにないはずなのです。しかし、エヴァではそれができた。それはまるで切れ味の良い剣を手に入れた戦士、水を得た魚、結局みんな語りたがりなのです。

そうして考えると、ここからは完全に僕の推論になるのですが、エヴァが好きなのか、エヴァが好きな自分が好きなのか、という部分について考察すると、おそらく後者の人が圧倒的に多いのではないかと思うのです。エヴァが好き、ではなくエヴァが好きな自分が好き、言い換えれば難解なアニメについて語ることが好きなのです。

話を放送終了から2年後に戻しますが、やはり僕の周りにもエヴァについて語ることが大好きなクラスメイトがいました。彼の名前は八島君というのですが、彼がもう、狂ったようにエヴァを語る語る。オタクで大人しい部類に入る八島君でしたが、エヴァのこととなると人が変わったように饒舌になる人でした。

ある時、その八島君がビデオテープを持ってきていて、「一緒に見ようぜ」とか言ってくるものですから「こいつはエロいビデオに違いない」と心をときめかせてついていったら、アニメ版エヴァの結末に納得のいかない彼が勝手に作ったエヴァのムービーでした。紫色のマッチ箱みたいなのがガオーとかいってた。八島君の手がモロに映ってるし。なにこれ、エバ?

八島君は明らかにエヴァを語る自分が好きだった。そして、酔いしれていた。しかし、語る相手がいない、クラスメイトはそこまでエヴァにのめり込んでいるわけではない。もっと骨のある相手と語りたい、もっと深い知識を持つツワモノと語り合いたい、八島君の欲求は手に取るようにわかりました。そして彼は一つのユートピアを手に入れます。

それがチャットでした。

「いやー、昨日もチャットで夜更かししちゃってさー」

「まじあいつら寝かせてくれねーんだもん」

「すげーよな、インターネット、まさか俺と対等にエヴァを語れるやつがいるとは」

目ヤニだらけの八島君の瞳は確かに輝いていました。それはまるでダイヤモンドの原石のようでもあり、腐った魚の目のようでもあり、とにかく何か人間じゃない目をしていた。

僕は嫉妬した。

八島君のオタクっぷりが好きだったし、エヴァの話をしてる時のから回りっぷりが大好きだった。そんな彼がここではないどこかへいってしまう。見知ったクラスメイトを差し置いて、顔も知らないインターネットの猛者達を相手に語っている。それはなんか、恋人を誰かに取られそうな時みたいな言い知れぬ不安感があった。

「じゃあ、今日も朝までチャットですわー」

○○ですわー、の口調が出た時の八島君は絶好調だ。過去に彼がPC-FXとかいうオタク御用達しみたいなヘビーなゲームハードをお母さんに購入してもらった時以来のことだ。それだけ彼の心はチャットに行ってしまったのだろう。もうここにはいない。去りゆく彼の後ろ姿がデジタル記号のように見え、遠い遠い存在に思えた。

僕は決意した。あの八島君を奪った憎きインターネット、エヴァンゲリオンファンが集まるチャット。どんなものかこの目で見てやる。この時からネット上で八島を捜す電脳かくれんぼが始まった。

今のように本当にインターネットってのがまんべんなく普及し、クソみたいなブログやら、クソみたいなOLのブログやら、クソみたいな主婦のブログやらが氾濫していなかった時代とはいえ、前述した通りネット上で語ることが醍醐味だったエヴァンゲリオン系のサイトは鬼のようにありました。しかも、悪いことに当時はホームページに掲示板と並んでチャットを設置するってのが一種のステータスで、そらまあ、狂ったようにどのサイトにもチャットが設置されていた。

エヴァのファンサイトでチャットが設置されている場所、そんなものいくらでもありました。その中から八島を捜すのは至難の技でした。おまけに、八島は家にインターネット環境がありましたが、こちらは学校のパソコンルームからしかできないため、当り前に時間制限という大きな障害が立ちはだかったのです。

何日も何日も、エヴァ系のサイトを回り八島を捜す日々。そんなルーチンワークを繰り返すうちにある奇妙な感覚を覚えます。そう、探すだけではつまらないので各サイトのエヴァに関する考察などを深く読んだのです。中には何ページにもわたって熱く書き連ねているページもありましたし、掲示板で喧嘩になるくらいまで議論しているところもありました。なんだかその真剣さと言うか、そこまで語れてしまう人々に自分にはない何かを感じてしまった、言い換えると嫉妬してしまったのです。

僕もこんな風に何かに一生懸命になれるのかな?

熱く語れることなんてありゃしなかった。何でも中途半端ですぐに投げ出す。何かを成し遂げたことなんてなかった。人様に誇って語れることなんて何もなかった。

なんだか胸の奥が強烈に締め付けられるような思いをしながらチャットルームを覗きました。

「ジャガーさんが入室しました」

すぐに分かりました。これが八島君だと。彼はお母さんに勝ってもらった超絶オタ向けゲームハードPC-FXに「ジャガー」と名付けていたのです。

「ミトコンドリアさんが入室しました」

焦った僕はすぐに入室します。なんでこんな名前で入ったのか今でも分からない。とにかく入室しなければいけないと思ったのです。

チャットには既に数人のメンツがおり、ジャガーこと八島はその常連メンツに受け入れられてるようでした。まあ、場所が場所と言うか、チャット黎明期にあった当時では、入室しても無言、なんてキャラは多数おり、ミトコンドリアを完全スルーする形で議論が始まりました。

ジャガーこと八島と楽しく談笑する常連メンバー。流れる文字を見ていたらなんだかここにいてはいけないような気がしてきました。そして、熱くエヴァについて語る面々。なんだか八島を取られた嫉妬と熱く語れるものがあるという嫉妬が入り混じり、闇夜のパソコンルームで一人、嗚咽混じりにディスプレイを眺めていました。

ジャガーさんの発言>そもそもアスカの精神状態の変遷は人間の進化の過程に通じるものがうんうんかんぬん

この小難しいジャガーの発言を見た時、僕の中の何かが弾けた。

ミトコンドリアさんの発言>テメーらエバなんかみてんじゃねえよ!

悪辣な言葉。極悪な言葉がキーボードから紡ぎだされた。この発言に常連メンツが機敏に反応する。

和子>なに!?この人!?
トオル>ここはエヴァ好きのチャットです。嫌いならお引き取りください
タクヤ>いきなりなんだテメーは!死ね!

こんな酷い言葉達ってあるのかしらっていうレベルで罵詈雑言を浴びせかけられる。ちょっといけないことをしちゃったなって思ったのだけど、もはや引き返せないところまできてしまっていた。

ミトコンドリアさんの発言>うるせー!

そこにミトコンドリアの中身が僕だと知らないジャガーが割って入る。

ジャガー>まあまあ、きっとミトコンドリアさんもアスカのような精神状態でうんぬんかんぬん

ミトコンドリア>うっせえ!八島!

ジャガー>な、なんで僕の名前知ってるの!?

ミトコンドリア>うっせえ!PC-FXで同級生2でもやってろ!

ジャガー>お前誰だよ!田中か?

タクヤ>おやおや、内輪もめですか(爆)

こう、なんていうの、僕の気持ちわかりますか。確かに明らかに悪いのは僕なんですけど、こうなんていうか、切ないじゃないですか。こう別れた女を取り戻しにいったら、既に別れた女は新しい世界で新しい仲間を作っていて、必死に吠えてる僕がピエロみたいっていうか、こう、確かにタクヤのセリフとか特に(爆)の部分がムカつきますけど、とにかくもう、やり場のない何かがこみ上げてきたんです。

ミトコンドリア>アスカのマンコ舐めたい
ミトコンドリア>アスカのマンコ舐めたい
ミトコンドリア>アスカのマンコ舐めたい
ミトコンドリア>アスカのマンコ舐めたい
ミトコンドリア>アスカのマンコ舐めたい
ミトコンドリア>アスカのマンコ舐めたい
ミトコンドリア>アスカのマンコ舐めたい
ミトコンドリア>アスカのマンコ舐めたい
ミトコンドリア>アスカのマンコ舐めたい
ミトコンドリア>アスカのマンコ舐めたい

困り果てた僕は連打しました。紙面の都合上で全部載せられないのが残念ですが、「アスカのマンコ舐めたい」という発言を都合120回ばかり打ち込みまくりました。うおおおおおと一心不乱に打ち込みました。アスカってのはエヴァに出てくる元気な女キャラです。いわゆる「チャット荒らし」というやつですが、そうするしかなかったのです。

僕の猛攻に常連メンツは「死ね」「管理人に通報する」などの捨てセリフを残して去っていき、ついにはジャガーまで去って行きました。ハァハァと乱れる息でパソコンの前に立ち尽くし、「最低だ、俺って」と呟くことしかできませんでした。

さて、これで終わればよかったのですが、問題はその3日後ぐらいに訪れます。まあ、普通にあんな狼藉を、それも学校のパソコンからやったら問題が起きないわけないですわな。

もちろん、常連メンツの誰かからチャット管理人に連絡がいき、それが学校のネットワーク管理者みたいな偉い人のところにいきます。そして、親まで呼ばれてとんでもない説教を食らうことになったのです。

「息子さんが本学のネットワークからチャットを荒らしましてね」

「ホント、ウチの息子がすいません。ただ、わたしコンピューターってものがわからないものですから、いまいち何が悪いのか分からないんです」

チャンスと思いましたね。説教には母親が来た。これが親父ならヤツはキチガイだから意味も分からず殴られて殺されるだろうけど、母親となれば話は別。何が悪いかわからなければ怒られるはずもない。応接室みたいな場所で説教されながら僕は小さくガッツポーズをした。

「こちらをご覧ください」

偉い人が何やら数枚の紙を差し出す。

「なんですか、これは?」

母親が手に取る。その母親の目を見ながら偉い人は言った。

「息子さんが荒らした時のチャットのログです」

ミトコンドリア>アスカのマンコ舐めたい
ミトコンドリア>アスカのマンコ舐めたい
ミトコンドリア>アスカのマンコ舐めたい
ミトコンドリア>アスカのマンコ舐めたい
ミトコンドリア>アスカのマンコ舐めたい
ミトコンドリア>アスカのマンコ舐めたい
ミトコンドリア>アスカのマンコ舐めたい
ミトコンドリア>アスカのマンコ舐めたい
ミトコンドリア>アスカのマンコ舐めたい
ミトコンドリア>アスカのマンコ舐めたい

それを見た母親が叫んだ。

「アスカのマンコー!」

応接室に響き渡った母親の叫びを僕は一生忘れない。

ひどいもんだぜ。全ての発言のログをプリントアウトしたものだから、都合120回にわたって打ち込んだ「アスカのマンコ舐めたい」が120行にわたって。後半の三枚くらいの紙全部「アスカのマンコ舐めたい」だった。

縦に読んだらマママママママママだぜ、で、その次がンンンンンンンンンンン、コココココココココココ、舐舐舐舐舐舐舐舐舐舐舐、酷すぎる。もう穴があったら母さんの穴でもいいから入りたいくらいの気分だった。

ネットワーク不正利用で停学になった思い出。母親が応接室で「アスカのマンコー!」と叫んだ思い出、僕はエヴァンゲリオンを見るたびにそれらを思い出して恥ずかしい気持ちになり、あんなことを二度と繰り返してなるものかと固く心に誓う。後で間違いに気づき後悔する、僕はその繰り返しだ。

僕にとってエヴァンゲリオンとは恥だ。その言葉を聞くだけで僕はアスカのマンコを思い出して顔が真っ赤になってしまう。それでも僕はエヴァの映画を見てエヴァのパチンコを打つ。多くの人がエヴァのことが好きな自分が好きであるように、エヴァを語る自分が好きであるように、エヴァを恥と思う自分を恥入るのだ。僕はそうやって自分を戒めて生きていくしかないのだ。

2009年6月27日より公開される「ヱヴァンゲリヲン新劇場版・破」、また僕は恥ずかしい思いをするだろう、アスカが出てきたらスクリーンを正視できないだろう、それでも僕は見続ける、恥をかくために。いや、もう恥をかいていた。

ローソンロッピーで買った「ヱヴァンゲリヲン新劇場版・破」の前売り券の予約引換券。なんと、これを購入するとアスカとレイのフィギュアが特典としてついてくるらしい。フィギュア付きの文字が頼もしいくらいに勇ましい。2400円もするし、財布に3000円しか入ってないけどなんとか死ぬ思いで予約してこの引換券をゲットしました。

ただまあ、みなさんみたいに美少女フィギュアなんかを毎日舐めまわしているニートの方々には抵抗ないでしょうけど、僕のような一般人にはけっこう「フィギュア」って存在自体が抵抗ありましてね、ほら、引換券にも「フィギュア付き」ってしっかり書いてるでしょ。これがもう死ぬほど恥ずかしくて買うのに抵抗があった、快楽天買うより全然恥ずかしかった。

これもエヴァに対する自分への試練と思い、顔を真っ赤にしながらレジでお金を払いましたよ、このちょっと草なぎ剛君を少しブサイクにして公園で裸にしたような顔の店員さんが「こいつフィギュア付き買ってやがる(爆)」とか思ってたらどうしよお、胸がドキドキしちゃうよお、恥ずかしいよお、とか思いながら手に入れましたよ。

あとは公開二日前にこのローソンで現物を受け取るのみ。もう恥ずかしい部分は通り過ぎた。あとは受取日を待つだけだぜ!と毎日ワクワクしながら件のローソンの前を通りながら通勤していたら。

予約したローソン、潰れてました。

クソッ!この仕打ち!いったいどうなってやがるんだ。あんなに恥ずかしい思いして予約したのに、またローソンカスタマーセンターとかに電話して「フィギュア付き予約したのに店が潰れちゃったんですけどー」とか言わなきゃいけないのか。つくづく一筋縄じゃあいかないぜ、エヴァンゲリオン。

どうせ恥をかくならいっそのこと窓口のお姉さんに「アスカのマンコー」と叫んでやろうか。で、「最低だ、俺って」って電話の後に後悔したい。恥をかいて公開前に後悔したい。


5/15 殺す力

殺す。

この言葉には得も言われぬ不思議な力がある。漠然とこの「殺す」という文字だけ見ていても、字面的にパワーがあるように感じ、この言葉自体になんらかの力があるように感じてしまえるから不思議なものだ。

ここで、あまり想像力のない人には「殺す」という文字が持つパワーを理解できないかもしれない。そこで、少し簡単な例を挙げてみよう。次の単語群を見て何を感じるか、簡単なテストだ。

キティちゃん、ミッフィー、殺す、キキララ

カワイイキャラクターたちに混じっている「殺す」という単語に明らかに異彩を感じるはずだ。それって当り前のことじゃんと思うかもしれないが、それこそが言葉の持つパワーなのだ。根本的に考えればどれもただの文字列であるはずなのに、「殺す」という文字には文字列以上の何かを感じるのだ。

言葉には意味がある。文字にも意味がある。僕らはそれらが意味不明な羅列でない限りそこにある意味を連想するはずだ。キティと言われれば変な猫みたいなのを想像するし、ミッフィーといわれればラリったウサギみたいなのを連想するはずだ。その連想の過程で「殺す」という言葉に対しては、他のキティやミッフィー以上にネガティブな何かを連想してしまう。それが言葉の持つ力だ。

人間は「殺す」という単語と「セックス」という単語に過剰に反応する、という研究結果をサブリミナルの分野などでたびたび耳にする。これは何も、「セックス」という言葉を聞いて涎を垂らしながらハァハァ反応するという意味ではなく、一瞬、心の中がドキッとするらしいのだ。

よくよく考えると「殺す」とは死を連想するし、「セックス」とはあらゆる意味で「生」の象徴だ。つまり「生と死」という相反するものではあるが、人間の本能に深く関与してるともいえ、僕らはその本能に訴えかける言葉に反応し、一瞬ドキッとする、それが言葉の力となっているのだ。

この言葉の力を利用した、身近な例にスパムメールがある。僕のメールボックスには、スパムメールをはじめ、誰かが僕のメールアドレスを使って勝手に登録したらしい「公明党メールマガジン」やら「バツイチ主夫マサオのドキドキお料理レシピ通信」など、日に2000通くらいの訳のわからないメールが届く。お料理レシピでどうやってドキドキするのかわからないけど、まあまあ面白い。

稀に、このNumeriの更新が滞ったりすると、「更新しろハゲ」「更新しろ死ね」「とにかく死ね」などとパワー溢れる言葉が惜しげもなく使われた暴力的なメールが多数届くため、メールボックスを見たくもない現象が起きてしまい、1週間ぐらいメールチェックすらしないことがあるのだけど、そうこうして1週間ぶりにメールチェックすると「受信中1/14899通」とか訳のわからない表示になる。こんなもん受信していられない。

それでまあ、様々なメールが来るのだけど、その中でも中核をなすスパムメールがとにかくすごい。このスパムメールってのは、無差別にメールを送ってきて、騙された人にページを閲覧させて登録なりなんなりさせて架空請求、というガチガチのプロレスリングノアみたいな王道パターンを踏んでいるのだけど、そこで課題となるのがいかに興味を持たせるか、という部分だ。

架空請求をするにしろなんにせよ、送ったスパムメールに興味を持たせて記載してあるURLにアクセスさせなければならない。そこで用いられるのが言葉の力だ。

人間は「殺す」という言葉と「セックス」という言葉に少なからずドキッとする。これは本能に訴えかけれれる言葉だからというのは既に述べた。さすがにスパムメールに「殺す」なんて書いてあると脅迫になっちゃうので書いてないけど、「セックス」の方はとにかくすごい。

「セックスの夜明け」

「わたしセックスのメタボです」

などと、もう訳分からない、とにかく本能に訴えかけることしか考えてないカオスな件名のメールが躍る。高度情報化社会におけるメールボックスは情報ツールではなくカオスの魔窟と化した、そう断言しても良いほどの状況だ。

このように、「殺す」「セックス」などの本能に訴えかける言葉を巧みに使った例は多いのだけど、実は、そういった生と死にまつわる言葉だけでなくとも、別に本能に訴えかけなくてもものすごいパワーを持った言葉がある。

山のようにくるスパムメールに紛れて、稀にお仕事関係のメールをいただくことがある。「○○という雑誌に原稿を書きませんか?」「○○という雑誌に載せるマンガの原作を書きませんか」「エロビデオのレビューを書きませんか?」などという、大変ありがたいお誘いだ。このNumeriを読んで何をトチ狂ったらそんな依頼ができるのかわからないけど、とにかくありがたい話だ。

その日も、ボヤーっとメールボックスに溜まりまくった「セックスのガイア」みたいなどうしようもないスパムメールたちを眺めていたところ、こんなメールが紛れていた。

「原稿執筆依頼」

この文字を見た時、別にドキッとはしなかったけど、原稿料でエロDVDを買える!と少しだけワクワクしてしまった。そういった意味では、なかなかパワーを持った言葉のなのかもしれない。

金の亡者と化した僕はメールを読み進めた。なんでも、正式な出版社じゃないのだけど、とある企画で本を出すらしく、その際にエロスな感じのDVDを鑑賞してレビューを書いて欲しいらしい。僕はいたく乗り気になった。

過去に何度かエロビデオいわゆるAVのレビューを依頼され、その度にエロビデオの内容そっちのけでエロビデオの歴史から紐解いてしまい、熱くエロビ哲学を語ってしまうという愚行を繰り返していた僕。例えると、街角のショーウィンドウにマネキンに並んで女の子が立っていて、街角からは見えないように背景のシーツ越しに男優がイタズラしちゃうというエロビデオがあるのだけど、それらのレビューをしても、「そもそもこういったイタズラ物のエロビデオの歴史は古く……」と始めちゃうので大変評判が悪かった。

あまりに評判悪くて書かせてくれなくなっていたのだけど、ここで久々にレビュー依頼だ。僕の心は躍った。

「もちろん、いくらでも書きます。いや、書かせてください」

そう返事をした僕は、いったいどんなジャンルのエロビデオをレビューするのだろうかとワクワクしながら返事を待ちました。もう書きたい放題書いてやる、エロビデオに対する熱いパッションを爆発させて書いてやる、などと企んだものです。

そしてついに依頼主から詳細の書かれたメールが届きました。

「ご快諾ありがとうございます、うんぬんかんぬん」

みたいなことが書かれている書き出しに、今回の企画の説明、それはつまり、こういう企画だからあまりオイタの過ぎる文章を書くんじゃねえぞ、という牽制の場合が多いのですが、そういった内容の文面。そして、そのあとに続く文面に途方もないパワーを感じてしまったのです。

「今回、pato様にレビューしていただくジャンルは、ゲイビデオです」

意味が、わから、ない。

ゲイとは言わずと知れた男性同性愛者のことで、その「ゲイ」を冠したエロジャンのビデオと言えば、もちろん男性があんなことやこんなことをされているわけで、一つの性ジャンルとして確固たるジャンルを確立している。別にそのゲイがどうだとか批判するつもりは全くないのだけど、僕自身は全く興味がない。

とにかく、この文面の「ゲイビデオ」という文字に、「殺す」に匹敵する程度の途方もないパワーを感じてしまった。

「pato様にはゲイビデオを鑑賞して頂き、その内容を面白おかしく……」

この人は何を言ってるんだろう。さらに理解不能な文面が続く。

「鑑賞していただくゲイビデオはこちらで準備しません。pato様自身の好みで選んでいただき、入手してください。できればその過程も面白おかしく執筆してください」

とまあ、ノストラダムスの四行詩、諸世紀よりも訳のわからない文字の羅列が続いていた。あのな、うんうん、あのな、言いたかないですけどゲイビデオに好みもクソもねーよ、いや、正確にはクソはあるけど、それはまあ後ほど。とにかく、そんなゲイビデオをどうやって入手すりゃあいいんだよ。もう困り果てちゃいましてね。「ゲイビデオ」という言葉が持つパワーに終始圧倒されてしまったんです。

とにかく、入手しないと始まりませんので、地元のエロマニアが集まるアダルトショップにゲイビデオを購入しに行きます。ここはまあ、非常に優秀な店でしてね、豊富なエロDVD在庫はもちろんのこと、その陳列が素晴らしく、例えば「エレベーターガール」に属されるエロビデオがあるじゃないですか。こんなもん、普通だったら「コスプレ」とかのジャンルに放り込んでしまうんですけど、この店はキッチリ「エレベーターガール」というジャンルを作って対応してきやがる。それどころか「エレベーターガール(ロング)」「エレベーターガール(ショート)」などと衣装の違いで細分化してくるから始末に負えない。

今まで気にもしていなかったけど、ここまでやってくるアダルトショップだからこそ、ゲイビデオも置いてあるだろうとビクビクしながら行ってまいりました。

でまあ、妙にイカ臭い店内を探し回ること5分、店の片隅にヒッソリとありましたよ、ゲイビデオコーナーが。ここからがこの店の恐ろしいところなのですが、ゲイビデオコーナーであってもゲイビデオで片付けるのではなく、キッチリと分類しているんです。

「オネエ系」とかゲイビデオなのにお姉とはいかに?と思うような分類がてんこ盛りで、「ガチムチ」とかの体格的分類は分かるのですが、「ガチポチャ」という訳のわからない分類まで。恐る恐る手にとって見てみたのですが、どうやら「クマ系」という分類はクマのように毛深い男性があれやこれややられているジャンルのようでした。棚の下の方にあった「老人」というジャンルに至っては怖くて見ることもできなかった。いったい、いま、日本では何が起こってるんだ。

とにかく、あまり長いことこのコーナーにいると溢れ出る瘴気によってどうにかなっちゃいそうなので、てっとり早く手近な商品、具体的には「雄穴中出し」っていう読み方がいまいち分からない商品を手にとってレジに行こうと思ったんです。けれども、ふと思ったんです。

僕はゲイじゃない。

これが普通のエロビデオなら、いくらでも買おう。レジで徹底的に辱められようとも買ってみせようじゃないか。そこには僕がエロビデオを見たいという歴然たる事実があるのだから、どんな辱めだって受けられる。例えるならば僕が万引き常習犯だったとして、万引き野郎とか揶揄されるのは我慢できるのだけど、下着泥棒と言われるのは心外だ、そんな気持ちだ。

僕はゲイじゃないのにゲイビデオを、それも特価品でキャンペーン中で少し安い「雄穴中出し」を買うのだけは我慢できない。絶対に我慢できない。レジのあのメガネが生粋のゲイで「ゲイってのは芸って意味なのよ、別に怖がることないのよ」とか流し目で誘われたらどうするんだ。そんなの絶対に無理だ。

エロビデオならいくらでも買える。エロ本や快楽天なんかコンビニで死ぬほど買える。けれども僕にはゲイビデオは巨大すぎた。あまりに巨大で強烈な存在すぎた。購入できず、トボトボと家路に着くことしかできなかった。

けれども、依頼された原稿の締め切りは刻々と近づいてくる。このタイムイズマネーの世の中、締め切りは待ってくれない。待ってくれても2、3日が限度だ。なんとかしてゲイビデオを入手してレビューを書かなければならない。

困り果てた僕。そこに天啓ともいえる天才的閃きが走りました。

ネットで買えばいいじゃない。

なんとも便利な世の中になったものです。インターネット全盛の高度情報化社会の昨今は、買うのが恥ずかしい物はネット通販で、これが常識なのです。一昔前なら、恥ずかしいエロ本などはサングラスにマスクで買ったりする気の弱い人もいたのですが、なんとも便利な物です。

でまあ、僕もゲイビデオをネット通販で入手しようと思って色々と検索したんですけど、まあ、出るわ出るわ。やはり世のゲイの方々もネット通販オアシスじゃん!いくらでも買える!と思ってるらしく、なかなかの盛況ぶりなんですよ。それこそ老舗の大手から、マニアックさで勝負の小規模な店まで色とりどりの装い。僕もまあ、なんとなく老舗の大手で買うのはマニア御用達しみたいな感じで気が引けるので、小さなところで購入しておきました。

数日後。

何の連絡もなく夜中に突然届いてビックリしたのですが、宅配会社の方がやってきてキッチリとゲイビデオを入手することができました。なぜだか知らないけど、宅配の人がオドオドしていて妙によそよそしく、もしかしてコイツ、勝手に封を破って中のDVDを確認したんじゃないか。それで中にゲイビデオがモロン、と入っていて、これから配達に行くのはゲイの家、とか思ってブルっちゃってるんじゃないかって疑ったんですけど、まあ、封も破れてないしさすがにそんなことないか、気のせい、気のせい、と言い聞かせて鑑賞を始めました。

でまあ、問題のDVDの内容と、詳しいレビューは依頼された雑誌の方に載りますので、ここでは書きませんけど、ちょっとダイジェスト的に内容を紹介すると。

「うわっ!痛い!痛い!」

「オッサン!モジャモジャやんか!」

「肉棒に茶色いのついてるやん!なんだよそれ!」

「もう堪忍してください!」

と、こんな感じ。ダイジェストだけで酷さが伝わってくる。涙流しながらDVD見たの初めてだった。

でまあ、これだけじゃあ全く伝わってこないので、このNumeriでは購入したゲイビデオについてきた販売促進パンフレットをもとにゲイビデオの持つパワー、魅力に、文字パワーという観点から迫りたいと思います。

犯るぜ!一発入魂アスリートSEX

あまりに逞しすぎて目眩がしそうです。何に入魂するんだ。僕はここまで力強い「犯るぜ」の言葉をみたことない。どんだけパワフルなんだ。

かわいい僕たちを犯して

一転してこちらはキュートな字体。それでもなぜか女子学生用のブレザーを着たイケメンと相まって途方もないパワーを醸し出しています。最後の「て」の文字が伸びてハートを貫いていますが、これはキューピット的な意味合いではなく、こう、肉棒が貫く的なレトリックだと思います。なかなかレベルが高い。

下着で変わる、俺。

ゲイビデオのパンフレットにしっかりと下着の広告も入ってます。商魂逞しいというかなんというか。もちろん、文字に宿ったパワー十分です。

悶絶少年4

ちょっと過激すぎて文字だけしかお見せできないのが残念なのですが、画像ではアナルに拳を入れられている少年が載ってました。

悶絶は悶絶を越えなければならない。

悶絶少年の煽り文句ですが、微妙に意味がわかりません。というかシリーズ5作目までいってるのがすごいのですが、5作目なのに「悶絶少年4」です。この辺のレトリックは難解ですね。

とまあ、パンフレットだけでこれだけパワー溢れる状態ですから、「ゲイビデオ」という言葉が異様にパワーがあり、もはや僕の中では「殺す」「セックス」以上に字面を見るだけでドキッとする途方もないパワフル単語になってしまったのでした。

言葉とは刃です。相手に投げつける言葉は相手の心に突き刺さる、それは肉棒をアナルに突き立てるのとは訳が違うのです。それだけに、パワーのある言葉、特に「殺す」なんてパワーのある言葉はむやみやたらに使ってはならない。もう二度と使うのはやめようと固く心に誓いました。

それにしても、このゲイビデオを宅配してきてくれた宅配の人はなんであんなにオドオドしていたのだろうか、若い青年で、若干、声が震えていたし、などと思い返してみつつ宅配の伝票をみてみると。

殺すぞ、コラ。


4/13 僕らは宇宙の大きさに悩まない

あの時、僕は悩んでいた。壁の向こうから聞こえる艶めかしい声に悩んでいたのだ。

当時、中学生だった僕は、オナニーというものを覚えた。本来なら相手と共に性的快楽を貪る行為を、自分自身の手によって解決する。真っ当ならば他者ありきの行為であり、そこに至るまで様々な困難が予想されるだろう、そのようにして苦労して手に入れる行為を文字通り右手一本で解決する。オナニーは明らかに画期的で革新的な発明だった。

人類は火を発見することにより様々な発展を遂げた。火の発見は金属の精錬に繋がり、冶金などの技術が発達した。同時に錬金術が発達し、今日の目覚ましい科学技術の発展に大きく寄与している。それらと同等、いやそれ以上の発見、それが中学生期におけるオナニーだった。

確かに悩んだ。僕は悩んだ。オナニーで快楽を貪りつつ、心のどこかで後ろめたい気持ちがあった。高校受験を控えてる身でありながら、こんなことをしていていいのだろうか、オナニーをしすぎるとバカになるんじゃないだろうか、精液臭くて同級生とかに陰で噂されてるんじゃないだろうか。新たに覚えたオナニーという刺激的な利器は思春期の少年を悩ませるに十分だった。快楽と不安が混沌と入り混じるオナニー、もはやその事実すらも刺激的だった。

海沿いの臨海公園に打ち捨てられていたエロ本を机の引き出しから引っ張り出す、風雨にさらされてシオシオになっていたエロ本はなぜかココナッツの匂いがした。巻頭カラーのページには豚みたいなおばさんがセーラー服を着て股間を弄られており、「あかん!かんにんしてやー!」とポップな文字が躍る。今だったら 速攻で捨てるエロ本だ。けれども、当時の僕には多分に抜けた。

当時の僕のオナニーに対する悩み、つまりは、こんなことをしていて人間として良いのだろうか?やりすぎるのはまずいんじゃないだろうか?親にばれたらどうなってしまうんだろう、なんていう悩みは、まあ、言うなればオナニーにおけるオプションみたいなものだ。オナニーをする人間は全員が同種の悩みを心のどこかに抱えている、つまりは、そういった悩みも含んで全体がオナニー、それが真理なのだ。

けれども、そういった付随的な悩みとは別に、どうしても頭を悩ませる事態が巻き起こった。

あれは僕がオナニーを覚えて1年も経った頃だっただろうか。オナニー選手として2年目ともなると勝負の年。1年目のような甘えは許されない。そろそろこう、拾ってきたエロ本だけではなく自ら購入などしてみてはどうだろうか。微妙にエロい月刊ジャンプだけでなく、もっとガチンコのエロ本ってやつを買う時期に来てるのではないか。そう考え、オナニー元年は何もかもが受け身だった、けれども2年目は飛躍の年と位置付けて積極的にオナニーをしなければならない、そう決意した時だった。とんでもない事態が巻き起こったのだ。

弟がオナニーを覚えた。

一つ下の弟は、兄に遅れること1年でオナニースキルを習得した。燦然と欧米列強ひしめき合うオナニー界へとデビューしたのだ。それは兄として嬉しくもあり、なんだか気恥かしい気もする微妙な心境だった。あの弟がオナニーを覚えた。あの、いつも僕について遊んでいた幼少時代。アーバンチャンピオンごっこをして2階から転落した弟、あの無邪気で幼い弟が局部を摩擦しているのだ。

その事実は僕を苦しめた。あの弟が、オナニーを、それも一晩に何回も!毎晩、壁越しに伝わる弟のオナニーの気配は真綿のように僕の首を絞めつけた。もし弟がオナニーしすぎてバカになったらどうしよう、両親が弟のオナニーを見つけたらどうなるんだろう、もしかして兄弟でこんなにもオナニーしてるのは僕らだけなんじゃないだろうか、考えれば考えるほど苦しかった。

それ以上に苦しかったのは、弟のオナニーのネタだった。今、100人の成人男性がいるとして、オナニー覚えたてのルーキーだった時代にどのようなネタを使ったかアンケートしたとしよう。おそらく、8割はエロ本、もしくは想像と答えるだろう。僕もそうだった。残りの1割ぐらいがエロビデオとか恵まれた環境で、残りわずかも姉のパンティとかブラとか、そんな部類に属するオナニーネタだろう。現代ならエロ動画とかユアナントカホストとかもうちょっと増えてくるだろうけど、だいたいがそんなもんだ。けれども、弟はそれら全てを凌駕したとんでもないネタをデビュー戦に使っていたのだ。

壁越しに聞こえる弟のオナニー。艶めかしい女性の喘ぎ声が延々と聞こえてくる。聞いてるこっちが赤面してしまうほどの生々しい音声。こりゃ弟のヤツ、エロビデオをオナニーネタに使ってやがるな、と思ったのだが、よくよく考えると弟の部屋にはテレビもビデオもない。貧乏だった我が家にはそんなものなかった。

じゃあ、この音声は一体何なのだろう。疑問に思った僕は、弟の留守を見計らって部屋を漁った。漁りに漁った。空き巣かと思う勢いで漁ってやった。そして出てきたものがとんでもない逸品だった。

それはエロテープだった。エロい音声が録音されただけのテープ。

「奥さん、ガス代の集金です」

「あら、御苦労さま。いつも大変ね」

「いやあ、これが仕事ですから」

「あら、大変、お金が足りないわ」

「奥さん……」

「困ったわ、どうしましょう」

「奥さん!奥さん!奥さん!」

弟の部屋、ラジカセで再生しながら冒頭部分はさっぱり意味が分からなかった。ガス屋が「奥さん!奥さん!奥さん!」と三回呼ぶ意味が分からないかった。それでも引き続き聞いてみると。

「奥さんさえよろしければ、その、胸を……」

「えっ?」

「胸をちょっと揉ませていただければ……足りないガス代は……」

「そんな、私には主人が」

「いいえ、ちょっとでいいんです」

「……」

「……」(しばし無言、カラスの鳴き声が入ってた)

「じゃあ、ちょっとだけ」

「奥さん!奥さん!奥さん!」

だから何で三回叫ぶんだよと思いつつも、結構淫靡なエロスな雰囲気に不覚にもビンラディンしてしまった。

「あふ、ああ、あふっ!」

「ハァハァハァ」

「ああ、だめ!」

ゴソゴソ

「奥さん、こんなになってるじゃないですか」

「ダメ!ダメよ!」

「下の口はそうはいってませんぜ」

「ああああああああ」

「奥さん!奥さん!奥さん!」

なんで3回叫ぶのか意味が分からなかったけど、音声だけのエロテープってのがこんなにも抜けるものだとは思わなかった。テープを見てみると、多分、僕のエロ本と同じようにどこかで拾ってきたものなんだろうけど、何かの付録みたいなチープな外観のテープに「魅惑のガス屋、肉体集金ごめんください!」とか訳のわからないことが書いてあった。

エロテープなどという予想だにしないジャンルのオナニーネタを、ルーキーイヤーから使用している弟に対して嫉妬した。その渋いチョイスには同じプレイヤーとして決して埋めることのできない圧倒的な差異を感じたのだ。

僕は悩んだ。悩みぬいた。幼いと思っていた弟に追いき追い越されたことに悩んだ。毎晩、淫靡な喘ぎ声と「奥さん!奥さん!奥さん!」という音声が壁越しに伝わってくる度、今、弟はワンランク上のオナニーをしている。きっと兄の不甲斐ないオナニーを笑っているに違いない、そう思うと胸が締め付けられるようだった。

悩みに悩みぬいた末、僕はある結論に達した。それは真理と呼んでもおかしくないかもしれない。別に声を大にして言うべきことではなく、多くの人にとっては当たり前のことかもしれない。けれども、この考えに至ることで当時の僕は随分と救われたのだ。

この世の中には多くの人がいて、それぞれが多くの悩みを抱えている。中には、その悩みが深刻すぎ、自分で抱えきれなくなって残念な結末を迎えることも少なくないだろう。けれども、実は僕らが抱える悩みなんてものは大したことがないのだ。

僕らは悩む。悩みながら成長するなんて誰かが言っていたけど、まるで呼吸をするように僕らは悩む。けれども、その悩みの内容は実は解決可能なことばかりなのだ。僕らは解決不可能なことでは悩んだりはしない。これはなにも「神様は解決不可能な試練を与えない、キミにふりかかる試練は全て解決可能なんだ!」とか暑苦しいことを言うつもりはなく、普通に考えてそうなのだから仕方がないのだ。

例えば、僕らは宇宙の大きさについて悩まない。宇宙がどんなに広かろうが、宇宙がどんなに凄かろうが、猿が支配する惑星があろうが別にどうでもいい。僕らがどんなに頑張ったって宇宙なんてお手上げだ。宇宙ってどんだけ広いんだよ!と深刻に悩む人なんてのは宇宙物理学者くらいのものだ。宇宙の広さに悩むレベルの宇宙物理学者は、きっとそのうち、その悩みを解決できる。それだけの知識と実力があり悩むべきステージにいるからだ。けれども、僕らにとっては別にどうでもいい。僕らは宇宙の大きさに悩まない。

悩むということは、必然的にその問題と同レベルに自己が存在することになり、解決可能であるということになる。僕らはちゃんと解決可能なことでしか悩まないようにできているのだ。

これは甘すぎる考えかもしれない。世の中にはもっと解決不可能で深刻な悩みに直面している人もいるかもしれない。けれども、当時の僕は信じて疑わなかった。悩みなんてのは解決可能だから悩むのだと、ずっとずっとそう信じて生きてきたのだ。

そして直面している悩み、弟の方がエロテープでワンランク上のオナニーをしているという事実。これすらも僕が真剣に悩んでいるということは解決可能ということに他ならなかった。

簡単だった。弟の留守の間に件のエロテープに上から録音してやった。全編僕が喋るエロテープを思いっきり録音してやり、「奥さん!奥さん!奥さん!」と三回叫んでやった。これで弟はエロテープを使ったオナニーはできない。兄を出し抜いたオナニーはできない。ざまあみろ、10年早いわ、悩みが解消された僕は晴れ晴れとした気持だった。

それを知った弟は怒り狂った。烈火のごとく怒った。壁越しに壁を殴る音が聞こえるほど凄まじい怒りだった。そりゃあそうだ。今日もオナニーしますかね、と隠していたエロテープをセットし、おそらく涅槃型だろう、横たわってスタンバイをして再生ボタンを押しただろう、すると「奥さん!奥さん!奥さん!」と兄の声が聞こえてくるのだ。これで怒らなければ人間じゃない。

けれども、やはりそこは弟だって思春期だ。エロテープなどと言う玄人のツールを使っていようとも、青臭い中学生であることは変わりない。やはりオナニーって言葉は恥ずかしいし、口に出して抗議できるものじゃない。ただ恨めしそうに強大な存在である兄弟である兄を睨むことしかできなかった。あの頃からかな、弟があまり口をきいてくれなくなったのは。まあ、弟と仲好くできないなんてのはもはや僕の力を越えてるので悩みもしなかったけど。

こうして僕の悩みは解決した。やはり僕ら程度が悩むことなんて解決可能なことなのだ。それは少しかもしれないし、大きな一歩かもしれない、けれども歩みだすことできっと解決できるのだ。少なくとも僕はそうやって悩みというものを捉えて32年間生きてきた。

そして、32歳になった僕に新たな悩みが持ち上がった。

昨年の夏に引っ越しし、ニューアパートライフを謳歌していた僕に降りかかった悲劇。部屋が臭い。なぜか部屋が臭い。とにかく臭い。あちらこちらから食い残しの弁当みたいなのが醗酵し、朽ち果てた靴下みたいなのが新種の生物の体液みたいな匂いを発する。とにかく臭い。

これはもう、人間一人が作り出すことができる悪臭を越えていて、たぶん、上の階の住人がスカトロプレイにご執心で、撒き散らされた糞尿が天井裏を通じて僕の部屋に染み出してきているんじゃないかと思うほどに臭い。とにかく臭い。

まあ、僕一人が生活していく上では臭いくらいは別になんてことはない。主に口で呼吸してればそうそう深刻なことじゃないですから、まあ悩みもしないんですけど、その部屋に同僚がやってくるっていうんですから、これはもう一大事ですよ。

まあ、親しい友人とかがやってくるならば部屋が臭いくらいはなんてことない、むしろ臭くあって欲しいくらいなんですけど、あまり親しくない人がやってくる、これはもう重大問題です。これはもうね、本当に悩みましたよ。

焦ってゴミとか捨てて、流し台とかも掃除したんですけど、根本的に部屋が臭い。多分、床とか壁に匂いが染みついているんでしょうね、たぶん爆破解体とかしないとこの匂いは取れない。もう本気で悩みました。

まあ、ここで普通の人なら部屋の臭さに思い悩んでゴールドクロスの修復とかやっちゃうんでしょうけど、あいにく僕は違いますよ。なにせ悩むということは解決できることに通じているって分かってますから、きっと少し考えれば解決策は見つかるはずです。くっさい部屋の中央で思案し、どうしたものかと考えました。

そうだ、空気清浄機を買おう。

空気清浄機、読んで字のごとく空気を清浄してくれるご機嫌なマシーンです。やっぱ科学の力ってすごいですよね、こんな便利な文明の利器を生み出してくれるんですから、とにかく凄い。

早速、近所のヤマダ電機にいって買いましたよ。まあ、空気清浄機もピンキリで色々あるんですけど、安くてちゃちい清浄機ではあの部屋の匂いは取れないと判断。結構、高価でハイパワーっぽいやつを購入しました。ここだけの話、4万円くらいした。もう一回書くけど、4万円くらいした。

それでまあ、家に帰って早速スイッチオン、となった訳なんですけど、さすが4万円ですよ。マジで空気が清浄。3日間くらい狂ったように運転させてたら本当に匂いが無くなったんです。見事に無臭の部屋であまり親しくない同僚を迎えることができ、あまり親しくない話をしたりしてあまり親しくない時間を過ごすことに成功したのです。

やはりね、悩みなんてものは簡単に解決できるのです。逆説的には、解決できるからこそ悩むんです。悩んで解決して、また新たに悩んで解決して、そうやってぬか喜びと自己嫌悪を繰り返して僕らは生きていくんです。

さて、空気清浄機が導入されてクリーンな大気を手に入れた我が部屋。しかしながら、新たな問題というか悩みが勃発しました。確かに空気清浄機は素晴らしく、僕の悩みを解決してくれたのですが、それに伴って新たな悩みが。

あのですね、何回も書きますけど4万円もしたんですよ。さすがにそこまで高価な品物になりますと、エコだかエロだかしりませんが、効率良く働くシステムが搭載されているんです。つまり、あまり部屋が臭くない時は稼働せず、部屋が臭くなった時にフルパワーで稼働しやがるんです。

で、僕はタバコを吸うんですけど、テレビ見ながらタバコに火をつけるじゃないですか。ちょっとアンニュイに、それでいてハードボイルドに火をつける、するとね、ウィーンと4万円が稼働し始めるんですよ。それどころか、タバコの悪臭にお怒りの様子で、シュゴオオオオオオオオオオオとかすごい轟音を轟かせて清浄し始めるんです。

最初こそは、なんたる高性能、さすが4万円、などと唸り、感嘆し、散切り頭を叩いてみたりしたのですが、数日もするとウザったくなってきましてね。まるでタバコを吸うたびに怒られてるような気分になってくるんですよ。まあ、それでも部屋が臭くないわけだし別に良いか、って思っていたんですけど、事件はさらに続きました。

ちょうどその日、アマゾンから「素人生ドル」っていうとんでもないエロDVDが宅配されてきましてね、こう、街でナンパした女の子を言葉巧みに騙してエロい事するっていう抜ける作品なんですけど、それ見ながらオナニーしてたんですよ。

でまあ、オナニーすると出るもの出るじゃないですか、デロデロデロー、って出るものが出るんですけど、僕は出した後に飛距離が伸びるようにハンマー投げみたいに「ウオリャー!」とか気合を入れるんですね。で、その時も、ヘソピアスしている素人の女の子がやられちゃって涙目になってるところでデロデロデローって出たんですけど、「ウオリャー!」って叫んだ瞬間ですよ。

カチッ!シュゴオオオオオオオオオオオオオオ!

