違法論において「戦争犯罪者の処罰に裁判が必要不可欠である」(軍事的必要を認めない) という国際慣習法が定立していたと主張するならば、軍事的必要が否定されていたという点に ついて各国の慣行による実例をあげて証明する必要があります。 反論する側(軍事的必要が認められていたと主張する側)は、各国の慣行をあげて軍事的必 要が具体的にどういう形で認めれていたのかを論証しなければなりません。このページでは学 説や各国の国家実行から軍事的必要が認められていたという論証を行います。
軍事的必要から処罰に裁判が行われなかった例として広く知られている例に間諜がありま す。作戦地域などで間諜(スパイ)を発見した場合は、軍事的必要からその場での処刑が行わ れていました。
この本の発行は明治41年ですが、前書きによると訳すのに3年かかり、終わったのが明治32 年2月ということなので、原本に書かれた記述は、西暦1899年より前(ハーグ条約の前) の状況と考えてよいでしょう。 条約化以前の慣習法においても間諜は国際法違反ではないとされています。国際法違反で はないが、当事国の法律(作戦地では軍律)違反により処罰される事も示されています。が、 同時に従来一般には、間諜(スパイ)は捕らえたらその場で殺害されていたという事も説明さ れています。 この「従来一般」というのは「作戦地域では一般に」という意味になると思われますが、いず れにしても処罰の際に裁判を行うという慣行は積まれていなかったと言えます。裁判を義務と するような慣行が積まれてない以上、間諜の処罰には裁判が義務である、という慣習法は存 在しなかったと考えられます。 それを是正するべきであるというのがマルテンスの考え方で、1874年のブラッセル会議で間 諜の処罰について裁判の義務化が提案され、1899年のハーグ陸戦法規において拘束力のあ る国際条約として定立したという流れになります。
ハーグ条約で裁判が義務となった事が示されています。それ以前は「往々裁判を経ずし て」とあります。裁判が必要不可欠であるという慣習法を条約化したものではなく、慣習法下で は裁判を行わずに処罰される場合が多かったので、条約で規制したという意味になるでしょ う。 ここで注目する点は「捕らえたる部隊において」という点です。ある程度治安が安定した占 領地や自国内においては、捕らえた部隊がその場で処罰するという事はまずありえないでしょ う。というのは、通常、取り締まりを行う兵士や憲兵などに処罰の権限が与えられていないから です(相手が激しく抵抗した場合などは別ですが)。 慣習法では常にスパイは即決処刑されていたというわけではなく自国内やある程度治安が 回復した占領地では軍事裁判で処罰されていたものと思われます。しかし作戦地域において は、軍事上の必要から現地で活動している部隊が処罰を行う事が多かった。それを規制 する条約もなく慣習法も存在しない為、軍事的必要から行われる即決処刑が違法であるとは 考えられていなかったと言えます。 この事は即決処刑の慣行を是正して、裁判を義務としたハーグ陸戦法規第30条が人道的 に一歩進んだ条約として考えられていた事からも分かります。
陸戦法規というのは、ハーグ陸戦法規のことです。第一回ハーグ会議(1899年)の条約で 『間諜の処罰に裁判が義務』という条約が作成される以前は、間諜は即決処刑さる場合が多 かったという事になります。「一段の進歩」というのは間諜処罰に裁判が義務という慣習法は 存在していなかったが、条約によって人道的に一歩進んだという意味になるでしょう。
間諜(スパイ)と便衣兵(ゲリラ・テロリスト) 間諜と便衣兵というのは共に戦時犯罪ですが多くの共通点があります。 まず、間諜・ゲリラ行為を民間人が行った場合を考えてみます。民間人は私服でいるのが 当たり前ですから、私服でいるだけでは偽装とは言えませんし犯罪にもなりません。敵軍 幇助にあたる行為(スパイ行為)や、占領軍などに対する敵対行為(ゲリラ・テロ行為)を行って 初めて犯罪者という事になります。もちろん両方を兼業することも可能です。無害な民間人 (など)を装って行う犯罪行為という点で、間諜と便衣兵行為は共通すると言えます。 (注 例え民間人であっても占領軍(友軍)を装ったり中立国軍や赤十字団体など、身分を偽った場合は犯罪 を構成する可能性がある。国際法上の間諜の構成要件を満たしていない場合でも、当該国の軍事規則(軍 律)によって処罰される事を免れない。詳細は次ページで) 次に敵国の軍人が行う場合を考えてみます。間諜というのは特殊な例を除いて軍服を着用 していません(中立国の軍人が軍服着用で情報収集を行うなど特殊な例は除きます)。便衣兵 というのもその名の通り便衣(私服)の兵士ですから軍服着用など軍民の区別を行っていない 者を指します。 間諜も破壊活動や暗殺、銃撃など武力を行使(あるいは違法に武器の所持を)すれば便衣 兵となり、便衣兵も武力行使を行わずに(武器を所持せずに)情報収集だけに留めれば間諜と なるのです。偽装した敵国軍人を潜伏早期に発見した場合などで、具体的な情報収集や敵対 行為を行っていない場合でも、身分を偽ったという時点で犯罪行為(軍律違反)は成立し ます。(詳細は次ページで説明)。
