21歳の私 早稲田の大隈商店街の写真館で撮りました




付き合い始めた頃の女房 趣味はミスコン荒らし 確かに当時は
美人でした 今は太ってしまって ただのおばさん・・・・・




30代半ば頃、高田馬場のスナックで両手に花の私
 



47歳の私 2003年の新年会で 右は憂国の人 元護国団の団長石井一昌氏

                               



52歳の私 高田馬場の寿司屋で 左はネット右翼のカリスマにして
日本で最も度胸のある活動家 維新政党・新風副代表の瀬戸弘幸さん

(2008年1月29日)



「私の写真」ではなく「私の居間の壁の写真」をお目にかけます
(2008年6月17日)





左から秋山実之参謀、旗艦三笠、東郷平八郎司令長官(私の椅子の正面)



左から西郷隆盛、坂本龍馬、勝海舟、高杉晋作、吉田松陰、横井小楠
海舟の下に架けてある紫の袋の中は日本刀(私の椅子の右手)




明治天皇肖像画(私の椅子の後ろ)




52歳の私 2008年7月1日、高田馬場の居酒屋にて
右は五行歌の創始者・草壁焔太氏
草壁氏から、悟った人と会ってみたい、とメールがあり出かけた
氏を一目見て「只者ではない」と分かった
私が感動した草壁作品を三つ紹介する

息子を
精神病院に
入れてきた
自分の裏側を
見捨てるように

死ぬんなら
息子よ
殺す気で
教えたいことも
あったのだ

枯れ庭の
石蕗(つわぶき)の花

一人
佇むほどの明るさ



52歳の私 2008年7月11日にカルチャースクールの合気道教室にフト入会してみた
一発で気に入った 私の武道好きの血が騒いだ トレーナー姿で行ったが、
合気道は膝をついたり擦ったりする動作が多いので、トレーナーでは膝が破れてしまう
それで直ぐ合気道の正式な稽古着を注文した さっそく試し着をして基本姿勢に構えてパチリ
1時間半しか習っていないズブの素人の割には決まっているでしょ?
本当の構えから見れば手の位置が高いし、半身過ぎるけどね
有段者になるまでは続けるつもり 私は棒を持ったら無敵だが これで素手でも無敵です
ああ 武道は楽し (2008年7月13日)


「私の居間の壁の写真」を上の方にアップしましたが
今度は「私の寝室」をご覧ください
心が如来なら 体も如来 行為も如来 環境も如来です
(2008年7月15日)





130センチの高さの仏壇(桐の木)
本尊は法華経曼陀羅



右は「円相図」(禅における悟りの境地を描いたもの)の暖簾
左は「一筆観音経」 中心に観世音菩薩の絵があり
右上から左下まで観音経を一筆で描いたもの
作者の息子さんは人間国宝なので結構値打ちものだと思います



左から観世音菩薩像(60センチ、クスノキ、骨董仕立て)
虚空蔵菩薩像(26センチ、ヒノキ、白木造り)
不動明王像(73センチ、クスノキ、骨董仕立て)


観世音菩薩は様々な姿に変化して衆生を優しく救済する(法華経に出てくる菩薩)
虚空蔵菩薩は知恵と記憶力の菩薩(密教系)
不動明王は穏健な説法では救えない人物に憤怒の姿で煩悩を断ち切る大日如来の転神(密教系)


 2008年7月29日午後1時、【主催】せと弘幸Blog『日本よ何処へ』の他、【呼び掛け】主権回復を目指す会 在日特権を許さない市民の会 NPO外国人犯罪追放運動 外国人参政権に反対する市民の会などが参加して創価学会の犯罪を追及する集会があり、私も参加した。

 
八王子駅前で街頭演説のあと、東京地検八王子支部に「故東村山市議・朝木明代さんを創価学会が殺したと思われる件」について、最高裁判決ですら「殺人と推理するのに相当の根拠がある」と判断しているのにも関わらず、なぜ東村山警察署は「殺人対策本部」も置かず、地検八王子支部はなぜ捜査命令を出さないのか、という内容の抗議文を渡しに行った。