そんなに臭いか。

空気清浄機とは5メートルくらい離れてたんですよ。この距離だったらどんなに臭い口臭だって臭わない、それなのにデロデロデローの瞬間に空気清浄機がフルパワーで稼働し始めましたからね。

もうなんていうか、機械に「お前臭い!」と罵られたような気分でしてね、何とも言えない気分になってきたんですよ。で、何度か実験してみたんですけど、どうも確実にオナニーすると空気清浄機が起動するみたいで、そりゃまあ、匂いがするものが出てるわけですから分からないでもないんですけど、しまいには空気清浄機のヤロウも調子に乗ってきやがりましてね、さあ、オナニーすっか!とズボンとパンツを下ろした時点で起動するようになったんですよ。いやいやいや、それって嫌がらせじゃないですか。言っとくけど、いくら性器周辺とはいえそんなに臭くないっすよ。でも、起動するってことはかなりの臭さなのかもしれない、と自分の股間をクンクンするしかなかったですよ。

そうなってくると非常に気を使うもので、なんか彼が起動するたびに「またオナニーか」とか言われてるみたいで非常にゲンナリ。最終的には「オナニーをしようと思ってるのですが」と空気清浄機に宣言してからやるようになっちゃったんです。

非常に悩むんですよ。今僕は、自由気ままにオナニーできてない。空気清浄機の監視のもとでオナニーさせてもらっている。まるで支配されたかのような屈辱感がありました。オナニーに他者が介在してくることほど不愉快なことはない。ほとほと困り果ててしまいました。

けれども、ここでも悩みなんてものは取るに足らないことなのです。解決することができるからこそ悩むのです。前向きに考えました。そして、一つの結論に至ったのです。

空気清浄機を支配してしまえばいい。

簡単な話でした。僕が悩んでいたのは、オナニーをするたびに空気清浄機が起動してしまい、まるで監視されてるようだということ。まるで「くさいわあ」と言われてるようで何とも忍びなかった。完全に支配されていた。

これはもう、発想を転換して逆に支配しなければいけない、そう思った。つまり、コソコソとオナニーするから空気清浄機の一挙手一投足にビクビクする。ならば最初から空気清浄機の目の前でオナニーしてやればいいのだ。

その日から、オナニーは空気清浄機のど真ん前で厳かに行うこととなりました。まあ、最終的には「まるで見られてるみたい!」「起動音が快感!」という極めて普通の感情がエスカレートし、空気清浄機にぶっかけるようになるには時間を要しませんでした。

「空気清浄機子さん、そんなに頑張ったって無駄ですぜ」

「いや不潔!臭い!」

「臭い臭いといいつつ目はくぎ付けじゃないですか」

「やめて!臭い臭い!近づかないで」

「ほれほれほれほれ」

デロデロデロ

「いやあああああああああああ」

シュゴオオオオオオオオオオオオ

っていう、人間としてちょっとアレな感じのことにハマってしまいまして、もうぶっかけた、空気清浄機にぶっかけまくった。拭き取りもせずにぶっかけまくった。ぶっ壊れた。

こうして、4万円の空気清浄機は徹底的に凌辱され、粗大ごみの日に捨てられるのでした。完全に勝利した。

僕らの悩みは解決可能なことばかりです。解決可能だからこそ人は苦悩するのです。それは解決できるのに解決しない自分への葛藤、悩みなんてものはそんなものなのかもしれません。

ちなみに、うちの地区は粗大ごみは地区の公民館みたいな場所に持っていくのですが、ぶっ壊れた空気清浄機を捨てに行ったら、地区のボスみたいな、ゴミの守護神みたいなオバはんと若妻がゴミ捨て場を取り仕切ってました。

そこに荼毘にふされた空気清浄機を預け、帰ろうとしたのですが、オバはんと若妻が

「なにこれ、臭い」

「臭い臭い!」

と大騒ぎしており、特に若妻が僕のデロデロに包まれた空気清浄機をしかめっ面で運んでいる姿を見て、異様に興奮し、オナニーに使いました。その日はデロデロデロの後の掛け声は「奥さん!奥さん!奥さん!」だった。

買ったばかりの4万円の空気清浄機を辱めてぶっ壊し、物凄い臭い空気清浄機をゴミに出す。明らかにバカと言うか人としてどうかしてるのだけど、僕はそんな自分に対して悩んだりはしない。解決できないって分かっているから。


3/26 やまなし

失われた物が復活する。

人間はこの「復活」という現象が大好きだ。古くはイエスキリストの復活などからも分かるように、時には重大な信仰の中心的要素になることもある。本来あるはずのない失われしモノが何かをきっかけに復活する。それは少なからずお得な気分がするし、ある種の起死回生的な、死からの奮起を予想させるという面では大変興奮するものなのだ。

ヒーロー物やドラマなどでも、死んだと思ったキャラが復活したり、主人公自身が絶望の淵から蘇ったり、日本人は特にそういった復活劇が大好きだ。その部分にドラマチックな感情を抱き、普通にすんなり行く場合の何倍も感動する、そんなメンタルがあるのだ。

そういった大々的なドラマでなくとも、日常生活の中におけるちょっとした復活も大きなお得感がある。失くしたはずの指輪がひょんなことから見つかる、使ったと思った千円札が財布の中に残っていた、外れたリーチが復活して当たった、落としたと思った単位が取れていた、死んだと思った爺ちゃんが枕元に立っていた、など、多くの場合が元々あったものでよくよく考えればあまりお得ではないのだけど、「復活」という事象を経由するとそのお得感は倍増する。そんなものなのだ。

先日、職場でバリバリと仕事をしていた時のことだった。パソコンの画面に向かい、エクセルとにらめっこしながら、散髪屋に行って髪を切り終わった後に、散髪屋さんが二枚の鏡を駆使して後頭部を見せてくれて、「これでよろしいですか?」とか聞いてくるけど、切った後に「どうですか?」もクソもないよな、気に入らん、もっと長めにしてくれとか言われたらどうするんだろう、髪を復活させるのか、的なことを漠然と考えていたんです。まあ、いわゆる仕事してるフリというやつです。この春から新社会人になる皆様も沢山おられると思いますが、仕事をする上で最も大切なスキルはコミュニケーション力でも努力する力でもありません、仕事しているフリをする力です。その辺の部分を肝に銘じておいてください。

そんなこんなで、その日も仕事してるフリのスキルをいかんなく発揮していたのですが、そうするとね、声が聞こえてくるんですよ。

「どうしよう、電池が無くなっちゃった」

まあ、見るとブスな女子社員が何やら困り果てた様子で右往左往しているんです。見ると、ボイスレコーダーを手に引き出しの中を探索している様子。電池が無くなって困っちゃってるんでしょうね。まあ、これがバイブの電池がないとかなら大問題なんですけど、ボイスレコーダーの電池なら大した問題じゃないなって思ったんです。

ウチの職場ではクソみたいな会議が多く、しかもその会議すらも別に実のあることを話してるわけではなく、どうでもいいことが大半な癖にクソ長い、という訳のわからない状態でしてね、できることならやめて欲しいんですけど、なくなるどころか増える一方、もうのっぴきならないところまで来てしまっているんです。

そんなクソみたいな会議にあって、さらにどうでもいいことなんですけどお偉いさんが熱くヒートすることがありましてね、「前回の会議でこういったじゃないか!」「いいや言ってない!」みたいな過去の会議に関して言った言わないの骨肉の争い、源平討魔伝みたいな状態になることがあるんですよ。

よし、それなら会議の内容を証拠として残そうじゃないか、ってことで晴れてボイスレコーダーが導入されたんですけど、すごいですよね、やっとボイスレコーダー導入とか、今まで会議でなにやってたんだ、何も記録に残らないことを話してたのか、って感じですよ。

でまあ、ボイスレコーダーを導入するようになって、言った言わないの水掛け論は随分と減ったのですけど、どうも会議で皆に噛みつくのを生きがいにしてるっぽい重役の人が、「前回の会議での音声を聞かせて頂きたい!」とか事あるごとにやってくるらしく、担当のブスを困らせているみたいなんです。

「どうしよう、これから重役の人が聞きに来ることになってるのに電池がないよ」

で、そのボイスレコーダーの電池が切れていて、すっごい困っているらしく、他の皆も「これ使え!」とか買い置きの単三電池とか渡すんですけど、悪いことにボイスレコーダーの電池はマニアックな単四電池、もうどうしよう!って感じでブスがさらにブスなことになってました。

「昨日確認したら電池はフルだったのに、電池が無くなってるなんてありえない!一日でなくなるなんてありえない!」

とかブスがのたまってました。まあ、会議で録音で使う以外に、その重役が録音内容を確認に来た時くらいしか使いませんから、普通に考えてそんなに電池が減ることはない、確かに不思議なことなんですけど、いくらなんでも責任転嫁が過ぎます。自分の管理がなってなかったのを摩訶不思議な現象のせいにしようとしているとしか思えません。それって責任転嫁、それも誰も解決できない超常現象に転嫁する極めて無責任なことじゃないですか。そんなメンタルだからダメなんだよ的なことを言って一人で憤ってました。

「絶対誰かが勝手に使ったんだわ!」

もうブスは荒れ狂うタイフーンのようになりましてね、誰かが勝手に使ったと言い出す始末。責任転嫁もここまでくると大したものです。

まあ、昨晩残業していて職場に一人、あまりに暇だった僕はブスの机の上に置いてあったボイスレコーダーを使って「クラムボンは笑ったよ。クラムボンはかぷかぷ笑ったよ」と闇夜のオフィスで一人延々と吹き込んで、それを何度となく再生してケタケタ笑うっていう遊びを繰り返していたら電池無くなっちゃったんですけど、それにしても責任転嫁が酷すぎる。自分の管理がなってないからじゃないか。

「どうしよう!いまから確認に来るのに……」

もう完全にブスが困り果ててましてね、そこに同僚のナイスガイが救いの手を差し伸べたんです。

「こうやってやったらちょっとは電力が回復するから!」

そうやって彼はボイスレコーダーから乾電池を取り出し、すごい爽やかな笑顔で乾電池を温めはじめたんです。まあ、確かにこうやって乾電池を温めるって対処は適切で、乾電池ってのは中の化学反応で電気を生み出してるわけですから、温めるとその反応が促進されて少しながら電力が復活することはよくあることです。

まあ、その復活する電力と言うのも微々たるもので、それこそデジカメが動いたりゲームボーイが動いたりってのはそうそうないんですけど、ボイスレコーダーで音声を確認するくらいなら楽勝、ナイスガイはそれで対処しようとしたんです。

ああ、そうやって温めると復活するってのはいいよな、なんかすごいお得感がいい、ないはずのものが温めることで復活する、それってなんて素敵なことなんだ、と「温めて復活」という事象に対して古の記憶が呼び起こされたのです。

あれは僕が小学生の頃でした。当時、我が家は貧乏で、欲しい物など買ってもらえず毎日同じ服を着て、誰が見ても、ああ貧乏の子供なんだなと理解してくれるような少年時代を送っていた僕、いつも一緒に遊ぶのは近所に住む金持ちのお大尽でした。

そいつはまあ、性格もあまりよろしくなく、できることなら一緒に遊びたくないのですが、当時、神のアイテムだったファミコンを所有していたためファミコン目当てで彼と遊んでいました。世の中ってのは往々にしてそうで、金目当て、体目当て、遺産目当て、そんな毒々しい思惑が交錯する世の中においてファミコン目当てなんてカワイイものです。

ある日もファミコン目当てでお大尽の家に遊びに行くと、既に数人のファミコン目当ての友人が到着しており、お大尽を中心にワイワイと遊んでいました。何か対戦ゲームをやっていたんですけど、まあ、当り前のようにお大尽を中心とした接待ファミコンで、彼は1P固定、友人数人で2Pを廻して遊ぶという形態をとっていました。そうなると人数が多いんでなかなか順番が廻ってこないんですけど、それでもいよいよ次は自分の番だという段になって異変が起きたんです。

「そろそろファミコンはやめようぜ!」

お大尽はとんでもないことを言い出しました。そんなここまできてご無体な、だって次は僕の番だぜ?と思ったのですがそんなことは口にはできません。口に出そうものなら次回以降のファミコンライフに大きく響いてくるからです。まあ、お大尽が気分屋なのは今に始まったことではないので適当に受け流しつつファミコンの電源を切ります。

で、次に何をやるかと言うと、お大尽はファミコン部屋にあった机の引き出しからけったいな缶を取り出しました。

「これな、この間買ってもらったんだけどすげえ面白いんだぜ!」

見るとスプレー缶みたいなものなんですけど、なんかラベルには愉快でひょうきんなピエロのイラストが描いてありました。

「これをこうして、こうやると」

とスプレー缶を口に当て、中の気体を吸い込むお大尽。

「な、変わっただろ?」

その声は目玉親父みたいに高い声に変ってました。まあ、早い話がヘリウムガスを使ったパーティーグッズでした。これで声を変えてパーティーの人気者!みたいなやつです。

ハッキリ言ってね、当時の僕は驚愕しましたよ。人間の声があんなにも変わるものなのか。ウチの母さんも「部屋を片付けなさい!」とかドスの利いた声で怒ってる時に電話がかかってくると「はい、もしもし」とおしとやかに声変わりするけど、そんなもん比じゃない、もはや別人の域まで変化した声じゃないか。ダミ声で厭らしい感じだったお大尽の声がクリアーなハイトーンボイスに変ってやがる。

今でこそ、あれはヘリウムガス、よくあるパーティーグッズと屁でもないんですけど当時の僕は衝撃でしてね、未来からとんでもないグッズが来やがった、とまるで文明開化に驚いた明治時代の人みたいな感動があったのです。

それは他の面々も同じようで、「俺も俺も」「俺にもやらせて」と熱狂的にヘリウムガスを求める始末。まあ、みんな貧乏な子でしたからそういうグッズに縁がなかったんでしょうね。お大尽は金持ちですから普通にパーティーとかあってパーティーグッズも必要でしょうけど、僕ら貧乏人のせがれはプールの時に無理矢理嫌な奴と組まされるバディくらいしかありませんでしたからね。

そんなこんなで皆が次々とヘリウムガスを希望してですね、お大尽も満更ではない感じでホクホク顔。

「まてよまてよ、貴重なガスなんだから」

みたいなことまで言って、で、順番にちょっとづつ吸わせてもらえることになったんですけど、もうホント、ちょっとなのな。お大尽がブシューって感じで吸うならば貧乏人はプってな感じでホントちょっと。それでも声が変わるもので

「おい鬼太郎!」

とか言いあいながらゲラゲラと笑ってました。で、いよいよ僕にもヘリウムガスを吸う順番が回ってきて、声が変わったら何て言おう、どうせなら面白いこと言いたいよな、できることなら高い声になって爆笑するようなこと言いたい。そうだ、ウンコって言おう、ウンコなら誰でも笑う万能プレイヤーだし、こう毒々しいウンコを透き通った高い声で言うのが面白い、うん、絶対にウンコって言おう、とか考えながらワクワク待ってると

「もう終わり。これ以上はなくなっちゃうから」

またもありつけず。まあ、色々と言いたいことはあるんですけど今後のファミコンライフ云々。とにかく、その場は素敵なパーティーグッズに一同の胸が躍ったのです。

今日はファミコンにも、あの陽気なパーティーグッズにもありつけなかった。なんとも悔しいものよ、などと考えながら家路へと着く道中、僕には一つの秘策がありました。貧乏な我が家とは無縁と思われたあの陽気なパーティーグッズ、実はちゃんと我が家にあるのを知っていたのです。

そう、あれは確かどうしてもビックリマンチョコだったかガムラツイストが欲しくて、どっかに金目の物でもないかと家探ししていた時でした。なにやらあのヘリウムガスみたいな形状の物が戸棚の奥にあるのを知っていたのです。

「あれならうちにもある」

ファミコンはないけどあの陽気な缶なら絶対にある。少し小走りに走った僕は息を弾ませて我が家の玄関をくぐりました。

幸い、家には親父も母さんもおらず、置き物みたいに爺さんがいるだけでした。これは絶好のチャンスと目星をつけておいた戸棚を漁ります。

「あった!」

そこにはやはり缶がありました。ちょうどその時、弟が帰ってきて

「兄ちゃん、なにしてんの?」

とか興味津々に近づいてきたので事情を説明します。

「いいか、世の中には声が変わるとんでもない道具がある。それがこれだ」

得意げな顔で手に持った缶を見せびらかします。弟も目を輝かせて興味を示します。その缶には陽気なピエロなんてなくて、デカデカとこう書いてありました。

「Iwatani GAS」

まあ、明らかにウチで貧乏ながら鍋なんかをする際に使っていた卓上コンロのガス缶なんですけど、あまりに幼く、それでいてバカだった僕は声の変わるヘリウムの缶だと信じて疑わなかった。これを使って隠れてコソコソと親父と母さんが夜な夜な声を変えて楽しんでいるとしか思えなかった。まあ、別のことで夜な夜な楽しんでいたんでしょうけど。

とにかく、弟に宣言した手前、それよりなにより自分が楽しみでしょうがないですから、早くガスを吸って声を変えて見せなければなりません。

「ちょっと待ってろよ、いまやるからな」

弟はワクワクと僕を凝視しています。いま、僕は兄として尊敬されている。この無垢なる弟の期待に応える意味でも確実にこのガスを使いこなさなければならない。得体の知れない緊張感が僕を包み、ギュッと唇を噛みしめた。

いざ、あのお大尽がやっていたようにガスを口に含もうとやってみる。おかしい、なんか構造が違う。お大尽の家にあったヤツはこう、噴出させるスイッチみたいなのがあって、噴出口も吸いやすい形状になっていたはず。その反面、うちのはそんなスイッチ的な物もないし、噴出口も無骨で味も素っ気もないものだ。この辺で何かおかしい、何かが違う、すごい不幸になる気がするって漠然と感じていたけど、弟の眼差しの前に引き返すことなどできなかった。

たぶん、お大尽の家のヤツは高級品だ、金持ちだからな、ウチは貧乏だから同じ声が変わるガスでも安いやつを買ったんだ。だからピエロの絵もないし、噴出口もしょぼい、なあに中身は同じさ、声が変わるに決まってる。

僕は噴出口のあたりを無理やり押した。

「シュ」

こう噴出口全体を押すようにするとガコッと全体が引っ込み、何やらガスが噴出するような音が聞こえた。けれども、その音は一瞬で弱まり、シュシュシュシュ…と消え入るような音だけが響いた。バカな僕にも分った、これは中身がカラなのだと。

「もう中身がないみたいだ」

「えー」

悔しかった。弟の期待に応えてあげられない自分が無力だと思ったし、親父と母さんが僕らに隠れて夜な夜な声を変えて楽しんでるかと思うと悔しくてたまらなかった。なんとかして声を変えたい、バカだった僕の頭脳はバカなりにフル回転で稼働した。

「そうだ!温めよう!」

昔、親戚中から借金しまくって逃げ回ってるオジサンがウチに来た時に、なんだったかな、ヘアスプレーだったか何だったかの類の物がカラになったんだけど、こうやって温めると少し使えるんだぞ、って見せてくれたのを思い出した。

僕は弟の期待に応えるべく、その缶を懐に入れて温め始めた。

「なにやってんの?」

「こうやるとな、缶の中身が復活するんだ」

「すげー」

僕らは復活という言葉に胸が躍った。なくなったはずの物が温めることによって復活する。それは言うなれば神の領域だった。

「そろそろいくか」

おもむろに缶を取り出し、もう一度噴出口のあたりを押す。けれどもガスは全く出なかった。

「出ないね」

弟の言葉に僕は焦った。このままでは兄としての威厳が損なわれてしまう。偉そうに声の変わるガスを取り出し、温めれば出るなどと講釈まで垂れたのに出ないというのはありえない。沽券にかかわる。どうしたものかと困り果てていると、一つの考えが頭をよぎった。

「すげー温めよう」

季節はちょうど今くらいの春めいた時期だった。ウチでは爺さんのために常に居間では灯油ストーブがメラメラと灯っていた。あのストーブで温めればすごい温まってなかのガスも出てくるに違いない。全てが間違っていた。

「こうすると復活するから。きっと」

ガコンと燃え盛るストーブの上に「IwataniGAS」を置く。弟はその復活劇に興味津々な様子で覗き込むようにしていた。爺さんはテレビで時代劇の再放送見ていた。その瞬間、玄関先で物音がした。

もしや、親父か母さんが帰ってきた?

それは非常にまずい。親父と母さんが秘密裏に声を変えて楽しんでいるのに、そのスプレーを使って遊ぼうとしている姿を目撃されるのは非常にまずい。もしどちらかが帰ってきたのならばあの缶をすぐにでも隠さなければならない。

「ちょっと様子見てくる」

ストーブの上の缶は弟に任せ、僕は玄関の様子を見に行った。

幸いなことに、玄関にいたのは猫だった。猫が餌くれーといった感じで玄関の扉をこじ開けて入ってきていた。

「なんだよ、驚かせるなよ」

僕はその猫を抱っこするとそのまま居間へと戻った。そして、興味深くストーブを覗き込む弟に声をかけたのだ。

「そろそろ温まったかもしれん……」

そう言いかけた瞬間だった。

ポゥ!

聞いたことのないような異様な音が響いたかと思うと、ストーブの上の缶が爆発した。大爆発ってやつだ。当り前だ。

スコーンとストーブの上のガス缶が跳ね上がり、ストーブの周りに元気玉みたいな火の玉が形成されていて、その中心にモロに弟がいた。炎に包まれる弟の後ろ姿はジャンヌダルクみたいでかっこよかった、とかそんなこと言ってる場合じゃない。抱っこしていた猫が逃げ出すくらいの大爆発。爺さんは時代劇の再放送を見ていた。

幸い、ほとんど使い切ったガス缶だったのでとんでもないことにはならなず、火も一瞬で消えてなくなった。多分、満タンに入ってたら家ごとお亡くなりになり、二度と復活することはなかったと思う。

「熱いよう、熱いよう」

困ったことに、弟は顔を真っ赤にしてのたうちまわってる。一瞬とはいえあの火の玉のど真ん中にいたのだ。この真っ赤な顔は恥ずかしいとかじゃなく明らかに火傷だ。このままではとんでもないことをしたのが親にバレてしまう。その前に何とかしなくては。

とりあえず、怖くなった僕はストーブの火を止めた。破裂して大爆発を起こしたガス缶は窓の外に放った。あとは弟だ。弟を風呂場に連れて行き、シャワーを使って冷水をぶっかける。

「寒いよう、寒いよう」

当り前だが、冷やしても弟の火傷は治らなかった。このままではバレてしまう。親にバレてしまう。復活しろ、弟の皮膚、復活しろ!と冷水をかけ続けたが、復活することはなかった。

そこに母さんが帰宅し、目の前に飛び込んできたのは幼い兄弟の兄が弟を水責めにしているシュールな絵図。母さんは悲鳴を上げた。もちろん、親父にも犯行がバレることとなり、病院に連れて行かれる弟を尻目にとんでもない折檻を受けることになる。

「なんでガス缶をストーブにかけたんだ?え?」

「声を変えたくて」

微妙に意味分からないんですけど、うちのキチガイ親父は意味なんて分からなくても良いようで

「そんなに声を変えたいならワシが変えたるわー」

と、まだ冷え込みのきつい屋外に裸足で一晩放置されました。見事に声がガラガラになった。

あの時は本当にアホだったよなー、なんでガス缶をストーブにかけるかなー、そもそも、声なんか変わるわけなくて、プロパンガスがフルに入ってたらそれ吸ってラリって死んでたぞ、なんて思いながら、同僚とブスが電池を温めている光景を見守っていました。

「ほら、こうやって温めればこのとおり」

「あ、ほんとだ、すごい!」

こちらの復活劇は上手くいったようで、ブスも大喜び。電池も復活し、ちょうど重役もそこにやってきて会議音声の確認ができ、全てが丸くおさまったのでした。やっぱ復活ってモンはいいね。

なんてことはなく、その光景を遠くから見守っていたんですけど、なにやら重役がお怒りの様子。

「これ、前回の会議の音声が入ってないじゃないか」

それを聞いて慌てるブス。

「あれ、おかしいですね、消えてる」

そういや、僕がクラムボンとか弄って遊んでる時も会議の音声ファイルは入ってなかった。たぶんブスが消しちゃったんだろうな、どうしようもないブスだ、しかもまた勝手に消えてるみたいな超常現象のせいにしようとしてる。微妙に僕が邪魔だーって消した気もするけど、とんでもないブスだ。責任転嫁が過ぎる。とか思ってると、ブスが言うんです。

「大丈夫です、これは音声を完全に消去するには二段階の操作が必要でして、消したと思ってても残ってるんです、ほらここに」

なんと、超便利機能!消したはずの音声が復活するとかまじすげー!とか思ってると、とんでもないことに気づいたのです。

「えっと、一番最近のファイルはこれですね」

そう、僕も昨晩、電池がなくなる前に「クラムボン」音声を消したんですけど、そんな二段階の消し方とかやってない。明らかに残ってる可能性が、復活する可能性が高い。そして、一番新しいファイルは電池がなくなる直前のファイル。あかん!

と思った時には既に遅く

「クラムボンは かぷかぷ笑ったよ」

という僕の朗読を思いっきり重役が聞いてました。

たぶん、僕自身の復活はない。


3/16 スカート、ひらり

ホント、女ってバカだとつくづく思うわ。

いやいやいや、日記の冒頭からいきなり女性に対して挑戦的なことを書き、今日もpatoさんのNumeri日記を読むわ!なんてルンルン気分でやってきている女性の方はさぞかし怒り狂っていることかと思いますが、とにかく落ち着いて聞いてください。

僕も一時期は、女なんてゴミ、女なんてカス、女なんて存在しなくていい、おっぱいだけが存在していればいい、おっぱいだけが宙に浮いていてもいい、くらいの論を展開し、そりゃあ世の女性に叩かれまくったもんですよ。

けれどもね、僕は考えを改めました、何も論理的根拠なく「女はバカ」と切って捨てるのは良くない、いやいや自分の中で思う分には全然構わないんですけど、やはり少なからず不特定多数の方々が閲覧する日記という場で書くことではないと思うんです。こういった場で「女性はバカ」と言うならば少なからずその根拠を示さねばなりません。さもなくば、やはり言われた方もたまったもんじゃないでしょう。

では、どう論理的に女性がバカであるか、その部分から話していきましょう。みなさんは脳化指数という言葉をご存知でしょうか。これは、例えばカラスが頭がいいとか、チンパンジーの頭がいいとか、動物の知的レベルを論じる際に使われる言葉です。

一般的に、脳が大きいほどその知的レベルは高く、脳が小さい動物ほど低いという理論ですが、そこで気になるのが、果たして象は頭がいいのか、という部分になります。別に象はそこまで頭悪くはないでしょう、自由自在に鼻を操るところからも知的レベルはソコソコではないかと思われます。しかしながら、あの大きな巨体です、脳みそだって大きいに決まってます。人間より大きな脳を持っているにも関わらず、象は人間以上に賢いわけではない。ここが脳の大きさで比べる場合の限界です。

そこで脳化指数という概念が登場します。これはまあ、単純に脳の重さを生物の全体重で割ったものであり、体全体に対して脳の占める割合みたいなものになっています。前述の象で考えると、確かに脳自体は大きいのですが、それよりも体全体がかなり大きい、脳化指数的にはさほど高い数値にはならないのです。

人間の場合、個人によって前後しますが脳化指数が概ね0.85前後、確か象が0.2くらいだったと思います。頭が良いといわれるチンパンジーでさえも0.3ほどですからいかに人間が高い知的レベルを有しているかが分かります。ちなみに人間の次に脳化指数が高いのはイルカで0.6程度だそうです。

では、この脳化指数をを足掛かりに女性がいかにバカであるか検証します。まず男女間において脳化指数に大きな違いはないでしょう。女性の方が体が小さい傾向にあるだとか、脳の大きさがどうだとか、そんなもん誤差レベルです。人間としての脳化指数0.85前後で間違いないでしょう。

ただし、ここで注意しなくてはならないのは「女性はクリトリスで物を考える」という過去の偉人が残した言葉です。もしそれが本当であるならば、女性の頭部というものは所詮は飾りに過ぎません。多分あの中に脳は入っておらず、ティラミスやナタデココがパンパンに詰まってるんでしょう。

で、実際に女性の脳はクリトリスの中に入ってるんでしょうけど、そのままでは生物的に効率の悪い位置に脳が入っていることになります。ですから、たぶん女性のクリトリスの中には別の生き物が入っていて、その生き物がコックピットみたいになってるクリトリスの中で女性の全身を操っているに違いないのです。

そうなってくると、そのクリトリス内の生物、便宜上クリトリーと呼びますけど、そのクリトリーの脳はやはりクリトリスに入っちゃうくらいだから小さく、それを女性の全体重で割るわけですから自然と脳化指数は小さくなる、たぶんリスとかと同じレベルです。だから女性はバカ、これは生物学的に考えても疑いようのないレベルなのです。

とまあ、こんなクリトリーとか訳のわからないこと書いてると読んでる方もついてこれなくてウンザリ、さすがにそれはまずいので本題に入らせてもらいますけど、今日は女ってヤツがどれだけバカなのか、僕の職場での実例を交えてお話したいと思います。

ウチの職場は年に何度かレクリエーションなる社内での親睦会みたいなのがありまして、やれテニスをしたりソフトボールをしたり、死ぬほど楽しくないの強制参加、しかも休日なので完全無給という、僕が経営のトップだったら真っ先に廃止するレベルの行事があるんです。

で、その行事の時だけは、普段はおとなし目のファッションやらスーツで仕事している皆様が休日ということとレクリエーションということもあってか、比較的カジュアルな服装で出社してくるんですね。

そうなってくると、女子社員の服装が気になってくるわけで、色々な奇跡が起きて「服がなかったので裸で来ちゃいました!」的なレベルのことが起こらないかとワクワクしてるんですが、残念ながらそのようなことは一度も起こっていません。

そんな嬉し恥ずかしレクリエーションの朝、職場に行くとフルメイクした骸骨みたいな顔したブス女子社員がものすごいミニスカートはいてやってきていました。もうなんていうんでしょうか、それはスカートなのか、腰のところについてる布なのか判断の難しい逸品で、明らかにパンツ見えてました。

いやね、ブスでもいいですよ。ブスがミニスカートはいてもいい。太ももに汗疹みたいなのがいっぱいあってもいい。僕らは大らかな気持ちでそれを許す。医薬品などはむやみに乱用できぬよう、購入には医師の処方箋などが必要なのだが、ミニスカートに医師の処方箋は必要な。誰でも買える。それならば誰がはいてもいいじゃないか。

ただ、許せないのが、そのブスがミニスカートをはいてきやがってるくせに階段の昇り降りの際にこう、手で押さえてパンツ見えないように隠すところだ。僕はその部分に大いなる憤りを感じる。

冷静に考えてもみてください。僕は別にパンツ見たいから隠すなって言ってるわけじゃないですよ。ただね、隠すくらいなら最初からミニスカートはいてくるな。そんなに大切なら金庫にでもしまっとけって話ですよ。なんかこっちは見る気なんて皆無なのに、目の前であからさまに隠されると見ようとしてたみたいで非常に居心地悪い気分になってくるじゃないですか。

確かに「ミニスカートはファッションよ!とやかくいわないで!」なんていう女性もいますが、だからバカなんです。そんなこと言う前にそのマキシシングルみたいな乳首を見せろって話ですよ。逆で考えてみてください。同僚の山本君が、朝っぱらからズボンのチャック全開で出社してきたらどうしますか。それが彼なりのファッションでチャック全開、オシャレでチャック全開。椅子に座って膝なんかを開くとパカッとなって中のブリーフ丸見えですよ。で、見てもないのに山本君が勝手に僕の視線を勘違いして慌ててチャックのところを手で隠してですね、頬を紅らめながら「えっち!」とか言ってたらどうしますか。僕なら殺します。

こんなもん、どこの部族に見せても100人が100人、じゃあチャック閉めろよって言いますよ。結局、女性のミニスカートなんてこんなレベルで、確かにはいてくれるのは嬉しいのですけど、見せたくないならはくな、はくなら見せろ、こういうことなんです。こんなことも分からない、そりゃあクリトリスにクリトリーがいるって言われてもおかしくないですよ。

でまあ、ブスのミニスカートに憤慨しつつネットサーフィンとかしながらレクリエーション大会が始まるのを待っていると、廊下から声がしてくるわけなんですよ。

「おはよー!マキ子!」

「あ、おはよー!」

みたいな感じで、どうやら姿こそ見えないですが職場のアイドルマキ子ちゃんがやってきたみたいで、僕の胸も一瞬高鳴ったんです。職場のアイドルマキ子ちゃんのプライベートスタイル、それは色々と破壊力が高いに決まってます。もう、ドキドキしながらマキ子ちゃんの到来を待ちわびていると、さらに廊下から声がしてくるんですよ。

「そのスカート可愛いね!」

「ほんと!?ありがとー!」

みたいな、普段なら心の底からどうでもいい会話なんですけど、マキ子ちゃんとなれば話は別。どんなカワイイスカートはいてるんだって期待で胸が高鳴るに決まってますよ。カワイイ娘っ子がカワイイスカートとか、もう鬼に金棒を通り越して鬼に大量破壊兵器とかそんなレベルですからね、とにかく期待しましたよ。

「おはよー!」

そうやって颯爽と入ってきたマキ子ちゃんの下半身あたり、主に下腹部に注目しましたよ。

いや、なんですか、これ。

いやね、なんかおかしいんですよ。なにかおかしいんです。確かにマキ子ちゃんはカワイイスカートをはいているんですけど、その、なんていうか、スカートの下にズボンをはいているというか、こう、重ね着みたいなことをやってやがるんですよ。

おかしいじゃないですか。根本的におかしいじゃないですか。確かに街を歩くとスカートの下からニョキッとズボンが出てる娘さんは多いですよ。そういうのが一つのファッションだという考えも分かります。けれどもね、それを当り前の事象として享受せず、今一度原点に立ち返って考えてみて欲しい。

冷静に考えてみてください。どう考えてもスカートとズボンって独立した服飾じゃないですか。僕ら男性はスカートはかないですけど、それでもスカートって一つの独立した服飾だってのは分かりますよ。もちろん、ズボンだって独立しています。それ一つで下半身を被覆するのに十二分に事足ります。じゃあ、なんでその十分に足りてる者同士をツインカムで使う必要があるのかってことですよ。

いやいや、僕はマキ子ちゃんのスカートが見たかったとか、生足を拝みたかったとか、そんな低レベルなことを話しているんじゃないんです。なんでスカートとズボンを一緒にはいてしまうのか。これ、例えるならばイチローとサブローが一緒にプレイするようなもんですからね。いや、全然違うわ。例えるならばギャル曽根とギャル糞根が一緒にプレイするようなもんですからね。いや、全然違うわ。もういいわ、とにかく死ね!

あんたね、同僚の山本君がちょっとアウトドアに丈の短いズボンはいてくるじゃないですか、その下からモロにモモヒキ出てたらどうしますか。明らかにおかしいでしょ。スカートにズボンってのはそれくらいのおかしさがあるわけなんですよ。

ホント、こんなこともわからずに「してやったり」っていう顔でスカートにズボンするのが女性ですよ。そりゃあクリトリスにクリトリーがいて全身を操られてると言われてもおかしくないレベルですよ。

でまあ、色々と憤慨する部分はあるんですけど、やっぱレクリエーションですから楽しまないといけないわけじゃないですか、こう、楽しくもないのに皆が楽しいフリをして満面の笑みでレクリエーションをエンジョイするわけですよ。それって社会人として結構大切なことじゃないですか。

で、僕も隅っこの方でボケーッとしてたんですけど、そうするとね、なんか微妙なブスが僕の方に駆けてくるわけですよ。

「どうしたんですかー?ボーっとしちゃって?」

とか、一人だけ輪に入れていない僕を気遣ってか、はたまた僕に抱かれたいのか知りませんけど、こう近寄ってくるわけですよ。僕は結構、天ぷらうどんってのが好きで、でもまあ好きって言っても嫌いじゃないってレベルで肉うどんと天ぷらうどんだったら肉うどん選んじゃうんですけど、まあ、この娘さんと天ぷらうどんだったらどっち?っていわれたら死ぬほど悩みぬいた末に天ぷらうどんを選択するくらいの微妙なブスなんですけど、まあ、そうやって好意を寄せられると悪い気はしないじゃないですか。

「どうしたんですかー?ボーっとしちゃって?」

って話しかけられて気分的には

「うむ、しゃぶってくれい」

って言いたいんですけど、やっぱ社会人としてというか人間としてアレですから、普通に

「いやー、疲れちゃってね」

とか返すじゃないですか。なぜか返答だけでギンギンに勃起しちゃってチンポビンラディンになってるんですけど、すっげえクールな小栗旬みたいな顔して答えるじゃないですか。

「私も疲れちゃったんですー」

とかブスがいうわけですよ。まあ、ここまできたら普通に自分は誘われてるのではないか、疲れたから「エンペラー」とかそういった名前の如何わしいラブホテルに行こうではないかという遠回しなアピールではないか、「ご休憩」とは名ばかりで全然休憩にならない休憩をしようという遠回りなアピールではないか、そう考えるのが大人の男ってやつです。

「やっぱ休憩しないとですよね!」

もう「休憩」という言葉にビンビンっすよ、トシちゃんくらいビンビンっすよ。もう恥ずかしいやら興奮するやらで訳のわからない状態になってましてね、こりゃあどのタイミングでしけ込むか考えないといけませんな、とか思ってるとブスが懐から何かを取り出してきやがるんです。

「さあ、トランプしましょう!」

意味わかんねーよ。

なんで「休憩」が「トランプ」なのか。なんで「トランプ」を持ってきてるのか、その辺を詳細に説明してくれないと何も分からない。ホント、女ってバカすぎる。クリトリーすぎる。

まあ、そこで「なんでトランプなの?意味分かんない、その辺の部分を詳細に説明してよ」とか言いまくっても明らかに空気読めない人じゃないですか。非常に釈然としないながらも、とりあえず承諾してトランプをしようとするじゃないですか。

「わー、トランプやるの?わたしもやるやるー!」

そうこうしてると、そのトランプを持ちかけてきた女子社員と仲がよろしい女子社員が寄ってきて電撃参戦。あっという間に7人の女子が揃い踏みでやることになったんです。これがおセックスとかだったら乱交なんですけど、その辺の部分は仕方がありません。

「単にトランプやるだけじゃアレなんで、マクドナルドとか賭けましょう」

女子社員から提案されます。この日本国において賭け事は禁止されています、って言おうかとも思ったんですけど、そういうのって空気読めないじゃないですか。だからまあ、仕方なくやりましたよ。

で、大富豪と呼ばれる遊戯をしたんですけど、やってる感覚的に僕VS7人の女子という圧倒的不利な状況らしく、彼女たちは結託して僕を負かそう負かそうとしてくるんですよね。おまけに、彼女たちの間で流通しているローカルルールが意味分かんなくて、負けたことすらも分からない状況で淡々とプレイが進行していきました。

「お、女子に囲まれてトランプとは羨ましいな!」

とか通りがかりの男性社員が言ってくるんですけど、確かに女子7人に囲まれて僕のような野武士がトランプって一生に一度あるかないかなんですけど、事態はそんな穏やかなものではありません。圧倒的な賭け金に、参加者全員が僕を負かそうとする罠。例えるならばヤクザと麻雀打ってるようなもんです。

なにせマクドナルドがかかってるんです。この勝負に負けたとして、7人の女子にマクドナルドを奢るとするじゃないですか。となると、たぶんセットとか食べますから一人頭600円は軽く超える計算。4200円ほどの出費になるわけです。4200円と言えばさほどではないように感じますが、主婦になった僕の高校生時代の同級生(ブス)が、出会い系サイトで知り合った男性に4000円で自らの下着を売っているという噂を聞いてしまった僕にとっては非常に大きな額です。

あの当時、彼女はブスなりに輝いていた。文化祭の準備に頑張り、大好きな先輩と廊下ですれ違っただけで心をときめかせていた。卒業式の日、後輩の女の子(ブス)に花束もらって泣いていたっけ。

そんな期待と希望に胸を膨らませた彼女。彼女なりに色々あったのでしょう、人生なんて上手くいかないものです。そんな彼女が選んだ道が、自らの下着を売ることだった。彼女はその選択をしたのだ。生きていくためには仕方がなかったのだ。そんな彼女の値段が4000円だ。何度も書くが4000円だ。女はバカだって言っても、その選択をした彼女をバカだと罵ることなんて僕にはできない。

僕は彼女のためこの勝負に勝つ。そして浮いた4000円で彼女の下着を買ってあげるんだ。なんて思いもむなしく、トランプは圧倒的敗北。カケラすらも勝機が見いだせず圧倒的敗北。

「やったー!」

とか大喜びする7人の前で歴史的敗北の味を噛みしめていたのでした。

レクリエーション大会も終わり、彼女たちにマクドナルドを奢らなければならないので銀行に行ってお金を下ろします。まあ、余裕を持って1万円ほど下ろしたでしょうか。頭の中では、ちょっとお金に余裕があるので

「ポテトをLにしたっていいんだぜ!」

「素敵」(ジュン)

あとはまあ、ポテトよりLサイズな物を出したり入れたり、尻とかバチンバチン叩いてな、ハッピーセットだぜ!とか訳のわからない妄想をしながら待ち合わせ場所であるマクドナルドまで行くと、普通に14人くらいの女子どもが待ち構えてました。

「ごめんなさーい、なんか増えちゃって!」

マクドナルド奢ってもらえるなら私も行くわ、って感じでトランプをやった7人以外にも我も我もと電撃参戦してきたらしく、14人に膨れ上がっていたようです。なんか貧乏人女子が7人増えてた。

エグザイルか。

圧倒的にハメられた感が否めず、14人にナントカセットとかナゲットとか、訳のわからないサラダみたいなやつを買ってやったら自分の分を買うお金がなくなっちゃいましてね、まさか本気でスマイル0円だけを堪能する事態になるとは思いませんでした。

やはり女性はバカだ。それは脳化指数が低いことが原因だろう。女性のクリトリスの中はコックピットみたいになっていて、その中にクリトリーと呼ばれる生物がいて、その生物が女性の全身を操っている。

近い未来、隕石に乗って宇宙からクリトリーと同種の生命体が飛来するだろう。その生命体は圧倒的な繁殖を繰り返し、地球上の女性からクリトリスを奪う、つまり、従来のクリトリーは追い出され、別の生物が女性の宿主として君臨することになる。

その新たな主人を獲得した女性は、男性を根絶やしにしようと戦争をけしかける。かの有名なアインシュタインは言った、「第3次世界大戦では分らないが、第4次世界大戦では、人間は多分石を持って投げ合うだろう」と。しかし、第三次世界大戦は誰もが予想しない戦いだった。国と国の戦争でも、民族と民族の戦争でも、宗教と宗教の戦争でもなかった。男女の戦争だったのだ。

凶暴化した女性は、世の男性を拘束し、これまでの男尊女卑社会の仕返しとばかりに男性を拷問にかけ殺すだろう。しかし、男性にはクリトリーの存在も、なぜ女性が凶暴化したかもわからない。そんな中にあって、僕は奇妙なイモ虫のような生物に出会う。5ミリほどのその生物はピンク色でなんとも淫靡で、全身が性感帯のように敏感であった。

「私はクリトリー、女性を操っていた生物よ」

人語を話すその生物に大変驚いた僕。その生物は自らをクリトリーと言った。なんでも宇宙から飛来した生物によってクリトリスから追い出されたクリトリーは、女性という器を取り戻すべく戦いを挑むそうだ。その戦いへの協力を依頼された。

しかし、宇宙人に乗っ取られて凶暴化した女性からの迫害で自らの身も危ないわけなのに、そんな訳のわからない戦いに協力することなどできないと断ろうとした僕。それは仕方のないことだった。

「あらあら、大橋のぞみちゃんが好きなのね?」

クリトリーは言った。

「なんだよ、わるいかよ!」

僕の顔は真っ赤だった。

「落ち着いて聞いて。大橋のぞみちゃんのクリトリーも宇宙人によって追い出されて行く場所がなくなっている。私たちクリトリーは女性から離れて生きていけるのはせいぜい2週間ほどよ」

クリトリーは大気に触れると酸化作用により皮膚が焼けただれてしまう。そのため、2週間しか生きられないようだ。なんてことだろう、あと2週間、あと2週間で大橋のぞみちゃんのクリトリーが息絶えてしまう。

「俺、戦うよ」

こうして僕の戦いが始まった。

女性兵士によって拷問が行われている男性収容所に潜入し、拷問を受けていた同僚山本を救出。そこで同時に捕らわれていた不思議な老人に出会う。

「最大の長所が最大の短所でもあるんじゃよ」

僕にはその老人の言葉の意味が分からなかった。

各地で収容所を襲い、捕らわれていた男性を解放していく。レジスタンスとして活躍する僕は、次第にその恐るべき計画の全貌を知ることになる。

「そんなまさか核爆弾だなんて……」

「いいやありえるぜ。おそらく宇宙人は一気に地球人を根絶やしにしたいんだろう。自分たちはクリトリスによって被覆されているからそれが核シェルターの変わりになる。一気に核戦争を起こして自分たちだけ助かろうって算段だ」

「そんな、ひどい、ひどいよ」

クリトリーは泣いていた。ここまで行動を共にしてきた彼女も、あと1日ともたないだろう。彼女が誰の中に入っていたクリトリーなのか知らない。けれどもなんとかして救ってあげたい。

そして舞台はいよいよ最終決戦。核発射をもくろむアメリカ女性大統領との決戦だ。彼女はこの混乱に乗じて大統領を暗殺し、アメリカ初の女性大統領に就任していた。もちろん、中身は別の生物が入っている。

表向きはアメリカ大統領とレジスタンス代表である僕の会談であったが、その席で大統領は僕を亡き者にしようと企ていたのだ。

「ふふふ、お肉はレアがお好みかしら」

「く……目を覚ませ!」

フェンシングの剣を片手ににじり寄るアメリカ大統領。その横では核発射システムが警報を鳴らしている。

「発射まであと5分!」

僕の肩に乗り行動を共にしていたクリトリーが声を上げる。

「気をつけて!大統領はフェンシングの達人よ!」

迫りくる大統領の剣。

「くっ!」

手元にあったナイフで抗戦するも、その実力差は明白だった。

「驚いてるかい?おんなにこんな力があるとは思わなかっただろう。女はバカで非力な生物だと思っているのだろう。我々は従来のクリトリーと違い、肉体の性能を限界まで引き出すことができる。そこのイモ虫のような生物とは違うのだよ」

もうダメかと思われたその時、核が発射態勢になったのだろう、ホワイトハウス全体が揺れた。なんと、核ロケットはホワイトハウスの地下にあったのだ。

「今だ!」

振動によろめいた大統領の隙を見逃さなかった僕は、大統領の剣を奪い取ると、一気に攻め立てた。しかしながら、肉体の性能を限界まで引き出している大統領の体術は凄まじく、決定打を決めることがでいなかった。このシーンのアクションは必見で、撮影中に3人のADが死んだそうです。

偶然だった。本当に偶然だった。もうダメかと諦め、何も考えずに剣を差し出した僕。その剣の先が大統領の股間、クリトリスに突き刺さった。

「ああああああああああああああ」

快感に身悶える大統領。ガクガクと震え、口からは涎を垂れ流している。一通り身悶えると大統領は床に倒れ込んだ。そして、パンティの隙間からマダラ色の奇妙な生物が這い出てきた。

「これが私たちクリトリーを追い出した。宇宙生物……」

「なんとも複雑なものだな。こんな醜い生き物だったとはね」

「でもどうして急に……」

その瞬間、僕の頭の中にあの老人の言葉が思い出された。

「最大の長所が最大の短所でもあるんじゃよ」

そうだ。クリトリスが弱点なのだ。クリトリスに被覆されており、それが核シェルターのように働くのが長所でもあるが、それは逆に短所なのだ。クリトリスには守られているが、逆にそれは大きな快感に弱いことに他ならない。少しクリトリスを攻めてやればヒイヒイ言って中の生物は掻きだされてしまう。

「私たちクリトリーはクリトリスの刺激は大きな快感。でも宇宙人にとってはその快感が理解できないのね」

ホワイトハウスの全世界放送システムを使い、世界の男性へメッセージを伝える僕。それは後世まで伝えられる名演説となった。

「クリトリスを攻めてください」

それは瞬時に世界各国の言葉に翻訳され、世界中を駆け巡った。こうして、世界各地でクリトリスに寄生した生物は追い出され、女性の体は本来のクリトリーへと戻ることになった。

「あとは、この核発射システムを止めるだけだな」

「ダメ!ロックがかかっていて止められない!」

「クソッ!せっかく宇宙人の陰謀を止めたというのに!」

無情にも発射までのカウントダウンが行われる。

「私が止めるわ!」

クリトリーはその小さな体を駆使して機械内部に侵入し、発射装置自体をショートさせようと試みた。

「そんな。お前がショートさせるなんて……死んじゃうんだぞ!」

「このまま待ってたってみんな死んでしまう。それだったら、私の命でみんなが助かるなら」

「クリトリー……」

「じゃあ、そろそろいくわ」

「まだお前の名前を聞いてなかったよ。クリトリーじゃ失礼だもんな。お前が女性のクリトリスの中にいるときは、なんて名前の女性の中にいたんだい?」

「私が生きて戻れたら教えてあげるわ」

「そうか……」

「私は死ににいくわけじゃない。全人類の望みとして、核発射を止めに行くの。そろそろ時間だわ。じゃあね」

クリトリーは彼女なりの挨拶なのだろう、そのイモ虫のような体を左右に揺さぶって、すっと機械の中へ消えていった。

「クリトリー!」

こうして、核発射は阻止され、女性の体も本来のクリトリーのものへと戻った。いつもの日常が戻り、まるであんな事件があったことが嘘のように普段通りの日々だった。テレビでは平和に歌番組が放送され、大橋のぞみちゃんが歌を唄っている。一瞬、画面の中の大橋のぞみちゃんが、あの時のクリトリーのように特徴的に体を揺さぶった。

おわり

っていう妄想を、14人の女子社員がマクドナルドを貪り食ってる横で淡々としてました。すると、どうもその女子たちはマクドナルドを食ったくせになんか甘いものまで食べるらしく、その金すらも僕に要求。

「もうお金ないって」

それくらい僕が食べずに見てるんだから察して欲しい。だから女ってのはバカなんだ。とか思ってると。

「じゃあ自分のお金で食べるからいい」

と全員が甘い物を食べる様子。さすがに呆れた僕が、

「もうお腹いっぱい食べたじゃん。まだ食べるの?」

と言うと、その中の一人(ブス)が言うわけですよ。

「甘い物は別腹よ」

そう言えば、特に女性には「別腹」という何とも奇妙な風習があることを思い出しました。満腹であるはずなのに、甘い物はまだまだ食べられる。それを別の腹があると表現しているわけなんですけど、その「別腹」こそが、クリトリス生命体クリトリーの存在を示唆してるのではないか、僕の仮説が裏付けられて嬉しくなった僕は、14人の女子に向かって論を展開したのです。

「もしかしたら、本当に女性の中には別の生物がいて、女性を操ってるのかもしれない」

「バカじゃないの」

「いやいや、そう考えると全ての辻褄が合う」

「いるって、どこにいるのよ。そんな生物」

「く、く、く」

クリトリスって言ってやろうと思ったのですが、やっぱ女子14楽坊を前に言うのは少し恥ずかしいじゃないですか。言えずにモジモジしてると。

「早く言いなさいよ!」

みたいな訳のわからない展開になってきて、もう言ってやろうと決意しましたよ。で、意を決して言おうと思ったんですけど

「クリトレス」

とか、すげえ大切な部分で噛んでしまいました。

まあ、察しのいい女子数人は、それがクリトリスのことだとわかったらしく、非常に重大な、深刻な、どうしていいのかわからない重苦しい雰囲気が流れ、その場は解散となったのでした。

その後も、せっかくトランプとマクドナルドを通じて女子14人と仲良くなったのに、クリレス発言を契機に圧倒的に無視されるという展開。単純に1万円ほどをむしられただけという情けない結果になったのでした。

女はバカだ。けれども、それ以上に僕はバカだ。たぶん僕の中には玉袋あたりに別の生物が入っていて、僕の全身を操ってるに違いない。だから脳化指数が低いんだ、と納得するしかありませんでした。


2/24 奏光のストレイン

何もかもがズレていやがる。

例えばこの世の中の事象が自分の思い通りであって10だとするならば、多くの事象は9から11あたりに点在する。9.5とか10.2とか、微妙にズレて存在する。人はそのズレに接するたびに違和感を覚える、そりゃあ誰だって自分の思い通りに全てが10になって欲しい、けれども世の中ってのは往々にして全てが少しづつズレているのだ。

多くの人は、その日常的なズレを許しながら生きている。いや、許さざるを得ないといったところか。いや、許すも何も、そもそもそこまで気にするものじゃないのかもしれない。例えば、自動販売機でジュースを買ったとしよう。2月も終わりに近付き、春が近いといえでもまだまだ肌寒い。温もりを求めて缶コーヒーを買ったとしよう。もちろん、そこで期待する10とはヌクヌクの缶コーヒーだ。懐に入れてカイロとして機能する十分に温かい缶コーヒーだ。

けれども、出てきた缶コーヒーが微妙にぬるかったらどうだろうか。補充したばかりとかで温まりきっていなかったらどうだろうか。たしかにちょっとムッとするだろうし、これじゃあ意味がないと一瞬憤ったりもするだろう。けれども、そこまで怒りはしないはずだ。まさか、販売機に向かって怒り狂い、ガンガンに蹴りを入れるような人はごくごく稀なはずだ。というか、そこまでやったら頭おかしい。出家を必要とするレベル。

これも、おそらく缶コーヒーがぬるい、なんてのは9.8くらいの取るに足らない事象なのだろう。そりゃあ熱々で10であるのが望ましいのだけど、まあ、ぬるいくらいは9.8、じゃあ10とほぼ一緒じゃん、と許してしまうのだ。そういった意味で、四捨五入なんてのは単なる算数的技術じゃなく、この世の中をストレスなく生きる知恵なのだろうと思う。

ズレ、いわゆる歪が発生すれば、それに伴ってストレス、応力が発生する。これは工学の世界では当たり前の話だ。問題は、そのズレをいかに四捨五入で吸収してストレスなく過ごすか、そこが工学的事象と人間の精神との大きな違いなのだ。

けれども、そうやって心の中でショックを低減していたとしても、やはり人間の心にも限界がある。そういった些細なズレが連続してれば我慢できなくなるし、一発でもそのズレが巨大ならば我慢できない。その時、人は壊れてしまうのだ。

試しにニュースを見てみるといい。ニュースからは不幸なニュースが沢山流れてくるだろう。そのほとんどの不幸の根底にあるのはおそらくズレだ。些細なズレの積み重ねだったり、明らかなズレだったり、全ての不幸の根底にズレがあり、人は怒れるのだ。そしてそれが更なる不幸を引き起こす。ズレこそ、人間の怒りと不幸の源流なのだ。

僕は普段は全く怒らない温厚な人間で、それこそ職場でバナナが配られるって時に僕だけ真っ黒になったものを渡されても微塵も怒らない。それこそ、バナナってのは黄色いもので甘くて美味しいものなのだけど、渡されるのは使い込んだヤリチンのブツみたいな黒物。そこに決定的なズレがあるのだけど、それだけじゃあ怒らない。ズレてて当たり前、いちいち怒っていては不幸しか招かないと知ってるからだ。

けれども、そんな職場でも菩薩と恐れられ、さらにはオナニー大好きだってことまでバレてしまい、オナニー菩薩などと、ちょっと僕の意図とはズレたニックネームで呼ばれてしまっている僕であっても、そのズレがあまりに度重なるとイライラすることがある。

あれは数日前のことだった。

その日、僕は職場でウンコをしていた。大便ブースに陣取り、もはやこのブースは僕専用という事実に身震いしながら、束の間の大便ライフを楽しんでいた。

皆様は何歳だか知りませんが、まあ僕は32歳なわけで、今まで30と2年生きてきたわけです。漠然と、今まで何回ウンコしてきたのだろうと考えると、例えば快便で1日に1回だとすると365日かけることの32年、つまり11680回のウンコをしてきたことになります。けれども、これは最低限で、実際には下痢気味の日には何回もウンコしますから、まあ単純に2.5回平均とすると四捨五入して30000回くらいのウンコを経験してきているわけなんですよ。これはもう今まで出たウンコをコンクリートを塗る時のコテみたいなので薄っすらと引き伸ばしたら香川県くらいなら塗りつぶせるレベルかもしれません。

そうやってね、沢山のウンコをしてきたわけなんですけど、その中でも特に会心のウンコってあるじゃないですか。出した本人もビックリ、みたいなスポンッ!って感じで、まるでこの世にウンコとして産み落とされる事が神によって定められてた、みたいな、ついでに紙で拭く必要もない、みたいな、今、微妙に上手いこと言えたね。

そんなウンコって3万回の中でも3回くらいしかないんですけど、その日、もう、本気で会心のウンコが出てしまったんですよ。もうスポン!って感じで、カニの身が物凄く綺麗に取れたときみたいな会心のウンコが出ちゃったんです。スポンッですよ、スポンッ!

