FBIが隠し撮り--暴かれた味の素/協和発酵らの謀議
2000年6月21日
「米国とカナダは同じ価格で」
「明日から実施だ」
今年4月6日、米ワシントンのホテルで衝撃のビデオが公開された。味の素、協和発酵が加わっていた国際カルテルの現場を米連邦捜査局(FBI)が隠し撮りし、米司法省が編集したものだ。その生々しい映像は、ビジネスが国際化した今日、企業にとってカルテルがいかに危険な行為であるかを訴えてくる。
問題のビデオは、米法曹協会の定期会合の場で流された。当日になって突如、「カルテル行為の内情」と題した講義が追加され、テキストも配られた。そして、弁護士や大学教授など300人以上の法律専門家が約25分間、前代未聞の映像を目にした。
1993〜95年の撮影で、日米韓の5社が飼料添加物「リジン」を巡り、販売価格や販売量を不当に取り決めていた様子を映し出している。各社は既に有罪を認め、罰金支払いにも合意したが、このビデオが立証の決定打となったことが分かる。
字幕まで付いており、どの社の誰が何を喋ったのか、すべて分かってしまう。米国では起訴状や判決文と同様の公開情報だからだ。
印象的な場面と司法省の解説を紹介しよう。「カルテルメンバーが示した顧客と取り締まり機関に対する侮蔑」と題された95年のシーンでは、米アトランタのホテルの一室で幹部たちが談笑している。部屋には空席があり、これはカルテルが発覚しないよう、共謀者の到着時間をずらすためだという。登場人物たちは食事をしながら、空席には誰が来るのか冗談を飛ばし合って笑う。
「この席はFBI?」
「ここはFTC(米連邦取引委員会)?」
この場面をFBIが撮影していたのだから、まるで犯罪捜査映画のパロディーだ。会場では失笑が広がった。
「競合企業は友、顧客企業は敵」
共謀者たちは顧客企業をも侮っていた。司法省によると、主犯格である米アーチャー・ダニエルズ・ミッドランド(ADM)社の社長がライバル企業の幹部に、「競合企業は友であり、顧客企業は敵だ」と言い放ったという。
冒頭の会話は、販売価格を決めた核心場面から引用したもの。94年にハワイのホテルに集まった幹部たちは、市場での競りのような気軽さで数字を提示し合う。「米国、カナダではトラックに満載した場合で1ポンド当たり1ドル16セント」という細かい販売条件があっという間に決まってしまう。
司法省は、価格や販売量の取り決めを摘発しただけではない。カルテルを隠蔽したり、抜け駆けを防ぐやり口をも暴き出している。例えば、共謀者たちは同業者組合をカルテル会合の“隠れ蓑”として、いかに利用するかを話し合っていた。米法曹協会で配られたテキストには、偽の議事日程のコピーも添えられていた。
仲間の裏切りを防ぐ方法としては“脅迫”と“補償金制度”がある。ADM幹部が脅しをかけつつ、他の会社に販売割当量を合意させようとしている。また、取り決めより安く販売し、売り上げを伸ばした企業に対する罰則も話し合われた。話し合いで決めた販売量を上回った企業は、下回った企業に対して、“補償金”として、その不足分のリジンを買い取るという。ビデオには次のような会話が出てくる。
ADM幹部「貴社が予算割れしたら、当社で買い上げよう」
味の素幹部「それはありがたい(笑)」
隠し撮り、盗聴、内部告発者を利用したおとり捜査、「刑罰を軽くしてほしければ、罪を認めて他社の情報を話せ」という司法取引…。米国では、麻薬シンジケートの摘発と見まがうほどカルテルも執拗に捜査し、違法行為を丸裸にする。さらに今回は、法廷資料としてのビデオまで公開されたのだ。
ビデオを解説したテキストは、以下の言葉で締めくくられている。
「(法律家である)あなた方にこのビデオとテキストを役立ててほしい。まず顧客企業がカルテルに関わるのを思いとどまらせるために、そして、防止できなかった場合は違法行為を発見するために」。企業経営者に恐怖心を植え付け、カルテルを未然に防止するという狙いがあるようだ。
EUの罰金額は売上高の10%にも
国際カルテルの代償が大きくなるのは、米国での取り締まりが厳しいからだけではない。米司法省がつかんだ証拠や情報は、他国の独占禁止当局にも流れ、捜査の参考資料となる。
欧州連合(EU)の行政機関である欧州委員会は6月7日、同じリジンカルテルの5社に対し、総額1億1000万ユーロ(約110億円)の罰金支払いを命じた。味の素は2830万ユーロ(約28億円)、協和発酵は1320万ユーロ(約13億円)だった。
各国の独禁当局は企業活動のグローバル化への対応を急いでいる。元公正取引委員会委員の伊従寛・三菱総合研究所顧問は、「経済協力開発機構(OECD)で加盟国同士の情報交換が決議されているし、米、EU間には独禁協定がある。日米間でも独禁協定が結ばれるなど、当局の連携は世界的な流れだ」と指摘する。米司法省がビデオなどの証拠を欧州委に提供していたことは間違いない。
欧米からリジンカルテルで厳しく追及された協和発酵は、「欧州委の決定については法的に納得がいかない面もあり、欧州裁判所に判断を仰ぐことも選択肢として考えている」(コーポレートコミュニケーション室)と話す。ただ、カルテル行為自体を否定するのではなく、「カルテル行為の期間が90〜95年なのに、その後に強化した罰金規定をさかのぼって適用するのはおかしい」(顧問弁護士の中藤力氏)という理由だ。なお、企業に対するEUの罰金上限額は全売上高の10%。1兆円企業なら1000億円を科せられる可能性があるということだ。米司法省が公開したビデオについては、「顧問弁護士を通じ、取り寄せる予定」(協和発酵)という。
一方、味の素は、「欧州委の調査に全面的に協力してきた。同委の決定については詳細を検討したうえで対応を決める。95年以後は全社的に法令順守に努めている」と話す。ビデオ公開については知らなかった、と言う。
日本ではカルテルに対する摘発や刑罰が欧米に比べはるかに甘い。談合に寛容さを残す日本的感覚のまま、国際ビジネスに臨むとどうなるか。司法省のビデオはその恐ろしさを示す。
独禁法に詳しい川越憲治弁護士は、「ビデオの公開は行き過ぎという気もするが、独禁政策については米国がスタンダードになりつつある。国際ビジネスに英語が必要なのと同じように、米独禁法に関する知識が不可欠だ」と話す。違法行為は、「旧ソ連で活動した米外交官並みに監視されていると考えた方がいい」(伊従氏)ようだ。(塩田 宏之=編集委員)
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