国際慣習法・実例の検証(4)

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便衣兵処刑と国際法(1)
軍事的必要は否定されているか?(2)
戦数論とはなにか?(3)
国際慣習法・実例の検証(4)
補足のぺージ(5)
(補足)スコルツェーニー事件・マルテンス条項




国際慣習法とは何か?

検証に入る前に「国際慣習法」の成立要件について簡単に説明しておきます。
『国際法【新版】』有菱閣 山本草二著 P53

(ウ)国際慣習法は、「法として認められた一般慣行の証拠としての国際慣習」をいう(国際司法裁判所規定38条第一項b)。したがって、国際慣習法として成立するためには、一般慣行と法的確信の二つ(二元説)について、諸国家の一般的承認が確立していることが必要である。
国際慣習法は一般慣行と法的確信で構成されています(二元説)。


一般慣行とは何かというと
『国際法【新版】』有菱閣 山本草二著 P53

 一般慣行とは、同様の実行が反復、継続されて当該の紛争当事国だけではなくひろく一般に受け入れられるにいたったもの(当該事項に利害関係をもつ国の大多数の実行) をいい、国際慣習法の実体的・客観的要因である。 

 
 違法論において「戦争犯罪者の処罰に裁判が必要不可欠である」(軍事的必要を認めない)
という国際慣習法が定立していたと主張するならば、軍事的必要が否定されていたという点に
ついて各国の慣行による実例をあげて証明する必要があります。

 反論する側(軍事的必要が認められていたと主張する側)は、各国の慣行をあげて軍事的必
要が具体的にどういう形で認めれていたのかを論証しなければなりません。このページでは学
説や各国の国家実行から軍事的必要が認められていたという論証を行います。

 




間諜について

 軍事的必要から処罰に裁判が行われなかった例として広く知られている例に間諜がありま
す。作戦地域などで間諜(スパイ)を発見した場合は、軍事的必要からその場での処刑が行わ
れていました。
 
条約制定前の慣行

国際法(ロシア、フリードリッヒ・マルテンス著)
早稲田大学出版部
中村進午識訳 明治41年初版(下巻 P688)

 間諜若し間諜をなす間に捕らえられたる時は、直ちにこれを殺し又は捕縛することは古来より行われるところなり。

〜中略〜

 間諜を厳罰するはその行為が敵に対し弊害多く危険の多きが故になり。間諜これ自身は犯罪にあらずまた不道徳の行為にもあらず、故にブルッセル宣言は間諜をなしたる者の動因如何をを顧みて、これを処理せざるべからずと言い、捕らえれたる間諜はこれを裁判所に移し、之を捕らえたる国家の法律により規則正しく之を判決判決すべしと言えり。すなわち間諜は決して従来一般に行われたるが如く、適当の取調べをなすことなく、直ちにただ総括的に之を殺すべきものにあらず。

 この本の発行は明治41年ですが、前書きによると訳すのに3年かかり、終わったのが明治32
年2月ということなので、原本に書かれた記述は、西暦1899年より前(ハーグ条約の前)
の状況と考えてよいでしょう。
 条約化以前の慣習法においても間諜は国際法違反ではないとされています。国際法違反で
はないが、当事国の法律(作戦地では軍律)違反により処罰される事も示されています。が、
同時に従来一般には、間諜(スパイ)は捕らえたらその場で殺害されていたという事も説明さ
れています。

 この「従来一般」というのは「作戦地域では一般に」という意味になると思われますが、いず
れにしても処罰の際に裁判を行うという慣行は積まれていなかったと言えます。裁判を義務と
するような慣行が積まれてない以上、間諜の処罰には裁判が義務である、という慣習法は存
在しなかったと考えられます。

 それを是正するべきであるというのがマルテンスの考え方で、1874年のブラッセル会議で間
諜の処罰について裁判の義務化が提案され、1899年のハーグ陸戦法規において拘束力のあ
る国際条約として定立したという流れになります。






『戦時国際公法』 立作太郎 P144
中央大学発行

 ハーグの陸戦条規は現行中捕らえられたる間諜は裁判を経るにあらざれば之を処罰することを得ず。(三〇条)となす。是れ現行中の間諜なりとの嫌疑ある者を往々裁判を経ずして捕らえたる部隊において絞を行い、時に無辜の者を殺すのおそれあるを以ってなり。