で、困りましたよ。3万回に3回くらいの頻度のウンコですよ。言うまでもなくレアです。ビックリマンチョコ買ってヘッドロココが出る、なんて比較にならないくらいのレアですよ。これをこのまま流してしまうにはあまりにおしい。

便器から立ち上がって見ても、色といい形といい匂いといい、どれをとっても素晴らしいの一言。夜空に輝く綺羅星すべてを凝縮したみたいな、雲海から立ち上る壮大な朝日、みたいな美しさがそこにあったわけなんです。

僕が自治体の職員だったならば間違いなく観光資源として世界遺産申請を行なっているところですが、どんなに寵愛したとしてもそれはウンコなのです。いくら黄金に輝いているといってもウンコなのです。

けれども、それをウンコ、不浄なものと切り捨ててこのまま流してもいいものだろうか。今ココで流してしまったら、これほどの逸材にあと10年は出会えないだろう。惜しい、流してしまうにはあまりにも推しすぎる。

それこそ、このままブースを飛び出して、同僚やら女子社員やら上司やらを呼んできて見せてやりたい、できることならウンコを掲げて街中を練り歩きたい、そう思ったのですけど、さすがにそれをやったら人間的に終わりじゃないですか。

じゃあ、直接見せられないなら今ココで携帯電話のカメラ機能で撮影したらどうだろうか。厳かに君臨するこのウンコを撮影し、MixiなりNumeriトップに貼るなりして、皆でこの素晴らしさを分ち合ったらどうだろうか。

うんそうだ。さすがに同僚などはウンコに対する嫌悪が強いだろうけど、Numeri閲覧者ならきっとこのウンコの芸術性を理解してくれるはずだ。食事中になんてもの見せるんだ!などと野暮なことを言うやつなんているわけがない。

もう撮影するしかない。絶対に撮影するしかないのだ。ポケットから携帯電話を取り出した僕は、フレームいっぱいに自分の息子が入るように距離をとった。その瞬間だった。

カチッ!ジャジャー!

なんらかの音がした後、便器に流れた大量の水は僕のウンコを押し流してしまった。あれだけ美しかったウンコが、水の流れで狭苦しい場所に流され、押しつぶされ、苦しいよう、苦しいよう、と言っているかのようだった。一生物のトラウマだ。

このトイレには、便器の横にセンサーが装備されていた。そのセンサーが人の動きを感知し、流さずに便器から離れると自動で流してくれるというハイテク便器だった。確かに便利で、トイレ開けたら前の人のウンコがこんもり!という絶対に繰り返してはいけない悲劇を避ける事ができる便利ツールだ。

けれども、今はそんな便利ツールはいらない。なに、センサーって、バカにしてるの。便利なつもりでつけてるんだろうけど、その考えが一つの芸術を殺した。あんたらね、ミロのビーナスとかモナリザが、勝手につけたセンサーで便器に押し流されていったらどう思いますか。それと同じですよ。っていうか、Mixiとかにデカデカとウンコ画像貼って、今の時期は卒業進学新社会人の季節ですよ。この節目にMixiはじめたての女の子とかいてですね、まだ見ぬMixiワールドを堪能、「わー、patoさんのMixiだー」ってルンルン気分でアクセスしたらモロンとウンコ画像、そりゃ泣いちゃますよ、ってのができなくなって非常に心外だ。

結局、つけてるほうは良かれと思って、便利だと思ってやってるんですけど、そのおかげで貴重な文化資源が正しく水泡に帰す。その感覚のズレにいたくイライラしたんです。

まあ、確かにイライラするんですけど、そんなことに怒っていても仕方がない。とりあえず飯でも食いに行きますかってな感じでやりかけの仕事を放棄して吉野家にいったんです。

訳分からないトイレのシステムに腹を立て、イライラするけど飯を食えば勇気100倍、僕は特に吉野家の豚鮭定食が大好物でしてね、豚肉と鮭のコラボレーション、おまけにお新香まで美味いときたもんだ、こりゃあ食べないやつが頭おかしい、って感じで意気揚々と吉野家へと入店したんです。

まだ晩飯には早い時間なのか、店内にはホームレスみたいなオッサンが、豚丼なのか紅しょうが丼なのか分からない状態にして食ってるのみ。颯爽とホームレスの対面に座ります。

スススッとメガネのヒョロい店員がお茶を持って近付いてきます。

「豚鮭定食」

そう頼んだ瞬間でした。メガネがとんでもないこと言い出すんです。

「豚鮭定食ですね。お一つでよろしいでしょうか?」

あのね、別に僕はこんなこと言いたかないです。できれば言いたかないですよ。でもね、あえて言わせて貰う。僕がそんな食いしん坊に見せますかって話ですよ。

確かに、世の中にはよく食べる方がいまして、それこそ豚鮭定食1つじゃ足りないなんて御仁は山ほどいるわけですよ。ええ、2つ食う人だっているでしょうよ。でもな、当然のように食う人間ってそれこそ少ないじゃないですか。それこそ関取とかギャル曽根、ギャル糞根くらいのレベルですよ。最後のは違うけど。

なにか、あれか、僕が関取に見えるか。ギャル曽根に見えるか。ギャル糞根に見えるか。最後のは違うけど。とにかく、その感覚のズレにとにかくイラッときたんですよ。っていうか、食いしん坊なやつは最初から2個オーダーするわ。

とにかくまあ、その決定的なズレに腹立たしい思いしながら豚鮭定食を食べ、今日という日は何もかもがズレてダメだ。ここは一発逆転、素晴らしい何かをして今日一日を大逆転するしかない。そう決意したんです。そして、一つの考えに至りました。

「メイド喫茶行こう」

僕の住んでる町は、それこそ今時ミサンガとか流行している街ですので、メイド喫茶なんてブラウン管の向こうから流れてくる大都会のイメージでしかなかったわけなんです。しかしながら、何をトチ狂ったのか、この田舎町にもメイド喫茶ができた、なんてご機嫌なニュースが飛び込んできたんです。そりゃあ行くしかないでしょう。

繁華街の中心に出来たというメイド喫茶目指して車を走らせます。収集した情報によると、そのメイド喫茶はイメクラの近くにあるらしいのですが、近くに駐車場はありません。仕方ないのでちょっと離れた場所のコインパーキングに駐車します。

コインパーキングってこういうヤツなんですけど、駐車するとこのプレートがせりあがってきて車をロック、料金を払うまで捕まえて逃がさないわけなんですね。

大体、車を駐車して5分ほどすると勝手にせりあがってくるんですけど、なんかなかなかせりあがってこない。普通はまあ、確認する人もいないんでしょうけど、僕は性分としてこのプレートが上がってきたのを確認してから出ないとその場を離れられないんですよ。

大体15分は待ったでしょうか、待てど暮らせどプレートが上がってこない。駐車料金タダだ!と大喜びする場面なんでしょうが、これがドッキリとかだったらどうしようと考えて、ずっと待ってました。

「なんだこれ、壊れてるのか」

早くメイド喫茶に行きたいのにプレートが上がってこない。このズレにまたもやイライラしちゃいましてね、オナニー菩薩としては大変良くないんですけど、頭きてこのプレートをガンガン蹴ってました。

そしたらアンタ、思い出したかのようにプレートがウィーンと上がってくるじゃないですか。もう諦めて別の駐車場に行こうと思ってた矢先にこれですよ。もうズレすぎてどうしようもない。

イライラしながら駐車場を離れ、メイド喫茶に向かいます。このあたりは繁華街というか怪しげな通りですので、通りを歩いているだけで怪しげなオッサンが話しかけてきます。

「にいちゃん、若い子いるで、若い子」

風俗店の呼び込みのオッサン。もう、この呼び込みが既にズレてる。あのな、僕が若い子ならなんでも反応すると思ったら大間違いだぞ。確かに僕は大橋のぞみちゃんが好きだ。けろどもそれは大橋のぞみコンプレックスであって、決してロリータコンプレックスではない。そこいらの幼児好きと一緒にしないで頂きたい。

おまけに、この呼び込みって風俗店じゃないですか。となると、いくら若い子って言ったって限界があるわけっすよ。で、どうせ若いだけで、もうあとは墓場で運動会どころか、墓場で記録会やってるアスリートみたいなのが出てくるに決まってます。ズレてる、その呼び込みはズレてるよ、オッサン。

イライラしてるとまたも呼び込みですよ。

「シャチョ、オッパイもいもい」

何言ってるのか分からないんですけど、見ると黒々とした外国人がタキシード着て立ってるじゃないですか。で、つたない日本語で「オッパイもいもい」とか言ってるんです。

お前はアホかと。日本語覚えたのかもしれないけど、「オッパイモミモミ」なんて一番初めに覚えなきゃいけない日本語じゃねえか。外国人は「モミモミ」をバカにしすぎている。戦争に勝ったからって僕たち日本人を見くびってやがる。あのな、お前らは「モミモミ」に込められた圧倒的語感、存在、猥褻さ、小宇宙、が分からないのか。どんな世界広しといえども、ここまで意味を持った言葉ってのはないぞ。それがちゃんと言えないのに呼び込みとはどういったつもりだ。圧倒的にズレてやがんだよ。

でまあ、さらに腹が立つことに、この呼び込みの外国人、誰かに似てるんですけど、それが全く思い出せない。もう喉元まで出かかってるのに全然分からない。そのズレがなんとも許せなく、ムカムカしながらメイド喫茶に向かいました。

「本日定休日」

あのね、ここまでズレてると本当に笑いたくなってくる。おまけにこのメイド喫茶、思いっきり田舎にあるのに「メイド喫茶秋葉原」なんていうズレた店名がついてるし、もうどうしていいのか分からない。

とにかく、やってないものは仕方ないので、来た道を引き返してコインパーキングに向かいます。またもや先ほどの外国人が寄ってきて

「オニイサン、オッパイ吸い吸い、吸いまくり」

とかやけに流暢な日本語で言ってやがるし、ホント、こいつが誰に似てるのか思い出せない。

とにかく、ここに用はないとコインパーキングに到着し、料金を払って速やかに帰ろうと支払機に向かいました。

まあ、ここに料金を支払えばプレートが降りて車が解放されるわけなんですけど、「清算」ボタンを押しても一向に料金が表示されない。

「やっぱ壊れてるのか、これ」

ポンポンッと叩いてみると、何やら機械がウィーンとかいって料金の精算が始まったんですけど、そこでとんでもないズレが起こってしまったのです。

もう一度確認します、僕は40分くらい前にこのコインパーキングに到着し、まあ、数十分プレートが上がるのを待っていましたけど、駐車していた時間的には1時間に満たないものです。看板にもデカデカと「1時間100円」と、田舎らしい格安の料金が示されていました。つまり駐車料金は100円であるはずなのです。現に、僕はもう100円玉用意して今か今かと支払うのを待っていました。

100円の駐車料金を支払おうとする僕、そして壊れた機械とのズレはこうでした。

駐車料金 349300円

意味が、わから、ない。

何をどうしたらこんな駐車料金になるんですか。もしかして僕は1時間も立ってないと思っていたのに、実はトンネルの向こうは不思議の町で、何故か働かせてくださいととかいって「patoとは大そうな名前じゃないか、お前は今日からpaだよ」とか名前を奪われて、カエルとかオクサレ様とかカオナシとかいて、すったもんだの末、戻ったら物凄い時間が経過していてこんな駐車料金になったとかなのでしょうか。

もう頭きてですね、ここまで様々なズレに我慢してましたけど、さすがにコレはひどい、誤作動するにも限度ってもんがあるだろ、と頭にきて、金おろしに行ってゲーセンで両替して1000円札で全部料金入れてやろうかと思ったんですわ。でもまあ、1000円札50枚までしか入らなかった。なんか係員に連絡してください、とか出て、コインパーキングって基本無人じゃないですか。どこに係員がいるんだよって一人でキレてました。

とにかく、連絡して駐車場の係員が来るのを待つ間、今日一日を本当にズレていたと思い返し、車出せないし、メイド喫茶は閉まってるし、豚鮭定食一つですかとか聞かれるし、そもそもウンコが流れてしまったところからおかしかったんだ。とイライラしていたら、あの呼び込みの外国人が誰に似てるか思い出しました。

「そうだ、野球選手のズレータに似てるんだ」

やっぱりズレた。

待ってる間、あまりの寒さに耐えられなく、カイロ代わりに缶コーヒーで温まろうと購入したら、むっちゃ生ぬるいコーヒーが出てきました。さすがの僕も怒り狂って自動販売機を蹴った。


2/10 グレートウォール

壁の向こうは不思議の国だった。

世の中には摩訶不思議な事が多数存在するもので、僕らは知ってるようで何も知っていない。それはムー大陸の存在やアトランティスの謎、マチュピチュにナスカの地上絵、アンティキティラ島の機械に代表されるオーパーツの存在など様々だが、それらのように一見して「俺、不思議」といった顔をしている物に限ったことではない。

実は「不思議」ってやつはごくごく身近に存在する。自分の一番近くにいる人間を思い返してみるといい。同僚だろうが親友だろうが恋人だろうが配偶者だろうが、とにかく身近な人を思い浮かべよう。アナタはその人についてどれだけのことを知っているだろうか。

例えその人のことを十分に分かっていると思ったとしても、おそらくそれは分かった気分になっているだけなのだと思う。誤解を承知で言ってのけると、人は人のを絶対に理解しない。それは人が意識を持ち始めた古代から連綿と続く不文律なのだ。僕らは一人の人間すら理解できずに不思議な存在にしてしまうのだ。

澄ました顔で仕事をしている彼だって、コンビニで快楽天というエロ本を買おうとして間違えて失楽天というエロ本を買ってしまい、大人気なく取り替えてくださいとコンビニまで押しかけたかもしれない。職場で涼しい顔して仕事している彼も、同僚の女性社員が深夜の歓楽街に佇んでいるのを目撃してしまい、もしかして彼女はお金に困って売春婦のようなことをしているのではないかと勝手に妄想を膨らませてしまい、親身になって相談に乗ったりしたら一回くらいは無料でいかせてくれるかもしれないと勝手に思い込み、その彼女に「病気のリスクとか怖くないのか」みたいな話をしたら、どうやら勘違いだったみたいで、あれは高校のときの同窓会で友達を待ってただけですみたいな話になって気持ち悪いと揶揄される、むしろ語感としてはキモチワルイみたいな感じで言われてしまったりとか、誰しもがその表の顔と違う側面を持っているものだ。クソッ!

他人のこと全てなんて絶対に分かりっこないし、分かって欲しくもない。それなのに分かった風に過ごしていく、それが人間なのだと思う。その際たるものが「壁」という存在なのだろう。

「壁」というものは実に不思議だ。よくよく考えてみると、これほど不思議な存在はそうそうない。同じ場所、同じ敷地、同じ建物にあってもそこに「壁」が存在するだけで全く別の空間が出来上がってしまうのだ。そして、その仕切られた空間に人間が入ることにより、その中ではよりミステリアスさが増すことになる。中で誰かが何かをしていても分からない、向こうを知るには覗き込むという行為が必要になるのだ。「壁」とはよく「心の壁」という表現で用いられることもある。他者にたいして心を開かない様子などを表現するものだが、それらはミステリアスさを増幅させるのに一役買っている。

つまり、「壁」とはただでさえ不思議である人間をより不思議にさせるために役立っているのだ。前述のオーパーツなんて目じゃない。実は身近に存在する「壁」こそが最も不思議で理解不能な存在なのだ。

子供の頃だった。我が家は信じられないくらい「昭和」という香りがするボロ屋で、未だに建てかえることなく存在しているのだけど、そのボロ屋に壁が取り付けられることになった。

もちろん、もとから家に壁がなかったわけじゃなく、普通に隙間風とか入ってくるボロボロの壁は存在していたのだけど、それとは別に、新たに壁を取り付けることになったのだ。

当時は、二階にあった縦長の部屋を僕と弟が共同で使っていたのだけど、弟が高校受験を迎え、本気で勉強しなくてはならない、ならばあのバカ兄貴、つまり僕は邪魔だということが家族会議の席で満場一致で採択されたらしい。議案を提出したのは弟だった。寺とかに出家させようかとか、できれば鑑別所か少年院にでも入ってくれればいいのにだとか過激な意見も出されたらしい。

こうして、縦長だった部屋を仕切るかのように突如として中央に壁が設置された。壁によって僕と弟を隔離することに落ち着いたのだ。さっきまで弟と一緒だった部屋。けれども今は違う。ただ壁が一枚存在するだけでその向こう側は全くの別世界になってしまったのだった。

僕は悩んだ。悩みぬいた。壁の向こうで弟が何をしてるのか分からない。全く分からない世界なのだ。まさか弟が間違ったオナニーでもしてペニスを痛めつけているかもしれない。本気で悩んだ。ガタッと壁の向こうから物音がする度、気が気じゃなかった。オナニーの解釈を間違って、ペニスを鍛えるものだと勘違いした弟が熱湯と冷水交互にペニスをつけてるかもしれないと思うと気が変になりそうだった。ただ「壁」があるだけでここまで弟という存在がミステリアスになるのだ。

本気で当時の僕は「壁」という存在に、その物質以上の壁を感じて悩んでいた。世の中ってのは薄情なもので、こんなに僕が壁に悩んでいるのに、「どうよ、これでちったあラクになったかよ?」と壁をハンマーで破壊してくれるGTOも存在しなかった。悩みに悩んだ僕は壁に穴を開けるという選択肢を選んだ。もうそうするしかなかったのだ。

設置されたばかりの真新しい壁に穴を開けた。親父が仕事で使っていたハンドドリルを拝借し、10ミリほどの穴を開けた。僕はその穴から弟の部屋を覗き見た。弟はオナニーしていた。オナニーの解釈は間違っていなかった。弟にばれた。心を乱した弟は高校受験に失敗した。親父にもばれた。弟の邪魔したことと新品の壁に穴を開けた事がばれた。殺されそうになった。本気で出家させられそうになった。

とまあ、「壁」という存在に思春期の僕は大変悩まされたわけだ。そして、時空を超え、今32歳となった今の僕も同様にして「壁」という存在に悩まされる。

賢明な閲覧者の方ならご存知かと思うけれども、僕はこの夏、住み慣れた住処を離れて引っ越しを行った。その物件は恐ろしく、2LDKという破格の広さにもかかわらず激安家賃。そのかわり何か人智を超えた霊的現象が起こるとんでもアニマルな物件だ。

そういった超常現象的側面だけでなく、住んでる人間もとんでもアニマルで恐ろしい。僕の部屋の真上の階なんて、どうやら家族連れが住んでいるようなのだけど、なんか虐待でもされてるんじゃないかってレベルで子供の泣き声がする。安普請で音が響きまくり、上の階で人が歩くだけですごい音がする我がアパートで子供の泣き声はかなりのうるささだ。さらに、その住人は、毎日模様替えでもしてるんじゃないかしらというレベルでドスンバスンと家具類が動く音がしまくる。それも深夜に。もはや安眠妨害とかのレベルを軽々とK点越えしてやがる。

そんな上の階の住人はどうでもいいとして、問題は隣の部屋の住人だ。我が部屋と1枚壁を隔てただけの隣人だ。こいつがとにかく謎でミステリアス。本当に恐ろしいのだ。

確か、僕がこの部屋の下見に来たときは、なんか全身クリトリスというか和製フィリピーナみたいなセクシャルな女性が住んでいたはずなんですけど、実際に住んでみるとセクシャルどころか人間が住んでいる気配すら感じられない。前述の通り音なんて筒抜けのアパートのはずなのに、隣の部屋から物音一つ聞こえてこないんです。

まあ、最初こそは引っ越したか何かで空き部屋になったんだろうな、くらいに考えていました。けれどもね、何かがおかしいんです。明らかにおかしいんです。何の気配も感じられず、人が住んでいないと考えられる壁の向こうの隣の部屋。けれども、それは見せかけの存在、かりそめの空き部屋だったのです。

あれは、結構面倒くさかったので仕事をズル休みして、悪質なインフルエンザにかかって意識朦朧、と嘘ついて昼真っから家でゴロゴロしながらNHK教育テレビを見ていたときのことでした。

ゴトッ!

確かに、間違いなく、空き部屋と思われた隣の部屋から物音がしたのです。そして、それと同時に人間の息遣いというか、話し声のようなものがゴニョゴニョと聞こえてくるではないですか。

まさか、隣の部屋に入居者が?一瞬そう考えましたが、それならばもっと生活の痕跡みたいなものが感じられてもおかしくありません。急いで表に出てチロチロと隣の部屋を覗き見てみるのですが、通りに面した窓はシャッターが閉められており、明らかに人が住んでいる息遣いが感じられない。

もしかして、ずっと空き部屋だと思っていた隣の部屋だったけど、実は最初から空き部屋ではなかったんじゃないだろうか。けれども、何らかの理由で平日の昼間しか部屋を使わず、それ以降の時間は無人になる、そんな理由で平日の昼間は仕事に行ってる僕は気付かなかったんじゃなかろうか。

では、一体、壁の向こうでは何が行われているのだろうか。僕は途端に気になり始めた。本当に壁という存在は忌々しい。こんな壁があるからその向こうが気になるのだ。例えば、女の人が服を着る習慣がなくておっぱい丸出しだったら僕らはそんなにおっぱいを見たいとは思わない。それと同じで壁があるからこそその向こうを覗き見たくなってしまうのだ。

まあ、いくら気になるからといって本気で覗いてしまったらお縄を頂戴する羽目になってしまうので、なんとか隣の部屋を注意深く観察することでその真相に近付こうとした。

その日、注意深く観察した僕の調査結果によると、隣の部屋では以下のようなことが執り行われている事がわかった。一つ目に、隣の部屋には複数の男がおり、終始なにかを話していた。人の出入りが激しく、何人かが出入りを繰り返していた。駐車場に、とてもじゃないがカタギが乗るとは思えない車が数台停まっていた。お昼には近くのラーメン屋で出前を取っていた。午後3時になると全員が引き上げてしまい、その後は物音一つしない完全なる無人状態となった。

皆さんは、この壁の向こうで何が行なわれていたか分かるだろうか。ポイントとしては午後3時に無人になる、という点が最も正解に近い。この時間にその日の動きが終わる何かがあるわけだ。それを踏まえて回答編を見てみよう。

その夜、完全に無人となった隣の部屋の周囲を探索してみた。何で今まで気づかなかったか分からないが、アパート裏手の窓、ウチと間取りが同じならばバスルームにあたる場所の窓の下には、これでもかというレベルでタバコの吸殻が捨ててあった。もうその吸殻が大量すぎてアリ塚みたいになってた。おそらく、相当マナーの悪い人間が何かをやっているらしい。

その吸殻の山を分析してみると、複数、少なくとも6種類以上の銘柄のタバコが混在しており、やはり複数の人間がこの部屋に出入りしている事が裏付けられた。

さらに、構造的に僕は隣の部屋の玄関前を通らずに日々の生活をしていたため見ることはなかったが、そっと近付いて見てみると、玄関には何やら表札みたいなものが二つドアのところに貼り付けられていた。こういった人の家の表札を見ることにはあまり良い思い出がなく、前のアパートに住んでいたときに面白半分で見てみたら表札に「アラー」とか何のためらいもなく書いてあって神々が住んでる!と心の底から震えた僕にとって、あまり乗り気ではなかったのだけど、壁の向こうの謎を解明するため、そっと近付いて覗いてみた。

一つは、「訪問販売お断り!」と断固たる決意が書かれたプレートだった。「訪問販売」という部分が赤字で書かれており、その意志の強さが存分に感じられるものだった。

そして、もう一つのプレートにはこう書かれていた。

「有)アツシプランニング」

アツシが何をプランニングしてるのか知らないけど、壁の向こうは会社組織であることを誇示するプレートだった。なるほど、それならば多数の人間の出入りや、昼間だけで夜は無人になることも納得できる。

おぼろげながら壁の向こうの実態は分かったものの、それでも新たな謎が浮上した。それは、いったいこの会社組織でアツシが何をプランニングしているかという疑問だ。昼間だけしか活動せず、さらにとてもじゃないが真っ当な会社員とは思えないお下品な車が出入りする会社組織。考えれば考えるほど謎だった。

もう謎が謎を呼んでしまい、悩みに悩みぬいてどうしようもない状態。壁の向こうでアツシが何をプランニングしてるのか。悩みすぎて胃が痛くなるほどだった。僕がこんなに悩んでいても世の中ってのは冷たいもので、「どうよ、これでちったあラクになったかよ?」と壁をハンマーで破壊してくれるGTOも存在しない。自分の力で謎を解き明かすしかないと決意した。

どうしても、本当に本当に仕方なく、決して仕事が面倒だったとかそんなお話ではなく、これは使命だ。僕に与えられた使命なのだ、壁の向こうの謎を解き明かせと神が与えたもうた使命なのだ、と大いなる意志を感じ取り、本当はそういうことしたくなかたのだけど、仕方無しにインフルエンザが悪化したことにして次の日も仕事を休んだ。朝から落ち着いて謎の解明にあたるためだ。決してズル休みではない。

早朝、ゴミ袋を手にごみ出し住人を装って問題の部屋を見張る。アツシプランニングの連中が何時に出勤してくるか分からないけど、なんとか人の出入りを瞬間を抑えようと試みた。

朝10時。この周辺では8時までにゴミ出しをしなければならないのだけど、いい加減、この時間までゴミ袋手にウロウロと徘徊するのは苦しくなってきた。っていうか、出勤してくるの遅すぎるだろ、どんな会社だよ。

10時半。黒塗りの高級セダンがご到着。前日に見た明らかにカタギが乗るものではないお下劣な車だ。駐車場に入る時の段差で車の底を擦ってた。シャコタンブギすぎる。ついにいよいよ、謎のベールに包まれた壁の向こうの謎が解明される。僕の胸は躍った。そしてついに重厚な、黒塗りセダンのドアが開く。

果たして、そこには予想通りのパンチパーマがいた。パンチパーマはシャコタンブギで車体を擦ってしまったことに不機嫌な様子で、朝っぱらから恐ろしい形相であった。その禍々しきオーラだけで小動物くらいなら殺せそうな殺意の波動を身に纏っていた。

そしてそのままパンチパーマは鍵を開けて問題の部屋に入っていく。鍵を開けるという行為からもパンチパーマがアツシプランニングの代表者であり、おそらくアツシという名前であることは想像できた。

それから程なくして、続々と車が到着し、まるでそうすることが当然のように次々と他の住人の駐車スペースにお下劣なシャコタンブギみたいな車が停車されていく。それらは全てアツシプランニングへと吸い込まれていった。

さて、こうなると壁の向こうの謎はほぼ解明された。壁の向こうでは恐ろしげな男どもが集い、何かを行なっているということだ。当然のことながら、次は何が行なわれているのかが気になる。つまりアツシがプランニングしている内容が気になるのだ。

僕は物音を立てないように細心の注意を払って自分の部屋へと舞い戻った。この壁の向こうであの恐ろしげな男たちが何かをいたしている。それは深入りしていけない何かを感じる反面、やはり好奇心を抑えることは出来なかった。僕は、壁に耳を当て、詳細に壁の向こうの様子を窺った。

「・・・・・・・」

何か声が聞こえる。誰かが何かを話している口調だ。いや、それは怒号に近かった。どう好意的に解釈しても穏やかに話し合いといった雰囲気ではなかった。ドキドキしつつもさらに聞き耳を立てる。

「・・・・・バカヤロウ!」

それは誰かが誰かを怒鳴っている声だった。それもかなりドスのピリリと効いた恐ろしい怒号であった。

あわわわわ、と焦ると同時に、もしかしたらテレビの音声かもしれない、とい急いで自分の部屋のテレビをつけてチャンネルを回したが、平日の午前中、怒鳴るような番組はやっていない。普通にメタボ解消食生活!とか平和すぎる番組ばかりやっていた。

怒鳴る事がアツシなりのプランニングかとも思ったが、そんなものありえるはずがない、こりゃとんでもないことかも知れないとさらに聞き耳を立てると、とんでもない音声が聞こえてきた。

「・・・・・50万円払え!」

明らかに誰かが誰かに金を請求してやがる。それも50万円という巨額だ。普通に昔の同級生の家とか遊びに行ったらカワイイ娘さんがいて、100円あげるからオジさんの肩揉んでくれないかなーとか言おうものなら、多分ほとんどの娘っこが揉んでくれるだろう。そうなると、100円で、いたいけない少女に肩を揉んでもらい、色々とハプニングが起こる可能性がある。つまり、幼女とのハプニングが100円だ。50万円もあれば5000回ほどそんなハプニングが期待される。これはもう世界が粉々に砕け散ってもおかしくないレベルの事態だ。

そんな大金を、誰かに請求することなんて、普通の日常生活を営んでいればありえない。せいぜい、飲み会の時に会費3000円ですとか徴収するくらいだ。会費50万円です、なんて言われたら参加せずに帰る。つまり、通常の神経をしていたら50万円なんて金を他人の請求することなんてないし、ましてや怒号混じりに要求することなんてほとんどない。

あまりの巨額に目を回していると、さらに壁の向こうからは、そういった類の怒号がアンサンブルのように何重も重なって聞こえてくることに気がついた。つまり、壁の向こうでは怒号と共に何らかの請求行為が行なわれている。

これら全てを総合して分かった。おそらく壁の向こうでは何らかの悪徳な商売が営まれている。それこそ、架空請求だとかオレオレ詐欺だとか、そういった悪質な何かが行なわれているのだ。アツシ、とんでもねえものプランニングしてやがるな。

僕も色々と悪徳な業者と戦ったりしてきたけど、まさか隣の部屋に悪徳な業者が住んでるとは思わなかった。こりゃあ、一体全体どうしたらいいのだろうか。悪徳業者許さんと海パンはいてキン肉マンのように乗り込んで入ったら多分殺されるだろう。意味もなくハンマーで壁をぶち壊し、「どうよ、これでちったあラクになったかよ?」とGTOのようにアツシに言っても殺されるだろう。そもそも意味が分からない。警察に通報、というのが一番の選択肢だろうが、普通に業務を遂行している会社だったりしたら間違いでしたでは済まされない。

どうしていいか途方に暮れていると、その時、歴史が動いた。

ピンポーン!

玄関のチャイムが鳴ったのだ。あまりの驚きにヒィ!ってなってしまった。恐る恐る、なぜか足音を立てないように注意して玄関に行き、ドアスコープから覗き見る。

アツシが立っていた。

思わずドアの前で「ヒィ!」と唸ってしまった。あのアツシプランニング代表のアツシが燦然とパンチパーマを輝かせて立っていた。やつは平然と他者に50万円を要求する剛の者。そいつが何故僕の部屋の前に?まさか部屋が狭いからという理由でウチとの境界の壁をハンマーでぶち壊し、「どうよ、これでちったあ広くなったかよ?」とこれからはウチも悪徳商売の本拠地として使われるのかもしれない。それよりなにより、一番可能性が高いのは理不尽に金を要求されることだ。下手したら何やかんや理由をつけて50万円くらい要求されるかもしれない。ヤツは平然と他人に50万円を要求する頭のおかしい人間だ。

ピンポーン!

まるで僕を急かすように再度玄関のチャイムが鳴る。あれこれ悩むと同時に今までの思い出が走馬灯のように駆け巡る。真新しい壁に穴を開けたこと。弟の部屋を覗き見たこと。弟が高校受験に失敗した日のこと。怒りのアフガンと化した親父に殺されかけたこと、全てがセピア色で美しい思い出だった。

どうするべきか。警察に通報するべきか。いやいや、それはおかしい。現時点で彼はウチを訪ねてきただけなのだ。あれほどの剛の者だ。警察が来たって「家を訪ねただけっすよ」とシレッと切り抜けるに決まってる。何の目的できたのかは知らないけど、警察に通報するのは金を要求されてからだ。被害に遭わなきゃ誰も助けてはくれない、そんな世の中なのだ。

金を要求するならしやがれ。

意を決してドアを開けた。そして、予想だにしない運命が僕に襲い掛かるのだった。

「こんにちはー」

満面のスマイルで語りかけるパンチパーマ、アツシ。悪徳業者とはいつもこうだ。最初こそは人当たりの良い笑顔で迫ってくる。けれども、それは事実を覆い隠す「壁」に過ぎない。その壁の向こうでは恐ろしい悪魔のような顔が待ち構えているのだ。

「な、なんでしょうか」

ビクビクと返答する。理不尽な金の要求、部屋の壁を取り壊すのかもしれない、ただ殴るだけかもしれない、小動物のようにビクビクとしていると、ついにアツシが動き出した。

「これ、引っ越しの挨拶の品です。隣に越してきまして、よろしくお願いします」

と、箱に入った粗品を手渡してきた。

「いやー、何回か来たんですけど、いつも留守みたいで。今日は車が停まってるから大丈夫かと思いまして」

アツシは柔らかい笑顔でそういった。気が動転してしまった僕は、その粗品を受け取りつつも

「む、無料ですか?」

とか訳の分からないことをのたまっていた。

結局、壁の向こうで何が起こっているのかは分からなかった。ただ一つだけ言えることは、アツシは結構良いヤツということだけだった。粗品の中身はミッフィーお散歩タオルセットだった。けっこう可愛いじゃねえか。

壁の向こう、その先では何が起こっているのか分からない。怒号が聞こえ、50万円を請求する声が聞こえてくる。それでもそこで悪徳な商売が営まれているかなんて誰にも分からないのだ。

壁が存在することで、僕らはその先を知りたくなる。穴も開けたくなる。けれども、知らない方が良いことはこの世に沢山あるのだ。とにかく、アツシは結構良いヤツなので、悪徳な商売を営んでいないことを祈るばかりだ。

ふう、アツシは結構良いヤツだった。そりゃそうだ。この、世の中そんなに捨てたものじゃない。平然と50万要求できるような悪人なんてそんなにはいないのだ。そんな頭のおかしい人間は、この世で一握りの選ばれし者なのだ。そうそうお目にかかれるわけではない。いるわけがない!とホッと胸を撫で下ろしていると、携帯電話に着信が入った。

親父からだった。電話に出ると親父はこういった。

「この、間ウチをリフォームしてな!お前が壊した壁とかも全部直したわ!だからリフォーム代で50万円、お前が負担しろよ!」

ここにいた。

親父の理不尽な要求に本当に熱が出た僕は次の日も仕事を休み。布団で眠りながら、親父とは心の壁を隔てて接しようと心に誓ったのだった。


1/28 バレエ・メカニック

どうやらバレンタインというものが近いらしい。

いやいやいや、もちろん「近いですね」なんて言いつつ近くも何ともない、まだ1月後半、バレンタインの2月14日まで2週間あまりを残していますからね、言うほど近くはないんです。けれどもね、それでもあえて「近い」と言わせて貰いたい。そんな譲ることの出来ない深い事情があるのです。

僕もこのようなNumeriというサイトをやらせてもらいまして数年になります。多くの方にこのゴミのような日記を読んでもらえるようになって、大変ありがたいことなのですが、中には年頃の娘さんなども読んでいただいているようで、そうなるとほら、こう、期待するじゃないですか。僕だって男の子ですし、色々と期待するじゃないですか。

僕だって何度かバレンタインデー前に、チョコを意識した日記を書かせていただきましたよ。それこそ、甘く切ない、セピア色の、文字通りチョコのようなバレンタインの思い出を書き綴ったり、時にはチョコくれ、とダイレクトに日記上で物乞いしたこともありました。それを読んで「patoさんにチョコあげる!」とメッセージを寄せてくれた女の子も確かにいました。ないって言ったらそんなの嘘になるって決まってる。けれどもね、それじゃあ全てが遅いんです。

やはりこういった、Numeriのような愉快痛快テキストアワーではタイムリーさが大切な要素になってきます。つまり、その時々にあった内容の日記を書くことこそが大切なのです。クリスマスにはクリスマスの話題を、夏には夏の話題を、TKが逮捕されたらTKの話題を、それは俳句に季語というエッセンスを盛り込んだ古の日本人となんら変わらないのです。逆にTKが逮捕されているというのにホリエモンの話題とか出しちゃったらなんじゃこりゃってなるんです。

そうなると、バレンタイン直前、もしくはバレンタイン当日に該当の日記を書くことになるのです。そうなるとね、全てが遅きに失するとでも言いましょうか、とにかくバレンタイン当日、もしくはその直前では遅いんです。

日本は小さな島国といえども大きく広いものです。バレンタイン当日では遅いんです。僕の渾身のチョコ目当ての日記に心を痛めてチョコを送ろう!と決意した娘っ子がいたとします。そこからチョコを宅配便か何かで送ろうと思いますわな。そうなるとメールフォームから「チョコ送りたいんですけど住所教えてください」と僕にメッセージを送ります。するとまあ、大体3日もすれば返事が返ってきますよ。「チョコはいいから脱げよ」とか酷いメッセージが返ってくると思いますが、これはpato特有の照れ隠しです。脱げよ、といいつつ本心ではチョコが欲しいんです。ここはやはり食い下がって欲しい、頑として譲らない信念でチョコを送りたいと言い続けて欲しい。

まあ、こういった押し問答に1週間はかかりますわな。それで晴れてチョコを送るってなるんですけど、梱包作業など発送準備に1日、それで1日かけて送られてくるわけです。で、たぶんその日には受け取れなくて不在票かなんかが入ってるから実際に手にするにはもう1日かかりますわな。

もうね、じつに10日ですよ、10日。実際に僕がチョコを手にするのに10日ですよ。この高度情報化社会において10日は痛い。2月14日にチョコをねだる日記を書いたって手にするのは2月24日、もう春の足音がすぐそこまで来ているわけなんです。それじゃああまりに遅すぎる。バレンタインチョコはバレンタインに手にするからこそバレンタインチョコとなりうるわけで、それ以外の日に手にしたってただのチョコなんです。ということで、今年はいち早く、十分に時間に余裕を見てバレンタイン関連の日記を書くに至ったわけなんです。

でもまあ時間の余裕を見た、といっても実際にはそんなに「patoさんにチョコあげたいです!」なんてメールを送ってくる頭のサイドギャザーが壊れた女性は少なくてですね、僕としては「patoさんチョコよ!」とか全身をチョコで塗りたくってて、「おやおや、ここもコリコリしたチョコですな」「やん!それは乳首!」というのが理想なのですが、なかなか世の中ってのは世知辛いですね、そういったのは皆無といっても過言でないのが現状です。

これはね、これまでに書いてきた種々のバレンタインエピソードが全く心に響かなかったのが原因だと思うんですよ。まあ、色々と悲しい、それこそ涙なしでは語れない話を書いてきましたけど、それって突き詰めると「チョコもらえなかった」レベルのお話。それじゃあ心に響かないと思うんです。

ですから、今年のバレンタインこそは本気で勝負を賭けるという意味も込めまして、とっておきのバレンタインエピソード、あまりに切なくて心の片隅にしまいこんでいた、ウチにある買って1ヶ月で壊れたSOTECのパソコンみたいに奥底にしまいこんだ悲しい事件のお話をします。あまりに悲しすぎて語られることすら忘れられてきた血塗られたバレンタイン事件「ブラッディバレンタイン事件」を語る時がきたようだ。

バレンタインまでの期間に余裕を見た。そしてとっておきの「ブラッディバレンタイン事件」の詳細を述べる。きっとそれはアナタの心を揺さぶるだろう。そしてチョコを送らずにはいられないはずだ。

あれは僕が高校生の頃だった。当時は第二次反抗期真っ只中で、あまりに生意気だった僕は、ことあるごとに親に反抗していた。ただ、親に反抗すると言っても、親父に反抗しようものなら間違いなく瞬殺、それどころか後々まで深刻な後遺症を抱える危険性が十分にあったため、僕はあまり恐ろしくない母親に向かっていつも反抗していた。

ウチの母親は体が弱く、いつも病気で寝込んでいた。働くことも家事もできず、ただいつも床に臥せっていた。そんな状態でも、いつも考えてることは子供の幸せのことばかりで、あなり頑丈ではない体に鞭を打って子供のために何かをする、そんな人だった。

当時、あまりにバカだった僕は、そんな母さんの事が嫌だった。無性に腹が立っていた。高校生くらいってのは往々にしてそうなのだと思うのだけど、ことあるごとに関与してくる親という存在がたまらなく恥ずかしく、ただただ苛々するだけだった。

「今日は球技大会でしょ」

学校に行こうとすると、どこで知ったのか母さんは僕の学校行事を完全に把握していた。

「うっせえな!関係ないだろ!」

反抗期という大波の中にダイブしていた僕は、そんな母さんに反抗した。何も理由はない、ただただ苛々する、反抗期なんてそんなもんだった。それが反抗期だった。

「お母さん、お弁当入れといたから」

玄関には弁当箱がちょこんと置かれていた。きっと母さんが無理して作ったのだろう。球技大会というイベントにあって僕が恥をかかないように必死に思いで入れたのだろう。けれども、そんな行為すらも当時の僕は腹立たしかった。

それに当時はもう高校生だった。別に弁当がなくたって恥をかくことなんてなかった。小学校や中学校の運動会じゃないん、高校生だ。弁当なくたってコンビニとかで買ってなんとかするし、学校に食堂もあった。逆に言えば弁当を持ってくるやつのほうが少数派だった。

そんな理由から、僕は母さんが作った弁当を持っていかなかった。弁当箱は悲しそうに玄関に置き去りにされた。あの時、母さんはどんな気持ちだっただろう。今でも思い出す。

そんな反抗期というか青春時代真っ只中にあってもバレンタインという行事はやってくる。確か定期テストも終わって開放感に包まれている中、その年のバレンタインはやってきた。

「ちょっと、今日はバレンタインだよ」

意気揚々と学校に行こうとすると、玄関先で母さんに呼び止められた。だからなんだというのだ、いつものことながらイラついてしょうがない。

「今年もお母さんがチョコ買っておこうか」

僕は激怒した。顔を真っ赤にして激怒した。そんなね、確かにモテませんよ、僕はモテない。それは顔の造作から言って自分でも痛すぎるほどに良く分かってる。けれどもな、いくらチョコを貰えないからといって母さんにチョコ買っておいてもらうってありえないだろ。どんだけ可哀想な人なんだ、と激怒すること山の如しなんですけど、悲しいかな、母さんの「今年も」というセリフに裏付けられるように、去年は母さんに買っておいて貰ったという事実、それが僕の胸を締め付けた。

「いらねつってんだろ!」

玄関先で怒鳴った。近くにいた飼い猫のクロが飛び跳ねて逃げるほどの勢いで怒鳴った。これは母さんに対する怒りじゃない、不甲斐ない自分自身への怒りだ、ここまで親に心配させてしまうほどチョコを貰えない自分自身への怒りだ、そう言い聞かせながら怒鳴り、学校へと向かった。

けれども、その年のバレンタインには勝算があった。バレンタインにおける勝利、それは言うまでもなくチョコを勝ち取ることなのだが、その年だけはチョコを貰う算段がついていたのだ。

もちろん、ねんごろの娘っ子とか、こいつ明らかに俺のこと好きだろ、みたいなエエ感じの女の子がいたわけではない。そんなものいるはずがない。けれども確かな勝算があったのだ。

僕の通っていた学校は、男子校とまではいかないまでも、ほぼ男子校みたいな存在で、学校内にごく少数の女子しかおらず、その少数の女子すらもモンスターハンターに出てきそうな勢いでモンスターで、明らかに精子の匂いしかしない高校ライフで、ホモだけがホモサピエンスかって勢いでバラ色の青春を送っている学校だったのだけど、そんな僕らにも一縷の救いがあった。

それが近隣にある看護学校という存在だった。もう当時の僕たちはその看護学校の校舎を見ただけで興奮して大変だった。それだけでも随分と救われていたのに、さらに看護学校と我が校は友好的な関係を結んでいるらしく、様々な行事の度に互いの親善行事みたいなものも同時に行われていた。

前述の球技大会もそうで、我が校に混じって看護学校の女学生も参加してくる。もちろん女の子ばかりなので球技やらせても弱いのだけど、もうムチムチでたまらなかった。もちろん、こちらも向こうの文化祭に借り出されたりと活発な交流だった。

そして、たぶん看護学校の授業の一環なのだろうけど、とある調査をするために1クラス丸ごとが我がクラスにやってくるという鬼のような、第二停止でデカいタライが落ちてくるレベルの激アツのイベントが催されることとなった。それもこのバレンタインデーという一年のうちで最も大切な日にだ。

男ばかり、たまに精子の匂いとかしてくる教室に、1クラスまるごと看護学校の女子がやってくる。ホント、集団レイプ事件とか起きて訴訟沙汰になってもおかしくないのだけど、当時の僕たちは色めきだった。

もちろん、行事、授業の一環とはいえバレンタインに男だらけの場所にやってくるのだ。それ相応の覚悟があってやってくるんでしょうな、というのが僕ら全員一致の見解だった。体を差し出せとまでは言わないが、最低でもチョコは持ってくるはず、そう信じて疑わなかった。そういった意味で、その年の僕は明らかな勝算を手にバレンタインへと臨んだのだ。

当日、朝っぱらから僕らのクラスは明らかに色めき立っていた。看護学生がチョコを持ってやってくるのは放課後だ、それでも朝っぱらから落ち着きがなかった。バリバリに髪をセットしてくるもの、制服の下に赤いシャツを着てくるもの、お母さんの香水をふんだんにつけたのか、一人だけ参観日みたいな匂いのやつもいた。僕ら全員、明らかにおかしかった。

授業が進み、恐ろしい点数のテストが次々と返ってくる中、やはり僕らは浮き足立っていた。あと、教室の中に香水の匂いが充満し、クソ寒いのに窓を開けて授業をする羽目になった。そして、いよいよお待ちかねの放課後がやってきた。

なにやらクラスの代表者的なヤツが看護学校との仲介にあたることになっていたのだけど、そいつが何やらゴソゴソと廊下で話し合った後、ついに女学生たちが入ってきたのだ。その数は30はいただろうか、3列になって教室の前部に並んでいた。それはまるで雛人形のようで、神々しさゆえに直視できないほどだった。

で、メインの目的である何かの調査みたいなものが僕らの協力の下行われたのだけど、僕はその間中ずっと、今ここで突然時間が止まったら絶対にエロいことするわー、それだったらあの一番カワイイ子のオッパイを揉むことから始めるのだろう。それが普通だ。10人いたら10人ともがそうするはずだ。けれども、僕だったら間違いなくあのチョイブスの子の胸を揉みしだく、揉んで揉んで揉みまくる。カワイイ子はたぶん色々な男の手によって揉まれてるだろうけど、あのちょいブスは誰にも揉まれていないだろう。その、誰も揉んだことのない乳を揉むことに大いなる意義がある、的なことをずっと考えてました。

そして、そんなことを考えていたら調査が終わり、看護学生の代表者的な女子が挨拶する。

「今日はご協力ありがとうございました」

僕らの胸は高鳴った。きっとくる。きっとくるはず。

「今日はバレンタインデーということで、ささやかながら私たちでチョコを用意してきました」

きた!きやがった!ついにきやがった!本気できやがった!

