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間寛平「東京残念や」自身の挑戦は中東へ向かう

◆ リオデジャネイロが2016年夏季五輪開催地に ◆

 国際オリンピック委員会(IOC)総会がデンマーク・コペンハーゲンで開かれ、3日未明(現地時間2日)の投票でマドリード(スペイン)との決戦投票を制したリオデジャネイロ(ブラジル)が2016年夏季五輪開催地に決まった。南米では初開催となる。1回目の投票で落選したシカゴ(米国)に続き、52年ぶり2度目の開催を目指した東京は2回目の投票で落選。東京五輪招致大使の間寛平(60)も「残念や」と肩を落とした。

◆ 石原知事と約束した“チャチャマンボ共演”は実現できず ◆

 その瞬間、寛平はIOC総会会場から数キロ離れた広場にいた。ステージ上の大画面には総会の模様が映し出され、集まった人々が、かたずをのんで見守っている。しかし、投票が始まると何かのトラブルで画面が消え、「東京落選」の一報は人づてに聞いた。

 「ナニ〜?もう終わり?」

 あっけない幕切れに拍子抜けの表情。「決勝には残ると思ったけど残念やったね」と自らに言い聞かせるように話した。

 昨年12月17日に大阪をスタートしたアースマラソン。2年以上かけて地球一周する計画の中で、唯一守らなければならないのが10月2日までにコペンハーゲンに着くことだった。欧州では右足の激痛に悩まされたこともあったが、1日平均55キロを走ってコペンハーゲンを目指した。教会を見つけるたびに手を合わせて東京選出を祈ったのも、すべて招致大使としての責任感だった。

 ただ、懸念していたのは伝わってこない日本国内の盛り上がり。「僕なりに一生懸命やってるけど東京はどうなんかな。市民が盛り上がらんとどうしようもないから」とこぼし、さらに「誰かが来てみんなの部屋をノックしてくれれば」とロビー活動の必要性を訴えていた。悲しいかな、不安が的中した形となった。

 日本の夏季五輪招致は1988年大会でソウルに敗れた名古屋、2008年大会で北京に敗れた大阪に続き、3連敗。石原慎太郎東京都知事(77)と約束した“チャチャマンボ共演”は実現できなかった。

 しかし、落ち込んでいる暇はない。今後は「怖いこともあると思う」と警戒するカザフスタンやイランを走り、中国・青島を目指す。「ボクはこれから」。不屈の鉄人は必死に前を向いた。

[ 2009年10月4日付 ]

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