 ハーグ条約で裁判が義務となった事が示されています。それ以前は「往々裁判を経ずし
て」とあります。裁判が必要不可欠であるという慣習法を条約化したものではなく、慣習法下で
は裁判を行わずに処罰される場合が多かったので、条約で規制したという意味になるでしょ
う。
 ここで注目する点は「捕らえたる部隊において」という点です。ある程度治安が安定した占
領地や自国内においては、捕らえた部隊がその場で処罰するという事はまずありえないでしょ
う。というのは、通常、取り締まりを行う兵士や憲兵などに処罰の権限が与えられていないから
です(相手が激しく抵抗した場合などは別ですが)。
 
 慣習法では常にスパイは即決処刑されていたというわけではなく自国内やある程度治安が
回復した占領地では軍事裁判で処罰されていたものと思われます。しかし作戦地域において
は、軍事上の必要から現地で活動している部隊が処罰を行う事が多かった。それを規制
する条約もなく慣習法も存在しない為、軍事的必要から行われる即決処刑が違法であるとは
考えられていなかったと言えます。
 この事は即決処刑の慣行を是正して、裁判を義務としたハーグ陸戦法規第30条が人道的
に一歩進んだ条約として考えられていた事からも分かります。







『戦時国際法提要』(上)照林堂書店 信夫淳平著 P667

 間諜は以前はこれを捕らえたる軍において一応審問したるうえすぐ処罰(多くは絞銃殺)する風であったが、今日ではこれを戒め、陸戦法規慣例集規則の第三条に『現行中捕らえられたる間諜は裁判を経るに非ざれば之を罰することを得ず。』とあるが如く、裁判に付した上でなければ之を処罰するを得ないこととなった。これは一段の進歩である。

(第三条は原文ママ、30条の誤植と思われる)

 陸戦法規というのは、ハーグ陸戦法規のことです。第一回ハーグ会議(1899年)の条約で
『間諜の処罰に裁判が義務』という条約が作成される以前は、間諜は即決処刑さる場合が多
かったという事になります。「一段の進歩」というのは間諜処罰に裁判が義務という慣習法は
存在していなかったが、条約によって人道的に一歩進んだという意味になるでしょう。





 これらの学説が一致することは、戦時犯罪処罰に関する慣習国際法では「軍事的必要を認めていた(裁判が行われない例外を認めてい)」という事です。言い換えるとハーグ法規成立以前の過去において「裁判が必要不可欠である」という慣習法は存在しなかったという事になります。


(注 まだ論証の途中ですから結論はもう少しお待ちくださいね)

 



間諜(スパイ)と便衣兵(ゲリラ・テロリスト)
の共通点


 間諜と便衣兵というのは共に戦時犯罪ですが多くの共通点があります。
 まず、間諜・ゲリラ行為を民間人が行った場合を考えてみます。民間人は私服でいるのが
当たり前ですから、私服でいるだけでは偽装とは言えませんし犯罪にもなりません。敵軍
幇助にあたる行為(スパイ行為)や、占領軍などに対する敵対行為(ゲリラ・テロ行為)を行って
初めて犯罪者という事になります。もちろん両方を兼業することも可能です。無害な民間人
(など)を装って行う犯罪行為という点で、間諜と便衣兵行為は共通すると言えます。
 
(注 例え民間人であっても占領軍(友軍)を装ったり中立国軍や赤十字団体など、身分を偽った場合は犯罪
を構成する可能性がある。国際法上の間諜の構成要件を満たしていない場合でも、当該国の軍事規則(軍
律)によって処罰される事を免れない。詳細は次ページで)




 次に敵国の軍人が行う場合を考えてみます。間諜というのは特殊な例を除いて軍服を着用
していません(中立国の軍人が軍服着用で情報収集を行うなど特殊な例は除きます)。便衣兵
というのもその名の通り便衣(私服)の兵士ですから軍服着用など軍民の区別を行っていない
者を指します。
 間諜も破壊活動や暗殺、銃撃など武力を行使(あるいは違法に武器の所持を)すれば便衣
兵となり、便衣兵も武力行使を行わずに(武器を所持せずに)情報収集だけに留めれば間諜と
なるのです。偽装した敵国軍人を潜伏早期に発見した場合などで、具体的な情報収集や敵対
行為を行っていない場合でも、身分を偽ったという時点で犯罪行為(軍律違反)は成立し
ます。(詳細は次ページで説明)。