大興奮だった。目論見どおりついにチョコがやってきたのだ。クラスの男子たちはウオー!という、原始人が狩りをするときみたいな声をあげて盛り上がった。女学生たちは各々のカバンをゴソゴソとやりチョコを取り出す。このカバンからチョコを取り出すという事実だけでも、代表者が準備した大量消費のチョコを適当に配るという形態でない事が窺える。つまり、一つ一つ心のこもった彼女たちのチョコだ。

「じゃあ、まずは私から」

看護学生の中で一番カワイイ子が一歩前に出る。手にはかわいらしいパッケージのチョコンとしたチョコ。一体誰がこの一番カワイイ子のチョコを手にするのか。僕らは固唾を飲んで見守った。あんなカワイイ子のチョコを貰えたらどんなに幸せだろう、そう思いながら見守った。

カワイイ彼女はクラスで一番のイケメンにチョコを渡した。迷うことなくイケメンに渡した。いつだってそうだ。世の中ってのはいつもそうだ。カワイイ子、イケメンばかりが得をするようにできていやがる。僕らは夢を見ることすら許されないのだ。どうせイケメンとカワイイ子にしか市民権がないというならば、そいつら同士で無人島にでも行って生活してろよ、なんてことは絶対に思わない。もう、僕らは分かっているのだ。

このような場において、僕らがカワイイ子のチョコを手に出来るわけがない。ちゃんとイケメンに行くようにできているに決まってる。それは差別でもなんでもない、自然の摂理なのだ。僕らは決して恨んだりはしない、それが大いなる自然の意志なのだから。

まあ、どうせ僕に来るチョコは余りもののブスのチョコなんだろうな。たぶん、あの鼻の穴から乳幼児の頭部を吸い込んでそうなブスのチョコが回ってくるんだぜ。そんな気持ちで、顔を真っ赤にして照れるカワイイ子と、まんざらでもないイケメンのやり取りを見守る。クラス中はヒューヒュー!と何故か異様な雰囲気が支配していた。

次々と看護学生がチョコを渡していく。それはさながら受験の合格発表のような雰囲気であった。誰もがブスのチョコだけは嫌だ、どうせ貰うならカワイイ娘のチョコがいい、そんな禍々しいオーラが渦巻いていた。

けれども、前述したとおり、どうせ僕に回ってくるのはブスのやつだぜ、と悟りを開いていた僕は余裕だった。ブスのヤツでもチョコはチョコ、それもバレンタインのチョコだ。

ここでチョコを貰ったら、母さんに報告しよう。反抗期とはいえ随分と母さんに冷たく当たってしまった。僕はちゃんと女の子にチョコをもらえる人間に成長したよ、そういって母さんを安心させてあげよう。そして、小さな鏡を一つ買って、微笑む練習をしてみよう。何度も何度も練習しよう。母さんを安心させてあげるために。

いよいよ残すは、鼻の穴から乳幼児の頭部を吸い込みそうなブスのチョコだけとなった。もちろん、まだ僕は誰にもチョコをもらっていない。他の面々はチョコを手に嬉しそうな顔をしたり、極度にニヒルに表情を固めたりと様々だ。はいはい、わかってましたよ、あのブスのチョコは僕のところに来るんでしょ、分かってますって。立派に受け取って見せるさ、さあ来い。受け取ろうと席を立ちかけたその瞬間だった。

「義理チョコだけど、これ!」

何故かブスほど義理チョコというのを協調して渡したがる。そんどうでもいいとして、なことはブスは俯きながらチョコを差し出した。クラスメイトである鈴木君に。

この時点で僕はとんでもないことに気がついてしまった。なんでこんなことに気がつかなかったんだろう。なんでもっと冷静になれなかったんだろう。やはりチョコのせいで舞い上がっていたに違いない。考えればすぐにわかることなのに。

ウチのクラスは40人のクラスだった。対する看護学生の数は39人。簡単な算数だ。1人あまる。あまるという言い方は適切ではない、1人チョコが貰えない、そう言うべきだった。そして、その1人がどうやら僕になってしまったようだった。

もうどうしていいか分からなくて、消えてなくなりたいとすら思った。今ここでテロリストが仕掛けた爆弾が爆発してもいいとすら思った。とにかく、この針のむしろのような状況が早く終わることを祈った。けれども、神はそれを許さなかった。

「おい、patoにだけチョコがないんだけど」

最後にチョコを手にした勝ち組鈴木が口を開く。彼はおそらく正義感いっぱいにそう指摘したのだろう。けれども、僕としては黙ってろ鈴木って感じだった。ここでその事実を指摘して何になる。それ以上に僕が辱められるだけじゃないか。

「あ、いけない!」

指摘を受けた女学生たちはゴソゴソと相談を始めた。たぶん悪気なんて1ミリもなかったんだろう。単純に人数が合わないことを忘れていたんだろう。そのミスを責めるつもりはない。けれども、そうやって大事のように扱われること自体がさらに僕を苦しめた。晒し者だ。晒し首だ。

あの時、僕はどんな表情をしていたのだろう。右手はどこにあったのだろう。左手はどこに。口は開いていただろうか。開いていたとするならばどんな言葉を発していたのだろう。全てが思い出せない。ただ、人生の中で最もどうしていいのか分からない恥ずかしい時間を過ごしたという事実だけだった。

そして、次に覚えているのが、女学生の代表者的な娘っ子が物凄く気を使って

「ホント、申し訳ありません」

といって、なんのつもりか知らないがさっきまで使っていたボールペンをくれた。

帰り道、そのボールペンを握り締めて泣いた。とにかく泣いた。

家に帰ると、台所のテーブルの上に、小さなチョコが置いてあった。母さんからだ。

「お母さん買っといたから。お母さん体が弱くてごめんね。あなたは優しい子だからいつも感謝してるよ」

「うるせえな!余計なことしやがって!」

泣き顔を見られないように母さんの言葉を背中で聞いた。そして、部屋でそのチョコを食べながらまた泣いた。甘いはずのチョコはなんだかすごくしょっぱかった。

おわり

-----------------------------

さあ、余計な言葉はもういらない。これを読んであなたがどう感じるかだ。ちなみに僕のメールアドレスはpato@numeri.jpです。よろしく。


1/14 サマータイムマシンブルース

いっておくが、2009年だ。

この間、正月三が日に漠然とテレビを見ていたら、かの名作映画「バック・トゥー・ザ・フューチャー」の3部作を連夜放送するという途方もなくやる気十分でやる気茶屋みたいになってる編成の深夜映画をやっていた。

今さらこの映画を解説してもしょうがないのだけど、まあ、早い話が時間旅行の典型的なヤツで、タイムパラドックスを取り入れたドタバタ劇が今なお多くのマニアに語り継がれる不朽の名作だ。正月の気だるくアンニュイな雰囲気の中、それらの三部作を漏らすことなく鑑賞していたのだけど、そこで途方もなくドタマをカチ割られるような事実に直面した。

「バック・トゥー・ザ・フューチャー」は三部作どれもが秀逸な出来であり、さらに一貫したテーマがある。それが題名からも分かるが、「現代に戻る」という点だ。作中では主人公のマーティーが科学者ドクと共にデロリアンというクールな車型タイムマシンで過去へ未来へと旅する。しかし、何らかのトラブルにより現代に帰るのが困難になり、四苦八苦しながら過去の世界から現代へと帰ろうとするのだ。

「ドク!やっと現代に帰れるぜ!」

詳しくセリフを覚えていないが、マーティーがそんなことをのたまいながらデロリアンの時間表示を弄る場面がある。様々なトラブルを解決し、ついに現代へと帰るのだ。もちろん、この時間表示は戻るべき現代の日付を表している。それを見て途方もない事実に驚愕した。

「1985年」

あろうことか、この作品中では1985年が現代として扱われているのだ。いや、そりゃあ古い映画だというのは分かっているし、何もこの映画が最近のものだ、なんて言わないけど、それでもこの「1985年」という表示だけはショックだった。

何度も言うが、今は2009年だ。ちなみに、続編である「バック・トゥー・ザ・フューチャー2」では30年後の未来の世界に行き、宙に浮かぶ車やスケボーやら途方もない未来世界が登場するのだけど、その未来世界が作中では2015年、あと6年だ。とてもじゃないが、あと6年であのような未来がやってくるとは思えない。

1985年といえば、僕は見事に9歳で、おそらく小学校3年生ぐらい。思いっきり鼻水を垂らしてバッタとか捕まえていたはずだ。しょうゆバッタというムチャクチャでかいバッタを捕まえるのに夢中で、あいつら、捕まえると醤油みたいな黒い汁を出す。そんな、野山を駆け巡って日が暮れるまで遊んでいた時代にこんな名作映画が作られていたのだ。

「タイムマシンとは実現可能なのだろうか?」

時代はドラえもん黄金期であり、1年に1回、田舎町の市民会館にやってくる大長編ドラえもんでは妙にいいやつになったジャイアンと、妙に勇気いっぱいになったのび太が大活躍しており、ある意味、僕らにとってタイムマシンとは身近な存在だったのだ。

その当時の子供たちの多くは、心のどこかでタイムマシンなんてものは存在しないと理解はしていたのだけれども、近い将来、絶対にタイムマシンが作られると信じて疑わなかった。今は無理だけど、科学が発展した近い未来では絶対にタイムマシンは存在する。それが当時の子供たちの見解だった。

「俺は2000年にはタイムマシンできると思うぜ」

クラスのやんちゃ坊主、谷川君が言ったセリフが今でも忘れられない。何の根拠があるか知らないが、谷川君は2000年にタイムマシンが出来ると言い張った。たぶん、谷川君はバカだったから、2000という響きに途方もない未来を垣間見たんだと思う。

そんな「谷川2000年タイムマシン説」に真っ向から反論する男がいた。クラスの秀才として持て囃されている田上君だった。田上君は塾に行き、その上で進研ゼミまでやってる途方もない秀才だった。彼が言うにはこうだ。

「2000年たってあと15年だぜ、そんなに早くできるわけがない。少なくとも2010年くらいまではかかる」

タイムマシンは2000年とする谷川派と2010年とする田上派、クラスを二分する言い争いは帰りの会での論争を経て学級会の議題にまで発展した。今は1985年、2000年といっても15年しかない、その間にタイムマシンが出来るだろうか。いやいや、科学技術の発展は目覚しい、きっと2000年の未来の世界に道なんかない。車は宙に浮き、人々はチューブの中を歩き、タイムマシンだって実現してるはずさ。今思うとそんなどうでもいいことを熱く語っていた。

そんな中にあっても僕は、しょうゆバッタのことしか考えられなかった。

「おい、お前はどっち派なんだよ?2000年派か?2010年派か?」

今でも覚えている。谷川君は一人でも2000年派を主張する仲間が欲しかった。仲間を募り、数の暴力でクラスを2000年派に染め上げたかったのだ。そして、どちらともつかない僕に詰め寄った。

さすがの僕も、その谷川君の圧倒的迫力に、いくらなんでも「しょうゆバッタ派」と答えるわけにもいかなかった。けれども、2000年にタイムマシンが出来るとも思わない。かといって2010年と答えれば谷川による圧倒的糾弾に晒されることになるだろう。気の弱かった僕は迷った。迷って迷ってさんざ困った僕は、2000年派も2010年派も納得する妥協案を提案した。

「2009年にできると思うよ」

2000年では早すぎる、かといって2010年派ではない、そんな思いから2009年案を提案した。これがまずかった。

「あっそ、じゃあお前は2009年派な」

こうして、2000年派にも2010年派に属することも出来ず、一人2009年派という訳の分からない派閥を作られてしまい、寂しい少年期をすごしたものだった。

あの日、一人2009年派に属してしまい、遠足の班分けでも誰とも班になれなかった忌々しい記憶、封印されていた記憶が年が明け、たびたび2009年という言葉の響きをことで呼び起こされた。ただ、僕はしょうゆバッタのことを考えていただけなのに、タイムマシンなんてどうでもよかったのに、なんで2009年にできるなんて言ってしまったのだろうか。

「もう2009年か。結局タイムマシンはできなかったな」

32歳となり、加齢臭を撒き散らしながらpatoは呟いた。僕はしょうゆバッタさえ捕れればそれで良かった。タイムマシンなんてどうでも良かった。なのになんで2009年なんて言ってしまったのだろう。なんで、遠足の弁当を担任の先生と食べたのだろう。

カチカチとパソコンに向かい、インターネット上をウェブサーフィンする。あの当時、インターネットみたいな便利なものが出来上がり、ここまで爆発的に普及するとは夢にも思っていなかった。思えば、僕らが思い描いていた途方もない未来世界ではないけど、2009年現在、こうやって身の回りの物は格段に便利に発展している。それを思うとやはり未来世界はきているのだ。タイムマシンはできていないけど、未来世界は来ているのだ。

ふと、とあるページにアクセスする。そこはInternet web archiveと呼ばれるページで、全世界のウェブページをずっとアーカイブ化して保存しているページだ。懐かしいあのページもURLさえ覚えていたら瞬時に見ることが出来る素晴らしいページだ。

そこで、僕は過去の「Numeri」を見たりして、このバカ、日記に何書いてるんだ、と独りで憤ったりしていたのだけど、ふいに思い立ってあるページを探し始めた。

賢明な閲覧者の方ならご存知かもしれないが、このNumeriを書いているpatoは、もちろん、このNumeriの開設日である2001年10月22日から絶えることなく日記を書き続けている。では、それ以前はなにをやっていたのか。実はしっかりと文章を書いていた。しっかりと、インターネット上で文章を書き、それを発信していたのだ。

それがこれだ!

http://web.archive.org/web/20010823033541/www.melonpan.net/melonpa/mag-detail.php?mag_id=000940

見れない人のためにソースをそのまま引用しますと、

ID 000940: 思ひ出ぽろぽろ
カテゴリ 発行周期 発行回数 読者数 最終発行日時
エッセイ
ノンフィクション
週1,2回程度
16
78人
2001/08/20 21:30
説明
過去の思い出や、ふと思ったことなどを綴るメルマガ。泣いたり笑ったり、ほろ苦かったりと心の琴線に触れるメルマガを目指しています。

読む背景
私の心の扉をノックしてくれる言葉を届けてね。/忘れちゃった昔のこと、思い出してみたい。
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ありません
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このメルマガの読者推薦文 (2件あります)

■キラーワードがあります
過去ログ全て読ませて頂きました。独特の文章でテンポよく面白い過去の思い出を語っていて、どの話もとても面白かったです。中でもひとつの話の中に必ず私の心に突き刺さるような表現が含まれていて、サーーカーでいうキラーパスのような「キラーワード」があって、ただ面白いだけじゃないんだなーと感心してしまいました。お勧めです♪(佐和子)

■メルマガナビ★オススメ
確かに「思い出ぽろぽろ」的なところはありますが、「ちびまる子ちゃん」といった雰囲気も多々感じられます。洗練されているとは少し言い難いでも、独特で味のある文体で、誰もがいつかどこかで経験したような懐かしくかったり、切なかったりする思い出を綴っています。(メルマガナビ☆たかぎ-MNE)

こんな感じ。

これは、確か2000年から2001年にかけて発行していたメルマガで、「めろんぱん」と呼ばれるメルマガサイトを利用して週に1度か2度くらい、今の日記みたいなものを発行していた。

現在のNumeriと決定的に異なるのは、Numeriは読みに来ないと読めないのに対して、このメルマガは読む気がなくても登録していたら勝手に送られてくる、という点で非常にありがた迷惑だ。

また、メルマガの名前がダサくて、「思ひ出ぽろぽろ」だから、なんか、お母さんが買ってきた服並みのダサさがある。このタイトルだけで顔から火が出るほど恥ずかしく、ご飯3杯はいける。

もう恥ずかしくてやめたい気分なんですけど、グッと堪えて詳細を読み進めていきます。

カテゴリ エッセイ、ノンフィクション

何を思ってこのジャンルを選択したのか理解に苦しむのですが、たぶん過去の思い出話を書くからこのジャンルだろ、的にすごくいい加減に決めたんだろうと思います。

発行周期 週1,2回程度

メールマガジンを週に1回もしくは2回送りつけようっていうんですから豪気な話です。そんなに頻繁に来たらうざったくて仕方がない。

発行回数 16回

意気込んで始めた割には16回で力尽きています。きりのいい15回でも20回でもありません。中途半端な16回。ああ、途中で飽きたんだろうな、と手に取るように分かります。

読者数 78人

78人も読んでいたことに驚きです。そんなに人が読むようなメルマガではなかったはずだ。

最終発行日時 2001/08/20 21:30

Numeriを開設する2か月前に止めています。やっぱり飽きたんでしょう。

とまあ、こんな諸データーはどうでもいいとして、問題は説明文です。2001年当時の僕はこのメルマガにどのような説明文を書いていたのか。

説明
過去の思い出や、ふと思ったことなどを綴るメルマガ。泣いたり笑ったり、ほろ苦かったりと心の琴線に触れるメルマガを目指しています。

この説明文自体、何言ってんだこのバカって感じなんですが、注目すべきは「心の琴線に触れる」という部分です。ここは大切なキーワードになりますのでしっかりと覚えておいてください。

さて、ここまで解説してくると当然ながらそのメルマガの内容が気になってくるのですが、残念ながらWeb archiveにはメルマガの内容を示す痕跡は見つかりませんでした。しかしながら、手元にはこのメルマガ発行当時に使っていた下書き帳みたいなメモファイルがあります。この下書きを元に当時のメルマガの内容を再現してみます。

さあ、当時の僕は、メルマガで皆に何を伝えていたのか。以下が当時の僕が目指していた「心の琴線に触れる」メルマガだ!

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部活

高校生の頃、ある部活に入っていた。その部活は非常に練習熱心で、夏休みや冬休みなどの長期休暇となると必ずと言っていいほど合宿が組まれ、連日連夜泊り込みで地獄の練習が展開されていた。

普段の練習の辛さを1とすると、合宿の辛さは3くらいで、僕はとにかくこの合宿が嫌いだった。できることなら主将などを鋭利な刃物で刺殺してしまいたい、そう思いつめるほどに合宿が嫌いだった。

過酷な練習、まずい食事、先輩の世話で自由のない夜、それら全てが嫌だったけど、それよりなにより嫌なのが就寝時間だった。何をどうトチ狂ったらそんな宿泊プランを立てられるのか検討もつかないけど、なぜか30畳くらいの大広間に部員全員が眠るという途方もない合宿がそこにはあった。

僕のような、温室で、まるで皇族のように高貴に育てられた人間からすると、そんな大勢で寝るというのがまずあり得ない。おまけに布団とかも汚く、さらには眠りに付くと先輩のイビキだ。活火山のマグマを髣髴とさせるそれは僕の安眠を奪っていた。

合宿では、今時老人でももっと夜更かしするのだけど、夜9時ともなれば就寝だった。クソ早い時間に大広間の電気が消され、皆が一斉に眠りにつく、昼間一生懸命練習している疲れから、グッスリと眠るのだ。

けれども、そもそもそんなに頑張って練習していない僕は眠れない。全く眠れない。ギンギンに目が冴えて眠れない。なのに大広間は真っ暗、少しでも物音を立てると先輩に怒られる。本当に地獄だった。

暗闇の中、ポツリと独り取り残されたような感覚に襲われながら物思いに耽る。あちらこちらからは早くも寝息が聞こえ、掘削機のような先輩のイビキも聞こえ始めた。

また今日も眠れそうにない。ここまでナイーブな自分が憎い。もっと豪胆に生きられたらどんなに楽だろうか。そんなことを考えながら闇を見つめていると、ウンコがしたくなってきた。

さあ、こうなると大変だ。普通に考えるとウンコに行きたいならば行けばいい。けれども、こおで起きだしてトイレに行くなんてことは大いなる愚行だ。必ずや誰かの眠りを妨げることだろう。それは先輩の怒りすら買いかねないのだ。

けれども、ここでウンコ我慢して漏らしてしまっては元も子もないので、なんとか物音を立てぬように布団から抜け出し、極めてサイレントにトイレへと向かうことにした。

大広間からロビーに出る。ロビーは夏なのにヒンヤリと冷たかった。向かい側の突き当たりにあるトイレ目指し、ヒタヒタと、そういった種類の妖怪のようにユックリと暗いロビーを抜ける。火災警報器の赤いランプが毒々しく、無性にドキドキした心臓の鼓動が腸内のウンコを刺激した。

ついにトイレに到着。安っぽいトイレのドアを押し開け、電灯をつけた。電灯はカチカチと数回瞬いた後に点灯、あまりの眩しさに目が潰れそうになった。それと同時に禍々しきオーラを感じた。

「何かいる!」

ただならぬ存在を感じた。このトイレは左側に大便ブースが3つ並び、右側に小便コーナーがあるのだが、左側、それも手前側のブースからただならぬ気配を感じた。

「まさか…」

恐る恐る大便ブースを覗き込む。そこには持ち主の分からぬ大便が堂々と、まさしく威風堂々といった風格で鎮座しておられた。

「だれがこんなことを!」

真夜中のトイレで叫んだ。そのウンコはどういった種類の人間が産み落としたのか疑問に思いたくなるほど巨大で大量だった。バナナに例えると4本はあった。その4本が綺麗に濃い茶色から薄い茶色にグラデーションしていた。

いやー、自分のウンコって結構平気なんですけど、どうしてああも他人のウンコって不快なんでしょうね。とにかく、その匂いや圧倒的存在感がとにかく不快で、いち早く見なかったことにして隣のブースに駆け込んでウンコしたかったんですけど、そこで途方もない事実に気がついてしまったんです。

「これ、僕のせいにされないか?」

この巨大なウンコを誰がしたのか知りません。知ろうとも思いません。きっと、このまま朝になれば大騒ぎになるでしょう。誰がウンコ流さなかったんだ。たぶん、便器に薄っすら溜まっている水も朝になればウンコが溶け出してきていて茶色い水になっているでしょう。不快感倍増。そうなるとね、夜中にトイレ行ったのは僕だってことになるじゃないですか。誰にも気づかれないようにやってきたつもりでしたけど、それでも目覚めた人がいるかもしれない。その人に証言されたら一発で犯人です。

「なんでこんなことを」

大量のウンコをして流さなかった犯人にされては適いません。自分のウンコを終えるとすぐに、その大量のウンコの掃除にあたりました。世の中って結構世知辛くて、色々と辛い事が多いんですけど、それでも真夜中に他人のウンコを掃除ほど辛いことはないんじゃってレベルで悲しかったです。

なんとかウンコも掃除も終わり、またもや音もなく大広間にもどって布団に潜り込みます。眠りにつこうとなんとか目を瞑ります。そのうちウトウトしてきて、寝てるんだか起きてるんだか分からない状態に。どれくらい時間が経ったでしょうか、ふと気がつくとまたウンコがしたくなりました。

僕は特異体質なのかもしれないんですけど、ウンコ1回で終わらないんです。常に何回かに分けてウンコをする。こう、小分けにしてウンコ出す修正があるんです。そんな僕から見ると、一度のウンコで全部出せる人が信じられないんですけど、まあ、とにかくウンコしたくなったので我慢するわけにはいかないじゃないですか。そんなこんなで、またもや忍び足でトイレにいったんです。

それにしてもさっきは災難だった。何の因果で人のウンコを掃除しなきゃいけないんだ。なんて考えながらトイレのドアを開け、明かりをつけた瞬間ですよ。

「なにかいる……」

まさか、そんなことはありえない。あってはならぬのだ。ビクビクしながら先ほどの大便ブースを覗き込みました。

「いやがった!」

信じられない。またもや便器には、これが親戚の子供だったら随分誇らしい気分にさせてくれそうなレベルの立派なウンコが。さっきと同量のウンコが神々しいまでの異彩を放って便器に鎮座しておられる。おまけに今度はちょっと便器からはみ出してやがる。

もうどうしていいのか分からなくなっちゃいましてね。それでも僕が犯人に仕立て上げられるのは嫌なので、またもや掃除しましたよ。はみ出したヤツまで丁寧に綺麗にしました。世の中にこれほどムカつくことってあるんだろうかって考えながら一心不乱に掃除しました。

さて、これでやっと眠れる。布団にもどり、またウツラウツラ、やっと眠りに落ちたかと思ったのですが、またもや眠りから覚めてしまったのです。そう、三度目のウンコがしたくなった。

今度こそ最後のウンコにしたい。やっと眠りにつけたのにウンコのたびに目が覚めていたのではやりきれない。寝不足で明日の練習にも差し支えるだろう。そんな心配とは別にもう一つ心配事がありました。

まさか、またアレがあるわけがない。

まさかね、そんなわけあるまい。もしあったとしたらそれはもう自然現象ではない。怪奇現象だ。あってはならぬ、そのようなこと、絶対にあってはならぬのだ。

断固たる決意でトイレのドアを開けました。

ありました。

もうどうしていいのかわからない。一体誰が、何の目的で、同一犯の犯行なら人間が1日に出せるウンコの量を遥かに超えてやがる、もう、そんなことどうでもいい。そこにウンコがある、それだけだ。全身の力が抜け、掃除する気力がなかった僕は、そのウンコの上にウンコしておきました。

朝、やっぱり夜中にウンコ行ったのはお前だって感じで先輩に怒られ、やっぱり掃除させられましたが、ウンコの上にウンコしたその上に更にウンコがありました。

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どうですか。誰も言わないでしょうから自分で言いますけど、「で?」って感じですよね。僕はこれをメールマガジンで76人に配信して何がしたかったんでしょうか。2001年当時の自分をぶん殴りたい気分です。これをメールで配信するんですから、もはやテロですよ、メルマガテロ。

それよりなにより、「心の琴線に触れるメルマガを目指してます!」が聞いて呆れる。ウンコで琴線に触れるか。ウンコでホリロと泣ける女がいるなら連れて来い。

とまあ、言いたいことは山ほどあるのですが、それより重要なのが、またメルマガの詳細情報に戻るのですが、注目すべきは「このメルマガの読者推薦文 (2件あります)」の欄です。

このメロンパンというメルマガサービスの特徴は、確か読者が推薦文を書けるという部分にあったように思います。つまり読者の方が、自分が面白い!と思った文章をお勧めできるわけなんです。

ということで、この文字通りウンコなメルマガに推薦文が2本ついていたことに驚きを隠せないのですが、落ち着いてその推薦文を読んでみましょう。

■メルマガナビ★オススメ
確かに「思い出ぽろぽろ」的なところはありますが、「ちびまる子ちゃん」といった雰囲気も多々感じられます。洗練されているとは少し言い難いでも、独特で味のある文体で、誰もがいつかどこかで経験したような懐かしくかったり、切なかったりする思い出を綴っています。(メルマガナビ☆たかぎ-MNE)

あんなウンコなメルマガなのに推薦文を書いてくれてありがとう、と一瞬感謝したのですが、よくよく考えたらこれはめろんぱん運営サイドが書いた推薦文でした。たぶん、1つも推薦文がつかないのは寂しかろう、という配慮からか、運営サイドが片っ端から推薦文をつけてまわってたんですね。

そういう気持ちで読み返してみると、こう誉めるところが全くないのに苦労して誉める言葉を書いてる、みたいなメルマガナビ☆たかぎ-MNEさんの苦悩が手に取るように分かります。

それでも、そういった運営サイドの出来レース的な推薦文じゃなくて、もう1個純粋な読者の推薦文がついてるじゃないか!まだまだ捨てたもんじゃねえな!と読み進めると

■キラーワードがあります 過去ログ全て読ませて頂きました。独特の文章でテンポよく面白い過去の思い出を語っていて、どの話もとても面白かったです。中でもひとつの話の中に必ず私の心に突き刺さるような表現が含まれていて、サーーカーでいうキラーパスのような「キラーワード」があって、ただ面白いだけじゃないんだなーと感心してしまいました。お勧めです♪(佐和子)

おいおい、佐和子、わかってんじゃねえか、こうも僕が目指していた部分をズバリと指摘されて推薦文書かれると心がくすぐったい感じがするのですが、何にせよ、佐和子さんの心の琴線に触れたみたいで狙い通り。ウンコの何が触れたのか分からないけど、ここまで僕の考えを理解して推薦文を書いてくれるなんて凄い。佐和子すごい。まるで自分が書いたかのような的確な狙い通りの推薦文だ!と感心したのですが、うん、今思い出した。

これ書いたの自分だわ。

確か、読者数が4人とかで伸び止まって、仕方ないから自分で別IDとって自分で推薦文書いたんだわ。そしたらその推薦文に騙されて読者数が伸びてなー。メルマガ、ちょろいぜ、とか思ったんだった。

死ね、2001年の自分死ね。何が佐和子だ、何がキラーワードだ。おまけにサッカーって書こうとしてサーーカーとかタイプミスしてるし、音符マークまで使いやがって、死ね、過去の自分死ね。死なないまでも、タイムマシンで過去に、ウチの親父と母さんが出会うところまでタイムトリップして僕が生まれないようにしたい気分だわ。

ちなみに、衝撃だったのは、この問題のメルマガなんですが、第一号の下書きを見たら、冒頭で「日本一のメルマガ目指します」とかいきがったこと書いてやがりました。それはまだ若気の至りで許せる、日本一のメルマガ目指しながら16号まで出したところで飽きて止めたのも許せる。それより何より許せないのが、メルマガ本文とは別に近況報告みたいな欄を作っていたのですが、そこでどういった種類のアピールか知らないですけど、「今日は仕事が忙しかったです」「僕がいないと仕事が回らないから」みたいな微妙にカッコイイ嘘ばかり書いていたことです。お前は何がしたいんだ。で、一番許せなかったウソ近況報告が、以下の文章。

「今日、女の子に告白されたけど断わりました」

ドク!こいつすごい嘘ついてるよ!もう許せない!本当に許せない。許せない以上に死ぬほど恥ずかしい。マジで2001年の僕は死んで欲しい。

何気に過去の恥ずかしい行いをインターネットで掘り起こし、こりゃ寝る前とかに布団の中で思い出して恥ずかしい思いで意味もなく叫んじゃう事態になりますな、と思ったものでした。インターネットってのは恐ろしい、過去のこと全てが記録され、それを見るたびにそこにトリップして死ぬほど恥ずかしい思いをするのだから。

インターネットはタイムマシーンだ。いつだって過去のあの頃に戻ることができる。タイムマシーンが発明されるのは2000年でも、2010年でも、ましてや2009年でもなかった、インターネットの基礎ができ始めた1985年にはもうできていたのだ。

いつだって、過去に戻って恥ずかしい自分に戻れるインターネットというタイムマシン。じゃあ未来にはいけないのかって?インターネットの未来はきっと僕らの手の中にあるんだ。未来には道なんて存在しない、自分たちで作っていくんだ。


1/6 日曜日よりの使者

仕事に行きたくない。仕事に行きたくない。仕事に行きたくない。

冒頭から3度も繰り返してしまうほどpatoは仕事に行きたくなかった。激動の2008年が終わり、2009年が明けた、正月休みを満喫し、食べては眠り食べては眠りの生活を続けていた僕は一生この時間が続けばいいと心のどこかで願っていた。

仕事になんか行きたくない。その思いは確固たるものだった。いや断固たるものだった。できることなら仕事になんて行きたくない、そんな思いで現実逃避すべく、テレビばかりをみていた。

テレビの中のニュースでは、この大不況のあおりで派遣切りに遭い年を越せなくなった人々が集った年越し派遣村のことをセンセーショナルに報じている。この人たちは仕事もなければお金もない、住む所もなくて明日もない、それを考えると仕事があるのに行きたくないなどと駄々をこねる事がいかにワガママなものなのか痛感する。

派遣村が大変なことになってるのに仕事行きたくないなんて贅沢!なんて言葉が聞こえてくるようだが、それは例えば、「おはズボッ!」っていう名作エロビデオシリーズがあって、これがまあ、女優さんを撮影場所まで連れて行くんだけど、そこにはもうギンギンになってた男優さんが仁王のように待ち構えていて、到着と同時に襲い掛かるっていう趣旨の、「おはよう」と「ズボッ!」が同時だよ、という作品で、困惑する女優さんが「やだ!?なになに!?」と言いつつ快楽に身を委ねていく過程が確かに抜ける逸品なのだけど、そんな名作シリーズであっても抜けないナンバーってのは確かにあって、現場に到着する女優さんを素っ裸の男優さんが襲うんだけど、どうも女優さんが豪胆な肝の据わった性格らしく、不動明王の如く微動だにしない、なんてこのシリーズの持ち味を全て殺したナンバーに出会うことがある。それを見つつ、なんだこりゃ、抜けないな、と思ってる僕に、世の中にはエロビデオ見られない人だって沢山いるんだよ!アフリカの人なんて見られないんだよ!それなのに抜けないとか言うなんて贅沢だ!と顔を真っ赤にして怒るようなもので、そんなもん関係ない、抜けないものは抜けない。

世の中ってのは全てにおいてそうで、平等ではない。アフリカの人がクロサイを見てオナニーしていようが、抜けないエロビデオは抜けない。絶対に話が別だ。それと同じで僕の仕事行きたくないという気持ちはもっと純粋でピュアな、何の混じり気もない無垢なものだ。そこに打算なんてものは存在しない。ただ単純に仕事に行きたくない、それだけなのだ。

「はあ、明日から仕事始めか、憂鬱だな」

本来、仕事始めとは断固たる決意と共に迎えるべきだ。1年の始まりであるこの日は去年までの思いを捨て去り、また新たに頑張るという気概と共に始まらなければならない。まさしく幕開けだ。けれども、どうしてもそういう気にはなれない。どうしても仕事に行きたくないのだ。

憂鬱な思いを抱えながらダージリンティーを飲み、ロッキングチェアーを揺らしながら葉巻を吹かす。今はこうやってお気に入りのをクラシックに身を委ねながら現実逃避していたい、そんな気分だった。

「それでも、やっぱり仕事に行かなきゃいけないよな」

当然のことながら、仕事に行かなければ飯も食えなければ住む所も失ってしまう、この優雅な時間すらも失ってしまうだろう。どんなに行きたくないと思っていても行かなければならない、それが仕事なのだ。なんとも禍々しいものだ。

「ああ、どうしよう、本当に行きたくないよ」

中空に向かって独り言を発し、ロッキングチェアーを揺らす。するとどこからともなく声が聞こえた。

「そんなに行きたくないなら行かなくていいよ」

あまりに懐かしい声に一瞬、ロッキングチェアーごと倒れそうになる。その声はあまりに懐かしい声だった。

「まさか、メルルか!?」

ちょうど1年前、今と同じように2008年の幕開けと共に訪れた仕事始めの前日だった。あまりに仕事に行きたくない気持ちが爆発した僕は、妖精の声を耳にした。妖精の名はメルル。お暇な方は1年前の日記を閲覧して欲しい。

妖精の声に従って出勤し、いつのまにか不思議な湖に辿りついた僕は、そこが仕事をしなくてもいい楽園であることを知る。そこでは人々が自由に働くことなく過ごしていた。そこで出会ったメルルは、世の中の人々の「仕事行きたくない」という自堕落な気持ちが産み出した妖精であり、その世界の案内人的な役割であった。

楽園のように思えたその場所も、「仕事の鬼」と呼ばれる恐ろしい鬼の支配に怯えており、仕事をしなくてもいいという自由の見返りとして何も望んではいけないという決まりを重んじていた住民は、死んだ魚のような目をして生きていた。そう、例え恋人が「仕事の鬼」に連れされれようとも助けてはいけない。何も望んではいけないのだ。

それはおかしいと奮起した僕は、何も望んではいけない世界で希望を燃やして鬼と戦うことを決意する。それは、無気力な住人たちに生きる希望、望む自由、そしてそれと引き換えに仕事をしなければならないことを再確認させた。鬼との死闘は凄まじく、鬼の断末魔の悲鳴と共にメルルは息絶え、僕らは現実世界へと戻ってきたのだった。

「メルル?生きていたのか?」

中空に問いかけたが返事はなかった。たぶん空耳だったのだろう。一年前と同じく仕事始めに生きたくない気持ちがありもしない声を聞かせたのだろう。こりゃ重症だなと慮りながらもその日は眠りについた。

次の日。仕事始めの朝だ。憂鬱な気持ちで目覚めると、仕事に行きたくない気持ちがそうさせたのか、遅刻ギリギリだった。一瞬、このままノロウィルスにでもかかったことにしてズル休みをしてやろうと思ったが、今日やってしまうと1年間ずっとズル休みしそうでそら恐ろしくなり、重い足取りながらも職場へと、仕事へと向かった。

それにしても、昨日の憂鬱というか、仕事に行きたくない気持ちは相当なものだった。どうしてこうも仕事始めの日は毎年毎年行きたくなくなるのか。ハンドルを握りながらボンヤリと考える。すると、また声が聞こえた。

「お願い!助けて!」

また空耳だ。確かに昨日の夜は憂鬱だった。けれども、もうそれを乗り越えて職場へと向かって出勤してるのだ。もういないはずのメルルの声など聞こえるはずがない。聞こえるはずがないのだ。

そう自分に言い聞かせながら職場へと向かう。職場に近付き、赤信号で停車する。この交差点を右に曲がれば我が職場だ。

「そういえば、去年はここで左に、職場とは反対方向に曲がったら不思議な場所に出たんだよな」

そう、去年はここで逆に曲がったため、メルルと出会い、仕事の鬼と戦うことになった。時計を見ると遅刻ギリギリだ。それでも「まさか」という想いがハンドルを左に切らせた。そう、職場とは逆、またあの世界にいけるのかもしれない。

想いとは裏腹に、左に曲がるとそこはありふれた日常の街並みだった。やはりもうあの世界は存在しないのだ。ましてやメルルなど存在しない。そう思うとなんだか少し寂しく思えた。

「あーあ、バカなことしちゃったから遅刻確定だよ。仕事始めからこれだぜ」

さらに憂鬱になる材料を自ら増やし、仕方ないのでUターンしようとしたその瞬間だった。

「うわっ!」

一瞬にして車の周りを深い霧が覆った。一年前と同じ、あの霧だ。まさかとは思いつつもUターンをやめ、車を直進させる。すると、サッと霧が晴れ、目の前に大きな湖が現れた。

「これは1年前の……」

僕はこの不思議な光景を一年前に見ていた。ここは住宅地であるはずなのにそんなの別世界と言わんばかりの大きな湖に深い森、その雰囲気はただただ異様であった。

ここは仕事をしたくない人間が、その想いが爆発した時に導かれる不思議な湖。人々は仕事をせずに自由気ままに生きている。そんな世界であるはずだった。けれども、なにやら様子が違う。明らかに1年前とは様子が違うのだ。

1年前は、湖のほとりに大勢の人がいたはずだ。男が昼寝し、アベックが愛を語らう、そんな静かな時間が流れていた。けれども、目の前には全く別の光景が広がっている。誰もいないのだ。そう、人っ子一人、気配すら感じられないのだ。

それどころか、湖周辺の自然は荒れ、木々は傷つき、澄んだ色であったはずの湖は深い茶色に濁っていた。そして、森へと続く道には土を盛り上げて作った塹壕のような、砦のようなものが築かれていた。

「一体何があったんだ……?」

ふと落ちていた棒切れを拾う、すると、向こうの茂みがガサガサと動いた。警戒した僕は棒切れを手に身構え、大きな声で叫んだ。

「誰だ!?」

その声に反応して、茂みからは貧相な青年が、とぼけた顔で飛び出してきた。

「まてまて、俺は敵じゃない」

両手を挙げて敵対心がない事をアピールする青年。ようやくこの世界に来て出会えた人間だった。

「俺の名前は井上、イノとでも呼んでくれ」

イノはそう自己紹介した。続けて僕も、同じように自己紹介し、気になる部分を質問した。

「実は僕はこの世界に来るのは2度目だ。けれどもこの変わりようはなんだ、なにかあったのかい?」

イノはその質問を聞くと、近くの岩に腰掛け、落ち着いて話し始めた。

「バランスの崩壊さ」

イノの話によるとこうだ。1年前、この世界の住人による仕事の鬼への反乱ののち、世の人々の尽きることのない仕事への欲求は再度「仕事の鬼」を復活させた。同じように、仕事に疲れた人間も次々とこの世界へと誘われてくる。それがこの世界で言うところのバランスが取れた状態らしい。仕事の鬼が存在し、仕事に疲れた人々を脅かす、それが均衡なのだ。

けれども一つだけ復活しないものがあった。それがこの世界の案内人、メルルだ。1年前の反乱で同時に命を落としたメルルだけは復活する事がなかった。それがバランスの崩壊をもたらしたのだ。

「メルルの役割はなんだったかわかるかい?」

「案内人だろ」

「それもあるけど、実はもう一つあるんだ」

それはこの世界の不文律を教えることだった。この世界では働かなくてもいい、けれども、それと同時に何も望んではいけないのだ。言うなればこの世界は監獄だ。無気力に生きる人々を幽閉する監獄に過ぎないのだ。それを住人に分からせ、それでも望むという人間は元の世界へと送り返す、それがメルルの仕事だった。

イノはさらに続ける。昨年の10月以降、現実世界でなにがあったか知らないが多くの人間がこの世界へと導かれてきた。多くの人間が最初こそは何も望まず過ごしてきたが、次第に望むようになった。良い待遇を、良い住まいを、良い食料を、彼らは働かず、望むことだけを続けた。元の世界へもどす案内人も存在せず、彼らは好きなように望み続けたのだ。結果、バランスの崩壊が起こった。

「ここにいた人間たちは決起し、湖の向こう岸にある仕事の鬼の居城を襲った。そして、鬼を追い出し、城を我が物顔で占拠しているのだという」

鬼は倒されるのが仕事なのだという。この世界に誘われた無気力な人間を、自分が倒されることで気力を取り戻させ、元の世界へと返す。はなからそのための存在なのだという。一年前、僕が鬼を倒して元の世界に戻ったのも正しくそれなのだ。けれども、今、城を占拠している人間たちは鬼を倒しても元の世界に戻ろうとしない。働かず、望むだけ望む事ができる子の世界の自由を謳歌しているのだ。

「これ以上、この世界の法則が乱れるとまずい」

イノは深刻な顔で言う。この世界は、バランスによって成り立っている危うい世界だ。これ以上、法則が乱れたまま存在し続けると、この世界が消し飛び、中に居る人間の存在ごと消え去るだろう。そして、現実世界で仕事に疲れた人間は行き場をなくしてしまう。その思いは別の形で爆発し、自殺者、心中の増加、犯罪の増加などなど、この世界のバランスの崩壊が現実世界のバランスすらも崩壊させてしまうのだ。

「なんとかしてこの世界のバランスを取り戻さなければならない、手伝ってくれるか?」

おそらく、またこうやってこの世界へと導かれたのは、確かに仕事をしたくない気持ちもあったのだろう、けれどもそれ以上に使命のようなものを感じずにはいられなかった。この世界の秩序を取り戻すため、亡きメルルの意志が再び僕をこの世界へと誘ったのかもしれない。

「具体的にはなにをすればいい?」

僕はイノとガッシリと握手をした。

「まずは湖の向こう、人間たちが占拠している鬼の城に向かおう」

湖をぐるっと回る形で鬼の城へと向かった。

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「なあ、イノ、イノはどうしてこの世界へ?」

湖畔を走りながらイノに話しかける。イノは振り返らず、真っ直ぐ前を見つめながら問いかけに答えた。

「それも自然の成り行き、バランスさ。俺がこの世界にいることはこの世界のバランスのために必要なんだろう」

なんだか良く分からなかった。けれども、この世界のバランスを取り戻すために再び呼び戻された僕のような理由なのかもしれない。

「ついたぞ、あそこだ!」

視線の遥か先に小さく岩で出来た城が見える。まさに鬼の居城といった風情の城だ。けれども、実際には人間の手によって占拠されている。追い出された鬼はどうなったのだろうか、そのまま死んでしまったのだろうか、そんなことを考えている間にイノは素早い身のこなしで岩陰に身を隠しながら徐々に城へと近付いていく。

四苦八苦しながらイノの後ろについていくと、前方に砦が見えた。おそらく城を守るための砦だろう。砦の上には2人の青年がキョロキョロと周囲を見渡していた。

「見張り役らしいな」

「どうする?」

「考えがある、こっちだ、ついてこい」

イノはそう言って促すと、素早い身のこなしで洞穴へと誘った。

「秘密の通路だ。まあ、城には付き物の秘密の抜け穴ってところかな。これを使えば一気に城までいけるぜ」

洞穴の中はヒンヤリ冷たく、真っ暗で1歩先を行くイノの姿も見えないほどだった。

「なあ、城までいってどうするんだ?どうやってこの世界のバランスを取り戻すんだ?」

暗闇に向かって問いかける。しばらくして暗闇から返答が戻ってきた。

「城の地下には現実世界の「仕事したくない」という多くの人の想いが供給されるバルブがある。その想いがこの世界に供給されるからバランスが保てるわけだ。今、人間どもはそのバルブを閉じてしまっている。この世界に秩序が戻れば困るからな。それを全開にしてやればすむ話さ」

なるほど。ここしばらくは現実世界の「仕事したくない」という気持ちはこの世界に供給されていなかったってわけか。

「現実世界で行き場のない想いは既に色々な場所で歪みを引き起こしているはず。バルブを開くことはこの世界のバランスどころか現実世界のバランスも取り戻すことになる」

それにしてもイノはこの世界のことに詳しい、詳しすぎる。どうしてこんなにも詳しいのか検討もつかないが、とにかく今はこの男に従うしかない、この世界を、いいや現実世界をも救うのだ。

「さあ、人間という名の鬼と決着だ」

イノの言葉と共に、目の前に四角形の光が見えた。眩く光を放つその四角形は出口だ。あの先は鬼の城であり、欲望の塊と化した人間たちが占拠している。その監視の目をかいくぐって、仕事をしたくない気持ちのバルブを開かなければならない。

「洞穴を出たら一直線に真っ直ぐでバルブだ、一気に駆け抜けるぞ」

イノは一目散に走り出す。僕も慌ててその後へと続いた。パシャパシャと水溜りの水が跳ね上がる音が洞穴内に響く。

「いくぞ!」

イノの姿が四角い光の中に吸い込まれる。ほどなくして目の前が真っ白になり眩しい光に一瞬、視界を失う。それでも一気にバルブに向かって闇雲に駆け抜けた。

「あったぞ、バルブだ!」

イノの声が聞こえる。ようやく眩しさに馴れ視界が開ける。目の前にはバルブが存在し、その左右に伸びる10メートルはあろうかというパイプは半透明で、左側のパイプの中にだけ悶々とした何かが蠢いていた。

「あれが仕事をしたくないという気持ち?」

「ああそうだ、見ろ、バルブを閉めているから右側に流れていない」

気持ち悪かった。パイプの中に蠢くその気体のような得体の知れない何かは気持ち悪く蠢き、見ているだけで気分が悪くなるものだった。

「さあ、バルブを開くぞ、手伝ってくれ」

太いパイプにおあつらえむきの特大ハンドルの片方を手にするイノ、促されるままにハンドルのもう片方に手をかけた瞬間だった。

「そこまでだ」

入り口には銃を持った人間が、30人はいるだろうか、ズラリと並んでいる。

「くっ……」

しばらくしてその中の一人、リーダーと思わしき男が一歩前に出る。

「久しぶりだな、イノ。相変わらずこの世界のことを諦めていないのか」

「高本、貴様!」

その高本というリーダーの男はどこかでみたことある男だった。

「残念ながら、我々はこの世界を手放したくないのだよ。仕事もせずに生きていけるこの世界をな。現実に戻るなど御免なのだよ」

「貴様……!」

高本に向かって一歩踏み出すイノ、しかしながら、その動きに反応して銃を構える30人の男たちによって止められてしまう。

「いいのか?このままこの世界のバランスが失われたままで。それは現実世界すら崩壊させかねないんだぞ」

イノの言葉に高本は一向に怯む様子はない。

「知らんね、現実世界のことなど。現実世界が我々に何をしてくれたというのだ。俺たちの仲間はリストラされた者、派遣切りにあった者、音楽著作権の二重譲渡で逮捕された者、現実世界で酷い目にあった人間たちばかり、世間は俺たちに何をしてくれた。いまさら考える必要などないと思うがね」

イノがそっと小声で僕に告げる。

「離れてろ、今から強引にバルブを開ける」

その迫力に圧倒され、僕は3歩ほど後ろへと引き下がった。

それを確認し、イノは踵を返すと高本たちに背を向ける格好でバルブを開きにかかった。ギギギギと金属が擦れる音がするが、ハンドルは動かない。余程固いようだ。

「往生際の悪いやつだ、撃て!」

ダダダダダダ!

無機質な、まるでポップコーンが弾けるような音が響き渡る。銃を構えた面々は一斉にイノに向かって引き金を引いた。同時に、イノの体は何度も何度も弾け、その度に踊るように左右に前後に揺れた。

「イノーーーー!」

それでもイノはバルブを開く動作を止めない。同時に銃撃も止むことはなかった。見る見るイノの体はボロ雑巾のようになっていく。

「もう止めろ、イノ!」

「俺は、この世界を守らなければならない、絶対にだ」

「ええい、撃て!撃ちまくれ!」

10分ほど続いただろうか、ついにイノは力尽き、地面へと突っ伏した。恥ずかしながら、僕は恐怖で一歩も動くことができなかった。うつ伏せに地面に倒れ、こちらを見ながら何か言葉を発しようとするイノ、けれどもそれはもう声にはなっていなかった。ただ、口の動きから何を言わんとするかだけは分かる。

「あとは頼む」

たしかにそう言っていた。そう理解した瞬間、自分の中で何かが弾けた。自分でも思ってもみない行動に出たのだ。

「貴様!何をしているんだ!」

僕はイノと同じようにバルブのハンドルに手をかけていた。ズシリと重い、まるで動きそうにないバルブ、それでも今の自分ならやれる気がしたのだ。

「撃て!撃つんだ!」

もう殺されてもいい、そう思いながら一心不乱にハンドルに力をこめる。この行動は決して間違っていないはずだ。そう確信しながら力をこめた。

ダダダダダ

また乾いた音が聞こえる。おそらく僕に向かって銃撃されたのだろう。終わった、全てが終わった。きっとあちこち撃たれたんだろうな、痛いんだろうな、そう思った。けれども、僕の体には何の変化もない。痛みもなければ撃たれた傷跡もないのだ。

高本も銃撃隊も僕も、時間が止まる。先に我に帰ったのは僕だった。ハッと気がつき、またハンドルに力をこめる。今度はグググッと微妙ながら確かにハンドルが動く手応えを感じた。

次に我に返ったのは高本だった。

「何やってる!撃ちまくれ!」

その言葉に我に返った銃撃隊が引き金を引く。また乾いた音が聞こえた。その瞬間、僕の目の前を緑色の何かがヒラヒラと舞った。まさか、まさか……。

「メルル!」

そう、それはメルルだった。妖精のメルルが迫り来る弾丸を全て不思議な力で打ち落としていたのだ。ガラガラと銃弾が地面に落ちる音が聞こえる。

「どうしてメルルがここに?」

メルルは復活できないはずだった。メルルは人々の「仕事をしたくない」という想いが産み出した妖精。バルブを閉められ、その想いが供給されないこの世界では復活できないはずだった。

「あれをみて!」

奇跡が起きていた。激しい銃弾で傷ついたパイプから、僅かに「仕事をしたくない」想いが染み出していたのだ。

「メルル!」

「さあ、そのバルブを一気に開いて!この世界のバランスを取り戻すのよ!」

僕は一気に力を込めた。ズシリと思いハンドルは、何かのつっかえが外れたかのようにゆっくりと動き、パイプ内の想いが左から右へと流れ始めたのだ。

「やめろ!やめろー!」

激しい地響き、崩落する鬼の城、一気に流れ込んだ「仕事をしたくない」想いは、一瞬でこの世界へと広がっていった。まるで奈落へと転落するかのように落ちていく僕自身の体。けれどもその中途で僕は確かに見たのだ。紫色の「仕事をしたくない」想いが倒れていたイノに流れ込み、彼の姿が逞しく大きなものに戻っていくのを。

「ありがとう」

そんなメルルの声と、恐ろしい鬼の声を確かに聞いたのだ。

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気がつくと、そこは街路樹に囲まれた道路の真ん中だった。木々に暮らす鳥達の鳴き声が聞こえた。僕は車の運転席に座りハンドルに突っ伏して気を失っていたようだった。

「現実に戻ってきたのか?」

夢のようだったあの出来事、けれども、僕の両の手にはしかとハンドルを握った感触が確かに残されていた。

「メルル……イノ……」

きっと、向こう側の世界はバランスを取り戻しているだろう。また仕事に疲れた人間が誘われ、鬼の恐怖に怯える、そんなバランスの取れた世界が、メルルと仕事の鬼と共に展開されているのだろう。

この現実世界だってバランスだ。当然のように仕事をしたくない思いと、それでも頑張る自分、そのバランスこそが何より大切なのだ。

「さあ、仕事だ、遅刻だけど頑張ろう」

僕は笑顔で車をUターンさせ、職場へと向かった。

おわり

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とまあ、新年から見紛うことなくトチ狂っているわけなんですが、いやー、みんなよくココまで読んだね、敵ながらアッパレだよ。何がメルルだ、死ね。何がイノだ、死ね。

まあ、2年連続で新春からこんな日記を書いてしまうくらい仕事に行きたくなかったわけなんですが、なんでこんなに行きたくないかというとですね、昨年の仕事納めから仕事がたまりまくってるとか、職場の人からの年賀状に今年も引き続き返事を出さなかったっていうそんなレベルのお話じゃないんですよ。

皆は仕事でミスをした時にどうしますか。まあ、怒られますわな、上司とか偉い人に怒られる。ええ歳こいて怒られるってのもけっこう心にクルものがあるんですが、実は怒られるってまあまあ救いがあることなんですよね。

皆さんも、勇気を出して篭ってるフィギアだらけの部屋から一歩踏み出して働いてみると分かると思いますけど、実は怒られるって結構有難いことなんです。問題は、怒られもしないってヤツでして、犬の糞とか踏むと皆さんは「なんでこんなところに犬の糞が!」って怒ると思いますけど、怒られないって事はそれ以下、犬の糞以下ですからね。

でまあ、昨年末に仕事上でとある失敗をやらかしましてね、それで僕が怒られるならいいんですけど、どうも僕が怒られるんじゃなくて、それが原因で女子社員が、それもお尻プリプリの女子社員が怒られるみたいでしてね。それって結構クルじゃないですか。さすがの僕も心が痛むじゃないですか。そんなこんなで新春からケツプリの女子社員が、僕が原因で怒られるという事態に非常に憂鬱になり、仕事に行きたくなかったわけなんです。

まあ、案の定、仕事始めに爽やかに職場に行くと、ケツプリの女の子が泣いてましてね、まあ、早くも怒られたみたいなんですわ。もう朝っぱらから心の奥底のコアな部分がズキズキ痛む。さすがの僕も申し訳なくて、「おはよう」の言葉と共にズボッとかおはズボをすることもできず、神妙な表情で

「ごめんなあ。この度はワタクシの不始末で」

みたいに謝罪をしようとするんですけど、ケツプリの横にいる、万年生理みたいなブスが

「ちょっと!ノゾミに話しかけないで!誰のせいだと思ってんのよ!」

とかなんとか。さすが今年の干支は牛ですな、と唸るしかないヒステリックブルー。

まあね、でもこういうのもバランスだと思うんですよ。バランス。仕事で失敗する、怒られる、もしくは別の人が怒られる、それは嫌だから失敗しないようにする、こういうバランスがあるからみんな頑張るわけなんです。そこで平然としているバランス感覚のない人間なんていらない、そういうわけなんです。

やっぱ世の中生きていく上でバランスこそが最重要だよな。同じ合計して10でも「1と9」とか極端な偏りは掛け算すると9とかにしかならない。「2と8」でも16どまり。でもバランスの良い「5と5」は25にもなる。やっぱバランスなんだよ。新春仕事始めからバランスという人生の真理に行き当たり、同僚の話などにバランス感覚豊富に耳を傾けていると

「いやあ、一昨日の新年会面白かったなー」

「メンバー良かったから楽しかった」

「やっぱメンバーのバランス大切だよな!」

などと、楽しげな会話が。もちろん僕は誘われてないから行ってないわけですが、会話を聞いてると、ウチの部署では僕以外の全員が参加した様子。上司の家でおせち食ったらしい。

僕以外の全員が揃ってるとバランスの良いメンツで楽しい新年会。どんなバランスだよと思いながら、メルルの世界に行きたいと心の底から願った。


12/31 ぬめぱと年越しレィディオ2008-2009

さっきまで寝てた。

放送URL <終了しました>
放送スレ <終了しました>

放送内容
大塚愛、大橋のぞみ、ジョン健ヌッツオ


12/24 ぬめぱとクリスマスレィディオ2008

ぬめぱとクリスマスレィディオ2008

放送開始 12/24 21:43

放送URL <終了しました>
放送スレ<終了しました>


12/15 決戦!デートクラブ!

