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中川元財務相、都内の自宅で死亡 死因不明、病理検査へ

2009年10月4日21時42分

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写真:中川昭一・元財務・金融相(2月17日撮影)中川昭一・元財務・金融相(2月17日撮影)

 4日午前8時18分ごろ、中川昭一・元財務兼金融相(56)が東京都世田谷区下馬5丁目の自宅で倒れているのを妻(50)が発見し、119番通報した。警視庁によると、2階の寝室のベッドにうつぶせで死亡していた。目立った外傷はなく、行政解剖で死因が特定できず、今後、病理検査を行う。世田谷署は遺体や室内の状況から事件や自殺の可能性は薄いとみており、中川氏が睡眠薬をのんでいたとの家族の証言があることから死亡との因果関係を調べる。

 同署によると、中川氏はポロシャツに短パン姿。掛け布団はかかっていなかった。ベッドの上に吐いた跡があった。検視の結果、死亡したのは3日午後11時前後とみられる。遺書は見つかっていないという。

 中川氏は妻と長女(25)、長男(17)の4人暮らし。妻が3日午後9時すぎに帰宅した際、中川氏はベッドで眠っているように見えた。起きてこないため妻が翌午前8時すぎに寝室に入り、息をしていないのに気付いたという。

 家族が同署に説明したところによると、中川氏は最近、不眠を訴えて病院に通っており、睡眠薬を処方されていた。寝室内の机の上や引き出しの中に睡眠薬とみられる錠剤が見つかった。大量にのんだ形跡はないという。

     ◇

 中川氏は70〜80年代の自民党でニューリーダーの一人だった故・一郎氏の長男。東大卒業後、日本興業銀行(現・みずほフィナンシャルグループ)に勤めたが、83年、一郎氏の自殺を受け、地盤を引き継いで同年末の衆院選で初当選。北海道11区(中選挙区時代は同5区)で当選8回を重ね、自民党内では伊吹派に所属していた。

 農水族の有力議員として頭角を現し、小渕内閣で農水相として初入閣。小泉内閣で経産、農水両相、安倍内閣で党政調会長と要職を歴任。福田政権下では「保守勢力の再結集」をうたって議連「真・保守政策研究会」を結成、麻生前首相や安倍元首相、無所属の平沼赳夫氏ら約80人のグループのリーダーとなった。拉致議連の会長を務め、一貫して北朝鮮や中国に強硬姿勢を示すなど保守派の論客として存在感を発揮、将来の首相候補と目されたこともあった。

 党総裁選勝利に貢献した麻生内閣では、財務兼金融相に就任。世界同時不況下で景気対策を重視し、定額給付金をはじめ内閣の経済政策を指揮した。国際会議でも財政出動を呼びかけ存在感を示したが、今年2月のローマでのG7(主要7カ国財務相・中央銀行総裁会議)終了後、もうろうとなった状態で記者会見したことが強く批判され、財務兼金融相を辞任した。8月の総選挙では民主党候補に敗れ、比例代表での復活もできず、落選した。

     ◇

 葬儀などの日程は未定。

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