このアメリカ陸戦訓令(リーバー法)は、世界に先駆けて陸戦の法規慣例を明文化したもので あり、後の戦争法に大きな影響を及ぼしましました。1863年に作成され1914年に改定され るまで、アメリカで実際に運用されています。その評価は非常に高く、『その規定事項は当時 にありて戦時国際法上の一般周認の陸戦関係の重要な諸原則を網羅して漏らさず』(戦 時国際法提要(上)信夫淳平著P353)とあります。 ■リーバー法の特徴は『(彼ら独自の)制服を着用するパルチザン』は、交戦者と認め捕虜資 格を付与しているのに対し、制服を着用しないいわゆる「私服の違法交戦者=ゲリラ」に対して は盗賊または海賊として即決処分を明記している部分です。また、この条文も含めて「一般 周認の陸戦関係の重要な諸原則を網羅して漏らさず」ということですから、「ゲリラ処罰に 裁判は必要不可欠である」という慣習法は一般に周知されていなかった、つまり1863年より前 には、ゲリラ(便衣兵)処罰に裁判が必要不可欠であるという慣習法は存在しなかったという事 になります。
これは原典を確認していませんので引用先のURLを提示させていただきます。ブラッセル会 議は1874年です。注目すべき点はホスト国であるロシア側から、便衣兵については「裁判を 行わないで処刑」できるような提案がなされた事です。つまりロシアは、便衣兵は裁判を行わ ずに処刑するのが国際法規上望ましいと考えていた事になります。
第一次世界大戦の例です。 ハーグ陸戦法規では「群民蜂起」という形で(いくつか条件を定めて)制服を着用しない状態 での民衆軍を認めています(当然ながら、条件を備えていなければ違法交戦者として相手国 の軍律によって処罰される)。 ドイツのこの布告は群民蜂起を認めないと牽制したものでしょうが、言い換えると制服や標章 の着用などで軍民分離を明確にすれば敵法の交戦者として扱うという事でもあります。重要な のは自由狙撃隊(便衣兵)は即決処刑が当然と考えられていたことです。
これも軍事的必要原則からゲリラ(便衣兵)については強行的とも思える手段をとっていま す。戦時国際法でゲリラ(便衣兵)が違法交戦者として扱われた背景には、制服を着用しない ゲリラを認めると、交戦国は敵対行為従事者と一般市民の判断ができなくなり、全ての者を敵 対行為従事者とみなして攻撃対象にせざる得なくなるなるからです。 当時の国際法では摘発する側に厳格な軍民分離を課したのではなく、私服での敵対行為 (便衣兵)を規制しました。つまり軍民の区別をする義務は、相手側にあるのではなく、ゲリラ行 為を行う側にあると言えます。便衣兵行為を行った結果として、民間人に犠牲が出た場合、当 然ですが国際法上違法な手段をとされる行為を行った側に、より多くの責任が発生する事にな ります。 (攻撃する側も便衣兵相手なら何をやってもいいという事ではなく、一般的な人道原則や慣習 法を守る必要はあります。この点を確認したマルテンス条項については次ページで解説しま す)
これは違法論・吉田教授が引用した立博士の解説ですが、当時の国際慣習法上では軍事 的必要原則が認められていることは各国の慣行が証明していると言えます。つまり「軍事的 必要がない限りにおいては、軍事裁判により犯罪を処罰するのが慣習法」という事になるでし ょう。当然ですが立博士の学説を軍事的必要を排除したものとして扱うのは無理があります。
篠田博士は「必ず軍事裁判が必要である」と説いていますが、これは篠田博士の考え方で あって、そういう慣習法が存在したという証明にはなりません(当然ながら引用文でも慣習法 があるとは書いてない)。個人の学説がそのまま国際法を構成するという事は国際法理論上 ありえませんから、篠田説を「裁判が必要不可欠という慣習法が存在した」という証明に使うの は無理と言えます。 現実として慣習法においては、間諜・便衣兵の処罰について、作戦地域などでは軍事上の 必要が認められており、裁判手続きを行わない処刑が行われていました。その後、間諜(スパ イ)については一般に軍事的必要を排除した条約が作成された。条約が成立した理由を考察 すると、スパイの活動は単独もしくは少数であり、活動内容も情報収集を目的としたもので便 衣兵に比べると危険性が少ない。つまり処分を行うにあたって切迫した軍事的緊急性が薄い からと考えられます。(間諜であっても武力を行使した場合はゲリラ・便衣兵として扱われる) 便衣兵について処罰に裁判を義務とする条約が作成されなかった理由を考察します。一般 に便衣兵というのは、戦闘者であることの表示をせずに狙撃・暗殺・破壊活動などの敵対行為 を行うものを指します。集団で活動した例も数多くみられますから、戦場の状況によっては自軍 の廃滅を招く場合もある。また、特殊部隊として「武器を隠匿」している状況も想定されます。自 軍よりも便衣隊のほうが数が多いという状況も考えられます。 間諜と比較した場合、軍事的な危険度は非常に高いと言えます。 戦闘中に逃亡を図った便衣兵に対して、(服装からは軍人と判断できないので)攻撃を禁止 するとか、あるいは犯罪者として拘禁を義務化するというのは現実的には無理であり、様々な 状況が想定されるので「裁判を義務」とするような条約は作成されなかったと考えられます。
以上、これまでの論証から、違法論・吉田説「裁判が必要不可欠だった(義務だった)」という 論は国際法上の根拠が乏しく、慣習法存在の論証がかなり困難であると考えられます。国際 法理論からすると、軍事的必要を認めた佐藤説のほうが整合性があると考えてよいでしょう。
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