クリスマスが近いらしい。

巷の噂によると、どうも恋人たちが語らい愛を確かめ合う1年に1度の行事クリスマスが間近に迫っているらしく、多くの人々が準備に慌しいらしい。この日ばかりは人々も謳い、踊り、冬の一日でありながら春のように振舞う夢のような一日、なんとも恐ろしいものだ。

クリスマスには夢がある。幼い頃、サンタクロースに思いを馳せ、プレゼントの到来を心待ちにしたことだろう。かくいう僕も、サンタさんにファミコンをお願いした事がある。サンタさんにお願いの手紙を書き、靴下を枕元において寝たものだった。どう考えても靴下にファミコンは入らないなんて気付きもしなかった。まだ見ぬプレゼントを心待ちにし、夢見ながら夢を見る、クリスマスとはなんとも夢のようだ。翌朝、目が覚めると靴下の中には爺さんの入れ歯が入っていた。

クリスマスには夢がある。思春期の頃、好きな女の子と一緒に過すことを夢見たあの頃。好きな子をクリスマスに誘ったことがある。何をするってわけでもないけど、特に下心があったわけでもないけど、おセックスしたい一心で誘った。最低限、おっぱいくらいは揉みたくて誘ってみた。彼女と過す特別なクリスマス、それはまさしく夢だった。誘ったら「お爺ちゃんが亡くなるから」と断わられた。クリスマスの2週間前に。恐ろしい、彼女は未来が予見できるらしい。とにかく、クリスマスには夢がある。

僕が住んでいる地方は恐ろしいほどの田舎であり、こうやって2008年現在もミサンガが大ブレイクしているという情報過疎地っぷりなのだけど、こういった僻地にも容赦なしにクリスマスの波は押し寄せてくる。田舎者はクリスマスに敏感だ。それは全てを飲み込む津波のように一切の妥協を許さない。職場などにでは年頃の男女が中睦まじく集い、来るべきクリスマスの準備に余念がない。誰もがクリスマスを夢見るのだ。

「だからさ、みんなでクリスマスパーティやろうよ!」

「イブは彼氏と過すから別の日にして!」

「じゃあ22日あたりに、居酒屋で!」

「飲んじゃうぞー!」

みたいな会話が平然と交わされる。恐ろしい。もちろん僕は誘われない。誘われるわけがない。これが職場だからいいものの、高校とかだったら間違いなく学校裏サイトであいつキモイと揶揄されているレベルだ。

こういったパーティー的なものに誘われないのはいつものこととして、それ以前に恐ろしいのがクリスマスに向けた準備段階の営業行為だ。特に田舎町は住民同士の繋がりが深く、クリスマスに向けた準備にもそういった土着的な因習が深く関与してくる。

具体的に言うと、例えば家族の誰かが某ファーストフード店でアルバイトしていたとする。そのファーストフード店ではクリスマスに向けてチキンを売り出そうと計画中だ。なんとか注文数を確保し、本部からのノルマを確保したい。そうなると、クリスマスの何週間も前から予約という形でチキンの注文を受け付け始める。

しかし、チキン狂いか余程の好き者でないとなかなか、何週間も前からクリスマスに向けてチキンを予約!というわけにはいかない。思うように予約数が伸びず、すぐにバイト店員などに向けてノルマという形で命令が下される。バイト店員にノルマをこなす販売網などあるわけもなく、家族、家族の知人、家族の職場、そういった形で営業攻勢がかけられる。もう必死になってチキンを売りつけようとしてくるのだ。

「ウチの姉が○○でバイトしてるんだけどー、クリスマスに○○のチキン買わない?助けると思って予約してよー」

みたいなセリフが横行する師走の職場。もはやクリスマスが目的なのかチキンが目的なのか皆目分からない。チキンならまだ欧米風でクリスマスに食べちゃいましょう!というのも分からなくもないが、去年のクリスマス前なんか職場のブスが、

「クリスマス饅頭予約して!お願い!」

と、家が和菓子屋だったらしく、とんでもないこと言ってた。饅頭みたいな顔しやがってからに言っていた。頭おかしい。クリスマス饅頭て。血迷うにも程があるだろ。

こういった饅頭は論外としても、問題のチキンは普通にチキンで、ただパッケージがクリスマスっぽく赤と緑に彩られているだけでクリスマス限定!などと謳っているのが気に入らない。なんとか購入しないよう、誘われたら断固として断わってやる、と意気込むのだけど、これもクリスマスパーティーなどの類と同じく全く勧誘されない。営業すらされないとはどういった了見だ。

どうしてこんなにも職場で村八分にされるのだろうか。そうそう、村八分という言葉の語源には諸説あるが、もちろん、村の中で皆でよってたかって特定人物を除け者にするのを村八分といい、普段からもとより、村の行事などにも参加させない状態を言う。けれども、全ての行事に参加させてあげないわけではなく、葬式などの重大行事には参加させる、大体2割ぐらいの行事には参加させて8割には参加させないことから八分、村八分という言葉になった説がある。

村中の嫌われ者ですら2分の行事には参加させてもらえるのに、職場での僕は何も参加させてもらえない、こりゃあ村十分、職場十分ですな!と高らかに笑うものの、笑える事態でないことは自分でも十分に承知している。

そんなこんなで、さすがの僕もこたえましてね、こりゃイカンってことで「なぜ僕は職場十分になってるのか」をテーマに喫煙所で悶々と悩んでいると、横から同じような深いため息が聞こえてくるのです。

「はぁー」

見ると、そこには同僚のS君が、おやおや、彼も村八分ならぬ職場十分にお悩みですかな、といった具合に眺めていると、S君はまるで何らかの救いの手を求めるような、構って欲しいオーラを全開にして僕に訴えかけてくるのです。

こういうのは構うとロクなことがないので無視するに限るのだけど、こう、さすがに、僕の瞳を10秒くらい眺めてから視線を逸らしてハァーって深いため息を疲れるとね、なんていうか構わない訳にはいかないじゃないですか。

人間って基本的にそうで、僕らは遠いアフリカで子供が餓死していたって心は痛まない。なぜなら見えないから。けれども、目の前で子供が餓死しかけていたらコンビニおにぎりくらいはあげるはずだ。直接視覚に訴えかける、これは思ってる以上に重要だ。

「そんなに思い悩んでどうしたの?」

本当に関わりになりたくなかったのだけど、そういうわけにもいかないので仕方なく話しかけた。

「いやー、実は悩んでて……」

神妙に答えるS君。そりゃあれだけアピールしてれば分かる。問題は何に悩んでるんだってところだ。

「何に悩んでるんだい?」

本当はいち早く家に帰ってエロ動画でも鑑賞したいんですけど、全く興味ないのに彼の心の奥底へとダイブしていきます。

「ほら、クリスマスがくるじゃん。俺ってば彼女とかできたことないから恋人と一緒にクリスマスを過した事がなくてさ。それで悩んでるんだ」

なるほど、それは深刻な悩みではないですか。まあ、そんなこと僕に相談されても僕が彼女になれるわけではないですから困るんですけど、まあ、適当に相槌でも打っておかないと職場十分が加速して職場十二分くらいになってしまうので返事をします。

「ああ、なるほどね」

適当にも程があるだろって話なんですけど、この相槌がまずかった。S君は本当に思い悩んでいたらしく、まるで崩壊したダムの如くジャジャ漏れで語りだした。

「恋人と過すクリスマスはきっと素晴らしいものに違いないんだよ。恋人だけでも素晴らしいのにクリスマスだぜ、盆と正月が一緒にやってきたようなもんだ」

クリスマスなのに盆とか正月とか何かが間違ってるのだろうけど、もうS君というか、頭くるので名前書きますけど佐藤君の話は止まらない。

「俺は夢なんだ。恋人と一緒にクリスマスを過すのが」

屈託のない笑顔でそう話す佐藤君、僕はそれをみて自分を恥じたのです。関わりたくないとか、佐藤うぜえとか、そういったことを一瞬でも考えた自分を恥じたのです。ここまで包み隠さず夢を語ってくれた佐藤君。クリスマスに対する夢を語ってくれた佐藤君。これはもう、僕も包み隠さず夢を語るべきではないか、そしてお互いに傷を舐めあうべきではないか、そう確信したのです。

「実は、僕もクリスマスには夢があってね。職場のクリスマスパーティーに誘われたいんだ。誘われて、まあ別に行きたいわけではないから断わるんだけど、誘われて行かないのと誘われないことって無限の隔たりがあるじゃん、僕は一度でいいから誘われたい。そして思いっきり断わりたい」

熱く、熱く、自分の思いを包み隠さず告げます。お互いにクリスマスに対する夢をぶつけ合い、熱く分かり合えるはずでした。けれども佐藤のヤロウ、全く聞いてなくて自分の思いを喋り続けます。

「でさ、インターネット見てたらデートクラブってやつがあったわけよ。恋人紹介します、みたいな、そういうのちょっと利用してみようかと思ってさ」

こんな自分勝手なヤツみたことねー。これだけ話が噛み合わないの物凄いのですが、どうやら佐藤君はクリスマスに向けてデートクラブと呼ばれるものに着目したご様子。

「実はこれなんだけど」

そう言うとS君はピラッと一枚の紙を差し出してきました。どうもその着目しているデートクラブの内容をご丁寧にプリントアウトしてきたらしく、なんていうんでしょうか、その行為自体で彼の本気度が窺い知れるというか、とにかく彼はマジだぜ、という悶々とした禍々しいオーラを感じずにはいられない紙でした。

「ワンランク上、極上で至福の時間を貴方に……」

などという勇ましい誘い文句が踊る広告でした。なんでこのセリフをこんなオドロオドロしいフォントで書くのか全く分からないのですけど、とにかくどんなものなのか読み進めていきます。

いろいろ読んでいくと、どうやらこのデートクラブなるサービスは、簡単に言ってしまうと女性を紹介してくれるシステムらしく、女性との出会いを求める男性は入会金と紹介料をクラブに支払い、女性を紹介してもらいます。男性を紹介して欲しい女性が登録されており、その登録女性の中から条件に合う者同士を紹介する、という感じらしいです。

つまり、出会いを求める男女を出会わせる、という趣旨のクラブのようでした。ただ、圧巻だったのが男性側が支払う料金で、入会料が98000円(1名の紹介料を含む)、以後1人紹介してもらうごとに20000円かかるというとんでもない料金設定でした。

こ、これは高価すぎるだろ。だってたかだか出会うだけじゃないですか。それだけで約10万円なんて払っていられない。きっと佐藤君だってこの高価な入会金に悩んでいるんだ。それで僕に相談してきたというわけだな。こりゃあ殴ってでも止めてやらなきゃいけない。こんなものに大金使うならもっと有意義な使い方があるはずだ。絶対に止めてやろうと決意しました。

「そこで相談なんだけどさ……」

さあ、きた。止める、絶対に止める。例え何があったとしても僕は絶対に彼を止めてみせる。そう決意して彼の続きの言葉を待ち構えました。

「紹介してもらうことになったんだけど、やっぱ行くの怖いじゃん」

うおー、もう入会してやがる。入会して紹介してもらう算段を立ててやがる。とんでもねー、もう98000円払ってしまったのかよ。めちゃくちゃじゃないか。

「やっぱさ、色々怖いじゃん。怖い男とか出てきたら嫌だし。だからさ、会う時についてきてよ」

佐藤君、というか頭にくるのでフルネーム書きますけど、佐藤孝治君、どさくさに紛れてとんでもないこと言っちゃってます。

「いや、そういうのって良くないんじゃないの?」

体の良い断わり文句が瞬時に浮かばず、訳の分からない断わり方をしてますが、佐藤孝治の熱意たるや凄まじく、断わることを許さない断固たる勢い。

「うん、わかった。ついていくよ」

こうして寄り切られてしまった僕は佐藤孝治君と共にデートクラブなるものに参戦することになったのでした。

詳しい話を聞くとこうです。彼はインターネットを通じてデートクラブに入会申し込みをしました。すると1日後に向こうから連絡があり、都合の良い日時を尋ねられたようです。暇な日にそのデートクラブの事務所に行くと、怪しげなオッサンがおり、入会金を支払ったそうです。98000円を支払ったそうです。

すると、何やら重厚なアルバムが登場し、登録している女性の写真やらプロフィールやらが掲載されていたそうです。「好きな女性を選んで」そう言われた佐藤孝治(31)は、一番おっぱいの大きい女性を選んだそうです。顔も写真ではハッキリは見えなかったけどまあまあかわいかったそうです。

すぐに女性と連絡を取って、都合の良い日を聞きだし、連絡するといわれたそうです。あくまでも良識を持って大人としての付き合いをしてください、みたいなことを言われたそうです。

数日するとデートクラブから連絡があり、会う日時を決定。もうクラブは関与しないのでお互いに連絡してくださいと連絡先メールアドレスも教えてもらったようです。で、メールで連絡を取ってとあるファミレスで会うことにしたようです。

「話がとんとん拍子すぎて怖い。だって何もしてないのに女の子を紹介してもらえるなんて夢みたい。こんなに簡単でいいの?何か裏があるんじゃない?」

というのが佐藤孝治の考えらしい。確かに何か裏がありそうだけど、「何もしてない」は大間違いだろ。アンタ、98000円払ってるやん。とは言えず、渋々ついていくことになりました。

さすがに僕と佐藤孝治がマヌケ面並べて相手の女性に会うわけにはいきませんので、待ち合わせ場所であるファミレスに別々に入り、極めて自然に 僕と彼が隣の席に座ります。で、他人のフリをして眺めつつ、危険が迫った場合などは携帯電話や場合によっては実力行使を駆使して佐藤君を救い出す。そんな計画を立てました。場合によっては携帯を見れない可能性もあるので、「危険!」と感じた場合にはテープル上の爪楊枝を投げることによって警告を発するというサインも取り決めました。

そして、いよいよ当日。約束の30分前にファミレスに到着し、計画通り、隣り合ったボックス席に陣取ります。これから女性がやってくる、そう思うと気が動転するのか佐藤君の落ち着きがない。どれくらい気が動転してるかというと、注文を取りに来た女性店員に向かって

「ホットコーヒーをホットで」

とオーダーする悪漢ぶり。危険と感じた僕はすかさず爪楊枝をテーブルの上に投げました。まだ相手の女性来てないのに。

待つこと45分。もう約束の時間を15分も過ぎました。相手が全く来ない。来る気配がない。最初こそは何故か僕までドキドキしながら待っていたのですけど、次第にだれてきて、今日は堤さやかがリュックのコスプレしたエロ動画見よう、などと考えているその時でした。

カランカラン

入り口の扉が開きます。見ると単身の女性、しかも店員に向かって「あの、待ち合わせなんですけど」とか告げています。「きたっ!」そう思うや否や、女性はスルスルと佐藤君の席に近付き

「佐藤さんですか?遅れてごめんなさい!」

と彼の真向かいに座りました。一時はこのまま女性が来ず、結果として98000円騙し取られただけ、という極上の展開も予想したのですが、どうやらやってきた様子。あくまで僕は他人のフリをしなくてはなりませんので、チロリと横目でその女性を見ます。

いや、すっげえブス。歴史的ブス。極ブス。

あのさ、僕も人の容姿をとやかく言えないっすよ。でもね、これは言わざるを得ない、それだけのブスだった。小学校の時とか黒板消しってあったじゃないですか。その黒板消しが汚れた時にウィーンってやって綺麗にするやつあったじゃん。あれの吸い込み口みたいな顔してた。

で、確かにおっぱいは大きかったんですけど、なんていうか、その他の部分も大きいというか崖の上のポニョというか、とにかく散々たる有様。これで98000円とかありえない。これは危険だ!そう判断した僕はいきなり爪楊枝を投げました。

けれども、もう、佐藤君、ガチガチに緊張しちゃってて全くこっちを見ていない。サイン決めた意味なし。

「危険だ!」

とにかく危ないので彼の携帯に向けてメールを送信します。すると、すぐさま隣の席の佐藤君の携帯が鳴り、彼も「ちょっとごめん」と相手のブスに断わってマジマジと画面を見て返事を打ちます。

「どうしよう、写真と全然違う人なんだけど」

すぐにこのようなメールが彼から送られてきます。

「断われ!」

そう返事を送るのですが、それを見た彼が一向に煮え切らない。いや、確かに本人を目の前にして断わりにくいのは分かるんだけど、98000円を思えばやれるはず。

「わたし、超お腹減ってるんだけど、なにか食べてもいい?」

「うん、いいよ、なんでも食べて」

ブスと佐藤君の会話が聞こえてきます。断わりたいのに断われないで困っている佐藤君。その反面、厚かましく牛肉にするか豚肉にするか鶏肉にするか、メニューを見ながら悩んでいるブスとすごいシュールな光景に。こりゃいいものが見れたぜ。

「どうしよう、牛肉にしようかなー」

と甘えた声を出すブス。僕はすかさず佐藤君にメールを送ります。

「豚肉は共食いになるって言え」

そのメールを見た瞬間、佐藤君がブッとなって慌てて笑いを堪えたのが見えました。これは面白い。

こうして、厚かましいブスに対峙して断わるに断れない佐藤君、笑ってはいけない状況で彼に笑えるメールを送りまくるという、最初の趣旨から大きく外れた展開に。

2人はなにやら自己紹介をする展開になり、佐藤君が「趣味は読書と音楽鑑賞です」という嘘8000の自己紹介をしたのに対し、ブスも「趣味はサーフィンです」というお前沈むだろと言うしかない自己紹介を展開。すかさず佐藤君にメールします。

「波の上のポニョ」

何かがツボにはまったのか、メールを見た佐藤君は真っ赤な顔してむせています。すかさず畳み掛けるように

「彼女は黒板消しを綺麗にするやつの吸い込み口に似ている」

とメールを送ると佐藤君、死にそうになってました。こりゃあ面白いっていうんで、5通くらい連続で

「ウィーン、ウィーン、ウィーン」

とメールを送ると、

「やめろ!」

と返事が返ってきました。

こういったやり取りを経て、まあ、お互いにギクシャクしたやり取りをした後、2人でどっか行く的な展開になったので、さすがに僕はついていくわけにもいかず、後は若い者同士に任せて、な感じで佐藤君とブスを見送り、ファミレスを後にしたのでした。去り際、佐藤君は悲しそうな瞳をしていたのが印象的でした。

次の日、青い顔をして出社してきた佐藤君に対し、

「昨晩はお楽しみのようでしたね。いかがでしたか?」

と訊ねると、彼は仁王のような顔に変わり

「80万円請求された」

と言いました。なんでも、あのあと、何もなくてブスとはすぐに別れたのですが、それからしばらくしてデートクラブから連絡があったそうです。

「貴方に会った会員の女性が当クラブを退会されました。あなたの不誠実な態度が原因です。当クラブにとっては女性登録者は貴重な財産であり、契約書にも書いてありますとおり、あなたに損害を賠償していただきます」

とかなんとかで80万円請求されたらしい。また豪気な話ですな。

まあ、これは明らかというかもはや古典の域に達している詐欺みたいなもので、おそらくですが、あのやってきたブスは登録女性でも何でもなくてクラブ側の人間です。で、何やら難癖つけて慰謝料だとか損失補填だかをさせるという手法で、最初から出会いを破綻させる目的なのです。つまり、来る女性がブスであるほど男のテンションが下がって好都合、そんなカラクリです。

後は女性が退会したからとか、女性が傷ついたから慰謝料、女性は実は人妻で旦那が慰謝料を請求している、とかいってお金を請求する。男の方も、そういったクラブに登録していた事実が恥ずかしくて被害を訴え出ることができない、そういうわけです。

「それは典型的詐欺だから支払いの必要は……」

と、佐藤君を安心させてあげようと思ったのですが、佐藤君は本気で対応が不誠実で女性を怒らせてしまったと勘違いしているらしく

「お前が波の上のポニョとか送ってくるから笑っちまったんだぞ!それで彼女が機嫌を損ねたんだ!半分の40万円払え!」

と物凄い剣幕で怒られました。こりゃあ僕は絶対に払わないけど彼はこの勢いで80万円払いかねない、そんな勢いでした。

クリスマスを夢みてデートクラブ詐欺に引っかかった佐藤君。彼はただ恋人のいる健やかなクリスマスを夢見ているだけだった。それだけだった。それだけなのにこの仕打ち、あまりにもあんまりじゃないか。クリスマスイルミネーションを眺め、切ない気持ちになるのだった。

そして、僕のクリスマスの夢、クリスマスパーティーに誘われる、だけども大激怒した佐藤君(幹事)のせいかどうか知らないけど、やはり誘われなかった。職場十分だ。

クリスマスには夢がある。

人の夢と書いて儚い、何かもの悲しいわね。


12/4 崖っぷちのポニョ

大橋のぞみちゃんがマジかわいい。

いやいや、またね、こういうこと書くと「このロリコンが!」とか石投げられる羽目になる、もしくはベニバナ栽培で生計を立てている小さな農村などでは間違いなく村八分になるんですけど、そういうのってマジであんまりにもあんまりじゃないですか。

どうかね、読者諸兄には落ち着いた大人としての対応を期待したいのですが、とりあえず立ち止まって考えてみてください。「大橋のぞみちゃんが好き=ロリコン」こんなステレオタイプな考え方では21世紀の高度情報化社会を生き残ることなどできません。できるものですか。

もう敏感な人ですと、大橋のぞみちゃんの「大」の部分を言っただけで「ロリコン!」ですからね、完全な思考停止としか思えない。そういうのって反論とか議論をする以前に残念でならない、という憐れみの感情しか湧いてきません。どうか冷静になって僕の話を聞いてください。

こういった大橋のぞみ問題を考える際には「ロリコン」の定義から入らないといけないのですが、皆さんは「ロリコン」という単語からどのようなことを考えるでしょうか。少女が大好きで、時には少女を性の対象と捉え、イタズラとかしちゃう犯罪者を思い浮かべるでしょう。犯罪まで行かなくともそういった危険思想を有している人間を想像してしまうでしょう。なんにせよ、そういった犯罪者、もしくは犯罪者予備軍は許せないものです。徹底的に糾弾すべきです。

では、そういった類の犯罪者と、この僕の大橋のぞみちゃん好きがどのように異なるかを説明しましょう。まず、世のロリコン犯罪者の多くが、幼い少女が好き、もしくは幼い美少女が好き、という事実に対して、僕は大橋のぞみちゃんが好きという点が完全に異なります。分かりやすく言うと、犯罪者というかロリコンのクズどもは、少女が好き、それに対して僕は好きな子がたまたま少女だった、そういうことなのです。これは決定的な違いですよ。

例えば、切れ痔がすっごい好きな男の人がいるとするじゃないですか。その人は切れ痔がすっごい好きで、切れ痔の女の人ばっかり探してるんです。切れ痔しか愛せない、とか言っちゃたりして。切れ痔じゃない女はガンガン捨ててね、で、そんな苦労を乗り越えて念願の切れ痔の女性と付き合う。彼女の切れ痔を眺めながらウットリ、これは確実に変態です。罵られても文句言えないレベル。

それに対して、好きで付き合った女性がたまたま切れ痔だった。それをアナタは切れ痔好きの変態ヤロウと罵れますか。石を投げられますか。別に切れ痔は関係ないじゃないですか。彼に何の罪があるっていうんですか。

結局はそういうことなんですよね。僕の大橋のぞみちゃん好きは根本的に ロリコンとは違うんですよ。皆様にはその辺の部分を絶対にはきちがえて欲しくないし、間違っても僕のことを「ロリコン」などと呼んで欲しくない。あえて呼ぶなら「大橋のぞみちゃんコンプレックス」略して「ノゾコン」と呼んで欲しい。絶対にだ。

ということで、大いなる誤解も解けてきましたところで、今回は日記の趣向を変えまして、1回分の更新をたっぷり使って大橋のぞみちゃんの魅力について語っていこうかと思います。今日の日記を読んで皆もノゾコンになろう!

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大橋のぞみちゃんは独立した存在だ
大橋のぞみちゃんを語る上でやはり外せないのが「崖の上のポニョ」という歌だ。同タイトルの映画にも使われた歌であり、キャッチーで独特なこの歌は多くの人の心を鷲掴みにした。あのかわいらしい振り付けとも相まって、見る人、聴く人を優しい気持ちにしてくれる名曲だ。

しかし、これが歌っているのが大橋のぞみちゃんじゃなかったらどうだろうか。例えば売れないグラビアアイドルあたりが水着姿で乳を揺さぶりながら歌っていたらどうだろうか。もちろん、「ポーニョ、ポーニョ」というサビの部分で乳を寄せるアクションだ。

そうなった場合、多くの人が痛々しくて見ていられないと思う。うわー、あの人なにやってんだ、いい年こいて。そう思うのが率直な感想だろう。また、ジブリ映画の主題歌といえばヒットが約束されたようなもの、そういった重要な部分に売れないグラビアアイドルが突如として入り込んだ場合、ああ、枕営業頑張ったんだろうな、くらいにしか思わない。

けれども、大橋のぞみちゃんが歌った場合、もちろんそういった痛々しさも感じないし、枕営業だ何て露ほども思わない。痛々しさも、裏で蠢く芸能界の暗部みたいな存在も微塵も感じさせない圧倒的な透明感、それが大橋のぞみちゃんだ。

おそらく、この歌は大橋のぞみちゃんしか歌えなかっただろう。ジャンル、大橋のぞみ、といっても過言でないレベル。これはもう彼女が独立した存在であることを認めるしかない。

大橋のぞみちゃんは謙虚だ
今、筆者の手元には映画「崖の上のポニョ」のパンフレットが存在する。ページをめくると主題歌について紹介したページがある。その片隅には歌っている藤岡さんと藤巻さん、そして大橋のぞみちゃんのコメントが寄せられている。藤巻さんコメントを引用してみよう。

藤巻直哉
映画を観て、すごい世界観とイメージの広がりに感動しました。特にポニョが波の上を走っているところは最高です。大橋のぞみちゃんをサポートするお父さんの声がほしいということで、主題歌に参加させていただきました。収録時は変わった詞だなあと思いましたが、映画を観て、その意味がよくわかりました。宮崎さんからの注文通り、娘と一緒にお風呂に入っている気持ちで歌っています。映画と一緒に楽しく聴いて頂けたら嬉しいです。

どうだろうか。このコメント自体は全く悪くない。しかし意味を求めすぎな感じがしないだろうか。この辺は表現しにくいのだが、こういった場にコメントを寄せる場合、やはりジブリ映画という大作だ、妙に構えてしまい、何か深いことを言おうとする、それが人間というか大人のエゴだ。

「世界観」「イメージ」といった単語が踊っているのはその気持ちの現れであり、大人としてそういった単語を使って歌自身に意味を見出したい気持ちが透けて見える。決して藤巻さんが悪いといっているわけではなく、普通の人間、特にこのような大作にコメントを寄せるならば当然の心理だ。また、与えられたスペースいっぱいに文字を書こうとするのでどうしても文字数が多くなる。当たり前だ、コメントで自己表現をするならば文字数とはその場では自分の量そのもの。多くして前に前に出ようとするのは当然だ。しかし、大橋のぞみちゃんコメントは違う。

大橋のぞみ
一生懸命歌いました。この歌を初めて聴いた時、かわいい楽しい曲だと思いました。宮崎監督に、上手に歌えましたねって言われました。

圧倒的透明感。圧倒的に率直な感想。圧倒的に謙虚。さらには、何にでも意味を見出そうとする僕ら、特にテキスト書きなんかは反省しなくてはいけない真っ直ぐさが存在する。これは現代の何にでも意味を見出しがちな社会に対する痛烈な批判とも受け取れる。しかし、その批判すら謙虚な形で成されるのだ。

さらに彼女の謙虚さを裏付けるエピソードがある。マクドナルドのグラコロのCMは大橋のぞみちゃんが歌を担当しているが、そのオファーがあった際、彼女はこう言った。

「ホントにのぞみでいいの?」

圧倒的透明感。圧倒的に率直な感想。圧倒的に謙虚。これが売れないグラビアアイドルだったりした場合は、

「枕営業してないけどいいの?ブビー(オナラの音)」

とでも言うだろう。ホント、グラビアアイドルはズベ公だ。もっと大橋のぞみちゃんのピュアさを見習って欲しい。

大橋のぞみちゃんは将来ブスになりそうだ
我々は、子役として活動する多くの美少女が成長に伴って大変なことになっていくのを目撃してきた。諸行無常の儚さ、兵どもが夢の跡、時間という最も残酷な存在が幾度となく我々を苦しめてきた。

確かに現時点での大橋のぞみちゃんはカワイイ、しかし、今現在であって、時間軸を考慮した場合、何かと危なっかしい要素がねっとりと纏わりついてくる。正直に言ってしまうと、大橋のぞみちゃんは非常に危険だ、なんか成長に伴ってブスになりそうだ。

けれども、ブスになるからなんだというのだろうか。現時点での限定されたかわいさ、それがより光り輝くことになるんじゃないだろうか。月下美人という花がある。花言葉は儚い恋だ。夜に咲き、一夜で萎んでしまうその花はなんとも美しい。

これも年がら年中咲いていたら大して美しいとも思わないだろう。限定的に咲く花だからこそ儚く美しい。今、こうやってかわいく咲き誇っている大橋のぞみちゃんもきっと月下美人だ。花言葉は儚い恋だ。限定的な儚いかわいさがあるのだ。

これが売れないグラビアアイドルとかだったら、整形や脂肪吸引、枕営業を駆使し、いつまでもそれなりにかわいらしく咲き誇るだろう。けれどもそんなものキュウリの花程度の価値しかないのだ。

大橋のぞみちゃんは優しい
大橋のぞみちゃんは多分優しい。それは売れないグラビア枕営業アイドルみたいな、アピールを含んだ押し付けがましい優しさじゃないはずだ。きっと、そこに存在するだけで支えになるようなまっさらな優しさだろう。

例えば、ある後進国の貧しい人たちを慰問するという趣旨で、日本から何人かの著名人が行くことになるだろう。そのメンバーは「藤岡藤巻と大橋のぞみ」「MAX」「ラルクアンシエル」それぞれが歌で貧しい人々を励ますという趣旨で選出される。ついでに売れないグラビアアイドルも選ばれ、さらにテキストで貧しい人々を励ます目的で「pato」が選ばれる。

行きの飛行機の中では大橋のぞみちゃんは緊張の面持ち。でもたぶん、機内で向こうの子供たちに渡す手紙とか書いてるはずだ。で、漢字が分からなくなって泣きそうになっちゃって、隣に座ってる僕に聞いてくる。それを優しく教える僕。MAXはその後ろでオナラしてる。藤岡さんと藤巻さんは缶ビール飲んで酔っ払って寝てる。ラルクはギター弾きながらタバコ吸ってる。

いよいよ到着し、入国審査で英語の質問をされてしまい、困り果てる大橋のぞみちゃん。焦ってポニョの踊りをしてしまって、審査官もニッコリ、殺伐とした異国の入国審査が和やかなムードに。その時、MAXは、さあ?バイブでオナニーでもしてんじゃねえの。

異国の首都から車で3時間、ついに目的地である貧しい山村に到着する。舗装もされてないような道路に、汚い公民館みたいな建物。日本からアーティストがやってきたっていうんで村中から人が押し寄せてきてね、公民館すし詰め。

そこでも大橋のぞみちゃんは大人気で、彼女の歌は無気力な村人を勇気付けた。歩けない人も歩けるようになった。その時、売れないグラビアアイドルは同行したプロデューサーに枕営業している。

で、いよいよ僕の番になるんだけど、テキストで異国の人を勇気付けるって言うけど、日本語でオモロ日記書いても全然通じないのね。村人全員が「はあ?」みたいな顔しちゃってさ、もう冷や汗を流すしかない残酷な時間が流れるの。

で、出し物のも終わって、村でゆっくりする時間が流れるんだけど、そこでも僕はムチャクチャ落ち込んでる。見ちゃいられないくらい落ち込んでて、MAXとかは「そういう時はオナニーよ」とか言うし、ラルクはギター弾きながらタバコ吸ってるし、売れないグラビアアイドルは「だいたいなんでアンタが来たのよ、枕営業でもしたんじゃない?」とか言ってくるし、さらに落ち込んじゃうわけね。

そこに大橋のぞみちゃんですよ。彼女はね、その辺で採取した花を手に、「元気出して」とかいってくれるんです。

「ありがとう、のぞみちゃん」

「元気出してね。patoさんが元気になるなら、のぞみ、踊ろうか?」

そういうと返事を待たずにのぞみちゃんは踊りだすんです。ポニョポニョ踊りだすんです。それがなんともかわいくてですね、もう、うけなかったこととかどうでもよくなるんです。

きっと、彼女は主題歌に抜擢されてから、ずっとこの歌と踊りを色々な場所でやってきたんです。その都度、のぞみちゃんの目の前には笑顔の人々が溢れていた。いつの間にか、自分の歌と踊りは人を元気付けることができると確信したのです。

「のぞみは、この歌と踊りしかできないけど・・・」

申し訳なさそうに俯くのぞみちゃん。

「ありがとう、のぞみちゃん、元気出たよ」

「ほんと?」

またいつもの笑顔ののぞみちゃんに戻りました。抜けるように青い空に深い緑の森たち、そこにのぞみちゃんの満面の笑顔。ずっとこの時間が続けばいいと思ったその瞬間ででした。

タタタタタタタタタ!

無機質な音が響きました。それは銃声でした。マシンガンの銃声がのどかな村に響き渡ります。村の入り口を見るとそこには軍服に身を包んだ数人の兵士が。

「反政府ゲリラだ!」

村の誰かが叫びます。僕はとっさにのぞみちゃんを抱きかかえるようにして、牛舎の物陰に隠れました。

「なんだなんだ?ドッキリか?」

ラルクが飄々とゲリラの前に踊りだし、一瞬で射殺されます。ギター弾きながらタバコ咥えた状態で射殺された。MAXもオナニーしながら射殺。売れないグラビアアイドルも枕営業しながらプロデューサーと共に射殺されます。

「ここは危険だ!逃げよう、のぞみちゃん!」

しかし、のぞみちゃんはあまりの恐怖に足がガクガクして歩けません。僕がオンブして逃げるのですが、反政府ゲリラの銃弾は容赦なく襲い掛かります。

「大変だ!もう少しでここに反政府ゲリラのミサイルが飛んでくる!」

通訳の現地人が逃げながら叫びます。

「なんだって!?」

その瞬間でした。

ドーーーーン!

鈍い音と共にミサイルが村に着弾。逃げ遅れた藤岡さんと藤巻さんが、一瞬にして蒸発。ジュワって音だけを残します。あまりの光景にのぞみちゃんは泣きじゃくってしまいます。

それからすったもんだがありまして、まあ、ネタバレになるので要点のみを書きますが、この攻撃はやはり政府転覆を目論む集団によるテロだったわけですね。なんとか逃げつつ首都を目指す僕とのぞみちゃん。途中で激しい濁流に飲み込まれそうになったり猛牛と闘ったりします。

「大丈夫?pato兄ちゃん疲れてるよ?のぞみ重い?」

心配するのぞみちゃん。

「ははは、のぞみちゃんは軽いよ。お兄ちゃんは大丈夫だ」

「今度はのぞみがお兄ちゃんをオンブするね?」

「のぞみちゃんには無理だよ!」

途中、朽ち果てかけたバス停で雨宿りをするのですが、そこでのぞみちゃんと思い出話や日本に帰ったら何をしたいとかそんな話をしながら、彼女の心のコアな部分に触れてしまいます。

「のぞみは歌うことしかできないから…」

「のぞみちゃん…」

彼女のその言葉が印象的でした。

ついに首都に到着。街は反政府ゲリラの攻撃を受けて見るも無残な状態に変わり果てていました。

「のぞみちゃん…、すまない、僕たちはもう日本に帰れないかもしれない…」

廃墟と化した国際空港を前に絶望します。

「いいよ、のぞみはお兄ちゃんと暮らすもん」

「のぞみちゃん…」

その時でした。空襲警報が鳴り響き、あたりのビルが一斉に爆発しだしたのです。

「反政府ゲリラの攻撃だ!」

鳴り止まぬ号砲、爆発音、瓦礫が崩れ去る音が響き渡る。この爆発シーンは必見!なんでもこのシーンの撮影中に3人のADが死んだそうです。すごいですよね。

キュラキュラという音と共に数台の戦車が瓦礫の影から姿を現した。そして、それに対峙するかのように逆方向からも数台の戦車が。そして、それに続くようにどちらからも軍服姿の兵士が現れた。

反政府ゲリラと政府軍の衝突。一瞬で理解した。まさに一触即発、今にも撃ち合いを始めそうな緊迫した空気が流れた。見ると、のぞみちゃんは僕の服の裾をギュッと握り締めてブルブルと震えている。無理もない、しっかりしていると言ってものぞみちゃんはまだまだ子供だ、しかし彼女はここまで目撃したあまりにも多くの死は、彼女の小さな頭の許容量をはるかに超えている。それでも彼女は健気に振舞い、決して取り乱したりはしなかった。

「大丈夫だよ、のぞみちゃん」

その言葉が何の根拠もないことは発した僕自身が良く知っていた。

政府軍と反政府ゲリラの睨み合いが続く。いよいよ両者の距離が縮まり、銃撃戦が始まろうかという時だった。僕の目の前に信じられない光景が飛び込んできた。

「のぞみちゃん!」

見間違いだろうか、いや、見間違いじゃない。現に、僕の裾を握って横で震えていたのぞみちゃんはいつの間にかいなくなっていた。そして、のぞみちゃんは真っ直ぐと、戦車が対峙する戦場のど真ん中に向かって歩き出していたのだ。

「危ない!引き返すんだ!のぞみちゃん!」

しかし、彼女は歩くのを止めない。まさか、もう日本に帰れないことを悲観して一気に楽になろうとしているんじゃ…、不穏な考えが僕の頭をよぎります。

戦車が対峙するその中間地点に到着したのぞみちゃん。ふぅっと小さく息をつくと、突如として踊りだしたのです。

「ポーニョ、ポーニョ、魚のこ」

あのかわいらしい歌声と踊りが戦場のど真ん中で。

「のぞみは歌うことしかできないから……」

のぞみちゃんのあの言葉が頭をよぎります。

「のぞみちゃん……」

いてもたってもいられなくなった僕は物陰から飛び出し、のぞみちゃんの隣に立って一緒に踊ります。このまま砲弾を受けて死んだっていい、この優しくて純粋なのぞみちゃんと死ねるならそれでもいい、そう覚悟しながら踊り続けました。そして、奇跡が起きたのです。

「ポウニョ、ポウニョ、サカヌーナコー」

見よう見まねでしょうか、まず反政府ゲリラの兵士が怪しい発音で歌いだしました。それに続くように多くの兵士が歌い、踊り、それに応じるかのように政府軍の兵士も踊りだしたのです。

戦場はいつの間にか大宴会場に。どこからともなく酒や果物がもってこられ、避難していた住民も巻き込んで大騒ぎでした。いつのまにか戦車の上に登って踊り狂っていたのです。

「のぞみは歌うことしかできないから……」

「そんなことはない、のぞみちゃんはその歌で色々なことができるよ」

「ホントに?」

「うん、ほら見てごらん、こんなにも皆を楽しませられるんだ、なんだってできるさ」

同じくらいの年頃の現地の子供たちに囲まれ、のぞみちゃんはいつまでも歌い続けた。青い空の下で。

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とまあ、皆様にも大橋のぞみちゃんがどれだけ素晴らしいか分かっていただけたかと思いますけど、まあ、ここまで書いておいてあれなんですけど、実際に僕が大橋のぞみちゃんに言い寄ったりしたら、彼女は怖いと思うんですよね。だって、彼女から見たら、いくら僕が小栗旬っぽいとはいっても怖いじゃないですか。すごい年上ですしね。あまり彼女を怖がらせるのも得策じゃないと思うんです。

それだったら枕営業してるグラビアアイドルのほ方が割り切ってる分いいですし、それも売れ残ったような高齢グラビアアイドルよりは若い方がいいじゃないですか。うん、うんと若い方がいい。若いグラビアアイドルがいい。

むしろ、グラビアじゃなくても若ければいい。若ければ若いほどいい。結局、幼い美少女だったらなんでもいいという結論に達した。


11/26 静寂の世界

頭に血が上った。

人間、本当に怒ると周りの音が聞こえなくなる。そこは静寂の世界だ。横でローリングストーンズが大演奏していたって何も聞こえないだろう。ただ怒りだけが体の中に宿り沸々と燃え滾る静寂の世界、それが怒りだ。

普段は温厚なことで知られるこのpatoさん、その穏やかさは群を抜いておりまして、例えば職場にブスがお土産を持ってくることとかあるじゃないですか、知人の結婚式に遠くに行ったとか、家族で温泉旅行に行ったとか自分探しの旅に行ったとか、そうするとね、どうやったらそんなチョイスが出来るんだって感じの土産のお菓子を買ってくるじゃないですか。饅頭とかそういった類の。

「よかったら食べてくださいねー」

みたいな感じでお茶飲むところに置かれるんですけど、まあ、不味そうですし誰も手をつけないじゃないですか。人間って残酷な生き物で、カワイイ職場のアイドルみたいな女の子が持ってくると岩みたいな煎餅でも一瞬でなくなるんですけど、ブスが持ってきたファニーなお菓子は誰も手をつけないんですよね。

そうなるとブスのお菓子があっという間に不良債権と化し、こう、禍々しいオーラを放ち始めるんですよ。誰も手をつけないし触れようともしない、時間が経てば経つほどその傾向は顕著になり、明らかに職場内の重力を何倍にもするダークマターになっていく、そうなるとブスもブスで辛いんですよ。たぶん自分と重なるんでしょうね。そのうちいたたまれなくなって、休憩中で皆がくつろいでる時間に

「どうぞ」

とか言って配りだすんですわ。ある意味テロに近いんですけど、その配り方が物凄くて、さすがブス、と唸るしかないんですけど、部長とか偉い人には3個、イケメンには4個、ちょっとブサイクな人には1個とか、明らかな差別階級が存在するわけ。饅頭のカースト制度が存在するわけ。わかりやすいブスだなーって思いながらその様子を眺めていたら、なんと僕だけスルーっていうね。統計学的に見ても0個という、どんな扱いだよって言うしかない仕打ちを受けてるわけ。

みなさんはまあ、そういう経験があまりなくて、せいぜい「二人一組ペアになって作業することー」とか先生に言われてペアを組む相手がいなくて途方に暮れる程度でしょうけど、僕なんかレベルが違いますから。

まあ、普通の人ならそういったブスによる饅頭差別に遭遇すると怒るでしょうし、積極的な人ならその場で抗議するかもしれません。そこまでしないまでも、多くの人は沸々と怒りを携え、自分が運営しているブログだかにブスの悪口を書くかもしれません。とにかく多くの人が怒ると思います。けれどもね、僕は1ミリも怒らない。

他にも栗拾いツアーに誘われないとか、珍しく飲み会に誘われちゃってウキウキで行ったら誰もいないとか、職場の大便器にとんでもないウンコが放置されていたのもいつの間にか僕のせいになってるとか、こう、なんていうか普通の人なら怒るだろう、気の弱い人なら自殺しちゃうんじゃないかっていう事象があっても僕はピクリとも怒らないんですよ。まあ、ウンコの犯人僕ですけど、それでも怒らないんですよ。

怒りは人間を愚かにします。アメリカ・インディアンのポピ族にはかのような格言が伝わっています。「怒りは自分に盛る毒だ」と。怒ったって何も良い事はない、自分を滅ぼすだけだ、どっしり構えていればいいことなんだ。そういうことなんです。

かくいう僕も、10代の頃は血気盛んな怒りっぽい若者でした。明らかに短気の部類に入る僕は何かにつけて怒っていました。けれどもね、それは愚かなことだと気付いたんです。弱い犬ほどよく吠え、何にでも噛み付くんです。攻撃することでしかアイデンティティーを保てない、そんな人間のなんとも悲しきことか、と悟ったのです。

あれは18歳の頃だったでしょうか、地元の本屋に「1+2=パラダイス」という90年代の漫画史を語る上で外すことのできない名作コミックスを買いに行った時でした。

明らかに短気だった僕はレジのオッサンがモタモタと処理をしているのに腹が立ったのです。お前な、多感な思春期の若者がエロいマンガを買いに来てるんだ、敏感に察して迅速に処理しやがれ、恥ずかしいじゃないか。一つのことに腹が立つとオッサンのハゲ頭とかそういうのにも腹が立ってきましてね、非常にイライラしながら本屋を出たのを覚えています。

店を出ると女の子に声をかけられました。一瞬、おいおい、こんな田舎町で逆ナンですか、みたいな思考がよぎりましたが見るとそこには思いっきりドヤンキーみたいな女の子が立ってました。金髪にバリバリの化粧、昼真っから紫色の特攻服みたいなの着て頭狂ってるとしか思えないいでたちでした。うわ、カツアゲされる、それが僕の率直な感想でした。

「久しぶりじゃん」

しかし、ヤンキー女は意外にも人懐っこい笑顔で話しかけてきます。よくよく見ると中学生の時の同級生でした。在学中もモロヤンキーで、シンナーに万引きに不純異性交遊にとてんこ盛りの女の子でしたが、まるでポケモンが進化する如く見事にヤンキー女になってました。

で、こういう不良少女ってのはある意味性の解放区みたいな存在じゃないですか。中学生くらいって性に対して興味津々ですけど、真面目な女の子とかってガードが堅そう、けれどもね、そういう不良少女はいけそうじゃないですか。そんなこんなで中学時代の僕は、そういう不良は怖いので遠くで見てるだけでしたけど、「金もってないならアタイの生殖器舐めな!」とかカツアゲされるのを夢見てドキドキしてたんです。

時を経て蘇る記憶。幾年かの時を経て今、目の前にあのいけない妄想をした不良少女がヤンキー女となって現れた。まあ、ドキドキしますわな。こう、あらぬ妄想も膨らみます。

「なにやってんだよー」

しかしながら、そんな色気とは無縁な感じでこうグリグリと肩の所にパンチしてくるヤンキー女。明らかにエロい展開など期待できない雰囲気、それどころか本当にカツアゲされそうだ。

「テメー、エロ本でも買ってたんじゃねえのかよー」

鋭い。ドイスル。まさかそこまでお見通しだったとは。なかなか侮れませんな。そう思うと同時に「エロ本を買った」→「買う金がある」→「金よこせよ」→「出さないなら彼氏(組所属)に頼んで殴ってやる」みたいな王道的カツアゲパターンが頭に浮かんでしまったんです。

「か、関係ないだろっ」

確かそんな感じで拒絶したと思います。買ったばかりの「1+2=パラダイス」の紙袋を抱えるように守り、その場を離れようとしました。

「おい、待てよ!ちょっと待てよ!」

しかししつこく追いすがるヤンキー女。そこで僕はそのしつこさと、カツアゲされてなるものかというキモチ、本屋の時点で若干イライラしていたのが相まって怒ってしまったんです。怒りが頂点に達してしまったのです。どんだけ短気やねん。

「カツアゲしようたってそうはいかないぞ!」

結構大声で叫んでました。まあ、キチガイですわな。それを受けてヤンキー女もビックリして目を丸くしていたんですけど、すぐに反論してきたんです。

「そんなんじゃないだろ!懐かしいから話しかけただけだし!」

その姿はヤンキーでも何でもなく、少女でした。しおらしい感じで少しかわいく、ヤンキーな出で立ちや中学時代の不良少女っぷりが嘘のようでした。なんかちょっと怒鳴って悪いことしたなって思ったんですけど、怒った手前、いきなり優しくするわけにはいきません。

