2000/10/1 PM 7:43
昌宏に聞く
あのねえ昌宏、今日は午後3時から昌宏の墓参りにお父さんと一緒に行きました。
帰りにニッショーに寄って 買い物をして帰りました。
昌宏、現世で人間の心のあり方について色々と教えてください。
10/1 PM7:55
昌宏の言葉
(途中から)
それで現世で人間は喜怒哀楽があり、腹が立ったり人を憎んだり悲しんだり喜んだりして悩み苦しむことにより霊的成長をしていくことになっていて、それぞれの心の感情を良くないとはいえなく、人の心の感情は常に流動しているのだ現世で。
それで 善と悪の心の感情は人間には誰でもあるが、その思いの集積である行動をどのようにしたかで、その人間性、霊性というものが決まっていくのであって、現世でどのような行動をしたかで善悪を判断したことになるのだ。だから人間は寿命で霊界入りしたときには閻魔の審判で、現世の行動の記録というものが記憶装置に映し出されるのだ。それにより、その人間が現世でどのような行動をしたかで霊性が問われるのだ。
だから腹が立って、人を恨んだとしても悪い行動に出なければ、腹が立って一時的に人を恨んだが、それにより犯罪や殺人の行動に出なければ、その人を恨んだ心は自然浄化でクリアされていくのだ。それで閻魔の審判の記憶装置には一時的に人を恨んだとしてもクリアされて出てこないのだ。
現世で主に どのような行動をしてきたかが大事なのだ。
それで霊界に偽善者の村というのがあるが、この偽善者については現世で物質的な考えで欲が深く、表面は善人顔で生活をしてたもので内心は欲が深く自分のことしか考えてない人間ばかりの集まる村だが、この偽善者は心の中で悪い事を思っても表面は善人の生活をしていてどこが悪いのかいいのではないかということだが、この偽善者は物質欲が強く物質的生活を送っていて霊的なことを否定して生きてきたもので、表面は善人の生活をしていたとしても心の中で霊的なことを否定して生きてきたことは罪になるのだ。
そういう霊的次元を否定して無視してきたことは光に対して心を閉ざしていて闇につながるのだ。
それで現世での生き方は人間は喜怒哀楽があり色々と 腹が立って人を憎んだりすることは多いが、善悪を判断して善の行動をすれば善行になり悪の行動をすれば悪業になるのだ。 それで行動は思いの集積なのだ。
そういうことで人間の喜怒哀楽の感情は常に流動的にあるのであって、自然浄化でクリアされていくのだ。
それで霊的次元への祈りを常に忘れないようにしていくことが大事なのだ。
ありがとう昌宏