 このように間諜と便衣兵とは共通点が多いのですが、直接的な被害が発生する便衣兵のほうがより危険度が高いと言えます。間諜行為自体はハーグ条約以前の国際慣習法の段階でも合法と考えられており、ハーグ条約でも禁止されていませんが、正規の軍人が偽装して武力行使を行った場合(正規軍人による便衣兵)は、より重大な国際法違反・交戦法規違反として扱われます(スコルツェーニ事件など、詳細は次ページ)。


 すると間諜と同様に便衣兵(ゲリラ・テロリスト)についても、作戦地などでは慣習法上処罰の際に軍事的必要から裁判を行わない事が認められていたと考えられます。以下学説と実例をみてみましょう。







便衣兵(ゲリラ・テロ・私服交戦者)について



▼リーバー法 『アメリカ陸戦訓令』
『国際人道法』有菱閣 藤田久一著作、P13

「パルチザンは武装し彼らの軍隊の制服を着用する兵士であるが、敵占領地域に侵入するため主要部隊から離れて行動する部隊に属する。彼らはもし捕えられれば捕虜のすべての特権の資格を有する」(81条)としつつ、委任も受けず組織された敵軍に属さずまた戦争に継続的に参加するのでもなくしかもさまざまの方法で敵対行為を行うものまたはその分隊は「公の敵ではなく、それゆえ捕えられれば、捕虜の特殊な資格を有せず、公道での盗賊または海賊として即決処分されねばならない」(82条)とした。

 このアメリカ陸戦訓令(リーバー法)は、世界に先駆けて陸戦の法規慣例を明文化したもので
あり、後の戦争法に大きな影響を及ぼしましました。1863年に作成され1914年に改定され
るまで、アメリカで実際に運用されています。その評価は非常に高く、『その規定事項は当時
にありて戦時国際法上の一般周認の陸戦関係の重要な諸原則を網羅して漏らさず』(戦
時国際法提要(上)信夫淳平著P353)とあります。

■リーバー法の特徴は『(彼ら独自の)制服を着用するパルチザン』は、交戦者と認め捕虜資
格を付与しているのに対し、制服を着用しないいわゆる「私服の違法交戦者=ゲリラ」に対して
は盗賊または海賊として即決処分を明記している部分です。また、この条文も含めて「一般
周認の陸戦関係の重要な諸原則を網羅して漏らさず」ということですから、「ゲリラ処罰に
裁判は必要不可欠である」という慣習法は一般に周知されていなかった、つまり1863年より前
には、ゲリラ(便衣兵)処罰に裁判が必要不可欠であるという慣習法は存在しなかったという事
になります。





▼1874年に開催された「ブラッセル会議」でのロシア提案。
http://www.interq.or.jp/sheep/clarex/jusinbello/jusinbello14.html
(北の狼ファンクラブより引用)

「第一  軍隊の他左の条件を具備する民兵及び義勇兵は交戦者たるの資格を有す。(一)責任を負ふ者その頭にあり且本営よりの指揮の下に立つこと、(二)遠方より認識し得べき明瞭なる或徴章を有すること、(三)公然武器を携帯すること、(四)交戦の法規、慣例、及び手続に従つて行動すること。以上の条件を具備せざる武装隊は交戦者たるの資格を有さざるものとし、之を正規の敵兵と認めず、”捕へたる場合は裁判に依らずして処断するを得。”」(””は筆者注)
(『上海戦と国際法』信夫淳平、118頁)


 これは原典を確認していませんので引用先のURLを提示させていただきます。ブラッセル会
議は1874年です。注目すべき点はホスト国であるロシア側から、便衣兵については「裁判を
行わないで処刑」できるような提案がなされた事です。つまりロシアは、便衣兵は裁判を行わ
ずに処刑するのが国際法規上望ましいと考えていた事になります。






 ▼第一次世界大戦、ドイツの布告
『戦時国際法提要』(上)信夫淳平 P391 

 第一次大戦の初めドイツ軍のベルギーに侵攻するや、ドイツ司令官は「住民(未だドイツ軍の占領権力の下に置かれざる地方住民を含むものと解せられた)の無節操な激情に対しドイツ軍隊を保護する為、凡そ認識し得べきある徽章固着の制服を着せずして戦闘に参加し又はドイツの通信線に妨害を興ふる者はこれを自由狙撃隊として取り扱い、即座に銃殺すべし。」と布告して民衆軍の蜂起を戒めた。
(注 国名表記はカタカナに修正した。旧かな使いや旧漢字は改めた部分もある)

