この人物のオモテとウラ　３年前の“挫折”から一転世界へ

●ロマンポルノの仲間に負けまいと…

　第３３回モントリオール世界映画祭の授賞式で「ヴィヨンの妻〜桜桃とタンポポ〜」の根岸吉太郎監督（５９）が最優秀監督賞を受賞した。

「ヴィヨンの妻」は太宰治生誕１００年を迎える本年、「いつか映画化したかった」という根岸監督の願いがかなった。退廃的な夫と、夫の弱さをやわらかに包み込み、しなやかにたくましく生きる妻の夫婦愛を描いたもの。浅野忠信と松たか子が演じている。

　９日、凱旋帰国を果たした根岸監督は記者会見席上で、「現地で上映された際には、予想以上に観客がビビッドな反応を示した」「今、世界の中で日本映画に大きな波が来ていると感じた。これをきっかけに飛躍していければ」と期待を寄せた。また、夫婦役を演じた浅野と松も「俳優として新しい自分を発見できた」（浅野）、「スクリーンを通して、世界の人に評価されたことは本当に励み」（松）と感激を率直に語った。

　１９５０年生まれの根岸監督は東京都出身で、早稲田大学卒業後、日活に入社。藤田敏八、曽根中生に師事する。７８年「オリオンの殺意より　情事の方程式」で監督デビュー。「キャバレー日記」など、にっかつのロマンポルノ作品を１０作近く監督した。８１年「遠雷」でブルーリボン賞の監督賞と芸術選奨新人賞を獲得。新進気鋭の若手監督として、一躍脚光を浴びる。その後も「探偵物語」「ウホッホ探検隊」「永遠の１／２」などの映画で着実に評価を高めていった。９０年代中ごろは映画製作から離れていたが、９８年の「絆」で５年ぶりに監督復帰。

　０５年に製作した「雪に願うこと」で、第１８回東京国際映画祭の４部門受賞をはじめ、毎日映画コンクール監督賞など各賞を受賞。０７年には竹内結子主演「サイドカーに犬」を監督。繊細な人物描写を武器に、ポルノからサスペンスまで幅広いジャンルの映画を手がける実力派映画監督といわれ、松田聖子のステージ演出や、中島みゆきの「夜会」のビデオ製作も手がける。

　３年前には、一時は映画監督をやめたいという衝動に駆られたと告白。しかし故・成瀬巳喜男監督の「浮雲」で日本映画の水準の高さを再認識、「成瀬さんや小津さんには到達できないかもしれないが、古き良き映画を引き継ぎたい」と奮起した。日本映画への熱い思いも、今回の受賞に結びついた。

　根岸監督が日活に入社した７４年、ロマンポルノが花咲いていた。仲間には、「１２人の優しい日本人」「櫻の園」「桃尻娘」（テレビ）の中原俊、「リング」の中田秀夫がいる。日活ロマンポルノ出身監督の活躍は目覚ましく、根岸監督と同年代の監督といえば、「家族ゲーム」「それから」の森田芳光、「セーラー服と機関銃」「魚影の群れ」の故・相米慎二。さらに米アカデミー賞外国語映画賞の「おくりびと」の滝田洋二郎、「ガメラ　大怪獣空中決戦」の金子修介や「ＣＵＲＥ」の黒沢清、「Ｓｈａｌｌ　ｗｅ　ダンス？」の周防正行など。

　優秀な監督を輩出してきた日活ロマンポルノ。中田、滝田、黒沢、周防に続いて、根岸監督も海外で評価された。今後も日本映画の快進撃が期待されそうだ。

（日刊ゲンダイ2009年9月16日掲載）