「どうだか!俺の金を狙ってるんだろ!」

いやいや、莫大な遺産は持ってるけど身寄りのない老婆じゃないんですから人を疑うにも程があります。ホント、怒りって人を狂わせるよ。

ヤンキー女は僕のあまりの怒りに不安になったのか、「話をしたいだけだろー」みたいな感じで擦り寄ってくるんですけど、もう怒りで我を忘れちゃってる僕は取り合いません。しばらく押し問答が続き、ムキになったヤンキー女がとんでもないこと言い出しました。

「そんなに怒るなよー、なあー、機嫌直せよー、おっぱい触っていいからさー

なんということでしょう。なんでオッパイとかそういうレベルのお話になってるのか分かりませんけど、まあ、言うなれば大チャンスじゃないですか。こう、なんていうか、中学時代の妄想が現実のものとなりつつあるじゃないですか。できることなら揉みたい、揉みしだきたい、そう思うのが世の常ですよ。

けれどもね、さっきまで怒っていた男が急にオッパイモミモミとか明らかに狂ってるというか、どんだけオッパイ好きなんだよって話じゃないですか。プンプンッ!モミモミ!とか情けないにも程があります。もう怒ってしまった手前、

「知るか!帰る!」

とその場を離れるしかなかったのです。間違いなく断言できますけど、僕のこの先の人生でヤンキー女のオッパイを揉めるチャンスなどありませんよ。気の強いヤンキーがオッパイを揉まれて甘い吐息を吐くなんてありません。言うなれば、怒ったことによって人生最大のチャンスを逃したのです。怒りさえしなければヤンキー女のオッパイを揉めていた。たぶん舐めたりもできたと思う。

怒りとは愚かな行為です。僕はこの事件を契機に怒ることを止めました。何があっても雄大な大自然の如く心を穏やかにし、栗拾いに誘われなくても、饅頭がもらえなくても、ウンコの疑いをかけられようとも怒ることなく平穏と日々を過ごしてきた。けれどもね、つい先日、怒り狂う事件が巻き起こったのです。

あれは、先日のことでした。季節は秋から冬へと移り変わり、朝夕などは肌寒さを感じるようになった頃、僕は女だらけの部署で机を並べて仕事をするというハーレムみたいな状態に陥ってました。

まあ、男も数人はいるものの、これだけ女性が、いやいやこれだけの人間がいる場所で働くというのはあまりない経験で、いつもは個室で働いているものですから女の良い匂いがするなーとか考えながら仕事していたんです。

けれどもね、そういう状況ってある意味過酷じゃないですか。こう、女性が大量にいる場所で仕事なんてしてると、こいつらが全員性の奴隷だったら誰から相手するか、月曜日はあの娘だな、火曜日はあいつ、金曜日は週末だからハッスルしてあの娘とあの娘、とか考えるじゃないですか。まあ、それって結構普通なことだと思います。でもね、そうしてるとどうもエロスな気持ちが爆発して仕事どころじゃないんですよ。

こう、なんていうんですかね、別に誰かのパンツが見えたとかそういうトリガーがあるわけじゃなくて、突如としてエロい気持ちが昂ぶってくるんです。野獣ですよ、野獣。もう、満月を見たら大猿に変身しそうなレベルで野獣です。

こうなるとお手上げで、もうどんなに仕事をしようと頑張ってみても手につかない。 Microsoft wordを開いてみても解説のイルカが淫靡に微笑み、たぶん哺乳類だからヤれるはず、と邪(よこしま)な考えが脳裏をよぎる。これではイカン、と Microsoft Excelを開くと、縦横無尽に規則的に並ぶセルたちが、乳房の色が濃い部分、いわゆる乳首の皮膚細胞をすごい拡大した時の絵図に見えて仕方がない。とてもじゃないが仕事をする精神状態じゃなかった。

なんか圧倒的なデジャヴを感じずにはいられないのですが、そうなってくると許されるならば職場でデロローンとオナニーでもかましたい気分なんですけど、さすがにそういうのってアレじゃないですか。職場でオナニーとか普段の個室なら楽勝ですけど、こんなに人がいる場所でやったら間違いなく逮捕とか起訴とか送検とかそんなレベルのお話です。そりゃTKも逮捕されるわ。

ここは我慢しなければならないとジッと耐え忍びました。でも、そうやって我慢してるにも関わらずムワーンと女性特有の甘い香りが漂ってきたりなんかしてもう限界。こりゃいよいよヤバいぞって時に天才的考えが閃いたのです。

「オナニーしないまでもエロい動画を見よう」

オナニーに至らないまでもエロい動画を見れば生贄を捧げられた野獣の如く大人しくなるはず。幸いにして今はインターネットで手軽にエロ動画を鑑賞できる、イヤホンも装備しているので喘ぎ声とかバッチリ、早速見てやろうと急いでユアナントカホストというエロ動画の天王山みたいなサイトにアクセスしました。

色々と吟味した結果、今日はAV女優が露天風呂に入っていたらいきなり混浴になって周りのカップルが絡みだす、みたいなドッキリ系のエロ動画を鑑賞しようと決断、さて、いっちゃいますかな、と風のやうにアクセスしました。

そしたらアンタ、動画にはアクセスできるんですけど、全然音が出ないじゃないですか。こう、画面ではカワイイ女優がいきなりの混浴に驚いているんですけど、全く音声が出ていない。イヤホンから何の音も聞こえてこない静寂の世界。

もうね、怒った。怒り狂った。ハッキリ言ってエロ動画とかエロビデオって視覚でも楽しめますけど、聴覚での楽しみのほうが多いじゃないですか。こう、綺麗な女優さんがヘロヘロになって喘いだりとか、そういうのが興奮するじゃないですか。なのに音が全く鳴らないとなると楽しみの半分以上が失われたことになります。

怒りのあまりノートパソコンを逆に折り畳んでやりたかったんですが、さすがに備品ですのでそういうことしたら弁償とかそういうレベルの大人の話し合いになりますのでグッと我慢。落ち着いて、怒りを鎮めて対策を練ります。

まず、この音が出ないという現象はユアナントカホストだけなのか、それともこのパソコンが壊れているのか、それとも人智を超えた特殊な力、いわゆる超常現象が起きていて「音が出ないのは霊のせいだ、スカリー」「疲れてるのよ、モルダー」なのか、そこから探らなければなりません。そこで、適当に音楽をかけてみようと落ち着いて大橋のぞみちゃんの「崖の上のポニョ」のCDをかけてみました。

しかし、全くの無音。パソコンの中でCDが回転する音と、隣の席のブスの鼻息しか聞こえてきませんでした。つまり、ユアナントカホストが悪いわけではない。パソコンがおかしいのか、霊の仕業なのかということです。

次に、落ち着いてパソコンの諸設定を確認します。この辺はパソコンに詳しく、高校生時代は天才ハッカーファルコンとして名を馳せていた僕には造作もないこと。ちょちょちょいと確認したところ、音量設定は最大でしたし、ミュート設定にもなっていませんでした。パソコンも悪くない。

いよいよ霊の仕業である可能性が高まってきたのですが、さすがにそれはないだろうと思い、やはりパソコンがまずいんだ、と思い、インターネットで色々と検索をしてみました。

「パソコン 音が出ない」

とかで検索するんですけど、何を血迷ったか

「パソコン 音が出ない 巨乳」

とかで検索してしまって何がしたいのかよくわからない状態になってました。

で、実際に皆さんも検索してみると分かると思いますけど、「パソコン 音が出ない」で検索してみると分かると思いますけど、そすするとパソコントラブル駆け込み寺みたいなページがいくつも表示されるんですよね。そこでは「音が出ません」という相談に対して色々とパソコンに詳しい専門の人がアドバイスしてくれるみたいなんです。

おお、これは渡りに船とばかりに思いっきりアクセスしてみるんですけど、そこでまた腹が立ったんですよ。いやね、

「パソコンの音が出ません、どうしたらいいですか?」

「パソコンの音量設定は適切でしょうか?ミュートになっていませんか?それを確認してください」

みたいな返答を平然としてやがるんですよ。どこのページを見てみても大体がそういった返答に終始してる、何考えていらっしゃられるんですか。

あのですね、あまり言いたかないですけど、そういうのって思いっきりバカにされてるじゃないですか。テレビの電源が入らない!という質問に電源ボタンは押しましたか?って返答してるようなもの。そんなのね、そういった音量設定とかミュートとか確認したけどダメだったから困って相談してるに決まってるじゃないですか。もっとこうパソコン相談室みたいなのを銘打ってるなら高度な解決法とかを明示して欲しいものです。

確かにまあそういった音量設定をしてないとかミュートにしているとかそういったケアレスミス的な失敗をしちゃう人が多いんでしょうけど、ぶっちゃけるとそういう人ってバカじゃないですか。部族じゃないですか。バカはパソコンでエロ動画みるのは10年早いですよ。そういう人は音の出ないパソコンで我慢してりゃいいんです。

とにかく、僕の場合は明らかに勝手が違う、もっとこう、Windowsのシステムがおかしくなってるとかそういったレベルの高度な傷害だと判断。仕方ないので2時間かけてWindowsをインストールしなおしました。僕ぐらいのハッカーになると分かるんですけど、こういったシステム的な障害ってヤツはWindows入れなおすと大抵直るんですよ。

で、やっとこさインストールしなおして、エロ動画見れるぜって思いっきりユアナントカホストにアクセスするんですけどまたもや音が出ない。もうどうしていいのか分からなくなっちゃいましてね。こりゃあ米軍の攻撃かもしれないって思ったんですけど、仕方無しにサポートダイヤルみたいな場所に電話しました。

電話をかけてみて分かったんですけど、ああいうところって全然繋がらないのな、なんか「お待ちください」みたいなアナウンスと音楽が延々と流れて繋がらない。多分、多くの素人が、それこそミュートになってたレベルで困り果てて電話してるんでしょうけど、そういう素人はパソコンでエロ動画とか10年早いっすよ。僕はもっとテクニカルな、それこそWindowsの根幹に関わりかねない問題なわけ、だって再インストールしても直らないんだぜ、ホント、庶民や素人は大人しくしてろよ、とイライラしながら待ちました。

「お待たせしました。担当、山岸でございます」

やっとこさ繋がり、電話の向こうには透き通った声の女性が出ます。もうイライラがマックスになってる僕は、本当に嫌なやつなんですけど

「すごい待ちました」

と皮肉たっぷり。もう色々な怒りで我を忘れそうなんですが、落ち着いて症状を説明します。こういった場合、正直な状況説明が解決への近道だったりしますので、何も隠すことなく起こったことを伝えます。

「あの、ユアナントカホストってエロい動画のところがあるじゃないですか」

「はい」

「あそこにアクセスして、露天風呂が突然混浴になって周りのカップルが絡みだすって言う動画を見ようとしたんです」

「はい」

「そしたらですね、音が出ないんですよ。全く音が出ないんです。盗撮風味な動画だから音なしなのかなって思ったけど、それっておかしいじゃないですか、ついでにCDかけても音が鳴らなくて、すごい困ってるんです」

「はい」

こっちが恥ずかしい想いをして見ようとした動画の詳細な名前まで言ってるのに全く動じず「はい」と言ってるお姉さんに腹が立ったんですけど、なんとか怒りを抑えてお姉さんの解決策を聞きます。

「それではまず、音量のチェック、それからミュートになってないか確認しましょう」

ここでまたブチギレですよ。あのな、こっちはその辺の雑魚とはレベルが違うんだよ。そんなのはとうに確認している。もっと技術的にハイテクニックな部分で音が出なくて困ってるんだよ。そういう高度な解決策が聞きたくて電話してるわけ。すっごい待って電話してるわけ。それが何を得意が押して「音量のチェック」だ。それだったらもうお前が露天風呂がいきなり混浴になって周りのカップルが絡みだして、自分も知らない男に責められ始めた感じで喘ぎ声出してくれた方が早いわ。

「いや、それは確認しました」

「いえ、もう一度確認しましょう」

もう怒りでお姉さんが何言ってるのかわからないんですけど、

「だから確認しましたって」

「もしものことがありますので、一緒に確認しましょう」

「もう何回もしました!僕をバカにしてるんですか!もういいです!」

とかブチギレて電話をたたっきってしまいました。いやはや、文章にしてみると本当に酷い。普段はこんなことないのに怒りって我を忘れさせるね。

とにかくプンスカと怒りながら、何回もエロ動画をクリック、それも一番女優さんが喘いでるであろうシーンを再生しまくりますが、それでも音はピクリとも鳴らない。さすがに不安になってもう一度音量設定やミュートになってないか確認、やはり音量は最大でミュートにもなってない。イヤホンが悪いのかと抜いてみるのですが、それでもスピーカーから音は聞こえなかった。

やはりそうなんだよな。僕は素人でも何でもないですから、そこらへんの主婦みたいにそんな根本的な部分でミスを犯してるわけがないんです。音が鳴らない!テヘッ!音量設定が小さくなってました!こんなバカな事があるはずないのです。

一体何が原因なのか、もう僕はこのパソコンでエロ動画をみることができないのか。画面を流れる無音の動画、静寂の世界を眺めながら、もう完敗、と机に突っ伏したその瞬間でした。

問題のパソコンはノートパソコンなんですけど、絶望に打ちひしがれて机に突っ伏したその瞬間。パソコンの側部にとんでもないものが。

音量設定のダイヤル

ギゃー、なんだこりゃ。なんでこんな場所に音量設定が。もしかしたらこのダイヤルを回したら音が出ちゃったりするんじゃ、はい、もちろん、元に戻したら音が出ました。テヘッ!音量設定が小さくなってました!

とにかく、焦ってダイヤルを戻したら。

「あああああああああああああああああああああ、ダメ!人が見てる!あああああああああああああああああああ!チャプチャプ(温泉のお湯の音)」

とか、動画再生しっぱなし、イヤホン外しっぱなし、音量最大、女が沢山いる静寂のオフィス、という考えうる限り最高に最悪な環境で音が出たのでした。死ぬかと思った。

怒りとは自分に盛る毒です。怒ったって何も良いことはない。怒るということは誰かに投げつけるために直火にかけた石を素手で握るようなものだ、なんて言葉があるくらい、それくらい愚かな行為なのだ。僕だって怒りさえしなければ、冷静に対処さえしていればヤンキー女のオッパイも揉めていただろうし、女性だらけの職場で大音量でエロ動画をロードショーしなくてすんだろう。本当に怒りとは愚かだ、もう怒らないようにしよう、32歳にしてまた新たに決断するのだった。

あの「露天風呂が突然混浴になって周りのカップルが絡みだすって言う動画再生事件」以来、僕だけ饅頭もらえないとかそういうレベルではなく、僕のデスクの上に綺麗な花が飾られるという状態に陥ってるのだけど、それでも僕は怒らない。だって怒るのは愚かな行為なのだから。

静かなオフィスに飾られた鮮やかな花、それこそが静寂の世界だった。


11/18 AVに願いを

一歩一歩、歩を進めた。

青年は殺人など犯したことはなかった。けれども、きっと殺人者の心情とはこんなものだろうと実感した。息を潜め、対象に忍び寄らねばならない。ある信念のために事を成し遂げなければならない。それは仰々しくもなく、盛大であってはならないのだ。ただ静かに、人知れず任務を遂行しなければならない。

店内に人はいない。閉店間際だけあって人もまばらだ。ゴーストタウンと化した街並みを潜り抜けるかのように青年は一歩一歩、その奥へと歩んでいった。懐かしい香りに懐かしい雰囲気、店内を流れるユーロビート風の90年代サウンドはどこか古めかしくそれでいて懐かしい。心地良いサウンドはまるでTKが逮捕されたことなど嘘のようにビートを速めた。

月は何色だと聞かれたら黄色と答えるだろう、それは太陽の光だ。アスファルトの歪みは補強工事によるものだろう。インターネットは下賎でどうしようもないだろう。この世の中の全ての事象にはそれなりの理由がある。青年がこうして息を潜めて店内を闊歩するのにもそれなりの理由があった。

その日は野獣だった。青年は野獣だった。満月を見たら大猿に変身しそうなほどに野獣であった。職場でも勃起が収まらず、スーツを突き破らん勢いで頼もしい生殖器は昂ぶっていた。これが21世紀の現代だから良かったものの、弥生時代などだったら生殖器を鎮めるための祈祷が行われるレベル。村を挙げて地鎮祭が行われるレベル。もう笑うしかなかった。

男に生まれて32年、何度かこのような経験がある。決して初めてのことではない。パンティを見たとか、ハミ乳を見たとか、ちょいブスの女性社員が私は顔はイマイチだから乳で勝負!と露出の高い服装で出社してきたわけでもない。そんなエロスなキッカケがあるわけじゃないのだ。何の理由もないのに、何のキッカケもないのに、それも整然としたオフィスで、真昼間から、突如としてエロい気持ちが昂ぶるのだ。

こうなるとお手上げだ。もうどんなに仕事をしようと頑張ってみても手につかない。Microsoft wordを開いてみても解説のイルカが淫靡に微笑む。たぶん哺乳類だからヤれるはず、と邪(よこしま)な考えが脳裏をよぎる。これではイカン、とMicrosoft Excelを開くと、縦横無尽に規則的に並ぶセルたちが、乳房の色が濃い部分、いわゆる乳首の皮膚細胞をすごい拡大した時の絵図に見えて仕方がない。とてもじゃないが仕事をする精神状態じゃなかった。

青年は歯を食いしばった。我慢した。許されるならば職場でドロローンとオナニーしたかった。しかし、サブプライムローンの破綻に端を発する未曾有の金融危機はそのような職場環境を許さなかった。職場でそのような不埒な行為に及んでいてはこのマネーウォーズを生き残れない。弱肉強食の世界だ。実際には上司の監視の目が厳しくてできなかった。怖いから。

最近は異様に職場での信頼度が低いらしく、青年は常に監視されていた。2メートルくらいの距離に上司のデスクがあって一緒に仕事をしている。この上司ってヤツが曲者で、全くジョークが通じない。取引先の人に緊急で連絡を取らなければならない事があり、上司に「彼の携帯に連絡しないさい」と命令されたことがあった。すぐさま携帯でピポパとやったのだが、上司は本当にちゃんとかけるのか厭らしい目つきで、爬虫類のような目つきで青年を監視していた。

何度かけても彼の携帯の着ウタである浜崎あゆみの曲が延々と流れるのみで、全然電話に出なかった。そこで青年は言った。

「だめっすわ、電話にでんわ」

普通なら、いいや、ここがアメリカならこの瞬間から笑いが巻き起こり、上司と打ち解けてその夜はホームパーティーだ。青年もメガネと鼻がくっついたひょうきんグッズを装備して参加するだろう。上司の奥さんも品のいい感じで歓迎してくれる。パーティーではチキンが振舞われる。上司ご自慢の男の料理だ。「これが私の娘さ、美人だろ」「もうパパったら!」上司に似ず、可憐な青い瞳の少女がシャケのパイを持ってキッチンから登場。青年は一目で恋に落ちた。っていう展開はなかった。普通に「じゃあFAX送っておいて」意味が分からない。独房で一人寂しく育った哀れな生い立ちとしか思えない。とてもじゃないがオナニーできる雰囲気ではない。青年は世の無情を憂いた。

青年は勤務時間が終わると矢のように職場を飛び出した。上司の横を風のやうに走った。早く家に帰ってオナニーをしなくてはならない。ユナントカホストとかいう大量のエロ動画蔵書を誇るサイトでオナニーしなくてはならない。今日はアレだ、面接に来たらいつのまにか淫らなことをされてします動画にしよう、あのちょっと女の子が焦っちゃって「やめてください!」とか言うのがたまらない、などと妄想を膨らましていると瞬く間に我が家に到着した。

急いでドアの鍵を開ける。焦りすぎててなかなか鍵穴に入らない。鍵穴に鍵を入れる、エッロ!と思うほどに被験者は危険な状態であった。なんとかドアも開き、一目散にパソコンへと向かう。こんなこともあろうかとパソコンの電源は常に入った状態だ。そんなに動かさなくてもいいだろって程にマウスを左右に動かし、スリープ状態から復帰させる。普段なら何てことない間なのに妙にもどかしい。早く、エロい、動画を、見せろ、早く、エロい、動画を、見せろ、気付くとハードディスクのガリガリする音にあわせてブツブツと呟いていた。

いよいよアクセスできる。恐ろしい速さでブラウザを立ち上げる。普段ならスタートボタンからFireFoxを立ち上げるところだが、焦っていた青年は適当なフォルダを開いてそこから「お気に入り」を開いてやった。1秒が惜しかった。その刹那が待ちきれなかった。

カチカチと何度もクリックする。お気に入りの中のユアナントカホストを何度もクリックする。しかし真っ白なままで何も表示されない。待ちきれずに何度も何度もクリックした。たぶん100回はした。その間もズボンとか脱いでいた。いつでも迎え撃つ体勢が整っていた。そして、ついに画面が表示される。

「ページを表示できません」

ガッデム!

どうやらサーバーが落ちてるか何かでアクセスできないようだった。他のサイト、頭の悪い女がネイルアートとか載せてるブログとかは見れたし、樽みたいな女がコスプレしてて「ちょっと露出しすぎかな」とかおぞましい写真と共に書いてて、あんた露出も何も、背中ブツブツですやん、月面やん、みたいなブログも開けた。なのでユアナントカホストだけが落ちてるようだった。

確認のため、もう一度アクセスしてみる。やはり「ページを表示できません」だった。もうダメだ。今すぐオナニーしたい。今したい、すぐしたい、砂漠の真ん中で。

青年は考えた。なんとかしてこの荒ぶる神々を鎮めなければならない。けれどもユアナントカホストは使えない。他のエロサイトという線も考えたが、適当にクリックしてたらウィンドウが100個くらい一気に開いて収拾がつかなくなった思い出が未だにトラウマで利用できない。あの「FREE SEX!!!」とかの文字が毒々しく点滅している光景は一生忘れない。

「エロDVD借りてこよう!」

青年は決意した。インターネットエロ動画の手軽さにポリシーを捨て、一線から退いて久しいレンタルビデオショップのエロビデオコーナーに救いを求めることを決意した。一体全体、このインターネット全盛、エロ動画全盛の時代にエロビデオコーナーがどうなってるのか想像もつかないが、背に腹は変えられない、青年は急いでレンタルショップへと向かった。

思えば、レンタルエロビデオの歴史とは不遇の歴史である。話せば長くなるので極力短くするが、とにかくエロビデオは不遇であったと言えよう。長い話が嫌な人はこの段落は本筋に全く関係ないので読み飛ばしてもらって構わない。ただ書きたいだけなのだ。新しいメディアの台頭には必ずやエロの力が存在している。ビデオ、DVD、インターネット、様々な情報媒体はエロをキッカケに爆発的に普及し一般化した。エロビデオとはビデオテープ普及の牽引役であった。しかし、当時のエロビデオはとにかく高価だった。詳しい値段は分からないが、一般庶民がおいそれと手が出せる値段ではなかった。そこで登場したのがレンタルエロビデオだ。店側がエロビデオを揃え、客は数百円の金で数日、ないしは1週間レンタルする。このシステムはヒットだった。男なんてヤツは色々な女の子のエロい姿が見たくなる生き物で、あっちのエロビデオ、こっちのエロビデオと、例えるならば花弁から花弁へと飛び移る蝶だ。その思考と嗜好と指向がレンタルビデオにマッチし、至高のシステムを作り上げた。安い金で色々な女の子を、それはさながら擬似的なハーレムだった。しかし、レンタルエロビデオの春はそう長くはなかった。安価でモザイクが薄く、過激な内容のセルビデオの台頭。売ることを前提としたビデオが幅を利かせ始め、ここからレンタルエロビデオ不遇の時代が始まる。程なくして高画質でスペースをとらないDVDが台頭してきた。多くのメーカーはDVDに乗り換えることに成功したが、ビデオの持つあの味のある趣は完全に消え去った。桜樹ルイのビデオ、再生されすぎて磨り減ってるやん、ということもなくなった。そして昨今のインターネットによるエロ動画、もはやそこにワビサビは存在しない。ただ機械的にダウンロードして再生する、ロボットでも出来る行為が毎晩繰り返されるのだ。最近の若者には心がない。覇気がない。それはおそらくこういったエロメディアの変遷が起因しているのだろう。あの、ワクワクしながら借りるビデオを選ぶキモチ、あまり借りすぎるとレジで大王とかニックネームを頂戴するかもでも借りたいというキモチ、レジでのちょっと恥ずかしいキモチ、家に帰るまでの異様な高揚、まるで恋をしてるかと錯覚するキモチ、デッキにセットするワクワクなキモチ、画面にとんでもないブスが映った時のキモチ、パッケージ嘘じゃねえか!と叫びつつせっかくだから絡みだけは見ておく。そういった経験が僕らの心を育んできた。大切なことはみんなエロビデオに教わった。それがどうだ、今の若者はユアナントカホストとかクソみたいなサイトにアクセスしてエロ動画、これじゃあ心が動かない。そこにキモチはない。無表情で心の動かない、犯罪予告とかして掴まっちゃう無職の量産だ。そんな世界は終わりの始まりだ。お前らはロボットだ。無表情でエロ動画ダウンロードしやがって。終わってる、ホント終わってるよ。と、熱く語ったところで日記の続きをお楽しみください。

現役を離れて幾月か、いったい今のエロビデオコーナーはどうなっているのか。青年は逸る気持ちと恐怖とが入り混じる複雑な心境を抱えてレンタルビデオ店へと足を踏み入れた。

慎重に慎重に、ソロリソロリと歩みを進める。地方の小さなレンタルビデオ店、閉店間際で客もまばらだ。まるで盗人のような足取りで片隅のエロビデオコーナーへと向かった。

はたして、そこにはエロビデオコーナーが存在した。昨今の御時勢を鑑みるに、コーナーごと撤去されていてもおかしくなかろうに、あの怪しげなノレンは威風堂々と存在していた。スペースこそ小さく、まるで独居老人の終の棲家のようにこじんまりとしているが、その存在感やるや全盛期そのままで、圧倒的なオーラを身に纏っていた。

青年がエロ動画にうつつを抜かしてる間も、エロマンガに夢中になってる時も、オナニー世界記録に挑戦している時も、エロビデオコーナーは確かに確かにそこに存在していたのだ。ずっとずっと存在していたのだ。きっと世界が終わってもここだけは存在するのだろう、そう錯覚するほどの安定感が確かに存在した。頬を伝う熱い何かを感じずにはいられなかった。

ゆっくりとノレンをくぐる。外界との繋がりを断ち切り、異世界へ足を踏み入れたような懐かしい感覚。薄皮状の膜を突き破ったかのような、柔らかい抵抗感、それがなんとも気持ちよかった。全てがあの日のまま、強敵(トモ)たちと命を賭して闘ったあの日のままだった。

しかし、エロビデオコーナーの中は様変わりしていた。全てがDVDに置き換わっており、さらに古いビデオテープは紙袋に入れられ「お楽しみパック」として販売されていた。それだけなら許容できるが、明らかにやる気のない陳列が見て取れた。「混浴温泉パニックGOGO!」という明らかな企画物エロDVDが「コスプレ物」に分類されているなど、分類した人間の思想を疑いたくなる陳列だった。混浴のどこがコスプレだ。

「これも時代の流れか」

このエロビデオコーナーは明らかにやる気がない。最前線で闘った事がある青年が見ると、陳列を見ただけでその店のやる気を知る事ができる。残念ながら、この品揃え、陳列、全てがレンタルエロが過去の遺物と成り果てたことを証明していた。

青年はエロビデオコーナーで切ない気分になった。それはNHKに「町おこしをはかる小さな漁村」みたいな特集で、漁村に、サカナクンという、お魚のことはマジ詳しいんだけど、一歩引いてみたらアレな人が出てたときに、怖そうな漁師が村の特産であるアワビの刺身を振舞ってやるって時に、プリップリのアワビを口に頬張ったサカナクンがいつものぶっ壊れた調子で「おいしー!あわビックリー!」って甲高い声で言ったんだけど、怖い漁師が「はあ?」ってすごい素で返していたのを見たときのような切ない感情が去来した。

現状を嘆いてばかりでははじまらない。いつだって時代は流れているのだ。とりあえず、やる気のない陳列の中からいくらかのDVDをチョイスする。現役時代だったら7本も8本も借りるところだが、今日は復帰戦、リハビリだ、特に気になった1本だけを借りることにした。タイトルは「一番搾り!アナル汁!」とかそんな感じの作品だったと思う。何がアナル汁なのか皆目分からない。

入った時と同じようにノレンをくぐりエロビデオコーナーを後にする。いよいよレジでレンタルして家に帰れば観ることができる。どうしようもなく滾ったリビドーを鎮める事ができるのだ。一体アナル汁とは何なのか、それって下痢じゃないのか、考えるのは手に持っているDVDのことばかり、このワクワク感こそが醍醐味なのだと確信しながらレジへと歩を進めた。

「よー、pato君じゃないか!」

そこには上司がいた。とにかく上司がいた。青年は動揺した。こんなプライベート空間であの爬虫類のような上司に出会う。それは予想だにしていないことだった。

上司は職場での姿と異なり非常にリラックスした表情だった。いつもの爬虫類顔とは違い、若干哺乳類に近付いたような、ハ乳類みたいな顔をしていた。それもそのはずで、上司の横には小さな娘さんが、同じようにハ乳類みたいな顔をして憮然と佇んでいた。あまりの驚きに「あわビックリ!」って言いそうになった。

「奇遇だな、こんな所で。なあに、娘にせがまれてアニメ借りに来たんだわ」

職場での彼が蜃気楼なんじゃないかしらと思うほどに気さくでフレンドリー、その事実に青年はただただ動揺した。ましてや、熊のプーさんだか無職のプーさんだか知らないけどそういった類のDVDを借りてる上司の前で「僕は一番搾り!アナル汁!を借りに来ました」とも言えず、後ろ手に隠して動揺することしかできなかった。

「オッサンはなに借りたのー?」

なんて無礼な娘っ子!舌で蝿とか捕まえそうな顔しやがってからに。というか、オッサンはないだろ、オッサンは、上司のヤツはどんな教育してるんだと思って表情を見ると、ただただニコニコ、その笑顔には将来、娘が嫁いでいく日の寂しさや憂いが少しだけ含まれていた。それがまた青年をイラつかせた。

というか、トカゲ娘、じゃないや上司の娘は、青年に興味津々な様子で、しきりに何を借りたか確認しようとする。後ろに回って確認しようとする。そんなもん確認されて読み上げられた日には、「一番搾り!アナル汁!」とか大声で読み上げられた日には全てが終わる。色々と終わる。

「ねえねえ、何借りたの、何借りたの」

しつこくつきまとうトカゲ娘。これだから子供ってヤツは恐ろしい。

「やめなさい、これから借りるんだから正確にはまだ借りてないよ」

とか言うけど聞き入れない。とにかく後ろに回ろうとする娘に、それを阻止しようと同じく回る青年、このままバターになっちゃうんじゃないかってほどに白熱の攻防戦が展開された。

見られてはならない、絶対に見られてはならない。青年が恥ずかしいとかそんな次元の話では断じてない。ただ、幼い少女の心に深く突き刺さるトラウマを与えたくないだけなのだ。

「じゃ、明日、会社で」

「おつかれさまです」

上司と別れて各々で物色する形になったのだけど、それでもトカゲ娘は離れない。青年が歩く後ろをスリップストリームの如くついてくる。その光景を上司は微笑ましく眺めている。いいから娘を止めろ。

結局、トカゲ娘を振り切ろうと陳列棚を右へ左へと逃げるのだけど、それでも諦めない。一瞬危ないシーンがあり、DVDを、「一番搾り!アナル汁!」を奪われそうになるも、なんとか死守し、逃げつつ陳列棚から適当にDVDを2枚抜き取った。

その抜き取った2枚で「一番搾り!アナル汁!」をサンドイッチ。古典的な方法だがこれが随分と効果的。上手いことに一番上には劇場版名探偵コナンのDVDが配置されていた。

「ほら、お兄ちゃんはコナンを借りたんだよ」

「コナンかー」

みたいなやり取りを経て無事にレジに到達。なんだか不満げに見守るトカゲ娘を尻目にサンドイッチした3枚を丸ごとレジに出した。

いやー、スリリングなひと時だった。青年は安堵した。それと同時にこういった危機、ハプニングこそがレンタルエロビデオの醍醐味。この一歩間違えたら奈落へと転落しかねないオンザエッジ。それらを潜り抜けて見るエロだからこそ限りなく価値があるのだ。ダウンロードなんてクソくらえだ。ユアナントカホストなんてクソくらえだ。青年はもう一度現役に復帰しよう、この荒廃したレンタルエロビデオ界を自分の手で盛り立ててやろう、そう決心した。

ピッピッ

店員が無表情にDVDのバーコードを読み上げていく。その瞬間、少し離れた場所で見守っていたトカゲ娘が、上司の下へと走り始めた。

「お父さーん、一番搾りアナル汁ってなにー!?」

その大声は店内中に響き渡った。

「なっ!」

驚いてレジを見ると、最近のレジってのはとにかく凄い、客にも見えるように金額とかを表示する画面があるのだけど、そこにはすごい無機質な感じで

「イチバンシボリアナルジル アダルト」

と思いっきり表示されていた。ご丁寧にカタカナ表記で幼女も読みやすい!クスクスと遠巻きに笑い声が形成され、店員はプルプルと肩を震わせていた。

終わった。色々と終わった。けれどもこういう恥ずかしい失敗こそ、レンタルエロビデオの醍醐味なのだ。これはダウンロードでは味わえない。青年は顔を真っ赤にして店を後にした。店内を流れる激しいユーロビートが妙に悲しかった。

家に帰り、「一番搾り!アナル汁!」を鑑賞するとオバサンが外付けハードディスクみたいなの入れられてブリブリボリボリってなってた。せっかくなので最後まで鑑賞したけど何がアナル汁なのか分からなかった。サンドイッチ作戦で一緒に借りたコナンも鑑賞し、さらにもう一枚無造作に借りたDVDも鑑賞した。

それはglobeのライブDVDで、華やかな世界。それはまるでTKが逮捕されたことなど嘘のようだった。


11/5 ハイテク危機

世の中にはハイテク機器が溢れています。

最近では歩いて通勤していますので、通勤途中にiPodで大塚愛さんの楽曲を聴きながらご機嫌というのが定番なのですが、よくよく見てみるとこんな小さな箱に何百曲も曲が入るなど、考えられなかったことです。

10年前を思い出してみましょう。時は90年代、携帯電話がボチボチ普及し始め、やっとこさ携帯の液晶がカラーになったのがこの時期です。

「やっべ、その携帯カラーじゃん」

「まじ意味ねーよ、カラーだとすぐ電池なくなるし」

こんな会話が日常でした。驚くかもしれませんが、携帯電話でインターネットやメールができるようになったのもこの時期で、携帯電話以外の用途を模索し始めた時期でもあります。ちなみにTKミュージック全盛の時代でした。

確かに10年も経てば技術も進歩します。TKだって逮捕されます。けれどもね、最近異常じゃないですか。ハッキリ言って技術の進歩が異常すぎて漠然とした怖さを感じる事があるのです。

例えば、携帯電話にしたってそうなんですけど、今じゃメールもネットも当たり前、電話帳も1000件とかはいっちゃってね、電子マネーもできてワンセグテレビも見れちゃう、もちろんカメラも搭載で何百万画素とか訳分からないことになっちゃってるんですよ。そのうちレーザーとか出て人殺せる機能が搭載されますよ。

携帯音楽プレイヤーにしたってそうで、一昔前は思いっきりウォークマンとか言ってカセットテープが入るタイプ、A面に12曲、B面に12曲とかが限界でした。頭だしとかムチャクチャ大変だしサイズもでかい。それからCDウォークマンみたいな形式になったんですけど、明らかにドでかいですからね。正気では携帯できないレベルの大きさです。

こうやって恐ろしいばかりの技術の進歩には驚かされるばかりなんですけど、ふと考えると便利だな、最高だな、と考える一方で何か漠然とした不安というか焦燥感というか、とにかく得体の知れない不安な気持ちが襲ってくるのです。

それを感じたのが、自分の携帯電話を弄ってる時でした。最近の携帯電話はゲームまで出来て多機能、暇つぶしにはもってこいなのですが、ふとね、自分が登録した電話帳の件数を見て腰が抜けるほど驚いたのです。

登録件数 14件/1000件

いやいや、これはもう、なんていうか、友達が少ないとか、お前嫌われてるジャン、とかそんな低俗なレベルのお話ではないですよ。明らかにおかしい、明らかにやばい。何がやばいってどう考えても技術の進歩に人間が追いついてないじゃないですか。

技術の進歩は凄まじく、それは記憶媒体の進歩も同時に素晴らしいのです。今や何ギガバイトとかのハードディスクとかムチャクチャ安価で手に入ります、それはこの小さな携帯電話でも同じことで、鬼のように記憶容量が増え、アホみたいな件数の電話帳登録ができるようになってるのです。

おそらく、これから技術が進歩し、電話帳も3000件、5000件、10000件と登録できるようになるでしょう。昔は電話番号しか登録できなかったのに、今やメールアドレスやその人の画像なんかも登録できるようになったことを考えるとそれくらい造作もないことです。けれどもね、いくら技術が進歩しても人間の交友関係は変わらない。登録可能件数が10000件に増えたところで、

登録件数 14件/10000件

になるのが関の山。これはもう明らかに人類の敗北です。機械の進歩に人類が追いついていない。電話帳なんて20件登録できれば十二分なのに、歴然たる力の差を圧倒的に見せ付けられているのです。例えるならば難攻不落の城塞。決して超えることの出来ない大きな壁。SF映画じゃないですけど人類VS機械の全面戦争が起こるのも時間の問題だと思います。

そうやって技術の進歩に人類が追いついてるのかという観点で世の中を見てみるとボロボロと出てくるもので、携帯音楽プレイヤーだってそうです。iPodってマジ凄くて圧縮された音楽が1000曲とか余裕で入っちゃうんですけど、僕ってば大塚愛さんの「さくらんぼ」と「ロケットスニーカー」しか聴かないですからね。2曲ですよ、2曲。たぶん、1000曲フルに活用しようと思ったら生涯のライフワークになるレベルです。明らかに追いついていない。

さて、そんな人類の進歩と調和レベルのお話をしましたが、我が職場でも何をトチ狂ったのかデジカメというものが導入されまして、さすがにいまさらかよ、と思うのですが、何だか、会議の風景だとか大きなプロジェクトの実施風景を写真に収めて資料にしよう、という風潮が前々からあったのです。

これまでは、写るんですみたいな使い捨てカメラを駆使し、それを出入り業者のカメラ屋さんに出して現像してもらうという手法をとっていたのですが、ネット上にアップしようとした時にムリムリと全ての写真をスキャナで読み込まねばならず、1000枚以上の写真を朝から晩までスキャナで読み込む仕事をしていた通称スキャナ係長がついに発狂したのでデジカメを導入することになったんです。

何をまかり間違ったのかそのデジカメ選定係に選ばれたのが他でもない僕でしてね、ヤマダ電機とか行ってパンフレットとか集めまくって唸りながら機種の選定を始めたのです。

最近のデジカメってマジ凄くて、肌が綺麗に写る機能搭載、だとか、笑顔を勝手に感知してシャッターをきる機能とか女子供が喜びそうな機能満載。でもまあ、写すのって会議の風景とかですから油ギッシュなオッサンしか写しませんからね、肌が綺麗とか笑顔とか全く必要ない。全くいらない機能。

でもね、どうせ会社の金で買うんだからすごい多機能なやつ買ってやろうって一番高いヤツを注文しましてね、福山雅治がオリンピック女子ソフトボールを撮影していたバズーカ砲みたいなデジカメを購入してやったんです。

そしたらアンタ、納入されたのはいいんですけど全然使い方が分からないじゃないですか。え、なんでこんなにボタンついてるの?どこがシャッターなの?っていうかなんでこんなにデカくて重いの?って感じで丸っきり使いこなせない。たぶん信じられないような多機能なんでしょうけど、技術の進歩に人類が追いついてないんです。

それでまあ、会議の模様を撮影して来い、とか言われて持っていったんですけどイマイチ使い方がわからない、重くて腕が痺れる、見事にオッサンしかいない、と嫌になっちゃいましてね、普通に写るんですで撮影して現像に出しました。出来上がった写真を「取り込んでください」とスキャナ係長に提出したらまた発狂してました。

「なんでデジカメ買ったのに使わないんですか?」

というスキャナ係長および取り巻きの女子社員の問いに、「使い方が分からないから」と返答することなどできず、

「デジカメはダメだ。デジタルじゃあ生命の息遣いが伝わってこない」

とか一流写真家みたいなことのたまってました。油ギッシュなオッサン写すのに息遣いもクソもない、むしろないほうがギトギトしてなくていいのですが、そう答えるしかありませんでした。

でまあ、そうやって言い訳していても全然使わずに「写るんです」ばっかり使ってるわけですから、こう、なんていうか、もしかしてあの人、使い方分からないんじゃないかしら的なムーブメントが盛り上がってくるじゃないですか。

そうなってくると、直接的に「使い方分からないなら教えますけど」みたいなことを言う人がいますけど、そういうのって僕がバカにされたような気分であまり気持ちいいものじゃないじゃないですか。皆さんもニートな自分に嫌気がさして働くようになったら分かると思いますけど、職場ってヤツは何より協調と調和を大切にする場所なんです。思っていても言っちゃいけないことって山ほどある。

「あの、良かったら、私のデジカメを貸しましょうか?」

この女子社員のように、使いやすいデジカメを貸しますよと言うことで全てが丸く収まるわけですよ。使い方が分からない僕も恥かくことなく簡単なデジカメを使える、スキャナ係長もスキャニングして発狂することもなくなる、オッサンたちも劣化の少ないデジタルで自分の姿を残せる、円滑な人間関係とはこういうことを言うのです。誰一人損をしない。

「マジで?もしかしたらそのデジカメなら生命の息遣いを撮影できるかもしれない、よかったら貸して」

まあ、僕もこう言うしかないんですけど、生命の息遣いもクソもないんですけど、とにかく、その使いやすいデジカメを借りることにしました。

次の日、女子社員の子が持ってきたデジカメが思いっきりキティちゃんデジカメでしてね、どういうものかっていうと、見紛う事なきキティちゃんのデジカメです。明らかに子供のおもちゃみたいなデジカメなんですけど、これがまあ、非常に使いやすい。ボタンも数個しかなくて直感で使えるんですよね。

そんなこんなで、厳格な会議、この半期の利益がとか、サブプライムローンに端を発する全世界同時株安の影響が見たいなお堅い話をしている会議の席で右往左往しながらキティちゃんデジカメで撮影する188センチ、32歳の野武士、とまあ、イカれた画家が描く世界みたいなシュールな構図になってたんですけど、まあ、とにかく無事に撮影できましてね、撮影した画像をパソコンに取り込むの楽チンポンッですよ。

それにしても技術の進歩って凄まじいもので、こんなオモチャみたいなキティちゃんデジカメでも綺麗に撮影できるモンでして、何万画素か知りませんけど、そんなの普通に撮影するレベルでいらないだろって高画質なんですよ。ぶっちゃけ、何百万画素の高画質画像、とか言われて写真見せられても分からないじゃないですか、もうそれだけ技術に追いついてないんですよね。

そこでね、思ったんです。この技術の進歩に人類が追いつくためにはどうしたらいいか。どうやったらこのキティちゃんデジカメが何百万画素っていうスキルをいかんなく発揮してくれるのか。これは機械文明と人類の戦争の始まりだ、そう考えてしまったんです。近い将来、発達した機械の氾濫によって人類が滅ぼされることないよう、今のうちに人類こそが最強で、お前ら機械ごときには負けないってところを見せ付けてやろうと思ったんです。

そこで何をしたかというと、まず、さすがに職場でやるわけにはいかないのでキティちゃんデジカメを我が家に持って帰ります。で、そのキティちゃんデジカメで自分の生殖器を撮影、これです。

いやね、さすがに僕も変態的な思考でこういうこと言ってるわけじゃありませんよ。あのですね、ちょっと優木まおみに似ている女子社員のキティちゃんデジカメで自分の生殖器を撮影するって行為がまるで彼女の一部をレイプしているかのようだ、とか興奮したりしませんよ。そんなの断じてありません。そんなのただのキチガイですよ。ただ単純に機械文明に勝ちたかった、それだけなんです。

よくよく考えても見てください。人の顔を撮影するのって、言ってしまえば写るんですとかでも一緒じゃないですか、あんたら別に高画質がどうとかそんな顔してませんよ、別にデジカメでなくても撮影して現像すればいい、でもね、生殖器はそうもいかんですよ。まず、生殖器を撮影して現像に出したらカメラ屋のオッサンにムチャクチャ怒られますからね。1枚、2枚くらい生殖器画像ならカメラ屋のオッサンも普通にスルーしてこっそり抜き取っておいてくれますけど、例えば24枚撮り全部生殖器だったらムチャクチャ怒られますからね。あん時、優しかったカメラ屋のオッサンが修羅と化しましたからね。

けれどもね、デジカメは何枚、メモリー全部、たとえば1000枚くらい生殖器撮影したって誰も何も言わんですよ。デジカメだって黙って粛々と生殖器をメモリーしていきます。それこそが、デジカメにしかできない使い方、デジカメを満足に使いこなしている、人類の勝利じゃないですか。

そんなこんなで、粛々と、それでいて厳かに自らの生殖器を撮影してみたんですけど、これがまあ、なかなかいいんですよ。さすがにキティちゃんデジカメは、モニタの部分もかわいらしい造りになってるんですけど、そんなカワイイ画面に汚らしいナマコみたいなのが鎮座しておられるんですよ。

皆さんはシャッターに酔うという現象をご存知でしょうか。これはまあ自己陶酔の一部なのですが、シャッター音というのは人を酔わせる効果があります。一流のカメラマンが女優を撮影する際、いかにしてシャッター音に酔わせるかがカギになってくるのですが、たまにあの女優が!?と驚くような過激な写真集が登場したりしますが、これもシャッター音に酔い、自分の中の殻を破った結果なのです。

言うまでもなく、僕もシャッター音に酔ってきちゃってですね、自分でも驚くぐらい過激なポーズを撮っちゃったりなんかして、まあ、そうなると次第に怒張してくるじゃないですか。そうこうしてるうちに興奮してきちゃってもう止まらない、ちょっと優木まおみに似ている女子社員のキティちゃんデジカメで自分の生殖器を撮影するって行為がまるで彼女の一部をレイプしているかのようで、キティを犯すっていうかデジカメをレイプする感じでムチャクチャ大興奮、大車輪の勢いで撮影しまくってやったんですわ。数百枚くらい撮ってやったった。

これはね、ハッキリ言って人類の勝利ですよ。進歩する技術を人類が凌駕した瞬間。機械兵士たちがガタガタと音をたてて崩れ去る未来が見えたね。

そんなこんなでコイツは最高だ、僕はこのキティデジカメを凌駕した、人類勝利!と意気揚々と職場に行きましたところ、ちょっと優木まおみに似ている女子社員の方から

「どうですか?そのデジカメの使い心地は?」

みたいなことを聞かれました。言い換えるとこれはさすがにその低機能デジカメは使えるよなってことなのですが、僕も僕で強がっちゃって

「いいね、生命の息遣いを撮影することができる最高のデジカメだよ!」

と返答。まさか生命の息遣いどころか、生殖器の息遣い、生々しい生殖器連続画像、怒張していく生殖器のハイパー分割画像が収録されているとは思うまい、といった面持ちで少し誇らしい感じでした。

「じつは、あのデジカメにこの間、みんなでボウリングに行った時の写真がはいってるんですけど、デジカメはそのまま使ってもらっていいんで、その画像だけ移動させていいですか?」

いやいやいやいや、それはその、こう、なんていうか、まずいじゃないですか。絶対にデーター移す時に思いっきり生殖器がモロンですよ。たぶん、パソコンに移す時に、Windowsとかマジ親切ですから、小さい画像を表示するじゃないっすか。フォルダ開いた瞬間に数百枚の生殖器画像っすよ。調子に乗って生殖器の横に造花とかあしらった画像出てくるっすよ。

「いやー、あのデジカメね、ちょっとまってねー」

まあ、いつもなら諦めてそのままデジカメ渡して、取り込もうとした優木まおみがフォルダ内を所狭しと踊る生殖器を見て泡吹いて倒れる、阿鼻叫喚の生き地獄が展開されるんでしょうが、さすがに僕だって成長してますよ。適当に会話を繋ぎつつ、ポケットの中でデジカメ操作して画像を全消去するしかありません。

「いやねー、被写体の息遣いが画像に残る素晴らしいデジカメで、さすがキティちゃんって感じ」

とか会話しつつも、そのキティちゃんで生殖器の息遣いを撮影したとは言えず、なんとかボタンをまさぐって全消去を試みます。しかしながら、全然どこ押したらいいのかわからない。技術に人類がついていっていない。不慮の事故を装ってデジカメを叩き壊すことも考えましたが、さすがにそれは人のデジカメなのでできませんでした。

もうさすがに限界!これ以上会話を引き延ばすのは不可能、そう感じた僕は、適当に押したボタンが全消去になってることを祈って優木まおみに渡しました。

「あ、すぐ返しますねー、キャー!」

なんか全消去しようとしたんですけど、どうやらドアップで生殖器画像を再生していたみたいで、とんでもないことになってました。自ら死の瞬間を早めたとしか言いようがない。一番最悪だ。あまりにショックだったのかキティちゃんデジカメを投げ出しちゃいましてね、キティちゃんが傷だらけになってた。キティちゃん死んでた。

まあ、あとはいつものパターンですわな。セクハラ駆け込み寺みたいなところに文字通り駆け込まれ、下手したら次ぎ会う時は法廷かと思われたのですが、こっちもこっちでタダで生殖器見られちゃって訴えたいくらいなんですけど、もうそんな汚いデジカメいらない!とか泣きながら言われて僕が悪いままに見事、写真係をお役御免となったのでした。マジ、ハイテク技術って怖い。

技術の進歩は凄まじい。便利な機器が溢れかえる今日の日本社会。しかし実はテレビ、冷蔵庫、洗濯機と三種の神器と言われた家電が揃った時点ですべて賄えているのです。後の進歩は蛇足にすぎない。それ以上はもう、人類が追いついていないのです。

1000件も登録できる携帯電話の電話帳、でもそんなに技術が発達されても僕ら人類には使いようがないのです。数少ない女性登録者だった優木まおみに生殖器を見せつけるという失態を演じてしまい、また、登録数が減って、

13件/1000件

全然使いきれてない。人類敗北。


10/25 ぬめぱと変態レィディオ-恋はズンドコスペシャル-

ぬめぱと変態レィディオ-恋はズンドコスペシャル-
放送開始 10月25日(土)21:49〜
放送URL 終了しました
放送スレ 終了しました
聞き方  こちら(PC) こちら(iPhone)

放送内容
・リスナー生電話
・7年間の思い出
・ぬめり本オークション
・保険のババアが乳首を出した話
・FF11で外人と喧嘩した話
・堂本剛の悪口
・親父がヌメラーと酒を飲んだ話
・ハイド

と、盛り沢山の内容でお送りいたします。10月25日は是非、パソコンの前でpatoを罵りましょう。


10/22 Numeri7周年

そんなこんなでNumeri開設7周年を迎えたわけですが、思えば長いことやってきたもので、7年前の今日この日Numeriを開設したわけです。7年というとそれはそれは途方もない期間でございまして、1歳だった子も8歳になって分別がつくようになります、13歳だった可憐な女の子も20歳になってヤリマンになります、いつも温かく家庭を見守ってくれていたお爺ちゃんも天国から見守ってくれるようになります。

ちなみにNumeri開設の年である2001年は、ブッシュが大統領になったり、あの9.11事件が起きたり狂牛病騒ぎがあったりと物凄い暗雲立ち込める感じの年でして、そういった意味ではNumeri自身も暗雲だったと言わざるを得ないのかもしれません。

確か、開設した当初は、文章をモリモリ書いていったら人気が出て、ついでに仕事も恋も上手くいって、30歳になるくらいには結構な年収で家族もあってね、大人の男ですよ、大人。ついでに日記が有名になって広末涼子(当時好きだった)とのスキャンダルが報じられるようになってさあ大変!って考えていたんですけど、蓋を開けてみると給料は安いわ、栗拾いツアーに誘われないわ、ウンコ漏らすわ、足臭いわで大騒ぎ。あと、これは別の機会に書きますけど、おセックスしてないのに性病になったりもしました。

そんなこんなで、まさか2008年にもなって未だ日記を書いてるとは思わず、「7周年です!」とか加齢臭撒き散らして言う気分にもなれないのですが、毎年の如く恒例の第一号日記を弄りまくりたいと思います。というわけで、このNumeri(当時はNUMERI)にて一番最初に書かれた第1号の日記、2001年10月22日の日記を見てみましょう。物凄いから心臓叩いとけ。

2001/10/22 おつかい

上司のおつかいで、速達の書類を出しにクロネコヤマトまで行ったんですよ。送料は多分、1000円もかからないだろうけど、

上司が細かい札を持ってなかったので5000円渡されました。で、遠く離れたクロネコヤマトの営業所まで車を運転してたんですけど、

急に腹痛が・・・。
しかもかなりの大物。
我慢できずに、車を停め、マクドナルドまで駆けるようにしていって用を足しました。

なんとか無事に用を足し、ホッと一息。店を後にしました。で、無事にクロネコヤマトに到着したのですが、

上司から預かった金がない・・・。

落としたっぽい・・・。

そういえば、マクドナルドで若者達の集団が何やら歓喜してたような・・・。
きっとあいつらが俺が落とした5000円をゲットしたに違いない

そう思うと悔しくて悲しくて

自腹で送料を払い。お釣りも自腹で上司に返しましたとさ
手痛い出費でした。

これはひどい!