 第一次世界大戦の例です。
 ハーグ陸戦法規では「群民蜂起」という形で(いくつか条件を定めて)制服を着用しない状態
での民衆軍を認めています(当然ながら、条件を備えていなければ違法交戦者として相手国
の軍律によって処罰される)。
 ドイツのこの布告は群民蜂起を認めないと牽制したものでしょうが、言い換えると制服や標章
の着用などで軍民分離を明確にすれば敵法の交戦者として扱うという事でもあります。重要な
のは自由狙撃隊(便衣兵)は即決処刑が当然と考えられていたことです。






▼アイルランドの叛乱(1919-1921)
『20世紀の戦争』朝日ソノラマP196

「アイルランド共和国軍(IRA)と呼ばれる反乱軍は軍服を着ていなかった為一般市民と区別できず、イギリス軍は男と見ればすべて銃撃した。また装甲車でビルに接近して突入、地下室に隠れていた者すべてを射殺した。

 これも軍事的必要原則からゲリラ(便衣兵)については強行的とも思える手段をとっていま
す。戦時国際法でゲリラ(便衣兵)が違法交戦者として扱われた背景には、制服を着用しない
ゲリラを認めると、交戦国は敵対行為従事者と一般市民の判断ができなくなり、全ての者を敵
対行為従事者とみなして攻撃対象にせざる得なくなるなるからです。
 
 当時の国際法では摘発する側に厳格な軍民分離を課したのではなく、私服での敵対行為
(便衣兵)を規制しました。つまり軍民の区別をする義務は、相手側にあるのではなく、ゲリラ行
為を行う側にあると言えます。便衣兵行為を行った結果として、民間人に犠牲が出た場合、当
然ですが国際法上違法な手段をとされる行為を行った側に、より多くの責任が発生する事にな
ります。
(攻撃する側も便衣兵相手なら何をやってもいいという事ではなく、一般的な人道原則や慣習
法を守る必要はあります。この点を確認したマルテンス条項については次ページで解説しま
す)
 




 以上の学説・実例を見る限り間諜・便衣兵の処罰について「裁判が義務である(軍事的必要は原則的に排除)」という慣行が積まれていたとは確認できません。国際法の理論でいくと、「裁判が義務である」という慣習法は定立していなかったという結論になります。

 軍事的必要があれば裁判が行われない場合も想定された上で、一般には「軍事裁判が必要である」というのが慣習法の内容という事になるでしょう。

 この慣習法を条約化すると「軍事上やむを得ない場合を除いては、戦時犯罪者は各国の定める軍事裁判において処罰を行わなければならない」という感じになるかと思われます。






占領地域内と交戦区域との差

 戦争当事国の国内や、ある程度治安が回復した占領地において発生した小規模な事件(狙撃事件や破壊活動などのテロ、スパイ行為)については、一般に軍事的必要が認められないと考えられるので、犯罪として処罰する際には原則として軍事裁判が必要と考えられます。

 国内や占領地域内における小規模な事件は犯罪の捜査として、警察や軍事警察(憲兵)などが捜査にあたることが多いでしょう。これらの捜査機関には犯罪者を処分する権限が与えらていないので、逮捕の後に軍事裁判で処罰が決定される事になります。
(学説において、「慣習法により戦時犯罪の処罰には裁判が必要とされている」というのは上記の場合を想定しているものと思われます)


 一方で、戦場(交戦区域)における銃撃行為などは規模を問わず軍事行動ですから、対応する側も犯罪捜査ではなく軍事行動として対処することになります。交戦区域において間諜(スパイ)や便衣兵の現行犯を発見した場合は軍事行動として攻撃を行うのは当然ですし、交戦中に不審人物を発見した場合には身分の確認をせずに即時攻撃が行われる場合もありえます(程度や状況にもよっても違ってきますが、一般に交戦中の誤認は国際法違反には問われません)

 各国の慣行をみると、交戦区域において不審人物を発見した場合には、軍事上の必要から軍事裁判手続きを簡略化して捕獲部隊の判断で処罰が行われていたようです(後に間諜については裁判が義務化された)。これらの慣行も軍事的必要原則からくる慣習法の一部分を構成します。慣習法の内容は慣行により示されますから、慣習法では軍事的必要から「裁判が行われない場合」も容認していたという事になります。

 




