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江戸時代の風情を今に残す瀬戸内海の港町の埋め立てに、裁判所が「待った」をかけた。
舞台は広島県福山市の鞆(とも)の浦。地元住民らが県知事に対し、埋め立て免許を出さないように求めた裁判で、広島地裁は原告の訴えを全面的に認めた。
鞆の浦では、県と市が渋滞緩和のバイパス道路を通すため、港の一部を埋め立て、半円状の湾に約180メートルの橋をかける計画を進めてきた。それが完成すれば常夜灯をはじめ江戸期の街並みが残る歴史的な景観は一変し、「景観利益」が損なわれてしまう。判決はそう指摘した。
景観を守るためという理由で、許認可段階の公共事業計画にブレーキをかけたのはこれが初めてだ。この裁判所の判断を高く評価したい。
景観をめぐる同じような裁判で転機となったのは、東京都国立市の14階建てマンションに対するものだ。06年の最高裁判決は訴えそのものは退けた。その一方で、住民が日常的に受ける景観の恵みである景観利益について、法的保護に値すると認めたのである。
広島地裁もこの考え方に立ち、文化的、歴史的に貴重な鞆の浦の景観を「国民の財産」ととらえ、埋め立てをしたら復元できないと結論付けた。こうした司法判断の流れの背景には、景観は人々の共有する財産、という思いが社会に根づいてきたことがある。
政権交代の結果、「いったん動き出したら止まらない」といわれてきた大型公共事業の見直しが進行中だ。今回の判決はそうした流れを加速させることにもなるだろう。
市民には敷居が高いと批判されてきた行政訴訟が様変わりしたことにも注目したい。公共事業を事前に差し止める訴えができるようになったのも、司法改革の一環で行政事件訴訟法が改正されたからだ。住民の意思を早い段階から行政に反映させるために、こうした仕組みをもっと活用したい。
気がかりなのは、この裁判によって、地元の埋め立て賛成派と反対派の溝が深まってしまったことだ。
賛成派も景観の大切さは認めているが、過疎と高齢化が進む地域の活性化のために、計画の続行を期待する声は根強い。
開発重視から景観保全へ。こうした移行期に、方針転換のしわ寄せを一手に引き受けるのは、地域社会だ。
かけがえのない景観は地元を潤す観光資源にもなる。そうした考え方に立った試みのなかで、地域の絆(きずな)を取り戻すことはできないか。
広島県知事は控訴して裁判を長引かせるのではなく、埋め立て計画を見直すべきだ。そのうえで、時代の変化を感じさせる司法判断を、地域の再生につなげることである。地元だけでなく、社会全体でも知恵を絞りたい。
米オバマ政権がミャンマー(ビルマ)に対する基本政策を転換し、近く軍事政権との直接対話に乗り出す。
軍のクーデターが起きた21年前から米国は厳しい制裁を続け、民主化を迫ってきた。しかし、民主化運動指導者アウン・サン・スー・チー氏の自宅軟禁は今も続き、多くの人びとが政治犯として拘束されたままだ。来年に予定される総選挙を前に、軍の独裁体制はむしろ強まっている。
そんな時期になぜ米政府は対話へとかじを切ったのか。このままではミャンマーが国際社会の深刻な不安要因になりかねないという危機感が、背景にあるとみるべきだろう。
今年、北朝鮮の協力で核関連施設を建設しているとの疑惑が浮上した。6月、国連制裁で禁止された武器を積んだ疑いがあるとして北朝鮮の船が米軍の追跡を受けた。その船はミャンマーに向かっていたと推測される。
軍事政権が核開発に手を染めれば、米国のアジア政策は根底からくつがえる。麻薬栽培の広がりや、中国の影響力拡大への懸念もあろう。
制裁を継続しながら対話の窓口も開く。手詰まりを打開しようとするこの動きが、民主化問題も含めた事態の改善につながることを期待したい。
とはいえ、楽観はできない。
テイン・セイン首相は先の国連総会演説で、経済制裁の全面解除を求めた。現状のまま軍主導で総選挙を行い、事実上の軍政を続けようという意思表示とも受け取れる。そもそも昨年制定された新憲法は、連邦議会の定数の4分の1を軍人とすると定め、軍政にとって極めて都合のいいものだ。
総選挙は公正で民主的な手続きで行われなければならない。スー・チー氏が率いる国民民主連盟にも自由な選挙活動を保証する必要がある。総選挙後、たとえ民政に移管されたとしても、実質的に軍政の影響下にあるのでは、国際社会は受け入れまい。
国際社会への完全復帰を望むなら、軍事政権は米国との対話を通じ、明確な民主化の展望を示すべきだ。
日本政府は新規援助を原則凍結する一方で、軍翼賛組織トップの閣僚を招くといった硬軟両様の外交をしてきたが、軍の抑圧を変えられなかった。
ミャンマーに民主主義を回復させ、北朝鮮との軍事協力の道を断たせることは、日米はもちろん、広くアジア全体の利益とも重なり合う。
岡田外相は先週末、ミャンマーの外相と会談し、スー・チー氏らの解放と自由な総選挙の実施を強く求めた。鳩山首相は、民主化を支援する国会議員連盟の一員で、スー・チー氏と電話で話したこともある間柄だ。
米国の転換を好機とし、米中、東南アジア諸国と連携しながら、軍政に変化を促す外交を強めたい。