もうこれは3日で更新しなくなるレベル。3日で更新しなくなったくせに「俺も昔はブログやってた」とか言っちゃうレベル。人気ですぎて嫉妬の塊と化したニートが荒らしに来てウンザリしてやめちゃったって何の特にもならない嘘つくレベル。ちょっと、これ、ホントに僕が書いたの。本気でコレ、今日び小学生とかがやってるブログよりひどいよ。7年前の僕は何を考えてるのか頭おかしいんじゃないか。何が「手痛い出費でした」だ、死ね。何年間も10月22日が来るたびにコレを弄らなきゃいけないこっちが手痛いわ。

ちなみに、ウンコのことを「大物」とか表現してる部分に、あまり下品なことを書くと読んでる人が不快になるから、という開設当初の僕のひとかけらの良心が読み取れて面白いのですが、そんなこんなで、このエピソードを2008年現在の僕が書くとどうなるのか、その辺を検証してみましょう。

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2008/10/22 最後の落し物

「酸素バルブを開け!」

「今やってる!」

「圧力が高すぎる!まずいぞ!」

「うわっ!」

「プープープー!アンコントローラブル!プープープー!アンコントローラブル!」

機械的なアナウンスが船内に鳴り響いた。この緊急事態を告げるアナウンスは女性の声でなかなかにセクシーだ。一体どんな女性が録音したのだろうか。慌しい船内で高志はボンヤリと考えていた。まるで他人事だ。

これまでの高志の人生は華々しいものだった。少年時代は神童と呼ばれ、特に数学や科学に関して異常な才能を見せた。いつからか漠然と宇宙飛行士を目指すようになった。周りの友人が夢物語のように宇宙飛行士になりたいと望むのと違い、高志の夢には現実性があった。必ずなって見せるという信念があったのだ。

大学の理工系学部を首席で卒業した高志は渡米し、アメリカの大学で宇宙工学を専攻するようになる。一歩一歩、現実へと近付いている実感があり、この時が一番充実していたと後の人生の中で何度も語るようになった。

そんな折、NASA(アメリカ航空宇宙局)からの依頼を受けてISS(国際宇宙ステーション)計画の一員として、飛行訓練に参加することになった。夢の実現まであと一歩。興奮と同時にあっけない感情が湧き上がった。夢を達成した後にどうやって残りの人生を過すのか、抜け殻みたいになってしまうのではないか、そんな心配を抱えていたくらいだった。

しかし、打ち上げ直前になって健康上の理由によりメンバーから外されてしまう。高志の人生において初めての挫折だった。酒に溺れ、女に溺れ、自暴自棄な生活に身を落とした。周りの人間全てが高志は終わったと陰口を叩く、もう彼が宇宙に出ることもないだろうと噂した。しかし、もはや宇宙に何の魅力も感じなくなった高志にとってどうでもいいことだった。

それから7年。今こうして高志はスペースシャトルの中にいた。太陽系を飛び出し、まだ見ぬ外宇宙を探るNASAのビンソン計画へ参加することになったのだ。大きな挫折、自暴自棄の底辺生活、そこから這い上がってまた夢を叶えることは容易なことではなかった。アメリカという社会風土はドロップアウトしたものにそこまで優しくない。また何度も挫折しかかったが、それでもある信念を胸にここまで頑張ってきた。それを支えたのはある女性との約束だった。

「ヘイ!地球はやっぱり青かったな、TAKASHI」

ロシアからこの計画に参加しているゴンザレスが話しかけてくる。ゴンザレスはこの計画における軌道計算を主に担当している。また、船内ではムードメーカー的存在だ。その言葉を受けてジョフが計器を眺めながら口を挟んできた。

「地球が青いのはガガリーンによって50年以上も前に既に説明されている。当たり前のことだ」

彼は着陸の際の操縦を担当するアメリカ人だ。どこかクールであまり乗組員と打ち解けようとしない冷たい印象を受ける男だった。こうやってゴンザレスとの会話に空気が読めない感じで割り込んでくるのが彼のスタイルだった。

「ほらほら、無駄口叩いてないで、もう一度軌道計算やりなおしよ」

そこにやってきたのがミッチェル女史だ。かなり優秀な女性らしく、その経歴は華々しい。政府からの肝いりで突如としてこのフライトに参加することになった。どこかとっつきにくいが美人なので目の保養にはなる。彼女がいないとなると男ばかりの船内、むさ苦しさで死にそうになるとゾッとするほどだ。

とにかく、女史とジョフの目が怖いのでとにかく仕事をしようと計器類の点検をする。すると、またサボってるのかゴンザレスが近付いてきて話しかけてきた。

「TAKASHI、お前はどうしてこの計画に参加したんだ?」

こうしてゴンザレスのペースに乗せられるといつのまにか一緒にサボってることになってしまい、女史にどやされてしまう。コツはあまり相手にせず、自分のすべきことをやりながらそれなりに相手をすることだ。高志は計器類を点検しながらそれなりに返答した。

「昔からの夢だったからね、宇宙に出ることは少年時代からの夢だった」

それを聞いてゴンザレスはしばらく考え、首を横に振りながら口を開いた。

「そういうことを聞いてるんじゃない」

バルブを開く手が止まる。高志はきちんとゴンザレスに向き直って問いただした。

「そういうことじゃないって、どういうことだい?」

ゴンザレスはまるでため息のように一息ついてから答えた。

「いいか、これはある日本人の話だ。その日本人は頭脳明晰で素晴らしく、全米から優秀なやつが集まるNASAでも特に優秀だった」

このロシア人は何を言ってるのだろうか、そう思いながらも止まらない勢いのゴンザレスの話に耳を傾けた。

「周りの誰もがその日本人の才能を信じて疑わなかった。次に宇宙飛行士になるのはやつだろうなってみんな思ってた」

何を言いたいのか分からなかった。けれども黙ってゴンザレスの話に聞き入ることしか高志にはできなかった。

「けれどもな、そいつはなれなかた。ISSのフライトで選から漏れたんだ。俺のような出来損ないが漏れるのとは違う、やつにとってはショックだったろうよ」

ゴンザレスが7年前の高志のことを話していると気がついた。ハッとする高志にお構いなしといった感じでゴンザレスは続けた。

「やつは荒れた。それはそれは荒れた。俺はその日本人のファンだったからな、胸を痛めながら見ていたよ。その日本人のことを噂する陰口なんかを腹立たしく聞きながらな」

沈黙が流れた。機械音だけが延々と続くかのように流れ続けた。どれくらい沈黙が続いただろう。計器類の前でゴンザレスと向き合う形で長い時間無言、奇妙な格好が続いた。そして、まるでタイミングを見計らったかのようにゴンザレスが口を開いた。

「どうしてもどってきたんだい?」

それは見たこともない笑顔だった。明るい性格でムードメーカー的存在のゴンザレスはいつでも笑顔だった。しかし、それらの笑顔とは違う、ただ笑っているだけとは違う、感情の全てを言葉よりも表情で相手に伝えたという類の笑顔だった。

いつもの軽口やジョークとは違う、真剣な話だ、高志は悟った。真剣な話には真剣に返すべきだと教わってきた高志は、今まで誰にも話すことのなかった真相を話すことにした。なぜまた宇宙飛行士を目指すことにしたのか。

「あれは、7年前のことだったよ……」

7年前、ISS計画の選から漏れた高志は荒れに荒れ、酒と女に溺れる日々だった。特に酒に関しては酷く、酒が全てを忘れさせてくれるという想いからとにかく酒に溺れるばかりだった。飲む場所も高級レストランからバーへ、それもどんどんたちの悪いスラムの片隅へと変化していき、そんな場末の飲み屋の飲み代すら払えなくなっていた。

「次からはちゃんと金持ってきてから飲みやがれ!」

黒人の用心棒が捨てゼリフを吐く。7年前の高志はスラムのゴミ捨て場にいた。もちろん、金も持たずに飲み歩き、意識がなくなるまで殴られ、本当にゴミのように捨てられたのだ。

「星が綺麗だな」

ゴミ袋の上に仰向けになり星空を見上げる。もうあの星たち、宇宙には届かない。所詮は他の少年が語る夢物語と同じだったんだ、自分にとっての宇宙も同じだったんだ。そう思っていた。その時、ニュッと高志の視界に一人の女性が現れた。

「うわっ!ビックリした!」

思わず叫んでしまう。その女性は年齢的には高志と同じくらいなのだろう、今風のファッションに今風の髪型、顔の作りだって美人と呼べるレベルで、とてもじゃないがこんなスラムの、それもゴミ捨て場には似つかわしくない女性だった。

「星空が綺麗なの?」

彼女は首を捻りながらそう訊ねてきた。こう言ってはなんだが目線がおかしく少し違和感がある。おまけにこのセリフ、スラムにいがちな頭のおかしい人なのかと思った。それでも、こんな底辺の男に話しかけてくれる女性は有難い、酔っていたのもあってフレンドリーに返答した。

「ああ、見えないか、この綺麗な星空が」

ゴミ袋の上に横たわりながら天を指差す。しかし、彼女は空を見上げようとはしなかった。

「分からない。私には分からないの」

こちらが黙ってしまうと視線が合わない、そして彼女が手に持っている白い杖、そしてこのセリフ、高志は瞬時に理解した。

「ひょっとして、君は盲目なのかい?」

彼女はコクリと頷いた。

彼女の名前は芳江、日系人だ。生まれた時から盲目で、身よりもなく、施設で暮らしてきたらしい。高志は近くの喫茶店で彼女の話を聞き、彼女のことを知るにつれて心惹かれていくのが分かった。

「どうしてあんなスラムを歩いていたんだい?」

治安の悪い地区を女性が一人で歩くなんて考えられない。それも盲目の人間がだ。彼女は慣れた手つきでミルクティを飲みながら答えた。

「言葉を探しているんです」

「言葉?」

「そう、言葉。借り物でない言葉を探しているんです」

高志にはさっぱり意味がわからなかった。言葉を探す、そもそも言葉なんてそこらを探して見つかるものなんだろうか。考えれば考えるほど分からない、高志はその不可解さでいっそう芳江のことが気になり始めた。

「星空が綺麗。でも私には「星空」も「綺麗」も分からないんです」

彼女が言うにはこうだ。生まれつき目が見えない彼女は何も見たことがない。星空という言葉は知っていても、それが夜空に浮かぶ星のことを指していると知っていても、その実態を見たことがないのだ。同じことで「綺麗」の意味も分かってる、それが良い言葉だと分かっている、けれどもどんな状態が綺麗なのか彼女には分からないのだ。

「この世の中にある全ての言葉は借り物の言葉。星空が綺麗、空が青い、海が広い、それらの言葉は過去に誰かが使った言葉を借りているに過ぎないの。目が見える人にはそんな借り物の言葉で伝わる。でも、見たことがない私には借り物の言葉じゃ伝わらないの」

彼女はミルクティを飲み干すとニッコリと笑った。

「借り物の言葉……」

高志はそんなこと考えもしなかった。言葉は言葉であって、例えそれが過去に誰かが使った表現だとしてもそれで伝わるのだから問題ない。けれども、目の前にいる女性は違うのだ。借り物の言葉じゃ伝わらないのだ。

「私の夢は借り物じゃない言葉に出会うこと。私の心に響く言葉に出会うこと。だからずっと言葉を探しているんです」

高志は呆然とするしかなかった。しかし、それと同時にある思いが頭の中に浮かび上がる。そう、彼女の夢を叶えてあげたい、彼女の心に響く言葉を自分の口から伝えてあげたい。いつの間にかそう切望していた。

そして自然と言葉が出る。

「僕が君の目になるよ。借り物ではない言葉を君に届ける」

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「…というわけで、俺はまた宇宙に出ることを決意したんだ」

高志は計器類の数値をメモしながらゴンザレスに目をやる。ゴンザレスは不可解と言いたげな表情だった。いよいよ我慢できなくなったのか疑問を高志にぶつけた。

「それでどうして宇宙なんだい?」

高志はニヤリと笑って答える。

「星空が綺麗なのも空が青いのも借り物の言葉だ。それは過去に誰かが見たことあるからさ。じゃあ誰も見たことないものだったら、それが初めて見るものだったとしたら」

ゴンザレスがハッとした表情をする。表情豊かなところが彼の良いところだ。高志は構わず続けた。

「宇宙にある誰も見たことがないものを自分の言葉で芳江に表現する。それは借り物なんかじゃない。芳江の心にきっと響くはずさ」

今度は打って変わって深刻な表情となったゴンザレスが相槌を打ちながら言葉を発する。

「それでこのビンソン計画に……」

「ああ、このスペースシャトルの目的でもあるまだ誰も見たことがない超新星爆発、それを観測し、芳江に伝えるのが目的さ。誰に借りたわけでもない自分の言葉でな」

「それだけのためにまた戻ってきたのか。上手く彼女に伝わることを祈ってるよ」

「ありがとう」

また女史の気配がしたため二人はそそくさとそれぞれの仕事に戻る。

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「ヘイTAKASHI、みろよ」

ゴンザレスが円形の窓の外を指差す。そこには漆黒の宇宙空間に煌く小さな光が無数に存在していた。

「これは……?」

あまりの美しさに言葉を失う高志。

「宇宙の塵さ。宇宙空間では塵すらもこんなに美しい。きっと超新星の爆発はこんなもんじゃないぜ。YOSHIEもきっと喜んでくれるさ」

ゴンザレスの言葉に高志は胸が躍った。あと数日でこの宇宙飛行の目的である超新星の爆発に遭遇することができる。それは宇宙を知る上で重要な情報となりうる大切な使命だが、それ以上に芳江に伝える言葉の方が重みがある。高志は沸きあがる高揚感をグッと押さえ込んだ。

その瞬間だった。

大きく船体が揺れた。それと同時に警報音が鳴り響いた。

「異常発生だ!各自持ち場につけ!」

ジョフの声が鳴り響く。何らかの異常が起こったことは一目瞭然だった。

「酸素バルブを開け!」

「今やってる!」

「圧力が高すぎる!まずいぞ!」

「うわっ!」

ジョフとゴンザレスの怒号が船内に響き渡る。ミッチェル女史はパソコンに向かって必死に何かを打ち込んでいた。

「プープープー!アンコントローラブル!プープープー!アンコントローラブル!」

コントロールシステムによる警告音が鳴り響く。一気に慌しくなる船内とは裏腹に、妙に冷静な高志がいた。高志はその冷静さに自分でも驚いていた。

「TAKASHI!手伝ってくれ!」

ゴンザレスの言葉に我に変える。それと同時に大きく船体が揺れた。同時にジョフが叫ぶ。

「危険だ!早くバルブを開けないと船が持たない!」

高志は急いでバルブへと向かう、そこではゴンザレスが必死に計器類を弄っていた。

「TAKASHI!そこのバルブを!」

「おう!」

揺れる船体に足元がおぼつかないが、なんとかヨロヨロになりながらバルブへと近づく。指定された黄色いバルブに手をかけ力を込めるが微動だにしない。

「だめだ!開かない!」

ゴンザレスに助けを求めるが彼もまた手が離せない状態だ。自分の力で何とかしようと高志はいっそう力を込めた。

「ダメ!高圧の水蒸気が噴出するわ!」

女史が計器室に来た時にはもう全てが遅かった。バルブの隙間から溢れ出た高温高圧の蒸気は一瞬にして高志を包み込んだ。

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暗闇だった。気がつくと暗闇だった。高志の目の前は暗闇で、声だけが聞こえてくる。

「なんとか船体は助かったが……」

ゴンザレスの声だ。あの危機的状況から回復したということだろう、高志は少しホッとした。

「ああ、それも問題だが、問題は船体がもつかどうかだ。このままじゃあ地球に引き返しても大気圏でお陀仏さ」

続いてジョフの声だ。ジョフはいつも任務遂行だけを念頭に行動している。このセリフもまたジョフらしいといえばジョフらしい。

「今はTAKASHIのほうが心配だわ」

女史の声だ。それと同時にヒンヤリとした冷たい物が顔に当てられた。自分はもう大丈夫だ、心配する必要はない、もう目が覚めていると起き上がったが、相変わらず目の前は真っ暗なままだった。

「どうした?もしかして電源系統でも故障したのか?」

暗闇に問いかけるがその答えは沈黙だった。高志の心の中を一瞬にして大きな闇が覆う。

「まさか……俺は失明したのか……」

そっと誰かが高志の肩に手をかける。

「TAKASHI、お前の勇気ある行動は賞賛に値する。お前がああしてくれなければ船ごとバラバラになって今頃全員宇宙の塵さ」

高志の心の中はパニックだった。どうしていいのか分からない。突如として目の前が闇に覆われ、おまけにジョフの話では地球への帰還も絶望的らしい。それよりなにより、自分が光を失ってしまい、どうやって芳江に超新星の爆発を伝えるのだ。

「……しばらく一人にしてくれ」

一人になり、暗闇の中で高志は独り考えた。芳江は生まれてからずっとこんな暗闇の中で生きてきたのだ。こんなにも不安でこんなにも寂しい世界で。こんな不安な気持ちも知らずに「君の目になる」なんてよく言えたものだ。それすらも借り物の言葉じゃないか。

もう超新星の爆発を見ることはできない。それどころかこのまま地球へ引き返すことになるだろう。NASAの規定では航行に重大な支障が生じた場合必ず引き返さねばならないことになっている。任務遂行と規則にうるさいジョフのことだ、必ずや引き返すだろう。例えそれが生きて帰れないと明白であったとしても引き返すだろう。

ゴンザレスが救護室に入ってくる。高志には誰が入ってきたか分からないが、目に包帯を巻いている高志に向かって「男前だな」などとジョークで話しかけたのですぐに分かった。

「ジョフがな、規則に従って引き返すらしい。もうどうせ生きて帰れないんだ、それなら超新星まで行こうって言ったんだが、ダメだった。この船の全権はヤツにあるからな」

女史も一緒だったようでゴンザレスの言葉に続ける。

「あいつは頭が堅いのよ、いつも規則規則、生まれた時にミルク代わりに規則を飲んで育ったのよ」

二人は高志のことを気遣ってるのだろう。ことのほか明るく振舞っていた。その心遣いに高志は笑顔で答えた。

「いいんだ。この目じゃあ超新星を見たって芳江には……」

言葉が続かなかった。

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あれから三日、順調に地球に向かって飛んでいるかのように見えたが、死神は忍び寄るようにシャトルを包んでいた。

「酸素が足りないわ」

女史がシミュレーション結果を中央モニタに表示しながら説明した。

「あの事故で船体に亀裂が入っていたみたい。循環器系統の亀裂から少しづつ酸素が漏れ出している」

もう生きて帰れないことは分かっていたが、現実にそれに直面した面々は鎮痛に押し黙ってしまった。

「もってあとどれくらいだ?」

ジョフが震える声で問いかける。ゴンザレスは祈りだした。高志は手探りでジョフの肩に手をかけ慰める素振りをした。

「1時間ね」

それを聞き、ジョフは通信機へと手をかけNASAとの交信を始めた。

「NASA、聞いてくれ。船体の重要な損傷によりあと1時間しかもたない。我々の家族を呼んでくれ」

しばらくするとNASAからの返答が帰ってきた。

「了解、映像通信が確立され次第再度連絡する」

それを受けてジョフはクルリと振り返り、高志らに言葉を伝えた。

「最後に家族にお別れをしよう。こんなことになってしまってキャプテンとしてすまないと思う」

突如としてゴンザレスが立ち上がり、ジョフに食ってかかった。

「頼む!超新星を見たことにしてくれ!俺はいい、けれども、TAKASHIは、YOSHIEは……頼む、超新星を見たことにしてTAKASHIに言葉を伝えさせてやってくれ!」

しかし、ジョフの言葉は冷たいものだった。

「ダメだ。虚偽の情報を通信に乗せるわけにはいかない。それは規則に反する」

しかしゴンザレスも引き下がらない。ジョフに掴みかからん勢いで反論した。

「情報ってほどのもんじゃないだろ。それにYOSHIEは目が見えないんだ」

ここまで言って言葉に詰まり高志の方を向く、高志は何の反応も見せない、ただ包帯を巻いた目で真っ直ぐと前を向いていた。そのままゴンザレスが続ける。

「皆で話をあわせればばれっこないんだ!頼むよ!」

しかしジョフは取り合わない。

「できない。通信の記録はいつまでも保存されるんだぞ。虚偽の情報が情報公開法に則って公開された時、また政府の陰謀などと言い出す輩が出てくるんだ」

「私からもお願いするわ」

女史が口を挟む。しかし、ジョフは首を縦には振らなかった。

「このやろー!」

ゴンザレスがジョフに殴りかかる。必死で女史が二人を引き剥がす。顔面を殴られたジョフは女史に抑えつけられているゴンザレスに向かってもう一度言い放った。

「規則なんだ!」

ゴンザレスは捨て台詞のように吐き捨てる。

「俺たちは宇宙飛行士だ。少年たちが夢見る宇宙飛行士だ。その宇宙飛行士が一人の女性の夢を叶えてやれないんだ!俺たちはもう死ぬんだぞ、最後くらい、最後くらい」

女史に救護室へと連れて行かれるゴンザレスの背中に向かってジョフはもう一度小さな声で言った。

「…規則なんだ」

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1時間してNASAから通信が入る。結局、ゴンザレスとジョフは険悪なまま最後の時を迎えた。高志は、失明したことだけは芳江に知られたくないと希望し、目の包帯を外した状態で通信に臨んだ。

中央モニタに長官の姿が不鮮明ながら映し出される。君たちはアメリカの、いや世界の英雄だとか言っていたが、そんな言葉船内の誰の耳にも届いていなかった。そして、芳江の姿が映し出される。しかし、高志にはその姿は見えなかった。

「オゥ、これがTAKASHIの愛しのYOSHIEか最高にキュートだ!」

ゴンザレスが高志に合図する。それを受けて高志はカメラに向かってニッコリと笑った。

「やあ、芳江」

少しタイムラグがあって芳江が答える。

「高志!?高志!?」

その声は既に泣き声だった。目の見えない高志にも芳江が泣いているであろうことは分かった。おそらくNASAの職員に生還の可能性がないことを聞いたのだろう。

ゴンザレスがそっと高志に耳打ちする。

「彼女は黒い服を着ているぞ」

それを受けて高志は

「その黒い服、似合ってるね」

と前置きして喋り始めた。

「芳江、すまない。帰れなくなったよ。でもな、見えなくても夜空を見上げてほしい。きっとそこには僕がいるから。僕は宇宙の塵となって煌いてるはずだから」

「高志…!」

芳江は泣きじゃくって言葉にならない。それでも高志はありったけの言葉を伝えようと続けた。

「あと、それと、君と約束した借り物ではない言葉を君に贈るために超新星を見るという話だけど……」

突如としてジョフが通信に割り込んできた。

「TAKASHI!見えたぞ!目的の超新星だ!見えるぞ!」

もちろん、船の目の前には何もない宇宙空間が広がっているだけだった。一瞬、ビックリした表情を見せたゴンザレスと女史だったが、すぐに調子を合わせた。

「あれが…!ワンダフル!」

「素晴らしいな!TAKASHI、早く彼女に伝えてやれよ!」

NASAではその通信内容にそんなはずはないと長官が声を上げそうになったが、そっと側にいた職員が口を塞いだ。

高志の光を失った瞳に自然と涙が溢れてくる。通信機からは芳江の声が流れてくる。

「高志、見えたの?どんな感じなの?」

溢れ出る涙をぬぐって高志は涙声を抑えながら必死に答えた。

「ああ、見えたよ、すごく綺麗だ。そしてありがとうと伝えたい。ジョフに、ゴンザレスに、ミッチェルに、そして夢を取り戻させてくれた芳江、君に…。ありがとう」

それは多分借り物の言葉だった。けれども、芳江が今まで聞いたどの言葉よりもずっと心に響く言葉だった。

「さようなら」

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人はその言葉にどれだけ思いを込められるだろうか。借り物だっていい、重要なのはその借り物の言葉にどれだけ思いを込められるか。高志の最後の「ありがとう」は芳江が初めてもらった心の言葉。借り物だけど心のこもった言葉、遠き宇宙、天からの落し物だったのだ。

「今日は星空が綺麗」

芳江は空を見上げて呟く。見えやしないけど芳江には分かるのだ。きっと今日も星空は綺麗だということが。

おわり

あ、そうそう、上司に頼まれておつかいにいったらウンコしたくなってマクドナルドで5000円落とした。手痛いわ。

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というわけで、8年目もNumeriを、patoをよろしくお願いします


10/14 20世紀少年

前回もウンコ、今回もウンコ。

立て続けにウンコの話でまっこと申し訳なく思うのですが、今回もウンコの話です。以前、大学の卒業論文でNumeriについて纏めたという脳ミソが溶けて水飴みたいになってる大学生がおりまして、ホント、ゆとり世代って怖いですよね、そりゃ円周率も「3」になるわ。

その方の論文によりますと、Numeriの日記はウンコそのもの、もしくはウンコを連想させる事象が8割を占めるという興味深い分析がなされておりました。まるで著者自身がウンコであると言わんばかりの論調で御座いました。

そうやってウンコのことばかり書くくらいならいっそのことサイト名も「Numeri」ではなく「Unko」とかにしてしまった方が内容も一目瞭然で流浪のネットサーファーにも親切。さすがに「Unko」じゃあダイレクトワードそのものなのでサイト名としてはいささか頂けない。まるでウンコって聞いただけでドッカンドッカン笑う小学生をターゲットにしてると思われますので、何かウンコっぽくあり、それでいてオシャレでモダンなサイト名がいいのでは、などと思案するわけなんです。

そうなるとね、T-REXっているじゃないですか。ジュラシックパークとかにも出てきましたし、「REX 恐竜物語」っていう30世紀ぐらいまで語り継がれそうな伝説のクソ映画にもでてきた恐竜の王様みたいなヤツです。ティラノサウルスともいう恐竜で、あれはカッコイイですし、なにより強そう、どうせなら僕も恐竜好きですし、「T-Unko」みたいなサイト名にしてやろうかと思ったんです。やばい、むちゃくちゃカッコイイ。

で、サイト名にするなら色々知っておかねばなるまいってことでT-REXについて調べたのですけど、どうやらこれは略語で、正式には「Tyrannosaurus rex」(ティラノサウルスレックス)というらしいのです。なるほどね。

で、この「Tyrannosaurus」は「暴君の如く恐ろしい爬虫類」という意味合いがあるらしく、なるほど、じゃあ「T-Unko」も暴君の如く恐ろしいウンコという意味合いで、僕のウンコは所構わず暴発しそうになるし、ナチスのガス室並みに臭いしでまさに暴君、こりゃあピッタリなサイト名だぜ、とパズルのピースがはまった時のような快感を得たのです。

まあ、面倒なのでサイト名は変えませんけど、とにかくウンコの話をします。沖縄には戦争の語り部という人たちがいて、この人たちは沖縄本土決戦の悲惨さなどを現代に語り継いでいく重大な使命があって大変立派な人たちなのですが、僕もウンコの語り部として重大な使命を背負ってウンコの話をします。

事の始まりは女性でした。

僕はまあ、あまりこういうことを言いたくないのですがもう32歳で、口とか臭いですし足だって臭いです、ついでにいうと何かが臭いです。何もかもが臭いです。そんな僕だってやっぱり女の子ってヤツに興味があるわけで、まあ、ギンギンじゃないですか。臭いけどギンギンじゃないですか。

で、とある女性に恋をしましてね、まあ、その女性が志田未来さんに似てるだとか色々とあるわけなんですけど、とにかくデートとかする運びになるじゃないですか。

ここで思い出してみてください。過去にT-UnkoじゃないやNumeriで語ってきた僕の恋愛の数々を。大抵のパターンが、好きな子、気になる子ができる、デートにこぎつける、デートで大失敗、この恋終わったな、これですよ。いつぞやは車が西部警察みたいにダイナミックな片輪走行をして女の子が助手席でマリオネットみたいになってました。いつぞやはビリヤードのキューで女の子のアナルをグサリ、時には目の前でウンコを漏らした事だってあります。まさにT-Unko。暴君すぎる。

そこでね、思ったわけなんですよ。今回だけは、今回だけは失敗してはいけない。万全の体制でデートに臨む必要がある。多くの閲覧者の方が今まさにpatoがんばれ!と手に汗握っていることかと思われますが、皆さんの声援は届いています。今回こそは失敗しない、そう固く心に誓ったのです。

さて、デート当日、いきなりの大ハプニングでビックリしないで聞いて欲しいのですが、パンツがありませんでした。僕はトランクスタイプのパンツを4枚しか所有しておらず、その4枚全てが洗濯機の中で水に浸かってグシャーってなってました。いきなりのっけから大ピンチ。

勝負であるデートの日にはいていくパンツがないという事実にただただ落胆するばかり、もう終わった、いきなりガイルがしゃがんだ、と思うのですが、それでも閲覧者の皆様の声援は届いていました。「諦めるな!pato!」今コレを読んでいるアナタの声が確かに聞こえたのです。聞こえたのです。

もうノーパンでいこう。

残された選択肢はそれだけでした。パンツがないならはかなくていい、それが儚くていい、微妙に上手いこと言えたね、とにかくノーパンでデートに臨むという、筆記用具を何も持たずにセンター試験に臨むみたいな武者ぶりを発揮したのです。

迷わず、素肌の上にケミカルウォッシュのジーパンをはきます。チャックを閉めるときに十二分に、地雷原を歩く時みたいに注意しないと大惨事になってしまうと慎重にはきました。なんかスースーして清々しく、頭もスッキリ。こりゃあ的確な状況判断とかできてプラスかもしれないな!と前向きに考えたのでした。

でもね、冷静に考えてみてください。どこの世界に大切なデートにノーパンで臨むサムライがいますか。そりゃ裸の部族とかはノーパンでデートするでしょうけど、彼らで言うとチンコケースつけずにデートするようなもんですからね。早くも破滅の足音が聞こえてきた気がするのですが、とにかく皆様の声援に押される形でデートに臨みました。

まあデート自体は大変素晴らしいものでしてね、ノーパンだったんですけどノーパンを感じさせないデートとでも言うんでしょうか。まあ、彼女のことを便宜上、未来ちゃんって言いますけど、未来ちゃんが素晴らしい感じでしてね、カワイイですし、それはそれは楽しいひと時、相撲に例えると、指相撲、紙相撲、わんぱく相撲、大相撲、と様々な相撲がありますけど、その中でも最上位に位置する女性二人が乳首を擦り合わせて戦う乳首相撲くらいのジョイフルなデートでした。

しかしまあ、悪魔というものは幸せの絶頂にこそやってくるもの。むしろ、そういったタイミングでやってくるからこそ悪魔なのですが、とにかく、地獄からの使いは足音も立てずにひっそりとやって来たのです。

T-Unkoですよ、T-Unko。暴君ウンコがまたもや場所を選ばず暴れだしたのです。もうP4レベルの腹痛がギュルギュルギュルってきましてね、伝説の水龍が復活するときの湖面の荒波みたいな感じで腹の中がざわめいてるんですわ。

まあ、ここで台本どおりにいきますと、ウンコ行きたいなんて言えない、我慢するしかない、もうダメ、ニュルニュル、キャー、バーン、トゥービーコンテニュー!って感じになる、むしろ続きなんてなくなるんですが、それじゃあね何も学習しないサルと一緒じゃないですか。僕はもうそういうのとは決別する、この恋を手に入れる、そう決めたんです。

だからね、僕は意を決して彼女にカミングアウトしましたよ。

「ごめん、ウンコ漏れるかもしれない」

そしたらアンタ、言ってみるもんだな、ホント、なんでも言ってみるもんやで、世の中そんなに捨てたモンやない、彼女は大きな瞳をさらに大きく丸めて言うわけですよ。

「大丈夫?いざとなったらこのビニール袋にしたら?」

みたいな、微妙に頭おかしいんですけど、コンビニの袋を差し出してくるんです。ビニール袋て。ビニール袋て。ビニール袋をお尻にあてがってニュルニュルか、おめでてえな、それ漏らすより恥ずかしいわ。

まあ、ビニール袋って考えは頭の中にローソンのオーナーでも詰まってんじゃねえかって思うんですけど、とにかく彼女は優しくしてくれましてね、お前ら、デートでウンコ漏らしそうなのってマジ使えるぜ、今度やってみた方がいい、と応援してくださった皆様に感謝の気持ちのマル得情報を伝えたところで話を続けます。

未来ちゃんの献身的なアシストもあり、なんとかトイレに到達しましてね、まあ、思いっきり下痢ですわ、これ漏らしてたらやばかったよっていうウンコが大量に出ちゃったんです。

まあ、32年ウンコを漏らしてきた僕から言わせてもらいますと、漏らすウンコってよりソリッドで固い方がいいんですよね。そうなると片付けとか楽ですし、汚染範囲もさして広くない、しかしリキッドな下痢になるともう、ブチョブチョ飛び散るし、こうなんていうかオナラみたいなエアーと同時に漏らすことがほとんどですから飛距離が増すんですよ。とにかく、ウンコ漏らすならソリッドな方がいい。またまたマル得情報だったね。

でまあ、なんとか最悪のバイオテロも回避してデートですよ。ただ下痢ウンコの怖いところって何度も来るんですよね。デートしつつ何度もピークを迎え、その度に

「ウンコ漏れそう」

とカミングアウト。

「大丈夫?このビニール袋にしたら?大丈夫、私、目閉じてるし」

みたいな、どういう育ち方してきたんだか分からない返しをされるのでした。目を閉じる閉じないの問題じゃない。匂いだ、匂い。

まあ、そんなこんなでデートしたんだかトイレ巡ったんだか分からない状態でしてね、それでもそういったウンコ的なエトセトラが母性本能をくすぐったのかデート自体はいい感じに。こうなんていうか、ねんごろな雰囲気が漂ってくるじゃないですか。

でまあ、僕にだってプライベートってモンがありますから詳細は書きませんけど、ななななななんと、僕の家に来る運びになってるじゃないですか。おいおい、むかしホットドッグっていう雑誌で読んだけど、部屋に来るってことはもうアレだろ、なんていうか全てを越えしものみたいなもんだろ、やっぱ人間、気合だよ、いつもだったら絶対に道路の真ん中でウンコ漏らしてデートも恋も終わってる。けれどもな、ついに僕はここまでこぎつけた。人間やれば出来るってもんだよ。

もう興奮が抑えられないって感じで我が家へ向かいましたよ。危うかったですけどウンコも漏らさなかった、暴君ウンコを完全に抑え込んだ。T-Unko?T-REX?そんなのどうでもいいよ、T-SEXだ、T-SEX。暴君のようなおセックスを見せ付けてやるわ。

で、我が家に到着して思ったんです。そういや、今日、ノーパンだった。今の今までこの事実を忘れていた事が恐ろしいのですが、とにかく今日はパンツがなくてノーパンだったんだ。いかんいかん、このままではいかん、危うく最後のツメを誤るところだった。

考えても見てください。暴君のようなおセックスといえども、いきなりジーパンを突き破って生殖器がでてくるわけじゃありません。いや、突き破りたいけれども。そうありたいけれども。とにかくジーパンは必ずどこかで脱がなければならない。

そうなるとニュルッと脱いだらいきなり生殖器ですよ。パンツというワンクッションが存在しない。それはね、彼女も不審というか不思議に思いますよ。何らかのマジックと思われるかもしれません。しかしすぐに気がつくでしょう、コイツは何らかの理由で今日一日ノーパンだったんだ。デートにノーパンで来るとか正気か、シャブでもやってんじゃねえか。そうなるとココまでの僕の頑張りや皆様の声援、乳首相撲などが全て水泡に帰すのです。危ないところだった。

策士である僕は瞬時に作戦を立てます。今日一日ノーパンであった事がバレなければいいのだ。つまりほんの数分前にノーパンになったという既成事実さえあればいい。そこで考えましたよ。

「ジーパンって息苦しいから嫌い、ちょっとジャージに着替えてくるわ、その辺に座ってゆっくりしておいて」

これですよ、これ。これだとなんていうか家では開放感を大切にするタイプと思われるじゃないですか。開放感を気にしてジーパンからジャージに着替える男、そんな男が家に帰ってノーパンになったとして誰が責め立てますか。誰が不審に思いますか。

早速、ジャージに着替える僕。もちろんジャージの下もノーパンで、ノーパンからノーパンに衣替えしただけなのですが、あたかも今まさにノーパンになったように演出します。ふいーと開放的になって安堵の表情をする演技も忘れず、本当は今日一日開放的だったんですが、今解き放たれた演技をしつつ、脱いだジーパンをリビングの片隅に放置します。この脱ぎ散らかした感じがエロスを演出してソソル!

まあ、それで色々と、今日は漏らしそうだったねー、とかビニールはないわーっていうエキサイティングかつジョイフルな会話をしつつ、どのタイミングなんだろうとマゴマゴしてる時、事件は起きました。

「キャー!」

彼女の悲鳴が。彼女は脱ぎ散らかしたジーパンを畳んでくれようとしてくれたみたいなのですが、そこで途方もない悲劇が巻き起こったのです。

いやな、ジーパンにベットリと茶色い筋がついてた。ウンスジだ、ウンスジ。ないわー。

つまりこういうことです。今日はノーパンでした。下痢のウンコがいっぱいでました。何度となく出ました。思えば、完璧に尻を拭かなかった回があった気がします。正直に言います、気がしますじゃなくて拭かなかった回が確かにあった。

で、ウンコを携えたアナル周辺は、そのままジーパンに茶色いメモリーズたちを傷跡のように残していった。茶色くもあり、セピア色でもあるその痕跡は深く深く、思い出のようにジーパンに刻まれた。儚いウンコメモリーズ。

「なんだなんだ、どうした?」

僕が急いで彼女に駆け寄ると

「ジーパンにウンコついてる…」

って言われました。考えてもみてください。パンツにウンコついてるならまあご愛嬌ですよ。遠い未来に笑い話にだってなるかもしれませんよ。けれどもね、ジーパンにウンコはいただけない。明らかに頂けない。

「いや、漏らしてないよ!マジ漏らしてない!拭かなかっただけ!」

っていう僕の言い訳もどうかと思いますが、そこからの彼女が凄かった。

「なあ、ウンコってパンツを突き抜けないよな?なんでパンツじゃなくてジーパンにウンコついてるん?」

「わからない、ウンコの粒子が小さいとパンツをすり抜けることもあるかもしれない、エアロゾルみたいなもんかもしれない。そもそもエアロゾルとは微小な…」

「そういうのありえないわな?ノーパンだったん?」

「いや、パンツはいてた」

「ノーパンじゃないとこうはならないわな」

「だからエアロゾルが……」

「ノーパンだったん?」

「はいてた」

「ノーパンだったんだろ」

「はい…」

執拗に責める彼女。コイツは鬼か。ここで思いましたね、皆さんお待ちかねの、ああ、この恋終わったな。

Tバックなどを見れば分かるように尻の形はT字にフィットするように出来ている。ノーパンでダイレクトにジーパンに刻まれたウンコの跡は死の十字架にはなりきれず、キッチリと尻の形に沿ってTの字になってました。茶色いTの文字。まさにT-Unkoを眺めながら日が暮れていったのです。暴君すぎるだろ。


10/7 Boy Next Door

「おい、柳田がウンコしてるぜ!」

昼休憩、給食も終わりざわつく教室内にガキ大将の元気な声が響いた。にわかに教室内がさざめく。

「マジか!」

数人の男子が我先にとトイレへと走る。ガキ大将はそのままの勢いで両隣の教室にも知らせて回った。いっきにトイレはそういったもの好きの男子どもで溢れかえった。

僕も見にいくと、小さなトイレはまるで満員電車のように男子たちで溢れかえっていた。そして、一つの個室がそのドアを頑なに閉ざしていた。

「おい、柳田!テメーウンコしてるんだろ!」

先頭に立つガキ大将はまるでウンコ自体が大罪のように正義感溢れる感じで追求する。それに追従する形で周りの男子たちも声を上げた。まるで季節ごとの成人前の男子の勇気を試す祭のような賑わいだ。

ドンドン!

一人の男子が、木製のドアを力いっぱい叩く。お世辞にも丈夫とは言えないドアはその度に軋んだ。

「柳田!ウンコしてるのはわかってんだぞ!」

必死でドアを叩いて告発する男子。なんとか下から覗けないものかとしゃがみこむ男子、オーディエンスの期待は一つの大便ブースに注がれた。そしてついにこの空間の主役である柳田様が言葉を発する。

「もう、やめてよぅ」

木製のドア越しに聞く柳田様の言葉にオーディエンスは湧き上がる。その歓声は音が響きやすいトイレの中では何倍にも聞こえた。

「ウンコ!ウンコ!柳田ウンコ!」

オーディエンスのシュプレヒコールは止まらない。その歓声を聞いて何事かと駆けつけた一般庶民によってまた観衆はその数を増やす。おそらく、大人しいタイプで引っ込み思案な柳田君にとってこれほど大勢の注目を集めることなど、この先の人生で彼の葬式くらいしかないだろう。それほどの柳田ウンコムーブメントが沸きあがっていた。

「出てこいよ柳田!じゃないと上から水かけるぞ!」

ガキ大将がそう宣言する。その言葉は冗談でも何でもないらしく、本当にバケツに水が充填され始めた。歓声に混じってジャバジャバと水の音が聞こえる。さすがにそれはヤバイと思ったのか、それともあまりの盛り上がりに柳田様がブチギレたのか分からない、けれども何を思ったのか彼は突如として行動に出たのだ。

バーン!

ドアが開く。そこには柳田様が仁王立ちしておられた。いや、仁王立ちだけならまだいいのだけど、ウンコしっぱなし。しっぱなしって便器にモロンとウンコがあるのはもちろんなんだけど、なんか柳田君にもウンコぶら下がってた。尻尾みたいになってた。初期の悟空みたいになってた。

「ああ、ウンコしてたよ、それが何か?」

と言わんばかりの堂々たる振る舞いの柳田君に対するオーディエンスは呆気に取られるしかなく、生々しいウンコとその匂いにもよおしたのか勝田君なんかゲロ吐いてた。

僕はその光景を見て、なんとも複雑な気持ちになるしかなかった。どうして僕らは学校でウンコをしてはいけないのだろう、どうして誰もがするウンコという行為をしただけでこんなにも辱められねばならないのだろう。僕はその事実に人生の縮図を見る思いだった。

言うまでもなく学校にはトイレがある。そして、そのトイレにはどうぞご利用くださいと言わんばかりに大便ブースが2つ3つと備えられている。そう、誰もが好きな時にウンコできるように環境が整えられているのだ。

別に誰が学校でウンコしたっていい、咎めらるいわれはない。なのに実際にウンコすると一斉に囃し立てられ、まるで悪魔と契約したかのような大罪に仕立てあげられてしまう。思えばこういった構図は何もウンコだけじゃないということに大人になると気がつくのだ。

残業はありません、みんな定時に帰れます。そんな謳い文句に誘われて仕事を始めた人はいないだろうか。しかし、実際に働いてみると全員が鬼気迫る勢いで残業しまくっておりシュラバラバンバ、とてもじゃないが定時で「おつかれさまー」と帰れる雰囲気じゃない。定時で帰っていいんだけど雰囲気が許さない、これはもうまさしく学校でのウンコと同じ構図なのだ。

この日本は特に和をもって尊うとしとする観点からそういった事例が多い。やっていいんだろうけどやっちゃまずい、そういったものが沢山転がっている。その空気を知ることが大人になることなんだろうと思う。

あの日、柳田君は大便ブースの中で何を思ったのだろう。あの狭い大便ブースの中で何を思ったのだろう。今まさにウンコを出すその時、ドアの向こうでは多くの人間が囃し立てている。そのドアの向こうに何を見たのだろう。やっていいはずのウンコなのに何でこんなに責められるんだろう。そこで柳田君は悟ったのだ、大人になるということを悟り、ドアを開けたのだ。あの瞬間、ドアを開けた柳田君は大人になっていたんだ。

柳田君は幼なじみだった。そんな柳田君がその後もウンコ帝王などと安直なニックネームで揶揄されているのは辛かったが、大人へのドアを開いた彼は気にしていない様子で、気にしてないならいいかってフィーリングで僕も彼のことをウンコ田って呼んでいた。それでも笑顔だった柳田君、きっと僕より早く大人になっていたのだろうと思う。

あの日、あの時、ウンコを責められていた柳田君のことを、傍観していた自分自身を、小学生時代のあの出来事を思い出している32歳の僕。その僕が今まさにウンコをしていてトイレのドアをガンガン蹴られている。

一体なんでこんな事態になってしまったのか、順を追って考えていこう。

この日、僕ははるばる大阪という土地に来ていた。大阪というのはどうも街を歩いているだけでレイプされる、もしくはスリに遭うというバイオレンスな街らしく、そのうちアメリカンバイクにまたがったモヒカンがでてくるんじゃなかろうかという土地らしい。早く滅んでしまえばいいのに。

そんなことを考えながら地下鉄に乗っているとウンコがしたくなってしまい、こりゃイカン、と思ったが、幸い目的地までもうすぐだ我慢せねばなるまいと文字通り奮闘した。糞闘した。

不思議なもので、目的の駅について地下鉄のドアが開くまではこの世の不幸が全て自分に降りかかったような感覚というか、早い話がもう漏らしてもいいくらいまでに思いつめていたのだけど、ドアが開くと不思議と便意が消えていた。

気の迷いだったのかと颯爽と涼しい顔でプラットホームを歩き改札を抜ける。しかしながら、駅構内を抜けるとまたもやビッグウェーブが襲ってきたため、たまらず公衆トイレに駆け込むこととなったのだ。

駅の前には大阪市立体育館と公園が広がっており、ちょうど目の前に立派な公衆トイレが設置されていた。なんてグッドタイミング、偶然の確率にしちゃできすぎている、と急いで駆け寄る。トイレの前では何か子供会の行事か何かがあったのだろうか、30人ぐらいの子供たちが体育座りをして大人の話を聞いていた。

「漏れちゃう漏れちゃう」

そんなことを口ずさみながらトイレへと、大便ブースへと駆け込む。至福のひと時。もうパンツを下ろすんだかウンコが出るんだか同時なんだか分からないタイミングで思いっきりウンコをしてやった。

「ふう、スリリングだったぜ」

漏らすか漏らさないか、その紙一重のスリルにゾクゾクしながら安堵を覚え、腸内に残った第二陣をひりだそうと奮起というか糞起していると、何やら公衆トイレの外が騒がしい。

「はーい、ではもう少しで出発するんで、トイレ行きたい人は今のうちに済ませておいてください!」

大人の大きな声が聞こえる。それに合わせて子供たちの元気な返事が響いた。ああ、あの子供たちだろうな、やっぱ体育館で何かの行事があったんだろう、それでこれから出発するからトイレ行こうっていうんだな、などと漠然と考えながら全神経を肛門に集中させていた。その瞬間だった。

「おい、誰かウンコしてるぞ!」

ワーッと押し寄せるようにトイレに雪崩れ込んできた子供たち、最初はワイワイキャッキャッとうるさかったのだけど、そのうち一人がクローズされているドアを見つけたらしく、大きな声でそれを指摘した。

「ホントだ、誰かウンコしてる」

別の男の子の声、頭の悪そうなガキの声がトイレに響く。なるほど、いつの世も子供ってヤツは変わらないんだな。この平成の世でも子供たちの間ではウンコは大罪と見える。残念ながら僕はもう公然とウンコをしていい大人だ、32歳だ、誰に揶揄される覚えもない、堂々とウンコできるのだ、余裕の笑みを浮かべて肛門から第二波が出でようとしていた。しかし、雲行きがおかしい。

「おい、タダシがいないぞ!」

「マジか!じゃあウンコしてんのタダシだな!」

タダシがどんな子なのか、なんで姿が見えないのか知らない、けれどもどうやら子供たちはウンコをしているのはタダシという結論に達したらしく、一気に囃し立てた。

「おいタダシ!またウンコかよ!」

なるほど、タダシ君はウンコキャラなのか、そりゃあ疑われるのも無理ない、などと納得している場合ではない。何で僕が32歳にもなってウンコを囃し立てられてるんだ。

ガンガン!