まとめ


「南京大虐殺否定論13のウソ」柏書房 P164より
『戦時国際法論』立作太郎。

「凡そ戦時重罪人は、軍事裁判所又は其他の交戦国の任意に定むる裁判所に於て審間すべぎものである。然れども全然審問を行はずして処罰を為すことは、現時の国際慣習法規上禁ぜらるる所と認めねばならぬ。」

 これは違法論・吉田教授が引用した立博士の解説ですが、当時の国際慣習法上では軍事
的必要原則が認められていることは各国の慣行が証明していると言えます。つまり「軍事的
必要がない限りにおいては、軍事裁判により犯罪を処罰するのが慣習法」という事になるでし
ょう。当然ですが立博士の学説を軍事的必要を排除したものとして扱うのは無理があります。



「南京大虐殺否定論13のウソ」柏書房 P167より
「北支事変と陸戦法規」篠田治策(『外交時報』第七八八号、一九三七年)

而して此等の犯罪者を処罰するには必ず軍事裁判に附して其の判決に依らざるべからず。何となれぼ、殺伐なる戦地に於いては動もすれぼ人命を軽んじ、惹いて良民に冤罪を蒙らしむることあるが為めである。

 篠田博士は「必ず軍事裁判が必要である」と説いていますが、これは篠田博士の考え方で
あって、そういう慣習法が存在したという証明にはなりません(当然ながら引用文でも慣習法
があるとは書いてない)。個人の学説がそのまま国際法を構成するという事は国際法理論上
ありえませんから、篠田説を「裁判が必要不可欠という慣習法が存在した」という証明に使うの
は無理と言えます。



 つまり、違法論・吉田説であげられた、慣習法上「裁判が必要不可欠である」という根拠は、そのいずれもが「必要不可欠とは言えない」という根拠にしかならないと言えます。






 現実として慣習法においては、間諜・便衣兵の処罰について、作戦地域などでは軍事上の
必要が認められており、裁判手続きを行わない処刑が行われていました。その後、間諜(スパ
イ)については一般に軍事的必要を排除した条約が作成された。条約が成立した理由を考察
すると、スパイの活動は単独もしくは少数であり、活動内容も情報収集を目的としたもので便
衣兵に比べると危険性が少ない。つまり処分を行うにあたって切迫した軍事的緊急性が薄い
からと考えられます。(間諜であっても武力を行使した場合はゲリラ・便衣兵として扱われる)

 便衣兵について処罰に裁判を義務とする条約が作成されなかった理由を考察します。一般
に便衣兵というのは、戦闘者であることの表示をせずに狙撃・暗殺・破壊活動などの敵対行為
を行うものを指します。集団で活動した例も数多くみられますから、戦場の状況によっては自軍
の廃滅を招く場合もある。また、特殊部隊として「武器を隠匿」している状況も想定されます。自
軍よりも便衣隊のほうが数が多いという状況も考えられます。
 間諜と比較した場合、軍事的な危険度は非常に高いと言えます。
 戦闘中に逃亡を図った便衣兵に対して、(服装からは軍人と判断できないので)攻撃を禁止
するとか、あるいは犯罪者として拘禁を義務化するというのは現実的には無理であり、様々な
状況が想定されるので「裁判を義務」とするような条約は作成されなかったと考えられます。




 慣習法で軍事的必要から即決処刑が容認されていた間諜・便衣兵ですが、間諜については条約で裁判が義務と是正されました。便衣兵については条約で規制されていませんから、国際法の理論で考えると便衣兵の「処刑について裁判が義務」という国際法は存在しなかったという事になるでしょう。






 以上、これまでの論証から、違法論・吉田説「裁判が必要不可欠だった(義務だった)」という
論は国際法上の根拠が乏しく、慣習法存在の論証がかなり困難であると考えられます。国際
法理論からすると、軍事的必要を認めた佐藤説のほうが整合性があると考えてよいでしょう。

佐藤説
2001年3月号 正論 P317 
「南京事件と戦時国際法」佐藤和男著

 兵民分離が厳正に行われた末に、変装した支那兵と確認されれば、死刑に処せられることもやむを得ない。多人数が軍律審判の実施を不可能とし(軍事的必要)--軍事史研究家の原剛氏は、多数の便衣兵の集団を審判することは「現実として能力的に不可能であった」と認めている--、また市街地における一般住民の眼前での処刑も避ける必要があり、他所での執行が求められる。したがって、間題にされている潜伏敗残兵の摘発・処刑は、違法な虐殺行為でばないと考えられる。



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