 私は道案内役を買って出たのだが、西村修平氏、瀬戸弘幸氏が演説をした後、突然マイクを渡されたので、私も演説した。

 内容を要約すると「東村山署はいまだに朝木さんは万引きを苦にして自殺した」との見解を固守していること。今年の4月15日の東京地裁判決は、「朝木さんの死体の両腕の裏側に何者かに強くつかまれたときに出来る青アザが残っていたが、それは@アザが出来た日時が当日のものかどうかわからない、A他人ともみ合わなくてもアザが出来る可能性がある、B自分でつけたかもしれない、というキチガイ理論から、他殺と断定できない」という判決を下した。東村山署もこの判決を下した3人の裁判官も創価学会の奴隷・提灯持ちだ、というもの。

 大学講義には慣れているが、街宣は初めての経験。結構楽しかったから機会があったらまたやろう。


 


八王子駅北口交番前で演説する瀬戸弘幸氏 
こうして二人の男に両腕を捕まえられないと青アザはできない、と証明しているところ



地検前で 中央が居田伊佐雄さん 右のサンバイザーを被っているのが私


合気道を習い始めて40日目。道場には4回しか行っていませんが、家でDVDを見ながら毎日稽古しているので基本動作6×2=12種類、ならびに木刀を持った基本動作はほぼマスターしました。
 胴衣を買ったばかりに写した上の写真は、体が半身になりすぎていますね。
合気道の場合は常に腰を決めて、足はひねっていても体は常に正面を向くのです。
 これが本当の構え。(2008.8.23)





2008年9月1日、元東村山市議・故朝木明代さんの13回忌に瀬戸弘幸さんらと共に東村山の駅前で街頭演説を行った。すぐ目の前に、朝木さんが突き落とされたマンションビルがあった。

私は演説の中で、朝木さんの司法解剖鑑定書に記されたアザの跡は、明らかに二人の人間が朝木さんの腕を掴まえてマンションから放り投げた証拠であると述べ、創価学会に阿(おもね)り、この事件を自殺と判断した東京地裁の裁判官3名を罷免するために、裁判官弾劾裁判に訴える旨を宣言した。(その実践活動はここをクリック)

以下、街宣中の私。


2008年10月18日は私の所属する「中央義士会」発足の100周年記念日。東京ドームホテルでパーティがあったので参加した。
 想像以上に素晴らしいパーティだった。


私の右は中央義士会理事長・中島康夫先生。義士研究の第一人者


この方(浅野長氏)は先祖が赤穂藩主浅野内匠頭長矩であると同時に、大石内蔵助の血筋も入っているという義士ファンにとっては神様のような人。
 義士の子孫たち12人が紹介されたが、皆気品のある立派な顔をしているのに驚いた。

浅野氏は元歌舞伎役者で現在は尾上松緑のマネージャー。私の隣に座った女性が偶然にも浅野氏の奥さんで、すっかり打ち解けた。



松代藩無双直伝流居合術指南役の菅野茂氏による演武も披露された。
この人の先祖は堀部安兵衛が助太刀した菅野六郎左衛門。


講談師・林鶴雲による「大石東下り」も披露された。


現在、忠臣蔵関連の歌謡浪曲を歌わせたら天下一品の大金吾(おおいきんご)。
「刀傷松の廊下」と「俵星玄蕃」を演じてくれた。参加者からヤンヤヤンヤの声援が飛んだ。


当日参加者に配られた景品の一つ。クリスタル製の「浅野家家来口上書」。これは仮に討ち入りで全員が死亡した場合に備え、吉良家に打ち入った大義を記したもの。竹に挟んで地面に建てたり、懐に入れたりした。次の一文はとくに有名である。

「君父の讐をともに天を載く可からずの儀、黙止しがたく、今日上野介殿おん宅へ推参仕り候