ドアの向こうの子供たちはどんどん過激になっており、最初はノック程度だったのに反応がないと見るやドアを蹴りだした。

「やべー、タダシのウンコむちゃくちゃ臭せえよ!」

すまん、タダシ君、ほんとにすまん。まさかタダシ君も預かり知らぬ場所でウンコが臭い疑惑をかけられてるとは思いもよるまい。

ここでまあ、「タダシじゃありません」とか声を出せば良かったのだろうけど、それってなんか小学生のガキに負けたことになるじゃないですか。なんだか恥ずかしいじゃないですか。それだけはしちゃなるめえと固く心に誓い、とにかく嵐が過ぎ去るのをジッと待つしかありませんでした。

「タダシ!ウンコ!タダシ!ウンコ!」

ドアの外で繰り広げられるシュプレヒコール。僕はタダシじゃないけどこの屈辱。なんたる辱め。なんで僕は32歳にもなって小学生にトイレのドアを蹴られてるんだ。

いやー、これはね、かなり精神的にきますよ。だってウンコって別に悪いことしてるわけじゃないでしょ、しかも僕、タダシじゃないですし、それなのになんでこんなに責められねばならないのか。32歳にもなって責められねばならないのか。あの日あの時、柳田君はこんな気持ちだったのか。

そこで気がついたんです。あの時、柳田君はあの理不尽を受け入れた。やってもいいはずなのに空気がそれを許さない、そんな理不尽を受け入れて大人へのドアを開いたのだ。反面、僕はこんな年になってもその理不尽さを受け入れられない。皆が狂ったように残業してるのに涼しい顔で定時に帰るから職場でも嫌われるんだ。会社の連絡網からも外され、栗拾いツアー(2008)にも誘われない。もっと理不尽さを受け入れて空気を読まなければならないのだ。そう、大人へのドアを開くんだ。ありがとう、柳田君、僕、やっとわかったよ。

何かを悟った僕は思いっきりドアを開けた。ガンガン蹴られている大便ブースのドアを開けた。

「俺は32歳だー!」

明らかに変質者レベル。学校のプリントで注意喚起されるレベル。それを受けて子供たちはビックリして

「なんかでたー!」

とか叫びながら蜂の子散らすように逃げていった。ばかやろう、出たのはウンコだ。柳田君、僕、勝ったよ、大人へのドアを開いたよ。少しだけ理不尽を受け入れる大人さを手に入れたような気がした。

僕らの人生はドアの連続だ。一つのドアを開ければ次のドア、そのドアを開ければまた次のドアだ。ドアを開けるたびに僕らは大人に、理不尽な大人へとなっていくのだ。

数多くの人生のドア、大便ブースのドアを開けるようにガンガン開けていこう。


10/2 過去ログサルベージ

死!亡!遊!戯!

どうも最近、無性に忙しいというか、僕は仕事をサボりながらじゃないと日記を書けない悲しき宿命を背負った運命の子なのですが、どうも最近、本社からきた精鋭の人がずっと僕のことを見張ってましてね、とてもじゃないが仕事中に日記を書けない。

おまけに、この間、台風が来るっていうんで緊急連絡網みたいなのが配布されたんですよね。台風来たら仕事休みにするからそれから連絡網で連絡しあいましょう、みたいなね。

その連絡網みたら思いっきり僕が入ってなかった。僕だけ独立国家。これはイジメですよ、イジメ。結局、台風で仕事休みになったんですけど、独立国家な僕は嵐の中仕事に行きましたからね。誰もいないでやんの。

まあ、それは全然関係ないですけど、とてもじゃないけど日記書く気にはならないので今日はモサっと過去ログサルベージ。過去に書いた日記をコピペするだけという最高にして至高の手法ですが、それだけじゃあまりなのでちょっと書き直して掲載しておきます。今日は過去にNIKKI SONICというイベントに書いた文章で。それではどうぞ。

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下着販売女子高生と対決する(NIKKI SONIC'06)

ここ4年くらいパンツを買った記憶がない。

逆説的に考えると今はいてるパンツたちは全て4年前に大量に買った精鋭揃い、4年といえばオリンピックもあるし総理だって大統領だって変わる。そんな長い年月を支えてくれる屈強なパンツたち。なんとも心強いなあ、などと思うのです。

しかしですね、面白いもので、どうも、パンツの耐用年数ってのは使用頻度にもよるのでしょうが大体4年くらいに設定されているらしく、その年数が来るとまるで堰を切ったかのように一斉にパンツどもが破れ始めるのです。

その絶妙な日本の技術力には感心するばかりなのですが、一斉に図ったかのようにパンツが破れ始めるのです。ある日、荷物を運ぼうと屈んだらお尻の部分がビリビリビリいっちゃいましてね、まいったなあと思いつつ次の日に別のパンツをはいたらまたビリビリビリ。偶然だよ偶然、と思いつつ次の日もビリビリビリ。これだけ毎日パンツが破れると、尻から鋭利な刃物でも生えてるんじゃないかと思うほどです。

とにかく、もう、はくパンツがなくて、泣く泣く破れたのをはく毎日で、早くパンツを買いに行かないとなあ、と思いつつ、なかなか買いにいけないという少しジレンマを感じる日々を過ごしているのですが、パンツってのはどう考えても主役じゃなくて、冷蔵庫やテレビとは訳が違いますから、よし、パンツ買うぞとはなかなかならないのです。

一口にパンツを買うといっても様々です。

上記のように、自分がはく用にパンツを買うというのもありますが、世の中には面白おかしい世界もあるもので、なんと使用済みのパンツを買うという習慣が根付いている業界もあるようです。僕の使用済みパンツなど、1円で売ってくれと言われても大歓迎なのですが、つくづく分からないものです。

ぼくがその異様な世界に気付いたのは、とある女子高生の一言からでした。その日はヤングジャンプの発売日で僕は喜び勇んでコンビニへと走ったのですが、なんと、女子高生がコンビニ前にたむろしていたのです。なんかパンツ見えそうな体勢で縁石に座り、アイスをチュパチュパと淫靡に食ってました。

こんなの戦時中だったら許されないことですが、今は平和な日本。豊かで安心になった現代に感謝しつつ、ヤングジャンプとエロ本を買って家路に着こうとした時、件の女子高生の会話が聞こえてきたのです。

彼女たちはなんか「お金がないC」みたいな感じの言葉を発しておられました。で、もう一方の、素面なのにアイアンクローされたみたいな顔している女子高生が発した一言。

「そんなにお金ないならさあ、パンツ売っちゃおうよ」

「マジー、超ウケるんですけどー」

何がそんなにウケるのか知りませんが、ってかウケると言ってるくせにクスリともしてないところに憤りを感じるのですが、とにかく、金がないからパンツを売る、という言葉に衝撃を覚えたのです。

考えてみてください。僕らが金がなくなったらどうするか。おそらく色々と我慢するか借金をするか犯罪に走るくらいしか選択肢がないのですが、女子高生はパンツを売るという選択肢があるのです。こんなね、僕が金ないからってパンツ売ろうとしたって誰も買いませんし。下手したら射殺されますよ。半分くらいパンツ脱いだ状態で蜂の巣にされますよ。

とにかく、彼女達の下着を売るという行為に大変興味を覚えたので、ヤングジャンプなんて放っておいてダッシュで帰宅、インターネットを駆使して生娘どもが下着を売っている掲示板を探してアクセスしたのでした。

色々見てみた結果、特に東京23区にお住まいの女子高生がパンツを売り出してる例が多く、東京は一大パンティ都市だなどと思ったのですが、それ以上に衝撃だったのが値段設定。なんでも生脱ぎと言われる物は値段設定も高く5000円から10000円くらいするみたいなのです。

あのですね、たかだか下着ごときに10000ですよ、10000。僕が4年前に買ったパンツなんて5枚で1000円ですよ。どんなインフレーションが巻き起こってるのかと思うのですが、そういった売り書き込みにレスポンスをつけているサムライたちを見ると比較的売れている様子。世の中ってのはわからないものです。

さらに掲示板を見ていくと、画像つきで、どうみてもウンコついてます!みたいなパンツを売り出してる娘っ子ですとか、血みたいなのがついてるパンツとかが売り出されていて、妙に生々しくて気が滅入り、おまけに僕の中にあった純な女の子像というものがガラガラと音を立てて崩れていったのでした。

とにかく、こんなパソコンの画面に表示された汚物どもを眺めていて滅入っていても仕方ない。実際に接しないとその本質はわからない。一体、少女達は何を求めて下着を売るのか、そして男達は何を求めて購入するのか。下着にはこれっぽっちも興味ありませんが、実際に購入してみることにしました。

まず、いくらパンティ産業が盛んな東京と言えども、いちいちパンツ買いに行ってられませんので、近場で売り出している女の子を捜します。で、目を皿のようにして探しまくった結果、なんだか近場で「オナ下着うりますう」と書き込んでいる大変頭の悪い書き込みを発見したのでした。

どうやら、場の雰囲気を察するに、「オナ下着」と呼ばれるウエポンは、女の子がオナニーをする際に使用した兵器らしく、このオプションが付いていると少し値段が上がるというものらしい。端的に分かりやすく言うと、セブンイレブンで買うサラダが下着ならば、オナの部分は別売りのドレッシングに当たる。そうなると、サウザンアイランドだ。間違っても和風ドレッシングではない。なんだかよく分からない。

とにかく、このオナ下着を売りに出している近場のクリーチャー、それだけでもこの平和な田舎町に下着を売る人がいるなんてと衝撃を受けるのだけど、それ以上に衝撃なのが書き込み内容。

「オナ下着ぅります。5日ずっとはき続けたパンだょ。高ぃ金額出せる人優先でぇ」

いやいや、日本語が崩壊してるとか各種様々な意見があるとは思いますが、最も問題なのは「5日はきつづけている」という部分ですよ。僕もパンツ帝王の名を欲しいままにしていますが、さすがに3日くらいが限界ですからね。どうしても止むに止まれぬ事情がある時のみ、4日目に裏返しにしてはく、それが限界。なのに平然と5日とか言ってやがりますからね。どんだけ剛の者なんですか。どんな宿命を背負ってるんですか。

とにかく、こいつに接触するしかない、パンツを売る子がどんな心理なのか気になるし、買うほうもどんな心理に陥るのか興味がある。ついでに、5日熟成されたブツがどんなものか知りたい。急いで彼女にメールを送りましたよ。

とにかく、かなり激しい彼女の書き込みですので、買い希望の殿方が殺到していることが予想されます。いかにしてこのライバルどもを出し抜くのかが問題になるわけです。例えば、あなたが大切にしていた絵画を売る場合を考えてみてください。大切な大切な絵画なのに金に困って手放してしまう。その絵画に思い入れがあればあるほど、大切にしてくれそうな人に譲りたいものです。いくら大金を積まれようとも、絵を乱暴に扱いそうな人には売りたくないものです。

つまり、数多くのライバルを出し抜くには、誰よりもパンティが大好きで、誰よりも大切にするつもりだという熱い気概を伝えるのが最良なのです。それらを踏まえてメールを送りますと

「こんにちは!パンティが三度の飯より大好きです!もう武者震いがするほどに!このたびは5日も熟成させた国宝級のブツを売っていただけると言うことで、僕もマニア仲間に自慢できるってもんです。鼻が高いですよ。とにかく、こちらは是非とも購入したいですので、返事ください」

自分で書いてて良く分からない、なんだよ、武者震いって、なんだよ、マニア仲間って思うのですが、まあご愛嬌。とにかく熱意だけは伝えます。僕が女の立場でこんなメールを受け取ったら気持ち悪くて仕方ないのですが、とにかく熱意だけは伝わったと思います。

「いくらくらいで買ってくれます〜?」

それを受けて5日パンツ魔人から返事がきたのですが、気概とか全然関係なくて単純に金額のみの様子。普通のパンティでも相場が5000円から10000円ということを考えれば、オナ下着、それでいて5日物というオプショナルな価値を考えると倍額はするでしょう。でもさすがに、下着に2万円とか出した日には働くのがバカらしくなるので

「なんとか5000円で」

と、小さいフォントが使えるものならそれで送りたい気持ちで送信しました。

こいつはいよいよダメか!と半ば諦めたのですが、その予想に反して5日パンツ魔人から帰ってきた返答は

「ぃぃよ」

という、あっけないもの。僕が彼女の親だったらぶん殴りたいですが、とにかく購入できるようなので早速待ち合わせ場所と言うか取引場所、時間などを相談して取引することに。

「夜にならないと出かけられないから夜にして欲しい。場所は、港がいいかな」

深夜に港で取引とか、麻薬や覚醒剤の取引じゃないんですからと思うんですけど、ここは彼女の提案を快諾。夜になるのを待って港に赴きます。

まあ、皆さんのご想像どおり、ミニスカート姿で現れた彼女は掛け値なしのブスで、パンツのシミみたいな顔してやがりました。歳は19か20くらい、たぶん女子高生じゃないですね。で、取引を始める前に少し会話して探りを入れてみるのですが

「どうして下着売りなの?」

「お金がないから。携帯代を払えないと困るから」

「へえ、結構売れる?」

「結構売れるよ、オジサンとか多いかな。たまーに同じ年くらいの若い人が買っていく。でもそういう人は下着が目的じゃなくて、下着そっちのけでエロいことしてこようとするから嫌。ガツガツしてる。私は下着を売るだけ、体は売らない」

「体は売らないんだ」

「だって怖いじゃん。それに下着だけの方が楽だし」

という極めてライトな今風の答えが。

結局ね、最近の若い人ってのは何でもライトなんですよ。決して売春や援助交際がいいとか言いませんが、彼女達はお金に困った時、バイトしようとも援助交際しようとも思わない。ただ、パンツを売るだけ。そこには働く真面目さも、援助交際をする不真面目さもなく、極めて中途半端で宙ぶらりんな、逃げの姿勢が垣間見えるのです。

「じゃ、5千円もらえる?今から脱ぐから」

遠くで船の汽笛が聞こえます。彼女は僕が差し出した5千円を受け取るとモゾモゾと5日物のブツを脱ぎ、そのシルエットだけが淫靡に蠢いており、どこか遠い国の夢物語のように現実的でない何か夢のようなものを感じていたのですが、「はい」と差し出された5日物のブツは現実世界に引き戻されるくらいクサプーンとしてました。さすが5 日物、臭いが目にくる。目にくるとはこのことだ。

まあ、これでソツがなく取引終了し、なんか彼女が早速携帯電話料金を払い込みたいからコンビニまで乗せてってくれと言うので2人で近くのコンビニに。ムワンとした目にくる臭いが充満する車内で沈黙しながら向かったのでした。

彼女が払い込みに行ってる間、車内に残った僕は、先ほどの脱ぎたてホヤホヤの5日物のスパイシーな臭いを放つパンツを眺め、こんな汚物が5000円かあ、と溜息をつくしかありませんでした。実際にパンツを買ってみて、買う方の気持ちは理解できました。こんなただの布、それも汚物に5000円も出す自分が信じられない。なんとも後味が悪い切ない大惨事だ。興奮なんてしやしない。

彼女を家の近くまで送り届け、僕も家路へと着いたのですが、道中、妙にスースーする非常に爽快でスッキリとした気持ちいいフィーリングが身を襲いました。

そう、こうなったら売るほうの気持ちも味わいたくて、彼女がコンビニに行ってる間に、神々の如き素早さでズボンとパンツを脱ぎ、尻のところが破れたパンツを速攻で彼女のカバンの奥底の、コンドーム入れる場所みたいな小さなポケットに突っ込んでおいたのでした。それだって3日物だぜとハードボイルドに決めながら。

なんだ、買う方は後悔の念しか感じないけど、売ると非常にスッキリするじゃないか。何か汚れた不浄なものが身から離れた感覚というか、スースーして気持ち良いというか。とにかく、パンツは買う方より売るほうが格段に気持ちい!世の少女は気持ち良いからパンツを売るんだ!と妙に納得したのでした。

4年ぶりに買ったパンツは使用済みの汚物パンツで、ラーメンをこぼした時に拭くことでその短い生涯を終えました。

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今年はあと3ヶ月くらいしかありませんけど、今年の目標は今年こそパンツを買うことと、会社の連絡網に掲載されることです。


9/22 星を見るひと

星空ほど人それぞれな物はないんじゃなかろうか。

例えば、都会で育ったとっちゃんボーヤみたいなのがお盆の帰省なんかで田舎に行き、地元の悪がきなんかに連れられて田舎の星空を見る、都会で暮らし課長との不倫に終止符を打った27歳OLが自分探しの旅で行き着いたひなびた温泉町でふと空を見上げる。そこには見たこともない星空が広がってるはずだ。町全体が明るく、大気が汚れている都会では見られない星空だ。

しかしながら、そんなもん地元の人にとっちゃ当たり前のことで、いちいち星空で感動されるとウザったいことこの上ない。むしろ、素晴らしく田舎ですねなどと遠まわしに指摘されているようで面白くない。レベル的にはコンビニ見つけて、あ、コンビニとかあるんだね、すっごーいと指摘するのとほとんど変わらない。そこには都会人が田舎に来て心休まるという余裕というかエゴが確かに存在する。田舎者として言わせてもらうと、都会人が勝手に自分の居住地域にやってきて心休まるもクソもないのだけど、確かにそうなのだ。

こういった場所的な差異ってのも確かにあるけど、それ以上にその人の心理状態に起因する星空の違い、ってのも確かにある。心に余裕がある人なんかは星空を見て

「こんな綺麗な星空があって俺たちがあって頑張って生きよう」

「素敵、高志」

とか感動することもあるだろうけど、例えば生きるか死ぬか、食うや食わずの生活をしている人なんかは感動している場合じゃない。それこそ、二股が発覚して女2人が「この泥棒猫!」とか激しくパッションを滾らせて罵り合ってるというのに、最も責任ある男が星空を見上げて「綺麗だ…」なんて言ってたらぶっ殺されるに決まってる。

つまり、どちらの場合も心に余裕がある人間こそが星空を見て感動することを許されるし、心情的にも余裕があるからこそそうやって感動することができる、逆説的に言ってしまえば、星空に感動できないってのはその時点で自分の中に余裕がないことに他ならないのだ。

元々、星空なんてのは客観的でない自分本位なものなのだ。星座とかなんて、どっかのキチガイがそう見えたからという理由で「いて座」「かみの毛座」「顕微鏡座」「分度器座」と訳の分からない状態になっている。星にしたって、そこにある星全部が見えてるわけじゃなく、あくまで見ることができる星が現れているに過ぎない、ムチャクチャ目が良い人には沢山の星が見えるし、目が悪い人にはほとんど見えない。そういった自分本位なものだからこそ、自分の中身を図り知るのにうってつけなんじゃないだろうか。

アナタが困った時、苦しい時、ムシャクシャしている時、星空を見上げてみてください。そこにはアナタなりの星空が広がっているはずです。そこで少しでも何か思うところがあるならば、たぶんアナタは大丈夫、まだまだ余裕があるはずです。けれども、もし何も感じないとしたら、きっと余裕がないのでしょう、根本的な部分から見直してみるべきなのです。

あれは僕が中学生の時でした。

まあ、悪い遊びとでも言うのでしょうか、親には「勉強会をする」って嘘をついて夜遅くに仲間たちで遊んだことがありました。同じように他の友人も嘘をついて家を出てきて、ちょっとした深夜の大冒険でした。

特に理由があったわけではありません。何かに対する反抗だとか非行だとか、そういった類のものでもなかったように思います。ただ夜中に遊んでみたかった、それだけの理由でした。

信じられないレベルの田舎でしたから、夜中に遊ぶといっても遊ぶ場所がなく、コンビニなんてありましたけど夜8時には閉店ソールドアウトという体たらく。行く場所も行くあてもなかった僕らは公園の小高い山の上にいました。

そこで色々な話をした。勉強のこと、将来のこと、家族のこと、ちょっと感傷的でおセンチな気持ちになってるのか好きな子のことも話したかもしれない。普段、学校の教室でオッパイオッパイ言ってるのとは違う何かを全員が感じ取っていた。

「おい、見てみろよ!」

その中の一人が言った。彼は上を見上げながら満天の星空を指差して言った。

「うわっ、すげー星空!」

田舎だったこともあるだろう、その日は晴れていたこともあるだろう、満天の星空が僕らの頭上に広がっていた。

「すげーな、なんか感動してきたよ」

友人たちは口々に感動だとか宇宙の神秘だとか自分というちっぽけな存在とか言っていた。しかし、僕はこれっぽっちも感動しなかった。感動云々よりも何も感じないと言った方が正確か、とにかく、何も動かされるものがなかった。

今にして思うと、あの時の僕は本当に余裕がなかったんだと思う。中学生という多感な時期にあって本当に悩み多き時期だった。家庭のこと、受験のこと、勉強のこと、そして恋のこと、そんなことでは1ミリも悩んでなくて、とにかくオナニーのことで悩んでいた。

当時の僕はまさにオナニー覚えたてで猿まっしぐら。オナニーの仙人みたいな人がいたとするならば雲上から僕を眺めて「将来が楽しみな青年じゃの」と言われてもおかしくないくらいオナニーにくびったけだった。

本気で高校受験の科目にオナニーがあればいいのにって思ったし、オナニーしすぎてしたんだかしてないんだか分からない状態になっちゃって何度となくしたこともあった。5分前にしたのにまたするとか途方もない状態。さらに「オナニーしすぎるとバカになる」という迷信がいたいけない中学時代の僕をさらに悩ませた。

そうやって誰にも相談することも出来ず一人で悶々と悩んでいた僕に星空を見て感動する余裕なんてなかった。皆が感動している横で早く帰ってオナニーしてえって思ってたくらいだった。

あの時の感動が余程だったのだろう、それから僕の友人たちは星空にハマった。たぶん、ある種の現実逃避だったのかもしれないけど、とにかく夜中に家を抜け出してはあの小高い山の上で星空を見ることが続いた。

そんなある日、ちょうど友達の家でカラテカという伝説のクソゲーをプレイしていた時、一人の友人が駆け込んできた。彼の名前は田上君。最も星空に感動し、将来は宇宙飛行士になるとか訳の分からないことを言い出したヤツだった。

「プラネタリウムに行こう!」

ちょうど隣の市にはプラネタリウムがあり、なにやらそこの無料券か何かを手に入れたらしい。僕は星空に全然感動しなかったので興味なかったのだけど、早速、星空にはまった友人たちが召還され、皆でプラネタリウムに行くことになった。仕方なくついていくことになった僕は、隙さえあらばプラネタリウムでオナニーしてやるくらいに思っていたかもしれない。

プラネタリウムは半球状の建物で、中央に星を投影する櫓みたいなものが設置されていた。上映が始まると半球状の天井に綺麗な星空が描かれ、多分神話か何かだろうけど星座にまつわる解説が延々と上映されていた。

田上君をはじめとする面々はこのプラネタリウムでも感動し、帰り道では口々に星座の素晴らしさを語っていた。もちろん僕は、係員などに隙が全くなく、プラネタリウムオナニーができなかったことに酷く落胆し、またもや心の中の余裕がなくなっていた。

「なあ、俺たちでプラネタリウムつくらねえか!」

田上君が提案した。高校受験を控えている僕らにはもちろんそんな暇はなかった。しかし、星空に、プラネタリウムに感動している僕以外の全員は一様に乗り気だった。

「いいね!作ろう!」

プラネタリウム会場には田上君の部屋が選ばれた。まずはじめに、どこから持ってきたのか知らないけど黒い暗幕みたいなものを部屋中に張り巡らせた。そして、その暗幕に星座の形に穴を開け、そこから漏れてくる光を星に見立てて壮大なプラネタリウムにしようという作戦だった。

僕らはプラネタリウムの製作に取り掛かった。途中、暗幕がなくなったことに気付いた田上君のお母さんが激怒して怒鳴り込んでくるとか、ガタガタと物音がしてうるさいと隣の部屋の田上君のお兄さんが木刀を持って殴りこんでくるなどのハプニングがあったが、それでもなんとか数時間で完成、早速電気を消してプラネタリウム鑑賞会となった。

結果だけ書くと、すげえ貧乏くさかった。暗幕に穴が開いた場所が星、と仮定していたのだけど、明らかにただ虫が喰って穴が開いてるようにしか見えなかった。どう好意的に解釈しても「貧乏」以外の言葉が見つからないチープなプラネタリウム。穴から差し込んでくる外の光が異様に貧しく、僕の小さな心をギュッと締め付けていた。

「なんか、違うな……」

部屋中に暗幕を設置し、しかもその暗幕は穴だらけ、天の川あたりなんて穴あけ過ぎて裂けてた。なんだこのプラネタリウム、FFXのパクリでももうちょっとマシなもんになるぞ。

「星が光らないからダメなんだ!」

田上君は力説した。星空に輝く星は何かの光を映し出しているわけじゃない、あくまでも自分自身が光っているんだ、だからそれを表現するには太陽光が通過するだけの今のシステムじゃダメだ、星自身が自ら光らなければならないのだ。

「おー、田上かっこいい、お前が輝いてるよ!」

友人の誰かが言った。正直、僕はそうは思わなかった。早く帰ってオナニーしたかった。心に余裕がなかったのだ。

「ちょっとブラックライト借りてくるわ!」

当時としては珍しかったブラックライトを利用して星自身を光らせようという結論に達した。これはまあ、ご存知の方はご存知かと思うけど、特殊な蛍光灯みたいなもので、明るくないんだけど白いものだけが綺麗に輝きだすという、僕も昔、女の子とデートする時にブラックライトでムーディーな演出という勇ましいキャッチコピーのバーに行き、薄暗い店内で「君の瞳に乾杯」と画策した事があったのだけど、なななななんと、僕の肩の上の大量のフケがブラックライトで輝いてしまい、まるでフケたちがダイヤモンドの結晶の様にキラキラ、「フケを拭け!」みたいなことを女の子に言われてしまった悲しきエピソードがあるのだけど、とにかく、その時の僕らにとってブラックライトこそがプラネタリウムの完成に必要不可欠なものだった。

「アニキに借りてくるわ!」

そういって出て行った田上君は勇ましかった。先ほど、木刀を持って殴りこんできたお兄様に借りに行くと言ってきかない。なんか改造車とか乗ってる将来有望なお兄様らしく、その改造車に設置する目的でブラックライトがある、みたいな話だった。

隣の部屋から「殺すぞ!」「いいから貸せって!」「殺すぞ!」「友達待たせてるんだって!」「殺すぞ!」という過激なワードがポンポン飛び出す中、数十分経って田上君のお母さんが仲裁に入ったみたいで、田上君はブラックライトを手に颯爽と部屋に戻ってきた。

早速、部屋を暗くしてノートの切れ端を照らしてみる。確かに光った。まるで星空のように真っ白いノートの切れ端は見事に、それでいて淫靡に光った。僕らは色めき立った。

「これならいけるよ!プラネタリウム!」

僕らは星空を作り出そうとした。見えないものを見ようとした。とにかく、先ほどの穴だらけ暗幕を引っぺがし、穴の部分にノートの切れ端を引っ付ける作業に没頭した。

何時間経っただろうか、途中、田上君のお母さんが「精が出るわね」といって持ってきてくれたカルピスから異臭がし、このカルピス腐ってるんじゃと思いつつも、全員が田上君の手前言えずにいて、誰も手をつけないのに田上君だけが「カルピスうめー!」といって飲み干していて案の定お腹を壊して何度となくトイレに直行するというハプニングを潜り抜け、いよいよブラックライト版プラネタリウムが完成した。

「みなさん、おまたせしました」

まだ点灯されていない、真っ暗な室内で田上君が司会者を気取る。今にも「お母さん、見つかりましたよ」と言い出しそうな貫禄の司会者っぷりだ。

「数々の苦難を乗り越え、ついにプラネタリウムが完成いたしました!点灯します!」

「5!4!3!2!1!」

皆が口々にカウントダウンを始める。いよいよ僕らのプラネタリウムが、僕らの星空が日の目を見る。オナニーに夢中だった僕も少なからず感動という感情が去来していた。

「ゼロ!」

B'zか、という掛け声と共についにブラックライトが点灯された。

うん、ショボかった。死ぬほどショボかった。たぶんブラックライト自体のパワーにも起因するのだろうけど、とにかく光が弱かったらしく、暗幕の星たちはほとんど光っていなかった。田上君の歯だけが不気味に光り輝いていた。

「わあ綺麗」

僕ら日記書きはいつもこの部分に苦労する。上の「わあ綺麗」はどうやっても文章に表すことができない。何も注釈なしに書いてしまっては、まるで誰かが感動してしまったかのような錯覚に陥る。文章とはそこが怖いのだ。この時の、落胆、微妙、どうしていいかわからない、でも綺麗といわなければならない、そんな思いが交錯する「わあ綺麗」はとてもじゃないが文章には表せないのだ。

全員が無言だ。ブラックライトだけがチリチリと音を立てている。塞ぎきれていなかった暗幕の穴から漏れ出てくる光が一層僕の心を締め付けた。早く帰ってオナニーしたかった。

「なんか、あまり綺麗じゃないね」

よほど我慢できなかったんだろう、誰かが口にしてはならない禁断の言葉を発した。

ここからの田上君の思考回路は本人にしか分からないだろう。けれども、落ち着いてこの後に田上君がとった行動を、僕なりの分析を交えて記載していこうと思う。

一生懸命頑張った、皆でプラネタリウムを作った、兄貴にも怒られた、お腹を壊して下痢気味だった、僕らのプラネタリウムは完成した、田上少年はそう思ったに違いない。そして、その出来があまりにもショボかったことは誰よりも彼自身が受け止めていただろう。

その原因は何か。皆が皆、愛想笑いしか出来ない真っ暗な部屋の中で田上青年は考えた。どうして、あの日、皆で観にいったプラネタリウムと違うのか、天井が半球状じゃないからだろうか、けれども、今更家を半球状に改築するわけにはいかない。どうするんだ、この微妙な空気は、僕がなんとかするしかない。

責任感の強い田上君はそう思っただろう、そして、原因をあのやぐらに持っていった。プラネタリウムで見たあのやぐら、星を投影するあのやぐら、あれがないからこのプラネタリウムはショボいんだ。そう思ったのだろう。彼は突如として部屋の中央で頭をついた逆立ち、三点倒立の形になった。

たぶん、そうやってお笑いに消化させることで笑い話にしよう、そうやってこの場を収めよう、そういう考えがあったのだろう、何故だか彼は全裸になってそれをやってのけた。

誰かがそれに乗って横に開いた田上君の足の上にブラックライトを乗せる。一気にヒートアップし、部屋の中央で全裸で逆立ちする田上君が足にブラックライトを乗せてくるくる回り、それを僕らが体育座りで凝視するというシュールな空間が出来上がった。僕はその田上君のひょうきんさに笑い出してしまった。

しかし、他の友人は笑ってなかった。一生懸命頑張って星空を作った結果がこれである。田上君のひょうきんさもピエロにしかみえない。言うなれば、本気でプラネタリウムを作ろうとしていた彼らには余裕がなく、オナニーしたかった僕には余裕があったのだ。僕の大爆笑と友人たちの冷たい笑いが交錯する中、それでも田上君は回り続けた。

ふと、回り続けた田上君のお尻が僕の方を向いた時、とんでもない光景が飛び込んできた。

逆立ちして足を開く格好をしていた田上君は、アナルが丸見えだった。それだけならいいのだけど、どうも下痢でトイレ超特急、お尻を拭いた時のティッシュが一切れ、彼のアナルに厳かに鎮座しておられた。

それだけならいいのだけど、そのアナルのティッシュがブラックライトで光り輝いてるもんだから始末が悪い。田上君のアナル、すげえ光ってた。星空に浮かぶどの一等星よりも力強く光っていた。

その後は後片付けをしたりしてるうちに、すっかり夜になり、田上君のお母さんが「お兄ちゃんの車で送っていってあげる」とか言ってましたけど、あんな改造車には乗りたくないので頑なに固辞、友人たちと別れて一人で自転車をこいで夜道を帰りました。

あの田上君のアナルの輝き、それを思うとバカらしくてバカらしくて、オナニーのことで悩んでいた自分がちっぽけな存在に思えてきましてね、ふっと空を見上げると満天の星が瞬いており、なんだか妙に感動したのでした。

星空とは、古代より、「こう見えるから」という主観に基づいて決められてきたものです。見えないものは見えない、見えないものは見える、そういうことにしようという主観に基づいたものなのです。それを見て何を思うか、それは自分自身を投影するものなのかもしれません。自分の気持ちを投影する星空、それは自分の中のプラネタリウムなのかもしれません。

32歳の今現在、僕は星空を見るとこの星の数だけオナニーしたらどうなるか、いやむしろもう超えてるかも、くらいしか考えられません。それはちょっとどうかと思います。

みなさんも何かに迷った時、星空を見上げてみてはいかがでしょうか。きっとそこには自分が投影されているはずです。


9/16 自信列島

自信なんてものは大嫌いだ。

この世の中には多くの聞き触りのいい言葉ってヤツがある。勝利、努力、前進、完璧、達成などなど、数え上げればキリがないけど良い意味として使われることの多い優等生的な単語ってヤツが確実に存在する。

逆を言えば悪い意味で使われることのほうが多い言葉ってヤツも確かにあって、敗北、堕落、後退、妥協、中途半端などなど、もうセンシティブな女の子なんかその言葉の響きだけで滅入っちゃいそうな単語も少なからず存在する。

言葉なんてのはその成り立ちからそれ自体が大きな意味を持つわけで、もちろん、それ自体にネガティブなイメージやポジティブなイメージがあって問題ない。しかし、それが間違ってる場合は大いに問題だ。

それが「自信」という言葉だ。もうこの「自信」ってヤツはとんでもないやつで、良い言葉のフリしてとんでもなく自堕落だから始末に終えない。コイツの世の中での扱われ方ってのが「成功するには自分を信じること、自信こそが大切だ!」とか、会社の偉い人が、少女買春で捕まりそうな顔してやがるくせに講演なんかで偉そうにのたまうから救われない。

「自信」って言葉は言うまでもなく自分を信じること。それはある事柄に対して自分はやれる、自分は大丈夫だ、と信じて疑わないことかもしれないけど、実はそれは言葉の響きほど前向きでポジティブなものじゃない。

自分を信じるという行為の根底には、「ま、これぐらいでいいか」という妥協が必ず存在する。それが自信ってやつに他ならない。ポジティブ単語の「自信」の根底にネガティブ単語の「妥協」が少なからず存在するってのが面白い構図だ。

どんなことに対してもそうだけど、自分で設定した基準を自分の中で上回って初めて「自信」というものが存在する。しかし、その設定自体も、上回ったとする判定自体も自分の中でのことなので往々にして甘い。そこで上回って良しとする思想こそが「妥協」に他ならないのだ。言うなれば、その時点で自分を許すからこそ自信が持てるようになるわけだ。

例えるとこうだ。とあるカップルというかアベック、2人の男女がいたとしよう。付き合い始めの初々しい期間、ひょんなことから2人は喧嘩になったとしよう。

「もう高志なんて大嫌い!」

「おいおい、いい加減機嫌直せよ、芳江」

「私のこと幸せにするっていったじゃない!あれは嘘だったの!?」

「嘘なもんか!芳江を幸せにする自信がある!」

ここでいう高志君の自信とは完全に嘘っぱちで嘘8000なわけなんですけど、普通に考えて人を幸せにするってすげーことですからね、自分自身もどうなるかわかったもんじゃないのに人までも幸せにするって余程の覚悟と決意がないとやれないことです。

では、ここでの「自信」とはそこまで覚悟があってのことなのか。残念ながら多くの場合はそこまで覚悟があるわけじゃない。あくまでハードルを下げて妥協した産物が「自信」という言葉になって現れているだけで、完全なる覚悟があるのなら自信という言葉にはならない。その時の思い以上のものが必要で、コレで十分と思うことはないからだ。

そんな「自信」の話はどうでもいいとして、このカップルの仲直りの顛末を書くと、

「もうバカバカ高志のバカ!」

「ごめんよ芳江」

「心配したんだからあ」

「よしよし」

抱き合う2人。

「不思議、こうやって高志と抱き合ってるとなんか安心する」

「俺もだ」

「不思議だね……」

「知ってるかい、芳江、人と人はこうやって抱き合うようにできてるんだ」

「どういうこと?」

「こうやって抱き合うと何の抵抗もなくお互いの体がフィットするだろ、これは人間の体が2人で抱き合うことを前提に作られてるからだ」

「そうなんだ、素敵」

「ただ、そうやって作られてないものもある」

「え?」

「こうやって真正面から抱き合うように、真正面からすると邪魔でしょうがないものがある」

「なんだろう」

「これさ」

高志はチュッと芳江の唇にキスをし、いたずらに笑った。芳江は頬を紅色に染め、ジッと高志の瞳を見つめた。

「真正面からすると鼻と鼻が当たって邪魔でしょうがない。僕ら人間はキスをするようにはできてないのさ。けれども僕らは顔をずらして無理にでもそれをする、それは愛しているからだ」

「高志……」

とまあ、こんなもんですか。なんか書いてたら高志に腹が立ってきて、コイツなら4秒で殺す自信がある!とか言いそうになったので落ち着いて「自信」の話に戻します。

とにかく、自信というものは非常に厄介な代物で、それさえ信じていたらなんとかなるという、インチキ新興宗教みたいな趣すらある。その大いなる自信の根底には、自分自身の中での驕りや妥協、そういったものが存在すると心に留めておかないと手痛いしっぺ返しを喰らうことになるのだ。

先日のことだった。ウチの職場には様々な出入り業者がいて、やれコピー機を買えだとか、やれパソコンを買えだとかとにかく猛烈な営業攻勢にあうことがある。中にはコピー用紙は是非ともウチの紙を!みたいなとんでもないことを言い出す営業マンもいてビックリする。

そんな中にあって僕はやり手の営業マンが嫌いだ。やり手の営業マンってのはもう条件が決まっていて、イケメン、爽やか、清潔感がある、妙にハキハキと相場が決まっている。そして、なぜか妙に自信満々という特徴も兼ね備えている。僕はこの自信満々さが妙に気に食わない。

いつぞやは、その自信満々のフレッシュ営業マンが僕のオフィスにやってきて何やら凄いコンピューターの売込みを開始していた。テキパキとパンフレットを広げて説明する彼の姿は自信に満ち溢れており、絶対に売れるだろうという自信に満ち満ちていた。

「ですから、今がチャンスです!」

「いやいや、買う気ないですってば」

「わかりました!さらに値下げしましょう!」

「いや、値下げも何も買いませんってば」

「うーん、これ以上は上の者に怒られるんですけど、しょうがない、特別にさらに値引きします!」

「いらないですって」

とまあ、全く持って話が通じない。まるで買わないと固辞する僕の方が悪者みたいな気配になってくるから自信満々の営業マンは苦手だ。おまけにその営業マンは帰り際に、女子社員に

「どう、今度食事でも」

とかなんとか言っていて、誘う姿まで自信満々、女子社員もウットリ、今にも股を開きそうになってました。なんなんだコイツは。僕が「どう、今度食事でも」とか誘おうものなら職場のセクハラ相談室みたいな駆け込み寺に駆け込むくせにだ。

職場の中には外部の業者から物を買う担当みたいな人間が僕を含めて8人くらいいるのだけれども、あまりにも僕が買わないものだから営業マン仲間の中で分かりやすく言うと難攻不落の城塞みたいに、分かりにくく言うとしゃがんでるガイルみたいに扱われているらしく、とにかく落としてみせると次々と自信満々の営業マンが僕の元にやってきた。

「とにかく今買わないと損です!」

「どうせ会社の経費なんですから買っちゃいましょう!」

「なんでもいいので買ってください!じゃないと社に戻れないっすよ!」

とまあ、入れ替わり立ち代り、自信に満ち溢れた営業マンたちが次々とやってきてまくしたてるんですよ。すっかりその自信という毒気にやられちゃってゲンナリ、これじゃあ必要なものでも欲しくなくなってくるから大変だ。終いには、

「僕のどこが気に入らないっていうんですか!?」

と自信満々。さすがに貴様の自信が気に入らないとは言えず、

「いえ、別にそういうわけじゃ……」

それを周りで見ていた女子社員も、かわいそうに買ってあげればいいのに、っていうかpatoさん妬んでるのよ、爽やかでイケメンな営業の○○さんに妬んで意地悪してるのよ、可哀想な○○さん、pato死ねばいいのに、っていうか殺す、みたいな風潮というかムーメントが厳かに巻き上がってくるんですよ。

でもね、僕は決して好き嫌いで買わないんじゃなくて、そうやって自信満々なのが気に食わないだけなんですよ。そうやって自信満々なのって営業では大切だと思いますし、彼らも仕事だってのは分かってます、けれどもね、そこに存在する確かな妥協や誤魔かし、そううのを自信満々な者どもはひた隠しにするんです。結果、それは仕事上での不利益しか生まないのです。

そんなこんなで自信満々なツワモノどもに辟易していると、そこに一人の青年がやってきました。

「あの、こんにちは……」

見るからにヒョロヒョロな、絶対に子供の時のあだ名はハカセかヒョーロクとかだろ、みたいな青年が立ってるんですよ。

「はい、なんですかな?」

なんだこのひょろっちいの、これなら僕でも勝てるぜ、と思いましたが、別に喧嘩する必要は全くなかったので普通に対応しました。

どうやら彼は、こんなにヒョロヒョロでもどっかの会社の営業マンだったみたいで、大量のパンフレットを手に今にも貧血で倒れるんじゃないかって佇まいで立っておりました。

「今日は事務機器の販売に…なにか御用は…」

みたいな消え入りそうな声で言うわけですよ。幽霊みたいに言うわけですよ。もうこの、時点でこの子は営業に向いてないだろって思ったんですけど、なんだか急に彼の事が愛おしくなっちゃったんですよね。

なんていうか、自信満々の営業マンって売れなくても屁じゃないですか。他でガンガン売れてますから、別に僕が買わなくても大丈夫。でもね、このヒョロヒョロの子は明らかに売れてませんよ。このまま会社に戻ったら恐ろしい上司に死ぬほど怒られて、きっと会社内での評判も悪くなって、栗拾いツアーとかキャンプにすら誘われなくなって、終いには職場内のメーリングリストみたいなのからも外され、更衣室から下着類が消えただけで疑われるようになりますよ。クソッ!

とにかく、ここは買って彼を救ってあげるしかない、そう思いましてね、あまりこちらも割り振られた予算がなくて高価なものは買えないんですけど、なんか買ってやろうとパンフレットを見せてもらったんですよ。

「なんかね、買いたいと思ってるんだよー」

「そうですかー、でもウチで買うより○○さんや○○さんで買ったほうが安くて納期も早いと思いますよ……」

と、これまた消え入りそうな声で言うわけですよ。お前は本当に営業マンか。

しかしまあ、この自信のなさが気に入った。自信満々営業マンに責められて辟易していたってのもあって彼がオアシスのように思えたってのもあるけど、自信がないってことは妥協がないこと、何でも無差別に自信があるよりは信頼できると彼から買うことにしたんです。まあ、ここで売れれば彼も会社に帰って怒られることもないだろうって気持ちもありました。同じ栗拾いツアーに誘われない仲間として彼だけは救ってあげたい。

「あ、あまり高価なもの買えなくて申し訳ないんだけど、時計ってもらえるかな。この部屋時計がないでしょ、困ってるんだよねー」

何買うか非常に迷った結果、ちょっと安くて申し訳ないんですけど、壁につけるタイプの時計を買うことに。前々から時間がわかんなくて困るからオフィスに時計をつけようって思ってたんですよね。

「はい、でしたらこの時計がいいかと思います、ちょっと高価ですけど…」

って、ヒョロい子っていうか坂本君は言うわけですよ。売る時すらそんなに自信ないのはどうかと思うぜと感じつつ、それでもこの自信のなさが彼の良い所だ、と言い聞かせて注文しました。

さて後日、珍しくその日は来客があったり、まとめるべき書類があったりとテンヤワンヤの忙しさ、こりゃあ猫の手も借りたいと大車輪の勢いで仕事をしていたところ、坂本君がヒョロッとやってきました。

「時計、持ってきました…」

「あ、申し訳ないね!」

「遅くなってすいません……」

事情を知らない人が見たら「彼、このあと死ぬの?」って言ってもおかしくないレベルの自信のなさ。そこが彼の良い所だと言い聞かせて、さっそく持ってきた時計を開封します。

「あっ…」

「あっ…」

開けた瞬間に2人同時に声が出ました。実は、2人とも時計を買うことにウカレポンチになっており、どうやって取り付けるかを全く考えてなかったんです。

「そういえば、取り付ける方法考えてなかったですね…すいません…」

「いやいや、こっちも気付かなかったしさ!」

みたいな会話を交わしつつ、坂本君に、

「ここの壁にドデーンと時計をつけたいわけよ!」

「その壁はコンクリートですから、時計をつけるとなるとハンドドリルで穴を開けなければなりませんね……」

なるほど、時計なんてチャッチャとつけれるかと思ったけど、コンクリートの壁につけるとなるとハンドドリルで穴まで開けないといけないのか。なかなか大変ですな、などと考えてました。

「では、明日またハンドドリル持って参ります…本当にすいません…」

みたいなことをいう坂本君。さすがにちょっと自信なさ過ぎて大丈夫かと思った僕は、

「大丈夫?なんだったら僕がやるけど」

と申したところ、坂本君はキッとした表情にかわり

「大丈夫です!穴開けるのは得意なんです!自信があります!

うわー、自信だしちゃったよ、ついに自身だしちゃったよ。自信がないのが坂本君の持ち味で好きだったのに、自信があるとまで言い切っちゃったよ。こりゃ悪い予感がしますな!とゾクゾクしました。

そして翌日、僕のオフィスに現れた坂本君はとんでもないいでたちでした。どうやら休日って言うか有休だったのにわざわざハンドドリル持ってきてくれたみたいで、普段はスーツなのに思いっきり私服。なんか目が潰れるくらい眩しい黄色いシャツで、背中のところにネイチャーとか何のためらいもなく書いてありました。そのシャツでハンドドリルもって仁王立ちですよ。殺人鬼が来たかと思ったわ。

「あら、今日は休みだったの?言ってくれれば明日とかでも良かったのに」

「はい!大丈夫です!」

そう言った坂本君は自信に満ち溢れていた。

自信ないのが持ち味だったのに、自信を持った、というか自信を前面に押し出してしまった坂本君、こういうときは大抵良くないことがあるもんだ、と思ったのですけど、その日は来客があることもあり坂本君に任せることに。

そんなこんなで、来客の対応をして難しい仕事の話をしつつ、向こう側で作業している坂本君が見えるって状態だったのですけど、ハラハラしつつ見ていると坂本君、なかなか作業に取り掛からない。

どうやらハンドドリルの使い方が分からなかったらしく、説明書を開き始める始末。こりゃやべえ、と思ったのですけど、30分ほどしたらついに使い方を会得したらしくギュイイイイイイイイン!という賑やかな音が聞こえてき始めました。

僕もホッとして商談を進めていたのですけど、とても不安になるサウンドが聴こえてくるんですよ。

ガガガガガガガ

まあ、これは壁に穴を開けてる音でしょうから別にいいんですけど、問題はその後に続く音です。

ガガガガガガガ

「やべっ」

おいおいおいおいおいおいおい、「やべっ」ってなんだ、なんなんだその言葉は。すっごい不安になるんですけど、とにかく来客との商談も佳境に差し掛かってるので集中しなくてはいけません。何度かガガガガガガガ「やべっ」が聞こえつつも、気にせず商談を進めていました。しかし、

ガガガガガガガ

「チッ!」

おいおいおいおいおいおいおい、なんだよ、その舌打ちは。いったいウチのオフィスの壁はどうなってんだよ。っていうかさっきからどれだけドリルで穴開けてるんだよ、壁を穴だらけにするつもりか。

ここでもう耐えられなくなってチラッと坂本君のほうを見ました、するとガガガガガという音に混じって、なにやら左右に翻弄される黄色いシャツがチラッと見えました。アイツ、確実にハンドドリルに翻弄されてやがる。

ええい、物凄い不安だけどこの商談ももうすぐ終わる、とっとと片付けなければ頑張りました。すると

ガガガガガガガ

ガコッ!

何かが貫通した音が。もう不安でどうしようもない。

なんとか商談も終わり、来客を帰して坂本君のところに行くと、見事に壁が穴だらけになってました。そのうち何個かの穴は貫通して隣りのオフィスが丸見え状態でした。

「すいません、いま穴開けますんで!」

こら黄色!一体いくつ穴を開けるつもりだ、と思いつつも、ヤンワリと坂本君を制しました。

この時計は三箇所を三角形に止める形になっていたんですけど、坂本君曰く、キッチリ時計にあった形で穴開けられなかった、ずれちゃってやり直しやり直ししてるうちに穴だらけになったと。それにしてもやりすぎだろ、ウチの壁、ハチの巣じゃん。

結局、2人で色々とやった結果、もう壁の上部が穴だらけで使い物にならないので、壁の中段くらいにつけることに。坂本君がハンドドリルを持つと、その反動に翻弄されてマシンガンを乱射してる人みたいになって危なっかしいのですが、なんとか共同作業することに。そこでも失敗しまくってさらに穴だらけになったのですが、下へ下へと行くうちになんとか時計をつけることに成功しました。

「自信あったんすけどね、穴あけ」

その自信がどこからきたのか本気で興味あったんですが、君は自信ないほうが魅力的だよ、とは言えず、笑顔で坂本君を送り出しました。

自信とは自分の中での妥協です。自分はコレで良い、と妥協した時に初めて自信として表にでる。坂本君のように自信のない人というのはその妥協するラインが高すぎる故に自信を持てない。言い換えれば妥協しない厳しい人なのです。それは、理想の穴が開くまで妥協せずにやりまくって壁をハチの巣にしたことからも伺える。

「自信」とは難しい。自信がありすぎるというのは自己ハードルが低すぎる妥協の産物、ナルシストになりかねない。かといって自信がなさ過ぎるというのは妥協ラインが高すぎてコンプレックスを持ったり、極度に自分を貶めることになってしまう。

自信も、自己の妥協ラインも高すぎず、低すぎずが理想なのだ。そう、時計の位置だって、高すぎると時間が見えないし、首が疲れる、低すぎても見えにくいしかっこわるいのだ。ちょうどいい高さなのが一番。

失敗続きで、蓮コラみたいになった壁に、下へ下へと位置が移動して何故か腰ぐらいの高さに設置された時計を見てそう思うのだった。


 

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ひとこと日記
がんぐったよ